TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

195 / 196
NOT RELEASE PART 雲路の果て

「シュテルトライン王国は陥落した。

 

 燃え盛る王都から多くの人々が逃げ出し、残ったのは逃げ出すことすらできなかった負傷した人々や恭順を選んだ貴族、そして侵略者たちのみ。

 

 周辺諸国は、シュテルトラインの政変を受け入れる国と受け入れない国で二つに割れた。

 なにせ今まで戦争に明け暮れてきた国だ。

 その勝利の恩恵に与ってきた者もいれば、隣国から降りかかる火の粉に顔を顰めていた者もいる。

 行為自体が王の手によるものだったとしても、そうした恩、あるいは恨みを、国民は背負わなければならない。

 

 第三王子ユートミラ・レヴ・ハインツァラトスが遊学中であったハインツァラトゥス王国は、近隣諸国の中では最もシュテルトラインとの距離が近い国家であった。

 ハインツァラトゥスは即座にシュテルトラインの政変を『政治的思想を伴わない暴力的な扇動によるもの』と糾弾し、同時に『第三王子ユートミラの身の安全を確保するため』という名目で国境線近辺に軍を展開。

 政府が崩壊状態にあるのを利用し、そこから速やかに軍を送り込んでいる。

 

 もちろんユートミラの身の安全を確保するという理由は重要な目的ではあるが、単一の作戦目標ではない。

 つまり、ハインツァラトゥス王にはやはり、確信があったのだろう。

 シュテルトラインの激変は決して傍観していていいものではないと。

 

 ……国境線を越えたハインツァラトゥスの精鋭部隊は速やかにユートミラを発見した。

 ユートミラと共にいた学友や騎士たちも一緒に行動しており、その集団は特殊監視対象であるマリアンヌ・ピースラウンドを中心としたメンバーであった。

 

 聖女ユイ・タガハラや貴族リンディ・ハートセチュア、王国騎士ジークフリートなどである。

 しかしその中に、マリアンヌ・ピースラウンド本人や、その婚約者ロイ・ミリオンアークの姿はなかった。

 故にか、合流に成功したメンバーに生気はなく、ただ王都陥落の事実と、休息が必要であることを伝え。

 

 そして、自分たちの身分など忘れたかのように。

 体を休めたら、すぐに王都へと戻り、マリアンヌ・ピースラウンドとロイ・ミリオンアークを救出しなければならないと。

 そう、うわごとのように繰り返しているだけだった。

 

 

 

 

 

 ……これは、いうなればクーデターによる国家転覆である。

 周辺諸国が扱いに悩むのも仕方ない。

 

 しかも、その影響は(あくまで現段階では)王都のみにとどまっている。

 実際問題、王都から火の手が上がるのを見ながらも、その隣に位置する村は避難せず、今なお普段と変わらぬ生活を送っているような異様な光景が見られる。

 

 なにせ王都を占拠したウルスラグナ一派は、単にアーサー王を廃しただけであり、それ以降はいかなる思想の表明も、行動方針の提示も行っていない。

 まるで王都を占拠したのが最終目的であるかのように。

 

 事情を知る者、すなわち、当主ナイトエデンを殺害し、再び自らが首領の座に返り咲いた『新ナイトエデン』――紛らわしいので、グレイテスト・ワンと表記する。マクラーレン・ピースラウンドから烈火のごとき怒りをかうのは承知の上でだ――の野望を知る者からすれば当然の摂理だ。

 

 ウルスラグナ一派には、結局のところ、思想も信条もありはしない。

 兵士たちは自我などほぼなく、『開闢(ルクス)』と『混沌(カオス)』の権能によって強化された身体で暴れまわっているのみ。

 

 そしてグレイテスト・ワンはクリスタルの制御に成功すれば、それを用いて世界を滅ぼす、あるいは支配するつもりだ。

 滅亡と支配の間には天地ほどの差があるはずだが、彼による支配はほとんど滅亡だろう。

 

 なにせ彼は、世界に生きる生命全てを殺したがっている。神々の産物であるものならば、自分自身でさえも。

 そうしてすべてをリセットしてから、神々の手によらない新世界を作り上げるつもりなのだ。

 

 ……どう計算してもおかしな計画である。

 おそらくはクリスタルの使い方に、彼なりの工夫があるのだろう。

 単純にクリスタルを暴発させたところで、大陸はめくれ上がるだろうが、恐らくごくわずかな生き残りは発生する。

 

 彼にとってそれは許容できないはずだ。

 となると重要なのは……計算的に・徹底的に・意図的に・何より精密に、あらゆる生命を排除できるシステムの構築である。

 

 巨大な権能二つを注ぎ込んでまでクリスタルを制御したいのには理由がある。

 単にそれらを活用するだけでも、人類史上最悪規模の虐殺は容易い。

 

 しかし彼が目指しているのはもっと根本的かつ絶対的かつ徹底的な結果なのだろう。

 即ち、クリスタルを用いた、全生命排除システムを構築したいからだ、と推測できる。

 

 この野望はいかにも破綻していて、同時に、いかにも稚拙だ。

 しかし、それを阻む者はもういない。

 決定づけられた趨勢は、盆に水を返せないのと同じだ。

 

 

 

 

 

 ハインツァラトゥスと合流したユイ・タガハラたちは、時間をあけて再度王都に来るだろう。

 だが今の王都は、既存の魔法も、禁呪も、そして『七聖使(ウルスラグナ)』の権能すら妨害される死地。

 ウルスラグナ一派に与する者以外は、まともに戦うことすら難しい。

 

 それが分かっているからこそ、ハインツァラトゥスの兵士たちは、彼女たちを保護した後に休ませている。すぐに突入できないように、飲み物に昏睡薬を混ぜてまで、だ。

 ……そうした薬物が効力を発揮したこと自体が、あらゆる権能の劣化を意味している。

 

 普段ならば、こんなふうにはならない。

 こんなふうになる前に、流星の少女がその拳で全てひっくり返してみせるからだ。

 

 しかし彼女の出番は終わってしまった。

 流星の光は異界への道筋を照らす照明として使われ、扉が見つかった今、あっけなく打ち捨てられてしまった。

 

 マリアンヌ・ピースラウンドが納得していようといまいと、世界はそう結論付けた。

 この戦いに、彼女は敗北した。

 それも自身の敗北ではなく――生まれ育った国の陥落と、愛する婚約者をその手で殺害したという、恐らく彼女にとっては最悪の結果によって、限りなく勝利から遠ざけられた。

 

 

 とはいえ。

 

 

 もとより、流星は燃え尽きるものである。

 

 

 マリアンヌ・ピースラウンドのいた西暦世界の理が、それを証明している。

 むしろ、ずっと本人が明言してきたではないか。

 流星とは燃え尽きるもの、燃え尽きてこそ完成するのだと。

 

 ならば流星の末路としてこれほどふさわしいものはない。

 

 大気との摩擦熱によって燃え尽き、地表には届くことなく、無為の空間にゴミとなって散る。

 それは、『流星』に認められた少女の結末としてはこの上なく適切だ。

 何より彼女自身も、自分が最後に負けることを目的として、神々による承認を得ていたわけだ。

 

 何故こうなったのか。

 それはきっと、今回の敵は、彼女にちゃぶ台返しを許さぬよう、丁寧に縛り、丁寧にそぎ落とし、いつしか彼女を、単なる一つのコマ――『主人公』という名を与えられた、小さなコマに矮小化したからだろう。

 

 きっとこのような負け方は、彼女の想定にはなかった。

 己が負ける相手はただ一人だと妄信していた少女は、狩人の企みに気づかないまま追い詰められ、最後は恣意的に歪められた微かな光だけを放ち、その与えられた役割を全うするに留まった。

 

 想像とは違った形だとしても、もはや覆せぬ敗北が結果として鎮座している。

 ならば敗者は敗者らしく舞台を去るのみ。

 

 

 世界がどうなろうとも、もはやできることはない。

 

 

 燃え尽きた流星はどこにも行けず、何にもなれない。

 

 

 これこそがマリアンヌ・ピースラウンドの、長き旅路の果てだと、状況の全てが断定している。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 そこで言葉を切って、男は一つ息を吐いた。

 

 短く整えられた髪につるりとケアされた肌。

 白いシャツに無地のブラックスーツ、そして光沢のある黒ネクタイ。

 

 西暦世界ならば葬儀の帰りとも誤解されるであろう、隙のない風体。

 それはこの剣と魔法の世界においては、水に垂れた墨汁のように、決して馴染まぬ異様な姿だった。

 

「両者合意のもとで決戦の場を整えると約束したのに、この有様です。本当に残念でなりませんよ……とはいえ破ったら罰則があるわけではないですし、結論を急ぐのなら合理的かもしれません」

 

 彼は崩れ去った王城の中にいた。

 慌ただしくウルスラグナの尖兵たちが行き交う中を、透明な存在であるかのようにゆっくりと闊歩する。

 

 例えばそれは、花咲き誇る公園を、視力の落ちた老人がゆっくりと見物して回るような。

 例えばそれは、初めて義足をつけた患者が、ベッドから降りた地面の感触を確かめるような。

 

 ゆったりと、遅く、だけど誰よりも一歩一歩の価値を知る者の動きだった。

 

「私個人としては非常にナンセンスです。アムロ・レイの気持ちが少しわかったかもしれません。ウルスラグナは急ぎ過ぎていますし、人類に絶望している……なるほど、逆襲のシャアって全然面白くないと思っていたんですが、アムロの視点に立ち返ると新しく見えてくるものがありますね。思想のぶつかり合いとして見るものではないのかもしれません。そう思いませんか?」

 

 そんなことを呟きながら歩き続け。

 やがて彼は、かつて王座だった場所にたどり着いた。

 

 足を止めて、視線を下げる。

 見やる先には、地面に座り込んだ少女の姿があった。

 

 長い黒髪に隠されてその表情は見えない。

 だが、彼女が絶望の底にいることは、男といえども分かる。

 

「お久しぶりですね、マリアンヌ・ピースラウンドさん。私です、佐藤です」

 

 返事はない。

 別に求めてもいなかった。

 

「いったんはここから出ましょうか。あの先代ナイトエデン、あなたに『どこにでも行けばいい』とか言っておきながら……人払いに加えていくつかの結界を仕込んでいますねぇ。まあ、私の手にかかれば問題ありません。ツテというわけではないですが、あなたを連れていくべき場所に心当たりがあります」

 

 佐藤の言葉はよどみない。

 空気の中で何にも混じることなく、純粋な流体としてさらりと流れていく。

 

 誰にも聞こえてない。尖兵たちには聞こえず、少女には届かない。

 その様子を見て、彼は一度肩をすくめる。

 

「……完全に心を閉ざしてしまいましたか。無理もありません。あなたには今、誰よりも休息が必要です。おっと、これは私なりの誠意なので……ええ、はい。両者平等に扱うのはやめましょう。先にナンセンスなことをしたのは向こうですからね」 

 

 男はゆっくりと膝をつくと、少女の手を取った。

 覗き込んだ顔。世界に覇を謳う悪役令嬢の顔はどこにもなかった。

 

 いるのは、打ちのめされ、全部奪われて、乾いた唇を何度も婚約者の名に変える哀れな少女だけ。

 世界を変える輝きも、全てを救う一瞬の閃きもありはしない。

 

 だが――彼女は生きている。まだ生きている。

 それだけでも佐藤にとっては十分だった。

 

「彼が……ロイ・ミリオンアークは、あの異界を閉ざしただけではありません。逆にあなたを、この世界に残してみせたのです。ならば私もやるべきことをやりましょう」

 

 

 たとえ彼女の瞳に光が宿っていなくても。

 

 彼は世界の誰よりも少女の逆転劇を見てきて、信じていて、望んでいる男だから。

 

 

 

 

 

「あなたが燃え尽きる刻は、今ではないでしょう。そう思いませんか?」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。