「なぜ人々は、前に進むと思う?」
『
わたくしは即座に足元で流星を起爆させて加速、その鼻っ面へと拳を叩きこんだ。
「お喋りふれあい時間は後にしてもらえますか!」
「せっかちだなあ」
オールトの雲が解除されたところで、ワザマエフォーム自体は健在だ。
宇宙のエネルギーを存分につぎ込んだ右ストレートは当然ながら城をも砕く一撃。
だというのに――男の目と鼻の先で、見えない壁に阻まれ、届かない。
「ふぎぎぎぎっ……!」
力を込めても流星をチェンソーみたいに出力しても全然前に進めない!
っていうかこの感覚! 余波すら散らないのはすべての力を吸収されてる! 即ち単なる防壁じゃない、もっと別の何か!
そして同時に、わたくしが物凄くよく知っている何か……!
「無駄だよ。宇宙すべての質量をぶつけても、同じく宇宙そのものを砕くことはできないだろう」
「……!!」
そうだこれ普段わたくしが使ってるやつ!
宇宙の現象を引っ張ってくる、こっちの十八番!
「このパクリ野郎!」
「ははっ! 確かに成り立ちを考えるのなら、何もかもが君のパクリと言えるかもしれないね」
星々を砕きながら散る火花越しに、男はニコニコと笑っていた。
わたくしのように拡張して手に入れた宇宙ではない――恐らく『混沌』が内包する宇宙をそのまま引っ張ってきているのだろう。
……クリスマスにあった大聖堂地下の戦闘で学んでいるが、『混沌』相手だとわたくしは相性面でめちゃくちゃに差をつけられている。
あの時みたいに明確な形で顕現させてくれたら、なんとかできると思う。
だけどそれを織り込み済みで、わたくしが『こちらの方が上だ』と理屈付けることができないよう、あえて防御用の顕現に留めているのだろう。これをされると、正面からの突破は厳しいか。
「チッ――アナタ結局誰ですか。何と呼べば?」
わたくしは跳躍して一度距離を取ると、男の両眼を見つめた。
転生者であるわたくしを差し置いて†オッドアイ†なの、本当に許せねえよ。
「そうだねえ。副官役とか、先代ナイトエデンとか……色々と候補はあるけど、悩ましいな」
彼は細く長い指で、自分のこめかみをトントンと叩く。
瓦礫の上に腰かけたまま、先ほどの激突を経てもなお、その体は微動だにしていない。
「とはいえ、人間の第一印象はほとんどが外見で決まるらしいからね。だったら今の私は、グレイテスト・ワンを名乗るべきだろう」
「……わたくしは存じ上げませんが。お父様とか、そういう知り合いが聞いたら怒りのあまり卒倒しそうですわね」
「それは私も思った。ちょっと怖いよねあの世代」
フーン、どうやらお父様たちの事情に関しても十分知っているらしい。
王都がこのありさまである以上、ロブジョンさんたちが無事に逃げていればいいが。
それにお父様も、アーサーの野郎が心配で帰ってきたりするかもしれん。案外時間稼ぎは丸い択か?
「さて、落ち着いたのなら、改めて……なぜ人々は前に進むのかについて、考えてみてほしいんだ」
あ、話進められちゃった。
ていうかそれ、質問じゃなくて問題提起だったのか。
「色々と言いたいことはありますが……前に進むとは、どういう意味ですか?」
倒れ伏したままのナイトエデンを一瞥してから、わたくしは口を開く。
今のところ、やつが復帰してくる様子はない。
ここで二対一に持ち込まれたら流石にひとたまりもないから助かるんだが、ナイトエデンはどういう感情でわたくしたちの話を聞けばいいんだよ。
「単純だよ。時が流れていくのに合わせて、人間はその生活を変え、住む場所を変え、意識も変えていく。その変化は一般的には後退ではなく前進と言っていいものだ」
……まあ……それは、そうだな。
わたくしは頷いた。なるほど当然の摂理である。
進んでいった先に明確なゴールがあるかはともかくとしても、誰もが、いいや誰しもを巻き込んで文明そのものが前に進む。
「それがなぜなのか、と?」
「単なる構造力学による自動的な前進運動に過ぎない、と切って捨てる人もいるだろう。だがそこには、確かに意図があると思わないか」
グレイテスト・ワンはゆっくりと立ち上がった。
とっさに身構えるわたくしに向かって、彼は静かに微笑む。
「マリアンヌ・ピースラウンド、神の言葉を聞く君なら分かるはずだ。我々の前進は、彼らによってそうあれかしと宿命づけられたものに過ぎない」
「どういう意味、ですか」
ぞわりと、背筋を悪寒が舐めた。
片目を黄金に輝かせて、かつての英雄の貌で、男はこの世界を蝕む呪いを口にする。
「あるんだろうこの世界には――神々が定めた、
◇
マリアンヌが敵の首魁と対峙しているより、少し前。
王立魔法学園中央校の面々は、学校敷地内へと侵入してきたウルスラグナ一派の兵士たちを相手取り、徐々に押し込まれつつあった。
「た、隊長……! 中隊メンバーの二割が戦闘不能に……!」
「狼狽えるな! 生徒たちとまとめて避難させろ!」
「避難といっても、どこに……!?」
部下たちを率いて防衛線を敷いていたジークフリートが歯がみする。
共に戦っていた制服の学生たちを一瞥して、紅髪の騎士は即座に視線を鋭いものにした。
「タガハラ嬢、やむを得ない!」
「分かってます! ロイ君も!」
「ああ、準備はできてるさ!」
強大過ぎる力を振るうのには、いくばくかのリスクが伴う。
巻き込む範囲、膨れ上がる二次的被害、しかしそれらを加味しても決断は下される。
「転輪せよ、悪逆の光──
「招来せよ、団結の詔──
「絶翔せよ、墜崩の翼──
学園校舎を吹き飛ばしかねないほどの、高密度で大規模な神威の爆発。
それが三つ同時に起きるのを、生徒を避難させている教師たちや、攻撃を仕掛けている兵士たちが残らず感じ取った。
「
「
「
過剰戦力と言っていい、掟破りの『
世界を爆砕する神々の権能が、一帯の空気を塗りつぶして顕現する――
――――が、即座にかき消えた。
「「「……ッ!?!?」」」
身にまとった神秘が霧散したことに、ユイたちの呼吸が凍る。
発動が不発に終わったわけではない。
一度つながったパスが、無理矢理に切断されてしまったような感覚。
(これは、『
(騎士の皆さんへの祝福すら、出力が大幅に低下した!? これは……!)
特に権能がほとんど起動していない状態となったジークフリートとユイが事態を察知する。
「タガハラ嬢撤退だ!
紅髪の騎士は、敵兵を数名押し留めながら叫んだ。
普段ならば一太刀で吹き飛ばしていたであろう相手にすら、守りを固めるのが精いっぱい。
挙句の果てに、敵は『
「……騎士の皆さん、防戦から撤退戦へ切り替えてください! 魔法学園を放棄し、とにかく戦闘区域から生徒たちを遠ざけます!」
ユイの決断は迅速だった。
伝播する聖女の声に、騎士たちや戦っている教師陣の表情が硬いものになる。
それはつまり、事実上の敗北宣言だったからだ。
「……ッ! 打開策なしって決定していいんだよな!?」
彼の後方支援を担当していたリンディは、奥歯が砕けるほどに噛みしめながら声を絞り出す。
「どうもそうみたいね! こっちの切れるカード、最初から全部潰されてる……! っていうか意図的にこうしようとしてたっぽいわね!」
「らしいなあ! 状況を好転させられる要素が全然ねえ!」
恐らく相手は、ユートへの対策も練ったうえで作戦を開始している。
ユートが一帯をマグマの大地に変えて足止めしようとしたところ、敵は脚部に光り輝く装甲を纏い、よどみなく溶岩地帯を踏み越えてきたのだ。
(何らかの変数がない限り、間違いなく、これはもう詰んでるわね……!)
(マリアンヌがいないことすら計算の内なのか!? だとしたらもう、始まった瞬間に詰んでる盤面ってことになる! 拘泥して被害を増やす理由はねえ!)
頭脳派二人が結論を出すのは迅速だった。
共に戦っている面々にも退避を叫ぼうとした、その時だった。
「いいや――まだ僕は戦えるッ!!」
戦場を雷鳴が駆け抜けた。
光り輝く暴力の奔流と化して、ロイ・ミリオンアークが『天空』の権能を発動させたまま、押し寄せる敵兵たちを吹き飛ばしたのだ。
「ロイ……!?」
「なぜかは分からないけど……僕はまだ戦える……ッ!」
二重覚醒者だから、向こうが仕掛けたデバフに不具合が発生したのだろうとロイは判断していた。
ユートの隣に一度着地した後、彼はキッと顔を上げた。
見据える先にあるのは、半壊したのが見て取れる王城。
「今のでしばらくは楽ができるはずだ! みんなは早く王都を離れてくれ! 権能が復帰したら改めて戻ってきて、敵を倒していけばいい!」
「ロイ、テメェ何を……!?」
肩を掴んで制止しようとしたユートの腕を、ロイは乱暴に振り払った。
その瞳には焦燥と激しい怒りが渦巻いている。
「僕だけがまだ戦えるんだ! そして感じる、僕らに干渉する力は王城から発生している! だったら僕が突き崩すしかない!」
「だが、お前一人で――!」
「マリアンヌは戦っているんだ! 僕だけ逃げるわけにはいかない、そんなことはできない!」
親友の言葉を途中で遮り、好き放題に言ってから。
わき目もふらず、ロイは仲間たちのもとを離れ、文字通りに稲妻となって駆けた。
すれ違うウルスラグナの兵士たちを一刀のもとに切り伏せながら、彼の視線は王城に向いて外れない。
(この感覚、もう王城での戦いは終わってる……!? そんなまさか! いや、だけど、制圧されているんだとしたら、ますます急がなくちゃならない……!)
戦場と化した王都を雷鳴が引き裂く。
彼がまだ力を行使できるのは、本人の推測通り、二重覚醒者だからか。
はたまた――彼を誘う何者かの、意図的なものか。
◇
「少し歩こうか」
グレイテスト・ワンは、息も絶え絶えといった様子のナイトエデンをひょいと担ぎ上げた。
至近距離、すぐにわたくしの拳が届く間合いだ。
だが見た目と実際の距離が違うことを、今のわたくしは嫌というほどに理解している。
「……目的地は?」
「もちろん王城さ。あそこでこの戦いは始まった、そしてあそこで終わる。約束するよ、君は王城でこの戦いを終わらせる戦いに参加できる」
露骨な誘いだ。
王城は既に陥落していると見ていいだろう。つまり、敵地だ。
進んで行くことなど愚策も愚策。しかし。
「…………」
わたくしは力なく担がれているナイトエデンを一瞥した後、破壊されて廃墟しか並んでいない王都を見渡した。
「……アナタの話は、少し聞いておきたいところですわね」
「おっと、少しハードルが上がったかな。面白い話ではないと思うんだけど」
そこから、わたくしとグレイテスト・ワンは王都を歩き始めた。
人々の生活が行われていた街並みは、もう見る影もない。
廃墟が立ち並び、警邏するウルスラグナ側の兵士たちと、王国騎士たちの死体しか並んでいない。
「副当主様! 当主様は――いえ、その女は……!」
こちらに近づいてきた兵士たちが、グレイテスト・ワンが抱えるナイトエデンと、そばを歩いているわたくしを見て目を白黒させる。
まあ、そっちの立場だと意味わかんないもんなこれ。本当に分からないと思う。
「今はいい。我々に構わず、制圧を続けてくれ」
「しょ、承知いたしました」
この女放置していいんすか? みたいな顔をしながら兵士が去っていった。
わたくしだってお前のことぶっ飛ばしてえよ。
「さて……じゃあ昔話をしようか」
グレイテスト・ワンは朗らかに笑った。
わたくしはその笑顔が――正直に言って、少し怖かった。
「まあ、始まりから話すのが決まりかな」
「……創作においては、最初に世界設定とか話し過ぎるとウケませんわよ」
「
「……はあ。じゃあ、聞きましょう」
街並み(廃墟)の中を歩きながら、わたくしはグレイテスト・ワンの顔を見た。
彼は砕かれた人々の営みなど何も関係ないかのように、ただ……娘と久々の散歩を楽しむかのように、軽やかな表情のままだ。
ちらりと視線を向けるが、ナイトエデンはいまだに意識が朦朧とした様子で担がれたまま。
「まあ、なるべくは端的にまとめよう……禁呪保有者と七聖使が歴史上初めて激突した時のことだ」
「それは、聞いたことがありますわ」
佐藤が話していた気がする。
確かもう初代同士から滅茶苦茶な感じだったよな。
「『
まあ、そうだと思ったよ。
佐藤が嘘つく理由なさすぎるし、お前は嘘つく理由がありすぎるもん。
正直まだ分からないことの方が多いけど、結果としては信じられないぐらいの内ゲバがあったし最終的には一人死んだのは知ってる。
「アナタまで居合わせていたとか言い出しませんわよね?」
「この目で見たわけではないが、記憶の共有を受けた。ウルスラグナを継ぐ際には記憶と経験の継承があるんだが、毎回殺される瞬間を味わうのはつらいぞ」
「殺された方が悪いのでは……」
「違いないね。その通り、初代様は勇ましくて強くて立派だったが、それらを帳消しにしてもなお余りあるほどに愚かだった」
街並みは変わらない。
王城近くになってきたこのエリアなら、市民たちの避難は済んでいる。
だから心配はいらない、いくらでも暴れて良い。
でも……王都全部吹っ飛ばすぐらいで出力を発揮したとして、それで勝てる保証がない。
わたくしは完全にイニシアティブを握られている。
極めて不愉快な状況なのだが、まだ何かできるわけじゃないんだ。
「しかしそれでも、『流星』の女に我々が苦手意識を持つのは仕方ないだろう」
「どういう意味です?」
「結局は――最初のタイミングで『流星』に介入されたから、因果が続いているんだろうね」
そこで言葉を切った後。
グレイテスト・ワンは――厳密に言えばグレイテスト・ワンの体を借りている男は、じっとこちらの顔を見てきた。
「嫌というほどに似ている……『流星』の女が天を指さし、赤い瞳を滾らせ声高に勝利を叫ぶ忌々しい姿。今代のナイトエデンが執着する理由も分かるよ。私は何も思わないけど」
言葉の意味は分からない。
わたくしの知らない因果を語られている。わたくしの知らない運命を憎まれている。自覚がないのに、その中心点にわたくしが据え置かれている。
「さて、とりあえず目的地には到着だ」
立ち止まったグレイテスト・ワンが瓦礫の山を見上げる。
「ここがですか?」
「ここ以外にどこだと思っていたんだい」
彼の言葉に、やっと目の前の瓦礫の山が王城だと気づいた。
破壊されきったそこに、国を統べる力はまるで感じられない。
かろうじてその全高こそ保っているものの、外壁や基本構造のいくつかに重大な破壊が見受けられる。いつ崩れ去ってもおかしくないだろう。
むしろ見上げた先、玉座の間がまだかろうじて形を保っているのが奇跡だ。
王都は、制圧された。
もう取り返しのつかない段階まで来てしまった――その事実に、ぐっと歯を食いしばった。
「話を続けよう。一度負けた、だから我々は学んだのだ。開祖が、絆を束ねた流れ星の光に敗れたあの日から……その絆を砕かなければ勝てないと」
「導き出した結論が、こうした単なる虐殺ですか」
「分かっているよ。これは今を生きる人々にとって、許される行為ではない」
そこで言葉を切って。
グレイテスト・ワンは足を止めてこちらを見た。
王城だった廃墟の前で、彼は悲しそうに微笑んでいた。
「だけど……そういう
その言葉に、カッと頭のどこかが白熱した。
「だとしたら、この行いに正当性はますますない……! アナタはアナタの虐殺を正当化するためだけに大げさな言葉遣いをして、すべてをごまかして煙に巻いている! こんな行為に正しさなんてあるはずがないでしょう!?」
「その通りだ。私は今を生きる人々すべてを犠牲にして、これからを生きる人々の自由を勝ち取りたいだけだからな」
なんてことはないように彼は言った。
そこで初めて、わたくしは返す言葉を失った。
今を生きる人々すべてを犠牲にしてもいいというのなら、それは。
「……もう、会話はできませんわ」
「ふふ、そうだろうね。私は今を生きる人々がみんな幸せに暮らせるかもしれないという可能性をすべて捨てて、私たちの次に生きる人々の幸せを買いたいんだ」
ワケ分かんねーことばっかり聞かされた。
もういい。もう、うんざりだ。
「要するに、話に付き合っていた時間は全部無駄でしたわね」
展開する宇宙の出力を引き上げようとする。
だが拡大しようとした途端、『壁』にぶち当たった。
向こうもわたくしと同様に、不定形の宇宙をにじむようにして展開させ、こちらの法則が完全に広がらないよう拮抗させているのだ。
「この力、数日間練習しただけの付け焼刃にしてはよく使えていると思わないか?」
「テスト勉強は不要だと本気で信じてるタイプですか? 受験じゃ通用しませんわよ」
「そこは心配ない。勤勉家ではあるんだ、基礎的な勉強をずっとしてきた……代々にわたり、因果が発生したその時からずっとね」
彼の言葉を聞いて、改めて生存本能が叫ぶ。
戦うなと。こいつと戦っても勝てないと。
強い弱いとかではなく――戦ったら殺されるぞと、何の意味もなく死ぬぞと。
今までずっと頼ってきた直感が、あらゆる角度から、あらゆる理論を通して、わたくしに敗死と絶望だけを伝えてくる。
「……っ、ちちうえ、それは……!」
その時、ふわりとナイトエデンが地面に降り立った。
自分の力で立ち上がろうとし、失敗してべしゃりと崩れ落ちる。
地を這う芋虫のように醜い姿を見て、思わず息をのんだ。
「ちちうえ……ぼく、は」
ナイトエデンは血を吐くような声を必死に挙げている。
恐らく――わたくしと、戦おうとしている。
「ナイトエデン……アナタとの決着はもう」
「ああ、そうか」
わたくしが諭すよりも先に、グレイテスト・ワンが口を開いた。
穏やかな瞳で、感極まったように唇を震わせ、彼はゆっくりとしゃがみ息子の肩に手を置いた。
「そんな傷だらけになっても、まだ私を手伝おうとしてくれるのか」
「だって、それが、それがぼくの……!」
「心配するな我が息子。お前の役割は『流星』を堕とすことではなくなった」
え、とナイトエデンが微かに目を見開く。
止める暇はなかった。
「私に『
直後。
ナイトエデンの右腕が輝きを放ち、そのまま、彼自身の胸へと抉り込まれた。
「ごぼっ……!?」
「な――!?」
思わず踏み出した刹那、バチバチと炸裂した神秘に道を塞がれる。
激しく損傷したナイトエデンの身体から漏れ出す、開闢の――つまり、創世の光。
桁違いのエネルギーが荒れ狂い、一歩前に踏み出すことさえ許さない。
「な、んで……ぼくは、唯一の……!」
「『開闢』の覚醒者。もちろん、唯一というのは嘘だ」
自分で自分の肉体を抉らされながら、ナイトエデンが必死にあえぐ。
言葉を紡ごうとして、だけどそれは喉奥からせり上がってきた血に潰され響かない。
「君はウルスラグナ家の血筋を引いていない。私だってそうだ。適合率の高い子供を見つけて、次代のナイトエデン・ウルスラグナにする……ずっとそうだよ。初代様が子供を遺す前に戦死してしまったから、それしかできなくなったんだ」
「え、あ、あ……?」
目を白黒させ、自分の血に濡れ、服を真っ赤に染めながら。
ナイトエデンが目をさまよわせる。極端なパニック状態で視線が定まらず、激痛も相まってびっしりと脂汗を浮かべている。
「この……! やめなさい! 今すぐにッ! ナイトエデンも聞かなくていい!!」
飛び散る神威がわたくしを進ませない。
むしろ、その余波がこちらの身体を焼き尽くさないように防御を固めるので精一杯だ。
「い、嫌だ……! なんで、どうして……ッ! ぼ、ぼくは、ぼくはまだ……!」
「嫌だとかじゃない。これがお前の使命なんだ。使命を果たすために生きてきただろう?」
異常な光景に思考が止まりそうになる。
なんで、ナイトエデンは自分で自分を殺そうとしているんだ。
そう、殺そうとしている。単純な自殺ではなく、彼の身体が彼の意識を無視して動いているようにしか見えない。
「何を、しているのですか……ッ!?」
「『開闢』の覚醒者は殺そうとしてもなかなか殺せない、私自身もそうだったからよく知っている」
深く深く自分を抉っていく息子を見つめながら、父親であるはずの男は、へらりと力なく笑った。
覇気も使命感も何もなく――『やっと面倒な仕事が一つ片付く』といわんばかりの、くたびれた笑みだった。
「だからちゃんと殺すためには、彼を彼自身の力で殺すのが手っ取り早い……そう思って、育てる中で自殺スイッチを無意識下に刷り込んでおいたんだ。いいアイディアだろう?」
説明している間にも、ナイトエデンは明らかに致死量の流血をして、地面を血の海に変えながら、自分の胸部を掻き混ぜる。
血だまりの中で彼がバタバタともがくたび、赤い飛沫が地面に飛び散る。彼の服や顔が真っ赤に染まっていく。
美しい豊穣の麦畑を思い起こさせたその金色の髪も、下品な赤いインクに塗りつぶされていた。
「やめて、やめてくれ父さん! ぼ、ぼくは、死にたくなんか! 死ぬことが、使命だなんて……!」
「これが真実……というのは少し安すぎるか。私が勝たなければ真実にはならないからね。ただ一つだけ確かなのは、お前の全ては嘘だったということだよ」
「だってぼくはまだ何も、なにも――!」
そして最後に、彼は涙を浮かべる目を限界まで見開いて。
縋るように父親を見て。
「おとう、さ……」
「ゆっくり休め、偽物の救世主」
低くくぐもった粘着質な音と共に、一瞬ナイトエデンの身体が跳ねた。
自分の手で自分の心臓を握りつぶしたのだと分かったころには、彼はべったりと地面に貼りついて、もう二度と動かなくなっていた。
「…………ぁ」
「やはり予想より粘ったか。他殺では恐ろしい手間がかかったろうね……考えたくもない」
力尽きたナイトエデンの亡骸を、グレイテスト・ワンは片腕で担ぎ上げると、ぽいと投げた。
拾い上げた木の実が思っていたのとは違って、興味をなくして捨てるかのようだった。
坂道をごろごろと転がっていったその体は瓦礫に紛れ、すぐに見えなくなった。
「ようやく私の手元に戻って来てくれたよ。高適合者を経由するとここまで出力が上がるんだねえ。それに……ほお……なるほど、なるほど。二重覚醒者とはこういった感覚なのか」
グレイテスト・ワンが、その手を軽く握って開いて、眩く光らせる。
間違いなく『開闢』の権能。譲渡が行われたということは即ち、現代の覚醒者が、死んだということの、証拠で。
ブチッ、と頭の中に音が響いた。
「お前えええええええぇぇぇぇぇぇ――――――――ッッ!!」
瞬時に脳細胞の全てが沸騰し、得体の知れない熱が五指の先まで満たした。
地面を爆砕して、グレイテスト・ワンに拳を振るう。
「学習能力はある方だと思っていたけど?」
しかし拳は届かない。
彼が『混沌』だけでなく『開闢』まで手に入れたからなのか、先ほどまでよりもずっと宇宙の密度が高い……!
なんで、なんで……! なんでこんな時に限って手も足も出ないんだよ……ッ!
「アナタの宇宙よりも! わたくしの宇宙の方が強い!」
「違う。『開闢』と『混沌』を掛け合わせた私は光と闇の極点を手に入れた。つまり私の方が強い」
なんてことだ。わたくしと彼がやっているのは、子供同士の言い合いそのものだ。
バーリア! 雷バリアー! 最強バリアー!
もうこれと同レベルである。
だけど、言葉は本当に世界へと干渉してしまっている。
先ほどまでは押し込めない、勝ちきれないという拮抗にとどまっていたはずが、今度はどんどん後ろへ押し下げられていく。
「だから、一度落ち着き給え」
「ぐ、うっ……!?」
彼が手を軽く一振りしただけで、勢いよく体が吹き飛ばされた。
数メートル転がり、勢いのままさらに数十メートル転がりそうになったところで、見えない壁にぶつかって止まる。
衝撃に一瞬視界が真っ白になる中、グレイテスト・ワンが用意した障壁だとすぐに分かった。
「残念だが、彼はここまでだ。これが結果だよ」
「これ、が!? 殺すために育てたとでも、いうんですか……!?」
震える両足に鞭を打って立ち上がりながら、唾を飛ばして叫ぶ。
だがグレイテスト・ワンは静かに首を振った。
「可能性の一つが、現実になっただけさ。確かに彼こそ歴代最高傑作だ……しかしそれはポテンシャルまで含めた話。ナイトエデン・ウルスラグナとしては、依然私のほうが強い」
「だったら、なんだっていうんですか!? 強かったらなんですか、弱かったらなんだっていうんですか!?」
わたくしの問いに。
数秒虚を突かれたように黙った後、グレイテスト・ワンは嘆息する。
「――愚問だね。驚いたよ、まさか君がそんなことを言うなんて」
「え……?
「君は、君こそが知っているはずだ。なぜなら君が今までずっと言ってきたんだ。つまり――勝った方が偉い。だから今、負けた彼に死を命じた。私の方が強いからね」
「そんな、こと……!」
否定しようとして、言葉に詰まる。
「君だって『死ね』と言えたんだ。しかし言わずに、敗者を見逃したり、敗者と分かり合ったりして来た。それは尊く美しい選択だと私も思う。だが君にだって、相手を死なせる選択肢は常にあった。君は選ばず、そして私は選んだ――私と君は同じだよ。勝者として君臨する存在だ」
ああ、その言葉を否定することはできない。
だって今、魂の奥底から、わたくしの全てが同意しているから。
勝者の傲慢と義務によって、わたくしは敵を生かすようなことをし続けた。
だから、わたくしでない者が勝者なら……敗者を容赦なく死に至らしめる戦いはありうる。むしろ、世の中にはこっちの方が多いはずだ。
……だからなんだよ。
……だから、むしろ話は早いだろ。
「だった、ら……勝者は一人だけだから、わたくしとアナタは同時には居られませんわよねえ……!」
「……そうだね。しかしそれを決めるのはもう少し後だ、今すぐじゃない」
「いいえッ! 今この場で決めましょう、その何でもかんでも知ってますって顔が恐怖に歪むところを晒してやりますわ!」
ああ嘘だ、嘘だ、嘘だ。
今のはただ、自分自身を奮い立たせるための言葉だ。
そんなの一番よく分かっている。今までもずっとそうだった。
「……意外だな。そんなに、ナイトエデンと仲良くなっていたのかい?」
怒りで思考が埋め尽くされそうになる。
だって、許せない、許せない……!
「彼はアナタが知らないことだって知っていた……!」
コーヒーを飲んで、劇を見て。
きっと偽物の救世主には不要なものを、わたくしが与えてしまって。
だけど感動していて! 泣いていて! あいつは! あいつは!
「絶対に、アナタだけは許さない……!!」
全身を震わせ、痛みに視界を明滅させながら拳を握る。
そんなわたくしを見て、彼は緩やかに首を振った。
「そうか。許してもらえるとは思っていないよ……だから決着をつけるためにも、ひとまず前に進むとしよう」
「……前、前、前って! 結局アナタの進む先は、アナタにとっての前ってどこなんですか……!」
王都をめちゃくちゃにして。
たくさんの人々を殺して。
息子のナイトエデンすら殺して。
何なんだよ。
お前結局誰なんだよ。
なんでこんなことするんだよ。
「ああ、そうだそれを言うためについてきてもらったんだ」
彼は優しく微笑んだ。
小学校の先生を思い出した。
「全ての権能を集約させた『開闢』の力で神を殺し、世界の外側から定められた運命を破壊し、世界を最初から自由で開かれたものとして作り直す――それが私の進む道だ」
そこで、彼は顔を上げた。
視線の先にあるものは――未だ形を奇跡的に保っている、玉座の間。
「我々も行くとしようか」
「わたくしたち、『も』……?」
「ああ。胸を躍らせるといい、クライマックスに備えるといい。決戦はこれから始まるが、我々は遅れてやっていくのさ――安っぽい子供向けヒーローのようにね」
直後。
黒煙に埋め尽くされつつある王都の空を一筋の稲妻が切り裂き、グレイテスト・ワンの言葉が何を指しているのかを理解し、わたくしは目を見開いた。
◇
グレイテスト・ワンの視線の先で。
玉座の間に、雷鳴を轟かせ雷電が直撃する。
自らの砲弾のように置き換えて疾走したロイ・ミリオンアークが、全身から紫電を散らしながら、油断なく玉座の間を見渡した。
(……やはり人影はない。もうここは戦場としては終わっているんだ)
しかし、自分たちの力に干渉しているものはここにある。
感覚的な察知を元に、彼は足を踏み出そうとし。
「遅かったな、ロイ・ミリオンアーク」
「――ッ!?」
気配は確かになかった。しかし背後から声をかけられた。
剣を構えながら勢いよく振り向いて。
「……は?」
「なんだその間抜け面は。『強襲の貴公子』の異名が泣くぜ?」
視線の先に佇む姿を見て、ロイは口をぽかんと開けたまま、数度まばたきをした。
何度見ても、そこに立っているのは。
「なんで……僕が……?」
まったく同じ顔つき、体つき、服装、装備。
鏡映しですらなく、完璧なコピーとして、ロイが立っている。
唯一違うのは――彼が絶対にしないような、露悪的で嗜虐的な嘲笑を浮かべているという点だけ。
「構えろよ、ロイ・ミリオンアーク」
「何を……君は一体!? ここで何が起きてるって言うんだ!?」
「いちいち質問して答えが返ってこなきゃ戦えないのか。だったら一つだけ教えてやるからよ、よく聞け――」
バチリと、雷が散った。
ロイが纏う黄金の輝きとは対極――世界を蝕む、どす黒い憎悪と呪詛の禍雷。
「――マリアンヌの隣に立つのはお前みたいなナヨナヨした雑魚じゃない。このおれだ」
「殺す!!!!!!!!!!」