TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART10 その拳、決して毀れず

 ハインツァラトス王国領の闘技場外部。

 わたくしはよろよろと立ち上がる二人の王子を眺めながら、優雅なティータイムを楽しんでいた。

 

「今に見ていろ……! さっきは後れを取ったが、次はないぞ!」

「お、弟よ、俺まだ脚がガクガク言ってるんだ、今だけは喧嘩売らないでくれ。というかちょっと俺たち方向性を見直すべきでは? 本当になんでこんな計画立ててるんだ?」

 

 ん? 思わず眉根を寄せた。

 兄王子がやたら弱気になっている。

 一発もらって戦意を失うやつの顔は見飽きているが、それとはなんか違う。

 

「何言ってるんだよ兄上! これが正しいって巫女も言ってたじゃないか!」

「いやそうなんだが……あれ? 正しい、はずだよな? 正しかった。確かに。だけど……ん? やっぱこれちょっとおかしいだろ……?」

「そうするって決めたじゃないか! 相手がなんであれ、巫女が言ったんだから!」

 

 揉め始めているが、こう、何かが違う。戦意を単純に失っただけじゃない。

 殴られただけでこんなに意見を切り替えることがあるだろうか?

 

 

TSに一家言 いやまあ、お星様になりかけたから怖がるのは分かるんだけど

適切な蟻地獄 ん~……? こんな会話あったっけ?

red moon ていうか王子二人、なんか原作とキャラ違うよな

 

 

 コメント欄もちょっと戸惑っている。

 わたくしもこう、なんというか、言いようのない違和感を覚え始めた。

 さっき八節詠唱パンチを叩き込んだ兄王子。さすがに頭吹き飛ばないよう調整したつもりだったが、顔が全然腫れてない。それはおかしい。歯が砕ける程度には指向性を持たせたはずだ。

 眉根を寄せ、自分の中に芽生えた違和感をよく分析していた、その時。

 

 

「やれやれ。試合よりこちらの方が、余程面白い光景になっていますね」

 

 

 聞き覚えのある声がした。

 ガバリと顔を上げると、そこにいた。アリーナの外廊下に佇み、こちらを見下ろす二人分の影。

 

「少々優雅さには欠けていますが、これはこれでよし。いい見世物です」

 

 ニッコニコ笑顔なのは、我が国の第三王子(たしか)。

 そして隣で明らかにキレ散らかしてる表情の第二王子(おそらく)。

 二人の王子が、わたくしたちを見下ろしていた。

 

「……い、いつからそこに?」

「ちょうど舌戦が始まったところからです。とはいえお互いにすぐ沸騰していましたが……」

「は? 負けてないですが?」

「言ってる傍からこれなので驚きですよ」

 

 第三王子が肩をすくめる。こっちはハッキリ覚えてる。禁呪大決戦でわたくしを庇ってくれたからな。

 一方。

 

「……まったく、特級選抜試合は両国の平和の象徴だというのに、けしからん!」

 

 うわっ第二王子激おこじゃん。

 肩を震わせ、彼は怒髪天を衝くといった様子だった。この人わたくしを裁判にかけようとしたから苦手なんだよな。

 

「とはいえ兄上も手を出すつもりはないようだ」

 

 メガネをくいと指で押し上げつつ、もう一人の王子様が苦笑した。

 え、そうなん?

 

「フン、当たり前だ。獅子に野良犬が噛み付くのを、勇んで止める理由はない。だがピースラウンド! 状況が状況であるが故に看過するだけだ。本来なら他国の王子を殴り飛ばすなど、追放刑でもおかしくないぞ!」

 

 何……だと……?

 

 

みろっく まさかお嬢、これを狙って……!?

ミート便器 ないない

鷲アンチ 気に入らない相手をぶん殴っただけだろ

 

 

 実際狙ってたわけではないですけども。

 だがしかし、追放というワードには反応せざるを得ない。

 そういやこいつら王子だったな。喧嘩売っちゃいけない相手に喧嘩売って追放とか、悪役令嬢の誉れじゃん!

 

「そしてハインツァラトスの王子たちよ。ピースラウンドは我が国の次代を担う希望だ。それを拐かそうなど言語道断! 我が国への狼藉だ!」

「い、いやちょっと待ってくれ。俺今状況があんまり分かってないんだ」

 

 兄王子が狼狽している横で、弟王子が拳を振り上げる。

 

「うるせえ! 機械化の進んでない、時代後れの分際で! お前らの国に上から指図される筋合いはねえな!」

「貴様、この期に及んで──!」

 

 第二王子が、腰に下げた剣の柄に手を伸ばした。

 両者共に、一触即発。兄王子はオロオロしてるだけだし、第三王子はヘラヘラ笑って見ているだけ。

 フン。完璧に理解した。

 追放の花道、見えたぜ!

 

 

 ここで紅茶をひとつまみ……っとw

 

 

 わたくしは弟王子に近づくと、持っていたティーカップを頭に叩きつけた。

 

「そぉい!!」

「ぶぼっっ!?」

 

 バッシャーと紅茶をひっかぶって、弟王子はもんどり打ってその場にひっくり返った。

 

 

外から来ました ひとつまみの量じゃない

日本代表 かけ声に野蛮さがにじみ出てるんだよ

 

 

 RTA、完! これが一番はやいと思います(迫真)

 アチチチチチ! と悲鳴を上げて弟王子が地面を転がる。いい光景だ。

 一仕事終えた心地よさにうんと伸びをして、わたくしは二人の王子を見上げる。どっちもぽかんとしていた。

 へいへい、かかってこいよ。これは言い逃れできない追放刑だろ。

 

「……ふ、ふふっ」

「く、くはははははははっ!!」

 

 二人の王子は揃って爆笑し始めた。

 は?

 

「ひー、ひーっこれはこれは、ははっ、ひっはははははっ!」

「良いな! ピースラウンド、お前なかなかやるじゃないか! ははは、はっはっはっは! 豪毅な女だ、気に入ったぞ!」

 

 は???

 

 

第三の性別 やることなすこと全てが裏目に出る女

鷲アンチ 王子をしばいて王子の好感度を稼ぐ女

外から来ました 今日のラッキーアイテムは、紅茶~!そぉい!!

 

 

 なんかツボを刺激してしまったらしく、第二王子と第三王子は涙が出るほどに笑っていた。

 クソが……! なんか追放の方がわたくしを避けているような感じさえあるぞこれ!

 

「──というか、待ってください。今お二人がここにいるということは、第一王子しか残ってないことになりますわ。流石にまずいのでは?」

「何を言うか。そいつらでさえ幻影を置けたんだ、俺たちにできないはずがないだろう。随分と低レベルな幻体だったからな、何か怪しい動きをしているに違いないと踏んで探しに来たんだ」

「それと、兄上なら最初から来ていませんよ? 王城からあの幻体を動かしているんです」

「はぁ!? サボりじゃないですか! 王城で何をしているというのです?」

「いや、まあ、それは……」

「……部屋で寝てるんだよ、あの人……」

「えぇ…………」

 

 第一王子、マジでこう……アレな人なんだな……

 

 

無敵 第一王子、屈指の泣き√やぞ

 

 

 マジ?

 なんかこう表面しか知らない人に関してガンガン情報だけお出しされるの違和感凄いな。現実でもこのシステムあったら立ち回りメッチャ楽そう。

 

「クソがッ! 余裕ぶりやがって!」

 

 考えにふけっている間に、どうやら回復したらしい。

 弟王子が髪から滴る紅茶を袖で拭いつつ、わたくしを睨む。

 

「お似合いですわ。水も滴るイイ男、というやつでしょう?」

「ふざけるな! その余裕も今のうちだぞ!」

 

 そういやさっきも次はないとか言ってたな。

 単純な捨て台詞じゃないのか。こいつらなんか、もう一枚ぐらい伏せ札持ってるな?

 上等だ。

 

「ええ、ええ。でしたら楽しみにしておきましょう。ここからどう逆転するのか、お手並み拝見といこうじゃありませんか」

 

 わたくしがそう告げると同時。

 第二王子と第三王子が、ひらりと飛び降りてきた。

 すぐ隣に着地した直後、第二王子がわたくしの首根っこを掴んで勢いよく飛び退く。

 

「ぐべっ」

「すまん! だが許せ! そこは危険だ!」

 

 ほとんど猫のようにひっつかまれているわたくしのすぐ目の前で。

 闘技場──その側面が、勢いよく爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し巻き戻る。

 アリーナ中央にて、ユイとユートは相対していた。

 

「……本気で戦え、だと?」

「はい」

 

 頭を振った。ユートは笑い出しそうだった。

 

「おかしな話だ。俺は十分に本気を……」

「──無刀流、一ノ型」

 

 背筋を悪寒が走った。間合いが刹那で殺され、ユイは既に腕を引き絞っていた。

 放たれるは真正面からの貫手。

 ユートは首を傾げるようにして、ミリ単位の正確な回避。余波で頬が裂ける。

 

「……ッ!?」

 

 だがそこからのコンビネーションは予想外だった。

 伸びきった腕をそのまま拘束に転用し、ユイはユートの身体に組み付いたのだ。

 

(関節技!?)

 

 ぎちり、と自身の腕が嫌な音を立てるのが聞こえた。完全に極められている。

 背中越しにユイが勝利の確信を眼光に宿す。だが。

 

「舐めるなァァァッ!」

 

 乾坤一擲。

 全身に纏う焔を一極集中。ユイは咄嗟の反応で拘束を解いて転がり退く。

 コンマ数秒遅れたら、両腕が使い物にならなくなっていたかもしれない。

 

(全身だけじゃない、局所的に出力を集中できるの!? ならそれも計算に入れて──!)

 

 戦術を再構築して、ユイは再び飛びかかる。

 二度同じ手は通用しないと互いが理解していた。

 

(恐ろしいスピード! とにかく攻撃に集中して捌くしかない!)

 

 負けなければならない、という雑念は、眼前の少女の前に消し飛ばされた。

 いつしか極度の集中に身を置き、ユートは焔で強化した身体を以て連撃に対応していく。

 繰り出される手刀を防ぎ、間に合わないスピード相手には焔を炸裂させ、身体を加速させて無理矢理に間に合わせる。

 

(攻防一体だけじゃなくて、加速機構もできるの!?)

(禁呪の短縮ではないが、禁呪を劣化させつつコピーしたオリジナル魔法『焔鎧』! 有効性は確かだな!)

 

 二人の攻防は音を置き去りにし、端から見れば腕が六本はあるようにも見えた。

 もはやどちらが優勢なのか、並の人間では判断できない。

 互いの視線が交錯し──火花が一層強く散った。

 

 

 

 その光景に。

 観客席でリンディは息を呑み、ジークフリートもまた感嘆していた。

 

「……凄いな」

「ええ、そう、ですね」

「凄まじいレベルの戦いだよ。どちらが相手であっても、俺も苦戦は免れないだろう」

「……ッ、貴方が苦戦!? 冗談でしょう、学生同士の試合なのよ!?」

「学生という括りが無意味であることは、君の大切な友人が証明しているはずだ」

 

 的を射た発言だった。

 得心がいき、リンディは頷く。

 

(フッ……我ながら大人気ないな)

 

 改めて二人の格闘戦を眺め。

 ジークフリートは静かに拳を握った。

 

(学生同士の試合だというのに。割って入りたくて仕方ない。武者震いが止まらないとは)

 

 自分ならどうする。どう動く。どう対応する。

 絶えず頭の中で仮想戦を回しながら、実際の対戦をつぶさに観察する。

 騎士の中で、二人はもう、単なる庇護の対象ではなくなっていた。

 

(認識を改めるしかない。オレが最強であることを示すためには、あの二人を打倒することは避けて通れないとな……!)

 

 

 

 振るわれた炎の拳を、両腕をクロスさせガード。

 ユイは靴底で地面を削りながらノックバックに数メートル後退した。

 

(……ッ! 出力が上がってる! 二重じゃ突破される……!?)

 

 自身の服の袖が焼け付いているのを確認して、ユイは奥歯を噛みしめた。

 足りない。多大な負荷をかけての二重加護だというのに、ユートの出力についていけていない。

 

「どうした、ユイ! そんなものか!?」

 

 間違いなく、天秤は彼の側に傾きつつある。

 だというのに、知らずの内に口の端がつり上がる。

 楽しい。全力をぶつけ合い、競い合い、高め合えているこの時間が、楽しい。

 

「は──ははっ」

「……何がおかしい」

「ふふ……ああ、楽しい。楽しいでしょう。存在そのものを懸けて、ぶつかり合うのが!」

「……悔しいが同意見だ、タガハラ……今は、今だけは何も考えずに済む」

 

 ユートは頭を振った。

 雑念が消え、無我夢中で拳を交わしている時間は──本当に、心の底から充足感があった。

 

「ユイでいいですよ、ユートくん」

「そうか、感謝する。お前のような友と出会えていたことに気づけなかったとは……俺はとんでもないふぬけだったな」

 

 自嘲するようなセリフに対して。

 ユイは朗らかに笑った。

 

「友じゃないです。友達(ダチ)、ですよね?」

「──!」

 

 自分から言い出したフレーズだというのに。

 それを投げ返されることに、ユートは少なからずの衝撃を受けた。

 

「……ああ。そう、だった。そうだな」

「はい! ですので、ユート君の学園における友達(ダチ)第一号は、マリアンヌさんではありません!」

「あ、そこ気にしてたのか……」

 

 思わず脱力しそうになる。

 だがそれをユイは許さない。互いに認め合い、真っ直ぐに見つめ合い。

 

(彼を倒す。友達として、敬意をもって!)

 

 白黒をはっきりとつけるべく、ユイは深く息を吸った。

 

 

「────三重祝福(ブレッシング・トリプル)一極集中(スナイピング)

 

 

 チリ、と空気の焼け焦げる音。

 自身の右手が内部から熱を持ち、そこを起点に激痛が走る。表情が歪みそうになるのを、意思の力でねじ伏せる。

 

(無理をしていると気取られちゃダメだ。ユート君の、焔の一極集中。私にもできた。できたけど、長くは続かない……!)

 

 右手のみに祝福を三重がけ、恩恵を削ることで負荷を最小限に。

 放てるのは間違いなく、一発だけ。

 

「これから放つのは、今の私の全力全開……! 決着をつけましょう!」

「ああ! 友達(ダチ)相手に、もう手は抜かない! 勝負だ──!」

 

 真っ直ぐに向かい合い、同時に地面を爆砕して駆け出す。

 間合いが殺されるのは瞬息。

 

(──間に合わない!?)

 

 コンマゼロ数秒の世界で、ユイは明確に、自身の敗北を察知した。

 見ればユートの身体を纏っていた焔が、今度は背中と拳の二箇所に集中していた。

 威力に半分を割きつつも、もう半分は加速装置として作動。だがその加速すら威力に転じさせ、ユートが最後の一手を放つ。

 

(獲った────!)

 

 眼前の少女めがけて、今の自分にできる最大限のパワーを解き放とうとして。

 

 ドクン、と。

 

 己の鼓動が一際跳ねたのをユートは感じた。

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 手刀を抉り込みながら、ユイは瞠目した。

 がくん、とユートの膝から力が抜けた。真っ向からぶつかり合うはずだったのに、彼の瞳から突如として光が失われ、焔がかき消えた。意識を失っている。余りにも突発的だった。

 

(ま、ずっ)

 

 咄嗟の反応で攻撃を逸らす。

 果たしてそれは余波にユートの身体を巻き込み、大きく吹き飛ばしながらも。

 発生した衝撃波で、闘技場の側面を粉々に粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 何事!? 何事だ!?

 ゴジラぐらいでかい闘技場がぶっ壊れたんだけど!?

 

「……ッ、マリアンヌ!?」

 

 吹き上がる粉塵を切り裂いて、いの一番にわたくしの元に来たのはロイだった。

 

「何があったのですか!?」

「それはこっちの台詞だ! どういう状況────」

 

 そこでロイは、わたくしが第二王子に首根っこを掴まれているのを見た。

 結構体格差があるせいで、ぷらーんと浮いている。息しにくいんだよ下ろせ。

 

「……どういう状況?」

「ああ、ミリオンアークか。こいつは任せた」

 

 据わった目で問うロイに対して、第二王子は乱雑にわたくしを放る。

 

「ちょおおおっ!?」

「うおおおおっ!?」

 

 金髪貴公子に抱き留められ、わたくしはロイにしがみついたまま第二王子に怒鳴った。

 

「なんてことしますの! 淑女を投げ捨てるなんて!」

「そ、そ、それどころじゃないってマリアンヌ! あわわわわわ吐息が甘い香りが……ッ!」

 

 動揺してる場合か! もうちょい女慣れしろボケ!

 わたくしはロイから飛び降りると、吹き荒れる煙を『流星』で薙ぎ払う。

 

星を纏え(rain fall)

「……ッ、雷霆よ来たれ(lightning blast)

 

 ロイも共に短縮詠唱で一帯の爆炎を切り裂いた。

 そうして視界が晴れると、そこには呆然としているユイさんと。

 こちら側に吹き飛ばされ、地面に倒れ伏すユートの姿があった。

 

「……ッ? 勝敗が付いたのですか? 随分と派手にやりましたわね……」

「違うぞマリアンヌ嬢、何か妙だ」

 

 声のした方を見れば、ジークフリートさんとリンディが、破壊された闘技場から飛び降りて来ていた。

 第二王子と第三王子がいるのを見て、ジークフリートさんは慌てて、彼らの前に壁として陣取る。おつとめご苦労様です。

 

「リンディ、妙とは?」

「ユートの動きよ。突然動かなくなっちゃったの、何かがあったのよ!」

 

 幸いにも破壊された闘技場側の客席に、観客はいなかったらしい。

 警備の騎士たちが慌ててやってくる中で。

 

「ぎゃっはははははははっ! 効いたか!? 効いたよなあ! あの水を飲んじまったよなあ、ユートォオォォ……!!」

 

 哄笑を上げる男が一人。

 兄王子が呆然と尻餅をついているのを一顧だにせず。

 弟王子がユートの元に駆けよって、その身体を靴底で踏みつけた。

 

「……お、おい。お前、何を言って?」

「兄上も一緒に仕込んだでしょうゥ……!? アレはお前を仮死状態にする毒が入ってたんだよ! なんで怪しまねえかなあ、馬鹿な木偶の坊!」

 

 倒れ伏す弟を足蹴にして。

 彼は王子にあるまじき凶相で、犬歯をむき出しにして吠える。

 

「なあ兄上、手はず通りにいっただろう? こいつを仮死状態にすれば、禁呪は次の保有者を捜し求める!」

「────!?」

 

 弟王子が、パカリと三日月の唇を開ける。

 

「こいつは何かの間違いで、俺たちより高い適性を持っていた。だがな、いったん死んじまえば、こっちのもんだ! 俺と兄上が二人で一人の禁呪保有者になる! お前はもう用済みなんだよッ!!」

 

 がごん、と蹴り飛ばされ、ユートの身体が転がされた。

 意識のない彼が抵抗できるはずもなく、力なく倒れたまま。

 瞳を閉じた、泥にまみれたその顔を見て。

 

 

 ────────ブチリと、頭の奥で嫌な音がした。

 

 

「……見下げ果てたぞ。貴様、誇りはおろか、人の心すら捨てたか」

 

 第二王子の声色は恐ろしいほど低く、ついに彼は抜剣した。

 だがわたくしは、彼の前に進み出て、腕を伸ばし制止する。

 

「何のつもりだ、ピースラウンド。俺はあれを斬らねばならない」

「心中お察し致しますわ、王子殿下。ですが────」

 

 ああ、畜生。

 怒りに歯が砕けそうだ。心臓がうるさい。頭に血がのぼってふらつきそうになる。

 

「あの男は、わたくしの友の心を弄び、侮辱し、いいように利用しました……!」

 

 楽しかったのだ。

 ユートと過ごした日常。走り抜けるような日々だった。悪い奴じゃないって。本当は良い奴なんだって、いやでも分かっていた。

 

「許すことは、できません。このマリアンヌ・ピースラウンドの友を……わたくしの日常を構成していた男をッ! 何よりも弟を何と思っているのですかッ! 恥を知りなさい!!」

 

 自分でも恐ろしいほどに、声は怒りに震えていた。

 臓腑の底から、灼熱が絶えず吐き出されている。全身を怒りが循環していた。

 

「ハッ────ハハハハハハハハハッ! お友達になってくれたのかよ、ありがとうなぁ!」

「その口を閉じなさい、下郎……! 貴方のようなクズ、一発では済ませません!」

 

 右の拳を握り、一歩前に踏み出した。

 詠唱しつつ接近してあの顔面に拳を叩き込む。思考がその行動だけに染め上げられていた。

 

 

 

 だから気づくのが遅れた。

 

 

 

「…………ぁ?」

 

 弟王子が、空を見上げた。

 つられて一同も視線を上げる。馬鹿、視線誘導(ミスディレクション)だったらどうする!

 

「…………なん、だ、あれは」

 

 だが。

 すぐ隣のロイが、呆然とした声を上げ、わたくしは注意自体は弟王子に向けたまま、顔を上げた。

 

 オーロラがあった。

 空を緑色のオーロラが埋め尽くしていた。

 

「……は?」

 

 待て。おかしい。こんなになかった。

 上空に敷き詰められた緑の極光。背筋を悪寒が舐める。首に死神の鎌が触れたような気がした。

 オーロラが、拉いでいく。軋み、歪み、折り曲がって重なっていく。

 違う。あれは違う、あれは、わたくしの知っているオーロラではない。

 

 オーロラが重なっていく。

 オーロラが形を成していく。

 オーロラが腕と足を象り、身体を、背中から伸びる翼を形成していく。

 

 

 

 

 

配信中です。
 
上位チャット▼


鷲アンチ あ~あ

外からきました 悪 魔 豪 臨

宇宙の起源 やっぱオーロラ出たらリセだわ

苦行むり 乱数に嫌われすぎだろ

みろっく このタイトルは詳しくない、何が起きるの?

適切な蟻地獄 端的に言うと常に無敵バフ張ったヤバい悪魔が出てくる

太郎 誰が出るかな~?

red moon ベルゼバブ?アスモデウス?ベルフェゴール?

脚本家 いや、ルシファーが出てくるよ

TSに一家言 本当にルシファー出てきたらリセどころの騒ぎじゃねえな

日本代表 おいそいつ誰だ

第三の性別 確かに初めて見た名前だな

日本代表 違う!()()()()I()P()()()()()()()()()()()()()()()()!どうやってアクセスしてきた!?

適切な蟻地獄 えっ

無敵 …………え?

脚本家 あは☆

【王子で】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【遊ぶドン!】

6,666,666 柱が視聴中

 

 

 

 

 

 白い身体を、黒い呪紋が駆け巡り。

 白い髪が風になびき。

 鋭い両眼の下に、血涙の如き深紅のラインが引かれた。

 

 ばさりと、翼が広がる。

 それは世界の裏側と呼ばれる異界──『地獄』を統べる存在。

 

「人間よ」

 

 声は衝撃波すら伴っていた。

 ビリビリと鼓膜が痺れ、思わず膝をつきそうになる。魂魄を砕くような畏怖があった。

 

「聞け。そして己が末路を受け入れよ」

 

 リンディが力なく座り込んだ。ロイの手が震えているのが見えた。ジークフリートさんが王子たちに退避を叫んだ。

 わたくしさえも、立っているので精一杯だった。

 

 

 

「ここに顕れたは、大悪魔ルシファーが権能────貴様らは、ここで絶滅する」

 

 

 

 終わりの使者が、空から、流星のように降ってきた。

 

 


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