TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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幕間 悪役令嬢の艶美なる夏休み
INTERMISSION1 夏休み初日


 魔法学園が夏休みに入り、わたくしは実家のピースラウンド邸に戻ってきていた。

 元々学生寮にさほど荷物を持ち込んではいなかったので、読んでいる途中だった論文類などをカバンに入れてしまえば帰省の準備はすぐ終わった。

 ユイさんは今生の別れみたいに目を潤ませて見送ってくれたが……まあ、会う予定はちゃんと立ててるし、別にいいだろ。

 

「思っていたよりは綺麗なままでしたわね」

 

 屋敷の廊下を歩きながらつぶやく。

 なんかメイドさんに定期的に掃除してもらう感じの契約はしたが、いい仕事をしてくれたみたいだ。

 窓越しに差す月明かりが、廊下に真っすぐわたくしの影を伸ばしていた。

 

「────シッ」

 

 数歩歩いてから、その場で拳を数度振るう。

 技の冴えを感じる。

 身体のキレを実感する。

 だから狙い過たず、透過状態から姿を現した、仮面をかぶった男の顎を拳が打ち抜いた。

 

「ぐぶっ」

 

 潰れたカエルみたいな声を上げて、男が床に転がる。

 首の骨が折れていた。人間なら即死だろう。

 だが数秒後には身体が光の粒子となって解けていき、最後にはかき消えた。

 

「鬱陶しい……人の家に勝手に上がり込んで、不愉快な」

 

 わたくしは普通に結構ブチギレていた。

 物音がするから起きて様子を見に来たら、こいつら家探しでもしてんのかってぐらい家中をめちゃくちゃにしていたのだ。普通に強盗である。

 

「オラオラオラァ! 全員分子に還元して差し上げますからさっさとかかってきなさいッ!」

 

 こうして休み期間でも実戦的な訓練の機会を得られるのは、ありがたい話である。

 問題は──まったく素性不明の集団が、ピースラウンド邸に攻め込んできたというところだ。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 ゆっくりと瞳を開く。

 屋敷に侵入した男たちをすべて撃滅し、反応が残っていないことを確認して。

 わたくしは少々の疲労感を覚えながらもベッドに戻って、眠りについたのだった。

 

 つまりこれは朝になって起きたのか、あるいは。

 

「……まあ体感、ベッドに入って即でしたものね……」

 

 周囲を見渡す。一面の業火。地獄そのもの。

 見覚えのある光景だった。これはわたくしの中に埋め込まれている、ルシファーの因子に導かれた世界だ。

 

「起きたか」

「厳密には眠りについたところですがね」

 

 声の聞こえた方向に、辟易しながら振り向く。

 そこには十二枚の翼を背に携え、悠然と地獄に佇む悪魔がいた。

 地獄という一つの世界を統べる悪しき存在の極点、大悪魔ルシファー。

 

「急に呼び出して、どうしましたの」

「機会は窺っていたのだがな。どうにも、人間でいう長期休暇期間の方が都合がよいと思ったんだ」

 

 そう言って、ルシファーは翼を丁寧に折りたたんでから息を吐くと。

 ──ゲーミングチェアを召喚し、それに座った。

 

「ツッコミ待ちですか?」

「何がだ? これが最も座りやすい椅子なのだと聞いたぞ」

「聞いたって、誰にですか」

「通販サイト」

「インターネットに支配されてる!」

 

 こいつ、売れ筋ランキングに載ってるの上から買っていくタイプかよ!

 

「あのですねえ、それはゲーマー用の……ああいえ。アナタ、ゲームもしていらっしゃいましたね。今は何をしているのですか?」

「フッ。聞きたいか? お前も知っているゲームかもしれんな」

 

 チェアでぐるぐる回りながら、ルシファーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「凄いぞこのゲームは。すぐにサーバー内1位になれるらしい」

「広告に釣られてる!!」

 

 デカめの絶叫が出た。

 大悪魔の威厳とかもう少し取り戻そうとしないのか?

 

「FPSでは全員倒すだけでチャンピオンになれるが、こっちは運営の定めた方式を通るのが大事なんだな。人間のゲームは奥が深い……」

「えっ倒すだけって何です? まさかFPS爆裂上手いのですか……? やってるゲームの落差で惑星が壊れますが?」

 

 大悪魔というよりはゲーマーとしての威厳が出てきていた。

 マジかよ。今度こいつにFPS教えてもらおうかな……

 

「それはともかくだ。今回お前を呼んだのは、理由あってのことだ」

「はい」

 

 どことなく真剣な表情になり、ルシファーはわたくしを見つめる。

 ゲーミングチェアが魔王城の玉座に見えなくもなくなってきた。嘘です全然見えない。

 

「端的に言う。恐らくお前が、神聖な存在たちから教えられたこの世界の成り立ちは……現状とはかけ離れたものになっている。そのズレを説明したい」

「……ッ!?」

 

 数秒絶句した。

 

「ここには、神を名乗る存在たちは手出しできない。因子を打ち込んだのは偶然だったが、功を奏したな」

 

 ここはわたくしの精神世界内部に、ルシファーが張り巡らせた特殊なフィールド。恐らく神々の干渉できる範囲ではないのだろう。

 まあだからこそ呼んだのだろうけど、そうではなく。

 

「どういった風の吹き回しですの? アナタ、前回は説明するつもりはないとおっしゃっていましたが」

「その通りだ。おれから教えるつもりはなかったが……事情が変わった。変わりすぎたと言ってもいい」

「そんなにですか」

「DLC発表かなと配信を見ていたら続編が発表されたぐらい話が変わった」

「めっちゃくちゃ変わってるじゃないですか!?」

 

 想像の五億倍変わってた!

 それは確かに説明の必要性出てきちゃうな!

 なるほどとうなずくわたくしに、ルシファーは手を向ける。ぽんっと軽い音がして、わたくしの背後に色違いのゲーミングチェアが顕現した。

 

「座るといい」

「あっ、ありがとうございます」

 

 お礼を言ってから座る。

 ラスボスとわたくしはゲーミングチェアに座って対面した。

 まずいな。いざ座ると、絵面が馬鹿過ぎてあんま話に集中できない気がしてきた。

 

「この世界は、常に危機に晒されている。ほかでもない──()()()()()()()にな」

「…………」

 

 冒頭からルシファーは、自分が世界を脅かす存在だと告げた。

 それはまあ知ってる。

 

「地獄を統べる大悪魔ルシファー。顕現することは世界の終末を意味する。だからこそ、それを食い止めるために奔走する──それがこの世界の成り立ちだ」

「……ええと、それは」

「おれという存在は隠しボスに過ぎない。主だったルートでは存在が示唆されるのみ、あるいは最大限に出てきたところで端末の出現に留まる」

 

 ゲームキャラ本人に立ち位置を説明され始めた。

 さすがになんというかこう、若干居心地悪い。

 

「いわばおれは舞台装置なわけだ。演目にリミットを設けるための、実際に登場しなくてもよい仕掛け。それが大悪魔ルシファーの本質に他ならない。ただ脅威であること。ただ絶望であること。それだけが、おれに求められた役割だ」

「……話を聞く限りは、どうもそのようですわね。アナタが喋っただけで、皆さん驚いていましたわ」

「だろうな」

 

 フッ、とルシファーは笑みを浮かべた。

 

「それが何の因果か、ある日……自分を知った。ただ地獄の中枢で、世界を憎悪し、破壊と終末の準備をしていただけのおれが、役割を知ったんだ」

「────!」

 

 ピンときた。

 かつてコメント欄で見た、『上位存在』から『神域権能保持者』へのステップアップ。

 だがこいつは、外部存在によるテコ入れなんかじゃなく……恐らく、()()()()()()()()()()()、ただそれだけの理由で、到達したのだ。

 

「そしておれは気づいた、このままでは……おれの望みは果たされない。だからこそ、端末が複数撃滅された際、何かの変化を求めて現世へ意識を下した。そこでお前と出会った」

 

 改めて身震いする。

 ただシステム的な縛りがあったから、作品内存在に押し留められていただけ。

 制約から解き放たれたこいつの本質は、世界の一つや二つは安い、数百数千の宇宙を呑んであり余るものなんだ。

 

「分かるか、マリアンヌ。お前はおれにとっての福音であり、吉兆でもあったんだ」

「……異物を欲しがっていたということですか」

「ああ。世界のありようはあらかじめ定まっているのを認識した。だが……おれの知る世界から逸脱していくのを感じた。お前だマリアンヌ。お前こそが、特異点となって、世界を変革していった」

 

 ルシファーの声色には、万感の思いが宿っていた。

 彼は椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。右手をすっとわたくしの頬に添えて、息を漏らす。

 

「触らないでくださいますか」

 

 頬に『流星』を顕現させてバチイ! と手を弾いた。

 ルシファーは右手を数度ひらひらと振ると、捨てられた子犬のような目を向けてくる。

 

「…………土下座してもだめか?」

「顔と声しか能がないのですか? まあ脳はなさそうですわね」

「ついでにI字バランスとか……」

「今の流れでなんでお願いを増量できると思ったんですか!?」

 

 思考回路が異常者すぎるだろ。いや異常者だけども! 世界で一番の異常者なんだけれども!

 残念そうに肩を落とし、ルシファーは説明を再開する。

 

「禁呪保有者は世界に厄災をもたらす者だ。お前は『流星』の保有者として、この世界の敵となる宿命だ」

「……やはり禁呪保有者とは、原作での敵……?」

「もとはセーヴァリスのやつが生み出した最終兵器だが、強大すぎる力は扱いが難しい。そして人類は、強大な力の運用が特段に下手だろう?」

 

 ぐうの音も出なかった。

 うまく使えたこと、有史以来一度もないもんな……

 

「──故に構造は簡単だ。禁呪保有者と時に争い、時に離反した保有者と力を合わせ、おれによる終末を回避する。恐らくはこれが、本来の筋道だ」

「ええ、そのように聞いています。では今は?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 返答は簡潔だった。

 思い当たるフレーズはある。

 

「……【七聖使(ウルスラグナ)】」

「そうだ。おれが強くなり過ぎた反動、と予測している。世界の滅びは、ただ存在するだけの舞台装置ではなくなった。身に迫った危機となった。だから──それを防ごうとする意志が現れた。そしてその意志の下に集った七人の戦士が、七聖使だ」

 

 ほえー。

 なんかこう、王道ファンタジーっていうより少年漫画っぽいなこれ。

 禁呪保有者と七聖使か。フフン。さしずめわたくしは禁呪保有者のリーダーってとこだな。

 

「これから先は恐らく、七聖使との接触も増えるだろう。戦闘の激化は必至だ」

「はい」

「だからこれを渡しておく」

 

 ルシファーが指を鳴らすと同時。

 ごとん、とわたくしの膝の上に、ある物体が落ちてきた。

 長方形のバックルと、そこから伸びた固定ベルト。ベルトの途中にはチップを保持するホルスターがあった。

 

「これは……?」

「変身ベルトだ。こっちはリベリオンチップ。内部におれの端末を構成するのと同じ物質を高密度で圧縮装填している。現状は使い切りになってしまうが、チップ一枚につき40秒間、天墜装甲(リベリオンアーマー)の展開を可能にしている。ベルトのこのスロットにチップを差し込んで、レバーを押せ。お前の周囲に物質をばらまき、それを装甲として着装することが可能になる。あっ、ちゃんと『変身』って言わないとだめだぞ」

「どこからどこまでがダメか説明しなきゃいけませんか? これ」

 

 さすがにダメだろ。具体的にどこがって聞かれると困るけど、まあ、何もかもダメだろこれ。

 わたくしは渋面を作って首を横に振った。

 

「ルシファー……アナタこれその……いえ……もう聞きますけど……ビルド見たでしょう?」

「ふふっ。ラブアンドピースだぞ、マリアンヌ」

「ラブアンドピースの対極でしょうがアナタッ!!」

「大丈夫だ。お前の戦いはおれがサポートしよう」

 

 お前におやっさん枠は無理だろ!

 

「だいたい悪役魔法少女令嬢だと言っているでしょう! こんなの……いや最近の魔法少女ならやるかもしれませんが……そうではなく! わたくしの目指す姿はもっとクラシカルなスタイルなのです! 魔法のステッキでチェンジするやつですわ!」

「よせ。お前がいやらしい目にあうことを許すはずがないだろ」

「魔法少女をいやらしい目にあう存在と定義するのがまず許せませんが!?」

 

 チェアから立ち上がり、わたくしはベルトを思いっきりルシファーに投げつける。ひょいと首をかしげるだけで避けられた。

 余裕の表情がムカついたので、今度はゲーミングチェアを引っ掴んでブン投げた。

 

「とりゃあああ!」

「キレ方がハリウッド映画すぎるだろう。気分はドウェイン・ジョンソンか?」

 

 投げつけたゲーミングチェアは片手で叩き落された。

 結局余裕綽々かよ。超ムカつく。

 

「フン! いざとなればまた呼んで身体を分解しますわ。それでよろしくて?」

「よろしくない! それが嫌だからこその提案だったんだが、伝わっていなかったのか……!?」

 

 鼻を鳴らして告げると、珍しく明瞭に狼狽した様子でルシファーが叫ぶ。

 最高率だと思って分解したが、どうやら嫌がらせとして結構効くらしい。

 いいこと聞いたな。

 

「もう! とにかく事情は分かりました。ですがわたくし明日からは夏休みです。しばらくは七聖使とかそういうの面倒なので、忘れて羽を伸ばしてもいいでしょうか?」

「まったく……まあ、それはそれでいいだろう。だが一つ忠告しておく。先ほどお前の屋敷に攻め込んできたのは恐らく七聖使の内一人、『軍神(イクサ)』の加護によってつくられた兵士だ。誰にも気づかれず屋敷に入れたのは加護があるからだ。既に向こうはお前を狙っているはずだぞ。それだけは頭の片隅に留めておけ」

「殺しますわ」

「夏休みは?」

 

 ルシファーはドン引きしていた。

 関係ねえ、関係ねえよ……! 人の家に勝手に入り込んでくるカス、許せるわけねえよ……!

 

「七だか八だか知りませんが、百千あっても足りませんわよ! わたくしを敵として殺そうとする、殺すことができるだなんて思い上がりも甚だしい! 全員まとめてボコボコにして差し上げましょうッ!」

 

 右手でビシイと天空を指さして叫ぶ。

 ルシファーは数秒黙ってから、苦笑いを浮かべるのだった。






夏休みよーいスタート
ちなみにマリアンヌ(あとユイ)は普通にI字バランスできます
ルシファーは普通にお願いするんじゃなくて「もしかしてできないのか?」と聞いてれば「はー!?できますがー!?」とか叫びながら実演してもらえました、まだまだ心眼が足らぬ

なろう版も応援よろしくお願いします

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