TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART12 竜虎相搏バトルフロント

「来たか……!」

 

 マリアンヌによる陣形突破と、騎士たちの挟撃により戦端が開かれたのを見て。

 降り注ぐ豪雨の中、少年は嫌そうな表情で呻く。

 

「速いな……いや、速い! 速いぞ!? こっちの陣形が崩れてるんじゃないのかこれ!?」

「少々見くびっていたようね」

 

 複雑な召喚魔法陣を数十展開して同時に操りつつ、カサンドラも渋い声を漏らす。

 想定より遙かに早い始まりと、スマートな侵攻だった。

 

「予測が甘かったってことかよ。いいや、こういう真似をしてくる連中だからこそ、僕らは負けるわけには──いやいや、速すぎない? ん? これ間に合わなくない?」

 

 この最奥部への到達までにかかる時間を瞬時に弾き出し、少年が頬を引きつらせる。

 カサンドラもまた先にその結論へとたどり着き、顔をしかめていた。

 

「どーなってんだあいつら!? この短時間で軍略をここまで仕上げられる策士がいたのか!?」

「どうするの? (わたくし)は手が離せない以上、貴方が相手取ることになるけれど」

「冗談じゃない! 僕がそのへんの騎士にだって苦戦するレベルなの知ってるだろ!? それに、こっちに真っ直ぐ突っ込んできてるのは、マリアンヌとジークフリートだ! 絶対嫌だけど!?」

 

 むうとカサンドラは唸る。

 現状のままでは、向こうの迅速な対応によって一気に鎮圧されてもおかしくない。

 

(何か対応策があれば──)

 

 視線を巡らせる。自分と少年の野営用荷物が転がっているばかりで、あとは泥と草木だ。

 その、自分の鞄から少しはみ出た紙。

 黒髪の少女と共に買った魔法論文書を見て、カサンドラは目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 最奥部への侵攻は時間との戦いだ。

 先にファフニールを召喚されてしまうとお話にならない可能性すらある。だが召喚途中に割って入ることができれば、こちらで完全に主導権を握ることができる。

 二節詠唱分の出力で脚力を強化し、ジークフリートさんと共に戦場のど真ん中を真っ直ぐ走る。

 

「邪魔、ですわッ!」

「ぐわっ」

 

 立ち塞がる雑兵を蹴り飛ばす。スカートでやることじゃないが、言ってる場合じゃねえ。

 隣では紅髪の騎士が剣の一振りで四人ぐらいまとめて宙に打ち上げている。化け物かよ。

 

「行かせるものか!」

 

 また一人、横から飛びかかってきた。

 押し通らせてもらうつってんだよ!

 

星を回し(rain fall)天を染めろ(sky burn)!」

 

 即時二節詠唱。拳銃のように右手を突き付け、銃口に見立てた人差し指から魔力射撃を放つ。

 狙い過たず敵の胸に突き刺さり、憲兵はもんどりうって地面に倒れ、動かなくなった。

 フッと指に息を吹きかけた。

 

「安心しなさい。峰打ちですわ」

流星(メテオ)には峰があるのか?」

 

 きょとんとした顔のジークフリートさんに尋ねられ、わたくしは渋面を作る。

 流してくれよこれぐらい。なあ。頼むからさあ。

 

「……要するに殺傷能力を押さえただけですわ。いいからいきましょう」

「いや、それが詠唱改変によるものなのか、物理的に殺傷能力のある面ない面の差によるのかは大きく違うはずだ。今後のために聞かせて欲しい」

「ふおおおおおおおん!! 前者ァ! 前者でーーす! はい! わたくしが悪かったです! この話はここで終わり! 閉廷!」

 

 流石にデカイ声を上げてしまった。

 納得した様子でジークフリートさんは大剣を背に戻し、走り出す。

 直後。

 

「ッ! チィッ……」

 

 バチリと右手から火花が散る。

 隣を疾走するジークフリートさんがめざとく気づいた。

 

「マリアンヌ嬢、それは……」

「ええ。悔しいですが……言葉や表情の面では、きちんと自分をコントロールできているつもりです。しかし、直接対決が迫っていると考えると、どうしても。感情を完璧に制御はできていませんわね」

 

 普段の流星と違う。出力が向上している代わりに、指向性の制御が甘くなる。

 何より色合いが異なっているのだ。やや黒みがかかり、輝きはくすんでいる。

 原因不明だが──間違いなく、わたくしのメンタルと連動しているのだろう。

 

「これが原因でミスをしなければいいのですが──ッ!?」

 

 全力疾走していたわたくしとジークフリートさんが、二人揃って急ブレーキ。

 汚泥を左右へ散らし、靴を汚しながら、その場に立ち止まった。

 前方に憲兵部隊が展開されていた。全員、今までの連中とはモノが違う。明らかに戦力を集中させていた。

 

「分断された前線を見て、精鋭を集結させたのか……」

 

 素早い対応にジークフリートさんが呻き声を上げる。

 展開された戦力の中心部から、一人の壮年の男が、こちらに向かって進み出た。

 ゼール皇国のものであろう軍服。腰にはサーベルを帯刀している。

 

「不躾な物言い、失礼する。これ以上は進ませない──果てていただこう」

 

 貫禄が違う。

 風格が違う。

 見て分かる、ボス格だ。

 

「憲兵団『ラオコーン』の部隊長とお見受けする。オレは王国騎士団ジークフリート中隊隊長、ジークフリート」

 

 対応するように、紅髪の騎士が、わたくしの前に一歩進み出た。

 雷雨の中で二人の視線が重なった。稲妻の光に、着込んだ鎧が照らし出される。

 

「ほう、中隊長……本当か? その実力、出力、何よりも眼差し。到底そのレベルに収まるとは思えない。てっきりお嬢様が運悪く、大隊長クラスと遭遇したのかと思っていたが」

「お褒めいただき感謝する」

 

 会話とは裏腹の、修羅場特有の殺気の交錯。

 

「……マリアンヌ嬢。最悪、オレを置いて行け」

 

 背中越しに騎士が告げる。

 言われなくとも、と周囲に視線を巡らせて。

 

「いいや──あなたも先に行かねばなりません、ジークフリート殿」

 

 複数の足音。

 後方で憲兵たちを各個撃破、制圧している騎士たちとは違う。

 勢いよく振り向けば、豪雨に滲む視界の中でも、白いマントがたなびくのが見えた。

 

「ロイ!? それにユイさんたちまで……!」

「こんなところでマリアンヌさんに消耗を強いるわけにはいきませんから」

 

 現れたロイの横に、ユイさん、ユート、リンディが並んでいる。

 ユートの学ランは雨に打たれながらも、それらを蒸発させ水蒸気を上げていた。あいつ、もう禁呪発動してるなコレ。

 

「本当にいけんだろうな、ロイ」

「大丈夫。一発なら打てる……後は手はず通りに頼むよ」

「オーケイだ」

 

 何事か会話をした後、ロイがこちらに歩み寄ってくる。

 学生服姿の彼らを見て、敵方の隊長が眉をひそめた。

 

「学生──が、我々の相手をすると? 自殺願望者なのか?」

「まさか。さあマリアンヌ、ここは僕たちに任せてくれ」

 

 ゆっくりと、静かに。

 抜剣。銀色の刀身に、ロイの決然とした眼差しが映し込まれている。

 

「君には君の舞台があるはずだ。それはここじゃない。こんなところで、一呼吸だって惜しいはずだ。なら僕が──君の進む道を切り拓く」

 

 不調を押して、彼はわたくしの前に進み出た。

 

 

雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)

 

 

 ロイが詠唱をスタートさせた瞬間、思わず目を見開いた。

 魔力循環に乱れが生じている。いや、生じてはいるのだが、ロイはその乱れを強引にねじ伏せて無理矢理魔法を起動させようとしているのだ。

 そんなの、耐えがたい激痛が伴っているはず。彼の表情を見れば苦悶に歪んでいる。

 だが詠唱に淀みはない。

 

 

今こそ撃発の刻(burst times)眩き光が道標を照らし(marital roads)軍神の剣が降り注ぐ(slashed Mars)

 

 

 五節に及ぶ詠唱が完了。

 そしてロイ・ミリオンアークはここから、完了した詠唱の性質を変貌させる。

 五節雷撃魔法『電翼』の詠唱を確認し、敵隊長は迎撃のためにサーベルを引き抜いた。

 

 

第三剣理(ソードキャロル)展開(セット)────」

 

 

 貴公子の体勢が低く沈んだ。

 身体の後ろに回して構えられた剣から極大の電が放出され、荒れ狂い、一帯を無秩序に破壊していく。

 それはまさに、降り注ぐ豪雨を片っ端から蒸発させる、天の怒り。

 

「……! 全員防御姿勢ッ!」

 

 敵の隊長が鋭い指示を飛ばす。関係ない。

 まさしくそれは、聖なる時を祝福するための歌にして砲声。

 

 

 

「────破雷覇断(デストラクション)烈光衝砲(ライトブロー)

 

 

 

 閃光が視界を灼いた。

 極限まで圧縮された魔力を、指向性を持たせて放出する。

 メカニズムはそれだけ。だがロイは剣を収束の芯に据えることで、威力と精度の大幅な改良に成功していた。

 

「さあ行け、マリアンヌ!」

 

 ロイの叫びを聞くと同時、身体が動いていた。

 ジークフリートさんと共に跳び上がり、敵戦力の頭上を通り過ぎる。

 眼下では一直線に放射された雷撃を、憲兵たちが左右に割れて回避している。わたくしとジークフリートさんはノーマークになっていた。

 アシストとしては完璧。しかし。

 

「ロイ、決して無茶は!」

「分かってるさ!」

 

 今の一撃で、もうガタが来ていてもおかしくない。

 だが彼は剣を振るい、体勢を整え、憲兵たちに斬りかかっていた。

 

 ……ッ。万全なら絶対大丈夫だって、確信をもって言える。だけど調子が悪いのなら……!

 

「信じてやれ、マリアンヌ嬢!」

「っ」

 

 着地すると同時、騎士と共に、振り向くことなく駆け出す。

 

「ええ、まったくそうですわね。アナタに言われるまでもありません! あの男の強さをこの世界で最も知っているのは、わたくしなのですから!」

 

 最奥部まではもうまもなく。

 降りしきる雨の中を、わたくしたちは必死に疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 残された『ラオコーン』主力メンバーとロイたちは。

 ロイの魔法によって破壊された一帯の中で、激しく火花を散らしていた。

 

「ユイ! 左二人!」

「はい」

 

 リンディの叫びと同時に、ユイが右足を振るう。通常の制服より短く折られたスカートは、彼女の獣のような動きを阻害しない。

 吹き飛ばされる憲兵たち。そこにリンディは魔法で追撃をかけ、確実に制圧する。

 

「ミリオンアーク、上!」

「了解だ!」

 

 前衛でロイとユイが格闘術・剣術によって敵を制圧し、リンディがとどめに魔法を打ち込んで完全に無力化する。

 死にはしなくとも、内臓破裂や足の複雑骨折など、動くことのできない状況へ速やかに追い込む即席のコンビネーション。

 

(……こ、()()()()()()()()()()()、こいつら……!?)

 

 ユートも両腕にマグマの鎧を部分顕現させ活躍していたが、ペースは圧倒的に三人の方が早かった。

 実戦でも迷わず動ける胆力。死線を越えるための判断力。

 それらはハインツァラトス王国では養うことができず、しかしロイたちが御前試合や特殊な訓練によって身につけていた代物。

 

「ユート君、気が向かないなら下がっておいてください」

 

 一人の憲兵の腹部に肘を叩き込み、地面に沈めながらユイが冷たい声を出す。

 

「い、いや……大丈夫だ」

「そうですか。ならフォローをお願いします」

「あっちょっ、おい!?」

 

 憲兵三人ほどを一気にかわし、ユイが爆発的に加速した。

 狙いの先は、サーベル片手に魔法を詠唱する敵隊長。

 

「徒手空拳とは面白い! 疾風が巻き起こり(blast)戦場を支配する(stream)

「……!」

 

 敵の隊長がサーベルを鋭く突き込む。

 紙一重で切っ先をかわし、ユイはそのままゼロ距離で手刀を振るった。

 首をかしげるようにして避けられる。ラオコーン隊長の頬に赤いラインが走った。こちらもまた紙一重。

 

(ほう! 瞳の中には、まるで揺らがぬ炎! 燃え盛っていながらも、しかし氷のようとは──!)

(この人、強い!)

 

 既にサーベルの距離ではない。だが時にしならせ、時に腕を上げて上方から振り落とし、確実にユイの身体へ浅い斬撃を当ててくる。

 雷雨の中に少女の血煙が溶けていく。だが。

 

「リンディさん!」

「飛んで!」

 

 ユイが突如その場で後方に宙返りした。

 瞠目する隊長の正面。

 ユイに隠れて見えなかった一直線上で、リンディが魔法陣を三つ重ねている。

 

焔の矢(blaze)十字架を溶かす熱(volcano)闇を照らせ(burn)──!

 

 放たれた炎属性三節詠唱は、狙い過たず敵隊長の腹部に吸い込まれていった。

 重い衝撃音と共に、彼の身体が十数メートル吹き飛ばされる。地面に落ち、泥をまき散らしながら転がった。

 ユートが素早く周囲を見渡す。動いている敵影はない。

 あっという間だった。

 

「何よ……私、結構戦えるわね……」

 

 自分の手をぐーぱーして、リンディが少し誇らしげに胸を張る。

 その様子を見て、ユイは人知れず眉根を寄せた。

 

(……違う。()()()()……こんなに、前は強くなかった……成長してる……? いいえ。魔法の威力が根底から上がってる。動体視力も、私に負けないぐらいになっていた。こんなに急成長することがあるの……?)

 

 静かに思考を回していた、その時。

 

『──────!?』

 

 全員一斉に、弾かれたように顔を見合わせた。

 嫌な感触がした。全身を泥で覆われたかのような、そんな感触がした。

 

「え、何ですか、今の」

「分からない……魔力を感じた。嫌な魔力だ。一帯を覆った。だけど……」

「ああ。俺たちは無視って感じだった。もしかしたら敵戦力へ何らかの加護を与えるものかもしれねえ」

 

 一同の顔に緊張が走る。

 遠くでは騎士たちもまた、制圧を進めながらも言い知れぬ悪寒に震えていた。

 その違和感の答え合わせは、実に明瞭に行われた。

 

 

「────なるほど。見くびっていたということか」

 

 

 声が響いた。

 慌てて全員、戦闘態勢に再度移行する。

 吹き飛ばされた方向から、鎧を泥まみれにしながらも、痛みなど感じさせない様子で敵の隊長が歩いてくる。

 

「そんな!? 行動不能に追い込んだはずよ!?」

 

 それだけではない。

 周囲で、倒れ伏していた兵士たちが、次々に起き上がってくる。

 

「……ッ。確かに内臓をいくつか破裂させました。行動できるはずがない……!」

「何だよ、これ……!?」

 

 確かに無力化したはずの兵士たちが、瞳に生気を光らせ、再び武器を構えている。

 動きに淀みはない。痛みを我慢している、あるいは感じなくなっているわけではない。

 

「再生、してるっていうのかよ!?」

 

 ユートの絶叫こそが的を射ていた。

 外傷、即ち身体の斬撃痕すらも、溶けるようにして消えていくではないか。

 戦場に混沌が満ちる。騎士たちが応戦するが、相手は何度切られても復活する。

 生と死があやふやになった一帯、その中心点で、隊長は不敵な笑みを浮かべた。

 

「タネを明かすつもりはない。ただ……これより我らは不死の兵だと思ってもらおう」

 

 攻防戦は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ今の気持ち悪い感覚。湯通しされたのか?

 妙な感覚が肌を撫でたが、気のせいだろうか。

 そう思って走りながらジークフリートさんの顔を見たら顔面蒼白だった。

 

「ちょっ……ジークフリートさん!? 大丈夫ですかッ」

「──マリアンヌ嬢。俺たちは遅かったのかもしれない……!」

 

 え? 何が?

 聞き返す前に、わたくしとジークフリートさんは崖っぷちの開けば平地へと飛び込んだ。

 

 そこに、いた。

 高層ビルぐらいでかい竜が──()()()()()()()()()()()()

 

「……完全顕現済みでしたか」

 

 間に合わなかった。

 先ほどの嫌な感じは、恐らくこいつが顕現した影響だろう。

 

「随分と迅速でしたわね」

「ええ……貴女のおかげよ、マリアンヌ」

 

 ファフニールの足下で、腕を組んでこちらを待っていたカサンドラさんとクソガキに声をかける。

 彼女は、共に買った魔法論文を片手に持っていた。

 

「魔法が魔法を制御する。そのアイディアがなければ、間に合わなかったわ。『禍浪(フルクトゥス)』は万能を超えた全能、何でもできる禁呪の究極到達点。当然、机上の空論さえも現実に再現してみせるわ。貴女との出会いに感謝しないとね」

 

 ハッ。安い挑発だな。

 煽り全一を目指していたわたくしがそんなに乗るわけねえだろ。本物の煽りを見せてやる。

 

「馬鹿げた真似を……先人たちの学びを利己的に利用するなんて、愚かとしか言い様がありませんわ。輝ける明日をより良いものにするためにこそ、誰もが手を取り合っているのでしょう。その価値を理解しないのは、些か不愉快ですわ。論文雑誌の対象年齢に満たなかったのではなくて?」

 

 煽ろうと思ったんだけど思ったよりキレ散らかしてしまった。

 内心頭を抱えつつも、そう言い放ってから。

 前に進み出て睨み付けた瞬間だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 絶叫だった。

 びくんと、肩が跳ねた。カサンドラさんがこちらを睨み付けている。

 

「……好きで、こんな真似を……だけど、だけどもう(わたくし)は止まれない! 止まるわけにはいかないのに、マリアンヌ……!」

「……ッ」

 

 悲痛な声色に、こちらの喉がきゅっと締まる。

 頭上でファフニールがこちらを見下ろし、嗤っていた。ああ、嗤っていやがった。

 

『哀れな人間共が』

「……トカゲは黙っていてくださいます? 植物園に叩き込みますわよ」

『フン、馬鹿が。完全顕現を果たした以上、世界の支配者は決まったも同然だ。我はゼールの皇帝と契約を結んでいる……やつには、新世界における人類統治権を与えてやろう』

「な……ッ!?」

 

 この愛玩用にすらなれないカスがよ、と睨んでいるわたくしの横で。

 ジークフリートさんが驚愕を露わに、ファフニールを見上げ絶句していた。

 

「……まさか。まさか、これは……」

「あら。あら、あらあらあら。大邪竜は随分と口が軽いのね」

 

 ん? 何ていってたの?

 えーとゼール皇帝と…………ゼール皇帝と。

 ああ、なるほどね。

 

「国家ぐるみでの侵攻だったのか!? 君への指名手配は……失敗したときに切り捨てるための! だが成功すれば、君たちが召喚したファフニールと共に、ゼールは世界支配へと乗り出せる!」

 

 わたくしがたどり着いた推測を、ジークフリートさんがそのまま口に出した。

 

『その通りだ、追っ手すら本気で用意するとは、皇帝もよくやったものだ。しかし……瞬時に真実を見抜いたな。流石だ、我が残滓、我が最後の子孫よ』

「……ッ。ファフニール、やはり貴様は」

『遠い昔に、人間の娘を孕ませたことがあった。まさかその血筋が、まだ絶えていないとは……笑わせる。忌むべき過去だ、ここで消え去るが良い』

 

 ファフニールがこちらを嘲っている。

 また同様に、カサンドラさんもわたくしを見て微笑んでいる。

 

「……あの邪竜は、オレが斃す。君は……」

「ええ、はい。大丈夫ですわ」

 

 息を吸った。

 目を開き、口の中で高速で詠唱を開始する。

 

 

 ────星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

 

 

 ファフニールが、人々の安寧を脅かす邪竜が火を吐いた。

 ジークフリートさんが素早く飛び退く。彼を追い、邪竜は大地を砕きながら突き進む。

 

 

 ────射貫け(shooting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 

 

 どうでもよかった。

 わたくしと彼女は、お互いしか見えていなかった。

 

 

 ────正義(justice)(white)断罪(execution)聖母(Panagia)

 

 

 向こうは既に詠唱を終えていたのだろう。

 こちらが十三節を発現させるのを、待っている。

 ああそうだ。殺し合いたいと言っていた。なるほどそりゃ待つわな。

 

 

 ────悪行は砕けた塵へと(sin break down)秩序はあるべき姿へと(judgement goes down)

 

 

 豪雨の中で、にじむ邪竜のシルエット。

 既にジークフリートさんが生きているかどうかの確認もできない。ただ信じているだけだ。彼はこんなところでは死なないと。

 

 

 

 ────極光よ、この心臓を満たせ(vengeance is mine)

 

 

 

 詠唱完了。

 体内に流星(メテオ)の力が満ちる。出し惜しみはできない、最初から20%の出力。

 

「待っていたわ。ええ、ええ! マリアンヌ! この瞬間をずっと待っていたのよ!」

 

 向こうも水のヴェールを展開する。

 雨に打たれながら、正面で向き合う。脚本家の少年は、何かカサンドラさんに言いたげな表情をして、それから言葉を飲み込み退いていった。

 

 

 さて。

 

 絶好のタイミングとロケーションだな。

 

 

 雨の中ってのは仇討ちにうってつけだ。

 一対一なのも最高だ。

 

 

 まさしく、今しかない。

 このタイミングで、わたくしはお父様の仇を討つべきだ。

 討てなければきっと一生後悔するだろう。

 

 

「さあマリアンヌ、いらっしゃい」

 

 

 カサンドラさんが誘う。

 

 

(わたくし)が憎いでしょう? (わたくし)を殺したいでしょう? その憎しみ全てをぶつけなさい」

 

 

 ああ、憎い。殺したい。

 そして、嫌だ。友達を殺したくなんかない。

 

 

無敵 お嬢、分かってると思うけど憎悪は……

日本代表 しっ。今は多分、何もいわない方がいいと思う

 

 

 数秒間、目を伏せた。

 雨に濡れる草むらは、雷雨に打たれても、しゃんと背筋を伸ばしている。

 顔を上げた。迷いはなくなった。

 

 右の拳を握り込み、カサンドラさんへ突き付ける。

 腹の底に力を込めて、叫ぶ。

 

 

「さあ、カサンドラさん! ()()()()()!」

 

 

 数秒の沈黙。

 彼女がはっきりと、驚愕に絶句しているのが分かった。

 

「……ッ。勝負、と? 勝負と言ったの、貴女。忘れたのかしら、貴女の父親は──」

「ええ、ええ! だからこそですわ!」

 

 迷いはない。

 いいや──よく考えたら迷ったこととかない。いつも真っ直ぐ進んでいた。

 

「カサンドラさん、一つ教えてあげましょう」

「何、を」

「復讐の作法ですわ」

 

 ふふんと笑みを浮かべ、わたくしは握っていた拳を上へと上げる。

 雲に覆われた雨空を指さして、精一杯の叫びを上げる。

 

 

「殺されたから殺すなど、ナンセンス! 同害報復なんて古臭くてダサいですわ!」

 

 

 ずっと考えた。

 ずっと考えて、結論は、これだった。

 

 仇討ち──────とか、ダセェ。

 最先端を突っ走る最強の令嬢は、殺し返すなどという陰キャが好きそうな闇(笑)イベントはこなしたりしねえ!

 

 

「自分がされて嫌なことを、相手にする! わたくしが最も忌み嫌うのは、死ではなく完膚なきまでの敗北です!」

 

 

 カサンドラさんはぽかんとしている。

 初めて見るマヌケ面に、笑みすらこぼれた。

 

 

「だから──アナタにそれをする! それが最も効率的な、わたくしにできる復讐ですわ!」

 

 

 言い切った。

 満足して、深く息を吐く。

 

 

宇宙の起源 ……お嬢、いいのか?

 

 

 構わんよ。

 言葉に嘘偽りはない。衝動的な殺意こそあれど、何度考えても、友達相手に……同じ苦しみを与えたいだなんて、嫌だよ。そんなのナンセンスだ。

 

「……ッ、ご高説ね。だけど、(わたくし)と貴女の間には厳然たる差がある。何を言おうとも、負ければそれまでよ」

「ええ、そうですわね」

 

 すんなりと頷く。

 冷静になってから先の戦闘を思い返したんだけど汎用性違いすぎワロタ。勝負になんねえじゃん。

 

 

 ────普通に戦えばな。

 

 

「ありがとうございます、カサンドラさん」

「え……?」

「わたくしからツッパリフォームをパクったでしょう? 同じです。わたくしも学びを得ましたわ」

 

 告げて。

 右手に流星(メテオ)を顕現させる。それを薄く、長く、そして鋭く伸ばしていく。

 あっという間にできあがった短刀(ドス)を片手に握る。

 

 カサンドラ・ゼム・アルカディウスは確かな学びを齎してくれた。

 外部水流による万能性。あれに対抗するには、わたくしも万能へと至らなければならない。

 同じステージに、いかなくてはならない。

 

 彼女に並ぶ方法、それは!

 

 

「令嬢とは──死ぬことと見つけたり」

「はい?」

 

 

 流星(メテオ)の刃を、スゥと腹部に差し込んだ。

 ふっ。流石はわたくしの、最強の禁呪。全然違和感なく、滑らかにおなかにつきささイデデッデデデデデ!!

 イッデエエエ!

 イダダダダダダダダダダダダダダダ!!!

 

 

トンボハンター は……?

red moon えっ、ちょっ

外から来ました 何? 何? 何? これ何?

 

 

「なに……して……るの……?」

 

 ドン引かれていた。

 知るか!

 

 地面に、わたくしから零れた血が落ちている。もうちょっとした血溜まりだった。

 腹部の血管を十二分に痛めつけたのを確認してから。

 短刀を引き抜くと同時、思い切り叫ぶ。

 

 

「────切腹流星顕現(ハラキリメテオ)オオオオオオッ!!」

 

 

 ───変化は劇的だった。

 そこらにぶちまけられていた血液が、意思を持ったように起き上がり、煌めき、わたくしの周囲に展開される。

 

「な……ッ!? そんな、それは……!?」

 

 ハッ。なーにビビってやがんだ。

 あらゆる現象をコピーできるだと? そんなもん、わたくしの流星だってできるっつーのォ!!

 

 

火星 違う違う違う違う違う違う!!!!!

苦行むり 何!?!?!?!?!何やってんの!?!?!?!?!

 

 

 ご心配なく。

 わたくし、毎日新鮮な野菜食って血液サラサラでしてよ!

 

 

第三の性別 そういう問題じゃねええええ!!!!!!!!!

 

 

 ……いや、確かに最早サラサラでは足りないかもしれねえな。

 わたくしは周囲を対流する己が血流と、その中を蠢く煌めきを見て笑みを浮かべる。

 

 

 言葉を改めましょう。

 わたくしはリコピンを毎日摂取し続けている女!

 すなわち、血液ギラギラ令嬢ですわ!!

 

 

鷲アンチ 百歩譲ってもキラキラなんじゃねえの!?!?!?!?

 

 

 息を整える。

 いやまあ、あれなんだよね。実は体内を介して循環するように配置したから、コレ一応失血死の可能性はないんだよね。まあ外側もわたくしの身体、みたいな感じ。

 

「……なに、それ」

「ツッパリフォーム・ギラギラモードとでも名付けましょうか」

「あな、あ、あなた……あ、頭おかしい…………!」

「随分と余裕がなくなっていますわね、『禍浪(フルクトゥス)』保有者ともあろう方が」

 

 拳を構え。

 わたくしは真正面から、鮮血のヴェールを鋭く変形させて笑みを浮かべる。

 

「さあ決めましょう。本当に最強の禁呪とは何なのか! 流星(メテオ)なのか! 流星(メテオ)ですわね! それをじっくり教えて差し上げますわ──ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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苦行むり マジで頭おかしい

TSに一家言 何?何?何?何?

つっきー これぐらい頭おかしくなきゃ、ルシ様の女は務まらないってことかよ……!

red moon 対抗心抱くのか……

宇宙の起源 冷静に考えて令嬢とは死ぬことではないだろ

みろっく これやばくね?

日本代表 え?

みろっく いや……体外でやってんのさ、よく考えたらやばくね?

101日目のワニ まあ頭がやばいとは思うけど

みろっく そうじゃなくてさ。血液を流星と見なすならまだ分かるじゃん、でもこいつ違うやり方でやってたよな

外から来ました えーっと……?

みろっく こいつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

無敵 あっ

日本代表 あっ

【決戦の時】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER3【来たれり】

1,358,936 柱が視聴中

 

 

 

 

 









しゃいたん様に素敵なイラストを描いていただきました。
https://twitter.com/Shyta_n/status/1294803337427132416?s=20
『何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン』のトレス絵です。
これぞマリアンヌ・ピースラウンド!というイラストですね。完全に脳内でお嬢がキレ散らかすときのポーズ決まってしまったな……
怒マークは沢山あればあるほど良いですね!
しゃいたん様、ありがとうございます!!

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