TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

50 / 196
著しいユーモア欠落回です


PART9 浸食侵犯フルクトゥス(後編)

「なあカサンドラ」

「何かしら、協力者さん」

 

 観光街の空気は凍り付いていた。

 横を通り過ぎようとしていた生徒らも、攻撃魔法の出現に動きを止めている。

 

「さっきから気になってたんだけど……お前さ、マリアンヌと知り合いだったの?」

「この国に来たとき、偶然知り合っていたわ」

「えっ? マジ?」

「ええ……人生で、一番の親友になれたかもしれない。友情を感じるのは生まれて初めてだったわ。だけど、運命なら仕方ないわ」

「えっえっえっ、ちょっ、えっ? そ、それはちょっとその……いや、えぇ……? だ、大丈夫か? やめとくか?」

「いいえ──もう遅いわよ。賽は投げられたもの」

 

 言葉と同時。

 カサンドラさんの全身から、絶対零度の殺気が吹き荒れた。

 

「ジークフリートさん──!」

「承知している!」

 

 動けないわたくしをユイさんが抱えて飛び退く。加護を発動させたのだろうか。

 入れ替わりに飛び込んだのは、大剣を振りかぶったジークフリートさん。

 

「先制攻撃を確認した以上、実力を行使させてもらう!」

 

 満身の力で叩きつけた刀身は、しかし張り巡らされた水のヴェールが受け止めた。

 衝撃に大地が砕け散り、舗装されていた道路がめくれ上がる。

 

「あれは──水が衝撃を受け流してる!? 魔法制御のはず、だけどあんな完璧に……!?」

 

 わたくしを抱えたまま、ユイさんが呆然とした声を上げた。

 数度切り込むが、ジークフリートさんの斬撃は彼女に届かない。

 カサンドラさんが表情を変えないまま、防御用ヴェールの後ろで攻撃用の水の翼を展開した。騎士がそれに対しガードの姿勢を取って。

 

「……ッ!?」

 

 直後、ジークフリートさんが咄嗟に身をよじる。彼らしくもない明確な回避行動。

 放たれた水の刺突が空を切った。間合いを取り直し、ジークフリートさんは剣を正眼に構えた。彼の頬を一筋の汗が伝っている。

 数秒遅れて気づく。カサンドラさんは、紅髪の騎士が大剣でガードを構えたのを見てから、そのガードをすり抜ける形で攻撃を再構成したのだ。

 

「ジークフリート!」

 

 フォローに入る形でユートが飛び込んだ。知らないうちに詠唱を済ませたのか、両腕を焔で覆っている。だが『灼焔(イグニス)』ほどの出力はない、別の魔法だ。十三節詠唱をしている暇なんてなかったのだろう。

 

「ユート! 無茶は!」

「分かってる! だけどこいつ、マジで強ぇ!」

 

 二人がかりで攻め込むも、まるで余裕が崩れない。

 凄まじい連撃をいなし、受け止め、カサンドラさんは涼しい表情で不定形のヴェールを操る。

 

「あの出力……十三節の完全詠唱としか考えられません……!」

「みんな逃げて! ここから離れてッ!」

「こっちに避難を!」

 

 リンディが素早く避難を叫び、ユイさんとロイは危ない位置に居た通行人を引っ張り、あるいは抱えて避難させていく。

 

 わたくしだけが何もできていない。

 安全地帯に置かれ、ただ現実を受け入れられないまま震えている。

 

 ……死んだ? お父様が? まさか。

 そんなはずない。殺したって死にそうにない人だ。

 

 ふと足下を見た。

 戦闘の余波に吹き飛ばされたのだろう、シルバーのネクタイピンが転がってきていた。

 恐る恐る、震える手で拾い上げる。血がこびり付き、清潔な輝きを失ってしまっていた。ルビーにはヒビすら入っている。

 もう買い取りはしてもらえないな、なんてよく分からない考えが浮かんだ。

 

「……おいカサンドラ。いいんだよな? マリアンヌが相手と知った上でも」

「ええ、構わないわ。貴方は貴方のお話を書きなさい」

「オーケイ」

 

 カサンドラさんの後方で事態を眺めていた少年。

 彼は指に引っかけたキャップをくるくる回しながら、わたくしの方へ歩いてくる。

 

「……ッ! マリアンヌさんに近づくな!」

「おおう。主人公っぽいな今の」

 

 慌てて間に割って入ったユイさんを見て、少年が醜悪な笑みを浮かべた。

 

「違う違う。そいつを傷つけたりは──いやまあ、傷つくといえば傷つくのか」

「何を、訳の分からないことを! 何が目的でこんな!」

「おい、マリアンヌ。マクラーレン・ピースラウンドの最期の言葉を教えてやろうか?」

 

 思考が止まった。

 

「カサンドラに串刺しにされて、ズタズタにされて、八つ裂きにされて」

 

 ジークフリートさんとユートがいつの間にか膝をついていた。

 肩で息をしている彼らの頬は、血に濡れている。

 

「足手まといの騎士を庇って。市民に攻撃が届かないよう力を割いて。馬鹿だよな、まあそういう馬鹿だって分かってたからやったんだけど」

 

 チリ、と嫌な音がした。

 

「それでも最期にこう言ったんだよあの男」

 

 チリチリと何かを焦される音。

 その音は頭蓋骨の中で響いていた。

 わたくしを急かすその音がどんどん音量を大きくしていって。

 

 

「『私を超えた自慢の娘が、必ずお前に勝つ』──だってさあ!」

 

 

 最後に。

 ブツンと、頭の内側で嫌な音がした。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」
 
星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)射貫け(shooting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)正義(justice)(white)断罪(execution)聖母(Panagia)悪行は砕けた塵へと(sin break down)秩序はあるべき姿へと(judgement goes down)極光よ、この心臓を満たせ(vengeance is mine)
                                                                          

 

 

 恐ろしいほどに自分が冷静だった。

 喉が張り裂けるほどの叫びを上げながらも、思考の一部は瞬時に回転し、絶叫の裏側に詠唱を貼り付けた。

 十三節詠唱完全解号(ホールドオープン)の、理論上の最速起動だった。

 一気に飛び出したわたくしは右の拳を思い切り少年の顔面へ叩き込もうとして。

 

「貴女の相手は(わたくし)よ、マリアンヌ」

 

 冷たい感触。

 透き通った水が、渾身の力で打ち込んだ右ストレートを受け止めていた。

 

「アナタは! アナタが……ッ!」

「あら……そんなに怒って、マリアンヌ。大丈夫よ、安心して」

 

 突破できない。

 事前に詠唱を済ませていたというのは分かる。だが、なんで。

 なんでだよ。なんで、なんで!

 なんでこんな薄っぺらい壁すら破れないんだよ!

 

「犠牲は、乗り越えるためにあるの。だからきっと貴女も分かってくれるわ」

「何を! 何を、訳の分からないことを……ッ!」

 

 水のヴェール。薄皮一枚程度のそれを、打ち破れない。

 拮抗が続く。無理に押し込もうとしても、一ミリたりとも前へ進めない。

 流麗な水越しに視線が重なる。

 カサンドラさんは少し悲しげに微笑んで告げた。

 

 

「だって今──犠牲に報いよ(あだをうと)うとしているでしょう?」

 

 

 愕然とした。

 

「……あ、なたは。アナタは、まさか」

「ええ……マクラーレン・ピースラウンドの殺害任務を言い渡された時に、運命を感じたわ。お父上を喪って、貴女はまた強くなる。もっともっと強くなれる。だって(わたくし)がそうだったもの」

 

 バチン、と身体が弾かれた。

 のけぞるわたくしに、水の刃が殺到する。それらを裏拳で払おうとする。

 刃はしなって迎撃を回避し、そのままわたくしの肩に食い込んだ。

 

「ぎっ……!」

「お風呂で、会ったとき……知らなかったわ。知らなかったのよ、マリアンヌ。知らないままここまで来てしまったのよ、(わたくし)たち」

 

 激痛に瞼の裏側で火花が散り、その場に蹲りそうになる。

 ユイさんが飛びかかり、しかし鞭のようにしなる『禍浪』を受けて吹き飛ばされた。

 

「きっとこれは運命だったんだわ。貴女が禁呪保有者だなんて──ともすれば悪夢。けれど、今回に限ってはこの上ない幸運よ」

「……ッ!?」

 

 顔を上げて、ぎょっとした。

 彼女は泣いていた。

 カサンドラさんは、その碧眼から涙を流しながら、そして、笑っていた。

 

「お互いにもっと高め合えるわ、マリアンヌ。さあ学びなさい、こちらも学ばせてもらうから……!」

 

 何だ、よ。

 何勝手に覚悟完了してんだよ。

 こっちは全然、だって、わたくしたちは、友達で。

 

 

宇宙の起源 だから逃げろ何突撃してんだよ本当にこれは逃げないと駄目だって!!!

みろっく 待って待ってどうなってんのこれ

苦行むり 負けイベの前倒しとかじゃない!負けたら本当に死ぬぞこれ!!!

 

 

「マリアンヌ嬢、下がれ! 今の君では無理だ!」

 

 全身から加護の光を解放し、ジークフリートさんが血を吐きながら立ち上がる。

 

「ここはオレが食い止める! ユートすまない、皆を連れて逃げるんだ!」

「冗談、じゃねえよ……! 友達(ダチ)を見捨てろって……!?」

友達(ダチ)だからこそだ、頼む……!」

 

 大剣を握り、深く息を吸って、騎士が再びカサンドラさんを見据えた。

 

「それ以上の狼藉、看過するわけにはいかない! 目的がなんであれ、貴様たちはここでオレが──」

「ああ、()()()()()()()()()()()()。お前の相手は違う」

 

 不意に。

 少年がキャップを上に投げてはキャッチして遊びながら、唇をつり上げる。

 

「もう役者は揃ってるんだよ。お前には適切な相手がいる。とびっきりの悲劇を、いや……恐怖劇を演じて欲しいんだ」

「……ッ!?」

「こいつがそう願ってるんだ──そうだろう? 大邪竜(ファフニール)

 

 その名を少年が告げた瞬間。

 

 

 ────夜が訪れた。

 

 

『良い仕事をしたな』

 

 

 空を見た。青空はかき消えていた。

 突然だった。フィルムがぶつ切りになったみたいに、まばたきをした刹那、空が星の煌めく夜空になっていた。

 

「何、だ、これは」

「……ッ! 天候操作の大魔法、()()()()()! ただ顕現した瞬間に世界を上書きしたのよ!」

 

 後方から響くリンディの悲鳴。

 場に現れるだけで世界を塗り替えるという信じがたい行い。

 それだけのことを成す存在が。

 今、目の前に現れる。

 

「お前の言う通りだったよ。おかげさまで、ただのチンケなコソ泥だった僕がここまで成り上がれた……あとは終幕まで一直線なんだろ?」

『ああ、そうだとも。そして……感じる。感じるぞ騎士。貴様の中に我が残滓を感じるぞ』

 

 次元が裂けていく。

 夜闇の中にすら混じれない黒が、ぴしりぱしりと空間を割っていく。

 

『かつて我の端末を撃滅しただろう。覚えているぞ……皮肉なものだな。我が最後の末裔が竜殺しの異名を持つとは』

 

 そこからのそりと現れたのは、見上げるほどの巨躯。

 漆黒の鋭い鱗で全身を覆い、四つ足は地面を叩くごとに極大の地震を引き起こす。

 折りたたまれた翼のかぎ爪がギラリと光った。

 

 口の隙間から邪悪な光を漏らし。

 邪竜が、紅髪の騎士を睥睨する。

 

 

『我が名はファフニール。この世界の悪性を司り、生きとし生けるもの総ての安寧を脅かす極点────大邪竜ファフニールだ』

 

 

外から来ました ファフニールが実体顕現してるのか!? どうやって!?

無敵 これ駄目だこれは駄目だ! お嬢逃げろ! おい!

 

 

「────狙いはオレか」

『ああ。疾く死ね』

 

 言葉と同時、腕の一振りがジークフリートさんを襲った。

 巨体にそぐわない俊敏な動き。咄嗟のガードをするも、彼の身体は塵屑みたいに吹き飛ばされた。

 

「そんな、ジークフリートさん──」

「……ユイさん、わたくしは大丈夫です……皆を……」

「ッ、マリアンヌさん!? 大丈夫なわけないじゃないですかッ!」

 

 返事は聞かない。

 聞く余裕がない。

 

 引き留めるように腕を掴まれ、それを振り払った。

 振り向いて顔を見ることすらしなかった。

 

 ただ、今はもう。

 泣きながらこちらを見つめるカサンドラさんと。

 その奥でひらひらと手を振っている少年しか。

 

「35%……!」

 

 出力を跳ね上げさせ、勢いのままに右ストレートを打ち込む。

 カサンドラさんは右腕でガードするも、貫通した衝撃が彼女の身体に到達した。

 

「ぐぅ……っ」

 

 数メートル後退し、痺れているであろう腕を振って、カサンドラさんがこちらを見る。

 ああそうだ。

 何も、何も分からない。分かりたくもない。分からなくていい。

 分かっているのは、一つだけ。

 

「……本当に……本当に、殺したのですか」

「ああそうだよ。僕らが、マクラーレン・ピースラウンドを殺した」

「アナタには聞いていないッ! カサンドラさん、何を吹き込まれたのです!? どうして、どうしてッ! アナタはそんなことを、する人じゃ──」

 

 言葉の途中だというのに。

 彼女はわたくしの身体を見つめて少し首を傾げると。

 

「マリアンヌ……()()、面白いわね」

 

 目を疑った。

 彼女の身体を巡る魔力が躍動し、それから反応を爆発的に増したのだ。

 そんな馬鹿な。

 それは、それはわたくしの──!

 

 

「こうかしら────活性化(アクティベート)

 

 

 直後。

 飛び込んできたカサンドラさんの一撃が、思い切り胸に入った。

 

「ぐ、ばっ」

 

 両腕でガードしたが、衝撃を殺しきれなかった。

 地面にごろごろと転がる。ユイさんが悲鳴を上げて駆け寄ってくる。

 意識が朦朧とする。視界がぐらついていた。世界が軋みを上げているような感覚がした。

 

「へえ、何だそれ?」

「体内の水分を禍浪(フルクトゥス)仕様にしてみたわ。呼び名を付けるなら、体内水分活性状態(ミクロウォーター・アクティベート)……といったところかしら」

「ふーん。器用なモンだね。流石は器用万能を超えた、器用全能」

 

 脚本家はこちらを一瞥し、残酷な笑みを浮かべる。

 

「『禍浪(フルクトゥス)』は万物を鏡映し……いや、言うなれば()()()()に再現できる、禁呪の最終到達点。お前が悪いわけじゃないんだよ、マリアンヌ。ただ……カサンドラが、頂点に君臨しているだけだ。全てにおいてな」

 

 全部。

 ああ、本当に、全部──上だ。

 詠唱を最適化させる感性。戦場を操るセンス。敵を打ち倒す格闘技術。

 そして何よりも。

 どんなに頑張っても否定できないほど、禁呪の質が違いすぎる。

 彼女の禍浪とわたくしの流星の間には信じがたいほどの差がある。やれることの幅が違いすぎるのだ。

 

 攻撃の吸収・無力化。

 防御を貫く鋭利な攻撃。

 無形にして柔軟な可変性。

 ツッパリフォームを即座にコピーできる汎用性。

 一度詠唱しただけでずっと出力が落ちない継戦能力。

 どれか一つだけでも特化型として機能しそうなのに、全部積んでるときた。

 

「……ッ」

 

 鈍い思考を必死に回す。

 視界の隅で、ユートが邪竜を押し留めている。いや……攻撃を仕掛けて、けれど無視されている。邪竜はジークフリートさんを待っているのだ。

 

 

日本代表 見えるか? 文字読めるか? 返事はしなくていい

日本代表 逃げろ。これはもう……命令だ、とにかくお前だけでも生きて帰ってこい

日本代表 お前の今いる世界は致命的に何かがイカれてる、それを放置するのは、世界を運営するシステムだけじゃなく、無数の世界を保護するこっちのシステムにも影響が出かねない

日本代表 だからお前は、生きて帰る義務がある

日本代表 そして何よりも……お前が死ぬのを、見たくないんだよ! そこに残ってたら本当に死ぬんだよお前! なあ頼む、頼むから、この瞬間だけは言うこと聞いてくれよ……!

 

 

 無茶言うな、よ。

 身体がロクに言うこと聞かねえんだよ。

 

 足音がした。

 倒れ伏すわたくしと、わたくしを抱き起こそうとするユイさんの目の前に、雷撃が迸った。

 カサンドラさんは水のヴェールで雷撃を弾く。

 

「マリアンヌから、離れろ……!」

 

 割って入ったのは、白銀の刃だった。

 ロイ・ミリオンアークが勢いよく飛び込んで、その剣を振りかぶり。

 

雷霆来たりて(enchanting)邪悪を(light)──が、ぐっ……!?」

 

 詠唱が途中でかき消える。悶苦しむような声を上げて、ロイが地面に倒れ込んだ。

 蒼い雷が、ロイの身体を焦がしている。

 

「ぎ、ぃぁ……ッ!?」

「ロイ!? クソが──どう、しろってんだよ……!」

 

 ユートの言葉は、わたくしたちに打つ手がないことを物語っていた。

 ジークフリートさんは安否不明。

 ロイは目の前で倒れた。

 ユートとユイさん、そしてリンディが戦闘続行可能だが、大邪竜とカサンドラさんに太刀打ちできる理由がない。

 

「諦めろよ、お前たちの負けなんだから」

 

 キャップを被り直して、少年が両手を広げて酷薄な笑みを浮かべる。

 

「ファフニールはまだ完全には顕現していない。完全顕現を成し遂げたときに僕らの目的は達成される。だけど──不完全なファフニールでこれだ。そもそも誰も、カサンドラに傷一つつけられなかったじゃないか。分かったか? 詰んでるんだよお前ら」

 

 ぼやける視界の中。

 ふと気づいた。

 拾って、握っていたはずのものが、ない。

 

「僕たちは、ルシファーを超える。すべてをゼロに還すあの大悪魔を凌駕し、新世界を築き上げるんだ」

 

 少年の演説が耳に入らない。

 カサンドラさんが静かにしゃがみこんで拾い上げた、シルバーのネクタイピン。

 殴り飛ばされたときに、取りこぼしたのだろうか。

 それを見た瞬間に、カッと頭の内側が白熱した。

 

 ふざけるな。

 ふざけるんじゃねえよお前。

 

 それを返せ。

 返せよ。

 お前の物じゃねえだろうが。

 

 世界が色を失い停滞する。

 頭の内側の、白熱している部分がどんどん広がっていく。

 怒りではなかった。今までの、わたくしを突き動かす原動力だった、怒りとは違う感覚だった。

 

 ぶん殴ってやりたいと、思わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()

 

 相手が誰なのかとか、そんなのどうでもいい。

 自分の大切なものを踏みにじって、奪っていった存在が、許せない。

 死んで欲しい。死ね。死ねよ。死ねって言ってるだろうが。

 無我夢中で、ただひたすら、思考の空白を呪詛が埋めていく。視界が明滅する。

 

 

 

 気づけば目の前に扉があった。

 

 

 青銅色のそれはかつて、鎖で雁字搦めに閉じられていた。

 

 

 けれど。

 

 

 今はもう、開け放たれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつしか少年もカサンドラも、そして邪竜すら動きを止めて、マリアンヌを見ていた。

 誰も、それに気づかなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これ、は……特級選抜試合で見た……!」

 

 リンディの驚愕の声。

 上空でオーロラが重なり、織り込まれ、大悪魔を象っていく。

 

「──こいつ! ルシファーの因子を持っていたのか!? まずい、今はまだルシファーに出てこられるわけにはいかない……! カサンドラ!」

「承知しているわ、抑制結界を──!」

 

 天より降りたるは、地獄を統べる個体にして世界。

 夜空を引き裂き顕現する、世界の終わりそのもの。

 

 黒い呪紋を張り巡らせた白い身体。

 風になびく白い髪。

 血涙の如き目の下のラインが、闇の中で怪しく輝いている。

 

 

「呼んだな。大悪魔ルシファーを──否。()()を呼んだな」

 

 

 開かれた両眼は紅色。

 だが──刹那の間もおかず、色合いが荘厳な黄金色に染め上げられていく。

 

「なるほど難儀だな、マリアンヌ。お前は……激昂することこそ多いが。人を憎んだのは生まれて初めてか」

 

 因子を持つ少女の前に降り立ち、悪魔は無感情に告げる。

 奇しくもその立ち位置は、世界を滅ぼす存在だというのに──少女を救いに来た、最強のヒーローのようで。

 

「いや、いい。何も言わずともいい。お前の憎悪は、確かに流れ込んできたとも」

 

 振り向いて顔を向け、黄金色の両眼がじっと少女を見つめた。

 

「人間の感情には疎い。全て理解出来ているとは思わん。だが……それでも。あれほど美しかったお前の深紅を、おぞましい黒に染め上げてしまうような心の動き。その痛切さは、理解したつもりだ」

 

 ルシファーは膝をつくと、顔を伏せたまま身じろぎを全くしない少女の手を取る。

 手の甲を優しく撫でて、彼は相手を安堵させるための笑みを浮かべた。

 

「故に委ねろ。今のお前にとって、世界の破滅など些末事だろう。おれなら奴らを世界ごと滅死に至らせられる」

 

 誰も身動きはおろか、呼吸すら許されない。

 カサンドラと少年の全身からドッと冷や汗が噴き出る。ファフニールが動揺しているかのように巨躯を揺らす。

 距離を置いていたリンディだけが、かろうじて恐慌状態に陥ることなく、事態を把握できていた。

 

(こんな、にも──あの時と違う。マリアンヌと話に来たって言ってたときと、違う)

 

 あの時は、こんな風ではなかった。

 ただそこにいるだけで、こちらの魂が砕けそうになるほどのおぞましさは、なかった。

 

「禁呪保有者は我が子だ。しかしどうやら、その力を……おれではなく、そこの下賤なトカゲ(ファフニール)のために使おうとしているようだな」

「……ッ」

 

 地獄を統べる、偉大なる大悪魔が立ち上がる。

 彼の視線が滑らかに戦場を切り裂いた。

 

『思い上がるなよルシファー、我らは──』

「誰が発言を許可した」

 

 腕の一振りで、大邪竜の首から上が吹き飛んだ。

 だが即座に再生が開始される。肉塊が蠢き、全く同じ形を象っていく。元の姿を取り戻すまで、コンマ数秒もかからなかった。

 途方もない再生能力を目の当たりにして、だがルシファーは表情一つ変えない。

 

「思い上がるな、だと。それはこちらの台詞だ。お前ごときが新世界を築くなど、笑わせる。身の程を知り、その代償に死ね。おれとの格の違いに絶望して死ね」

 

 ルシファーはその双眸に、明確な感情を宿していた。

 世界そのものである彼は、一人の人間であるかのように──

 

 

 ──憎悪を滾らせていたのだ。

 

 

「おれも憎い。ああ憎いとも。これが憎悪か。これが、己を内側から灼き焦すこれが、憎しみならば! 彼女の代わりにおれが解き放とう! おれはこの塵芥共を──お前たちを、欠片も残さず滅ぼしたい!」

 

 

 世界を終わらせる力が。

 一個人の純粋な感情のもとに、牙を剥く。

 

 

 








大悪魔「なに俺の女ボコってんだ、殺すぞ(ガチギレ)」





というわけで気持ちきつめな敗北回でした
感想返信でも言ってはいるのですが、本作はあくまでコメディ作品だということだけは声を大にして伝えていきたいと思います

あとお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが
CHAPTER3、なんか普段の1.5倍ぐらいの長さになりそうな勢いです
なんで??(今までの集大成みたいなCHAPTERだからじゃよ(天才博士bot))

ちょめちょめ様よりマリアンヌのイラストをいただきました!

【挿絵表示】

いや~この顔はIQ五億ありますね、間違いない
平仮名の『めてお』も大変にマッチしていながらしれっと制服を緻密に書いていただいてるあたりが最高ですね!
改めてお礼申し上げます、本当にありがとうございます!

惜しむらくはよりにもよって対極の顔してそうな更新回で御披露目することになってしまったことでしょうか、本当にすみません……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。