「決闘よ! アンタみたいな庶民、私は認めないわ!」
金髪ショートカットの、いかにも生意気そうな少女が、タガハラさんを指さしてそう叫んだ。
教室が静まり返る。教壇に佇む合法ロリ先生があわあわしている。
指名されたタガハラさんは困惑しきった様子で眉尻を下げ、助けを求めるように周囲へ視線を巡らせていた。
その空気の中。
教室最後尾ど真ん中に座るわたくしは、様子を見守りながら心の中で絶叫した。
うおおおおおおおおおおおおおおおキタキタキタキタキタ!!
決闘イベントキタ────(゚∀゚)────!!
時は半刻ほど遡る。
いつも通り教室に登校し、クソつまんねえ授業を聞き流す。
大体は実家でもうやった。実戦的戦術魔法を極めに極めた一族は伊達じゃない。現場で使える魔法というのは、教科書の内容全部をキッチリ理解したうえでこそ構築できるのだ。
基礎をおろそかにして成立する応用なんぞあり得ねえ!
「……というわけで、大気中に存在する魔素は、常に私たちの身体を循環しています~」
合法ロリ先生の話を、一部の生徒がまじめに書き取り、大半の生徒はあくび交じりに聞き流す。
そりゃそうだ。貴族なんて魔法を使えなきゃ価値のないご時世、入学前に実家で大体習ってるのは当然である。
隣で目を白黒させながらも必死に羽ペンを走らせるタガハラさんは稀有な存在だ。
「ですが魔素と、魔素を元に体内で生成される魔力はまったく異なる性質を持ち、お互いに干渉性を持ちません。魔力に具体的な形を与えて出力された魔法は魔法でしか防げないということですね~」
そこまで言ってから、先生は教卓に置いた懐中時計に視線を走らせた。
「時間ですね~。お昼休憩に入りましょう~」
基礎的な、実に基礎的な魔力に関する座学授業。
はっきり言って退屈極まりなく、わたくしは開きもしていなかった教科書をカバンに乱雑に放り込んだ。
「あの、ピースラウンドさん」
「はい、なんでしょう」
いつも通りわたくしの隣を陣取っていたタガハラさんが、恐る恐る話しかけてきた。
「その、ちょっと授業のことで質問が……」
「質問ンン? この程度の授業で、分からないところがあるのですか? さすがは庶民出、常識というものを知らないようですわね」
思い切り嘲ると、タガハラさんは真顔でいや、と首を横に振った。
「話してる内容自体は理解できた、と思っています。だけど気になるところがあって」
「ふぅん? どうぞ、言ってみなさいな」
「ええと、魔素→魔力→魔法、という順番で合ってますよね?」
「その通りですわ」
「
おいおいマジかよこいつ。
わたくしが呆気に取られている横で、話が聞こえたらしい他の生徒らが噴き出す。
「アッハッハッハ! さすがは庶民、言うことが違うわね!」
その中でもひときわ爆笑していたのは、金髪ショートカットの活発そうな小娘だ。
「無知、無遠慮、無常識! そんな庶民を相手にしていること自体、ピースラウンド家もたかがしれたというもの!」
無知と無常識って意味がかぶってねーか? そもそも無常識じゃなくて非常識だろ。
内心で辟易しながら突っ込んでいると、隣のタガハラさんがむっとした表情をする。
「あなたにピースラウンドさんの何が分かるんですか……!」
キレるとこ、そこ?
「お前のような庶民よりは知っているわよ。何せ五歳からの幼馴染ですもの。ねえ、マリアンヌ?」
「誰?」
「ちょっとマリアンヌ?」
冷たい表情で聞くと、彼女は面白いぐらい狼狽していた。
「冗談、冗談ですわ。お久しぶりですわね、ええと、マンディ・マサチューセッツさん」
「リンディ・ハートセチュアよ!! 何をどうしたら幼馴染の名前を間違えるワケ!?」
マサチューセッツって何なのよ!! とリンディが地団太を踏む。
うるせー女だな。うるせー割にはおもしろくねーから取り柄ないんだよなこいつ。
悪役令嬢の下っ端にしてやることも一時期考えていたが、ぽろっと口滑らせたりなんか間抜けなミスをしたりしそうなのでやめておいた。わたくしの部下に無能はいらないのだ。
「ああそれと。先ほどの質問に答えておきましょう、タガハラさん」
この幼馴染がかかわると話がめんどくせえんだよな、と思いつつ、頬杖をつきながらタガハラさんに話しかける。
「……?」
「斬った方が速いのではないか、という問いです。ええはい、その通り。
教室の反応は対照的だった。
雑談が消え、沈黙が広がる。
「────本気で言っているのかい、マリアンヌ」
口火を切ったのは、最前列で男友達と談笑していた、ロイ・ミリオンアークだった。
わたくしの婚約者。親が勝手に決めたのでいつかは破棄するんだろう、というか破棄してタガハラさんとくっつくんじゃろ? ええ?
「魔法と剣術の混合を研究している貴方が、今さら驚くことかしら」
「もちろん、極まりに極まった剣の達人なら、魔法使いなんて相手にならないだろうね」
ロイすらわたくしの意見を支持したのを聞き、流石にクラスが騒然とした。
「だが、大前提を忘れちゃいけない。それはあくまで頂点に立ったような達人のみだ。一般論として語られることは、僕も魔法をたしなむものとして聞き捨てならないね」
「ああそうですか。では──」
悪役令嬢とは、秩序に反する存在でなければならない。わたくしはそう思っている。
だからここからはちっとばっかしまじめにやろう。今ここにある世界をぶち壊そうとすれば、みんな異物を追放しようとする。
なら咲き誇ってみせよう。真っ白なキャンパスを汚す、漆黒の一輪の華となろう。
「──魔法なんて極めたところで、人を適切な速度で、適切な消費で殺せるようになるだけですわ。剣の道の方がよっぽどありがたいのではなくて?」
ニコニコ笑顔でそう告げる。
視界に並ぶザコどもの顔色が変わる。青ざめていく。怒りと混乱と恐怖が混ざった顔色だ。
いいね。こういう光景は悪くない。自分がしっかり悪役をやれている、という感じがする。
「……許せるラインを越えたわね、マリアンヌ」
食って掛かってくんの
「そんな、ピースラウンドさん……! 私をかばって……!」
隣のタガハラが口元を押さえ、うるんだ瞳でわたくしを見てくる。
なんて? お前をかばった覚えないんだけど?
「庶民なんぞをかばうために貴族を貶めた。その代償は高くつくわよ」
「ち、違います! ピースラウンドさんは私のために!」
「理解してるわよそれぐらい。だから私がこの手で、アンタを断罪するわ」
流れ変わった。
指さされたのは──わたくしではなくタガハラさんだった。
「決闘よ! アンタみたいな庶民、私は認めないわ!」
昼休憩が終わるまであと15分程度。
「大騒ぎになりましたわね」
「9割君のせいだけどね」
マリアンヌのぼやきに、隣のロイが半眼で返す。
「私が勝ったら、もうマリアンヌに近づかないで。アンタみたいな庶民がいると、邪魔で仕方ないのよ」
中庭で、ユイとリンディが向かい合っていた。
何事かと見物人が集まってくる中、ユイの膝が震えているのを、マリアンヌとロイは見逃さない。
「止めないのかい?」
「止めたいのなら勝手にどうぞ。そういえば、タガハラさんの好感度を稼ぐチャンスですわね?」
「……? 僕が彼女に好かれようとする理由はないな」
バッサリと切り捨てる物言いを聞き、マリアンヌは意外そうに目を白黒させた。
「え? あんなに可愛いのに?」
「遠回しな自慢かい? 君の方が可愛いだろう。いや、方向性は違うかもな。確かに彼女は可愛い、だがそれ以上に君の方が美しく、魅力的だ」
金髪王子の真っ向からの口説き文句。
それを聞いて、マリアンヌは──めちゃくちゃ苦いお茶を飲んだ時のような顔になった。
「……そうですか」
ロイは思わず崩れ落ちそうになった。心臓バクバクなのを悟られないよう必死に紡いだ口説き文句のリアクションがこれである。即座に抜剣して自分の喉を突きたくなった。ていうか死にたくなった。
「それでは両名、準備はできまして?」
「できてるわよ」
「は、はい!」
決闘を行う二人の返事を聞き届けて、マリアンヌは頷く。
それからどこからともなく白いテーブルとチェアのセットを出現させ、机上にティーセットを並べ始めた。
「は、はわわ~! 決闘は必ず休み時間に収めてくださいね、ピースラウンドさん~!」
「分かっておりますわよ」
ロリ先生の言葉を受けて、マリアンヌはポケットから金貨を一枚取り出しながらロイを流し見た。
「座らないのですか?」
「え、ああ……確かに椅子が2つあるね。これ、僕が座ってもいいのかな?」
「わたくし解説役には向いていませんので、どうぞ」
ヨッシャ白昼堂々お茶デートゲット! とロイはマリアンヌに見えないようガッツポーズした。
マリアンヌの隣に座ると、ティーポットから自分とマリアンヌのカップに紅茶を注ぐ。
「ではコインが机に落ちたら、はじめてください」
告げると同時。
一切のラグを挟むことなく、マリアンヌが指でコインを真上に弾いた。
宙に浮きあがったコインが回転しながら数秒滞空し、重力に引かれ、机の真ん中に落下した。
それと同時だった。リンディが右手をかざし、魔法の
「
一節詠唱の最速起動。
放出された魔力は赤く染め上げられ、焔と化して矢を象る。
引き絞るように数秒の溜めを置いてから、矢が解き放たれる。速度、威力、どれをとってもリンディが優れた魔法使いであることに疑いはない。
「────!」
だが、ユイは素早く上体をそらして射線から逃れていた。
一拍遅れて矢が彼女の胸部を掠めるようにして通過する。
(……ッ? 避けられた?)
リンディは眉根を寄せながらも、右手を横に滑らせた。
「
彼女の身体前方に、炎の矢が三つ設置される。
鏃の穂先がユイの身体へ照準を定めた。
「ほう、一節詠唱とはいえ、ほとんど間を置かずに三連詠唱か──」
ロイが感心したような声を上げた。
その反応に気をよくしたのか、リンディは不敵な笑みを浮かべて矢を解き放つ。
「服の修繕代で破産しなさい!」
低俗な決め台詞だ、とマリアンヌは思った。
(初撃をかわせたのは驚きましたが、奇跡は何度も起こらないわ!)
都合三発。制服を焦がして、下着でも露出すればいい気味だと思っていたリンディの眼前で。
黒髪が躍った。宙返りに捻りを組み込んで、ユイの身体が跳ねた。放たれた矢の間隙を滑るような軌道だった。
天地逆さになったまま、ユイは地面を片手で押し身体を跳ね上げさせると、一回転して間合いを取り直す。
『……ッ!?』
見物人たちが騒然となった。
三連発を無傷でかわされたリンディが、最も大きな衝撃を受けている。何だ今の動きは。馬鹿な。人間の反射速度でかわせるわけがないのに。
「……タガハラさん、そのスカートでやる動作ではなくてよ」
見ていたマリアンヌは、流石に数秒驚いたように目を見開いていたが、すぐにいつも通りの声色で告げた。
「あっ、そうですね」
指摘され、ユイは自分のスカートを持つと──手刀でばさりと裾を切り落とした。
「これでよし!」
「そういう意味じゃなかったのですが……」
今度こそマリアンヌは呆気にとられた。
まぶしい太ももの露出に、男子生徒らが気まずそうに視線を逸らす。
「まあ、スカートを短くすれば動きやすいでしょうけれども。それにしても獣のような動きですわね。今のは……騎士団の格闘術に通ずるものを感じました」
ユイの戦闘動作を反芻しながら、マリアンヌは机上のシュガーポットからカップにばちゃばちゃと角砂糖を入れる。隣でそれを見ていたロイが頬をひくつかせた。
「ま、まあそうだね。僕は騎士の動きと貴族の魔法を組み合わせる戦術を研究しているから、勉強の一環として見たことがあるよ。次期騎士団長と謳われている方は、文字通りに魔法をすり抜けるようにして接近していた」
「でしょうね。魔法を使わない騎士にとって、前線で魔法使いと遭遇するのは致死の問題。故に、魔法を発動させる前の殺害、あるいは……魔法をかいくぐっての接近を取り扱うことになります。タガハラさんの動きはこれですわね」
発動準備の所作。視線の揺らぎと矛先。呼吸による胸の上下。
もし仮に、魔法を身体の延長線上に存在するものと考えるなら。
理論上、魔法が発動する前に、魔法の発動範囲を見極めることは可能だ。
「……確か王立騎士団は、剣術こそ建国の英雄の技術を基にしていましたが、格闘術は英雄の戦友が用いた技術を取り入れていましたわね」
「さすがに耳ざといね。僕も最近知ったばかりだけど、その通りだ。騎士団の修練に半年通い詰めて、やっと教えてもらえたよ。英雄と共に戦った、極東の島国出身の、変わった剣を武器として自在に操っていたという伝説の剣士」
ロイの補足を聞いて、マリアンヌは静かに思考を巡らせる。
そして。
彼女は静かに、ティーカップをソーサーの上に置いた。
(おもっくそ侍じゃねーか!!!!! なんで気づかなかったんだわたくし!?!?!?!?! え!?!?!? これもしかしてタガハラさん、極東の血を引いてるって、え!? そういうこと!?!?!?!?!)
マリアンヌの動揺には誰も気づくことなく。
決闘は皆の予想を裏切って、趨勢そのまま決着を迎えようとする。
ユイが腰を落とした。
リンディが慌てて次の魔法を打つべく魔力を充填する。遅かった。あまりに遅すぎた。
「──無刀流、一ノ型」
小さなつぶやきだった。
それを聞き逃さなかったのはわずかな生徒たちだけだった。
疾風となってユイが駆け抜けた。
間合いが殺されるのはわずかに瞬息。
リンディが展開する魔法陣が、通り過ぎざまに
「な……ッ!?」
「ほら、やっぱり──
練り上げられた手刀。
リンディは瞠目した。ピンと伸ばされた五指に、魔力など感知できないのに、明瞭に自身の死が訪れることだけが分かったからだ。
背筋を悪寒が走る。気づくのが遅すぎた。目の前にいるのは庶民などという生易しいものではない。文字通りの、命を命とも思わない、死神。
(死────)
リンディは恐怖に恥も外聞もなく目をぎゅっとつむった。
「
だから。
次に目を開いたとき。
地面まで届かんとする黒髪と、その背中を見て、悔しいほどに安堵してしまった。
展開された防御魔法壁は計十枚。どれも並大抵の魔法なら傷一つつかない一級品だった。
そのうち七枚を貫通したところで、ユイの貫手は止められていた。
同様に割って入ろうとしていたロイは、その光景に言葉を失う。
(──僕が割って入ったら、死んでいたかもしれない)
ゾッとする威力だった。マリアンヌの多重連鎖防御壁相手に、ロイはその半数以上を貫通できた試しはない。
けれど、何よりも怖いのは。
(こんなものを、生身の人間が? いいやそこじゃない。これを……クラスメイト相手に放とうとしたのか?)
ユイの瞳を見た。何の光もともっていないその双眸。
「タガハラさん、聞こえませんでしたか? 時間です……授業に戻りますわよ」
珍しく優しい声色だった。
マリアンヌに語りかけられ、ユイがはっと気づいたころには、もう防御魔法壁は霧散していた。
「ご、ごめんなさい! やりすぎちゃって……」
「…………ひっ」
声をかけられ、リンディは後ずさり、それから脱兎のごとく駆け出した。
生徒たちも驚愕から覚めて、次々に慌てて教室へと帰っていく。
(……やはり危険だ。彼女は、マリアンヌの隣に野放しにしてはおけない……!)
(何よ、何よ何よあの女! 怖い……怖かった! だけど……なんであいつに助けられて、私は……!)
(初めてだ、止められた人。ピースラウンドさんなら、止めてくれるんだ……そっか、えへへ)
それぞれに強い記憶として刻まれた決闘を終えて。
マリアンヌ・ピースラウンドは。
いやー最近の主人公って武闘派なんですわね。
正直バトルスタイルにはドン引きした。隣の席で難しそうな顔で教科書を眺めている美少女、さっきもののはずみで人一人ぶち殺そうとしてたんだよね。何平然と授業受けてんだろ。サイコパスじゃん。いや勘弁してくれよ。マジで怖いんだけど。
まあいい。悪いニュースってわけじゃない。
むしろ、これでだいぶん希望が見えてきた。
正直魔法ヘッタクソ過ぎてこれわたくしを倒せるようになるころにはわたくし寿命尽きてるんじゃねと思ってたけど、これなら意外となんとかなりそうだ。
問題があるとすれば。
手刀というか、
わたくしをブチのめすときって、多分肉弾戦になるんだよなあ。
痛いのやだなあ……せっかくいい感じの美少女になれたんだから、顔は嫌だなあ……
いや……ほんと……痛いのは嫌だなあ……
靴でも舐めておこうかな…………
配信要素は不定期にやります(多分)
タイトルのほとんどを虚偽にしてしまうのは流石にやばいのでなんとか神様転生杯の期間中にしっかり回収したいですね(ノープラン)