儀式場と推察される山を一気に駆け上り。
わたくしたちは大体七合目のあたりで立ち止まっていた。
「……ここだな」
「でしょうね」
山をえぐるようにしてぽっかりと空いた洞穴。
激しい魔力反応を、その奥から感じる。
「上位存在五体……既に顕現が終わっちまったか?」
「いいえ。強い反応は三体分ですわね」
わたくしは一歩進み出てから、ロイとユートに向き直る。
「ここから先は速度勝負です。対策は先ほどお話した通りですわ」
「……ッ。ああ、筋は通ってたね。だけど……」
ロイは厳しい表情でわたくしを見ていた。
「──上位存在相手に、一人一殺か」
「はい」
ここに来るまでに、二人には方針を伝えていた。
五体の内三体に関しては、情報を開示された段階で
「効率面なら確かに一番いいけどよ。無理だ、できるはずがねえって弱音は禁止か」
「どうしても厳しいというのなら考え直してもいいですわよ」
「ハッ。そんな時間はねえって俺でもわかってるよ」
ユートは頭をかいて、深く息を吐いた。
「だから異論は挟まねえ。当然、俺もやる」
「……ッ。意外ですわね。アナタは素直には頷いてくれないと思っていましたが、どこか……そう。先ほどの女性と出会って、使命感に燃えているのですか?」
だとしたらちょっとアレだな。
女がらみで冷静な判断力を失っている、と考えると……デバフとしては強烈だな。
「おいおい。嫉妬か?」
「は? そんなワケ────」
「世迷いごとを言っている場合かい?」
すげえ勢いでロイが割り込んできた。
「うおっびっくりした。割って入るにしても限度があるだろ」
「マリアンヌに色目を使う人間相手に、僕が限界を超えない理由なんてあるはずないだろう」
発言の気持ち悪さが限界を超えてるんだが……
「で、だ。
「えっナチュラルに思考読むのほんと気持ち悪いのですが……」
「ああ、そういう心配かよ? なら大丈夫だぜ」
洞窟の入り口に一歩踏み出して、彼はもう振り向くこともなかった。
「常々思ってたんだ。お前らは……ちょっと、やっぱ、あれだ……頭がおかしい」
「言葉を選べていませんわよ!」
「心外だ!」
「うるせえ! ここにも異論を挟む余地はねえよ!」
〇第三の性別 この
〇日本代表 話の腰を折るにしても最低限弁えるべき礼儀がある
ちょっとボロクソ言い過ぎじゃない? わたくし何かした?
「そうじゃなくってだな……だから俺は、お前たちの横に並ぶためには何が必要か、考えた。考えて考えて……結局お前らみたいにおかしくなることはできねえ、って思った」
「……それは……」
生まれ育った国の違いは、あまりにも大きい。
前世でわたくしは、当たり前に文字の読み書きができる環境で育った。それから後に、文字を読むことなんて到底できない子供たち、そして大人たちを見た。
単純な教養の差に直結する話ではない。上下のズレだけでなく、左右のズレだって発生する。神のために死ぬことを当然とする男。ただ子供を産み落とすマシーンとしての生き方に疑問を抱かない女。向こうからすれば、こちらこそ異常な存在。
幸いにも前世では、インターネットの普及から全世界でそういった思考の均質化が進んでいたが……この世界は違う。隣の国では殺し合いを念頭に置いた軍事訓練を幼少期から受けていたとしても、それはユートの人生に関わるなんて本来はあり得なかったことだ。
「だがな。別にそれで、隣に並ぶ資格がないとまでは思ってねえよ」
胸を張って彼は洞窟に入っていく。
思わずロイと顔を見合わせて、苦笑した。
隣に並ぶ資格を自分に問うてるけど……先陣切ってるってば。
「お前らみたいに、おかしくなるためじゃねえ……俺には、お前らみたいなイカれた思考は、多分一生できねえ。だけどやれることはある」
ユートの背中を追って、わたくしたちも歩みを進める。
洞窟の奥は光のささない真っ暗闇だった。肝試しにはもってこいだろう。
「とにかく動くことだ。お前らのイカれた思考にあーだこーだ考えるんじゃなくて……シンプルに動き続けること。それしかできねえんだ。だから、迷ってる暇なんてねえ」
ふーん。
全然違うと思うけどなそれ。
「……気づいてないのかな、彼」
ロイの言葉にうなずく。
考えずに行動って、んなもん根っからの陰キャにできるはずがない。
今こいつが言ってんのは、表層に浮かぶ邪念を払うってのと同意犠だ。結局考えなきゃいけないことは考えてる。
要するに──『考えるのはやめた!』状態ってワケ。
「手のかかる人ですわね」
「……今の。人のところを子って言い換えてもらえるかな」
「おととい来なさい」
この野郎油断も隙もねえな。
勝手に家族イメージプレイに興じようとするなよ。
「アナタ本当に緊張感ありますの? さすがに弛緩状態極まっていたら心配ですが」
「
さすがに──聞いた瞬間、わたくしですら背筋が伸びてしまった。
静かに横を見る。ロイ・ミリオンアークの、碧眼の内側で、静かに滾る焔。
「君が、そうだと決めたんだろ。何があったのか、何を知っているのか……そんなのどうだっていい。僕に分からなくてもいい。マリアンヌが自らの意思で、自らの行動を選択した。なら僕はそれを助けるだけだ」
「……ッ」
気圧されている、というのを遅れて自覚した。
現段階での戦闘力では、わたくしは手を選ばなければこの男を一蹴することができるだろう。
だというのに時折、彼に圧倒されるような心持を抱くことがあるのだ。
「おい、何くっちゃべってんだ。もう到着だぜ」
ユートの呼びかけに、はっと前を向く。
真っすぐ続いていた洞窟が、三つ又に分かたれていた。
なるほどな。セーブ地点ってやつだ。
〇木の根 死んだら終わりなんだが……
怖いこと言うなよ。まあ、死にそうになったらテキトーに逃げようかな。
「────ではお先に」
三方向へ延びる道を、一瞥しただけ。
マリアンヌは真っすぐに、
「……改めて。すげえ女だよな」
「うん。さっきは言わなかったけど、君のあこがれは僕も共通して持ってるさ」
男子二名は、光に背中を向けて闇を見つめていた。
自分の影が暗がりに飲まれている。ごくりと唾をのんだ音は、どちらのものだったか。
『それでは走りながらよーく聞きなさい! 『令嬢未満でも殺れる! 上位存在の殺し方講座』の時間ですわ!』
『令嬢未満って何だい!?』
ロイとユートは、同時に、ここへ来る過程でマリアンヌが話していた対策を想起した。
彼女は山へ向けて疾走しながら、魔力の光を使って簡単な図解を示していた。
『この人間三名をわたくしたち、丸を上位存在とします』
『俺たちもう死んでね? 首があり得ない方向に曲がってるんだけど』
『次余計な口を挟んだら本当に曲げますわよ』
『悪かった。今のは完全に俺が馬鹿だった』
上位存在の情報を得たマリアンヌに比べて、ロイもユートも情報の全貌を覚えることはできていない。
瞬時に敵の情報を暗記した令嬢は、涼しい声で勝ち筋を語った。
『五体まとめて相手取るなんて馬鹿げた話です。しかし付け入るスキはありますわ。恐らくこれらの個体は、独自の理の中に生きています。しかし……その理を外側に展開するまでには至っていない、と読めます』
『何故だ?』
ユートの質問に、悪役令嬢は明瞭に答える。
『もしも外部へ法則を展開できる個体を、五体同時召喚したらどうなりますか』
『……ッ。なるほど、互いに潰し合ってしまうね』
確かに、自分たちの想像する最悪の展開──すなわち敵兵が全員不死になるようなケースは考えにくいだろう。
「ロイ、行けるか?」
びくんと、肩が意図せず跳ねた。ロイは苦い表情で面を上げる。
マリアンヌは同時に、誰が何を相手取るかまで指定している。
『ユートは『
「……僕は雷撃を司る上位存在と、同じ土俵の上で戦わなきゃいけない……」
「そうなるな。自信ないのか?」
「ないよ」
思わぬ断言に、ユートは目を丸くした。
「自信なんて……持ったことがない。彼女ならもっとうまくやった。彼女ならもっと早くやった。そう考え続けるだけで、自分がいかに劣っているかがよく分かる」
だけど、と彼は言葉をつなげた。
「君が自分にできることを探すように……僕だって、僕にできることを見つけるだけだ」
バチリ、と前髪が紫電を散らして揺れた。
それきり男二人は、顔を見合わせることもなく。
ただ静かに頷いて、別の道を進んでいった────
足音が止まる。
暗闇を進んだ先、開けた場所に到達して、ユートは静かに息を吐いた。
「……思ってたよりは大きくねえな」
氷の彫刻だった。
広場に足を踏み入れた瞬間、息が白く染まった。氷点下の世界。ユートは身体に魔力を通し、二節詠唱で自分の身体を冷気から守る。
「積極的には仕掛けてこねえか。マリアンヌの言ってた通りだな」
上位存在『
動くまでもなく、敵対者は氷漬けになるからだ。
仮にルールが外部へ展開されたなら、おそらく一帯の熱量を一方的に奪うような内容になるだろうとマリアンヌは示唆していた。
「なら話は早ぇ!
即座に詠唱をスタートさせ、ユートは氷の彫像に向けて炎の弾丸を放った。
かつてリンディが多用した単節詠唱の上位互換。こと火属性魔法に関して、ユートに並ぶ者はそういない。実際には詠唱数を三つほど足して平均値になるほど圧縮された威力が解放される。
しかし。
『Ah────』
彫像の口がパカリと開き、圧縮魔力を織り込んだ、甲高い声が響き渡った。
とっさにユートは両手で耳をふさぎ後ろへ飛び退く。優れた戦士であるが故の判断だ。
効果範囲は不明だが、どうにか身体への影響は避けられた。慌ててユートは状況を確認して、愕然とした。
「……
彼と彫像の中間地点。
そこには、ユートの放った炎が、氷漬けになって転がっていた。
絶大な相性差は反転し──絶望的な戦いが始まる。
一方、ユートの隣の道を進んでいったロイは。
同様に開けた地点へとたどり着き、しかし困惑していた。
(誰も、いない?)
時折水滴の滴る音が響く以外には、自分の呼吸音しか聞こえない。
顕現前に間に合ったのか、という楽観的な予測は、しかし確かに感じる威圧感が否定する。
(既にいるのか? 僕が観測できていないだけ?)
疑念はすぐに晴れた。
空間がひずみ、バチバチと雷撃を散らして、黄金の光が顕現する。
「────────」
間違いなく上位存在。
だがその姿を見て、ロイは息をのんだ。
「……騎士?」
ロイが相手取る『
だというのに、これはなんだ。
雷撃がヒトガタを象っていた。
輪郭こそ常に雷が弾け不定形だが、確かにそれは──むしろ、電撃の鎧を纏ったと言われた方が自然なほど──四肢を持った、背丈五メートルほどの巨大な騎士だった。
「……ッ!!
即座に抜刀し身構えるロイを見て。
雷撃皇帝の右手。そこに迸るのは、見間違えようもない──固形化され確かに像を結んだ、ロングソード。
大剣を振りかざし、絶対的な覇者が、荘厳な声を轟かせる。
『斬 捨 御 免』
男子たちが、己のプライドをかけた一世一代の大勝負を始める中。
「……まあ、
同じく開けた地点に到達したマリアンヌは、周囲を見て嘆息していた。
円形の空間は、ロイとユートが入ったものより数倍広い。そのはずだ、正面に位置する上位存在とマリアンヌをぐるりと囲むようにして、観客席が配置されているのだから。
小さなライブハウスのようにひしめく群衆。一様に同じ礼服を着込んだ彼ら彼女らは、生気のない瞳で俯いている。
「で、これはどういう催しでしょう。ボーカルが死んだ後の送別ライブですか?」
正面の上位存在──『
下半身は巨大な芋虫、上半身は痩せこけた灰色の肌の女の姿。蛇女の亜種と言えばいいか。
直視しただけで生理的嫌悪、恐怖を掻き立てるような外見だった。事実として、一般市民ならば遭遇しただけで精神的に大きな負荷がかかっていただろう。
『あなたは絶対的かつ非相対的な精神的負荷に耐えられません』
その女の顔が、口をかすかに開いた。
唇の動きと、響き渡った言葉が連動していない。おそらく人間とは違う方法で発声している。
(……言語を獲得している、わけではないようですね。
続けざまに
『てちつちてちにのにかちすにかい のんらなくなきちとらすちてらみちもい ついかなこらなみらなこなきらいくち のらもちのなてらかなのな』
それは狂気の歌だった。
聞いた者の精神に干渉する歌。遠い遠い平行世界においては、マリアンヌはダイスを振って精神の安寧を守らねばならない。
しかし。
「カラオケ勝負ですか! いいでしょう!」
この女に、ダイスを振るような知性はない!
ダンと両足で地面を踏みしめ、彼女は右手で洞窟の天井を差す。
────
詠唱スタートと同時、彼女の周囲に輝く流星が展開される。
それはビットのように周囲を回転しながら、役割を与えられ形を変えていく。
────
暗中蠢虫とマリアンヌを囲む人々。
その足元まで、魔法陣が広がっていく。
────
地鳴りとともに大地が隆起し、マリアンヌが思い描く通りに姿を変えていく。
見る者が見ればわかるだろう。
それは明確な、現実に対する侵略行為!
────
最後に空間すべてを流星の光が埋め尽くし。
────
十三節に及ぶ改変詠唱完了。
人類史を脅かす悪逆の原初が、姿形を変えて君臨する。
「アイドリッシュ・メテオォォォオオオオオオオオオッ!!」
顕現するは
暗中蠢虫すらステージ上に巻き込んで、マリアンヌはどこからともなくスタンドマイクを取り出して右手を添えた。
「最初のナンバーは『カメさんこんにちは』! 作曲・作詞わたくしっ! ミュージックスタートッ!」
ッタッタラッタッタッタ、と、マリアンヌの周囲に展開された流星同士がこすれ合い、原理は不明だが、いや本当に原理は意味不明だが、メロディを奏で始める。
「さあ、わたくしの
マリアンヌ、オンステージ!!