最終局面。
瓦礫を押しのけて立ち上がる大悪魔ルシファーに対し。
わたくしは両手を腰に当て、胸を張って相対した。
「……なんだ、それは?」
ルシファーの端末が、わたくしの身体各部に迸る火花を見て眉をひそめる。
「『流星』にそのような機能はない。一体何をした、貴様……」
「フフン。アナタ如きでは理解出来ないでしょう。わたくしと『
「──そうか。成程考えたな。自身を一つの宇宙と仮定し、体内で流星を燃やしているのか」
「一発で見破られましたわ!?」
思わず悲鳴を上げた。
何コイツ、理解力高すぎない?
「セーヴァリスめ……『流星』を改変したのか。いや逆か、余白を残してロールアウトしたな」
「ええい、原理を理解されたところで痛くもかゆくもありませんわ!」
叫ぶと同時、わたくしは脚部から推力を放出。
無数の『流星』を瞬時に活性状態へ移行させ、爆発的な加速を生み出す。距離を詰めるのに刹那もかからない。
勢いのまま、真正面から拳を叩きつけた。ルシファーは左手でわたくしの加速流星パンチを受け止める。接触の余波で大地が軋んだ。
「不条理な威力の代償として、不合理な負荷がかかっているだろう。それを採用するのは理解出来んな……そのまま自滅しろ」
「死ぬなら、アナタを殺してからにさせてもらいましょうッ!」
至近距離。
思い切りのけぞってから、勢いを乗せて──
「……ッ!?」
数歩たたらを踏んで引き下がったところに、再度右ストレートを打ち込む。
複雑なコンビネーションは要らない。
今はただ、真正面からこいつの顔をぶち壊してやりてぇ!
「無駄だと言っている……!」
後退しながら翼から無数の氷柱を射出し、わたくしを遠ざけようとするルシファー。
無駄だ。振り抜いた拳が氷柱を粉砕し、壊しきれなかったものは身体で受け止め、そのまま駆け抜ける。
「何なんだ、貴様は!?」
懐に潜り込んだ。
大悪魔がその両眼を赤く光らせる。攻撃の予兆を感じ取った。
「
〇外から来ました それ即死攻撃!
〇適切な蟻地獄 避けろ馬鹿!
〇脚本家 当たれ! 死ね!
当たらねーよ死ぬのはコイツだアアア!
両眼から深紅の光が放たれるのを、至近距離、微かな上半身の捻りで回避する。
そのまま回転の勢いを乗せ、ストレートではなく鎌のようにしならせた流星フックを打つ。狙い過たずルシファーの左頬に直撃。やつの身体が地面から浮き、二度目のふっとばしに成功した。
「ご……ッ!?」
ルシファーは空中でくるりと一回転して体勢を立て直し着地。だが顔を上げた瞬間、既に加速の準備を終えているわたくしを見て、ギョッとしていた。
さっきから絶妙にテンポが悪いというか、わたくしが優位性を確保できている、できすぎている。格闘戦には慣れてないなこいつ。
「ッ、近づくな!」
腕の一振りで、空間を断絶するような、超高密度の風の障壁が展開された。
面白ぇ。わたくし相手に出力勝負か、乗ってやるよ!
「随分とまあ、可愛らしい怯え方ですわね!」
最大限に体内の『流星』を活性化。
ユートの見よう見まねだが、背中と右肘から加速用に推力を放つ。周囲の地面が軋みを上げてひび割れていく。大気そのものが鳴動した。
腰を落とし、左手を突き出し、右の拳を弓矢のように引き絞った。
「撃ち抜け、わたくしの『
加速すると同時、乾坤一擲。
解き放ったパワーが障壁を濡れ紙のように引き裂いて、向こう側のルシファーに叩きつけられた。
咄嗟に両腕をクロスさせガードしたが、そのままやつは脚の底で地面を削りながら数十メートル後退。砂煙を巻き上げながら、やっと静止する。
「ぐ、ぅ……ッ!?」
そして。
がくんと力が抜け、ついにルシファーが、地面に膝をついた。
いいねえ。防御抜けるようになってきたじゃん。エイムがあったまってきたかな?
「ダメージを、受けているだと……!? 端末顕現とはいえ、これは大悪魔ルシファーの一部だぞ、有り得ないッ!」
「有り得ない? ご冗談を! 現実にそうなっているでしょうに!」
光り輝く拳を突き出して、わたくしはルシファーを正面からにらみ付ける。
「大悪魔だか何だか知りませんが、よくもわたくしの前で偉そうにしてくれましたわね! わたくしは受けた屈辱は十倍、いや百倍にして返す女! 結論から申し上げましょう! アナタは今日、ここでわたくしに敗北しますわ!」
「…………ッ!」
わたくしが宣言すると同時。
ルシファーが目を見開き、コメントにキッズの名前がしゅっと入ってきた。
〇脚本家 何なんだよ……こいつ……
〇ミート便器 ドン引きしてて草
〇鷲アンチ ウッキウキで黒幕ロールしてたのに音速で全部ぶち壊されて可愛いね❤絶望顔見せて❤
〇脚本家 何でルシファーに対抗できる!? 何なんだよ、こいつは!? 頭おかしい!! 異常だ!!
人のこと頭おかしいだの異常だの、失礼ですわよ!
〇TSに一家言 そこは事実だろ
〇red moon そこ強弁するのは無理筋だからやめとけ
〇無敵 脚本家くんに謝ってほしい。謝れ! 謝れよ!
一瞬で裏切るのやめてくださいます?
クゥーン……
しょぼくれていると、立ち上がったルシファーが腕をかざした。
「我がしもべたちよ、奴を止めろ!」
わたくしの周囲に漆黒の魔法陣が展開され、そこからのそりと、長身の骸骨騎士が歩み出た。
おいおいここに来て雑魚召喚かよ。
〇日本代表 それはそうと、答えを教えてやろうか?
〇脚本家 答えだって……?
〇日本代表 なんでルシファーに対抗できるんだって質問。それはな、マリアンヌがこの場で一番、自分のエゴのために戦ってるからだ
一蹴するべく拳を構えた途端、がくんと膝から力が抜けた。
「ぎっ……!?」
やっべガタ来てるな。
舌打ちしながら、口元から溢れた鮮血を乱暴に拭う。
囲まれたか。殲滅に割く余力は正直ねえ。
どうする? 確殺できる保証なしに、強引に突破するのは悪手だが──
「伏せろマリアンヌッ! ────オオオオオオオオオオラァッ!!」
その時だった。
咄嗟に頭を下げると同時、熱波が雑魚共の上半身を薙ぎ払った。
「忘れてもらっちゃあ困るな! こう見えて俺もダンスは得意なのさ!」
「『
〇日本代表 誰かのために、って戦える奴は、きっと凄く偉い
〇日本代表 色んな人と助け合える、色々な人とわかり合える
ユートが鎧から蒸気を上げながら、拳を鳴らして歩いてくる。
「随分と、元気そうですわね……」
わたくしは結構限界なんだけど、こいつピンピンしてるな。
疑いの眼差しを向けると、彼は頭を振った。
「俺は勘違いしていたよ。確かに堅牢さがウリのように見えるが、こいつの本質は、あくまで持続性だ」
手を差し伸べられた。さっきとは逆だ。
流星に輝く手で、灼焔を纏う手を握る。
なんとなくだけど──禁呪保有者がこうして手を取り合うことを、国王アーサーは考慮しているのだろうか、と思った。
「問題ねえ。最後の瞬間まで力は温存しておけ」
ぐらつくわたくしを、ユートが胸で抱き留めるようにして支える。
「見ていてくれマリアンヌ。俺が諦めない限り! 俺の心が折れない限り! この炎は消えやしねえってことをな!!」
ああ。
なるほど、理解した。
これは己の脆弱な心を守るための鎧じゃない。
特製の、最高にかっこいい一張羅なんだ。
そう──『灼焔』が鎧を象る理由はただ一つ。
最速を走り抜ける男のための、ライダースーツだから!
〇日本代表 だけど、手を取り合わなくても
〇日本代表 心の底から、こいつを応援したい、こいつのために何かがしたいって思えるなら、それでいいんだ
〇日本代表 流星を追いかけるためにみんなが走っているなら、それはもう『和』なんだよ
さて、雑魚は蹴散らしてもらった。
だがわたくしはユートに寄りかかるような姿勢でギリギリ立てているだけ。
果たして二人で足りるか。周囲を見渡す。王子たちは流石にいねえし、騎士たちはほとんどがもう戦えそうにない。ユイさんとリンディが二人がかりで、ロイに肩を貸して安全地帯まで退いている。
あ? 一人いねえな。
「オレの読みでは、君たち二人だけでは一手足りないな」
背後で斬撃音。
ユートと二人揃って、ガバリと振り向く。骸骨騎士が崩れ落ちた。討ち漏らしていたのか。
そいつを斬り捨てた後。
大剣を携えて、ジークフリートさんが隣に並んだ。
「ユート。オレたちは、
「……ッ!」
「なら、オレを頼れ。友のためなら惜しむものは何もない」
紅髪の騎士が、前に一歩進み出る。
ははっ……どうやら友達ごっこは終わったみたいだ。
大きな背中だと思った。ああ、やばい。ここぞという時に、本当に頼れる人だよ。
それから彼は、背中越しにわたくしを一瞥する。
「あの時と同じだな」
「……いえ。心持ちは逆ですわ。アナタの背を押すのではなく、わたくしが背を押されています」
「フッ……それは光栄な話だ。ではあの時の借りを返すぞ、ドラまたマリア嬢」
「~~~~~~ッ!! この戦いが終わったら一発ぶちますわ!」
「あ、すまない。この呼び方は好かないのだったな……」
この人、どんだけその名前が印象強いんだよ! もう勘弁してくれ!
「随分と余裕だな、貴様たち……
ルシファーがその眼光を輝かせ、背中から炎の渦を吐き出す。
属性めちゃくちゃ持ってんなこいつ。火に氷に風に衝撃波に即死攻撃て。最後だけでよくね?
「やつの攻撃は俺が防ぐ! 至近距離まで運んでやるよ!」
前に一歩出たユートが、片手を突き出して炎の渦を吹き払う。
同じく炎系統の極点、押し負ける道理は微塵もない。
「ならばオレが、君が攻撃を届かせられるよう、入り口をこじ開けるとするか」
「できますか?」
「無論だ。それで、君は? ここまで言っておいてなんだが、不安なら後ろに下がっても構わない」
「発破かけてるのか本気で心配してくれてるのか、アナタだと判断付きませんわね……」
てか結構な高確率でこれ本気で心配されてると思うわ。
だが、答えは決まっている。
ユートの身体から離れ、両足で立ち、わたくしは静かに告げる。
「やります。必ずやわたくしが、あの大悪魔を打倒してみせましょう。ですから──」
目を閉じ、息を吸う。
目を開き、唇を開く。
〇脚本家 和、だと……?
〇日本代表 ああ、まだ習ってないかな?
〇脚本家 お前、馬鹿にしてるだろ!?
〇日本代表 うん。馬鹿にしてる
気づくとコメント欄でレスバが始まっていた。
何やってんだこいつらとドン引きしつつも、それを横目に、静かに呼吸を整える。
「準備はできたな?」
「ああ」
ユートが鎧を蠢動させ、ぐつぐつと煮えたぎらせる。
ジークフリートさんが大剣の剣先を後ろに下げ、剣道で言うところの脇構えの姿勢を取った。
「ええ……決着をつけましょう!」
そしてわたくしの声を合図に。
三人同時に、爆発的な加速でルシファーめがけて飛び出した。
〇日本代表 だって知らなかっただろお前
〇日本代表 だから、しょうがないから教えてやる
〇日本代表 こういう時には、こう言うんだよ
〇日本代表 ────和を以て貴しとなす、ってな!
〇脚本家 いや、ルシファーに対抗できる理由の説明になってないんだけど?
〇日本代表 っせーな死ねよ
〇第三の性別 こいつ途中で気持ち良くなってたな
〇日本代表 死ね、お前も死ね
〇日本代表 全員死ね
〇無敵 可哀想
〇日本代表 しね
ルシファーが両手をかざす。
不可視の衝撃波と、轟音を響かせる雷撃が迸った。
「しゃらくせぇっ!」
先頭を走るユートがそれらを弾き飛ばす。
続けざま、攻撃する暇を与えることなく次の一手。
ユートの背中を踏み台にして飛び込み、ジークフリートさんが真正面から剣を振るった。
「オオオオオオオオオオオオッ!!」
「無意味だ」
ルシファーは余裕の表情で右手をかざす。
不可視の衝撃が放たれる。だが、ジークフリートさんは先程それを受けている。
同じ攻撃が2度通用するほど、竜殺しは甘くない。
「来ると思ったさ!」
騎士の身体が跳ねた。
空中で姿勢制御し、放たれた衝撃波を足場に変えて、ルシファーの真上に移ったのだ。
「何ッ──だが、ただの人間如きに!」
今度は左手を伸ばす。
硬質な音こそ響いたが、大剣はあっさりと受け止められた。ルシファーが唇をつり上げる。
だがそれに対し、紅髪の騎士は無感情に告げる。
「そうだな、オレはただの人間だ──お前はただの人間に両手を使わされたんだ、底は知れたな」
「……ッ!?」
もう遅い。
反対側。ユートの横を駆け抜け、懐に潜り込んだわたくしと、視線が重なる。
ユートが防ぎ。
ジークフリートさんがこじ開け。
わたくしが撃ち抜く。
三人がかりで数秒間を積み上げ、勝ち取った一瞬。
「ダメだな。不足しているぞ、『流星』使い」
ルシファーの翼が閃いた。
左の翼が、わたくしの肩を深く切り裂き。
右の翼が、身体を守るべく覆い被さっている。
最後の最後で、わざと残しておいた余力を使った形。
諦めの悪い野郎だ。
しかし──
「お忘れですか? わたくしは格闘家ではなく──『
「……は?」
最終局面の、最後の一手。
それは右の拳ではなかった。
差し伸べているのは左手。銃口のように人差し指を突き付けて。
わたくしは唇をつり上げて、バチンとウィンクした。
「BANG!」
至近距離──既に詠唱を済ませていた四節版『流星』が炸裂する。十三節詠唱と並行して行える中での最大火力。
発生した威力が、漆黒の翼を根こそぎ吹き飛ばした。
身体正面はがら空き。既に右の拳は握り込み、眩いほどの輝きを放っている。
勝利への道が明瞭に可視化された。ルシファーが慄き、口を開く。
「馬鹿な────『流星』相手に!? 最弱の禁呪相手に、この大悪魔ルシファーの権能が、破れるはずが……!」
は??????????
〇外から来ました あっ
〇みろっく あっ
〇脚本家 あっ
〇無敵 あ~あ
ブチンと、血管の切れる音が、頭の奥で聞こえた。
真っ直ぐ打ち込むはずだった拳を、アッパー気味に顎へ叩きつける。
「この期に及んでまだそんな世迷い言を────!!」
「あばーーーーーーーーっ!?」
思いっきり打ち上がったルシファー。ダメだ、お前は星座にはしてやらねえ!
大地を蹴り、わたくしは彼と同高度まで一気に跳び上がった。
「最弱の禁呪!? 最弱!? 最も弱いィィッ!? あったまきました!! 『流星』こそ最強だと何度言えば分かるのですか!?」
「ちょ、まっ……いや普通に事実……!」
「事実ですってぇ!? ソースは!? 根拠を出しなさい根拠を!」
「知らないのか!? 七種の禁呪とは、根本を構築したのは大悪魔ルシファーなんだぞ!? そのルシファーの知識が、『流星』が最弱だと断じているのだ!」
「は!? それは…………」
は? ちょっと待って。え?
あ~…………えっと…………
ダメだ。反論思いつかん。
こいつ、レスバにエビデンス持ち込んできやがりましたわ!! 許せねえですわ!!
〇red moon なんだこの負け犬!?
〇苦行むり キャンキャン吠えて可愛いよな
いいや、諦めない。
諦めてたまるか。レスバは……レスバだけは、絶対に負けたくねえ!
わたくしはルシファーの上を取ると、首を手で掴み同高度から一気に加速をかける。奴の身体を下敷きに、地面へ一直線に落下する。
「貴様、我を地面にぶつけるつもりか……!?」
「『流星』が最弱と言いましたわね!?」
「は!? あ、ああ、そうだ。
「ですが! それに負けたアナタは最弱以下ですわ! よって『流星』は最弱ではなくなります!!」
「は? 何言ってるんだ貴様。いや本当に何言ってるんだ?」
「よってアナタの発言に矛盾が発生し、偽と証明されました! 一方わたくしの発言に特に反論はありませんわね? わたくしの勝ちということでいいでしょうか? はい勝ちー!!
「ええええええええええ意味分からん」
身体内部で無数の『流星』がオーバーロード。
猛スピードで落下するわたくしの身体が、空に残光を残す。
ジェットコースターとは比べものにならないスリル。アドレナリンがドッバドバ出てくるのを感じる。
「待て! 落ち着け『流星』使い! この速度はどう考えても貴様も巻き込まれる! 自滅するつもりか!?」
「ご心配なく! 死ぬのはテメーだけですわ!」
「て……テメー!?」
やっべお嬢様言葉崩れた。
絶対に生かして帰せなくなったわ。ここで口封じのために死ね!
「──必殺・熱血悪役令嬢パァアアアアアアアアアアアンンチッッ!!」
首を掴んだまま、わたくしはルシファーを下敷きにして、地面へ思いっきり突撃した。
それはまさしく、一筋の流星が、夜空を切り裂くが如く。
高高度から一直線に落下した光が、大地に突き刺さった。
爆音と共に、一帯が大きく揺れる。
粉塵吹き荒れる中で咄嗟に目を庇った後。
ユートとジークフリートが、恐る恐る、落下地点を見やった。
「────大悪魔、ここに敗れたりですわ!」
勝ち鬨と共に。
砂煙を吹き飛ばして、少女が姿を現す。
足下に物言わぬ大悪魔の骸を転がし、右手で天を指さして。
マリアンヌは黒髪をなびかせて叫ぶ。
「『
「今のは……拳では、ねえだろ……」
ユートのうめきを、マリアンヌは聞かなかったことにした。
前回の感想で「自身がメテオになることじゃん!」という感想をたくさんいただいて
本番は次回なんだよなあ…って思ってました
まあなんか大悪魔巻き込まれてたけどノーカンってことで
次回こそチャプター2完結です