公園から少し歩いたカフェのテラス席。
そこにわたくしとロイ、そしてジークフリートさんは座っていた。
短い金髪の幼馴染と長い赤髪を一つに束ねた近衛騎士は、なんとなく正反対っぽいなと思った。
「先ほどは大変申し訳ございませんでした、ジークフリート殿……!」
コーヒーが運ばれてきた後、ロイが勢いよく頭を下げた。
ジークフリートさんに敬語は辞めてくださいと言い、向こうからもこないだ通りタメで話そうと言われたものの、ロイにとってはよっぽど目上の人らしい。
「うちのマリアンヌが突然殴りかかるなど……!」
「身内扱いしないでくださいます? 大体避けられたからノーカンですわよ」
「そういう問題じゃないだろう!?」
開幕不名誉あだ名カミングアウトをかましてきた向こうが悪いよ向こうが。
悪びれもせずコーヒーをすするわたくしに対し、ジークフリートさんは苦笑を浮かべる。
「いや。かなり精度の良い不意打ちだったよ……オレも油断していた。後少しでも反応が遅ければ首から上はなかったかもしれない。いい訓練になった」
「そういう問題なんですか!?」
隣でロイがびっくりしてコーヒーをこぼしかけていた。あぶねえ。今日白いブラウスなんだから気をつけろよ。
そろそろ太陽が下がってくる昼下がり。行きかう人々は、テラス席にそろった超美形三人に視線をくぎ付けにされていた。顔の良い男二人、優しい王子様系と触れれば切れるヤンキー系の二種類だもんな。まあわたくしが一番美的指数高いんですけどもね!
「それにしても……かの竜殺し殿とマリアンヌが顔見知りだったとは、驚きです」
驚きですと言いながら、ロイの表情はもうめちゃくちゃ疑っていた。
疑いが一周して不安そうになってるもん。ウケる。うらぶれた野良犬みたいな目でジークフリートさん見てんじゃん。
ただまあ、ここのつながりの詳細が割れると不利益をこうむるのはわたくしだ。つまり──追放チャンスじゃねえかコレ!
「ロイ、それは──」
「──合縁奇縁、というやつだ」
近衛騎士が見事なインターセプトを決めた。
数瞬だけ、『分かってる。うまく誤魔化すから任せてくれ』みたいなアイコンタクトが飛んでくる。
強めにどついたろかテメェ。
「……教えるつもりはない、と」
「勘違いさせたのなら申し訳ない。何か君が不安に思うようなことがあったわけではないよ。彼女にオレが助けられただけだ」
見事に真実しか言わない、器用な躱し方だった。
不服そうに唇を尖らせるロイに向かって、ジークフリートさんは苦笑を浮かべる。
「それを言うならこちらも驚きだよ。ドラマリア嬢と、ミリオンアーク家の御嫡男が知り合いだったとはね」
「名残が残っていてよ!? 次はパンチ当てますわよ!?」
「おっと、これは失礼した……すまない、一度あの名前で覚えてしまったものでな」
顔から火が出そうだ。自分でも真っ赤なのが分かる。完全にあの時のわたくしは史上最高のイキリ数値をたたき出していた。
ジークフリートさんは本気で申し訳なさそうにしょぼんとしている。クソッ、なんだよからかってきてた方がまだやりやすいな……! 素かよ……!
「ああ、もう。そんなに強く印象に残るほどの名前じゃないでしょうに」
「そんなことはない。人生の中でも五指に入るほどインパクトの強い名前だった。こんなに衝撃を受けたのはマザーファッカータロウ・ハナコ兄妹に出会った時以来だ」
「なんて??」
「む。違ったかもな。マザーファッカークラウド・ティファのコンビだったかもしれん」
「余計な飛び火がついたせいで最悪ポイント加算されましたわね」
リメイクで再燃してるところだからマジでやめてほしかった。
「……随分と仲が良いんだな」
その時、ロイがコーヒーをずぞぞと啜りながら拗ねたような声を上げた。
「仲良く見えまして? 完全な錯覚ですわ。この人の天然にわたくしが振り回されているだけです」
「言われてみればそうだな。そして意外でもある、あの日の印象はどうも君が胡乱な発言をしてばかりだったからな」
「どちらかと言えばわたくし、つっこむ側ですからね」
「本気で言っているのか? 君はかなりつっこまれる側だったと思うが……」
ジークフリートさんは眉間にしわを寄せてそう問うた。
失礼な騎士だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 突っ込む側と突っ込まれる側……!? な、なんてことを言っているんだ!」
突然隣でロイがわなわなと肩を震わせ始めた。
なんだこいつ。中学生かな?
ジークフリートさんと顔を見合わせる。彼は首を横に振った。
「勘弁してやってほしい。男子にはこういう時期がある」
「存じ上げております。女性の服装全てを春画に出てきそうかどうかで判断してしまう時期ですわね」
「そこまで解像度の高い理解をされていると困惑するぞ、君時々本当に男みたいなことを言うな」
痛い指摘だった。
わたくしは話題をそらすべく、とりあえずロイを生温かい目で見ておく。
「それにしてもロイ、そんな発想をしたんですわね。まあ年頃の男子ですし仕方ありませんけれど」
「やめてくれマリアンヌ。そういう母親みたいな反応が一番傷つくんだ、分かっててやってるだろう君。ちゃんと、もっとこう、頬を赤くしてサイテーと言ったりしてくれ」
願望混ぜてきたなこいつ。
「ミリオンアークくん。年上としてのアドバイスだが……えっちなのは駄目だぞ」
「チェンジチェンジチェンジ! なんでそれをマリアンヌが言ってくれないんだよ畜生ッ!」
王子様みたいな外見で世迷いごとをのたまい、ロイは割と強めにテーブルをぶっ叩いた。
えぇ……性欲が肥大化しすぎて行動がバグってるじゃん……
わたくしたちはヒートアップした空気を冷ますべく(てか、金髪王子が勝手にあったまっただけだが)、しばらく通りを眺めたり空を見たりして意識をリセットした。
「それはそうと……最初に言うべきでしたが。ジークフリート殿、中隊長候補者への推挙、おめでとうございます」
「おや、知っていたとはね」
二人がいかにもな世間話を始めた。
中隊長? 偉そうだな。ムカついてきた。
「昇進が決まったわけじゃないさ。監査のために何度か教会へ向かわなければならないのは手間だが、今回は聖女様からの指名ということだからな。無下にもできない」
「成程。同僚の方々から、出世欲のない人だという噂は聞いておりましたが……本当のようですね」
「だからいまだに嫁も貰えん」
……なんとなく、空気が変わったと思った。いや会話のことではなく、ジークフリートさんの身に纏う空気感だ。少し軽くなったというか、ラフになったというか。
あの日共闘した時は、もっと堅物堅物していた。邪龍の死骸をジークフリートさんの斬撃で殺害したよう偽装している間あたりから違和感はあった。
良い意味で変わったのだとは思う。
「聖女様、ですか。教皇様が見出したという噂ですが、お目にかかったことは流石にありませんね」
「貴族が教会に立ち入ることはめったにないからな。案外歓迎してもらえるかもしれないぞ」
「熱烈な歓迎でしょうね。矢が何本飛んでくるやら。その時は、ジークフリートさんも鎧を着こんで出迎えてくれますか?」
「ロイ、アナタそういうブラックジョークをノーモーションで打つの本当にやめた方がいいですわよ。ジークフリートさんもさすがに引きますわ」
「……? いや、こう見えて礼服は持っているぞ。一張羅だが、正式な面会なら失礼のないようこちらも気を配ろう」
「全然引いてないですわね。無敵ですか?」
素の善意に見事なカウンターをもらい、ロイはバツが悪そうにそっぽを向く。天然が腹黒を撃退する場面に遭遇してしまったな。
「というかさっきから話が全然分からないのですが、教会? の……聖女? ってどなたです?」
「マリアンヌ。君が政治に興味を持ってないのは知っているつもりだったが、いくら何でも興味を持たなさすぎだろう」
深く嘆息してから、ロイはシュガーポットを手元に引き寄せ角砂糖をつまみ上げると、コーヒーカップに1つだけ沈めた。
「一つの勢力は、実際に勢力の表舞台に立つ者と、それを支える者があって成立する。コーヒーを僕たち魔法使いとするならば、このカップ……貴族院の貴族たちが後ろ盾をしてくれているから、飲み物として成立する」
「騎士の場合は、飲み物が騎士、そして入れ物は教会だな。名目上の指導者は教皇様であるものの、実務の大半は聖女様が取り仕切っていると聞くよ」
へ~。むずかち~。
「聖女様とは、祝福を授かった際に一度だけ顔を合わせたことがある……とても、とても大きかったな」
「僕だって馬鹿じゃない、もう引っかかりませんよ。器の話でしょう?」
「いや、胸の話だ」
「畜生! 緩急についていけない! これが竜殺しの実力なのか……!?」
「ジークフリートさん、その話詳しくお聞かせ願えますか」
「なんで君が鼻息荒く食いついてるんだ!? 完全に勝負師の目になっているじゃないか!」
おっぱいの話にむしゃぶりつかなくて何にむしゃぶりつくんだよ。
騎士の顔をガン見したが、彼は首を横に振った。
「あの光景は、オレの胸の中に、大切に留めておきたい」
「なるほど。確かに立派な大胸筋ですものね」
「僕より君たちの方がよっぽどひどい会話をしているぞ……!」
憤慨するロイはさておき。
「で、その聖女様から直々に指名をいただいたということは、実際中隊長への道が約束されたようなものではないのですか?」
気になったのはそこだ。そんなに偉い人相手ならもう昇進は確定じゃないの?
だがジークフリートさんは腕を組み、難しそうな表情をする。
「オレが積極的にアピールすれば、九割でオレになるだろう。だが……」
「モチベーションがない、と」
無言で頷かれ、わたくしは数秒考えこんだ。
「では、先ほどの公園で勝負していただけます?」
「……え?」
おっ、この呆気に取られてる感じの顔は可愛いな。
「喧嘩ですわ。迷いを晴らすためには、そして自分の存在をこれ以上なく叫ぶためには、やはり喧嘩ですわ! 喧嘩は全てを解決する……!」
「…………」
「あ、彼女はこの言い分で入学式を滅茶苦茶にした実績があるので、多分本気ですよ」
困ったような顔で見つめられたというのに、ロイの回答はあっさりしていて。
助けを失ったジークフリートさんは、最後にはあきらめたように承諾してくれたのだった。
次の配信は二分後を予定しています。 | 上位チャット▼ 〇鷲アンチ こ無ゾ 〇苦行むり あ~もうめちゃくちゃだよ 〇恒心教神祖 (祝福ぶち抜けない可能性が)濃いすか? 〇ミート便器 肉体派おじゃる丸は絶対にもう一度流行らせろ 〇火星 今のうちに祝福相手に試しておくのは英断 〇適切な蟻地獄 てか聖女とかいたっけ? 〇雷おじさん やべえなやらかしたかもしれん 〇red moon 聖女マジで聞き覚えないな 〇木の根 祝福って教皇がやるんじゃなかった? 〇日本代表 担当者ちょっと後で事務所来てもらえますか 〇雷おじさん はい………… 〇適切な蟻地獄 ガチじゃん 〇TSに一家言 ガチの案件っぽくて草 〇無敵 これは教育やろなあ |
【突然の】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【対騎士戦】 2,233,189 柱が待機中 |
公園に人気はない。
わたくしとジークフリートさんは十数メートルほどの距離を置いて相対していた。
「それじゃあ、僕の合図で始めます。ジークフリート殿は素手ですが……」
「構わない。喧嘩に武器は不要だろう」
「分かりました。マリアンヌは詠唱を何節までに制限する?」
「は? 喧嘩ですわよ? できるなら十三節詠唱しますわ」
「……まあ、なるべく相手に怪我をさせないように気を付けてくれ」
ちなみに十三節詠唱という言葉を聞いた瞬間、ジークフリートさんの顔が引きつっていた。
冗談になってないもんね。
────よし。それじゃあ配信始めるか。
というわけでここからは最近覚えた脳内言語直接出力モードで配信していきますわ~! 控えなさい愚民共~!
〇ミート便器 テンションたっか
〇red moon 負け戦直前の高揚感かな?
お黙りなさい! やるからには勝ちを狙いに行きますわよ!
〇芹沢 チート魔法があれば騎士にも勝てるなどというナイーヴな考え方は捨てろ
〇恒心教神祖 ラーメンハゲいて草
え、わたくし、現状そんなに勝率低いんですの?
〇鷲アンチ そのへん特に考えずに喧嘩売ってたのか……(困惑)
〇TSに一家言 中隊長推薦もらうクラスってことは広範囲魔法はほぼ一括で無力化されるね
ふむ、なるほど。でもさすがに十三節詠唱なら貫通できますわよね?
〇適切な蟻地獄 騎士くんの前で十三節詠唱させてもらえますか?
あっ
〇苦行むり マジで禁呪打ち込むつもりだったの!?
〇ミート便器 お前の精神状態おかしいよ……
〇火星 そもそもよりにもよってジークフリートさん相手に十三節詠唱見せちゃって手札割れてるからまず禁呪打たせてもらえない
お、オホホホ! オホホホホホ!
〇太郎 笑えば何でも誤魔化せると思うなよ
〇みろっく このタイトル詳しくないんだけど、実際キャラクターとしてジークフリートってどんくらい強いの?
〇無敵 潜在能力SSS、王国転覆ルートのラスボスや、あとジークフリートさんにはさんを付けろワイはジークフリートの夢女子やぞ
〇みろっく ごめん、ジークフリートさんね
〇外から来ました シナリオ序盤は中隊長で燻ってるけど主人公が王国と敵対したら突如覚醒してガチで殺しに来るみんなのトラウマ枠
〇red moon 最終覚醒ジークは大陸割ったりするから強さの次元が型月世界観に近い
〇木の根 まあ最終覚醒ロイも普通に光速反応光速移動光速攻撃してくるしこのゲームやっぱバランス調整おかしいよ
????????????????????????????
〇ミート便器 マリアンヌちゃん壊れちゃったねえ
〇火星 実際この段階でここまで育ってるのは十分凄いからな
〇無敵 要求されるスペックはスカスカメルトなのに延々とスカスカ狂スロを連射し続けるバーサーカーなのが悪いんやで
〇鷲アンチ このタイトルの最終覚醒枠と比較するのが間違ってるってそれ一番言われてるから
控えめに言ってもクソゲーでは?
〇TSに一家言 お嬢様がクソとか言うな、ちゃんとお嬢様語使え
〇火星 詠唱破棄前提の初動圧殺ビルドで開幕速攻連打してジークのHP削ればイベント挟んでデバフかかる、ていうかそれしか攻略法が発見されてない
〇適切な蟻地獄 間違っても遠距離砲撃ビルドで挑んではいけないんだよなあ
やっぱりクソゲ……おクソゲーでしてよこれ!
〇木の根 あくまで最終覚醒後だから、現状のジークフリートさん相手ならワンチャンスあるんじゃないですかね(適当)
心無いコメントを連打され、わたくしは完全にあったまっていた。
上等だ。やってやろうじゃねえかこの野郎!
「本気で行きますわよ、ジークフリートさん。ここであなたを打倒し、わたくしが最強であることを高らかに謳い上げましょう!」
「……!」
無言のまま、彼も静かに構えた。
両者が戦闘態勢に入ったのを見て、ロイが手を掲げる。
「────はじめ!」
その手が振り下ろされる、と同時。
「
一節詠唱、の二十六連詠唱!
これが現状わたくしに出来る最速最多連続魔法攻撃!
〇ミート便器 ファッ!?
〇鷲アンチ えっ、何これは
〇red moon 待って待ってステ振り無視するのほんとやめて
コメント欄も騒然としていた。
何せこれ、一度も試したことなかったからね。脳内で出来るかな~とか構想練り練りしてただけ。正直ぶっつけでやるような芸当じゃないわ。
「何と──!?」
ジークフリートさんが驚愕を露にする。
わたくしの周囲から予兆なく放たれるは計26の
とっさの反応で両腕を前方にクロスさせ防御態勢をとる彼へ、次々に着弾。公園の地面が抉れ、濛々と砂煙が立ち上がる。
もちろんこれはそんじょそこらの一節詠唱魔法ではない。
十三節詠唱禁呪を極限まで短縮した、一節詠唱である。かつて共闘した時はまだ二節までしか短縮できていなかったが、今はもう最短まで縮められているのだ。
……こんだけやってもまだ詠唱短縮スキルカンストできないって、この世界の上限値どうなってんだよ、とは思うけど。
「ちょ、ちょっとマリアンヌこれは流石に……!」
審判役のロイは凄惨な破壊の光景を見て、額に脂汗を浮かべ狼狽していた。
しかし、その時。
「──いや。思っていたよりは痛くなかったよ」
砂煙が吹き飛ばされた。
シャツの裾を焦がしながらも、悠々とジークフリートさんが立ち上がる。
は?
「さすがに全弾を向けては来なかったか。26発の内、18発はオレから逸れていたよ」
「…………」
「気を遣ってくれたんだろう。だが、そのような気遣いは無用だ」
「………………」
「これは喧嘩だと言ったのは君だ。遠慮せずに来るといい!」
「………………………………」
クソエイム太郎がよ……!
〇TSに一家言 お嬢様言葉忘れてるぞ
……おクソエイム花子でしてよ!
〇鷲アンチ 2カ所も修正しといてこんなに意味ないことある?
うるせえ! 言ってる場合か!
ジークフリートさんが軽く首を振ってから、踏み込む。
地面が爆砕した。猛烈なスピードで間合いが殺される。
「マリアンヌ──!」
審判がそんな悲鳴上げてどうすんだよ。悲鳴上げたいのはこっちだよ。
〇適切な蟻地獄 オワタ
〇恒心教神祖 はい解散
コメント欄が完全にお通夜になっていた。
懐に潜り込んだジークフリートさんが、腰をひねり、全身を躍動させ右ストレートを放つ。
近距離戦において、騎士相手に勝てるはずもない。初動の圧殺攻撃を防がれた時点で、あれを確実に通せる力がなかった時点で、わたくしの敗北は決まっていたのだ────
……なんちゃって♡
〇red moon え?
〇木の根 !?
わたくしの右手。硬く硬く握りしめた拳。
ジークフリートさんが目視できないように、身体で隠していたそれは、
「な……!?」
光に照らされ、ジークフリートさんが驚愕に見開いた目がよく見えた。
二十六連詠唱を選択した理由は明白。いくら二十六回とはいえ、単純極まりない一節詠唱なら──それと並行して、別の詠唱を構築できるからだ。
種明かしをしてしまえば簡単だ。
初動の魔法連発は、本命を密かに構築するためのダミー。
詠唱の裏側に、禁呪の詠唱を貼り付けていたのだ。
こういう感じ。
確かに詠唱短縮スキルは不十分だけどな、こういう並列詠唱はしっかり習得してるんだぜ?
〇無敵 あの~、並列詠唱だと音がしっかり重なるはずなんですけどお、
〇鷲アンチ 待って待ってそんなシステムない
〇ミート便器 システム外スキルって完全に担当者怒られ案件じゃないですかヤダー!
うるせえですわ~! 知らねえですわ~!
わたくしの勝ち! なんで負けたか明日までに考えておきなさい!
完全にジークフリートさんは攻撃体勢。回避は間に合わない。
十三節完全詠唱には遠く及ばないものの、壮絶な威力が込められた拳をわたくしは振りかぶった。
「さあ歯を食いしばりなさい! これが必殺・悪役令嬢パ────ンチッッ!!」
狙い過たず。
光り輝く右ストレートが騎士の顎をしたたかに撃ち抜いた。
ぱちりと目を開けた。視界は真っ白だった。
意識が吹っ飛んでいた。ジークフリートは恐る恐る、自分の名前を頭の中で確認し、並行して二十本の指が欠けてないことを確認した。
確か自分は、非番の日で。
邪龍を共に討伐した少女と再会し。
そしてなんか決闘することになり、思いっきりぶん殴られて────
「あら、目覚めましたか?」
視界にマリアンヌの顔が入ってきた。
気づけば、後頭部に柔らかい感触がする。
最初に見えたのは白いブラウスであり、マリアンヌの胸を真下から見上げていたのだと気づいた。
「……あと数分はこの体勢をお願いしたい」
「却下です」
両足をつかんで、ロイがずるずるとジークフリートの身体を引きずってマリアンヌから剥がす。
怒り心頭だった。膝枕なんて自分もされたことがない。完全にブチギレていた。ミリオンアーク家のあらゆる権力を使ってジークフリートを潰してやろうと決意していた。
「オレの負けか」
立ち上がり、感覚が元通りになっているのを確認しながら、ジークフリートは嘆息する。
既に日が沈みかけていた。茜色に染まった空を見上げる。
最後の一撃。予想さえできれば対応できるとは思った。だが──騎士に、敗北は許されない。
「情けない話だ。まさか本当にやられるとは」
「次はないでしょう。不意打ちが成立しただけですわ」
「逆だ。あらゆる戦いに次はない。オレたち騎士は、全ての手札が割れた状態で戦い、必ず勝利しなければならない。騎士に対するメタ戦術や不意打ちなどへの対応は義務だ」
声色は固いものだった。かつてのジークフリートに近い。
その反応に、マリアンヌはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「……そういうことを伝えたかったわけではありませんわ」
「では、何を?」
「もっとアナタらしくあればいいのに、と思っただけですわ」
自分らしく。
ひどく曖昧な言葉だとジークフリートはいぶかしんだ。
「証明したいんでしょう? 最強であることを」
「……それは」
「ならば話は単純でしょう。アナタが騎士の頂点に上り詰める。その時にはわたくしも魔法使いの頂点に君臨していましょう。その上で雌雄を決すれば、白黒つきますわね」
「────!」
思わず彼女の真紅の瞳をまじまじと見つめた。
焔を煮詰めて純化させたような、ワインレッドの両眼。
「アナタには、そしてわたくしにも、それができます。できると信じています。そうでなくては意味がない」
「……意味が、ない」
「勝手ながら、同類だと思っていますわ」
マリアンヌは静かに天を指さす。
ジークフリートとロイは、指し示された先へ視線を上げた。果てなく広がる大空が、天空が、そこにはあった。
夕日に照らされ、彼女は今、きっと世界中の誰よりも美しい。
「わたくしこそが世界で最も強い! わたくしこそが最も選ばれし者! 邪魔は一切を排除します! 対立者は悉く粉砕します! あらゆる艱難辛苦を乗り越えて────その最果てにこそ、わたくしの存在証明は成りますわ!!」
ビリビリと、空間そのものを鳴動させるような迫力の宣言。
さすがのロイも面食らっていた。だが。
「……く、はは」
ジークフリートは、自分が笑っているということに、笑い始めてから気づいた。
「はははは、ははははははははははっ!!」
「む。何がおかしいんですの?」
「いや。ふむ、なるほど分かったよ────君は馬鹿なんだな」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
現状のマリアンヌは世界で最も沸点の低い女だった。
キレた彼女が詠唱をはじめ、ロイがそれを羽交い絞めにして止めるのを見ながら。
(……オレの存在証明、か)
最強であることを。
誰よりも自分こそが強いのだと、ああして雄々しく宣言するために。
ジークフリートの瞳には迷いない光が宿っていた。
やっと、自分のなすべきことが分かったのだから。
それから半月ほどが経った。
王立騎士団行きつけの酒場は大盛り上がりだった。年に一度の昇格降格が告げられる重大な日。
新たなる中隊長に選ばれた男を、同僚が囲んで笑っている。
「おめでとさん、ジークフリート! これから忙しいぞ!」
「ああ。力を借りることになるだろうな。まずは……この、教会から差し入れられた酒を片付けるところからだ」
温和な笑みを浮かべるジークフリート。
彼の身に纏う空気が変わったことに、誰もが気づいていた。
「なんだ、随分と垢ぬけやがって」
「ありゃ何かあったぜ」
「決まってる。女だ女!」
からかい半分、やっかみ半分のヤジが飛んでくる。
だがもう、驚くほどに悪意のない声だった。
下らない問いに取り合う男でないのは、誰もが知っていた。
「ああ。今まで生きてきた中で、最も眩しく、最も美しい女性に出会った」
だからその即答に、一同は数秒ガハハと笑い、それから順番に静かになった。
「オレは、オレ自身のためにも、一層強くならなくてはならない。そう……彼女の隣に立つに、相応しくなるためにな」
禁呪保有者と渡り合えるようになりたいだけである。
だが数秒後には、酒場が爆発した。それほどの声量が響き渡った。
結局ジークフリートは、酒場が閉まる時間まで延々と相手について問い詰められたが、最後までこうとしか言わなかった。
────合縁奇縁、というやつだ。
暗がりの中。
今にも消えそうなろうそくだけが灯る密室。
何かを読み上げるように、女の声が奏でられていた。
「さてさて、世界の仕組みにやっと触れ始めた、マリアンヌ・ピースラウンド」
「神様によって死んでしまった彼女は、役割を割り当てられ、異世界に転生しました」
「動き出した運命は彼女を逃しません。切り替わった歯車は、元には戻りません」
「残酷な世界を見て、宿命を知り、日常を過ごし」
「────彼女は何を思い、何を為すのでしょうか」
神様転生杯、10日終了で上限10話なの本当にきっついですね(自業自得)(このレギュレーションで苦しむやつがいることを想定する方が無理)(なんで普通に連載してんだ?)
※企画に合わせて章区切りに到達できることを目指しますので、企画が終わった後も更新はしていくつもりです。