旅館の屋上は、誰にも気づかれることなく、しばし一人で蹲るのには向いていた。
目が腫れていないか確認して、充血しきった眼球に嘆息する。
やれやれだ。とりあえず吐き出せるだけは、吐き出せたと思う。少しはこれでマシな状態になっただろう。
わたくしは息を吸ってから、配信画面を立ち上げる。
……少し雑談枠を取ります。わたくしとしては現状の再確認ですわね
〇日本代表 お嬢、大丈夫か……?
〇無敵 話せるなら、少し話したい
問題ありませんわ、今すぐ目の前にファフニールが出現してもぶちのめせます
それで、お聞きしたいのは……ファフニールとは何ですの?
〇宇宙の起源 ファフニールとルシファーはあくまで作中の上位存在に過ぎないはずだった。だけど……
〇火星 上位の定義がややこしいからな、作中の範囲で別次元の存在を『上位存在』、そして俺たちのいる領域に干渉できる存在を『神域権能保持者』って便宜上呼ぶぞ
ああその分け方されると一発で分かりますわね
要するに、ルシファーやファフニールは前者のはずが後者であり、アナタたちの存在を認識したからこそ、原作と違う行動をしていると
〇red moon 流石、本当は頭いいだけあるな
〇101日目のワニ あーやっぱり神域侵犯なんだな……
コメント欄が騒然とした様子になる。
対応をどうするか決めかねているようだった。
……ちょっと聞くしかねえよなあこれ。
何でもできるわけではない、という前提をお聞きした上で、あえて尋ねます
アナタたちが実力行使しない理由は何ですか?
〇第三の性別 それは……
〇つっきー うん……そりゃそう思うよな
じゃあわたくしの推理をお話しします
〇鷲アンチ ……証拠があるのかね?
〇トンボハンター 君は小説家になれそうだな
〇外から来ました こんな所にいられるか! 部屋に戻らせてもらう!
答え合わせのテンプレ台詞ありがとうござい……待って! 一人違いますわ! 犠牲者がいますわよ!
〇日本代表 本当にごめん。サポートするとか抜かしてこのザマだ。私たちは顕現する力どころか、既に身体を失って久しいんだ
えっ身体ないの!?
じゃあどうやってコメント打ってんだよっていうかあの雷ジジイはジジイの外見のままだったんだが!?
〇TSに一家言 多分最初に出会ったあのジジイのこと思い浮かべてると思うけど、まあ人間の外見が本当の姿ではないんだわ
〇ミート便器 ホログラムみたいな理解で構わない
〇つっきー まあ遠い昔にやばい戦いがあって云々かんぬん、どうでもいいので割愛!
えぇ……? いや、ちょっ……それはその、わたくしがいる世界をひっくるめた、結構ありとあらゆる世界に関わるお話、ってことですわよね……壮絶な感じじゃないですか……
流石に顔が引きつっているのが分かる。
今いる乙女ゲーの世界だけでなく、色んな世界──そう、例えばわたくしが転生前に元いた世界すら!──含んで神々が統治していたはずだ。
つまりこう、なんていうか。
話のスケール、でかすぎ……(ドン引き)
〇無敵 とにかく問題はファフニールだ。神域権能保持者である以上、やつの狙いは俺たちを押しのけて世界の運営者に成り上がることだろう
え、なんで分かるのですか?
〇無敵 俺には分かるんだよ。管轄と言うよりは、ファフニールは俺の一部なんだ
〇無敵 もうぶっちゃけると、俺が司るのは『人々の安寧を脅かす悪性生命体』の概念で、その象徴が火を吐く竜なんだよね
これマジですの? 司る概念のデカさに対して普段の言動が貧弱すぎるでしょう……
〇無敵 うるせえよ! ……とにかく、ファフニールを打倒しないと明らかにまずいんだけど、打倒するための作戦を組むには不確定要素が多すぎる
ああ、脚本家とカサンドラさんのことか。
わたくしは腕を組んで考え込む。コメント欄がざーっと流れ、ああでもないこうでもないと対策が書き込まれていく。
でもなあ……やれること、正直正面衝突ぐらいでは?
一つだけ確認します
神域権能保持者は、真っ向から拳で殴れば死にますか?
〇宇宙の起源 質問の治安がゴミすぎてびっくりした
〇無敵 いやまあ……同じ領域まで上がれたなら、できなくはないとは思うんだけど……
ん、りょーかいです。
〇無敵 は? お前……お前、ファフニールぶん殴るつもりだろ!?
ああそうだよ。
やることはいつも通りだ。わたくしにできること全部をぶつけるだけだ。
身体を失っていようとも神様は神様だ。だったら、世界を救うのは、わたくしたち人間がやらなきゃいけないだろ。
配信画面を閉じて、息を吐く。
「……ここにいたのね」
背後から声をかけられた。リンディだ。
「呼び出しでしょうか」
「うん。騎士団の人から、18時に一階の宴会場を借りて作戦会議をするって」
「分かりました」
返事をするも、彼女が動く気配を見せない。
ゆっくりと振り向くと、彼女はなんとも言えない表情だった。
「……ねえ。あんた、無理してるでしょ」
「…………」
「知ってるわよ。私、ずっとあんたのこと見てたもん。あんたが、初等学校で、保護者参観の日にずっと後ろチラチラ見てたこととか。授業で親への手紙を書こうってなった時、誰よりも真剣に書いてたこととか」
おいおい。
熱心なファンがいたもんだな。
「大丈夫、ですわ」
「……いいの? あんたがそう言うなら……私は、あんたは大丈夫ってことにするわよ」
ああ、その言葉。
本当にいいやつなんだなこいつ。
「構いません。そうしてくれることを望んでいます」
「……分かったわ。じゃあ、次会うときはもっとシャンとしときなさいよ」
「ご忠告どうも」
それきり、リンディは自分の頬を両手で叩いてから、屋根を降りていった。
どうでもいいけどこの場所に居続けるの、実は迷惑行為な気がしてきたな。あれ? 旅館側にバレたら、学校ごと怒られるんじゃない?
アダルトビデオ視聴カードを購入したことがバレそうになった男子生徒が如く、わたくしは慌てて屋根から飛び降りる。
「とぅっ!」
中庭にヒーロー着地をズバーン! と決めると、ちょうどそこで涼んでいたらしいジークフリートさんと視線が重なった。
しばし無言の時間。
わたくしはゆっくりと立ち上がると、衣服から砂を払い、スカートの裾をつまんでお辞儀する。
「……ごきげんよう、騎士様。素敵な月夜ですわね?」
「今のをなかったことにできないオレの狭量さを恨んでくれ……」
「呆れをすっ飛ばされると余計にダメージがひどいですわね……!」
ジークフリートさんはリラックスした様子で、芝生に腰を下ろしていた。
少し逡巡してから、彼の隣に座り、並んで月を見上げる。
集合時間にはまだ少しの余裕があった。
「……手が震えているぞ、マリアンヌ嬢」
「……武者震いですわ」
「そうか。そう返せるのなら、まだマシだな」
一瞥もなしに言われた。
認識能力の差がエグいんだよ。
ジークフリートさんは何か躊躇うような様子を見せた後、息を吐く。
「ゼールの皇女について、だが」
「はい」
「……知り合い、だったのか」
「ええ。とても綺麗で、眩しい人だと思って……友達になれると……」
いや、友達だと思っていた。
けれど違った。
「月のような人です。美しく、けれど裏側までは見せない……」
「……そうだな」
しばしの沈黙。
風が優しく流れた。しかしそれは纏わり付くような湿気を孕んでいる。
月こそ見えているが、空には薄暗い雲がかかりつつあった。これは一雨来そうだな、とぼうっと考えていた。
だから、口から勝手に言葉が零れたのは、完全に油断しきっていた証拠だった。
「……恐ろしいのです」
「え?」
慌てて口をつぐもうとした。
だが坂道を転がるように次々と言葉が吐き出される。
「恐ろしい感覚、でした。初めてでした。相手が誰か分からなくなりました。死ねと……友達だと思っている相手のはずなのに。顔も見えなくなって、真っ赤になって。死ねと、全身全霊で願いました。生きていることが許せなくなっていました」
……考えてみれば本当に、あんなにも誰かを恨んで、憎悪したのは、初めてだった。
これが憎しみなのなら、人間に制御なんてできるはずがない。
「……すみません。変なことを話してしまいましたね」
「いや、いいよ。聞けて良かった」
月から視線を離すことなく、ジークフリートさんは頷く。
「少し、オレの話も聞いてくれないか」
「……構いませんが」
騎士は深く息を吐くと、そこで初めて顔をわたくしに向けた。
「聞いていただろうか。やつは、ファフニールは言った。オレに残滓を感じると」
「…………ええ、言っていましたね」
「オレは強かった。昔から強かった。そしてそれを受け入れてくれる師と親友がいた。孤児院の施設長と、同じ施設の子供だった。恵まれていたんだ」
そう語るジークフリートさんの瞳は、こちらに向けられているのに、ここではないどこか遠くを見つめていた。
「子供でも少し考えれば分かる。この異常な強さがきっと、オレが施設にたどり着いた原因なんだと。親については何も知らされなかった。何も分からないまま、宙ぶらりんで……自分で決めたと思っても、今になって思い返せば、半ば意固地になったようなもので……」
珍しいと思った。
これは多分、明確な弱音なのだ。ジークフリートさんがわたくしに、弱音を吐いているのだ。
彼は似つかわしくない、自嘲するような笑みを浮かべる。
「だからオレは、少しだけ君が羨ましいと思っていたんだ」
「……え?」
「君の強さには、理由がある。ルーツがあり、才能があり、努力があり……文句のつけようがない強さだ」
彼の瞳に映し込まれたわたくしは、ぽかんと口を開け放っていた。
「だから眩しかった。オレとは違うのだと思い知らされた。それほどに──君のありようは、美しかったんだ」
「…………ッ!?!?」
え?
あ、え? うわっ、うっわ待って顔メッチャ今熱いこれ真っ赤になってるだろコレやめろカメラ止めろ!
「これはうぬぼれかもしれないが、オレを頼れる大人だと、思っているだろう?」
「ふぇっ!? え、あ、そりゃまあ、そうですけれども……!」
「だから約束する。君が悩んだり……道に迷ったりした時。次こそオレは、君の傍にいよう」
「ふおおおおっ!?」
ぐいと顔を寄せ、ジークフリートさんは真剣な表情で言う。
イカン! 脳が溶ける!
「君がまた、憎悪に囚われそうになった時。その時はオレが引き戻してみせる。だからそうなるように……勝手な話だが、オレを信じてくれ。君が信じてくれる限り、オレはその信頼に応えたい、応えてみせる。そのために立ち上がれるから」
「ひゃ、ひゃい……」
心臓の音で鼓膜が破れるかと思った。
ジークフリートさんは満足げに微笑むと、立ち上がってこちらに手を差し出す。
「さあ、そろそろ時間だ。作戦会議に向かおう」
少し逡巡し、手汗をスカートで拭ってから騎士の手を取る。
大きな手だった。なんだよイケメン補正で大体の言動を許されてる男がよぉ。その貌でそういうこと言うのはよぉ!
「……ええ、そうですわね」
ただまあ、思考を切り替えれば。
こんだけ最高の騎士がわたくしに騎士の誓いっぽいことをしてるの、最高に気持ちいいな!
〇無敵 ん? 席外してる間にジークフリートさんと会話してたのか
〇宇宙の起源 スクショと録画を無限にしてた、一枚だけ送るわ
〇無敵 ほーん くぁwせdrftgyふじこlp;@:
〇宇宙の起源 後で言い値を伝えるわ
……なんかビジネスに使われてるけど、わたくしにも取り分あるよな?
「我々ジークフリート中隊に、ファフニール討伐指令が下されました」
『……!』
宴会場にジークフリートさん率いる中隊の騎士と、わたくし、ロイ、ユイさん、リンディ、ユートが集まっていた。
テーブルを囲んで立ち並ぶ一同を見渡し、中隊の副隊長が眼鏡を光らせて告げる。
「アーサー陛下の命により、現地で魔法学園の生徒も場合によっては作戦に参加させろと。特に……マリアンヌ・ピースラウンドには助力をお願いしたいと」
「承知しました」
即答すると、場が少し沈黙に包まれた。
いいんですね、と視線で問われ、頷く。
「我々は……ピースラウンドさんが、禁呪保有者であるという情報も開示されました。あなたのご協力は、騎士としては心底歯がゆいですが──なくてはならないと思っています」
「悔やむことはありません。わたくしは、わたくしが為さねばならないことを為すだけです。そのために協力が必要なのでしょう。わたくしたち魔法使いと、騎士とで」
宴会場を見渡す。
学生たちは現在、自室での待機を命じられているが、わたくしの友人たちはこの場に居た。
代表してロイが一歩前に出る。
「僕たちもこの場にいるということは……」
「ええ。騎士だけでなく、魔法使いの皆さんの力が必要だと判断しました」
恐らくはアーサーの野郎の指示だな。
現状で、足手まといにならないやつ全員をまとめてぶつける。実に単純な最善手だ。
〇苦行むり いよいよ原作とはまるで別イベになってきたな
〇外から来ました 騎士団は関わってなかったもんな
「……ッ。騎士団一個中隊と、学生で構成された部隊ってことですか」
困惑の声を上げるユイさんに対して、わたくしは肩をすくめた。
「ええ。まるで敗戦国のレジスタンスですわね。テンションが上がるでしょう?」
「上がんないわよ! どういう感性!?」
リンディが悲鳴を上げ、みんなその通りだと頷いた。クソが、味方いねえじゃん。
……ただまあ、不安になる気持ちは分かる。なんで騎士団の増援とかが来ねーんだよって話にもなる。
だが理由を推測することは容易だ。
「王都襲撃の件がありましたので……今、この地域にて確認されたのが、王都襲撃と同じ人員であることは確認できています。しかしこちらが陽動という可能性もある」
だろうな。
国の中央部で一回暴れられた直後なのに、王都の防衛を割けるはずがない。
前提条件を確認し終え、わたくしたちは数秒顔を見合わせた。
決意を秘めた表情。不安そうな表情。それらが一様に唇を結び、頷く。
「では作戦を説明します。緊急事態ですので内容は口頭伝達となります。作戦概要としては夜闇に紛れての奇襲、つまりは電撃戦です」
副隊長さんが滔々と説明する。
大きなテーブルに広げられたのは、この海辺一帯を示した地図だ。
それが魔法によって拡張され、立体的な図として空中に投影されている。ファンタジー要素があるって知らなきゃこれ普通にSFだと思っちゃうな。
「偵察部隊の報告によれば、敵は旅館から7キロ離れた崖地帯に陣形を展開しています。陣形からして最奥部を守護するのが役割と考えられており、また本日の昼間に敵と接触したジークフリート隊長の証言から、大邪竜ファフニールと呼称される存在を完全に顕現させることが目的と考えられます」
投影図に、赤い魔力光点が点滅する。敵陣営の大まかな見取り図か。
グループが三つ、それぞれ小隊単位で独立して警邏に当たっているらしい。
戦場となるであろう一帯のマップを確認し、ロイやユート、ユイさんにリンディまで眉根を寄せたり小声で何か会話したり頷いたりしていた。負けてられねえ。
「ふむ、なるほど」
腕を組んで頷く。
全然分からねえ。
「どうやら説明は不要なようですね、素晴らしい理解力です」
わたくしたちのリアクションを見て、副隊長が満足げに頷く。
「いや待て。マリアンヌ嬢の今の発言は何も分かっていないときに発するものだ。説明が必要だな」
「あっそうなんですね」
「うおおおおおおい! バラさないでくださいます!?」
ジークフリートさんのインターセプトにより、わたくしに生温かい視線が突き刺さる。
〇みろっく 黙ってればいいのに……
うるせえ!
それじゃあカッコがつかないだろうが!
「立地は攻撃を迎撃するため、極めて緻密に選ばれています。真正面からの攻撃ではこちらが不利でしょう。だからこそ、ピースラウンドさんの突破力を生かしてなんとかひっくり返したいのです」
「あ、ああなるほど……」
顎に指を当てて数秒考え込んだ。
あ? え? 結局何を求められてるんだ?
冷や汗をダラダラと流すわたくしに、隣のロイが肘でちょんちょんと小突いてきた。
「要するに火力で相手の陣形を破壊しろってことだよ」
「なるほど! ブチ抜けばいいのですね!」
「……まあ、はい。ええ。隊長これでOKですか? 本当に?」
「不安になるのは分かるが、OKだ」
なんだよ最初からそう言ってくれればいいのに。
改めて、ぶち壊す対象としてマップを確認する。確かに正面から突破しようとした場合、何層もの防衛線に絡め取られ途中で失速するだろう。
「ということは最前面にいる兵力はある程度無視ですわね。最奥部に中心人物が待っているのでしょうが、横に複数の防衛ラインを重ねる形ですか。わたくしが正面から縦に分断しましょう、そうすれば分裂した防衛隊を左右から挟撃し、楽に進めるはずです」
「本当にOKだった……!」
副隊長さんが驚愕の声を上げる。
〇トンボハンター お前の戦闘用IQの起動スイッチは分からん
〇火星 うわっ限りなく最適解じゃねえか、突然頭良くなるのやめろ
わたくしは魔力を操作して、投影図の中心部を断つようにして蒼いラインを引いた。
「今描いてもらった通りに分断できるのなら、最高だけどよ。かなり負担になるぜ? 大丈夫か?」
「問題ありません。これぐらい朝飯前ですわね」
ユートの心配するような声に、胸を張って答える。
赤子の首をひねるようなもんだ。間違えた首ひねっちゃ駄目だな。
「では自分たちはスリーマンセルで左右から仕掛けましょう」
「迅速に最奥部へ到達するには……足止めも必要だな。左側の戦闘では私の小隊が担当します」
初動が決定したのを見て、騎士団の方々が発言を重ねていく。
まあここから先は任せればいいか。
「……マリアンヌさん。迷いは、ないんですか」
「ユイさん?」
ふと名を呼ばれ見ると、彼女は難しい表情でマップを眺めていた。
「迷いとは? わたくし個人の問題ならば、心配ご無用ですわよ」
「はい。でも、そうじゃないんです。これって要するには……火事が起きたから、火消ししようってことですよね……」
重い言葉だった。
彼女は広げられた地図を眺めながら、光のない瞳で静かに言葉を紡ぐ。
「あの人たちが誰で、何のためにこんなことしてるのか分からないまま……ただ薙ぎ払って、なかったことにする……」
「ですが、ユイさん」
「はい、分かっています──既に火の手は上がっている。ならその火は確実に消すべきです」
副隊長さんは作戦をまとめながらも、こちらの会話を聞いていたようだった。
いつしか騎士たちも、ユイさんの言葉を真摯に聞き、深く頷いている。
「もちろん、王国の騎士として。そして私個人として、彼女の言葉を否定することは絶対にできません。だからこそ、単なる火消しにしないために、我々は確実にこの戦闘に勝利しなければならない。負けたら火が燃え盛るだけです」
眼鏡を指で押し上げながら、副隊長さんはそう言った。
……流石はジークフリートさんが選抜した部下だな。芯が通ってる。
「──分かりました。私も、全力でサポートします」
「ありがとうございます、次期聖女様」
あっそっかユイさんって騎士たちの将来の上司っていうかトップじゃん。
大分前のお茶会もそうだったけど、屈強な騎士たちがユイさんに最上級の礼節を示してるの、なんかウケるな。
「……なんかこう、決め手に欠けるわね」
そのタイミングで、リンディさんがぽつりと零した。
視線が集まって、彼女はわたわたと両手を振る。
「あ、いえ、すみません」
「いや、ハートセチュア嬢の指摘は正しい。これはあくまで正攻法に持ち込めるようにするための工夫であって、正攻法で勝利するための工夫ではない」
ジークフリートも難しそうに頷いた。
宴会場に沈黙が満ちる。
……ふーん?
これは……異世界転生特有の、軍師チート展開をやるチャンスか!?
〇TSに一家言 軍師……?
〇無敵 お前の知性で軍師は絶対無理だって
うるせえですわ! コードギアスで学んだ溢れんばかりの知力をお見せしましょう!
〇宇宙の起源 もうその発言が駄目なんだよなあ
「はい」
「どうぞ、ピースラウンドさん」
挙手すると、副隊長さんがわたくしに発言を許可してくれた。
「山を崩しましょう」
「は?」
「海辺とは言え切り立った崖以外は山地です。山を流星で崩し、敵を生き埋めにしましょう」
わたくしの知的提案を受けて、宴会場に沈黙が訪れた。
ふふん、余りに高度な作戦でびっくりしてるのかな?
胸を張って不敵な笑みを浮かべているわたくしに対して、順にロイ、ジークフリートさん、リンディが口を開く。
「いやちょっとそれは、国防のために出動して国土を破壊するのは流石に……」
「敵の弱体化としては最高だ。君単独で攻め込むならやってもいいが……乱戦に持ち込むメリットがこちらにない。戦力差が大きいならアリだが、今回はむしろ趨勢をあやふやにしてしまう愚策だな」
「あんたがテロリスト側にいなくて良かったけど、こっちだとその破壊専門の脳はお荷物よ。黙ってお菓子でも食べてなさい」
…………………………
〇red moon 完全論破で草ァ!
〇太郎 哀れんでしまうぐらいタコられてるな……
〇日本代表 よっ、軍師様!w
「おおおおおおおん!!」
「あっキレて暴れだしましたよ!」
「捕まえろ! ジタバタするんじゃない!」
「ちょっ……騎士5人がかりでも押さえきれないんですけど!? 普段何食ってるんすかこの娘!?」
結局もう一手の何か決め手になるものは出てこないまま。
わたくしたちは決戦へ向けての準備を始めることとなったのだった。
月が雨雲に覆い隠された。
ぽつぽつと雨が降り始め、段々強くなっている。
戦闘フィールドは山だ、ぬかるんだ地面での戦いになる。
左右に騎士たちがスタンバイした、と使い魔が告げた。
「…………準備完了だ。始めるぞ、マリアンヌ嬢」
「はい」
隣に並ぶジークフリートさんの言葉に頷く。
作戦会議を終え、準備を手早く済ませ。
いよいよ開戦の時を迎えた。
敵の陣形は展開済み、こちらから仕掛ければ一気に戦闘が開始される。
「すぅ……」
息を吸う。
正面を見据える。今から戦場に飛び込むのだ、という自覚が背筋を伸ばす。
だが──違う。違うのだ。わたくしに求められる働きとは、一兵卒としてのものに留まってはいけない。
────
────
さあ、魅せてやるよ。
さっきは軍師プレー失敗したけど、ここからだ。頭脳プレーで巻き返すしかねえ。
────
────
単に流星を降らせて分断するだけなら容易い。
混乱する敵軍を左右から挟撃する。そうして奇襲が成立し、制圧のペースも加速する。
だからもう一つ、工夫をしよう。
────
「ん? その詠唱はパンチ用では……?」
「ジークフリートさん、わたくしに掴まってください」
「あっ(察し)」
ジークフリートさんは使い魔を介して部下たちに何事か伝えると、諦めきった表情でわたくしの肩に腕を回す。
体格的には逆だが、おんぶの姿勢だ。
さあショータイムだ。
山を崩してはいけないってことだけど、地形を変えてはいけないとは言っていなかったよなあ!
「マリアンヌ嬢、頼むから地図が変わるようなことはやめてくれると助かるんだが」
「もちろんです! この拳が流星となりて、戦場を切り裂くのを刮目なさい!」
「聞いてるか?」
聞いてねえよ!
光を放つ右腕を限界まで引き絞る。
パワーを蓄積し、一気に解き放つ。肘部分から噴出される
「撃発・悪役令嬢ブーストグランドスラッシュパァ──────ンチッッ!!」
二人分の身体をまとめて加速させ、瞬時に戦場を駆け抜ける。
敵陣営の中央を刹那で通過。直線上にいた兵士たちはワケも分からないまま天高く舞った。
だが、破壊は横だけではなく下にももたらされた。
「な……!?」
「え────て、敵襲! 敵襲ですっ!」
慌てふためく敵の雑兵たち。カサンドラさんが引き連れていたという皇国の憲兵団。
その陣形ど真ん中で。
ビシリ、と大地に亀裂が入った。
亀裂が広がっていく。深く深く、地層すらむき出しにして、地面の高さそのものがズレていく。
慌てて左右に飛び退く兵士たち。戦力が分散されて、分断された。
「……ッ! マリアンヌ嬢、まさか力の指向性を下に逃がしたのか! 意図的に地割れを起こすとは……!」
背中から降りたジークフリートさんが、周囲で迎撃態勢に入ろうとする兵士を薙ぎ払いながら感嘆の声を上げる。
そうだ、ナメてもらっちゃ困るんだよ。
ただ分断するだけじゃない。合流もできないようしてあげないとな。
この優れた知性とIQと頭脳、まるで将棋だろ?
破壊の直線の終着点で。
わたくしは白い煙をたなびかせる放熱中の右手で天を指さした。
「これがわたくしが開発した、将棋界に新風を巻き起こす戦法! 名付けてマリアンヌシステムですわ!!」
りゅうおうだろうが将棋星人だろうが、これでイチコロだぜ!
〇101日目のワニ 将棋なめんな
〇火星 新棋聖にボコボコにされてグズグズに泣いて欲しい
〇外から来ました この飛車、駒の先端にカッターの刃とかついてない?
〇無敵 こいつは前に真っ直ぐしか進めないから香車なんだよな
なんだよいいだろ香車大事だろうがよお!!!
全然文字数減らなくて死でした
馬鹿が代