思わぬビッグネームの登場を受けて、教室は完全に凍り付いていた。
それもそうだ。てか一番衝撃を受けてるのは間違いなくわたくし。
〇鷲アンチ ん? え? 何? お父様つった?
〇火星 は? 待って待ってこれマクラーレン・ピースラウンド?
配信のコメント欄すらもが恐慌状態に陥っている。
現状明かされてる情報がほとんどなく。
つい先日やっとの思いで知れたのは、地獄に何故か突撃してアモン先生をボコボコにしたという意味不明なものだけ。
だというのに平然と、保護者参観にやって来たのはこの男~!
「それでマリアンヌ。今日は何をするんだ。詠唱破棄は習得したか? 特級選抜試合を蹴ったというのは風の噂で聞いたが、それでいい。あんな子供の遊びに付き合ってる暇は、ピースラウンドの名を継ぐ者にはないからな」
マクラーレン・ピースラウンド。
我らが王国において、戦術魔法研究の最先端を往く名家の当主。
直近の研究発表こそ少ないが、戦時下と戦後すぐの戦術研究はほとんどの基礎をこの男が一人で構築。
現在一般的に用いられている属性ごとの厳密な再分類、詠唱数による位階分け、また詠唱する声のトーンや呼吸のリズムにおける最適化も理論的に実証した、生ける伝説。
……功績を挙げれば挙げるほどマジのバグだな。
〇TSに一家言 えっそこまでやってたっけ?
〇日本代表 やってないやってないやってない! 何だそのエジソンとテスラを足して二で割らなかったみたいな功績!? そんな奴いたはずがない!
え? そうなの?
ちょっと待ってくれよ。それじゃあ、お父様もまさか、上限取っ払われて影響受けてたの?
困惑も露わに、お父様に顔を向けて言葉を探していると。
「ピースラウンド!! 貴様、何度招集をかけても無視しおって……!」
横合いから紳士が怒鳴り込んできた。
煌びやかな金髪には見覚えがある。ロイの父親、ミリオンアーク家の当主だ。
「……誰だ?」
「ミリオンアークだよミリオンアーク! 同級生の!」
「いや、よく覚えていないな……文化祭でメイド服を着させられてナンパされ続けていた男なら知っているのだが……」
「~~~~~~~~~~~っっっ!!」
視界の隅でロイが面白い表情になって絶句してた。気持ちはわかる。
学生時代そんな面白いことしてたのかよ。
いや、というか、お父様って友達いたんだ。
「すまないな。研究であちこちを飛び回っていた。ようやく論文も仕上がって、つい先日、王国魔法研究所の学会に送り届けたところだ。一段落というやつだな」
ミリオンアーク氏にそう告げながら、お父様は教室最後尾ど真ん中に座るわたくしの元へゆっくり歩いてくる。
「あっ……」
その時、気づいた。気づいてしまった。
パッと見なら全身真っ黒に染まったお父様の服装だが。
ただ一点だけ、黒ではない箇所があった。
ネクタイをシャツに留めている、ネクタイピン。
「むっ、これか」
シルバーの本体に、ルビーをはめ込んだ超高級品だ。
わたくしとお父様に共通した瞳の色。
「お前が、私の書斎の机に置いていただろう。私物だったか?」
「い、いえまさか。その、本当につけて下さっているとは、思わず」
いかん。なんか照れが入ってしまう。
隣のユイさんが微笑ましいモノを見る目になっていた。やめろ!
「……ほう?」
お父様はわたくしのすぐ傍に立つと、ユイさん──それからすっと教室に視線を巡らせた。
ぞわりと鳥肌が立つ。視線を確認してもいないのに、確かに今お父様は……ユイさん、ロイ、リンディ、ユートと、わたくしの知り合いたちを一瞥したと分かったのだ。
「成程。選ばれし者の周囲には、必然、同様に選ばれし者たちが集まるということか。いつになってもこの法則は変わらんな」
「……あの、お父様?」
「いや、気にするな。私は学生時代、友人には比較的恵まれたからな。お前もそうなっているのなら、良い。学業に存分に励め」
ちょうどそのタイミングで教室のドアが開いた。
入ってきたのは最初の授業を担当する、火属性担当講師のアモン先生。
あっ。
「席に全員着いているな。今日は保護者参観だが、保護者たちの前だろうと我が輩は容赦しない。無様を晒したくなければ、普段通りに、自分の成果を発揮するように──ブフォ」
アモン先生は不健康そうな猫背とガラの悪い目つきで教室を睥睨し、わたくしの隣に佇むバッチバチにダークスーツでキメキメな男を見つけ噴き出した。
「驚いた。やつがここの講師をしているのか。アーサーのことだ、ある程度のセーフティは用意しているだろうが……まあいい。胡乱な存在たちよりは、やつのほうがよっぽど信頼できる。マリアンヌ、うまく使ってやれ」
「は、はあ……」
一方的にタコった相手を顎で指してやるなよ。
アモン先生、また胃が痛そうに呻いてるじゃねえか……
午前の授業を難なく終えると。
そのまま学園の昼休みは、保護者と一緒に取るという罰ゲームチックなものになった。
「そういえばお母様は?」
「知らん。北の方で姿を見た、とは噂を耳にしたが」
「北の方ですか……何か素材を集めに?」
「いや、氷漬けになっていた巨大マンモスが突如覚醒して暴れ出したのを、突如現れた魔法使いが討伐したらしい。断片的な情報だが、恐らく妻だろうと判断した」
「成程」
中庭の広場でサンドイッチをつまみながら、簡単に近況報告を交わす。
まあ実の母がどこにいるか、父子揃って噂を頼りに推測するんかいって感じだけど。
「……なんつーかよ。普通の親子だな?」
「まあね。顔合わせればそうなのよ」
「なるほど……」
少し離れたところでは、親の来ていないユイさん、リンディ、ユートが購買のパンをもしゃもしゃ食べながらこちらの様子を窺っていた。
なんだよ。観察するなよ。恥ずかしいだろ。精神はそうでもないが身体は思春期なんだぞ。
「マダムは元気か?」
「え? ……あ、ああ! カフェテラスの? 一年次で発見したのは学生時代のアーサー国王だけとお聞きしていましたが……」
「アーサーに紹介されてな。そういった、非人類にのみ許された高位魔法に関する資質ならば、私がアーサーに勝てる道理などない。やつが先に気づいて当然だ」
国王をやつ呼ばわりして良いのかな。わたくしも王様ゲームとかしようとしたから人のこと言えないけど。
お父様の場合はやっぱり、不敬とかじゃなくて、元々学生時代の友人で、共に戦場で活躍した戦友でもあるのが大きいんだろう。
サンドイッチを食べ終え、空っぽになったバスケットを片付ける。
「すまないな。昼食まで用意させて……来れるかどうか分からず、連絡していなかったが」
「い、いえ。勝手に作っていただけですので」
「そうか。良いリスクヘッジだ」
その深紅の瞳に、青空と雲を映し込んで、お父様は一つ息を吐く。
空気感が違うと思った。会話の内容に変わりはない。妙なところで親のような仕草がある、だけど基本的には親としての役目を放棄した、微妙な距離。だけど少しだけ、今までよりも、わたくしに興味を持っているような気がした。
今なら……少しは、踏み込めるだろうか。
「ここのところは、特段に忙しそうでしたが」
「ああ。そうだな」
「何のために地獄へ?」
「野暮用でな」
眉一つ動かさなかった。
「人探しだ。昔からの……元、親友を探していた」
「元?」
「いい、気にするな。私の問題だ」
踏み込むな、という合図。
いいや、合図として出してくれているわけではない。ただ純粋に『気にするな』と言っているのだ。そうだ。この人は本当に言葉通り。心の動きなんて見せない。本当に心が動いているのかも分からない。
「それでは本題に入るぞ、マリアンヌ」
つうと右手を空に走らせ、お父様が言う。
途端に、周囲に魔力を感じた。簡易な盗聴防止結界だ。
「……ッ?」
「『
「な──!?」
前置きもなしに。
お父様はわたくしの目を見つめて、そう言った。
「結論から言う。お前は決して、『
「……それ、は」
「勝てないからだ。『
……最後に開発された禁呪、か。
なるほど。わたくしの『流星』とは対になるということだ。
始祖たる流星と、終点たる禍浪。
おもしれえ。
「…………と言ったところで、お前が止まるはずもないか」
「ええ、当然ですわ」
お父様は嘆息すると、結界を解除しつつ立ち上がって周囲を見渡す。
「ならば力を示してもらおう。アリーナの位置は変わっていないな?」
「……ッ」
思えばそれは久しぶりだった。
ネクタイを緩め、彼は太陽を背負い、逆光の中に深紅眼を輝かせて告げる。
「私の見ない間に、どれほど強くなったか。『流星』をどれほど扱えるようになったか──試してやろう」
配信中です。 | 上位チャット▼ 〇苦行むり お父様ってこんな感じだっけ…… 〇みろっく え、原作だと出てこないの? 〇鷲アンチ なんていうか、発狂した姿しか出てこないんだよね 〇トンボハンター 隠しクエで闇落ちしたピースラウンド当主と妻を討伐するのがあるだけ 〇適切な蟻地獄 他の走者の時とも違うよな 〇red moon 他の時はここまで禁呪知らないよなこの人…… 〇みろっく へー、なんかレギュの影響受けてんのかな 〇外から来ました ははは、ちょっとそれは勘弁 〇日本代表 存在が確認できん 〇火星 は? 〇日本代表 本当にそこにいるんだよな?存在隠蔽されて、位置情報の照会が通らない 〇101日目のワニ お嬢の知覚を通してだけど、いるよ 〇無敵 ……つまり、お父様、これ上限取っ払われて、神域対抗権能に到達してるってこと? |
【父の試練】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA PART3【娘の呼応】 748,769 柱が視聴中 |
昼休みの時間は残り僅かだというのに。
アリーナにはほとんど満杯になるような観客が押し寄せていた。
「観客が随分と増えたな。問題ないか?」
「ええ、問題ありませんわ。まあ……ピースラウンド親子の模擬戦ですもの。見たいと思うのは仕方ないでしょう」
客席にはユイさん、リンディ、ユートの姿も見受けられる。
どこかにロイだっているだろう。
さてさて。
相手がお父様とはいえ、無様に負けるわけにはいかない。
というわけでここに来る途中、ちょっとお手洗いに立って、個室の中で十三節詠唱してツッパリフォームを発動させておきましたわ
〇red moon セコすぎんか?
〇宇宙の起源 魔 弾 戦 記 リ ュ ウ ケ ン ド ー
じゃかあしいですわッ!
笑えるぐらい格上なので、これはあくまで対策です!
ていうか、正直こんなんやっても全然不安でしてよ!
脳内言語直接出力モードで絶叫する。
そんなわたくしの向かいに佇み、お父様は普段とまったく変わらぬ、冷たい表情のまま尋ねた。
「マリアンヌ、用意はできたか」
〇鷲アンチ 草
〇太郎 悪行に悪行を重ねていく
五節詠唱装填完了。
これで累計、十八節分のアドバンテージを得たことになる。
相手はお父様だ。こんな小手先が通用するとも思わない。
だから、開始と同時にコレを放つのではなく、これに上乗せする形で生かしていく。
「よろしい。ならば始めるぞ」
お父様は足下の小石を蹴り上げてキャッチすると、それを指で弾いた。
コイン代わりというわけだ。軽い金属音。
くるくると小石が回転しながら宙を舞う。ざわめいていたアリーナからスッと音が消える。
極限の集中。開幕でイニシアチブを握る。というか、向こうの攻撃ターンとかに回った場合、まず勝てなくなる。
──初動で弾幕を張って、弾幕を追いかけるように加速。回避なり防御なりに気を逸らしたところに右ストレートを打ち込む。
──というのは恐らく読まれているか。ならば、飛び込んだと見せかけて急制動、カウンターに引き撃ちを合わせる。
──ダメだな。引き撃ちだと向こうにテンポを握られかねない。なら攻撃を打ち込む方向で駆け引きをするしかないか。
小石がゆっくりと落ちていく。
地面の接触まであと僅か。
──成果を見せろといった。単純な最大火力を見せればいいというわけではないのだ。確かな成長を見せる必要がある。
──今まで学んできたこと。
──積み重ね、築き上げてきたもの。
──それを吐き出せ。今ここで、全部!
世界がスローモーションになる。
観客が息を呑む音が明瞭に聞こえた。
小石が、地面に、落ち
「4番、『
「…………ッッッ!?!?」
動こうとしていた身体に慌てて停止命令を送る。
地面という地面に、剣が突き立てられ、敷き詰められていた。
これは──知って、いる!
「チィィッ!」
装填済みの詠唱はそのままに、ツッパリフォームの出力のうち3%を足場演算用に割く。
両足で『流星』の足場を蹴り上げて上空へと逃れた。
数瞬後、わたくしのいた地点に剣が殺到。上に逃れていなければハリネズミだった。
あれは魔力によって構成され、実体を持った剣だ。
「え……? い、今、マリアンヌさんのお父様……」
「詠唱してねえ……! いや、詠唱聞こえなかっただけか!? しかし開始とほぼ同時だ、単節詠唱でもねえ!」
客席でユイさんとユートが狼狽している。
そうか。二人はお父様の戦いを見るのは初めてか。
地面から次々と剣が射出される。多方向からでなければ、対処は容易い。順に拳で砕き、蹴り砕き、腕を振り回して砕く。
「詠唱破棄よ」
「──は?」
リンディが、上空で防戦一方となっているわたくしを見ながら二人に説明していた。
「
『……ッ!?』
〇つっきー 出たわね
〇ミート便器 マジで初見殺しなんだよな
足場を作っては飛び跳ね、狙いを絞らせない。
数秒でも留まれば、複数方向から剣が飛んでくる。
というかわたくしが剣を次々に破壊してる間、お父様は腕を組んで眺めているだけだ。完全にナメられている。
「ほう。三次元戦闘ができるようにはなっていたか」
「できなければ、最初で終わりだったでしょうに……!」
「ああ、安心したよ」
今の問答で理解した。
順番にお父様が仕掛ける、それだけのスピードに、もうついていけない。開幕始動のスピードが違いすぎた。あんなに全速力で来るとは思わなかった。
この人、ハナからわたくしにイニシアチブを握らせるつもりがねえ!
最後の剣を真正面から右ストレートで粉砕した、直後。
「だがまだだ。まだいけるだろうマリアンヌ──」
それは口ずさむように。
それは風にフレーズが載るほど軽やかに。
「
奏でられたのは詠唱短縮の極地。
身体が全力で回避機動を取る。そこに論理なんてない、完全なる防衛本能の作動。
子供でもちょっと考えれば分かる──
「12番、『
マクラーレン・ピースラウンドの代名詞。
それは最大八節までの詠唱破棄による、たった数節の詠唱による超高威力魔法の発動──!
「チィィ────!」
流星の足場を蹴り砕きながら、両足で横っ飛びに転がる。過負荷に魔法陣の砕ける甲高い音と同時、生み出された破片が空間にまき散らされ鮮やかに輝く。その光景に見とれている暇はない。
直後、わたくしが数瞬前までいた空間を、どす黒いレーザービームが抉り取った。
一切の物体が消失し、空間ごと刮いでいると言われても信じられるような破壊力。
「出た! 本人が火属性と雷撃属性の混合魔法と言い張っている謎の魔法だ!」
「ピースラウンド家の訳のわからんオリジナル魔法だーッ!」
観客がワッと沸き立った。
これは御前試合でもよく使ってた、お父様の代名詞に近い魔法だったか。
殺し合いでもないのに使うなよ!
「やはり甘いな。私ごときに数秒もかけるな。お前は世界の頂点に立つのだろう?」
「むちゃくちゃを……!」
つーか改めて、偉そうにモノ言われると、父親相手でもやっぱムカつくなあ!
何を今更、教え導く立場のような顔をして!
ネグレクトしてた生き恥太郎の分際で……ッ!
〇適切な蟻地獄 じゃあお前は生き恥花子じゃん
〇無敵 生き恥市の書類記入例みたいだな
勝手に人の名前を最悪な見本にするな。
「
次なる詠唱がスタートし、ほとんど間を置かずに終わる。当然八節分の詠唱破棄は前提だろう。
クソが! 詠唱破棄されると魔法の読み合いが成立しねえんだよ! まあ読めても防御間に合う威力じゃねえんだけどな!
「7番、『
……ッ! ここだぁぁぁぁあああああっ!!
足場を展開し蹴り上げ、真正面から飛びかかる。
「
装填済みだった五節分に起動コマンドを送った。
わたくしの周囲に、流星を模した魔力砲撃が展開される。
「ほう──」
「砕け散りなさい──!」
お父様の左手から放たれた蒼い槍を、四門の魔力砲撃で迎え撃つ姿勢。
重い音を立てて正面に着地し、砂煙が巻き上がる。
ぴくと眉を動かしてから、お父様は──即座に左手を、自分の真左へと突き出した。
「射出」
槍の穂先には、砂煙を煙幕に、即座にポジショニングを移した、完全に虚を突いたはずのわたくしがいる。
どうやって察知してんだよマジで。
互いの攻撃が同時だった。だが速度の差は歴然だった。向こうが早すぎる。
放たれた焔の槍と魔力砲撃が、わたくしの眼前で激突し────
────なかった。
「な……!?」
思わずユートが身を乗り出して絶句する。
わたくしが展開していた砲撃は四門。それらは互いに間を置いている。密だよ密。social distanceなんだよね。
だから射出された槍は真っ直ぐ、砲撃と砲撃の隙間を縫うようにして、わたくしの腹部めがけて直進し。
「両手限定上限瞬息解放! 30%悪役令嬢ガァァア────ドッッッ!!」
原理は、ユートと模擬戦をしているユイさんから学び取れていた。
場所の集中と秒数の限定を重ねることで、負担なく最大出力を出すテクニック。
突進してきた槍を両手で掴み取り、身体を捻って射出の勢いのまま一回転。
「未開封でお返ししますわ!」
そのまま思いっきり、お父様に向かって投げつけた。
魔力砲撃とほとんど同時に、焔の槍が着弾する。
爆炎が巻き起こり、観客が思わず顔を庇う。
「ぜぇっ、はぁっ」
肩で息をしながら、頬を伝う汗を手で拭った。
何か一手間違えたら即死していた。マジで死んでた。いつものことだがお父様は、わたくしが対応できるギリギリ上限を見極めて、その限界一歩先ぐらいをぶつけてくる。本当にやめてくれ。これやってたらいつか死ぬと思うんよ。
〇火星 親子でやることじゃないな
〇苦行むり ちょっと家庭環境と死が隣り合わせすぎませんかね?
いや流石に、確殺とかはないんだよね。死んだらわたくしが悪いって感じの場面が無数にあるだけ。
でもキツいもんはキツいから、マジで頼むからこれで終わってくれ~~~~~~。
「……2番、『
ダメでした。
マリアンヌのカウンターが巻き起こした、絶大な破壊の嵐。
だがそれらは、吹き払われるわけでも、自然とかき消えるのでもなく。
吸引されるようにして、破壊の中心点へと収束していった。
「……やはり無傷ですか。当然でしょうけれど」
そこには傷一つないスーツを着たまま、マクラーレンが佇んでいた。右手の先には、空間がぱっくりと裂けたような、黒紫色の断絶があった。
深紅の瞳に我が娘を映し込み、彼はふうと息を吐く。
「いや、私としては想定外だ。2番を切ることになるとは思わなかった……」
「わたくし、2番は初めて見ましたわね。それは?」
「異なる次元へアクセスする魔法だ。攻撃をこれに吸収させると大抵なんとかなる」
「インチキじゃありませんか……」
マリアンヌも流石に絶句した。
だが、驚愕はそこから続く。
「そして2番は──防御でなく、主に
マクラーレンが、ゆっくりと、次元の狭間から剣を引き抜いた。
「……ッ!?」
視界に入れただけで全身が総毛立った。
厚く、硬く、鋭い刃。
漆黒の刀身と飾り気のない柄。
「嘘でしょ!? あれって、ピースラウンド家当主の、もう一つの代名詞……だけど、大戦時以来、公の場で出したことがないっていう決戦用戦術魔導器……!?」
リンディが驚愕の声を上げる。
だがそんなこと、知っている。
マリアンヌの方がずっと、ずっと知っている。
「それを抜きましたね」
「ああ、抜いたぞ」
「ならば、お父様は、わたくしを」
「そうだ。これを使わねば勝てない相手と判断した」
「────!」
言葉を聞いて。
マリアンヌは知らずのうちに、内底から湧き上がる歓喜に震えた。
戦端が開かれたが最後、敵をすべて切り伏せるまでその剣戟が止まることはない。
余りに多くの敵を屠り、血を吸い続けた刃。
その銘も──魔剣ヴェルギリウス。
「ええ、ええ! いいでしょう! 誰が相手であっても! 全力のお父様相手だとしてもッッ!」
マリアンヌはツッパリフォームの上限を解放。
全身に20%の加護を纏い、流星の輝きが散る。
犬歯で指先を切ると、そこから溢れ出した血流を右腕に巻き付け、マリアンヌは真っ直ぐ飛び込んだ。
それを見据えて、マクラーレンは静かに剣を地面と水平に構えて。
「滅相せよ、破魔の鋼──
刀身から爆発的に吹き荒れる魔力。
常人ならば、近づいただけで魂魄を砕かれそうになるような禍々しさ。
だがマリアンヌは口元をつり上げて、その剣へと右の拳を振りかぶって。
「必殺・悪役令嬢ロケットドリ────」
「無刀流──徹・羅」
全身全霊の右ストレートが、空を切った。
正面に見据えていたマクラーレンの姿がかき消え、視界を地面が埋め尽くした。
「あぶぶぶぶぶうぶぶぉぉっ!?」
勢いのまま顔面スライディング。
砂煙を上げて、マリアンヌはマクラーレンの足下を通り過ぎて、十数メートル後方まで滑っていく。
「ぶはぁっ!? な、何するんですの!?」
ジタバタ暴れてやっと静止したマリアンヌは、顔を上げて絶叫した。
そこには、マリアンヌの第一歩の加速で、合気の原理で彼女をスッ転ばした少女、ユイが申し訳なさそうに立っている。
「ご、ごめんなさいっ。だけど……その……」
「いや合ってるよ、正しい選択だったと思う」
そこでやっと観客は気づいた。
ユイがマリアンヌの前方に割り込んだだけではなく。
マクラーレンが手に持つ魔剣ヴェルギリウスを、根元から刀身を噛み合わせて留めている、全身から雷撃を放出する貴公子の姿があった。
「やめてください……これ以上は一方が死んでもおかしくありません」
「ロイ君か。久しぶりだね」
「ここは、学び舎です……殺し合いなんて、あっていい場所じゃない! ましてや親子でだなんて!」
「フッ……ミリオンアークめ。随分と真っ直ぐな息子を育て上げたな」
「僕の目を見て答えて下さい、ピースラウンドさん! あなたは今確かに、マリアンヌが死んでもいいという気概で剣を振るおうとした!」
同じ剣士として分かった。
だから瞬間的に、客席から飛び出した。
雷撃による加速だけでなく、マクラーレンに対して第四剣理による行動阻害を当てて、ギリギリのタイミングで間に合った。
ユイとロイ、片方でも欠ければ、間違いなく誰かが死んでいただろう。
「気にしなくていい。これはそういう試練だ」
「何を────う、ぐっ……!?」
「ロイ!?」
呻き声を上げて彼がその場に倒れ込み、思わずマリアンヌはそちらに駆け寄った。
すぐにマクラーレンもしゃがみこみ、荒い呼吸に上下するロイの身体を注視する。
「ほう。随分と……特殊な魔力循環の乱れ方だ。なるほど。君もまた、手が届きつつあるということか」
「……ッ?」
「安静にしていれば、すぐに痛みは引く」
それきり言って、マクラーレンは魔剣をあっさりと次元の狭間に放り込むと、立ち上がった。
「マリアンヌ」
「…………」
「分かっていると思うが、最後にロイ君に意識を向けたのは減点だ。あの刹那に私はお前の首を切り飛ばせた」
「……はい、分かっています」
「だが……良い。及第点だ。お前の好きにしなさい」
慌てて駆けつけたリンディ、ユートも、言葉を失うしかない。
昼食を共にしている間は、普通の親子のようだったのに。
突然、殺し合って。
今はもう、視線すら交わすことなく。
マリアンヌはロイを起き上がらせると、保健室へ運ぼうと歩き出し。
反対側ではマクラーレンが一人、アリーナの出口へと向かっている。
少し悩んで、友人たちはロイを運ぶマリアンヌに付き添うことを選んだ。
だから。
ほんの刹那、マクラーレンがこちらを振り向いて、微かに微笑んでいたことなど。
誰も気づかない。
「あの場面で飛び込んでくれる友を、ついに得たな」
誰にも届かない。
「……私がいなくても」
余りに歪で余りに不確かであるがため。
「
逆説的に、それは愛以外の呼び名を喪失していた。
『ゲーミングお嬢様』、ジャンプ+での正式連載開始おめでとうございますですわ!
豪華な作画もつき、元作品とはまた違った味わいが非常にグッドでしてよ!
皆さんもゲーミングお嬢様を読んで、一緒にDownloaded(完全に理解した)ですわ~!