特級選抜試合当日。
わたくしたちは両国の国境にほど近い、ハインツァラトス王国領の
今年は例年と違い規模を縮小・内々に行うとあって昼間ではなく夜間開催となっている。
「となるとやはり、ユートさんの相手は私になるんですかね」
「僕はそうした方がいいと思っている。幸いにも資料がある程度出てるからね。もう一人の向こうの代表がまったくの不明だから、対応力がある僕が相手するべきだろうね」
それぞれ対策と戦術を練っているユイさんとロイ。
わたくしは腕を組みそれを聞いていた。
「マリアンヌ嬢、いいのか」
「何がでしょうか」
「あんたなら、戦術にもっと口出ししそうなのにってことよ」
「伝えるべきことはもう伝え終えましたわ」
関係者ということでジークフリートさんとリンディも共に馬車に乗り込んでいた。
計五人が入ってもまだ三人分ほど空席がある大きな馬車には、王国の紋章が刻まれている。別の馬車で国王アーサーも移動しているだろう。
そうこうしている間に、馬車が止まった。
「着いたようだな」
「そうですわね」
ジークフリートさんがいの一番に降り立ち、馬車から降りるわたくしたちの手を取って地面に下ろしてくれた。
隣国とはいえ、ハインツァラトス王国に来たことはない。初上陸だな。
周囲を見渡し、夜という割には明るいと思った。
ロイたちが呆然と空を見上げている。つられてわたくしも顔を上げた。
「オーロラ……?」
空を、緑色のオーロラが覆っていた。
こちらの国ではよくある光景なのだろうか。きれいじゃん。
……だが。
そのオーロラは単純にきれいなだけでなく、どうにも不吉だった。
次の配信は三十分後を予定しています。 | 上位チャット▼ 〇第三の性別 オーロラ!?!?!?!? 〇適切な蟻地獄 待って待って待って 〇恒心教神祖 えぇ…… 〇みろっく 何?どうしたの? 〇無敵 嘘ぉ…… 〇日本代表 もうやだこの世界線 〇red moon あ~あ 〇木の根 はい終わり!解散! 〇鷲アンチ いやーきついっす 〇みろっく えっ、そんなにやばいのこれ? 〇火星 簡単に言うとこの世界でオーロラは死兆星なんだ 〇みろっく ……つまり、何? 〇火星 負けイベが始まる |
【選抜試合】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【上から見るか横から見るか】 4,666,666 柱が待機中 |
闘技場の来賓席に座る。
両隣をリンディとジークフリートさんに挟まれる配置だ。ユイさんとロイは、選手用の控え室にもう入っている。
「両国の王が並ぶのは、随分と珍しいですわね」
「ああ。首脳会談も最後に行われたのは五年前だ。経済条約などは臣下同士で会談し、締結していたからな」
王たちの横には、鶴翼の陣よろしく王子たちが座っている。
あ、ウチの第三王子が会釈してくれた。第二王子は難しい表情でわたくしを見ている。第一は……あいつ、雲ぼうっと見てやがんな……
態度悪すぎだろお前たち。
向こうの……なんだっけ、ハインツァラトス王国の王子? 要するにユートのお兄さんたち? なんて満面の笑みでわたくしに手を振ってきてるからな。メッチャ態度いいじゃん。
『本日は皆様、お集まりいただきありがとうございます──』
その時、アリーナに女の声が響いた。
『本日行われる特級選抜試合は、両国の次代を担う新星同士の激突!』
「大層なお題目ですわね。たかが学生同士のお遊戯会でしょうに」
「そう言わないでよ。実際、崩壊大戦が終わってからはずっと続けられてきたっていう本当に由緒ある催事なのよ」
「ハートセチュア嬢に同意させてもらいたいな。こうした御前試合の形式を続けられていることこそが、平和が続いている証だ」
両サイドからマジレスサンドイッチされるのめっちゃつらい。
ぴえん。
〇無敵 マジレスがよく当たるボディしてるのが悪い
うるせえですわ~~~~~!!!!!
マジレスがよく当たるボディって何だよ。
わたくしが基本的なルールすら守れないカスみたいな言い分じゃないか。えぇ?
……あっ。そういえばさっき、死亡イベントがどうこうと騒いでいましたわね
〇木の根 あー、気にしなくていいよ
〇鷲アンチ そうそう、大丈夫大丈夫
一ミリも信用できない感じ凄いですわね。負けイベとかなんとか言ってましたが……
〇第三の性別 本当に気にしなくていいっていうか、気にするだけ無駄っていうか
〇TSに一家言 いやこのタイミングでオーロラって凄いな……
〇火星 一応CHAPTERが進むにつれて発生確率は上がるからな。ただ共通ルート中に発生するのは初めて見た
いまいち説明が要領を得ねえ、っつーか説明する気があんまないなこいつら。
コメント欄を眺めてムムッと唸っている間に、気づけばアリーナ中央にはロイの姿があった。
『『強襲の貴公子』ことロイ・ミリオンアークと対決するは、ハインツァラトスの青い疾風! 『青騎士』──!』
うちのロイの向かいに歩いてきたのは、大きな戦斧を肩に乗せた巨漢だった。
髪を刈り上げ、深海のような青い鎧を身に纏う姿は、まあ学生には見えない。
「学生……?」
「いや……オレにも、オレと同年代に見えるな……」
外見の擬態雑すぎて草ァ!
これひげ剃ったぐらいしかやってねーだろ!
「……よろしくお願いします」
「ふっふっ。こちらこそよろしく頼むヨ、ミリオンアーク君」
中央で数秒握手をした後、ロイが訝しげに眉根を寄せ、青騎士が唇をつり上げる。
「なんだい? そっちは御前試合ばかりやってると聞いたけど。実戦的に、知らないヒトと戦うのは怖いかな? ン?」
「……プライドとか、ないんですか?」
「ンふっふっふっふ。実戦を知らない子供の言いそうなことだヨ」
『それでは両者、位置についてください!』
二人は後ろへと歩き、間合いを取った。
青騎士が巨大な斧を振りかざし、構える。
一振りしただけの風圧で砂煙が巻き上がった。堂に入った構えだった。決して弱者ではない。相当な手練れだと、マリアンヌとて理解している。
「あれ、明らかに学生じゃないっていうか……わざとやってるわよね向こう。ミリオンアーク、大丈夫かしら」
リンディが不安そうにわたくしに問う。
肩をすくめた。相手の正体が不明瞭な以上、現段階で断言することは難しい。それでも言えるとしたら。
「ロイは──いつも通りにやるだけでしょうね」
『試合を、開始します!』
両国の国王たちの頭上で、魔力光のランプが灯る。
三つあるランプのうち、赤、赤と灯っていき、最後には緑の光が輝く。
【
女の声が響くと同時。
アリーナの大地を爆砕して、青騎士が駆け抜けた。
ハインツァラトス王国における魔法使いでない戦士。身体能力一つをとっても、常人を遙かに上回る。
「──
相対するロイもまた、腰元から剣を抜刀。
二節詠唱によって剣に雷撃を纏わせる。いつも通りの魔法剣士スタイル。
だが、確かユートによってロイの戦い方は相手に知らされているはず。
「それは知ってるんだヨ……!」
バカリと戦斧の刃が花開いた。
相対するロイは無論、客席の一同すらぎょっとする。
「出番だヨ、『フェンリル』!」
青騎士が叫ぶと同時、一振りでロイの身体を弾いた。
思わず目を見開いた。剣に纏わせた雷撃を、竜の顎のように展開された斧が
「なんですのアレは……!?」
「初めて見る兵器だ。ただのバトルアックスじゃないとは思っていたが……一体何だ?」
大きく後ろへ弾かれつつも、ロイは顔を上げ斧の展開部を訝しげに見た。
青騎士がニンマリと笑って、再度斧を振り回す。
一方的にロイが押し込まれる展開の中。
「…………
わたくしとジークフリートさんの疑問に答えたのは、意外にもリンディだった。
「ハインツァラトスは機械化に注力しているわ。その、ハインツァラトスの機械化兵団が装備する『対魔法使い専用装備』。相手が発動させた魔法を魔力に還元・分解して食らう、『魔法使い殺し』! だけど、こんな実戦レベルにまで仕上がってるなんて初耳よ……!」
なんでこんな詳しいんだコイツ……
え、これ露骨に関係者フラグだよね?
「……お父様の裏切り者……!」
ほら見ぃ! 見ぃ!!
開発者かメーカーの社長の娘やんこいつ!
〇木の根 リンディ√はハートセチュア家がマジで邪魔
〇適切な蟻地獄 ファンタジー異世界にアンブレラ社を出すな
やだ~~~~!! やだも~~~~~~~!!!!
身内にこんな特大爆弾抱えたくないんですけどォ!
「──リンディ、どうしたのです」
「……ッ、何でもないわ」
とりあえず聞こえてるぞお前って釘を刺しといた。
リンディは唇を噛んで、席に座り直す。
そうこうしている間にも、青騎士が斧をブンブン振り回してロイを追い詰める。
「そうら、王様の御前でも、逃げてばかりだったのかネ!?」
「……
雷撃を打ち消された剣を一瞥し、ロイは再び二節詠唱を紡ぐ。
魔法陣が二つ展開され、そこから迸った雷が刀身に巻き付く。
「芸のない男だヨ──!」
青騎士が斧を振るい、ロイがそれを真っ向から受け止める。
やはり同様に、展開された斧が魔力を食らう。それを静かに見つめ、ロイは刀を切り返した。
「魔法なき魔法使いの剣などォ!」
だが遅い遙かに遅い。
人間の限界を遙かに超えたスピードで、青騎士の第二撃がロイを真正面から打ち据えた。
「──!」
声も上げられないままロイの身体が十数メートルに渡って吹き飛ばされ、アリーナの外壁に激突。
蜘蛛の巣のように外壁をヒビが伝い、衝撃に地面がめくれ上がる。
濛々と砂煙が巻き上がり、あの鮮やかな金髪は見えなくなってしまった。
「ミリオンアーク……!」
リンディが隣で悲鳴を上げる。
砂煙にかき消え、姿の見えなくなったロイ。
勝ち誇る青騎士。
試合開始後、ざっと三十秒か。
は~。
あ~~~~あ。
フェンリル? とやらが出てきたとこがピークだったな。
「この勝負、見えましたわ」
ハッ、と思わず心底馬鹿にするような声が漏れてしまう。
完全に試合の結果に興味を失い、わたくしは席から立ち上がった。
「ちょっと、マリアンヌ……!?」
何してんだお前とリンディが訝しげにわたくしを睨む。
嘆息して、わたくしはジークフリートさんに話しかけた。
「ジークフリートさん」
「何だろうか」
「ある人から、ハインツァラトス王国代表として出場するもう一人の騎士は、我が国の王立騎士団中隊長クラスに比肩するとお聞きしました。中隊長としてどう思われますか」
わたくしの問いに、赤髪の騎士は難しい表情になる。
「所感でいいだろうか」
「ええ、もちろん」
「不愉快だな」
「でしょうね」
二人して、アリーナに冷たい目を向けてしまう。
見る価値のない試合だ。わたくしは踵を返して、客席から出て行く。
背後からジークフリートさんの声が投げかけられた。
「マリアンヌ嬢、どこへ?
「ええ……少しばかり、呼ばれたようですので」
一瞥する先には、ハインツァラトス王国の王子たち。
そう──試合が始まったのに、片時もわたくしから視線を逸らさず、笑顔で手を振ってきていた王子たちの姿があった。