瞳を開く。
「あら、お目覚めですか?」
最初に目に飛び込んできたのは、宝石を嵌め込んだような、真紅の瞳。
「…………」
「終わらせておきましたわよ」
ゆっくりと周囲を見渡す。
そこはもう、混沌なんて言葉はふさわしくない、静かに凪いだ海辺だった。
嗚呼──全部終わったのだ。
彼女が幕を引いてみせたのだ。
「……最後の最後。アナタ、わたくしに手を貸したでしょう。何故です。アナタの望みを砕くために戦っていた女ですわよ」
何故なんだろう、とぼんやりした頭で考えた。
最後の瞬間。
「…………」
掠れた息がこぼれる。
ため息ともつかないそれに、彼女は少し目を伏せた。
違うと言おうとした。貴女にそんな顔をさせたいわけではない。貴女の輝きを曇らせたいわけではない。
ただそうであってほしい。貴女は、
そうだ──
闇夜を切り裂くことなんてできない。
一筋の光となって駆けることなんてできない。
できなかった。できたことなんてなかった。そしてこれからもきっと、できない。
明かりのささない夜の闇であっても、たとえ星々のきらめく夜空であっても。
水面はそれを、ただ映すことしかできない。
この力は、手ですくえばこぼれてしまう、泡沫の鏡でしかない。
決定的に彼女とは違った。
空を切り裂き、雲を吹き払い、青空を作った彼女とは、何もかもが違った。
やっと理解できた、気がする。
この人は、日の光が似合う人なんだ。
ねえマリアンヌ。
貴女が大会を総なめにして……色んな人に慕われて……皇国の若手にも憧れてる人がいた。
貴女が羨ましかった。
そんな貴女に魔法なんて人殺しの技術だと言ってもらえて……安心した。
自分は間違っていなかったんだって。
まだ、完全に狂ってしまったわけではないんだって。
皇帝陛下は、
ああ本当だ。笑ってしまう。
犠牲に意味なんてなかった。違う。意味を、自分で損なってしまったのだ。
本当に……
捨てた自分の道が間違っていたのだ。
それを認めた瞬間に、息が楽になった。
深く息を吸う。潮の香りがした。海辺にずっといたのに、初めて香りを感じた。
きっとそれが、慣れない香りだったから。
視界がにじんで、洟をすするのも仕方ないのだ。
「……カサンドラさん」
慈しむような声色で、彼女はそっと頭を撫でてくれた。
その心地にじんわりと胸の底が温かくなって、また涙がこぼれだした。
いや~~~~号泣する美少女に膝枕できるなんて異世界転生した甲斐があったってもんだなこれ!
膝の上でえぐえぐと泣きじゃくるカサンドラさんの頭を撫でながら、わたくしは悦に入っていた。
途中で完全に仲間外れにされたときは死ぬほど頭にきましたが、結果としては大満足といったところですわね。
最終的にあのよく分からんのをぼこぼこにできたのが気持ちよかったですわ!
〇苦行むり 神域権能保持者をボコボコにした感想が「気持ちよかった」??
〇101日目のワニ コワ~……いや、本気で怖い……
〇外から来ました 結果として丸くは収まったけど途中で俺の権能ズタズタにしたのマジで覚えてろよ
知りませんわよ! 勝手に向こうが突っかかってきただけですわ!
〇木の根 どう考えてもお前が突っかかってただろ
〇太郎 完全に言いがかりで殺しに行ってたぞ
〇red moon 豊臣家滅ぼした時の家康かよ
……そ、それはともかくとして
〇第三の性別 こいつ明らかに撤退の見極め上手くなってるな……
〇宇宙の起源 成長性EXの女
どうでした? 最高にキマっていたでしょう?
〇みろっく 何が?
〇日本代表 お前はいつもキマってるよ
そうではなくて!
悪役魔法少女令嬢まりあんぬ★メテオのことですわ!
〇鷲アンチ いや普通に機動戦士マリアンヌだった
〇TSに一家言 完全に紅き流星MTOメテオラーだった
〇無敵 キマってるっていうかキメたときに見る夢だった
こいつら……! 揃いも揃ってコケにしやがって……!
不敬罪に値する無礼、どうしてくれようかと考えているとき。
膝の上で、カサンドラさんが動きを止めた。息を吸ってから、のそりと起き上がる。
「あ、カサンドラさん──」
まだ動かないほうが、と言葉をかけようとして。
立ち上がった彼女が背中越しに口を開いた。
「ねえ、
……ッ。
それは。その言葉は、良くない。
間違えてしまった後の言葉だ。
もう取り返しがつかないのだと、諦めてしまった人の言葉だ。
「いろんなものを、捨てて……もう拾っていくこともできないところまで来て。けれど最後に失敗した」
彼女の言葉を受けて、安堵と脱力から弛緩していた思考回路が立ち上がる。
そうだ。彼女は皇国から追われたふりをしてこちらの国へ侵入、ファフニールの召喚と王国の侵略を目的としていた。
しかし実際にはファフニールをさらなる召喚のコストとして使用し、
「全部なげうってでも、と思ったのに。そう思ってから、貴女と出会ってしまった」
今のカサンドラさんの立場は非常に危うい。危ういなんてもんじゃない。母国に帰ることもできないし、恐らくこのまま、本当に独自行動で王国に攻め込んできた悪逆令嬢として処分されることになる。
味方はいない。
ファフニールをどう使おうとしたかなんて、結果としては関係ない。問題は作戦は失敗したこと。そして失敗した場合には、彼女は切り捨てられるだろうということ。
「────カサンドラさん。王国に投降して、全てを話してください……そうすれば」
「うまくいかないって思ってるのにそれを言うなんて、残酷ねマリアンヌ」
「ッ……」
「
何も言い返せない。
そんなことできるわけがないのだ。
「……マリアンヌ嬢。彼女の意識が覚醒したか」
背後から声をかけられた。緩慢な動作で振り向けば、そこに未だ甲冑姿のジークフリートさんがいた。
彼の後ろにはユイさんやロイたちもいて、緊張した様子でこちらをうかがっている。
「ずっと生まれてきた意味を探していたわ。ずっと、ずっと。あの時手を伸ばせなかった
気づけばわたくしの背後には、ジークフリート中隊と友人らの面々が。
カサンドラさんの向こう側には皇国憲兵団『ラオコーン』の面々が。
武器を手に持つこともなく、ただ静かにわたくしたちを見つめていた。
「カサンドラさん……アナタ、どうするつもりですか」
「さあ? どうしましょうか」
そこに意思はない。
わたくしが惹かれた、迷いなく自分の選択を貫こうとする気高さは、もうどこにもない。
あるわけねえよわたくしが打ち砕いたんだ。
今さら──今さら何を感傷に浸ってやがる!
「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
パァンと自分の頬を両手で叩いた。
背後の味方やカサンドラさんがギョッとする。構うかよ。
ズンズンと近づいて、わたくしは彼女に顔を寄せた。鼻と鼻がこすれるような距離まで詰めて、彼女の胸ぐらをつかみ上げた。
「わたくしの好敵手が、生きることを勝手に諦めるんじゃありませんわッ!」
「……な、ァッ……!?」
後ろでジークフリートさんが驚愕の声を上げている。
そうだよな。敵なのに何言ってんだろうなこいつってなるよな。
だけどなあ!
「生きること。生きて、明日へとつなぐこと! それこそが最も困難で、そして誰もが身を置く戦いにほかなりません! その戦場から逃げ出すなんて、恥ずかしくないのですか!?」
「……そんなの。恥ずかしいに決まってる。だけど……」
「恥ずかしいというのは! 死ぬよりもつらいことですわ! 誇りを失うくらいなら死んだ方がマシです!」
「…………ッ」
乱暴に彼女を突き飛ばす。
たたらを踏んだその身体を、咄嗟にラオコーンの隊長が前に出て受け止めた。
「アナタ方も黙って見ているんじゃありませんわ! どうするのです? 彼女の首を手土産に帰還すれば、死罪は避けられるかもしれませんが?」
嘲笑を浮かべて問う。
憲兵団の隊長はそっとカサンドラさんを立たせてあげると、居住まいを正し、それから腰元の剣に手を伸ばした。
「あら、やっと使います? 敵対者の至近距離でも抜かないので、てっきり飾りかと思ってましたわ」
「……我々『ラオコーン』は、カサンドラ皇女様と共にあります」
音もなく隣まで踏み込んできたジークフリートさんとロイが、瞬時に剣の柄を握った。
だがラオコーンの隊長は剣を抜くと、それを地面に捨てる。
それから地面に膝をつけ、額を土にこすり付け、平服した。
「────!」
次の展開はもう予測できていた。
わたくしは無言のまま、彼の頭頂部を見つめる。
「マリアンヌ・ピースラウンドさん。貴女がたが我々を攻撃するのなら……もうこちらに……抵抗する余力はありません」
「……ええ、そうでしょうね」
「ですがどうか、カサンドラ様の命だけは……!」
真っすぐな。
ただ、カサンドラさんの命だけを守れたらいいという、純粋な命乞いだった。
「…………」
初めてだ。
情けない悪あがきとしての言葉なら、御前試合で山ほど聞いてきた。
だけどこんなにも、他人のために自分の身を投げ出すような。
美しさすらある嘆願は、初めてだ。
「あ、貴方何を……!」
「我々の命は、あなた様をお守りするためにあります! それは御父上のころからずっと、変わりありません……!」
ああなるほど。失敗した時にまとめて処分できるよう、身内で固めさせていたのか。
ハッ。向こうの皇帝様はよっぽどカサンドラさんたちが邪魔だったんだな。効率的だ。
わたくしは鼻を鳴らすと、最後の力を振り絞って、魔力を身体に循環させる。
「
三節詠唱完了。
指先に魔力が充填され、魔法陣を展開。射撃体勢構築。
一発撃つだけで、正直もう限界だ。全部出し尽くした後だからな。
でも、これでやっと終わりに出来る。
わたくしは全ての準備を終えて、それから右腕をさっと上へ伸ばした。
いつも通りの、天を指さすポーズ。
「カサンドラさん」
「……何、よ」
「わたくしたちは、同じ禁呪保有者にして、原初の禁呪と最後の禁呪を持つ者。ならばお互いの生きざまは、反証的な道標ともなりましょう」
「……何が言いたいのか、分からないわ」
「フッ」
笑みを浮かべて、魔力を放つ。
天へと上る竜のように、真っすぐに、砲撃が伸びていき。
最後には天空で弾け、一輪の光の華として咲き誇った。
「わたくしは生きましょう。最後の結末の時までは、胸を張って、全身全霊で駆け抜けましょう。アナタはどうです?」
「……
眉を下げて、困ったような表情で彼女は考え込む。
「アナタが言ったことです。犠牲を積み上げてきたと、今負ければそれらが無意味になると」
「…………」
「勘違いも甚だしい! その犠牲たちが本当に無意味になるのは、アナタが諦めた瞬間ですわ! 犠牲たちを、今! アナタが無意味にしようとしているのです!」
腹の底から叫んだ。
ハッとカサンドラさんがわたくしを見る。
数秒見つめ合って、わたくしは息を吐いてから、まだ伏せているラオコーン隊長に目をやった。
「……今、撃ちました、ええ……撃ちました。ですが、アナタたちは逃げおおせた……それが結果です」
「……感謝します」
これでいい。
撃てなかったから、じゃない。
わたくしがこうしたいと思った。だからこうした。
そっと横に視線を送る。ジークフリートさんは王国騎士だ。ここで剣を抜き、彼らを切り捨てるのは義務ですらある。
「分かった。君の決断を尊重する」
だというのに優しく微笑んで、彼は頷いてくれた。
しかしその直後、表情を真剣なものに切り替えて、ゆっくりと顔を上げたラオコーン隊長に語りかける。
「だが……どこへ行くんだ。もうこの世界に、君たちの行き場はないぞ」
「ええ、そうですね。仮に投降したところで……皇国に引き渡されるでしょう。そうすればギロチンは免れない。だから、逃げ続けるしかない。皇国が地の果てまで追いかけてくるなら、我々はその向こう側まで逃げましょう」
そう言ってから。
立ち上がったラオコーンの隊長は、海辺を見た。
寄せては返す波の音。だがそこに、微かに異質な音が混ざりこんでいる。
「────ッ! 嘘、これって……!」
最初に反応したのはリンディだった。遅れてユイさんやロイもハッと息をのむ。
なんだ? 耳を澄ませて聞くと、確かにおかしな音が紛れ込んでいるのだ。何だこれは。
海の中を静かに滑る物体がある。は? 海の中? おいちょっと待てここはファンタジー世界だぞ待て待て待て!
〇みろっく えっ、科学チート展開!?
〇ロングランヒットおめでとう 原作にあっちゃうんだなぁこれが!
ザバァァッ! と海面の割れる音と同時に、それが浮上した。
さすがに言葉が出ない。他の面々も絶句している。
ラオコーン隊長は少し誇らしげに胸を張って、それを手で指し示した。
「あれがゼール皇国から、我々が極秘に奪取した
言葉と同時、潜水艦のハッチが空気の抜ける音と共に開かれる。
そこから顔を出した人々は、カサンドラさんの姿を見ると、笑顔で手を振ってきた。
「では、我々はここで失礼します」
「……急いだほうがいい」
ジークフリートさんに言われ、急いで憲兵たちが潜水艦へ移動する。
その中には消沈した様子の、脚本家の少年の姿もあった。
「アナタ!」
「ひっ」
肩をつかんで呼び止めると、彼はおびえた様子でわたくしを見上げた。
「な、なんだよ……こっちの負けだよ! カサンドラが最後に手を貸したのだって……分かる。分かるよ。僕がもう少しうまく事を運べたら、そうじゃなかったかもだけど……僕のシナリオより、お前の見せた未来の方が上だったんだろ……?」
「ええ、そうですわね」
頷きながらも、拍子抜けだった。
想像の数百倍素直だなこいつ。
「ですが、そんなものです。最初は誰だって台本形式で書いたりあとがきに作者を登場させたりしますわ」
「何の話??」
「大事なのは継続ですわよ。次はもっと面白い作品を期待します」
「……もしかして、お前、励ましてるのか?」
頷く。
「お前、頭おかしいよ……」
「言われ慣れましたわ」
「慣れたらだめだろ」
少年は悔しそうな顔で、わたくしの手を振り払った。
それから数歩進んで、こちらに顔だけ向ける。
「次こそ、頑張る。この世界をぶっ壊すために、もっといいシナリオを書いてみせる」
「期待していますわ。その脚本をぶち壊すのが楽しみです」
「性格わッッる」
最後のセリフを吐き捨てて、今度こそ少年は船へと歩いていく。
息を吐いてから、わたくしは最後に残った隊長と、その隣に佇むカサンドラさんを見た。
「カサンドラさん」
「……貴女は不思議な人ね、マリアンヌ……敵だというのに、励ましの言葉まで送って……」
俯いている彼女のもとへ歩み寄って。
わたくしはカサンドラさんの手を取った。びくんと肩を震わせて、彼女はゆっくり顔を上げる。
「カサンドラさん」
「……マリアンヌ。
「ええ、ええ! アナタが決めることです。諦めない限り、旅に終わりはありません」
目を覗き込んで、笑みを浮かべた。
碧眼に映しこまれたわたくしは、自分でも驚くほどに穏やかな笑顔だった。
「アナタの旅路には多くの苦難があるでしょうが……それでも。アナタが窮地にあっても闘い続けるのなら、必ず未来は開けるはずです」
「……祝福、かしら」
「そのつもりはありません。ともすれば呪いなのかもしれません。ただわたくしのこれは、わたくしにとっては……ただの祈りですわ」
祈り。
自然と出てきた言葉だったけど、自分ですごく納得がいった。
「カサンドラさん。いつか決着をつけましょう。それまでどうか負けないでください。アナタを倒すのはこのわたくしです。その大役は、運命や世界なんかには到底譲れませんわ」
「…………そう。そうね。わたくしも……世界なんかには、負けたくないわ」
そこでやっと。
彼女は顔を上げて微笑んだ。
ああそうだ。その笑顔を、キレイだと思って、見惚れたのだ。
「また会う日まで、さようならマリアンヌ。わたしは戦うわ。いつか貴女に勝利するまで……戦ってみせるわ」
それを聞けて。
やっと安心できた。
わたくしは、わたくしの大切な友達を──許すことができたのだ、と思えた。
潜航していく『アーテナ』を見送る。
皆が報告や改めての休息に入る中、砂浜を歩いて少し遠くまで来たわたくしの隣にはジークフリートさんだけがいた。
「一時の別れだな」
「はい。でもきっと、また会えますわ」
「……そう信じるか、マリアンヌ嬢は」
「だってこんなの、誰かが勝手に脚本を書いて、それで決着だなんて納得がいきません」
だからつらくて苦しい道を押し付けてしまった。
彼女のこれからの旅路は、極めて苦しいものだ。
既に窮地に陥っていると言っていい。だがそれでも、戦うと言った。
「オレは護国の盾だ。敵を殲滅する義務がある。だが……君は彼ら彼女らを、王国を脅かす外敵としては、もう見れないのだな」
「…………」
改めて、わたくしの勝手な決断に、彼を付き合わせてしまったことを思い出す。
「そんな顔をするな。さっきも言っただろう、オレは君の決断を尊重する。そして、胸を張れ。オレも同意見だ」
ハッと顔を上げて、ジークフリートさんの顔を見た。
彼は優しく微笑んで、わたくしの頭をそっと撫でる。
「優しさを失わないでいてくれたんだな、マリアンヌ嬢。オレは君の判断を……愛おしく思うよ。誰に糾弾されようとも、オレは君の味方をしよう」
その言葉を聞いて、突然だった。
ぶわっと涙があふれ出てきた。ここ数日の、連続して押し寄せてきていた決断の数々が、一気に報われたような気がしたのだ。
ズタボロの身体で、そのまま、彼に寄りかかってしまう。ジークフリートさんはわたくしの身体を、両腕で抱き留めてくれた。
「……ありがとうございます」
「気にするな。恥ずかしい話だが、少しは頼りがいがあることを知ってもらいたいしな」
「ふふっ……そんなの。もう十分に知っていますわよ」
しばらく、波の音と、自身と彼の鼓動だけが聞こえた。2つの鼓動は溶け合うようにして、同じリズムを刻んでいた。
……………………………これスチルっぽいな。
ガバリと顔を上げて、そっと彼から離れる。
「も、もう大丈夫ですわ。誰かに見られたらアレですし」
「そうか? オレは困らないが……確かに君は困るだろうな」
しゅんとした様子でジークフリートさんが腕を下ろす。
ああああああああああああそういう顔されたらあと数分ぐらいいいかなって思っちゃうだろ!
〇無敵 あと数時間頼む
テメェのそれは私欲だろ!
もし尻尾があればきっと垂れ下がっているであろう様子のジークフリートさんを前に、わたくしはどうしたものかと頭を抱えて。
「そいつらは信用してもいいが、信頼はするな」
バツン、と。
わたくしの手元に開かれていた配信画面が、打ち消された。
「……ッ!?」
ガバリと振り向いた。
そこにはくたびれた様子のお父様が立っていた。
「マクラーレン殿……」
「安心してくれ。私は男女の交際には寛容だ、婚約者よりも彼のほうが良いというのなら認めよう」
「そそそそそういう話ではありませんわ!」
即座に恋愛に結びつけやがって! でも言い逃れできないぐらいには乙女ゲーだったな!
カッと顔が熱くなるが、お父様は静かに息を吐くばかり。
……いや。そうだ、お父様には聞かなくてはならないことがあった。
「お父様」
「何だい?」
「わたくしに憎しみを教えるために、わざと死んだふりを?」
問いかけに対して、彼はすっと視線を海面へ向ける。
「そうだ。いいかマリアンヌ……憎悪に呑まれるな。乗りこなせば強大な力にも転じるが、憎悪のままに戦うことは、必ずお前を破滅に導くぞ」
「重々承知しましたわ」
「それでいい」
しばしの沈黙。
ジークフリートさんが『えっこれいなくなったほうが良いか? いないほうがさすがにいいよな?』と挙動不審になっていた。
完全に立ち去るタイミング逃してるなこの人……
「マリアンヌ」
あっ話し始めちゃった。
「私は……いや。
しかも超シリアスだった。
横目に見ると、紅髪の騎士は『オレがいるのにそういう話をするのか……』と渋い表情になってた。
アイコンタクトで耐えろと念を送っていると、お父様がさっと片手で次元を裂いて、そこから、がさごそと古い手帳を引っ張り出した。
「禁呪に関して研究してきた全てを、そこに書き記した」
「…………!」
レアアイテムやんけ!
受け取ってから、パラパラとめくる。
禁呪の体系的な成り立ちや、各種類に関する考察が書き記されている。
「こ、これは研究成果ということでしょうか? それなら……」
「そうだ。当主の座をお前に譲る」
がつんと、頭を殴られたような衝撃があった。
「……いけません。いけませんわお父様。わたくしはまだそのレベルには……!」
「……なら、お前の気が向いたときから、当主を名乗りなさい。少なくとも、ぼくとレイアは、お前はもう当主として相応しいと考えているよ」
実感がわかない。
お父様が顔をこちらに向けて、優しく微笑んだ。
それから右手を伸ばして、私の頭を、ぎこちなく撫でる。
「お前は……自慢の娘だ」
「……!」
「だからこそ。お前がどこまでいけるのか。何を成し遂げられるのか、この目で見たいと思えた。まだ、生きていたいと……思えるようになった」
接触は数秒だった。
けれど手が離れていくことに抵抗はなかった。
ああ、良かった。
お父様はもう、自分に見切りをつけてしまったところから、戻ってこれたのだ。
「ひとまずはラオコーンが安全な場所までたどり着けるよう付いていくことにする。彼らを……いや。彼女を利用したぼくにも、責任の一端はあるからな」
「……はい。ですが潜水艦に追いつけるのですか?」
「簡単さ。次元転移するあの潜水艦はある程度のステルス性を有しているとはいえ、魔力稼働だからね。道筋を追うのは苦じゃない」
「世界観の違う言葉がポンポン出てきますわね……」
本当に相応しいか? これに追いつけてるか?
改めて差を思い知らされるとマジで当主をやる自信が消えていくな……
「マリアンヌ。お前は……お前は、神域の存在となれる、片道切符を得た」
げんなりしているわたくしに、お父様が滔々と語った。
「ぼくはその道を選ばなかった。加護をもたらす神聖な存在と同化することを……選べなかった。あいつと違ってね」
自嘲するような声色だった。
わたくしはそれを聞いて、数秒考え込む。
思考をまとめながら、慎重に言葉を選んで、口に出す。
「お父様。もしも、わたくしたちが考えているような神がいるのだとしたら……それはきっと、外から見ている存在ではなく、ましてや天から降ってくる存在でもありません」
「……?」
「今ここにある世界を変革したいという、人々の願い。それがわたくしたちの内側で、神という共通言語を導き出すのです」
わたくしの言葉に、視界の隅でジークフリートさんが頷く。
「……ふっ、そうだね。さすがは当主だ、もう教えを受けてしまったよ」
「もう! からかわないでください!」
悪かったよ、とお父様が手を振る。
それから彼は視線をスライドさせ、騎士を見た。
「ジークフリートくん」
「……! は、はい」
緊張して上ずった声だった。
確かに身内だから普通に話できてたけど、この人……生ける伝説だもんな……
「マリアンヌを頼む。君のその力を、彼女のために使ってほしい」
「……! もちろんです!」
力強い返事だった。
それを受けて、お父様は満足げに頷く。
「良い騎士と出会えたね、マリアンヌ」
「お父様……」
「それと、実力主義がうちのモットーだから。マリアンヌと結婚したいならまずミリオンアーク家を壊滅させたあとに私と一騎打ちをして、最後にマリアンヌを倒しなさい」
「お父様……!?」
ゴリッゴリのボスラッシュでは?
ジークフリートは流石に引き笑い──を浮かべず、真剣に頷いていた。
「分かりました。そのときはお願いします」
「ちょっとジークフリートさん!? ああもう、こんな下らない冗談に乗らなくて良いですのに……!」
最後までロクなこと言わねえなこの人、と半眼になる。
お父様は苦笑して、それから一息に次元を裂いて、そこに飛び込んで行った。
「……行ってしまったな」
「ええ。ですが、カサンドラさんと同じです。また会えますわ」
「そうだな。ちなみになんだが戦闘面で義父さんに弱点はあるのか?」
「ないですわね」
そうか……とジークフリートさんは肩を落として消沈した。
いや、だから流していいってそれ。
〇無敵 うわあ復旧した! 突然切られてびっくりしたぞ!
ジークフリートさんとも別れて、浜辺をしばらく歩き。
人気のないことを確認して、再度配信画面を開いた。
ぶわーっとコメントが流れていく。
……信用しても信頼するな、か。
すみません。親子の話をしていたので切りましたわ
〇第三の性別 あ、ああそういう?
〇日本代表 異常がなかったのなら良かった
それから、今回も無事に乗り越えられてよかった、と称賛のコメントが続く。
読み流しながらも、わたくしは改めて考えていた。
世界を運営する存在を、神と呼ぶ。
ならきっと、彼ら彼女らは、今この世界を生きている存在にとっては、根本的には味方なのだろう。
それでも信頼するなと言った。
それはきっと、何か、まだわたくしの知らない理由があるのだ──
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【二人の世界/楽園の逆位置】ルートが
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「うわあびっくりした!?」
突然目の前にウインドウが立ち上げられ、ひっくり返りそうになった。
文字列を読むと、あーはいはい。いつものね。このパターンもう飽きたよ。まーた変なエンドが解放されたのかよ。
マジで知らねー。終わり終わり。どうせ追放の才能がありませんよこちとら。
〇無敵 追放ルートじゃん!?!?!?
えっ?
〇無敵 悪役令嬢カサンドラとのトゥルーエンドだな。二人で国から追放されて、二人だけの世界で、神秘の森の奥深くで暮らすことになる……所謂百合エンドだ
へえ。
そんな感じのエンドもあるんだな。
…………………………えっ?
追放ルートじゃん!?!?!?
うおおおおおおおおおおお!
キタキタキタキタキタキタキタキタキタ!!
〇みろっく 長かったな、ここまで……ちなみにどんなエンドなの?
〇無敵 ズブズブでドロッドロ。退廃的アンドえっち。具体的に言うと朝チュンから始まる
ふっ、ふーーーん!?
いやまあそれはいいのだ、ついにたどり着いたのだ。
苦節……何年だろう。十数年。
わたくしの栄光のサードライフへ続く道が、やっと開かれた!
第三部……いいや、CHAPTER3、完ッ!
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【■■の■■/■■の■■■】ルートが解放されました ▼
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【■■の■■/■■の■■■】ルートが
解放されました ▼
ん?
えっ? バグった?
数秒目を離した隙に、突然文字表記が全部黒塗りにされていた。
ちょっ……え、何?
戸惑っているわたくしの目の前で、黒四角にノイズが走り、段々と文字を象っていく。
なんだよ、ビビらせんなよ────
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【神殺の乙女/夜明の正位置】ルートが解放されました ▼
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【神殺の乙女/夜明の正位置】ルートが
解放されました ▼
「何か変わったのですが……」
脳内発声も忘れて素で声が出た。
〇トンボハンター wiki見てくるわ
〇火星 ああいや、なんかのインタビューで見たことあるぞこれ
あっ。
え? 嘘、そういうパターン?
待てよ。本当に待ってくれよ。
〇火星 ……なんていうかその。うろ覚えなんだけど、これは神殺しを成し遂げた場合に解放されて、でも神なんて降りてこないから実質死蔵データみたいな感じで……
〇火星 神様を追放して、世界のあり方を変えて、主人公が、まったく違う世界に放り出された人類を率いて生きていく、『わたしたちの未来はここから始まる──』みたいな終わり方のやつ
しばしの、沈黙。
〇無敵 判定は?
〇日本代表 世界から追放されなきゃいけないのにこっちを追放してどうすんだ馬鹿
〇スーパー弁護士 お前、チェンジってわけ
ですよねー。
ああああああああああああああああああああやだああああああああああああああああああ!!
もうやだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
じゃあチェンジさせてくれやあ!!!!!
〇ロングランヒットおめでとう 九回まであっちゃうんだなぁこれが!
「死ね!!!!!!!」
海辺にわたくしの絶叫が響く。
魂の底から出た声は、しかし水面にむなしく吸い込まれるだけだった。
ぴえん!
いつも応援ありがとうございます。
これにてCHAPTER3完結です。
ここまでの登場人物まとめを掲載した後、幕間に入ります。
うまくいけば次のまとめ掲載のタイミングから小説家になろう様の方にも投稿していきます。