TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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今回主人公ほとんど出てきません


PART5 邪龍はかませ(前編)

 月のような少女だと思った。

 一寸先も見えぬ闇の中でこそ背を押してくれる、確かに存在する輝きを感じる少女だった。

 

 王立騎士団所属近衛騎士であるジークフリートにとって、それはうたかたの夢に近い、一度きりの邂逅のはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「自分が、ですか」

「そうだ」

 

 王城内部に置かれた王立騎士団事務所。

 その団長室に呼び出され、事務机越しに言い渡された打診に、男は困惑の声を上げた。

 

「しかし候補者は出揃ったと……」

「先日の邪龍討伐作戦の働きを鑑みて、特例として上層部も納得した。何より……教会の聖女が君を直々に推挙したんだ。これは君の想像をはるかに超えた、光栄なことだ」

 

 一族特有の、燃えるような真紅の髪が、挙動不審に揺れていた。

 岩山のように険しく聳え立つ、戦闘用に鍛え上げられた肉体。

 有事は漆黒の鎧を着こみ、身の丈ほどもある大剣を自在に振るう剣士。

 

「間違いなく君は、我らが王国の次代を担うにふさわしい騎士だ。もう疑う者はいないだろう」

「…………」

 

 入隊二年目というルーキーでありながら、圧倒的な実力をもった若手きってのホープと名高い男。

 彼の名はジークフリート。

 先日辺境に出現した邪龍を、壊滅寸前に陥った遠征軍を庇いつつ単独で交戦。死闘の果てに、単独で討伐。

 その功績をもって『竜殺し』の異名を取るに至った。

 

「ジークフリート。君を、王国騎士団の中隊長として推薦する」

 

 栄光への道のりが開けた。

 けれどジークフリートの表情は、無骨で無愛想なまま。

 同時に微かな、何か後ろめたいような憂鬱さを孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 推薦の話を聞いた翌日。

 非番だったジークフリートは、私服姿で王都の繁華街にいた。

 飾り気のない綿のシャツと、最近ある貴族が投資の末に発明したという『ジーンズ』なる新しいズボンを履いていた。非常に廉価に生産できるとのことで、すっかり庶民にも広まっている。ジークフリートは洗いざらしの青色をすっかり気に入り、愛着を持ってジーンズを履いていた。

 簡素な服装であるものの、偉丈夫は目立っていた。特徴的な赤髪と鍛え抜かれた肉体、無骨ながらも整った顔立ち。すれ違う人々が振り返り彼の顔をもう一度見ようとする。抜き身の刃のような美しさを持つ男だった。

 

 安いよ安いよ、と露店で商品を売りさばく人々の声が響く。

 気晴らしになればと出歩いてみたが、やはりこの活気さは性に合わなかった。

 大通りを一つ曲がる。入口を大きなテラスに開放した酒場の前を通り過ぎる。

 

「おいおい、次期中隊長に推薦されたジークフリート様じゃねえか」

 

 名を呼ばれ足を止めた。見れば同じく非番であろう同僚たちが3人ほど、酒瓶片手に赤ら顔を向けている。

 非番とはいえ、昼間から酒場で酒盛りなど不良騎士にもほどがあるとジークフリートは眉根を寄せた。

 

「さすがは若手エース様だ。邪龍を殺しても眉一つ動かさない鋼の男がこんな裏路地に何の用だよ、アッチの硬さに耐えられる女漁りか?」

 

 下品な笑い。やっかみを受けているという自覚はあった。

 泥酔している同僚は、わざとらしくジークフリートの肩に腕を回した。

 

「お前が中隊長になるなんて俺はまっぴらゴメンなんだぜ。何を考えてるかわかりゃしねえ。もう少し愛想よくしろよ」

「……すまない。オレは、感情表現は、うまくない」

「ハッ、そんなんじゃあ王城の指名は受けられなさそうだなあ」

 

 推薦されたからと言って、中隊長の座が確約されたわけではない。

 複数の候補者と共に監察官の面談を受け、場合によっては任務に付き添ってもらい、資質を見極められる必要がある。

 

「お前は忘れてるんだろうけどなあ。あの邪龍殺しの時。俺も同じ部隊だったんだぞお」

「……覚えているさ。忘れるわけがない。貴重な生還者だ」

「そうだろお。お前がいなけりゃ俺はなあ──」

 

 そこで同僚の顔色が変わった。

 地面にしゃがみ込む。仲間たちが背中をさすり、ジークフリートに苦笑を向けた。

 

「悪いな。酔い過ぎみたいだ」

「こいつ最近酔っぱらうといつもこの話なんだよ。お前に感謝してるんだ。命の恩人だって。だからこそ、お前が出世に興味なさそうで、無愛想なまんまでいろいろ言われてるのが気に入らないんだってさ」

 

 そう言って、会釈して三人はその場を離れていく。

 立ち去っていく同僚らの背中を見送り、それからジークフリートは視線を落とした。

 道に出来た水たまりの水面には、自分の憂鬱そうな表情が浮かんでいる。

 

(……栄光、か)

 

 王国において、貴族は魔法を、庶民は魔法に頼らない剣術を鍛えるのが通例だった。騎士とは即ち、貴族でなき者たちの頂点に値する。

 庶民出身で上り詰められる頂点。地位も栄光も約束された誇り高き王国の盾。

 外に出る機会は限られ、有事の際には騎士団員として戦わなければならない。中隊長は数十人にも及ぶ騎士の指揮を執らなければならなかった。

 

(自信は、ある。オレなら十分にこなせる)

 

 個人としての技量にも、指揮にも、自信はあった。磨き上げてきた。

 辺境出身のジークフリートにとって、この栄誉を逃すという選択肢はなかった。本来なら。

 自分を送り出してくれた師や友からの期待に報いることができる。田舎育ちの自分に、剣の才能にほれ込んだと言い剣術を叩き込んでくれた師。教養がなければ王都ではやっていけないと家庭教師を雇ってくれた親友。

 

(だが……)

 

 唯一の汚点を思い出し、憂鬱な息がこぼれる。

 しばし歩き、開けた公園に差し掛かると、ジークフリートは乾いている草むらに座り込んだ。

 肩にかけていたカバンから兵法をまとめたノートを取り出し、目を通す。集中できていない自覚はあった。空を仰いだ。昨日の雨が嘘のような青空だった。

 そのまま背中を地面につけて、横になった。目をつむる。

 

 

 

 邪龍との戦い。思い出すだけでも臓腑の底から震えが止まらなくなる。

 ジークフリートは邪龍を討伐した。

 だが報告していないだけで、彼一人で成し遂げたのではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 味方の背中が遠ざかっていく。

 痛みに痺れる右腕に力を籠める。

 ジークフリートは岩場に身を隠しつつ、深く息を吐いた。

 

「…………」

 

 ベルトにストックしていた試験管を一本引き抜き、密閉用のコルクを指ではじいた。

 支給された回復用ポーション──教会の聖女に祝福を受けた聖水、服用者に活力を与え、傷をいやす効果を持つ──をぐびりと飲む。霊薬が胃に落ちる。身体の芯がカッと熱くなり、効果を実感する。最後の一本だった。

 回復魔法が使えれば魔力が尽きるまで体力を回復させるが、生憎そうはいかない。

 

(騎士の身体を癒すためだけの液体薬。ないよりはマシだが、これで打ち止めか)

 

 王国騎士は魔法を使えない庶民の集まりだ。

 入団条件をクリアした騎士見習いは教会に赴き、聖女から祝福を受ける。この祝福が一定の魔法は無効化し、騎士を国家を守る守護の盾として完成させる。

 人によって適性はまちまちだが、聖女の祝福は時がたち、騎士の技量が上がるにつれて強力なものになっていく。最上位の大隊長クラスにもなれば、広域魔法は一括で無効化できるという。

 そういう意味では、既に戦術級魔法のほとんどを弾けるまでに至ったジークフリートの才覚は抜きんでたものだった。

 

(オレは、ここで死ぬのだろうか)

 

 その彼が、自身の死を明瞭に予感していた。

 遠征軍は壊滅した。ジークフリート以外の騎士は鎧を砕かれ、四肢を裂かれ、屍と化して地面に転がっている。生き残りはたった今後方へ撤退していった。ジークフリートは最後の戦力として殿を、つまりは、時間稼ぎの捨て駒としてここに残ることを選んだ。彼が自分でそれを選び、同僚たちは忸怩たる思いで引き下がっていったのだ。

 

(見込みが甘かった。邪龍──単なる翼竜種ではない。まさしく、()()()()()()()()()()()()だ)

 

 帰った仲間たちの報告を受けて、今度こそ騎士団の中枢、大隊長クラスの騎士が動くだろう。剣の一振りで大都市を両断できると謳われる豪傑揃いの彼らならば大丈夫、とジークフリートは安堵した。

 だが仲間たちが無事に帰るためには、自分が時間を稼がなければならない。

 

「いくか」

 

 傷まみれの大剣を構え、岩陰から飛び出した。

 辺境の赤土を両足で踏みしめ前を見据える。山道をまっすぐ駆け抜けた先に、黒い山があった。

 

 

かみのそんざいを、かんじるか

 

 

 信頼できる同僚が斃れた。

 指導してくれていた恩師が斃れた。

 屍山血河の中、迫りくる死を実感しながら、必死に足掻いた。

 

 

このせかいをみおろすそんざいを、かんじるか

 

 

 全てはこの邪龍によるもの。

 翼が広がる。視界一杯を横に埋める巨大な翼だった。

 無言で剣を構え、思い切り振りぬく。飛翔した斬撃が邪龍の顔に当たった。渾身の一撃。

 

 

かみのいぶきにふれたか。かみのゆびさきをなめたか。かみのしせんにさらされたか

 

 

 白い煙が噴き上がる。その向こう側に、邪龍の金色の瞳が爛々と輝いていた。

 無傷。舌打ちをして横の坂道を一足に駆け上がる。

 

「こっちだぞ、邪龍!」

 

 巨体に似つかわしくない俊敏な動作で、邪龍が地面を滑った。

 ジークフリートは背後から突き付けられた死神の鎌を感じながら、必死に木々の間を走る。

 しばらく走れば切り立った崖があった。行き止まり。地図は頭の中に入れていた。崖に背を預け、ここで邪龍を迎え撃つ腹積もりだった。

 

 振り向く。

 既に邪龍はそこにいた。

 

 

てきせつなじかんにてきせつなていどでしゅつりょくされて、はじめてかみのみわざはかたちをなす! おそれるな、たちむかえ!

 

 

 翼が森を薙ぎ払っていた。一挙一動で地形が塗り替えられる。

 漆黒のうろこには傷一つない。仲間たちの攻撃が全くの無為であったことを今さら理解した。そして、己の攻撃もまた同じだった。

 四つ足を地面に食い込ませ、邪龍の口元から光の奔流が漏れる。

 聖女の祝福がまるで意味を成していなかった。魔力ではない、純粋な高熱の放出。対魔法戦闘のエキスパートは、純粋な暴力の前にまったくの無力だった。

 

(……なんだ、これは)

 

 間近で見れば嫌というほどに分かった。

 位階が違い過ぎた。ジークフリートは自身の矮小さに愕然とした。

 存在の密度が違うと言い換えてもいい。だが引き下がるわけにはいかない。己が引きつけなければ、仲間たちが安全に撤退できない。

 震える両腕でなんとか大剣を構える。

 

 

さあきたぞ、かみのいしのもうしごが。このつめでひきさいてくれる!!

 

 

 邪龍がひときわ巨大な雄たけびを上げた。

 山そのものが鳴動する。風圧と音圧だけでジークフリートの身体は鎧ごと吹き飛ばされそうになった。

 

(オレはここで死ぬな)

 

 ルーキーとはいえ、いくばくか修羅場の経験はあった。だから分かった。

 

(ここで死ぬ。ならせめて、意味のある死に方をさせてもらう!)

 

 身体に活を入れ、大剣を大上段に振りかぶった。

 その時。

 

 

 

 

 

「────星を纏え(rain fall)

 

 真横から突如激突した流星が、邪龍の巨体を吹き飛ばした。

 

「……は?」

 

 目を白黒させ、コンマ数秒でフリーズから回復し、慌てて流星の出所へ視線を向ける。

 

 

 

 少女がいた。

 地面に届かんとする優美な黒髪をはためかせ、不敵な笑みを浮かべて。

 

 マリアンヌ・ピースラウンドが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンもまたいで通る、ならぬ"ドラゴンをまたいで通る美少女天才悪役令嬢"とかいいですわね。名乗る二つ名としては流星零剰(メテオ・ゼロライト)なんていう意味不明なのより全然アリですわ……え? 古すぎて年がバレる? 嘘おっしゃい! 最新刊は2019年の10月に発売されていましてよ! どう考えても最先端のラノベですわ!」

 

 その長台詞は、強烈な突風にかき消され、ジークフリートの耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 






騎士は魔法使いに対抗するために教会が量産してるソルジャーの面がありますので
そのへんの魔法生物は相手にならないんですけど
魔法?人類が編み出した小細工だろ?知らねえ!してくる上位生物には苦戦します
とはいえ極まった騎士は関係なく何でも真っ二つにするんですけどね
主人公ちゃんガンバレ!
加護を無視してダメージを与えるには物理攻撃が最短だぞ!
なんかそういう騎士殺しまくれそうなキャラが凄い身近にいる気もするけど!

皆さま温かいコメントや高評価ありがとうございます。
神様転生杯企画用の作品であるため、10日の企画終了日を目途に一区切りとさせていただくことになります(というかそれを目指して必死に更新する、本当に間に合うのか?)が、幸いなことに一区切り以降の展開も思いつきましたので、10日以降も不定期ながら更新していければと思います。

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