専門書店で整理券を片手に並ぶ。
隣には黒いドレスを着込んだ銀髪の美少女、カサンドラさんがいた。
初対面だがなんとなく冷たくできない。こちらから進んで仲良くなりたいと思うのは、いつ以来だろうか。なんかこっちの世界に来てから、相手にグイグイ来られることばっかだったから、すげえ新鮮に感じる。
ただし。
まあ普通に、さっき初めて会ったので。
会話が弾むはずもなく。
「ではその、カサンドラさんは、ご旅行でこちらの国に?」
「そうね……旅行先でこういった書店に来るの、変かしら……?」
「い、いえ。分かりますわよ。最近は論文を読む時間があまり取れていないのが不満ですが、元々好きだったので……」
「え、ええ。
何この、何?
これさあ、オタク同士が顔合わせて『好きなアニメとかありますか……?』って探り入れ合うやつじゃん。ジャブを差し合うやつじゃん。
知識量に開きがありすぎたら話セーブしないといけないから、お互いの力量を測ってる奴じゃん。やめろよ。転生してるのにオタク仕草させるなよ。
もにょもにょするような会話をしているうちに書店が開く。
整理券持ちの列が粛々と目当てのブツを買う中、わたしくたちも論文集を颯爽と購入。
極上の成果物を抱えて、わたくしとカサンドラさんは二人で店を出た。
「比較的すぐに買えたわね、マリアンヌ」
「ええ」
頷きながら、論文集の表紙に目を通す。
刹那、わたくしは思わず目を見開いた。
「これは……『レーベルバイト家が十節詠唱の新たな燃料運転用魔法の開発に取り組み始めた』と?」
「面白そうな話ね」
カサンドラさんの両眼にも光が宿っている。
顔を見合わせて頷くと、二人ですぐ傍の喫茶店に突入。窓際の席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ。ご注文は──」
「か、カサンドラさん。これしれっと凄いことを書いているのではなくて?」
「体内を循環するプロセスを魔法内部で再現し、魔法によって魔法を起動させる……!?」
「確かに成功すれば、燃料運転用として革新的でしょう。ですがそれ以上に!」
「──エネルギー炸裂魔法として新たなスタンダードになり得るわ……!」
「ご慧眼ですわね!」
「ええ、ええ。マリアンヌも一瞬でここにたどり着くなんて……流石ね」
「あの、お客様。ご注文は……」
『アイスコーヒー!』
二人で異口同音に注文を叫べば、店員さんは引きつった笑みでお辞儀をした。
「で、話を戻しますわよ。他の属性魔法では魔法をトリガーに別の魔法を起動させるのは、タイミングをズラした多重詠唱で擬似的に再現することが可能です。むしろテクニックの一つとして有名なぐらいですわ」
「ええそうね。ただしそれは魔法使い同士の戦いで有効だという話。本当に魔法から魔法を連鎖させることができるなら、例えば時限式の炸裂を戦場にあらかじめ配置したり……威力の増幅にも役立つわ」
「ご注文のアイスコーヒーです……」
「有名なのは国家間対抗試合でゼール皇国の騎士が二重フェイントをしかけた例でしょうか」
「二つの詠唱を分解し、それらをバラバラに詠唱することでどちらが来るのか分からなくさせたアレね。
「分かります。最高ですわよね。詠唱フェイント」
「詠唱フェイント、良いわよね……」
「あの、すみません、コーヒー……」
『すみません今どけます!』
二人で異口同音に謝罪を叫べば、店員さんは引きつった笑みでコーヒーをテーブルに置いてくれた。
さっきから店内の視線を集めている感じがする。まあわたくしもカサンドラさんも超絶美少女だし仕方ないか。
「あそこの二人やべえな」
「すげえ美少女が二人で入ってきたと思ったらガチガチの魔法オタクとは……」
「あれは百合」
「は? 安易なラベリングすんなカス、恋愛と明言しがたいが確かに自分の中に存在する言語化し得ない相手への矢印が一番尊いんだろうが。相手のことを考えて、想像して、悩み、実際に会えばまいっかって息一つ吐いて悩みを後回しにできるのが最高なのであって適当にレズセさせときゃいいだろみたいな考えが一番ムカつくんだよ。救いがあるからこそ絶望が映えるのであって性癖性癖つって絶望展開しかやらないカスぐらいムカつく」
「お前、女女の関係性の話になるとマジで気持ち悪くなるよな」
「他の性癖まで巻き込んで全方位に爆撃すんのやめろ」
仕方ないと言うには少々アクの強めなやつがいたが、わたくしは賢いので無視した。
「実戦を想定するならやはりベストは二節詠唱ですわ」
「あら、マリアンヌにしては古典的な考え方ね。
「だとしても一節分の時間的アドバンテージは捨てがたいですわ。詠唱の撃ち合いになれば、1秒間が値千金でしょう」
「そこには同意させてもらうわね。ただ、二節と三節では変化させられる範囲の差が桁違いよ」
絶えず言葉を交わし合い、知らずのうちに頬が綻んでいく。
底知れない……!
わたくしもまだまだ引き出しがあるとはいえ、同年代でここまで話ができる奴なんていなかった。
やべえな。テンション上がってきた。
「語り足りませんわね……カサンドラさん、この国にはどれほど滞在する予定で?」
「しばらくはいるつもりよ。連絡先を教えておくわね」
「話が早くて助かりますわ」
どうやら向こうもその気になってくれていたようだ。
「そういえばゼール出身とおっしゃっていましたわね……小耳に挟んだのですが、ゼール皇国の方では魔法使いが騎士団を組んでいるとか」
「そうね。むしろこちらの国では、騎士と魔法使いが対立しているとさえ聞いたのだけれど、本当? はっきり言って信じられないわ」
え、そうなん?
ウチもそうだし、ハインツァラトス王国も確か騎士は魔法使いじゃなかったはずだけど……
「ま、まあ対立は最近になって、少し落ち着きつつありますわよ。そんなに信じられないものでしょうか?」
「
────!
言われてハッと気づいた。
いやその通りだ。
「普通に考えて、騎士に魔法も使わせた方が絶対強いでしょう」
不思議そうに呟き、カサンドラさんはこてんと首を傾げた。
いやあ確かにそうだよな。なんでわたくしそこ考えてなかったんだろう。
……違う。
そうじゃない。違う。そういう話じゃないだろ。
騎士が魔法を使えないのは、根本的には、魔法を使えない庶民が騎士になるという構造があるからだ。騎士だから使えないのではなく、使えないから騎士になる。
それはもう、この世界のルールであるはずだ。
知っている。
そういった、『効率的じゃない』だの『合理的じゃない』だのと言って、元々の世界観設定すらねじ曲げるような行為を。
わたくしは、知っている。
「動くんじゃねえ! 金を出せ!」
思考の海に沈んでいた時。
店のドアが乱暴に開け放たれ、長槍を抱えたスキンヘッドの男が押し入ってきた。
他の客たちが悲鳴を上げる中、わたくしとカサンドラさんは視線を交わして、ひとまずコーヒーを一口飲んだ。
苦っ……
「ん? おいおい。げへへ……随分とまあ美人が揃って。いいぜ二人とも。俺の女にしてやるよ」
男は店員さんがお金を用意している間に店内を見渡し、わたくしたちに顔を向ける。
「強盗なのか山賊なのかぐらいハッキリさせたほうが良いのでは?」
「あん? 跳ねっ返りの強い女も好きだぜ」
「それは重畳。ですがわたくし、なるべくは知的生命体と恋愛したいので」
「は?」
意味を理解するのに数秒。
男は頭のてっぺんまで真っ赤にした。まさにゆでだこだ。
抱えていた槍の穂先を突き付けてくる。一瞥すると、魔力が循環しているのが分かった。ふーん、魔導器の類か。違法武装だな。
「お前、立場分かってんのか……? そのブラウスをズタズタにしてもいいんだぜ?」
椅子から立ち上がり、男の真正面に佇む。
「テメェ──!」
男が踏み込んだ、直後だった。
カサンドラさんが静かに椅子から飛び出し、右手を走らせた。それは神速の手刀──恐ろしく速い。わたくしでなければ見逃してしまう。
挙動の鋭さも一流だが、前動作である脱力も一流だった。まさしく水が流れるかの如く、極限の自然体から踏み込み、低い体勢からの一閃。
結果。
男が突き付けていた魔導長槍が、柄の半ばで
「えっ────」
その柄が地面に落下する前に。
右足に集約された『流星』を起動。炸薬を炸裂させたように、一気に推力を与え超加速。スピードのままに放ったハイキックが、男のこめかみを狙い過たず直撃。
「────ぎぉっ!?」
からんころんと、槍の半分が地面に転がると同時。
男は大窓を突き破って、大通りに吹き飛ばされていった。
「マリアンヌ。スカートでのハイキックはよろしくないわ」
「いえいえ。タイツ履いてますから」
「赤だったわね」
「……これ、見せパンですわ。いやほんと。ねえ、その笑顔やめていただけます? ねえ! 本当に見せる用なんですってば!」
馬車道でバウンドして通りを挟んだ花屋に頭から突っ込んでいった大男を見送り、わたくしたちは視線を交わし笑みを浮かべる。
「ですが、良い動きでしたわね」
「こっちの台詞よ。素晴らしい蹴りだったわ」
まさかカサンドラさんも格闘令嬢だったとは。
ふふん。これどっかのタイミングで雌雄を決するイベントとかありそうじゃない? 友情パワーで叩きのめしてやるぜ!
……カサンドラさんとの友情パワーでカサンドラさんを叩きのめすの、何か違う気がするな。
窓壊したり花屋に迷惑かけたりはしたが、まあ結局は男が悪いので、詰め所の騎士たち(知り合いがいたので挨拶しておいた。『君マジでトラブルに巻き込まれすぎじゃない? ジークフリートさんも心配してたよ』とか言われてしまった。反省)に事情を説明。
わたくしとカサンドラさんは少しの間聴取に付き合って、無事解放された。
「では
カサンドラさんは、王都から学園寮へ向かう道まで見送ってくれた。
夕陽が沈み、月の昇る時間。
ちょうど月を背にして、わたくしは彼女に一礼する。
「ええ。わたくしもまた、アナタと会える日を楽しみにしていますわ」
それじゃあ、と挨拶の言葉を交わす。
明言せずとも、また会えるだろうとなんとなく直感が理解していた。
彼女に背を向けて道を歩く。
月に照らされた帰路は、なんだか普段よりも楽しい。
スキップするような足取りで、わたくしは配信画面を立ち上げた。
ブンブン、ヘローユーチューブ!
ちょっと人は少ないかも知れませんが、雑談配信しますわよ~!
〇宇宙の起源 お、普通の配信か
〇日本代表 ちょっと息抜きに見とこう……いや、こっちの調べ物が全然成果なくってさあ……
〇外から来ました もう今週はチェンソーマンが余りにもつらくてもう無理、何もできない、マジでむり、本当に助けてくれ
〇鷲アンチ これはマジな話なんだけど、チェでメンタルぶっ壊れた時には『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』がスーッと効く
〇外から来ました マジ……?読むわ
なんか死にかけてる人がいますわね……ご愁傷様ですわ
では明るいニュースをお聞き下さい!
なんとわたくしと同等程度の魔法知識を持っている友人ができましたわ!
〇101日目のワニ え、お嬢と同レベル……?
〇第三の性別 イカれてるやんけ……
いくらなんでも反応が失礼過ぎんか。
まあ、友達が一人増えたのが一つ。
あと例の、脚本家を名乗っているキッズですが、もしかしたらゼール皇国とつながりがあるかもしれませんわ
〇日本代表 え、何か分かったの?
わたくしは今日、カサンドラさんとの会話の中で得た違和感について話した。
騎士と魔法使いの対立構造は、恐らくこのゲームの根幹設定であり、そういうものとして生きていくのが自然であること。
だがそこにわざわざ改善点を見出し、いわば改変を行っているのがゼール皇国であること。
〇日本代表 なるほどな。確かに騎士兼魔法使いなんて原作だと出てこないからな……つながりがあると判断しても良さそうだ
〇みろっく ゼール皇国、って何?
〇TSに一家言 簡単に言っちゃうと悪役の国かな
〇苦行むり ゼールか……正直、お嬢はあんまゼールと絡んで欲しくないよな
〇つっきー 分かる。どうなるかがマジで怖い
え、怖いって、何が……?
〇適切な蟻地獄 まあなんていうか……
〇火星 いるんだよ。
は? 悪役令嬢ならここにいるんだが?
上ッッ等ですわ!! 最強の悪役令嬢は唯一人であることを、そのまがい物に教えて差し上げましょう!!
〇無敵 まがい物はお前なんだよなあ
出来が悪いのは自覚してるつもりだけど、いくら何でも言い過ぎだろ。
いやまあ、逆に純正品の悪役令嬢とかいても困るけどな。
そんなやつおらんやろガハハ!
月明かりも差さない、薄暗い路地。
カサンドラ・ゼム・アルカディウスはそこを一人で、軽い足取りで歩んでいた。
(……ふふっ。ほんの息抜きのつもりだったのに。友達ができてしまったわ)
思い出すは黒髪赤目の少女。
名前だけは聞いていたが、実際に会えば異様に波長が合った。
それこそ、十年以上の付き合いがある相手のように打ち解けることができた。
(ああ、楽しいわマリアンヌ。次は何をお話ししようかしら。火属性が好きと言っていたわね。少々苦手意識があるのだけど、これを機に勉強し直してみようかしら──)
風が吹いた。
カサンドラは足を止める。その顔に一切の感情はなかった。
「見つけましたよ、元皇女殿下」
影が形を持った──そうとしか表現ができなかった。
闇の中から、軽装備の若い騎士が突然姿を現わしたのだ。
「あら、あらあら……
「何を、そんなのんきな……貴女だ。貴女とその仲間が、同胞を殺戮した! 騎士団一個師団を突然虐殺し、国外に逃亡した……!」
カサンドラはそこでやっと、男の貌を見た。
覚えがあった──重用されている、次世代を担うと目された騎士団の若きエースだった。
「カサンドラ元皇女、貴女と貴女直属の憲兵部隊『ラオコーン』には殺害命令すら下されています。既に立場は取り上げられていますが、皇帝陛下の血筋なのは確か……各国への手配はまだしていません。今投降するならば、まだ母国で裁判を受けることができますが」
「ふふふっ。どうするの? そうしたら、貴方はご友人の仇を討てないわね。投降してしまおうかしら……あら、怖い顔。冗談よ」
彼女は優雅に微笑むと、ドレスに包まれた両手を広げる。
それは月の差さない暗闇で、闇と同化した黒い翼が広がるようだった。
「だけど闇討ちしなかったのは、良心が咎めたから? それとも……逆に殺されちゃうのが怖かったかしら?」
「……ッ!! もう喋るなァッ!
巻き起こる疾風。
三節詠唱でありながら、卓越した技量は実に七節詠唱にも等しい破壊力を生み出している。
並大抵の魔法使いであれば、全力の防護を張っても易々と貫かれてしまうだろう。
「あらあら、まあまあ」
魔法が起動されると同時。
彼女を取り囲む形で潜伏していた騎士たちが姿を現わす。
己に突き付けられた無数の切っ先を見て、カサンドラは悲しそうに眉尻を下げた。
「なんて不躾。礼儀というものを知らないのでしょうか」
「黙れ、裏切り者! 皇帝陛下の温情あって生き長らえていたというのに、反逆とはなんたる不敬か……! おぞましい悪逆の血筋はやはり根絶すべきだったのだ!」
その言葉を聞いて、カサンドラは唇を少しだけつり上げた。
「ええ、ええ……
卓越した使い手。
それも騎士と魔法使いを兼ねる超常の部隊に囲まれているというのに。
カサンドラは天に左手をかざして──それきり興味を失ったように、笑みを消した。
「
先手必勝。
騎士たちが同士討ちしないよう完璧な配置で突撃する。
迫り来る刀身がカサンドラの瞳に映し込まれた。
だがそれでも遅い。
「────
路地の壁面に鮮血が飛び散った。
頬を染める返り血を指に取り、カサンドラはそっと舌に乗せる。ただ興味が湧いたからだった。嗜虐的な笑みもなければ、他者を殺めることへの恐怖もない。
だからそれは、単なる作業。
虐殺が始まった。
マリアンヌは月の光を全身に浴びて歩く。
カサンドラは月の差さない路地裏を歩く。
マリアンヌは足下の草花を避けて、微笑みながら歩く。
カサンドラは血溜まりに靴を浸し、微笑みながら歩く。
夜空を見上げながら/一瞥もなしに首を刎ねながら、少女たちは想う。
多くの人々に慕われながら。
屍山血河を築き上げながら。
「────カサンドラさん、次はいつ会えるでしょうか」
「────マリアンヌ。次に会えるのは、何時の日かしら」
新たな友人を得た歓びを、二人の悪役令嬢は噛みしめていた。