TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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INTERMISSION4 月下の女怪盗、推参!

 ある休日の昼下がり。

 わたくしはユイさん、ジークフリートさんと三人で、ある工房を訪れていた。

 

「これが騎士団用の装備を製造している、王立工房ですか」

「ああ。俺も訪れるのは久しぶりだが……相も変わらず、とんでもない場所だ」

 

 王都すぐそばの平地に建てられた工房は、広大な敷地いっぱいに工場が敷き詰められた、もはや工業地帯と呼ぶべき代物だった。

 わたくしの前方ではジークフリートさんとユイさんが並んでその広さに唖然とし、落ち着かない様子でいる。

 

「……おっと」

「あら」

 

 その時、不意に騎士の身体が傾いた。

 とっさに踏み込んで抱き止める。ジークフリートさんは目を白黒させてから、申し訳なさそうにわたくしの身体から離れる。

 

「すまない。助かったよ」

「珍しいですわね。立ちくらみでしょうか」

「ここのところ、どうにも体調が芳しくなくてな。ルシファーと戦ってから……身体が思うように動かないことがある」

 

 おいおいとんでもねえセリフが聞こえてきたぞ。

 知ってる中でも屈指のタフネスを誇るジークフリートさんが? 何だ? 

 何かしらの後遺症……いや待てよ。ルシファーと戦ってから、と言っていたな。

 

 

 はい集合! これもしかして覚醒フラグですか?

 

 

適切な蟻地獄 お前はなんで戦闘力回りのイベントだけ異様にカンが鋭いんだよ

鷲アンチ まあ多分そうだけど……いや、共通ルートで何で扉開きかけてるんだろうな……

無敵 マジで勘弁してくれんか

 

 

 どうやら推測は正しかったようだ。

 情報を得るべく次の問を考えていると。

 

「やや! 失礼、待たせてしまったかな?」

 

 聞いたことのある声が聞こえた。

 顔を向けると、作業着姿の小太りのおじさんが、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。

 ジークフリートさんが身なりを正して、走ってきたおじさんを迎えた。

 

「お久しぶりです。ご結婚のお祝いが遅れてしまい申し訳ありません」

「はは! 気にしなくていいさ、式にも身内しか呼ばなかったからね!」

「ご夫人にはよろしくお伝えください。それにしても、お変わりない様子で何よりですよ」

「こっちは身体が資本だからね! 君も元気そうじゃないかジークフリートくん! どちらがお嫁さんだい?」

「れ、レーベルバイト卿、そういったことは彼女たちにはまだ早いですよ……」

 

 わたくしを一瞥してから、困ったようにジークフリートさんは言う。

 あ? なんでこっち見た?

 

「ほーう……なるほどなるほど。確かに君は特注のプロテクターにも赤いラインを入れていたね! はっはっは!」

「そ、そういう意図があったわけではありません!」

 

 今日は珍しい姿ばかりだな。ユイさんもびっくりしている。

 あのジークフリートさんがここまで狼狽えているとは。

 

「いや失礼! お嬢さん方を待たせてしまったかな! ピースラウンド卿の娘さんと、教会のタガハラさんだったか! 今日はよろしく頼むよ!」

「ええ、よろしくお願いいたしますわ」

「よ、よろしくお願いします」

 

 小太りのおじさんの挨拶に二人で返事をする。

 いかにもな職人だが、見てくれに騙されてはならない。彼こそがレーベルバイト家の当主だ。

 

「ささ、こっちに!」

 

 当主自ら先導して歩き出す。

 わたくしたちは顔を見合わせてから、彼の背中を追った。

 工業地帯を真っ直ぐに突っ切りながら、当主は朗らかに話しかけてくる。

 

「それにしても驚いたよ、ピースラウンドさん。グレン第三王子殿下直々の推薦……お手伝い、でほんとにいいのかい?」

「ええ。以前から興味がありまして。王子殿下に推薦状をしたためていただきましたの」

 

 んなわきゃねー。もう完成していた推薦状をぽいと手渡されたのだ。

 とはいえ興味があったのは事実だ。さっきからいくつか工場を通り過ぎているが、基本は手作業のようだな。

 ユートの話だとハインツァラトス王国は自動化に力を入れているらしいが、ウチはまだ職人の仕事を重視している。とはいえラインは洗練されていた。前世では発展途上国で、専門用語なんてほとんど知らない現地民が見よう見まねだけで組み立て作業しているのを何度か見かけたが、それとは全然違う。完成されたラインだ。

 

「はい、今日手伝ってもらうのはここ!」

 

 じっくり観察していると、前方で当主が足を止めた。

 やや中心部からは外されているものの、活気づいた工場が目の前にあった。

 

「王立騎士団訓練兵用の装備を製造してる工場だよ、よろしくね~!」

 

 辿り着いた今日の作業場を見て。

 わたくしとユイさんは、頑張ろうと頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 ジークフリートさんはそのまま、当主と一緒に別の工場へ向かった。

 なんでも中隊が新型装備の導入先に選ばれたらしく、その視察も兼ねてわたくしたちと共に来てくれたんだとか。

 順調に出世してるな、と思う。新型を卸してもらえるって、結構信頼されてるってことだもんな。

 

「えーと……Eの42。ここですわね。鉄鋼を運んで参りましたわ!」

「オッケー! そんじゃ悪いけどそこに置いといてくれ!」

 

 箱詰めにされた鉄鉱石をその場において、額の汗を拭う。

 金属加工の現場とあって工房内部は極めて暑い。職人たちも汗を噴き出しながら集中していた。

 

「ピースラウンドちゃん、こっち頼めるかい!?」

「今行きますわ!」

 

 わたくしは資材を箱ごと抱えては運ぶ、雑用といって差し支えない作業に従事していた。

 筋骨隆々の大男でさえ持ち運ぶのに難儀する資材であっても、ツッパリフォームを5%程度発動させれば紙のように軽い。

 最初はバケモンを見る目で見られたが、魔法です魔法です魔法ですとゴリ押したら受け入れてもらえた。というか、作業効率が目に見えて上がったから、諸手を挙げて歓迎してくれたのだ。

 

「いやあ、貴族のご令嬢が手伝いに来るって聞いたときは、正直何事かと……」

「ふふっ。足手まといだと思ったでしょう? いえ、満足に働けているとまでは思い上がれませんが」

「そんなことないぜ。ハッキリ言って大助かりだ」

 

 職人がオレンジ色に発光する鉄を器用に変形させる様子を見守りながら、わたくしは周囲を見渡した。

 ユイさんも自分に祝福をかけて荷物を運んでいる。

 ……やっぱおかしいだろ。見目麗しい美少女二人が手伝いに来て、やること肉体労働かよ。

 

「あっ、マリアンヌさん。チーフがそろそろ休憩入れろって……」

 

 すっかり馴染んだ様子のユイさんに声をかけられ、わたくしたちは二人で休憩室に向かった。

 ドアを開けて中に入ると、ひんやりした風が全身を冷やしてくれる。

 

「保冷魔法、でしょうか」

「みたいですね。ほら、魔法石が壁に埋め込まれてるんですよ」

 

 先客の作業員たちが慌てて煙草を灰皿でもみ消していた。

 お気遣いなく、と告げて、ベンチに腰掛ける。

 

「いや、悪いね。ついいつものくせで」

「お気になさらず。作業着はお借りしたものですし、帰る前にはシャワーも浴びますもの」

「びっくりしたよ。タガハラちゃんもだんだん慣れてきたけど、ピースラウンドちゃんなんて一発で順応してるもんな」

「そうですよね。マリアンヌさん、最初からテキパキ働けてて凄いです!」

 

 ユイさんはキラキラした目でこちらを見てくる。

 う~ん、これが前世チートってやつか。なんか初めてアドを感じたな。

 

「ピースラウンドちゃんもタガハラちゃんも、どうだい? 卒業したら……」

「えっと、それは」

「そうですわね。就職先として前向きに検討したいですわよ」

 

 言いよどむユイさんの言葉に割り込む。

 

「ガハハ! そりゃ期待大だな!」

 

 お互いに本気ではない、社交辞令の冗談だ。下手に言いよどむと思い出させてしまう──本来は身分が違うのだと。それは関係構築の上でよろしくない。

 視線で感謝を告げるユイさんに小さく頷く。この辺の交渉は、昔取った杵柄というやつだ。わたくしに任せて欲しい。

 

 ──さて。お互いに緊張もほぐれてるし、いよいよ本番だな。

 

「皆さんがわたくしたちに丁寧に仕事を教えてくださったおかげですわ。普段は別の人がお手伝いしているのでしょうか」

 

 話を切り出すと、職人たちは少し視線を逸らした。

 

「あー……まあ、そんなとこだな」

「最近はちょっと顔出してくれてなくてね。アキトくん、戻ってきてくれたらお似合いかもしれねえんだが……」

「馬鹿、よしな」

 

 他の職人にたしなめられ、彼はばつの悪そうな表情になった。

 よし、一発で釣れた。ちょろいもんだ。

 

「アキト、というと……確か三男坊の方ですわね。何かありまして?」

「ん……あんま、お嬢ちゃんたちに話すことじゃないのかもしれんけど」

「新しい奥方と、どうにもソリが合わないらしくてね」

 

 作業員たちは言いにくそうに口をもごもごさせている。

 もう一押しか、と言葉を精査していた、その時だった。

 

「──ハッ。新しい丁稚が来てるとは、いよいよ俺もお役御免なんじゃねえか?」

 

 顔を上げると、休憩室の入り口で壁にもたれかかる茶髪の男がいた。

 レーベルバイト家の三男坊であるアキト・レーベルバイト。

 社交界に引きずられていったとき、ロイと歓談しているのを見たことがある。わたくしたちより五つぐらい年上だったはずだ。

 

「アキトくん……当主様が心配してたよ」

「親父が俺を? 冗談がキツイんじゃねえか? 若い女のケツ追っかけて、嫁の死に目に来なかった男だぞ」

「アキトくん!」

 

 鋭い叱責の声だった。隣でユイさんがびくんと肩を跳ねさせる。

 ふーん。

 いかにもなサブクエだな。フラグさえ建てればぽんぽん情報が入ってくる。こんなに楽なことはない。

 アキトはわたくしとユイさんを一瞥することもなく、鼻を鳴らす。

 

「そこの女たちも愛人候補ってとこか。やだやだ、国家公認工房のエンブレムが泣いてるんじゃねえか」

 

 そう告げると、彼はカーキ色のジャケットを羽織り直してどこかへ立ち去っていく。

 

「……どうやら、二人が手伝いに来てるのを曲解してるみたいなんだ。ごめんよ、二人とも。あんな子じゃないんだが……」

「気を悪くさせてしまったかな。もちろん当主は、そんな人じゃない。そう信じることのできる、良い人だ。ただ……俺たちにも、亡くなった前の奥さん、つまりアキトくんの実のお母さんと何があったのかは知らなくてね……」

 

 休憩室の空気が重いものになる。

 ユイさんが慌てて場を取りなしている横で、わたくしは顎に指を当ててじっと考え込んだ。

 

 ──第三王子グレンから下った、ゴミ掃除の内容を思い出す。

 

 

『工房の稼働率を下げ、王国の威信に傷をつけかねないのなら、アキト・レーベルバイトの存在価値はマイナスです。始末してください』

 

 

 さてさて。グレン王子の考えを少し推測しよう。

 単純にぶっ飛ばせば良いって問題なら、いったん工房の手伝いをさせるなんてまどろっこしいことをする必要はない。

 何をさせたいのか。何を以て社会奉仕と認めるのか。

 

 なんだよ、思ってたより複雑なクエストなんじゃねえか?

 

 

宇宙の起源 口調移ってて草なんじゃねえか?

 

 

 でもこの口調、ちょっと癖になるんじゃねえか?

 

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 段々と酒場の灯すら消えていく時間、王都の路地を一人の男が千鳥足で歩いていた。

 

「……うぷ」

 

 飲み過ぎた様子で、定期的に立ち止まってはしゃがみこむその男。

 ほかでもない、アキト・レーベルバイトである。

 

「飲み過ぎですか?」

「ああ? っせーな……」

 

 声をかけられ、後ろに振り向く。誰もいない。

 狐につままれたような表情でアキトは周囲を見渡した。確かに女の声が聞こえたはずだが。

 

「こちらですわよ」

「な……!?」

 

 一発で酔いが覚めた。声は上から振ってきていたのだ。

 見上げれば、二階建ての宿屋の屋上に彼女はいた。

 怪しげな仮面で目元をかくし、悠々と月を背負って佇むその女。

 

 そう──わたくしだ。

 

「なんだ、お前……!? 何者だ!? 仮面がダサすぎねえか!?」

「正義の使者、とでも名乗っておきましょうか。あと仮面はダサくないです」

「はあ……!? 正義の使者? お前、義賊ってやつか? あと仮面はどう考えてもダサいだろ」

「いただくモノはアナタ次第ですわ。それと仮面はダサくないです」

「何を言ってやがんだ、結局は物盗りなんじゃねえか! あと仮面はどう考えてもダサいだろ」

「ダサくないつってんでしょーが! 殺しますわよ!」

「正義の使者の言うことではないんじゃねえか!?」

 

 執拗にアンチコメを食らい、わたくしは声を荒らげた。

 咳払いして、右手でビシィと天を指さし、滔々と判決文を読み上げる。

 

「その数多の狼藉、許しがたく。数多の愚行、看過しがたく。いい年してセンチメンタルに浸れば暴言も許されると思っている幼稚さ、情けなく」

「あっちょっと待てやめろマジで酔い覚めた。お前思ってたよりクリティカルに効くこと言ってきてんじゃねえか」

「──このピースラウンド仮面が、流星(メテオ)に代わって征伐しますわ!」

「あのピースラウンド家を騙るのは流石にヤバ過ぎなんじゃねえか!?」

 

 絶叫を上げるアキトに対して、わたくしは宙に指を走らせ詠唱を開始する。

 グレン王子直々の、ことに及ぶときは『流星』を使うなってお達しだからな。仕方ねえ。目立つからツッパリフォームも3%だ。まあ一足でビル登れるぐらいだな。

 

舞い踊れ(romancia)羽根持つ者たち(guardian)聖なる泉の傍で(spring)驚きを齎すもの(magician)

「な──魔法使い!? テメェただの盗賊じゃねえな!?」

 

 発動するは四節詠唱風魔法『疾風響』。

 幾枚もの風のヴェールが、連続してアキトの身体に叩きつけられる。

 

盾よ(protect)……っ!?」

 

 咄嗟に防御魔法を展開するが、ノックバックは殺せない。

 建物と建物の間に伸びた裏路地へと、アキトの身体は叩き込まれた。

 わたくしは宿の屋上から飛び降りると、裏路地の入り口に降り立つ。

 

「逃げるのなら反対側からどうぞ。もちろんその場合は……レーベルバイト家の三男が酔っ払いに絡まれ、逃げ出していたという噂で、明日は持ちきりでしょうけど」

 

 安い挑発。

 まずは出方をうかがおうとしてのジャブだったが──アキトの両眼から酒の浮つきが消えた。

 足を肩幅に開き、正面から相対する。

 

「クソが! 燃え散れ(blaze)──

 

 一節目を聞いた瞬間に思考回路が加速する。

 焔ではなく燃に簡略化しての詠唱。散れ、というワード。

 五節詠唱炎魔法『炎断斧』、それを短縮しての四節詠唱か。それなりだな。

 

清らかな流れ(stream)痛み恨みは遠く(kindness)自若たらん(composedly)

──いにしえの灰よ(ash)悪しき血を吸いて(blood)叩き割れ(slash)

 

 顕現した『炎断斧』──を、瞬時にわたくしの三節詠唱水魔法『破穏浪』が打ち消した。

 

「……は?」

「何をぼけっとしているのです。次はなんですか?」

 

 わたくしの言葉を聞いて、アキトが慌てて次の詠唱を始める。

 だが過程も結果も変わらない。一節目を聞いて即座に対抗魔法を構築して撃つだけ。

 数度の応酬がまったく同じ結果に終わり、アキトの顔が面白いぐらい青ざめていく。

 

 

日本代表 相も変わらず戦闘力がイカれてるんじゃねえか?

101日目のワニ 防御魔法君が泣いてるんじゃねえか?

火星 最初の一節で詠唱省略・改変を看破して、大元の魔法を逆算してはじき出し、一節短い対抗魔法を組むのは、控えめに言ってもクソすぎじゃねえか?

 

 

「クソッ、焔……炎、よ(flame)

「はぁ……水よ(water)

 

 露骨に相手の出力が下がった。息切れか。

 つまんないことすんなよ、と少々出力を上げる。向こうが放った焔を貫通した水の飛沫が、ばしゃりとアキトの顔にかかる。

 

「ぶほっ!?」

「寝ぼけているようでしたので。目は覚めましたか?」

「……ッ。この野郎……!」

 

 両眼に再び、闘志が宿る。

 それでいい。それでいいんだが──結局同じコトするだけなんだよな。

 

 

 あ~あ。やっぱりこっちはつまらないですわ。相手に合わせて選ぶだけなので……やはり流星(メテオ)こそ至高ですわ! 相性など気にせず火力でブチ抜く快感がたまりませんの!

 

 

無敵 頭がおかしいんじゃねえか?

 

 

 何を言うか。相手の全力をパワーでねじ伏せるのこそが、悪役令嬢が歩むべき覇道だろうが。

 っていうか、そう考えると……下手に引き延ばすのは正直時間の無駄だな。

 そろそろ仕舞いにするか。

 

舞い踊りし(romancia)羽根を持つ者(guardian)──

「ッ! 焔よ(blaze)食いちぎれ(throwing)

 

 こちらの詠唱を聞いて、アキトが即座に詠唱を二節で完成させる。

 そこそこにやるのは分かっていた。だから速度を落とした詠唱を聞かせれば食いつくと思った。

 

「行けよ『炎武槍』! あいつの『疾風響』を貫け!」

 

 アキトの右手から、四節詠唱炎魔法『炎武槍』を二節に短縮した攻撃が放たれる。

 やっぱり割と強いな、こいつ。瞬時に相性の良い魔法を導き出して完成させた。

 だけど、まだわたくしには遠く及ばない。

 

──を踏み潰せ(is breaked)誇り高き獅子よ(grateful leo)

「な……!? 『疾風響』じゃない!?」

 

 敵を射抜くため射出された炎の槍。

 だがそれは、風が形を成した獅子に正面から噛み砕かれた。

 

「馬鹿な! テメェの詠唱は確かに……!」

「ええ。四節詠唱風魔法『疾風響』──に、限りなく寄せる形で、五節詠唱風魔法『獅子空吼』を詠唱改変しました。タネを明かせば単純でしょう?」

 

 わたくしがぱちっとウィンクをすると同時。

 獅子が地面を爆砕して飛び込み、腕を振るう。

 放たれた破壊の嵐は絶大で、アキトは反応する暇もなく吹き飛ばされた。

 

「が……ッ!?」

 

 そのまま路地に身体を打ち据えて、彼は倒れ伏した。

 ──アキトが予測した『疾風響』は風のヴェールを何枚か叩きつける範囲攻撃。貫通性に優れた炎の槍の投擲魔法を瞬時に選んだのは賞賛に値する。だが大きな誤りでもあった。

 ていうか状況がヒントだったんだけどな。こんな狭い路地で『疾風響』使うわけないだろ。読みが一面的なんだよ。

 

「お行儀の良い戦い方ですわね。後は状況に合わせた駆け引きを学べば一流と呼べるでしょう。この辺りはロイ・ミリオンアークに学ぶとよいかと」

 

 というわけで。

 はいわたくしの勝ち! ぶい!

 

「勝者であるわたくしは、この場においてアナタの生殺与奪の権を握っています……でしたらこちらをいただきましょうか」

「……ッ!」

 

 倒れ伏すアキトの傍にしゃがんで。

 わたくしは彼の小指につけられていたリングを一瞬で抜き取った。

 地面転がるときに庇ってたもんなあ? よっぽど大事なんだろ?

 

「ざけんじゃねーぞ! それは、それは母さんの……!」

「敗者は勝者に頭を垂れるもの。むしろ、跪いて命乞いもせず生き延びられることの幸運さを噛みしめなさい」

「テメェ────!」

 

 顔を上げたとき、もうわたくしはそこにはいない。

 アキトの呻き声を聞きながら、わたくしは月の下、屋上を駆けてその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしましょうかね」

 

 抜け出した女子寮への帰り道。

 仮面を取り外し、指輪越しに月を見つめ、リングを金色の輪郭線として重ねながらぼやく。

 

 

トンボハンター どうすんの? 命令は始末だったけど

外から来ました このサブクエはクリアしてもあんま旨味ないからロスくさいんだよな

 

 

 原作だと、荒れてる理由までの掘り下げはなかったのですか?

 

 

ミート便器 しばき倒すだけだったな

red moon 馬車で轢くのが一番早かった

 

 

 これ本当に乙女ゲーの話なんですよね? グランド・セフト・オトメじゃないですよね?

 

 

 いくらなんでも野蛮すぎんだろ……とドン引きしてから。

 わたくしは咳払いをして、後ろへ振り返った。

 

「それで? なんの用でしょうか」

 

 分厚いローブを着込んだ男が一人、立っていた。

 フードに隠れて顔は窺えない。

 恐らく王宮直轄の隠密行動部隊なんだろう。憲兵団の人かな。

 

「第三王子殿下への定期報告です。報告を口頭で伝えてください」

「え……アナタ最初から見ていたでしょう? わたくしからの口頭報告、必要ですか?」

 

 指摘に、使者はびくっと肩を震わせた。

 

「……お気づきだったとは」

「まあそうですわね。順調とお伝えください」

「命令内容に従うだけなら、路地に転がっているのは死体になっているはずですが」

「ゴミ掃除は手で拾うのが全てではありませんわ。道具を色々と準備しているところですの」

「……理解しました。順調と伝えておきます」

 

 それだけ言って、男は踵を返して数歩歩き、かき消えた。

 

「……ゴミ掃除、ですか」

 

 ゴミ。社会のゴミを片付けて、社会にとってプラスなら、社会に奉仕したと言えるのだろう。

 だけど。あいつ、レーベルバイト家に傷が付くぞって言ったら、釣れた。

 ……釣れちゃったんだよなあ。

 

「ん~……まあ、やれるだけはやってみましょうか」

 

 天を見上げる。ぽつんと浮かんだ月がわたくしを見下ろしていた。

 右手を突き上げ、わたくしは月夜に一人叫ぶ。

 

「何せわたくしは正義の使者、ピースラウンド仮面! 正義とは即ち流星(メテオ)! この世界を守護する流星の名の下に存在する以上、無様な姿は晒せませんわ!」

 

 

みろっく 流星戦隊メテオレンジャー! メテオレッドマリアンヌ! メテオブルーマリアンヌ! メテオイエローマリアンヌ! 君は誰を応援する!?

苦行むり 対抗馬が存在しないクソレースやめろ

無敵 モロ名前言ってんのにモロ過ぎて嘘だと思われてたのホント草

 

 

 そこはほら、仮面がかっこいいからバレなかったってことで。

 


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