TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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前作では海にたどり着くのに80話かかったのですが、今作では50話足らずでたどり着けました


PART5 道中交歓ティーブレイク

 王立魔法学校初学生が、臨海学校を迎える前夜。

 この国を背負って邁進し続ける国王アーサーは、王としての仕事を終えると自分の寝室に向かっていた。

 

(ふう……並行して探してはおるが、やつは見つからなんだ)

 

 密かに憲兵団を動かし捜索している、かつての戦友。

 現ピースラウンド家当主(マクラーレン・ピースラウンド)現ミリオンアーク家当主(ダン・ミリオンアーク)と共に、第一王子アーサー直轄の部隊で名を馳せた英傑の一人。

 今はもう滅びた、ハインツァラトス王国とは逆側の隣国との戦争に幕を引いた英雄的存在でありながら、戦争終結後まもなくに行方をくらましてしまった、戦友にして学友。

 

(どこにいる……)

 

 友に思いを馳せ、自分の手で探し回れない歯がゆさに臍をかみながら。

 アーサーは寝室の扉を開く。

 

「────!?」

 

 部屋には先客がいた。

 闇夜に溶けるような黒髪をオールバックにまとめ、憂いを帯びた深紅眼で窓の外を眺める男。

 漆黒のスーツに漆黒のシャツ、漆黒のネクタイ。

 ルビーの嵌まったシルバーのネクタイピンをワンポイントの色として差し、年齢にそぐわぬ色香すら漂わせる美丈夫。

 

「マクラーレン……!?」

「アーサー。挨拶に来た」

 

 窓際の椅子に腰掛け、マクラーレンはテーブルに置かれていた酒瓶の中身をグラスになみなみと注いでいた。

 

「おいそれ、そなたのじゃないんだが?」

「気にするな」

 

 いつも通りのマイペースさに嘆息し、アーサーはそっと扉を閉じた。

 

「久しいの。保護者参観に来ていたとは聞いたぞい。そして娘と殺し合ったとも」

「あれぐらいじゃマリアンヌは死なないさ。私との戦いで、一つ壁を越えると思っていたが……それ以上の成果を得られた。彼女はもう一人じゃない」

「フン。一人にさせないのは、まずそなたの仕事では?」

「おっと、手厳しいな。だが私が傍にいたところで……な」

 

 娘の前では、というより他者の前ではほとんど感情の動きを見せない彼は。

 国王の前で陰鬱な息を漏らし、背もたれにぐったりと身体を預けていた。

 力のない腕でグラスを持ち上げ、中身を口に流し込む。カッと頭の奥が熱くなり、思考がうすぼんやりとする感覚が、マクラーレンは好きだった。

 

「私に親が務まるはずがないと、お前が一番知っているだろう」

「そうじゃのう。レイア……奥方も揃って、人格は壊滅しておるからの。だが、そこからあんな暴れ馬に育ったのは青天の霹靂じゃろう」

「さっきから随分と手厳しいな。痛い目に遭わされたかい?」

「無論。ひどい目にあったわい」

 

 カラカラと笑って、アーサーはマクラーレンの向かいの席に腰掛けた。

 自分のグラスにも酒を注いで一杯呷る。

 それから一転して鋭い眼光を宿し、戦友の赤い瞳を睨めつけた。

 

「娘のことは知っておるのか」

「『流星(メテオ)』のことか? それともルシファーの因子を打ち込まれていることか?」

「な……ッ!?」

「おや。後者は初耳だったか」

 

 地獄を統べる大悪魔ルシファーの因子。

 即ち、マリアンヌの感情が極限まで負に振れたなら、その場でルシファーが顕現する危険性を孕むということになる。

 

「だがそこは問題ない。マリアンヌを選んだのは如何なる運命かと思ったが……間違いなく人類にとってのプラスだ」

「……そなたが言うなら信用するが。こちらでも対策は別個で打たせてもらうぞ」

「好きにしてくれ」

 

 その長い足を組み換えて、マクラーレンは明確に微笑んだ。

 

「保護者参観だが、行けて良かった。ダンのやつは、いつも通りだったよ」

「ふっ……あやつ、人前では名で呼ばれたがらんからの」

 

 現ミリオンアーク家当主──ダン・ミリオンアークは、良い意味でまっとうな兵士だった。

 基礎を疎かにせず、常に高め、磨き上げ、それだけでアーサーたちと肩を並べるに至った。

 自在に戦場を蹂躙するアーサーたちとは異なり、手堅く戦況を有利に運んでいた。

 そして、隣国との戦争末期を負傷兵として過ごし、アーサーたちの運命が致命的に狂ってしまった場面に居合わせなかった。

 

「慌てぶりは傑作だった。アーサーにも見せたかったな、メイド服を着せた話を掘り起こしたら、面白いぐらい狼狽していてね」

「そなたも意地が悪いのう。あれ、着させようと言い出したのはそなたじゃろうに」

「おいおい。言い出したのはそっちさ。私は乗っかっただけだ」

「戯け。同罪じゃ同罪」

「あと思い出したんだけど。ダンが猫を飼い始めたときに、みんなで名前を付けただろう」

「んふふっ」

「童話から引っ張って……オチンポス十二神。略してチンポジ」

「んふ、ふふふっ……やめい、やめい。下ネタで笑う国王にはなりたくないんじゃが」

「ダンは嫌がって、ポジって呼んでたね」

「それはそれで、とわしらで爆笑したのう」

 

 ぐいと酒を飲もうとしてから、アーサーは自分のグラスが空になっていることに気づいた。

 対面のマクラーレンはからかうような表情でもう酒瓶を手にしている。 

 

「フッ……老いたな。一国を背負えば、そうもなるか」

「いやあ、面目ない」

「ああ、そうじゃない。口調のことだ」

「今更そこ気にするか?」

「学友がジジイ言葉になってたら誰だって気になるだろう」

「ダンのやつは気にしていない様子だったが……」

「あいつはああ見えて、ぼくたち……私たちの中でも、適応力に最も長けていたからね」

 

 そこでマクラーレンは、会話の流れを切るようにして顔を横に向けた。

 窓の外には、夜空の下で眠りについている王都の光景が広がっている。

 

「あいつはあのままでいい。あのままでいてほしい。これはエゴかな」

「いいや。わしもそう思っておる」

「そして……この国も、今のままでいいと思う。私は好きだよ。同じ空の下、誰もが安らかに過ごせるのが一番だからね」

「そう、じゃのう」

「お前は上手くやってるよ、アーサー」

「…………」

 

 気づけばマクラーレンのグラスは空になっていた。

 上気した頬で、アーサーは酒瓶に手を伸ばす。友人との久しい語り合いは疲労を忘れさせていた。いつまでも語り合えると思った。昔は本当に、いつまでも語り合えていた。

 だがマクラーレンは首を横に振った。何かが切り替わる音が聞こえた。元に戻せない、致命的なスイッチを押した音のようだった。

 

「本題に入るぞ、国王アーサー」

「…………」

 

 酒瓶に伸ばされた手が空で止まった。

 行き場をなくしたそれは逡巡するように指を動かしてから、力なくテーブルに置かれた。

 真向かいの深紅眼に酒気を帯びた様子はなかった。昔からザルだったが、今はそれとは違う何かを感じた。

 

「明日。いや日付は変わっているか。今日からマリアンヌは臨海学校に行くだろう」

「うむ……何か起きると?」

「肯定だ。そして伝えたいのは逆だ。お前は何もしなくていい。私がなんとかする。負けて殺されなければ、だが」

「何をするつもりじゃ」

「大仕事だ。私たちの世代のツケを、清算する」

 

 マクラーレンは椅子から立ち上がった。

 

「待て。何処へ行く」

「ゼール皇国の皇女の話は聞いたか?」

「……部隊と共に仲間を虐殺した後、失踪したと」

「この国に来ている」

「……ッ!」

「禁呪保有者だ。マリアンヌと接触するだろう。いや接触するつもりはなくとも、目に見えない引力に引き寄せられて、必ず出会う。禁呪保有者とはそういうものだからな」

 

 その言葉が真実であることを、アーサーは身に染みて知っていた。

 

「まあ、うまくいくかはマリアンヌ次第か。私が志半ばで果てても、彼女なら上手くやる」

「……マクラーレン。ツケというのはあいつのことだろう。あいつのことはわしが」

「駄目だ」

 

 重い声だった。部屋の重力が何十倍にも増したかのようだった。

 

 

「あいつは……あいつだけは、ぼくが止める。あの時やり損なったのは大きな過ちだった。だから今度こそ必ず、この手で止めなきゃならないんだ」

 

 

 マクラーレン、ともう一度だけ、友の名を呼んだ。

 だが彼は振り返ることなく、部屋の扉に向かって歩き、それから足下を起点に時空の狭間を開いて、その中に消えていった。

 アーサーは彼の背中があった空間をしばし見つめ、それからゆっくりと、向かいの席を見た。

 空っぽになったグラスは、月明かりを映し込んだ水滴が一筋垂れるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 馬車で臨海学校に行くと聞いたときは正直学校がイカれてると思った。

 三桁いるんだぞ生徒はよお! と思いきや、馬車一台あたりに空間を拡大する魔法がかかっており、一クラス余裕で入るようになっていた。

 つまりはこれ送迎バスじゃねえか。

 

「ちょっとロイ、これ6止めてるのアナタでしょう」

「止めてないよ」

「いや絶対アナタですわ。こんな性格の悪いことをするのはアナタぐらいです」

「止めてないよ」

 

 一クラス丸ごとを詰め込んだ馬車の中。

 大した揺れもなく肘掛け付きのふわふわな椅子に座れるという快適な空間で、わたくしたちはテーブルを開いてのトランプゲームに興じていた。

 

 

鷲アンチ よ、弱すぎる……

適切な蟻地獄 この雑魚さで負けず嫌いは無理だろ、ちゃんと心折れとけ

 

 

 はあああああああああああああああ!?

 あったま来た! ぜってー勝つ! 勝つ……ためには……ハートの6がないとどうにもならねえんだよなあお前よおなあ! 手札の中でハートがほとんど揃っちまってるんだわ! でも6も8もないんだわ! 悪夢かよ!

 

「いいからとっととハートの6を出しなさい!」

「僕がやってるっていう証拠がどこにあるんだい」

「犯人は皆そう言うんですわ! 君は小説家になれるだの、アリバイは完璧だの、明けない夜はないだの……!」

「随分かっこいい犯人が混ざってましたね!?」

 

 隣のユイさんが驚愕の声を上げる。

 彼女もまたちゃっかり手札を残り一枚にしており、許すことのできない相手だ。

 わたくしの手札、片手で持ちきれないんですけど。

 

「いいから次ミリオンアークよ」

「ああ、ごめんよ」

 

 リンディに催促され、ロイが視線をわたくしからテーブルに戻す。

 わたくしの対面に座る彼は、盤面を眺めようと前にかがみ、その時に手札がぱたと一枚落ちた。ハートの6だった。

 

「あっ」

「ほうらご覧なさい! このタヌキ! オスギツネ! やられ役として出る方のサル!」

「動物縛りでなじって意味あるのかよ……?」

 

 斜め前に座るユートが訝しげに問う。

 意味なんてあるわけねーだろ。煽りにおいて意味なんて不要、大事なのは一にも二にも相手をイラつかせる破壊力だ。

 

「はははっ、こういったゲームが学生の間では流行っているのですね。どうです隊長、ルールを覚えて、我が隊から騎士団に広めてみますか?」

「親交を深めるためには有意義だろうが、どうだろうな……」

 

 学生の年齢ではない、声変わりを終えきった大人の声が聞こえた。

 ちらと見れば、ユートと同じ馬車に乗っている騎士団の方々と、彼らを率いるジークフリートさんが、入り口を固める形で座っている。

 クラスの生徒たちからは騎士にちょいちょい視線が向けられていた。とはいっても、敵対的なものは一切ない。顔がいいからな、こいつら。夏で浮かれてやがるんだ。まったく学生の本分を思い出せよ。

 

「おい、次はマリアンヌだぜ」

「ああはい、失礼……ってまーーーた出せるものがありませんわ!! きいいいいいいいいいい!! ぱ……ぱ……メテオ!!」

「なんて??」

 

 地団駄を踏みながら、余りにもパスが言いたくなくて適当なことを叫んでしまった。

 錯乱するわたくしを見かねたのか、ジークフリートさんがそっと近づいてきてロイに声をかける。

 

「ミリオンアーク君。その、マリアンヌ嬢はこういったゲームが苦手なのでは?」

「ああ、死ぬほど苦手ですよ。でもトランプをやりたいと言い出したのも彼女ですし」

「は、傍迷惑だな……ボードゲーム類全てが苦手なのか?」

「チェスは比較的マシです。よくやりましたよ、500はくだらないでしょうね」

 

 リンディが小声で『またマウント取ってる……』とか言ってた。

 わたくしもそう思う。隙あらばマウント、基本だね。

 

「ほう、戦績は?」

「500回ほど盤面をひっくり返されました」

 

 ロイの言葉に、ジークフリートさんは呆れかえったような顔をした。

 

「文字通りのちゃぶ台返しか。乱暴過ぎないか?」

「いえ。僕とマリアンヌの位置が入れ替わる形で、くるっとひっくり返されました」

「勝ちに貪欲すぎないか……!?」

「まあ毎回僕がそこから勝ちましたけど」

「勝ち目が貧弱すぎないか……!?」

 

 うるっせぇ────────────ですわ!!

 手札をいくら睨んでも現実は変わらないので、嘆息しつつ騎士団の方々に目を向ける。

 水着持ってきてるんだろうか。とはいっても現状は屋内専用の軽装備だしな。

 あと、なんていうか。

 

「……本日は騎士団の方々、普段より大人しいというか。なんだか静かですわね?」

 

 わたくしの指摘に、ジークフリートさんは苦い顔で頷いた。

 

「騎士団に風紀が乱れてるんじゃないかと問い合わせが来ていてな」

 

 へえ。面白そうな話題だな。

 思わず茶会の際に顔を覚えていたジークフリートさんの部下に声をかける。

 

「あらあら。ヤンチャな騎士さんがいらっしゃったものですわね。学生相手に誰かが()()()()を?」

「ははっ。馬鹿言わないで下さいよピースラウンドさん。学生相手に邪な気持ちを抱いてちゃ、騎士は務まりません」

「勿論そうでしょうとも。冗談ですわ」

 

 あはは、おほほ、とわたくしはその騎士の方と笑い合った。

 まあ鎧に欲情してても騎士は務まるらしいから怪しいけどな。

 

「…………!!」

 

 だがその刹那、突然馬車の天井を仰いだジークフリートさんが、勢いよく自分の籠手に自分の額を激突させた。

 

「じっ、ジークフリート殿?」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 ロイとユートが心配そうな声を駆ける。

 紅髪の騎士は額からダラダラ血を流しながら、なんでもないと呟いて首を横に振った。

 

「ああ、まったく。邪な気持ちなんて抱いていない……そうだとも……」

「は、はあ。えーと……それで、問い合わせとは?」

 

 なんか使い物にならなさそうなので、顔見知りの騎士に問う。

 メガネをかけた彼は、確かジークフリートさんの右腕である副中隊長のはず。

 彼は少し気まずそうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「いえ。今までとやっていることは変わらないのですが……これは言い訳ですね。非番の際、夜の町に遊びに行った帰り道に、酔った様子で騎士が歩いていると。そしてそれはまあ、今の我々の本拠地は魔法学校の迎賓館ですから。要するには通学路なんですよ」

 

 ああ、なるほど。

 騎士は秩序の象徴だからな。オフとはいえ、そういう姿を見るのは嫌な人がいるんだろう。それもよりにもよって学生が普段使う通学路でだ。

 別に人間だから好きにしろよとは思うが。

 

 

日本代表 警官がコンビニ寄ってて怒られるみたいなもんか

101日目のワニ うーん、自警団!w

 

 

「ジークフリート隊長が選抜した我が隊は、騎士団の中でも個性的な面々が集まっていて。中でも夜遊びに長けた面々が多いんですよ」

「ああ。オレとは違ってな」

 

 黙っていたジークフリートさんが、血を拭き取ってすっきりした様子で復帰した。

 ふーん。

 

 

 夜遊びに自信ニキということですか。気に入りませんわね……!

 

 

外から来ました 童貞特有の僻みじゃん

 

 

 お前チョキで殴るぞ。

 だが夜遊びに長けている男と聞いて、クラスの女子たちから向けられる視線がしらーっとしたものに変わった。

 ユイさんとリンディもそっとわたくしにすり寄っている。

 

「まったく……その自信が傲慢さに変わっているというのなら、注意されてもおかしくはありませんわよ」

「いや、面目ない。オレがしっかり指導しなければならないのだが、そういう点では疎いのでな」

「仕方ありません。わたくしが一肌脱ぎましょう」

「着てくれ」

「そんな断り方あります?」

「絶対ロクでもないことをするだろう。そういう顔だったぞ」

 

 半眼になっているジークフリートさんからの視線を受け流し。

 ごほんごほんと咳払いしてから、喉の調子を確かめて。

 長い足を優雅に組み換えて肘掛けに頬杖をつくと。

 

 

ひゃぁんっ♥あぁんだめですわ♥あんっ♥もっとゆっくり……あっ♥あっ♥っあぁっ♥

『…………ッ!?』

 

 

 わたくしはまったくの真顔で嬌声を上げた。

 

 

苦行むり 何? 何? 何? 何?

トンボハンター ちょっまっ

無敵 録音できたやついるか!? いるわけねーな!

外から来ました ノーモーション大いなる破局やめろ

 

 

 馬車にいた全員が言葉を失っている。喧噪に隠れていたガタンゴトンという路面を車輪が駆ける音がむなしく響いていた。

 

「おわかりですか?」

「……いや、すまない。今、正直、完全に頭が真っ白になっている」

「それはそれで衝撃を受けすぎでしょう。ちょっとショックですが」

 

 ジークフリートさんは何度か目をしばたたかせて、深く深く息を吐く。

 見渡すとユイさんとリンディも顔を真っ赤にして、口をパクパクと開閉し、それから顔を伏せもじもじと両足をすり合せるばかりになっていた。

 ユートに至っては首より上全体から湯気を上げている。完全にオーバーヒートしてるじゃねえか。

 

「即ち、女性は快楽を一切感じずとも喘ぎ声を出すことが可能だということですわ」

「……それが一体、何の意味を」

「ご覧なさい」

「……?」

 

 わたくしが指し示した先。

 騎士団の騎士の大半が、腕を組み、眉根を寄せ、苦悶の声を上げながら必死に考え込んでいた。

 

「皆さん、『あの時のあれはまさか……』と考えているのですわ」

「君たちはなあ……!」

 

 ジークフリートさんは呆れた声を上げて、それから頭を振った。

 

「いや、思い直す機会にはなるかもしれないが……その。年頃の少女が、そういった声を上げるんじゃない」

「あら? 学生相手に邪な気持ちを抱いていては、騎士は務まらないのでは?」

「…………」

 

 長身の、わたくしが知る中でも最高の騎士は、一切の表情を消した。

 それからスッと頭を下げ、わたくしの耳元で囁く。

 

「オレは騎士である前に男だが?」

「~~~~~~~~~~~ッッ」

 

 ASMRか?

 ちょっと流石に下腹部がゾクゾクした。

 

 

苦行むり お嬢、思えば元男だけどすっかり女性だよな

TSに一家言 男性メンタルの残骸をうまいことリサイクルした女性って感じ、これはこれで"アリ"

無敵 え……妊娠した……

日本代表 起きろ

 

 

 身体的には女の状況でずっと生きてんだから、精神だって引っ張られるに決まってんだろ……!

 ていうか今のセリフはちょっと凄い。凄いわ。びっくりした。耳が孕むかと思った。

 こんな肉食系のこと言えるなんて、まさかこの人わたくしのことを──

 

「そも、騎士は人間がなるものだ……人間とは雌雄を持つ。時間軸の問題で、男や女、あるいはどちらでもない性自認を得ることの方が先になるのは当然だ。だから必然、人間は役職とは異なった領域で性的欲望を持つ。先ほどウチの副隊長はああ言ったが、だからといって成人男性をからかうのは感心しないな」

 

 あ違ぇこれ口説かれてるんじゃなくて説教されてるわ。

 

「見たまえ。タガハラ嬢とハートセチュア嬢も引いているぞ」

「あ、ああいやそうじゃないんだけど……ユイ、なんとか言いなさいよユイ」

「マリアンヌさん、今のもう一回……」

「ユイ!?」

「彼女たちは駄目だな」

 

 ジークフリートさんは沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

「別の同性の友人を思い浮かべてくれ。その子が同じような声を上げていたらどう思う?」

「むむむ……」

 

 とはいってもわたくし、友達少ないんだよな。

 えーと。

 

 

『あら、マリアンヌ。(わたくし)のえっちな声が聞きたいの? ふふふ……イケない子ね』

 

 

「ぶっ……!?」

「うわあいきなり鼻血を噴き出すな! どんな想像をしたんだ君!」

 

 鼻から滝のように鮮血が溢れ出し、大慌てでジークフリートさんが血を拭いてくれた。

 

「な、なるほどこれは心臓に悪いですわね……!」

「いやそういう方向性のつもりは……まあいい。よしとしよう」

 

 なんだかんだで丸く収まったその時だった。

 空間は拡張されているものの、窓から見える景色は通常通り。

 山道を駆けていた風景が一気に開ける瞬間を、偶然にも目撃した。

 

「まあ──海ですわ!」

 

 歓喜の声を上げて、オーシャンビューを眺める。

 窓は狭苦しいものの、広大な大海原が馬車の外には広がっていた。

 

「海ですわよロイ!」

「…………」

「ちょっと聞いてますのロイ! 海が見えましてよ!」

 

 窓の外を見ながら向かいの貴公子の肩を揺さぶるも反応はない。

 あれ? と思って顔を向けると。

 隣のロイは、鼻の穴から滝のような鼻血を流しながら、安らかな表情を浮かべていた。

 なんかこう、もう全体的にモノクロになってる顔だった。

 

 

 海にたどり着いたと思ったら、婚約者が遺影になっていましたわ。イェーイ。

 

 

日本代表 は?

red moon 喋んな殺すぞ

つっきー 一生喘いでろ

宇宙の起源 同じ口からエロボイスと親父ギャグ飛ばすな

 

 

 はい、すみませんでした……

 

 

無敵 誰かさっきのジークフリートさんの声録音成功してませんか? 言い値で買います

トンボハンター いや流石にあれ録音は無理じゃ……

無敵 すみません

無敵 お願いします

第三の性別 うわぁ

無敵 この通りです

無敵 誰かいませんか

無敵 頼みます、この通りです。靴舐めます

 

 

 流石に見てられねえ……

 悲しくなって、ロイに回復魔法をかけながら配信画面を閉じた。

 どっかのタイミングで、わたくしからお願いして、録音できるタイミングで言ってもらおうかなと思った。

 

 わたくしももう一回言われたいしな!

 

 

 

 




海、たどり着けませんでした……



ゆぬ(水霞)様より、白競泳水着を着たマリアンヌのイラストをいただきました!
https://www.pixiv.net/artworks/83085854
この曲線美を見て下さい。競泳水着の質感もあり指を沈ませたくなる肢体ですよこれは。水着に青系のラインが入ってるのとか脳に直接アクセスされたのかっていう解釈一致でした。ゆぬ様のマリアンヌは令嬢然とした強かな目つきが良いですよね…
掲載が遅れてしまったのですが、ロイがこの妄言をぶちあげる話を投稿した当日にいただきました。化け物かな?
本当にありがとうございます!

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