TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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INTERMISSION6 苛烈であるが故に(後編)

 決闘は社交界の華だ。

 今更ながら、どう考えてもこれはアーサーとかいう狂人が常識を操作して植え付けた異常な価値観だが……まあ、うちの国だとそういうことになっている。

 要するには決闘罪に問われず、合法的に一対一をできるってことだ。

 こんなに美味しい手段を逃すわけがねえ。

 

 

 タイマン張らせてもらいますので……夜露死苦ぅ!

 

 

red moon ジェシー……サブクエで確かに名前出てきたな、昔は強かったってやつ?

火星 ライター公認の早撃ち(クイックドロウ)作中最強キャラやぞ

適切な蟻地獄 ツッパリフォーム使わないの?

 

 

 は? 使うわけないでしょう

 

 

宇宙の起源 おいおい舐めプか?

 

 

 逆ですわ。ツッパリフォームの恩恵はあくまで機動力・膂力の向上。早撃ちの一点に懸けるならばむしろ邪魔です。最高速度を叩き出すためには、全神経を研ぎ澄まし、目の前の相手を撃ち抜くことのみに極限まで集中せねばなりませんわ。加えて、体内にて出力を増すツッパリフォームは、根本的に早撃ちと相性が大変悪いですわね。

 

 

宇宙の起源 はえー……なるほど理解した、いらんこと言ってスマソ

苦行むり こいつホント戦闘が絡んだ時の頭の回り方別人だな

 

 

 やかましいですわ! とにかくこの戦い、相当気合いを入れていきますわよ!

 

 

 

 

 

 

 

 迎賓館にて、二人のレディが火花を散らす。

 片や神童と謳われ、間違いなくこの国の次代を担い、新たな風を既に吹き込ませつつある才女──マリアンヌ・ピースラウンド。

 片やかつて早撃ち部門において天下無双を誇り、今はレーベルバイト家に嫁いだ、紛れもない女傑──ジェシー・レーベルバイト。

 年齢こそ一回り近く離れている二人だが、互いに遠慮も謙遜もない。

 

「この私に早撃ちで挑む、ですって?」

「ええ。言いましたわ──アナタの最強の得意分野で、アナタを打倒すると」

 

 不快さを隠しもせず、ジェシーはマリアンヌに問う。

 

「忘れたのかしら? ピースラウンド……神童と謳われた貴女に、御前試合では誰も敵わなかった。ミリオンアークたちも台頭し、黄金世代と呼ばれ……反対に私たちは谷間の世代と呼ばれた」

「そうですわね。わたくしたちが強すぎましたので」

 

 マリアンヌの発言は傲岸不遜そのものだった。

 いったんは眉をひそめるも、ジェシーは気を取り直し、嘲笑を浮かべて告げる。

 

「ならばこそ、唯一の敗北を忘れたわけではないでしょう。早撃ち(クイックドロウ)は私の領域。そこでは貴女すらもが翼をもがれることになるわよ」

「試してみなさいな、オールドタイプさん。もうあの頃のわたくしではありませんわ」

 

 一層激しく火花が散る。

 もうこうなっては、知己の仲であるロイとて止められない。

 数秒の沈黙の後、両者の右手が閃き──

 

「はいストップ──今回の決闘。僭越ながら、私が取り仕切らせてもらいます」

『……!?』

 

 激突寸前だった二人の間に割って入ったのは、黄金のマントを纏った第三王子グレンだった。

 グレン王子が率先して審判を請け負ったことに、一同は少なからずの衝撃を受けた。

 

「ルールは至って普通の早撃ち(クイックドロウ)……射出レールは私が作らせてもらいましょう」

 

 早撃ち(クイックドロウ)──魔法使い同士の決闘として比較的花形に分類される手法だ。

 派手な魔法同士の激突に加え、何よりも手短に終わることから、観客からも決闘者からも人気が高い。

 魔力を編み込んだレールをあらかじめ設置し、お互いに背を向けて準備。3カウントが刻まれた直後に振り向き、そのレールに沿って魔法を放つ。

 

「ぬけぬけとよくもまあ……吠え面をかかせてあげるわ、ピースラウンド」

「期待しておりますわ。ですが分かっていますわよね?」

「何を、よ」

「貴族と貴族の決闘は即ち、互いの誇りを懸けた戦いになりますわ。負けたら野良犬ですわよ」

「……フン。残飯ぐらいなら用意してあげましょう」

 

 剣呑な声色のジェシーに対し、マリアンヌは優雅にドレスをなびかせ微笑むのみ。

 グレン王子が手早くレールを組む間、パーティーにやって来た貴族たちは固唾を呑んで見守っていた。

 

「……おい、ミリオンアーク。ピースラウンドは勝てるのかよ。流石に不利なんじゃねえか?」

 

 我が身とは関係ないことのはずなのに、アキトは震える声で問うた。

 だがロイが何か言うよりも速く、二人の横に気だるげな顔がヌッと突き出される。

 

「勝負にならねーな」

「……ッ、ミストルティンさんか」

 

 ルーガー・ミストルティンはやる気のない三白眼で決闘場を一瞥し、抱えてきたボトルから直にワインをがぶがぶと飲む。

 唇から零れたワインがシャツにシミを作るのに眉をひそめながらも、ロイは頷いた。

 

「そうですね。勝敗は見えています」

「それ、は……」

 

 果たしてどちらのことを指しているのか確認する前に、グレン王子が指を鳴らした。

 マリアンヌとジェシーの間を、深い紺碧の色を放つ魔法陣が七つほど展開され繋ぐ。魔力を伝導するレールだ。

 レールは魔法同士が激突した地点を記録し、どちらが早かったのかを明確に示す指標でもある。

 

「準備はできましたよ。ではご両名、準備を」

 

 王子の声を聞き、決闘者二人が背を向ける。

 奇しくもマリアンヌの視線の先にはロイたちがいた。

 

 

「1」

 

 

 ロイとルーガーは視線で問うている──意味のある戦いなのか。

 マリアンヌは静かに頷いた。

 

 

「2」

 

 

 グレン王子の声に淀みはない。

 ジェシーは王子の目の前で、王子が気に入っている様子の令嬢に恥をかかせることができると内心でほくそ笑んだ。

 

 

「3」

 

 

 視線が結ばれた。

 マリアンヌとジェシーが振り向いたのは同時。

 両者の右手が閃き、レールの両端に魔法陣を展開する。

 

 

焔矢(blaze)

堕ちろ(fall)

 

 

 レール上を互いの放った魔法が疾走──しなかった。

 バツン! と火花が散り、咄嗟にジェシーは顔を庇った。

 両腕を突き出し、それが何を意味するのかを数秒遅れて知り、愕然とした表情になる。

 魔法同士の激突は、火花がジェシーの鼻を掠めるほどの至近距離だったのだ。結果はレールを見るまでもない。

 

「早撃ちのジェシー、破れたりですわね」

 

 文字通りに、勝負にならなかった。王国中にその名を轟かせていた名手が一蹴された。

 その結果に貴族たちは言葉を失っている。

 

「……そんな。あり得ない……そんな、そんな! 何故!?」

「早撃ちならば。自分の得意領域ならば。その甘えた考えこそアナタの弱さですわよ」

 

 腕を下ろし、取り乱すジェシー。

 彼女に対してマリアンヌは、首を横に振って静かに告げた。

 

「ジェシーさん。もう一度基礎からやり直しなさい」

「……ッ! 何を偉そうに……」

「真剣な話をしていますわ!」

 

 一喝だった。

 雷鳴のように轟くそれは、ジェシーの唇を瞬時に縫い止めた。

 

「基礎に問題があるとは微塵も思いません。アナタの実力は本物ですわ。一手間違えたなら、勝敗は逆だったでしょう」

「……だけど、貴女が勝った」

「ええ。アナタの心構えの問題です。驕り、慢心、虚栄で全身を飾ったアナタは……かつてほど疾くありませんでしたわ」

 

 滔々と語りながら、マリアンヌはジェシーを指さす。

 

「アナタこう思ったでしょう。勝って何を命じるか。何を手に入れるか。名声がいかに高まるか。名ばかりと見下している連中に一泡吹かせられるか」

「…………ッ」

「以前の……わたくしとゼロコンマ数秒の世界で戦っていたアナタは、そんなことは考えていませんでした。ただ目の前の相手を撃ち抜くことを考えていたはずです」

 

 言い返せない。

 ああそうだ、その通りだ。

 

(わた、しは……私は! 何をやっているんだ! 早撃ちですら、ここまで落ちぶれていたのか!?)

 

 歯を食いしばる。奥歯が砕けてしまいそうなほどの屈辱だった。

 早撃ちならばと思っていた。絶対の長所があるから、名ばかりの夫人に身を落としても、耐えられたのだ。本当の自分は凄いのだと。この場所で燻っているだけで、色あせた日常はかりそめのものなんだと。

 

 だが違った。

 

(本当に私は……何もかも。誇りさえ、失っていた)

 

 かつての栄光が覆る。

 真正面に佇む令嬢の眼光はごまかせない。震える膝から力が抜け、崩れ落ちそうになる。

 その時。

 

「さあ、ここからが本題ですわよ」

 

 決闘は終わったはずだというのに。

 マリアンヌは戦闘態勢を崩さず、そしてまた、グレン王子も次のレールを用意している。

 

「……は?」

「何を呆けていますの。言ったでしょう。これは誇りを懸けた戦いだと」

「……ええ。そうよ、完敗よ。今の私には、誇りさえ……」

「ならばやるべきことは一つでしょうに!」

 

 会場中をビリビリと震わせるほどの気迫だった。

 呆気にとられるジェシーの正面で、マリアンヌは右の拳を自分の胸に叩きつけ叫ぶ。

 

「ジェシー・レーベルバイト! 尊厳を奪われたのなら! 誇りを失ったのなら! 命を懸けてでも取り戻しなさいッ!」

「……!」

「アナタの敵は今ここにいます! 本当に負け犬になりたいのなら、どうぞ会場から出て行きなさい! ですがもし──もし、そうでないのなら! アナタの心の奥底に、燃えたぎる何かが渦巻いているのなら! 取り戻しなさい! 今ここで、全てをッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 さーて、切れるカードは全部切った。

 わたくしの目の前で、ジェシーは顔を伏せて肩を震わせている。

 これで奮起しなけりゃ残念だがここまで。アキトには階段を一人で上れない身体になってもらうしかない。

 賽は投げた。出目はどうだ?

 

「……上等じゃない」

 

 ジェシーが顔を上げ、正面から視線が重なる。心臓がドクンと跳ねた。ちょっと後ずさりそうになった。

 ああそうだ。その顔だよジェシー。わたくしをかつて打ち負かした女の顔だ。

 しょぼくれてるお前を倒しても意味がない。

 

「ええ。ええ、ええ、ええ! そうでなくては! そうこなくては意味がありませんわ、ジェシー・レーベルバイトッ! さあグレン王子早くレールを!!」

「もうできてますよ」

「流石! メガネのくせに仕事できますわね!」

 

 グレン王子はにっこりと微笑んだ。

 

「テンション上がってるみたいですけど、今の君の言葉遣いは完全にアウトですね。ギロチンいきますか?」

「……知性を感じさせる上品なお顔に違わぬ、素晴らしい仕事ぶりですわ」

 

 よろしい、と王子が頷く。

 メガネが……!! なんか完全に主導権握られてるじゃねえか、気に入らねえ……ッ!

 

「いくわよ、ピースラウンド」

「かかってきなさい、ジェシーさん」

 

 互いに背を向ける。

 王子のスリーカウントが刻まれると同時。

 

焔矢(blaze)

堕ちろ(fall)

 

 激突の火花が散る。

 魔法陣に刻まれた衝突痕は、互いを結ぶレールのちょうど真ん中。完全なる互角。

 ……ッ。え、嘘? さっきと別人過ぎない?

 手を抜いたつもりはなかった。普通に初撃で勝負を決めようとした。

 

「そうよ、ピースラウンド、貴女の言うとおり。私は確かに落ちぶれたわ。だけど! 不平や不満はあっても! 誤りではなかったと確信しているわ! ああもう本当にさっきまでの自分が恥ずかしいわね!」

「あ、いやその……そこまで劇的に覚醒しなくてもいいというか……えーとですね……」

「過去の私に、胸を張れる自分でありたいわよ。だけどそんなことよりも、何よりも! よりにもよって早撃ちで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 背後でアキトが息を呑む音。

 うん。良かった。考えられる限りでもベストなセリフを吐いてくれた。

 でもそれはそれ、これはこれ──負けたくはないんだけどなあ! 完全に覚醒しちゃってるんだよなあこれ!

 

 

太郎 自業自得過ぎる……

トンボハンター 今日は敗北令嬢が見られるんですか!? ヤッター!

 

 

 グレン王子が次のレールを設置する。

 わたくしの直感が囁いていた。

 先ほど通りならば、負けると。

 ここで勝つためには、わたくしもまた殻を一つ破らなくてはならないと。

 

「それでは準備してください」

 

 背を向け合う。見なくても分かる。今のジェシーは限りなく全盛期に近い……否。今こそが全盛期だ。

 後ろを見るとアキトが信じられないものを見る目で、義理の母の背中を見ていた。ここはOKっぽい。だが、ロイとルーガーさんがあ~あみたいな顔をしている。

 

「マリアンヌ。分かってんだろ? お前勝てねーぜ」

 

 からかうようなセリフを投げてくる師匠。

 クソが。一番わたくしが分かってんだよ。

 

「……マリアンヌ。良いお灸になるかもね」

 

 ロイもまた、場の流れというものを鋭敏に感知しているようだった。

 今、女神が微笑んでいるのはジェシー・レーベルバイトだと、誰もが分かっているのだ。

 

 

「1」

 

 

 時間が遅く感じる。

 極限まで集中を深める。

 

 

「2」

 

 

 息を深く吸った。

 嫌だ。感動シーンだろうと負けたくない。どう考えてもジェシーが勝って、息子の前で誇りを取り戻して一件落着の流れになっている。

 だが嫌だ。嫌だ! どんな相手でも! 絶対にわたくしは、負けたくない!

 

 

「3」

 

 

 振り向く。

 カッと光が視界を灼く。遅すぎる。速度が違いすぎる。

 既にジェシーの右手から魔法が吐き出されつつあった。立ち上がりの差は決定的だ。

 クソが。

 スローモーションの世界の中。

 

 

 明確に、扉が見えた──扉?

 

 

(……ッ! これは……!?)

 

 わたくしとジェシーの間に立ち塞がる、鎖で雁字搦めに縛られた扉。

 巨大な扉だった。青銅色のそれはわたくしの背丈を三倍しても足りないだろう。

 唖然としている間に、声が響く。

 加速した意識がその存在を感じ取る。

 

 

『────おれの力が必要じゃないか? マリアンヌ……』

 

 

 すぐ傍に、いる。

 背中から静かに囁く存在。

 

 

『おれは鏡だ。力が欲しいという無意識下の叫びを、代弁している鏡だ……マリアンヌ。絶対に負けない力が欲しいんだろう?』

 

 

 ……ざけんな。

 ……邪魔を、するなよ。

 

 

『どうした。怯えているのか? 恐れずともいい。お前は闇の力に最も近き人間だぞ』

 

 

 背後から伸びた白い手が、わたくしの唇をつうと撫でてから、頬に添えられた。

 知っている。わたくしはこの声を知っている。

 

 

 

『マリアンヌ。闇の力は素晴らしい……お前も気に入るはずだ──』

 

 

 

 

 

(──()()()()()()()()が! 弁えなさい、ルシファー!)

 

 

 

 

 

 振り向くことなく。

 通じるだろうという確信を持って、わたくしは胸の内で叫んだ。

 

(これはわたくしの戦い! 勝手に手出ししようものなら粉砕しますわよ!)

『……嗚呼。それでこそだ、マリアンヌ。やはりお前は……お前こそが──』

 

 声が一気に遠くなる。

 全身を循環する魔力、その全てを右手に集約。

 停滞していた時が加速する。

 

焔矢(blaze)──!

堕ちろ(fall)ッッ!」

 

 渾身の流星(メテオ)が、目の前の扉を鎖ごと粉砕した。

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

 わたくしもジェシーも、魔法を放った残心の体勢のまま。

 痛いほどの静寂。

 誰も、一言も発することのできない静寂。

 

「…………」

 

 グレン王子がレールに歩み寄り、結果を確認する。

 敷かれたレールの、微かに半分からズレた地点が砕けている。

 中心点からほんの僅かに、少しだけ──ジェシー側に寄ったポイントだった。

 

「マリアンヌ・ピースラウンドの勝利です」

 

 グレン王子が告げると同時。

 迎賓館が歓声に震えた。健闘をたたえる声があふれかえった。

 喧噪の中、わたくしはジェシーに歩み寄り、手を差し出す。

 

「GG」

「えっ何語?」

「やべっ間違えましたわ。良い決闘でしたわ」

 

 誤魔化しながら握手を交わす。

 負けた、というのに、ジェシーの表情には晴れやかさすらあった。

 

「取り戻せましたか?」

「……フン」

「まあそれはそれ、これはこれ。わたくしの勝ちですわね」

「悔しいけどそうね。文句なしよ……だが」

「次はない、ですわね。言われずとも分かっています。そして」

「次も勝つ、でしょう?」

 

 不敵な笑みを浮かべて、互いに頷き合う。

 まるでつきものが落ちたような変貌ぶりだな、と思った。

 さてもう片方はどんなもんかと振り返ろうとしたとき、わたくしの横に、男が並んだ。

 アキトだ。

 

「あ……その」

「……アキト。私は──」

「…………カッコ、よかった、んじゃねえか。その……」

 

 ……あ~やだやだ。思春期かよ。二十歳超えてそんなまごつくことあんのか。

 わたくしは肩をすくめ、親子の時間を邪魔しないよう、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「勝つんだ……」

 

 ロイ・ミリオンアークはドン引きしていた。

 人一倍勝負にこだわる気質は知っているが、このタイミングでも勝つんだ。

 

「いやあ、痛快だねえ。なんか壁を一つ越えたって感じがしてるじゃねえか。あいつこれからもドンドン伸びるぜ」

 

 近くのテーブルからグラスを一つ取り、未成年用のジュースを呷るマリアンヌを見ながら。

 ルーガーは隣のロイに向かってからかうような声色を投げる。

 

「婚約者さんも大変だな。あれは確かに美しい女だがよ。そうはいっても、とにかく苛烈なんだよなあ」

「ああ……逆ですよ。彼女は、苛烈であるが故に美しいんです」

 

 ロイの即答に、ルーガーは苦笑を浮かべた。

 

「親の決めた婚約者って聞いてたが……随分と入れ込んでるみてーだな」

「もちろんです」

 

 若さっていいねえ、とルーガーはボトルを傾けた。

 だけどボトルはもう空っぽで、彼は苦笑した──そういや何もなかったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 第三王子主催のパーティーの帰り道。

 母であるジェシーを馬車に乗せて見送った後、アキトは一人で夜道を歩いていた。

 風が心地よかった。今まで見えなかったものが、見える気がした。

 

(……そうは言っても。形見のリングを返してもらわなきゃいけねえんじゃねえか)

 

 腕を組んで唸りながら道を歩いていた、その時。

 ぽすん、と道路に布の落ちる音がした。

 アキトは眼前に落下してきた布片を拾い上げると、そっと解いた。そこには金色のリングが優しく包まれていた。

 

「これは……!?」

 

 母の形見だった。見間違えようもない。

 アキトは慌てて顔を上げる。

 

「あら、落としてしまいましたわ」

 

 そこに、月を背負って彼女は佇んでいた。

 2階建ての宿屋屋上に、怪しげな仮面をつけて、女怪盗が風に黒髪をなびかせていた。

 そう──ピースラウンド仮面こと、わたくしである。

 

「わたくしとしたことがなんておっちょこちょいなんでしょうか。見つかってしまいましたし、通報されると面倒ですので、今宵はここで退散させてもらいますわ」

「ま、待ってくれピースラウンド……仮面!」

 

 背を向けて颯爽と退散しようとしたとき。

 あろうことかアキトがわたくしを呼び止めた。

 

「……あんたには感謝しなきゃいけねえんじゃねえかと思ってる」

「あら。わたくしはアナタの大切なものを奪った盗人ですわよ」

「そうかもな。だが……俺がそうするべきなんじゃねえか、と思ったんだよ。社交界でぶっ放すとは思わなかったがな」

 

 ぐえーバレてる!

 頬が引きつっているのが自分でも分かる。えっやばい、なんで?

 

「なんとなく……考えてたんだよ。なんで形見を奪ったのか」

「戦利品ですが」

「母の証明は、モノに宿るわけじゃないって。心こそが本質なんだって、教えてくれようとしたんじゃねえか?」

「いえ、戦利品ですが」

「……ふっ、じゃあ、そういうことにしとくか」

「いや本当にそういうことなんですわよ!? 何その『俺は分かってるぜ?』みたいな表情!」

 

 ドッと脂汗が噴き出た。

 なんかいい人みたいにされようとしている。冗談じゃねえ、こちとら生半可な覚悟で悪役令嬢張ってねえんだよ!

 そりゃまあ、リングない状態でジェシーの奮起を見せれば、心境の変化を期待できるんじゃないかとは思ってたけどさあ……!

 

「ああ、心配すんな。誰にも言わねーよ。だけど、工房に来るときは声をかけてくれ。お前相手なら惜しみなく最高の装備を用意するぜ。とはいっても必要ないんじゃねえかと思うけどさ」

 

 そこまで言ってから、しかしアキトはパチンと指を鳴らす。

 

「ああそうだ! 丁度あるじゃねえか!」

「?」

「そのクソダサい仮面の替えを作った方が良いんじゃねえか?」

「アナタ本当に殺しますわよ!」

 

 バチギレて流星(メテオ)を展開する。

 アキトは怖い怖いと肩をすくめると、リングを懐に入れて、こちらに背を向けた。

 

「は~……」

 

 三男坊の背を見送りながら、風に黒髪をなびかせて息を吐く。

 なんとかまあ、思い浮かべていたゴールにはたどり着けたかな。

 

「……これで奉仕活動は終わりですわ」

「そうですか」

 

 振り向いて声をかける。

 ローブの男が後ろにいるのは分かっていた。

 

「ですがピースラウンドさん。第三王子殿下からの伝令は……」

「成功か失敗かは判断を委ねます、第三王子殿下」

 

 そう呼ぶと、ローブの男は動きを止めた。

 ゆっくりとフードを外せば、月光にメガネを光らせ、グレン王子の顔が露わになる。

 

「……いつから気づいていたのですか」

「最初から。と言えれば良いのですが……今フードを取ってもらった時ですわ」

「はい?」

「いえ、なんとなくアナタ、肝心な箇所は自分の目で確認しないと気が済まなさそうだなと思いまして。適当に言ってみただけです」

「私、カマかけられて引っかかったんですか……!?」

 

 愕然とした様子でグレン王子が肩を震わせる。

 

「伝令はこうでしたわよね。『工房の稼働率を下げ、王国の威信に傷をつけかねないのなら、アキト・レーベルバイトの存在価値はマイナスです。始末してください』──前提条件を排除しました。アキト・レーベルバイトの存在価値はまだマイナスでしょうか?」

 

 

日本代表 ああ、なるほどね

第三の性別 マイナス評価のアキトは確かに片付けたもんな、とんちかよ

 

 

「──文句なしです。社会奉仕活動として満点を差し上げますよ」

「……感謝致しますわ」

「おやおや。随分と疑わしげですね。最高評価だというのに、私は悲しいです」

 

 よよよ、とグレン王子が泣き真似をする。

 こいつもしかしてドSじゃなくて面白キャラなのか……?

 

「率直に申し上げると……意外ですわ。不正は嫌いだったのでは?」

「私の忌む不正とは、悪人が善人の皮をかぶることですよ」

 

 日常的な会話の一部だった。

 しかし彼の声には──隠しようのない、煮えたぎるような憎悪が渦巻いていた。

 

「そんな顔をしていては、アナタも同じ穴の狢ですわよ」

「どうでしょう。ただ、この世界から不正を根絶できるのなら、私はそうなっても構わないと思っています」

「はぁ……まったく、なるほど。血筋ですわね、お馬鹿さん……あっ」

 

 ヤベーッ口が滑った! モノホンの王子相手に馬鹿とか言っちゃった!

 なんとかリカバリーを……いや……もうめんどくせえな。メガネなら大体何しても許してくれるっしょ。

 ちょっとムッとしているグレン王子に対して、咳払いをしてから声をかける。

 

「化粧ってご存じですか?」

「馬鹿にされてますかねこれ。式典の際などは私も化粧をしますよ」

「成程。では、化粧をする意味とは?」

 

 王子殿下は顎に親指を当てて、数秒考え込んだ。

 

「それは……様々な意味があります。美しく飾るため、最低限の礼節のため、自己表現のため……」

「ええ。ですがそれだけでなく……険しい色を取り除き、自らが修羅道に墜ちないよう歯止めをかけるものでもありますわ」

 

 わたくしは王子のすぐ傍まで歩み寄ると、その頬をむにゅとつまんだ。

 

「……!?」

「少しは気楽になりなさいな。わたくしの見立てでは、アナタはもっとのびのびと動けるはず。意図的に自分を律するのは重要ですが、肝心なのは力の抜き方ですわ。それは戦闘も変わりません」

「……いや、全ての話を戦闘に持っていくのはどうかと思いますね」

「うっさいですわね! 人が珍しく真剣にアドバイスしているのに!」

 

 地団駄を踏みながらキーッと怒りを表現する。

 わたくしの様子を眺め、グレン王子はふっと頬を綻ばせ、それから耐えられないと言わんばかりに笑い始めた。

 

「ふふっ……なるほど。力の抜き方、ですか……」

「ええ。わたくしのように立派な人間になれるといいですわね!」

「ぐにゃぐにゃにはなりたくないです」

 

 だーれが無脊椎動物じゃい!

 

 

無敵 まったくだな、お前レベルで脊髄でもの言ってる生き物なかなかいないし。

 

 

 テメェ本当に強めにどつくぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 王城、食事の間。

 朝早くに親子揃って朝食を食べるのが、アーサーが決めた唯一の決まりだった。

 第一~第三王子とアーサーが机に並んで座って朝食を食べている。

 

「それで、どうだったかのう」

 

 アーサーがグレンに声をかけた。

 マリアンヌ・ピースラウンドの審問結果が昨晩出た、というのだけは報告されていた。

 

「100点満点中の、120点といったところですね」

「ほう。珍しいな。グレンがそこまで高評価を出したか」

 

 面白そうに第二王子が声を上げる。

 第一王子は興味なさげに食事を進めていた。

 

「手はずにやや乱暴な面はありましたが、効率を突き詰めるための工夫としてはきちんと作動していました。また、関係者の誰にも要らぬ被害を与えなかったのは大きいですね」

「先日の選抜試合の際にはなんと乱暴な女かと思ったが……そういうスマートな面もあったのだな」

「いえ、乱暴な女だとは思います」

「そうか……」

 

 どっちだよと第二王子は困惑した。

 そこはかとなく嬉々として語っているグレンに対し、アーサーは眉根を寄せる。

 

「ふむ。貴族間の問題にまで発展させず、レーベルバイト家の問題を収拾したのは見事じゃろう。ならば100点というのは頷けるが……追加分の20点は如何に?」

「ああ、あとの20点は私の贔屓ですね」

「は?」

 

 生真面目なグレンのものとは思えない言葉に、アーサーと第二王子は口を開けたままポカンとした。

 

「面白い人ですよ、ピースラウンドさんは。実に面白い」

 

 テキパキと食事を終えて、最後に口元をナプキンで拭ってからグレンは立ち上がる。

 

「そういうわけで、父上。いくつか縁談の話を進めてもらっていましたが、全て白紙にさせてください。今は正直、ピースラウンドさんしか眼中にないので」

「えっ? え? 何? え? ……はああああ!?」

 

 アーサーは机をぶっ叩いて立ち上がった。

 

「すみません、父上……私は自分の人生を進みます」

「待てい! いや本当に待ていっ! まさか息子がそのセリフを言ったのに全力で反対することがあるとは思わんかったぞ!」

 

 穏やかな表情すら浮かべる三男に、たまらずアーサーは絶叫する。

 同時、第二王子もまた顔色を変えていた。

 

「ま、待ってくれグレン! 流石に兄として見過ごせない! お前、あんな蛮族という概念を煮詰めた女のどこがいいんだ!?」

「どこって、そういうところですよ」

「蛮族という概念を煮詰めた女フェチ!?」

 

 朝食の間はめちゃくちゃになった。

 控えていたメイドたちも顔をバキバキに引きつらせている。

 

「では、仕事がありますので」

「あっちょっ……」

 

 颯爽とその場を後にするグレンの背を見て。

 アーサーは力なくうなだれた。

 

「……わし、ちゃんと女を見る目も教育するべきだったかのう」

「グレンのやつだけですよ……兄上はどう思います?」

 

 第二王子が顔を向けると。

 第一王子は朝食を食べる姿勢のまま、鼻ちょうちんを膨らませていた。

 

 もうこの国は終わりなんじゃないか、とメイドたちは不安になるのだった。

 

 


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