地獄を統べる大悪魔。
そう呼ばれながらも、実態としては彼単体で地獄という一つの
この世界において『上位存在』と分類される中でも、異常なまでの規模と威光を保つ存在。
そもそも上位存在とは、人間が生きる世界には本来現出し得ない個体を指す。
具体的な指標としてはあらゆる物理法則からの離脱、またその他の形而上的なルールが通用しないことがある。
例えば上位存在は、身体を破壊されても死なない。
例えば上位存在は、自分に合わせて周囲の世界を塗り替える。
存在の位階が違う以上、向こう側がその気にならなければ意思疎通は不可能。
時にその有り様は災害であり、時に守護者であり、時には神そのものと言わざるを得ない。
顕現の記録は各国が機密情報として蓄えており、身体の一部などを入手できた際は、国宝という名目で保管、様々な観察や実験が行われることとなる。
だが人間が上位存在の身体を破壊したことはあっても、絶命せしめた事例はほとんどない。
挑むことは勇敢ではなく愚行。
現れることは希望ではなく絶望。
ならば。
そんな上位存在が、二個体相対している今ここは。
まさしく、世界の終わりに最も近い場所だった。
滅亡のカウントダウンが途端に超高速で秒を刻み始め、あっという間にゼロになった。
そう言えば現状の理不尽さの、1%でも示せるかも知れない。
「なんだこの空は。相も変わらず美的センスのないやつだ」
手始めに空が引き裂かれた。
ファフニールが塗り替えた世界を、更に塗り返す──否。ズタズタに引き裂き、天空を星の一つも煌めかない漆黒とした。
「風景も良くない。我々は下位種族を、存在の脆弱さから軽んじる節があるが……彼ら彼女らは文化を発展させていく生き物だ。その趣を理解することの意義は教えたはずだがな」
次に景色が切り替わった。観光街がかき消え、燃え盛る荒野になった。
一帯を、現実世界から切り離し別次元へと誘ったのだ。かつて国王アーサーが行った、位相をズラすという絶技の広範囲版と言えば良いか。
「そして観客は──こんなところか」
神の御業にも等しい行いを、片手間のように二連続で成し遂げ。
ルシファーの視界にはファフニールとカサンドラと少年。
そしてロイ、ユイ、ユート、リンディ、ジークフリート。
最後にマリアンヌだけが残っていた。
「……あん、た、被害を出さないよう気を遣ったの……?」
「む……マリアンヌの友人か。元気そうで何よりだ」
恐る恐る声をかけたリンディに、しかしルシファーは首を横に振る。
「回答はノーだ。奴らが逃げられないよう、おれの世界に引きずり込んだ。ただそれだけだ」
「……ッ、そう。それで、私たちごと殺す?」
「興味はない。好きにしろ」
頷いて、リンディは倒れ伏すロイと、そのすぐ傍で呆然としているマリアンヌとユイに駆け寄る。
「ユート! あんたはジークフリートさんを拾って!」
「……! あ、あぁ……」
遠目に、紅髪の騎士が倒れ伏しているのは見えていた。
だがリンディに声をかけられて、やっとそこでユートは息を吹き返す。呼吸が止まっていた。絶死の場で、胸の上下すら致命傷になるのではと怯えていたのだ。
『……ルシファー。ルシファー、貴様は……!』
「喋るな」
再度腕を振るうも、ファフニールが飛んだ。
その巨体からは想像もできない俊敏さで宙を舞い、ルシファーが放った衝撃は大地に地平線まで亀裂を刻むに留まる。
「愚かなやつだ。神域へのアクセスを獲得した途端に、これか。浅はかな考えで亀裂まみれの計画を練り、疑いもせず実行に移すとは……」
言葉を紡ぎつつ、ルシファーは己の左手を見た。指の先が光の粒子となって解けつつある。
端末の器が、既に崩壊を始めていた。
それもそのはずだ。あくまでマリアンヌに打ち込まれた因子は、端末顕現のトリガーとするための代物。そこを起点として本体すら降臨するのは想定外の運用である。
「出力を制限しても、リミットは64秒か」
根本的に、この端末ではルシファー本体の意識が運用するには存在が小さすぎる。
崩れていく自分の身体を確認して、ルシファーは一つ頷く。
黄金の瞳が、正面に大邪竜と禁呪保有者を捉えた。
「論外だ。世界を8回は滅ぼせる」
翼が広がった。
漆黒の、夜すら飲み込む凶悪な六対の翼。
そこから無数の、真っ黒な光が放たれた。一筋の閃光と呼ぶに相応しい、極限まで凝縮されたレーザー。
上空でランダムな回避機動を取るファフニールを、そのレーザー群が絡め取るようにして捉える。
『ご……ッ!?』
堅牢な鱗が砕け、肉体を穿たれ血飛沫が舞う。
翼を根元から断たれ、ファフニールは全身から粘性の血をまき散らしつつ地面に墜落した。
(く、そ……ッ。なんだよこれは。何もできねえ、何かできると思えねえ!)
ユートは意識を失っているジークフリートを背負い退避していたが、大きく揺れた地面に足を取られ転びそうになった。
もしもマリアンヌの意識が明瞭であれば、まるで今の自分たちはパニック映画の一般人たちのようだと自嘲しただろう。
「それで、どうだ」
ゆっくりと、ルシファーが歩く。
両眼に憎悪を滾らせ、ファフニールの落下地点にたどり着き、竜の眼を覗き込む。
「お前は……おれの大切なものを穢した。お前の汚い手で触れることなど到底許されざるものに触った。代償は滅死だ。消え去る覚悟はできたか」
『ぐが……ッ。システムの、分際で! 理由もない破滅をただ出力する、意思なき人形の分際でェェッ』
超高速で身体を再生させ、ファフニールがルシファーに対して憎悪の声を上げる。
喉元が発光し、それが順次せり上がり口頭へ到達。
大きく顎を開け放ち、指向性を持った業火をそこから放った。
「見苦しい、聞き苦しい。度し難いな。負け惜しみすら三流ときたか」
指の一弾きだった。
右の人差し指をピンと弾けば、ファフニールの
「それと、先ほど意思なき人形と言ったが……見る目がないのは知っていたが、ついに視力も失ったのか? おれは今、おれ自身の意思でここにいる」
最大火力が瞬時に霧散し、ファフニールは呆気にとられている。
そして呆気にとられていたまま、首を根こそぎ吹き飛ばされ、胴体すら抉り散った。
すぐに再生が始まるだろうが──それより彼の方が早い。
ルシファーは静かに右手を伸ばし、今度こそ息の根を止めようとして。
「カサンドラ!」
「準備完了したわ」
ふと響いた、ファフニールに従っていた二人の声。ゆっくりとルシファーは振り向いた。
カサンドラの背後に展開されているは、水によって形成された巨大な砲塔。
その狙いが定められる。ルシファーは眉一つ動かさない。
「
水の砲塔から撃ち出される、水の砲弾。
十三説詠唱の恩恵を受けたそれは都市の一区画程度なら跡形も残さず蒸発させられる威力だった──が。
「こざかしい」
ルシファーは甘んじてそれを受けた。
顔面にクリティカルヒットしたそれが破壊の嵐を巻き起こす。
しかし数瞬の後、嵐は中心点から叩き切られた。そこには無傷の大悪魔が佇んでいる。
「このおれに。よりにもよっておれに、禁呪の力が通じると思ったのか」
「通じるわけないわね……だけど!」
「抑制結界展開!」
少年が叫び、地面に両手をつくと同時。
砕かれた水の砲弾、ルシファーの周囲に飛び散った水滴一粒一粒が光を保つ。
大悪魔を中心点として、光と光が結ばれ幾何学的な模様を描いていく。
「ほう──そうか。顕現術式から逆算したのか?」
感心したような声を上げるルシファーは、腕を組み自分を取り囲む文様を眺めた。
「これは見たことがなかったな。それもそうだ、おれを呼ぶ者がおれを止めるはずがない。
「何をごちゃごちゃと! お前は邪魔なんだよ!」
少年の叫びと同時、輝きが一層強くなる。
ルシファーは腕を組んだまま、嘆息した。
「一つ忠告するが、夢と現実の区別は付けられるようになっておけ」
同時。
光が黒く変質した。
抑制結界の主導権を、あっさりとルシファーが奪い取ったのだ。
「……え?」
「真っ向から砕いてやってもいいが。しかし……召喚術式に最も精通したおれを、召喚術式ベースの抑制結界で止めようというのは少し考えが甘すぎるぞ」
絶句するしかなかった。
通用しないどころか、逆に手中に収められた。
少年が描いた抑制結界が色を変え、宙に浮かび、そのまま再生途中のファフニールへ絡みつく。
『な……!? なんだこれは!? ルシファー、貴様こんなこざかしい真似を……!?』
「おっと、やつには効くのか。ならば大したものだ」
気づけば少年のすぐ傍にルシファーがいた。
「そうか。上位存在の力を借り、糸に操られ踊る人形だと思っていたが……
「ヒッ……」
至近距離で瞳を覗き込まれ、少年の喉から恐怖の息が漏れた。
だがルシファーは数度まばたきをすると、鷹揚に頷く。
「心意気は認める。些か力不足が過ぎる、という指摘は野暮だろう」
「……へ?」
「む……噛み砕いて伝えるべきか。そこそこに気に入った、と言った」
少年と、すぐ傍で迎撃態勢を取ったカサンドラを眺め、ルシファーは言葉とは裏腹に表情を憎悪に歪めていた。
「だが裁定は変わらない。お前たちはここで死ね。彼女の心を踏みにじった罰として世界ごと砕けるがいい。おれには縁のない話だが、あの世とやらで泣いて詫びろ」
「……! か、カサンドラ、ぼうぎょを」
「死ねと言っているだろうが!!」
怒号と同時、ルシファーが左手を天にかざす。
既に半ば光の粒子と化していたそこを起点に、莫大な力の波動が発生し────
その光景を。
生気を失った瞳で、ずっとマリアンヌは眺めていた。
あ~もう無理無理。店じまいだわ。
〇w34t5 gtuisg!h;!!!uirhs!!
〇ge4h 238r5ygohaep0r!!!
なんか、居る場所が切り替わってから、コメントずっとバグってるし。
詰んだか~?
あー……マジでこれは駄目だな。
今のわたくしは、死んではいない。それだけ。生きてるとは言い難いかな。ツッパリフォームはいつの間にか解除されていた。
身体はまだ動くけど……びっくりするぐらい精神が動かない。ただ事態を眺めているだけ。
ここで終わるんだとしたらダサい終わり方だな。
ゆっくりと周りを見る。
わたくしを抱きかかえたまま身動きが取れないユイさん。
ジークフリートさんを背負って、戦場を眺め絶句しているユート。
逃げ場がないか探しているリンディ。えっお前この状態で全然動けてるのかよ。すげえな。
まあほら、なんていうか。
いわゆる神域の争いって、見てるだけでこっちの魂がぶっ壊れそうになるんだね。
原因がわたくしなのは分かるけど。
だけど……お父様を、殺されて。仇を討つことも、自力じゃできなくて。そもそも相手がカサンドラさんっていうのがまだ実感なくて。
置いていかれた、と思う。
ギアを入れるタイミングを逃したというか、与えられなかったというか。
気づいていなかった自分の脆弱性が、たった一度のそのミスが、ここまで状況を悪化させた。
笑いそうになるわこんなん。
周囲を見渡し終えて、最後に。
目の前で倒れ伏しているロイを見た。
マントは砂や泥に汚れ、金髪は輝きを失っている。
彼の人差し指がピクリと動き、それから、ゆっくりと顔を動かし始めた。
生きてんじゃん。いや当たり前だ。外傷何にもないもんな。
そうだ、ロイはまだ生きてるんだ。生きている。
もぞりと頭を動かし、彼がこちらを見る。
逃げろとか言うのかな、って思ってた。
視線が重なった。
────全身の感覚がクリアになった。
ロイの瞳に諦観はなかった。焔が宿っていた。まだだ、まだだと叫んでいた。
射すくめられた。呼吸が止まる。
彼は、ロイは言っている。まだだろうと。お前もまだ戦えるだろうと。
……戦える。
……身体は、まだ動く。
ただ心がついてきていなかった。けれど、この婚約者はそれを良しとはしない。してくれない。
彼の碧眼が叫んでいた。そんなことをする女だったのかと。
ずっと一緒にいたから、知っているぞと。お前はそんなものじゃないだろうと。
言われている。諦めるなと。諦めるのはお前らしくないと。
────立ち上がらなければ、ならない。
あの日誓った。
流星を共に見た少年に誓ったんだ。
世界の頂点に立つと。誰よりも眩しい、散り際の輝きに総てを賭けると。
裏切ってはいけない。
わたくしは、あの日の少年と少女を裏切ってはいけない!
「……ッッッァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
喉が裂けるような叫びと同時、両足を踏ん張って、ユイさんの腕の中から立ち上がる。
「な────マリアンヌ、さん……?」
「だああああああああっ! ああああああもおおおおおおおお! さっきまでのわたくしは忘れなさい! あんなの、あんな無様な姿は、
右手で天空を指さした。
「わたくしが、天下無双!」
ルシファーが描いた夜空。
「わたくしが、古今最強!」
そこに切れ目を与える。
「わたくしこそが──最強の令嬢ッッ!!」
バキン、という重い音と同時。
世界が砕け散る、夜闇が吹き払われる、姿を取り戻すのは果てのない青空!
「ノーカン! ノーカンですわ! ちょっと倒れてましたけど……小銭が落ちてただけですわ!」
「最強の令嬢は小銭拾わないわよ」
大声で自己弁護すると、リンディから冷たい指摘が飛んできた。
余計なこと言うなよ、と振り向くが……彼女は微笑んでいた。安堵したような笑みだった。
「……申し訳ありません。お待たせしましたわ」
「気にしないで。それで? 一応、上書きされる前の地形なら、退避ルートがあるわよ」
「重畳。わたくしがなんとかしますから、機を見て皆さんを」
「オッケー、任せて」
古い付き合いの友人に、他の友人たちを任せて。
わたくしはファフニールとルシファーが激突している地点へと歩き出す。
ルシファーが暴れ散らかしたようだが、そもそもの話。
お前はわたくしが呼んだんだろーが!
言うこと聞け! こっちを見ろォッ!!
「…………ッ!? マリアンヌ、来たか────!」
言葉にせずとも、やつはこちらを振り向いた。
ルシファーは口元をつり上げ、歓喜するような表情を浮かべていた。
「好き勝手してくれましたわね! ですが!! アナタの主演はここまでですわ!」
「……ふっ。出力の低下……そうか。憎悪に呑まれなかったか」
〇鷲アンチ うおおおおあっ!? コメントできるようになった!? 復旧した!?
〇無敵 一体どうなって……なんでファフニールが亀甲縛りされてんの!?
〇日本代表 おい今三回も局所的な世界改変起きてたぞどうなってんの!?
悪いが説明は後回しだ。
右手を天へかざし、わたくしは詠唱をスタートさせる。
────
────
────
────
真正面。
拘束されたファフニールと、わたくしを見て笑みを浮かべているルシファーと。
そしてカサンドラさんが、少年を抱きかかえ、こちらを見て瞠目していた。
「マリアンヌ……! 貴女、まだ立ち上がる力が……!?」
ふっふっふ。
立ち上がる力、しか残ってねえんだなこれが。
────
「
降り注ぐは大地に満ちる
防御するべく水の翼を展開するカサンドラさんだが、コンマ数秒でわたくしの狙いに気づいた。
まあ、わたくし、背中を向けて脱兎の如く逃げ出してるしな。
「マリアンヌ……!? 貴女、逃げるの!?」
「ええそうですとも! 逃げますわ!」
流星群の配置は直撃狙いではなく、追走してくるルートを破壊するためのもの。
遅延もかけたからある程度継続して流星群は降り注ぐ。
既に背後でリンディたちが逃走を始めていた。
ああそうだ。
今この場は──退く。敗走と言っていい。
「逃がすと思って!?」
破壊の嵐を突き抜け、彼女が手裏剣のように圧縮水滴を飛ばす。
それらがわたくしやリンディの背中を貫き、だが直後にその姿はかき消えた。
「────ッ!? 蜃気楼……!?」
向こうの土俵にこれ以上乗ってられるかよ、こんなん撤退だ撤退。
ただまあ、最後にメッセージだけ残しておくか。
「カサンドラさん、これで勝ったつもりにならないことですわよ!」
「!?」
一旦急ブレーキをかけて振り向く。
流星群が造り上げる破壊の壁越しに。
わたくしは……地団駄を思いっきり踏みながら、腹の底から叫んだ。
「覚えていやがれですわ~~~~~~~~~~!!」
〇red moon 転生してから一番悪役令嬢っぽかったな今の
わたくしもそう思う。
〇101日目のワニ 要するにファフニールが暴れてお嬢が因子トリガーでルシファー召喚して時間稼いでもらってなんとかギリ立ち直って撤退した、ってことか
〇外から来ました ゴジラファイナルウォーズのあらすじのほうがまだ分かりやすい
戦場と化した観光地街から離れて。
大回りで旅館への山道を歩きつつ、わたくしはコメント欄と現状を確認していた。
全員無事だ。まあ、ちょっと最後カサンドラさんの追撃がモロ当たっちゃうタイミングあったけど……そこはなんとかなった。
「アモン先生……ありがとうございます。危ないところを助けられましたわ」
「気にするな。生徒を守るのは教師の役目……と、偉そうに語ることもできないな」
やや気落ちした様子の男が一人増えていた。
世界が元の姿を取り戻してやっと状況を確認できたという彼は、我らが火属性講師にして偉大なる悪魔のアモン先生である。
「すまない。我が輩としたことが……こうも致命的なタイミングで、居合わせることができなかったとは」
「そんな。アナタがいなければ、本当に危ないところでした」
彼の貢献は大きい。大きすぎる。
撤退は間に合うかどうか怪しかった。そこを確定させたのは、彼の魔法だ。
炎熱を操ることで発生させた蜃気楼。平常時のカサンドラさん相手に通用したかは分からないが、ルシファーが顕現するという極限状況では功を奏した。
「……で、だ」
「はい」
疲労困憊といった様子で一同、黙って歩いている。
意識を取り戻したロイとジークフリートさんなんかもう見てられない。二人ともマジで死んでるんじゃないかってぐらい落ち込んでる。
だが、最後尾を歩くわたくしとアモン先生は、そっと後ろに振り向いた。
「なんであいつはまだ顕現しているんだ……!」
「いや……ちょっと分かんないですわ……」
殿を務めているのは、ちょうど身体の半分ぐらいが光の粒子に解けつつあるルシファーだった。
なんでお前まだいんだよ、と冷たい目を向けるも、彼はそこはかとなく胸を張る。
「ああ、マリアンヌ。追撃はないぞ、振り払えただろう」
「……それは、良かったのですが。その……」
「それと、ちょうど聞きたかったことがある」
「……何ですか」
「このロックマンゼロというゲーム、難しすぎないか?」
「このタイミングで聞く神経が度し難すぎませんか……!?」
こいつ片手にゲームボーイアドバンス持ってやがる!
どこで買ったんだよ!
「ふっ、そう驚くものではないぞマリアンヌ。おれはある程度構造を理解すれば、魔力を編み込んで物質を再現することもできる。地獄で等身大のお前を作成するのに躍起になったりもした。ただやはり、お前の思考をトレースするのは難しく、断念したがな」
「キッモ。キッモ……無理。マジ無理。助けられたのを差し引いても無理です。はい無理!」
「おれの元に来ればPS4はおろか、PS5すらも遊べるぞ」
「………………………………」
「ピースラウンド嬢!?」
いかん。マジで心揺れた。
「というかルシファー、だからなんでアナタはまだ顕現しているのかというのをですね」
「ああ、それはお前に伝えたいことがあったからだ」
ルシファーはゲームボーイアドバンスを時空の狭間に入れて、わたくしの目を見つめた。
「分かるか、マリアンヌ。世界を滅ぼす舞台装置に過ぎないおれが……今はこうしてゲームを楽しんでいることの意味を」
「……以前おっしゃっていましたね。単に滅びを約束するだけではなく、その先も見据えていると。文化の発展がもたらすものを重視していると。ファフニールは、あまりそういう感じはしませんでしたが」
「ああ、そうだとも。そしておれも、以前はああだったんだ。だが……変わった。世界を滅ぼすだけでなく、ゲームや漫画も楽しめるようになった」
「……それが?」
「お前だってそうだろう、マリアンヌ。憎しみがお前の総てではないはずだ」
静かな言葉だった。
気づけば先を行くユイさんたちも足を止め、大悪魔の言葉に聞き入っていた。
「もしも、お前が本当に憎悪しかなくなったのなら、その時に改めて世界を滅却しよう。だが──そうでなかった。マリアンヌ、おれに嘘をつけると思わない方がいい。お前は先刻、確かに憎しみだけじゃなかったんだ」
「…………」
「だからあの瞬間にやめた。おれの手によって齎される破壊と滅亡は、今すぐに成さねばならぬことではない。だからといって途中で切り上げる道理はない。それでもやめたのは、お前が心の内に、炎を宿したからだ」
ああ、そうだ。
完全に心が折れていた。今だって、別に劇的に復活したわけじゃない。
だけど──
「……ッ?」
振り向いてロイを凝視すると、彼は訝しげに眉根を寄せた。
戸惑っているようだ。ふん、言葉にして言ってやる義理はないな。
「故にマリアンヌ。お前の答えを見せてくれ。お前が高らかに謳う勝ち鬨が好きだ。お前が迷わず突き進む姿が好きだ。だから……お前がまだやれるというのなら。おれは、お前の姿を見守りたいと思った」
「……ありがとう、ございます。寛大ですのね……」
「当然だ。とはいってもおれのアジェンダに揺るぎはない。ファクトベースを心がけつつも、コンセンサスを得られるよう努力しよう」
「その口調にならなければいい話だったな」
「マジで黙ってくださいます?」
ちょうどその時、ルシファーの身体の崩壊が加速度的に増した。
どうやらリミットのようだ。
「最後に一つ忠告しておこう、マリアンヌ。『
「…………」
「だが、禁呪とはそれ単体で成立するものではない。保有者があってこそだ。勝機を見出すならばそこだろうな」
「ふざけたことを。いいえ、いいえ! 上等ですわ!」
砕け散っていくルシファーを見つめ、わたくしが右手で大空を指さした。
「ならば証明してみましょう! 最強なのは、
「フッ……楽しみにしているぞ、お前の答えを……」
大悪魔は最後にそう言って、ついに粒子となってかき消えた。
〇つっきー ふぅ……いや~海水浴編楽しかったですね
〇第三の性別 勝手に終わらせるな
〇適切な蟻地獄 ここまでルシファーに気に入られるって凄いよな……もしかして乙女ゲーの才能はあるんじゃないか……?
は、って何だよ。他にも才能に満ちあふれてるよ。
それはともかく。
……なんだかんだ、助けられた。助けられまくった。借りができてしまったな。
〇つっきー 本当に大きな借りになってしまったね
〇外から来ました そうだな。裏ボスであることを忘れそうになるわこんなん
〇つっきー いやルシ様の新規絵とボイスでもう大変なことになってるからお嬢に超デカい借りができた。数秒失神してたし今同担にデータ送りつけて気絶させてる
〇日本代表 二次災害起きてんじゃねえか
怖……
ま、まあオタクってそういうものか。確かに推しの水着が突然実装されたりするだけでも発狂なのに、推しがストーリーの中核でバリバリ出てきたらそりゃ椅子から転げ落ちるわ。
「……マリアンヌ。これからどうすんだよ」
「一旦旅館に戻って、態勢を立て直しますわ。恐らく王都の方からも、情報が来ているでしょう。状況を把握し直し、こちらもきちんと策を練って、リベンジはその後です」
ユートの言葉に、ひとまずの方針を示す。
その中のリベンジ、という言葉を聞いて。
一同少なからずの驚きを示していた。
あ? 何だよ。何か変なこと言ったか?
「その、マリアンヌさん。それは要するに……」
「ええ。これは文句のつけようもない敗走ですわね」
「……ッ。驚いたわね。受け入れてるの?」
リンディの問いに対して。
わたくしはスゥ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~と息を吸い。
「全ッ然! まるで受け入れられませんわ!」
ばさばさー! と近くの木々から鳥が逃げ去るぐらいの叫びを上げた。
〇ミート便器 ですよねー
〇太郎 知ってた
〇宇宙の起源 負けを受け入れるくらいなら死んでそうだし死んでリベンジできなくなるぐらいなら迷わず逃げる女
「精神攻撃を初動においてこちらにデバフをかけてくるなんて禁呪保有者の風上にも置けなくてよ!! あ~~~~~~もう思い出したらマジでムカついてきましたわ!! 頭に水ぶっかけられてもアケコンから手を離してはならないというのに!!」
「う、うるせえ……」
耳を押さえて呻くユートを無視して。
わたくしはキッと、先ほど戦場になっていた観光街の方向をキッと睨む。
今はもういなくなっているだろうが、関係ねえ。
「覚えていやがれ、というのは
ああそうだ。ネクタイピンは、カサンドラさんが持っている。あれを取り返すまでは死ねねえ。死ぬわけにはいかねえ。
マリアンヌ・ピースラウンドは、ここからが強い。
強いっつったら強いんだよ。
「ロイ! ジークフリートさん! 次の決戦ではアナタたちの力も必要ですわ! 旅館に戻ったらよ~くお話ししましょう!」
「……ああ、分かっているさ」
「分かってる、だけど」
さっきから意気消沈している二人に対して、わたくしは。
「勝って終わったら──ヴァカンスの続きですわ! お揃いのアロハでも競泳水着でも何でも着ましょう!」
『!?!?!?!?!?!?』
二人の瞳に生気が戻る。
あっこれでいいんだ。ていうかロイはともかくジークフリートさんすら釣れるのかよ。溜まってるってやつなのでしょうか……?
「ま、マリアンヌあんたそういうこと簡単にねえ……!」
「なんですか。リンディには関係ないでしょう」
「ま、マリアンヌさん、メイド服ってどうですか……!」
「あっユイさんには関係あったのですね」
鼻息荒らく迫ってくるユイさんをリンディが羽交い締めにして止める。
辟易しながら周囲を見れば、ユートがロイと真剣な眼差しを交わし、頷き合っていた。
「絶対に負けられなくなっちまったな」
「うん……へこんでいる場合じゃない。僕は、僕にやれることをやらないと」
青春の一ページにみたいになっていた。
自分でやっといてなんだけど、これで奮起するパーティ、かなり嫌だな。
「いやマリアンヌ嬢、落ち着け。ありがとう、少し衝撃で目が覚めた」
「ええ、それは良かったですわ」
「旅館に戻り次第服のかくに──方針の確認を行おう」
「ジークフリートさん? 何か聞こえたのですが……」
まあ、なんだかんだで復活したのなら良かった。
「ピースラウンド嬢……その、なんというか。個性的な仲間に囲まれたな……」
アモン先生は引き笑いだった。
「アナタの上司に比べたらマシですわよ」
「そういうこと言うのやめろ」
わたくしは一撃で先生を論破すると、拳を握って突き上げる。
「一度敗走しようと、最後に勝てば良いのです! ですが恐らく、次の敗北は絶対に許されないでしょう! 必勝を期すため、ただいまをもって、作戦を発令しますわ!」
『………ッ!』
「名付けて──『ドキッ☆禁呪だらけの戦争大会~メテオもあるよ!~』ですわ!!」
『………ッ!?』
余りのネーミングセンスに絶句する一同を率いて。
わたくしは反撃の狼煙を上げるべく、意気揚々と歩き出すのだった。
〇火星 異世界で通じるわけないだろそのネタ
〇苦行むり 多分これ純粋に意味分かんなくて困らせてるんだと思うぞ
一番恥ずかしいやつやん……
というわけでCHAPTER3は折り返しです。
今まではラストバトルに突入するか決着がついてた話数で折り返しってマジ?何やねんこの章……
いただきましたイラストを掲載いたします。
ぬくもり様よりロイのイラスト・設定画をいただきました!
【挿絵表示】
王道の王子様顔です、右下のキラキラ顔が非常に良いですね。
なんかこう改めて、今までやらせてきた言動が恥ずかしくなってきました。おれ、こんなイケメンを無駄遣いしてたんだな……
マントなどの細かい設定まで拾ってくださってありがとうございます!
左上にいる女エッッッッッッッ……落ち着け、中身を思い出せ……
また八つ手様よりマリアンヌとルシファーのイラストをいただきました!
https://www.pixiv.net/artworks/83495258
https://twitter.com/Yatude96/status/1291418042799239170?s=20
例のあのシーンですね。なんだこの少女の涙に応じて顕現するヒーロー!?
色合いで禍々しさを表現しつつ、超越者のルシファーをゴリゴリに描き起こしてくださいました!ありがとうございます…!
演出極振り演出極振りとは言ったがあまりにも格好良すぎる。この登場演出で実情がストーカーってマジ?