一を聞いて十を知る者を、人は優れた賢者だと賞賛する。
一を聞いて百を知る者を、人は天才に違いないと褒めそやす。
本当にそうだろうか。
天才を、常人の尺度で測るなど、おこがましくはないだろうか。
本当の天才は──千万億すらも知りうるからこそ、天才なのではないだろうか。
「なんで生きてるんだよォォッ!?」
お父様の姿を見て。
決然とした面持ちで
「冗談じゃない! この場にお前が、お前だけはいちゃいけないんだよ!!」
指を突き付けて、わななきながら彼はスーツの男に吠えた。
先ほどまでの余裕はどっかに消えてしまっている。思えばこいつが余裕をしばらく維持できたことないかもな……
「ああ、そうだな。私がここにいると君の計画は破綻する」
「だからだよ! だから先に殺しに行った! お前が十全に力を出せないよう仕込み、足手まといも多数置いて、絶対に殺せる布陣を組んで──そして、殺した! 殺したはずだろォ!? なんで殺されたやつが出てくるんだよおかしいだろうがッ!!」
「言わなければ分からないか? 君の計画を破綻させるために動いていた、ということだ。先の王都襲撃の際、君たちを制圧するのは容易かった。だがそれでは、また次の誰かが、いつか同じことをするだけだ」
お父様の魔剣に魔力が充填されていく。
黒い輝き。代名詞の魔法と同様、光を飲み込む輝き、という矛盾の光がまぶしさを増していく。
「それでは、いけない。私はこの哀れな存在を終わらせに来た。無用な悲劇一切を、その再演の可能性を全て潰しに来た」
「…………お父様、アナタは」
「元より既に滅んでいなければならなかったのだ。私のミスだ。あの日、私が仕留め損なった。いいや……あろうことか敗北寸前まで追い詰められた。私の未熟が、私の脆弱さが、今日に至るまでこの破滅を生き長らえさせた」
その時だった。
隣で呆然としていたジークフリートさんが、何の予兆もなしに、わたくしを抱きかかえて飛び退いた。
「ジークフリートさんッ!?」
「
お父様の背中が遠ざかっていく。咄嗟に手を伸ばすけど、届くはずもない。今のわたくしは流星未発動状態の、生身だ。
「全員退避しろ! 全速力でこの場から撤退!」
「ま、待って下さいジークフリートさん! どうしてッ」
彼に抱えられた姿勢のまま叫ぶ。
いや分かってる。わたくしはもう全力で走ることすらままならない、生きてるのが不思議な半分ぼろ雑巾だ。
……そうじゃない。そうじゃねえって!
「まだ、まだお父様があそこにッ」
「だからこそだ!」
あれほどの激戦を乗り越えた後だというのに、ジークフリートさんは木々の合間を縫うようにして、飛ぶように駆け抜けていく。
「
「だけど! あの人、あの人!」
もう自分でも何を叫ぼうとしているのか全然分からなかった。
抱きかかえられているのに飛んでいるような、騎士の顔とお父様の顔のフラッシュバックが入り混じってどっちが現実なのか分からなかった。
「お父様、死にに来たって!」
「……!」
併走している騎士たちが、わたくしの声にぎょっとする。
自分でも信じられないぐらい悲痛な声が出たな、と他人事みたいに思った。
「……できることは、ないかもしれないぞ」
「構いません!」
意を決したように、ジークフリートさんは足を止めた。
「ッ!? 隊長!?」
「退避を続けろ! 敵憲兵団の兵士も、動けない者は救助し速やかに戦場から離れるんだ!」
よく見れば、走っているのはわたくしたちだけではない。
カサンドラさんたちの兵士も、また混沌の顕現した地点から避難していた。わたくしたちより迅速な反応、恐らく彼らにも話が通っていたのだ。
「王国の騎士よ、心遣い感謝する! だが我ら『ラオコーン』は全員健在だ、手は患わせんよ!」
「それは重畳──ん? これ重畳でいいのか?」
いやそれ以前に全員健在じゃないだろ。
ロイの蒼い雷を食らった連中、ひっくり返ったまま、担ぎ上げられて運ばれてるじゃねえか。
「もうあいつらはどうでもいいでしょう!」
「分かっている。だがマリアンヌ嬢、危険だと判断したら、君が何と言おうと今度こそ撤退する。いいな」
「うっさいですわね! わたくしの願いを最大限に叶えたいんじゃなかったのですか!」
「君が生きているからこそ君の願いに応えられるんだ! それを忘れるんじゃないッ!」
びくんと肩が跳ねた。
真っ向から、叱り飛ばされた。そんなの記憶にある限りでは……前世ぶりだった。
「……分かってくれるだろう? マリアンヌ嬢。オレはこんなところで君を喪いたくない。君だって、こんなところで死ぬ定めじゃないはずだ」
「……ッ」
「今から君を、あの場所に連れて行く。だがオレが危険だと判断したらすぐに退避する」
ジークフリートさんの腕の中。抱きかかえられた姿勢で、逃げてきた場所を見る。
光の柱の中から姿を顕した
「往くぞ!」
「……はい!」
ジークフリートさんが木々を越える大ジャンプを切り出した。
一気に視界が開ける。到着には遠くとも、必然わたくしたちは見ることとなった。
光の柱の中から姿を顕した存在と────お父様の戦いを。
「4番、『
距離が離れていても、既に異常事態なのは分かった。
お父様が地面に剣群を展開する。しかしもう、お父様を囲むようにして軍勢がいる。
馬鹿げた光景だった。それは兵士として召喚されているのではない。
どんな権能だよありえねえ!
「あれ、は……ッ」
「! ジークフリートさん、気分が悪くなりそうなら目をそらして下さい!」
「い、いや……感知したとも。これは、直視することで作動する精神的な呪いの類、か? オレは幸いにも加護があるが……この出力では、部下の騎士たちは呼べないぞ……!」
湧き上がる混沌兵団。
姿形は様々だった。半魚人のようなものから、半ば植物となったヒトガタ。あるいは、泥がたまたま四肢を持っただけの人形。
いずれも常人ならば直視しただけで、良くて一時的な発狂、悪ければ永続的に正気と断絶されることになるだろうおぞましき兵士たち。
「
それをお父様が鏖殺していく。
わたくしたちは高台に陣取って、その虐殺の風景を見ることしかできなかった。
「12番、『
放たれた黒い極光が、湧き上がる兵団を消し飛ばしていく。
お父様は悠然と本体に向かって歩く。その歩みを、誰も止められない。一歩分の気を引くことも、角度を数度ずらすことも──何もできていない。
次々と湧き上がっているのに。
剣を振るうことすらなしに、攻撃魔法の連発で全てを片付けていく。
『抵抗は無意味だ』
「そうかな? 非常に有意義だと私は思うけど」
異常な光景だった。
秒間に数百体は現れ続ける軍隊を、即座に皆殺しにしていく。
魔剣が振るわれる度に数十数百の首が飛んでいる。絶え間なく魔力砲撃が行われ射線上の敵兵を消滅させる。
〇トンボハンター なんだ、これ
〇火星 軍勢を絶えず産み落とす権能、なのか……?
〇外から来ました 違う。アレは善にして悪、悪にして善。一にして全、全にして一……善悪とか数とかの概念がないんだよ。俺たちはお嬢を介してしか世界を観測できないから、見た目の数しか見えないけど。アレらは全部
日本語でおk。
〇外から来ました すまん吟遊になりかけてたわ……定義としては正直全然違うんだけど、相対する上での認識なら、ひとまずは群体だと捉えてくれ
なるほどな。
アレ全部、単純に手先を召喚しているわけじゃないってことか。
……の割には、お父様に無双ゲーみたいにやられてますけど
〇外から来ました いやあ不思議だよなあ、あれ全部、ルシファーの端末の半分ぐらいの強さならあるはずなんだけどなあ
〇日本代表 言ってる場合か!!これ明確な異世界侵略型邪神ってことじゃねーか!
湧き上がる軍勢の一切を塵と肉塊に変えながら。
お父様は天にそびえ立つ混沌本体へと声をかけ始めた。
「久しぶりだな」
『…………そうか。お前か』
な、とわたくしは言葉を失った。
ジークフリートさんも驚愕に目を見開いている。
『ああそうだ──知っているぞ。お前を知っているぞ。かつても、そしてまたもや、私の降臨を妨げようというのか!』
「黙っていろ塵屑」
魔剣が輝きを増した。
一閃ごとに時空が裂けていく。
「貴様の降りる場所などこの世界にはない。貴様は世界の果てで未来永劫封じられ続ける定めだ。私がそうする。私が楔を打ち、貴様の明日を跡形もなく叩き潰す」
告げて。
お父様が魔剣を持たない左手を振るう。同時に剣群が一斉に起動する。
「射出」
飛び交う剣群たち。ファンネルじみた挙動で敵兵に突き刺さっては、炸裂して一帯を破壊する。
ワンマンアーミーの見本例みたいだ。文字通りに一人で、敵軍を殲滅していく。
「
その中で。敵兵だった残骸の中を悠々と歩きながら。
軽やかに、詠唱が紡がれた。
「21番、『
彼の左手を起点に真っ赤な光が集結する。
それは鋭い刃でありながら、ゆるやかなカーブを描き、光輪を象っていく。
最終的には人間一人なら挽きつぶせてしまうほどに巨大な車輪となったそれを、お父様が左手で鷲づかみにする。
『なんてことだ。お前は……マクラーレンなのか』
攻撃準備を終えたお父様に対して、混沌がその名を呼んだ。
確定だ。こんなの、確定、しちまったじゃねえか。
〇鷲アンチ 前にも……戦ったことがある、のか……?
『驚いたぞ! かつてあれほど痛めつけたというのに、また一人でやって来るとは! あの娘の助力がなければ、封印はおろか撃退すら成せなかっただろうに! だが先ほど見たが──娘の力は一時的だったようだな。もう取るに足らん存在となっていた!』
「そうだ。だが次はない」
言葉と同時、光輪を思い切り振りかぶって、全身を使って打ち出した。
放たれた光輪は地面を疾走。直線上の敵兵を薄紙を裂くように貫いて、そのまま混沌の根元に直撃。
『……! これは!』
「私の本職は、戦士ではなく研究者でな。一度負けそうになった相手なら、研究をするのは道理だろう」
光輪が凄まじい勢いで回転し、大木を伐採するようにして根元へ食い込んでいく。
遠方から見るだけでも、その魔法のすさまじさが分かった。思わす震え上がってしまうほどだった。何せ神の如き存在の身体を、引き裂いているのだから。
徹底的に斬撃属性を突き詰めた完成度。こと、『ものを断ち切る』という一点において、これほどの鋭さを誇る物質或いは魔法を見たことはない。
『ハハハハハハハハッ!! 素晴らしいなあマクラーレン! かつての親友を殺すための研究は楽しかっただろう!?』
「黙れッ! お前はもう、彼じゃないッ!!」
混沌がその片手で、光輪を弾き飛ばした。
だが刃は欠けていない。お父様が左手を振るい、あらぬ方向へ吹き飛ばされた光輪をコントロール。再度混沌の根元へと飛翔させた。
『どうだ。他の連中は元気か? ん?』
「貴様に教える道理などない!」
お父様らしからぬ感情的な声だった。
思わず身を乗り出そうとした刹那、ジークフリートさんがわたくしを地面に引きずり倒す。
「あぶっ!?」
「来るぞ!」
覆い被さるような姿勢で、突如大剣を抜刀しそれを壁として構えた。
防御姿勢越しに見えた。混沌がその左手を振り上げて。
『
────地面がめくれ上がった。
局所的なサイクロンが無数に、一帯の地面から突如として天を衝いたのだ。
天変地異としか言いようがない。なんだこれは。
吹き飛ばされそうになるのを、ジークフリートさんにしがみついて必死にこらえる。
そして。
突然終わりが来た。
「滅相しろ、ヴェルギリウス」
竜巻が弾け飛ぶ。
その中心点に、お父様が、魔剣を振り上げた姿勢で佇んでいた。
「この程度で、私に何かできると?」
『そうだな────しかし心の内側までは守れないだろう?』
混沌が、
半固体の上体をゆっくりと落として、お父様を頭部らしき箇所で至近距離から覗き込む。
端から見ているだけで、呼吸が詰まった。ジークフリートさんが傍にいなかったら、ちょっと魂が砕かれていたかもしれない。
思わず悲鳴を上げそうになる。相当の距離があってこの精神的呪詛。お父様は!
「2番、『
混沌と自分の間に、次元の裂け目を展開した。
そして裂け目に魔剣を突っ込む。至近距離まで近づいていた混沌の頭部を、裂け目から飛び出した魔剣が切り裂いた。
「言ったはずだ。手の内をある程度見せてもらったからには、もう負けることはない」
『チィ……貴様!』
一方的に相手の精神攻撃を防いでいるのに、こちらからの物理攻撃は通している。
あの魔法、ちょっと汎用性高すぎるだろ。
「……マリアンヌ嬢、大丈夫か」
「えっ? あ、はい」
気分悪そうなジークフリートさんに心配され、頷く。
ここに来て退くことはできない。
せめて。
せめて彼が無事に帰ってくるまでは……
戦いはまだ続いている。
まだずっと続くだろう。
そしてきっと、終わりは来る。確実にどちらかが斃れる。
まっとうに考えるなら……ちょっとこれは、手出しできない。
一挙一動からして次元が違いすぎた。ノーモーション天変地異はダメだろ。あと雑魚敵が無限湧きなのも最悪。
神域と神域の激突。
そうとしか、言いようがなかった。
〇無敵 結局どうなってるんだよこれ
〇日本代表 @宇宙の起源 さっき思い出したって言ったよな。これどういう状況なのか説明してくれんか
ああそうだ。
なんか言ってたよなそいつ。
〇宇宙の起源 後で補足するけど。その男やその一派は、俺たちに感知されずに神域にアクセスして力を引き出す方法を確立してるんだ
〇日本代表 は? もう聞きたくなくなった
〇宇宙の起源 耐えろ
せめてノートンぐらい加入しません?
〇宇宙の起源 後でオススメを教えてくれ
〇宇宙の起源 ……それでまあ、マクラーレン・ピースラウンドは、俺の神域に無断でアクセスしてた。かつてはな。今はもうその権能を返上したらしいけど
視線の先では、お父様がまだ戦っている。
湧き上がる雑魚たち(いや雑魚じゃないんだけど)を片手間に処理しつつ、本体へ砲撃や斬撃を与えている。
〇宇宙の起源 で、俺の力を使って、あの混沌を倒そうとして……倒せなかった
〇宇宙の起源 その時のことだったんだよ
〇宇宙の起源 俺の神域に、資格なんてないのに、その場でマクラーレンのアクセス権を利用して直接押しかけて来やがった小娘がいたんだ
へえ。
すげえ野蛮なやつがいたもんだな。
〇宇宙の起源 その時はちょっと、確認した瞬間に、あっこれはなんとかしないとダメなのになんとかできるラインを越えちゃってるな、って分かってさ
〇宇宙の起源 ……そういう、契約だったんだ
〇宇宙の起源 困ってる神と、困ってる人間がいて
〇宇宙の起源 お互いの力が必要だった
〇宇宙の起源 だから全部終わったら、お互いに記憶を失うと契約した
〇宇宙の起源 そして一時的に権能を許可した
〇宇宙の起源 俺はさっき何かの拍子で思い出したんだけど。お嬢は多分、まだ覚えてないままだろ?
え? ん?
…………え、これ、わたくしのことですか?
マジで記憶にねえんですが!?
〇宇宙の起源 だから記憶を失う契約をしたって言ってんだろタコ!
おい今のちくちく言葉だろ。ちくちく言葉はやめなさい!
今明かされる衝撃の事実に、流石に絶句する。
〇宇宙の起源 あの時のお前はまだ流星に選ばれてなかったからな、逆に俺を呼んでくれて助かったよ
〇日本代表 ……経緯は、分かった。それで、あの混沌はなんとかできるのか?
〇宇宙の起源 いや無理だろ。あいつ今、俺から引き出した力の残骸で戦ってる状態だぞ。ここまで持ちこたえられてるのが逆に引く
思わず、ジークフリートさんの腕の中から立ち上がり、お父様を見た。
『本当に学習したのか? 一人ではお前は勝てない!』
「ダンは知らない。知らなくていい。アーサーは国を背負っている、死なせるわけにはいかない。何より……お前に引導を渡すのならば。それを成すべきは、このぼくだ」
『できると?』
「追い詰めるまでは確実に私がこなす。もし、最後まで仕上げられなくても……問題はない。私の娘がいる」
どくんと、心臓が跳ねた。
何を言っている。何を、言ってるんだ、あの人は。
──いいや違う。本当は最初から分かっていた。来たときの言葉を聞いて、即座に理解はできてしまっていたんだ。
「知らないのか? 子は親を超えるものだ。その時が来ただけだろう……親子が揃ったのなら、為すべきは継承だ」
うん。やっぱり、そうなんだろうな。
彼は嘘をつかない。
彼は絶対に嘘をつかない。
心の底からそうだと思ったから、言葉にして伝えてくれる。
あの人は最期の戦いのつもりなんだ。
「……マリアンヌ嬢」
ジークフリートさんの沈痛な声。
そうだよなあ。このままだと、またお父様を喪う。
またって変だな。ははは。
『戯れ言を。我もお前も、一人で強くなった。何も顧みないからこそ、高みへと至ったのだろうが!』
「違う。違うんだよ……ぼくは、彼女がいたから。マリアンヌがいたから、人間のままでいられた。その前は、ぼくたちは、
気づけば攻防が止まっていた。
雑兵の発生も止まり、お父様と混沌は、視線を重ねて静かに語り合っていた。
「君を止めるまでは死ねない。君を止めるためには、ぼくの命が必要だ」
『フン──つまらんことを言うな、親友。まだ間に合うはずだ。我と共に来い! お前がいれば、敵無しだ! 禁呪保有者も、七聖使も相手にはなるまいよ!』
「……ああ、そうだね……ぼくと君が並んで、負けたことなんてないもんな……」
膝が震える。
彼が何を言うのか分かってしまったから。
やめろ。それは。
それを言われたら、わたくしは。
『ならば、答えは一つだろう!』
「ああ────ぼくは君を殺す。この命を使い果たして、殺し尽くす。生命エネルギー総てを転換し、君が現世に来れないよう楔を打ち込む」
魔剣の切っ先を突き付けて。
お父様が、口を開く。
「家族の未来を守りたいと願うのは、父親として当然だろう?」
呼吸が止まった。
分かっていた──あの人は、わたくしのために死ぬつもりなのだ。
世界がどうこう、なんて本当はどうでもよくて。
ただ家族のために。
ただ娘のために。
自分の命を使い潰して、死ぬつもりなんだ。
「マリアンヌ嬢……その、君は……」
ジークフリートさんの声。背後から、気遣うような。
ああ、そうだよな。父親が自殺宣言してるのを聞いた娘なんて、なんて声かけたらいいのか分かんないよな。
でも、違う。
今はもう、感情が一色しかない。
言いやがった。
言いやがったな、あの男。
娘が大事だと。家族のために死ぬと。
そんなの──そんなの!
こっちだって同じに決まってるだろうがッ!!
「ふざ、けないでください」
奥歯を思い切り噛みしめた。
ああムカつく本気でムカつく超絶的にムカついた!
「おっ、戻ってきてたのかマリアンヌ」
ふつふつと、マグマのように沸騰する意思。
いつの間にか、同じ高台に脚本家の少年がいた。
「! 貴様ッ」
「よしてくれよジークフリート。僕に、ここでどうこうしようっていう意思はない。後はもう……マクラーレン・ピースラウンドと混沌、どちらが勝つのか見ることしか出来ない。こんな二分の一の賭け、やりたくなかったんだ」
咄嗟に剣を構えたジークフリートさん。
それにひらひらと手を振って、少年は嘆息する。
「まあ、どのみち悲劇に終わるのは確定か。世界が滅ぶか、マクラーレンが家族のために命を落とすか。後者の場合は、次の演目を考えないとな──」
悲劇?
演目?
ブチッと頭の奥で音がした。
わたくしは数歩で少年と距離を詰めると、その胸ぐらを掴みあげた。
「人の家族を巻き込んでェッ、勝手に悲劇だのなんだの言ってるんじゃァありませんわあああああっ!!」
「ヒッ!?」
少年をその辺にポイ捨てして、改めて戦場に顔を向ける。
わたくしにできることは何だ。
わたくしが為すべきことは何だ。
意思を確定させろ。
そしてそれを邪魔するやつは、一体誰だ。
「奪わせませんわ……これ以上、何も奪わせませんッ!!」
最後にわたくしが追放されて、わたくし以外は笑顔で終わってめでたしめでたしなんだ。この世界はそう終わるんだ。
なのに後からやってきた意味不明の連中にこれ以上めちゃくちゃされてたまるか。
「マリアンヌ、諦めろ。これは……こればっかりは、お前でもどうしようもないんだよ」
「あ゛あ゛!?」
「うわっ思ってたよりキレてた」
立ち上がりながら、少年が怯えた様子で言う。
「い、いいかマリアンヌ! 僕だってこの世界の存在だから、全部把握できてるわけじゃないけど……! お前が交信できる連中は、世界を創って、運営してる連中だ! だけど滅ぼそうとしてる連中に一回負けかけたんだよ! それは知ってるか!?」
「なんか聞いたことはある気がしますが、だから!?」
「お前応答でいちいちキレるのやめろよ怖いだろ! でっ、でだな! ルシファーは『世界を破滅させようとする作中存在』だ! まあ、そこから異様に進化してるけども! だけどあいつは──
「だからぁ!?」
「えっ……えっ?」
ぽかんと数秒、口を開けたままにして。
それから少年がゆっくりと、唇を震わせた。
「お、お前意味分かってないだろ! 存在の位相が違うって言ってるんだよ!」
「だから何なのかと聞いているのです! 質問に答えていないのはそちらでしょうがッ!」
心の内側が怒りで満たされていく。
だけど、違う。
怒るべきじゃないんだ。
「作品外存在!? 本物の神!? 存在の位相がなんたらかんたら!? だから何なんです!?」
わたくしの眼前の現実全てを恨んで憎んで、心を真っ黒に塗り潰せ。
意図してできるかは分からない。けど、材料だけなら揃ってる。
「アレはわたくしの願いを邪魔する存在! わたくしの道を塞ぐ障害物! ならば、打ち砕くだけ!」
だから────!
「来なさい! 地獄を統べる大悪魔、いずれ降り注ぐ終末!」
「は?」
「ちょっ、マリアンヌ嬢、まさか君!」
そのタイミングだった。
「マリアンヌ! 無事か!?」
どうやら追いかけてきたらしい、ロイやユイさんたちが高台に登ってきて。
面白いぐらい凍り付いていた。
「────我を。大悪魔ルシファーが端末を、呼んだか」
振り向かなくても分かる。
視界の隅に顕現している漆黒の翼。
わたくしの背後にて、大悪魔ルシファーが姿を顕していて。
「人間よ、聞け。己が末路を受け入れぐばああああっ!?」
わたくしは振り向きざまの右ストレートで、大悪魔を地面に転がした。
「な、馬鹿な……我は大悪魔ルシファーの端末、何故……!?」
「うっさいですわ! とっとと本体の意識を下ろしなさい!」
「うお────いや、待て。降りてきたから落ち着けマリアンヌ」
端末の首元を掴んでガクガク揺さぶっていると、瞳が深紅から黄金に書き換わった。
大悪魔ルシファー召喚完了! ヨシ!
「あ、の、マリアンヌさん。もしかして、またルシファーさんの力で全部一旦なかったことに……?」
「いいえ、まさか!」
心配そうなユイさんの問いに、首を横に振る。
砂を払いながら立ち上がったルシファーに対して、わたくしは腕を組んで真っ向から向き合った。
「アナタ言いましたわね! 世界の破滅は約束されたと! アナタが滅ぼすと!」
「ああ。その言葉に嘘偽りはない。おれの手によって、この世界は破滅する。そして神々の時代は終焉を迎える」
「御託は結構! ならば答えなさい──今まさに起きようとしている破滅を! アナタは許容するのですか!」
数秒の沈黙。
あの大悪魔が、ラスボスが、ぽかんと口を開けて呆然としていた。
「……マリアンヌ、お前はまさか……おれを、一時的に味方にしようとしているのか?」
「悔しいですが、その通りです! 今この瞬間では、アナタが必要です!」
断言した。周囲の空気が面白いぐらい変わる。みんな絶句、狼狽していた。
まあそりゃそうかもな。こいつラスボスだもんな。
だけど!
「さあ答えなさい、地獄を統べる大悪魔、世界に終末を齎す者! あの気に入らない上位者気取りを許すのですか、アナタともあろう方が! 外から勝手に押し入ってきた訳の分からないやつに好き勝手させるのですか!?」
「────安易な挑発だな。そして痛いところを突いてもいる。しかしおれの助力を乞うには不足しているぞ?」
「ならばこう言い換えましょうか?」
腕を組んで、顔だけはいい大悪魔を睨めつけて。
「世界を守れもしないやつに世界が滅ぼせるものですか! わたくしに相応しい存在だというのなら、数度世界を守ることにぐらい、力を貸しなさいッ!!」
今度こそ、場の空気が死んだ。
いや理論的には正しいだろ? え?
「……いやまあ。そうだね」
「えっ、ミリオンアーク?」
いち早く再起動したロイに、リンディが困惑の声を上げる。
フン、流石は婚約者。わたくしの意図を汲み取ってくれたようだ。
「世界を守れるぐらい強くなきゃ、マリアンヌには相応しくないだろうね。一方僕は婚約者なのでそのあたりのハードルを越えている。つまりあの大悪魔は僕以下だ」
意図を……まあ、汲み取ってくれたのかな。うん、多分そうだろう。
さて、どうなるかなとルシファーの反応を伺う。
「フッ……それは殺し文句というものだろう、マリアンヌ」
良かった。
どうやら、うまくいったようだ。
しかしそこから、ルシファーは混沌に顔を向けて難しい表情になる。
「だが、あれは正真正銘の神だ。世界を外側から見つめる者。いや、厳密にはその力を限界まで引き出した状態のようだが……それでも、本来のおれたちとは格の違う存在だ」
「はい」
「それでもやるのか?」
え?
こいつ何言ってんだ?
「その、勝てるかどうかのお話でしょうか」
「おれの力を貸したところで、可能性は限られているぞ」
「すみません、負けるつもりがなさ過ぎてよく分かりません」
わたくしの言葉に。
大悪魔ルシファーが、ぽかんと口を開けたまま、言葉を失った。
当たり前だろ。ここで勝てなきゃ終わりって場面で、なんで負けること考えるんだよ。勝率を限界まで上げる工夫をしてるところで敗北を予見してどうすんだ。
「…………フッ、フハ」
「?」
「……ハ、ハハハ────ハハハハハハハハッ!!」
何わろてんねん。
「マリアンヌ。お前は本当に美しいな。言葉を失うほどに美しい……」
「今更ですわ」
「いいだろう。世界を滅ぼすための我が力。今はお前の願いを叶えるために振るおう!」
わたくしとルシファーが。
高台にて、戦場を見据えて並び立つ。
「アナタが地獄を統べる大悪魔というのなら! 世界をゼロに還す力を持つというのなら! そのすべてを寄越しなさい!!」
頭の中で詠唱を再構築しながら叫ぶ。
同時、ルシファーも端末の翼を広げて、隣で声を上げた。
「流星の申し子よ、紅い瞳の美しい少女よ。いいだろう! 許す、特別に許そう! おれの力を使うが良い!」
はい言質取った。
「OK! ならば──その身体をいただきますわ!」
「は??」
わたくしは、隣に並んだルシファーの端末に向き直り。
思いっきり首を右手で掴んだ。
「えっ、は? お前、え、何?」
ぐうおおおおおお……端末とは言え、流石は作中最強格の上位存在……!
だが、大丈夫。さっきはノリと勢いで禍浪を上書きしたけど。
ちゃんとやろうと思えば、これぐらいやれる。
何せ正式な所有者に所持を許されたからな!
魔法陣が展開される。足下から鮮血の如き赤い光が線となり、伸びていく。
戦場の端から端まであっという間に駆け抜け、直線から曲線を広げ、大きな円を、そしてその中に幾何学的に図形や文字を配置していく。
広がりきって、広げに広げて、それを刹那に収縮。わたくしとルシファーのいる地点だけに圧縮した。
首を掴んでいる手を起点として、一気にルシファーの端末を分解した。
光の粒子となって弾け飛び、それらが順次、わたくしの身体を覆っていく。
鎧のようにして着装されようとするそれら。
いや勘弁しろ。ハイスピード学園バトルラブコメみたいになるだろうが。
そうじゃねえ。もっとこう……強くてカッコいい……リリカルでマジカルな感じになるんだよ!
光の粒子が明瞭に形を結ぶ。
ワインレッドを基調とした制服を瞬時に分解・再構成し、新たなる衣装を描き出す。
それは黒のラインがあちこちに走った、白いロングコート。ともすれば聖職者に近い、清潔で神秘に満ちた服装。
背中から三対六枚の、漆黒の翼が花開き。
最後に、目の下に血涙が如き深紅のラインを走らせ。
「
全シークエンス終了。
あちこちから過剰魔力が深紅の光となって噴射される。
ふわりと、自然に脚が地面から浮いた。跳躍ではない飛翔。正真正銘の飛行能力。
「
ぐぐぐ、と握った右の拳を掲げる。それだけの動作で拳から紫電が散る。
全身を凄まじい力が循環していた。今までにない感覚。
何でもできる。誰が相手だって、戦えるという確信!
だったら呼び名はこれしかねえ!
「またの名を────」
右の拳を開きながら水平に真横へ伸ばし。
わたくしは
「────悪役魔法少女令嬢まりあんぬ★メテオォッ!! ですわッ!!」
「なんて??」「なんて??」「なんて??」
「なんて??」「なんて??」「なんて??」
「なんて??」「なんて??」「なんて??」
「なんて??」「なんて??」「なんて??」
〇宇宙の起源 なんて??
〇鷲アンチ なんて??
〇無敵 なんて??
〇適切な蟻地獄 なんて??
〇red moon なんて??
〇外から来ました なんて??
〇火星 なんて??
〇日本代表 なんて??
戦場全域に響き渡った声に。
皆がレスポンスを返してくれた。応援ありがとう!
「でりゃあああああああああああああッ!!」
飛翔したまま一気に加速。
音の壁を簡単に越えて、コンマ数秒で混沌まで到達。
『は?』
「チェストォォ────!!」
渾身の右ストレートが入った。
バァン! という破砕音が遅れて響く。混沌の上半身がぐらりと傾いた。
ダメージ入ってる! 当たり判定もある! OK、戦える!
「その男を倒すのは、このわたくしですわッ!」
「………………」
見得を切ってお父様を見た。
彼はぽろりと魔剣を取り落として、絶句していた。
フフン。そういう顔を見るのは初めてだな。
と、その時だ。
【気をつけろ。これはあくまで、端末を介するからこそ成立する直接的な力添えだ。器が限界を迎えたとき、終わりを迎えるぞ】
どこからともなく、いやわたくしの身に纏う衣装、胸元に付けられたブローチから声がした。
これは……ルシファーか! 顔がいいだけとか言ってたけど声もいいなこいつ。
「リミットはあと何秒ですか?」
【92秒だ】
「フッ、上等! 8回は殺せますわ!」
改めて混沌を見据える。
『な、ん、だ……なんだ、おまえ、いや……何!? え!?』
混沌が混乱していた。
「勝負を決めに来ましたわ!」
【その通りだ。些か過程に問題はあれど、良い! 結果オーライだ! 流石に二度目はごめんだが今回限りは許そう! これがおれとマリアンヌの共同作業ッ!!】
ビシリと天を指さして。
わたくしとルシファーは、声を揃えて叫ぶ。
「【世界を守るも滅ぼすも、
舞台に幕を引くのは、テメーが取るに足らないと断じたこのわたくしだッ!
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【誰かルールを】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER3【守ってくれ】 2,334,623 柱が視聴中 |
これがやりたかった