決着は間近。
並び立つ
偶然のかみ合わせから、ほんの短い時間、相手の交換こそあったが……やはり真に打倒すべき相手は変わらない。
「ッシ……ロイ! その金ぴかナイト、やれるな!」
「承知しているよ。必ず僕が勝つ! 君こそ大丈夫かい?」
「ったりめーだろうが、負けるものかよ!」
ユートの全身を覆うマグマが、ぼこぼこと沸騰する。
ロイの身体を駆け抜ける雷撃が、微かな伝達ロスすらないままエネルギーを充填する。
『Ah────』
『形 勢 不 利』
二体の上位存在は、考えを改めざるを得なかった。
眼前の二人の男子は──間違いなく、自分たちを絶命させ得る大敵なのだと。
「さあ行くぜロイ!」
「ああ──勝負だ!」
地下空洞全体が、轟音と共に大きく揺れた。
単なる踏み込み。吹き上がる焔をアフターバーナーの要領で炸裂させたユートと、稲妻の加速を両足に宿したロイならば、それだけで世界を爆砕せしめるには十二分。
異なる方向へ飛び出す両者のうち、当然ながら先行していったのはロイだ。
(普段からクソ速かったのに、あれ以上に至るなんてな……さすがとしか言いようがねえよ。だが俺も黙って見てるわけにはいかねえ!)
その背中を視界の隅に置きながら、ユートはキッと正面の氷像を見据えた。
ロイの手によって両断されたにもかかわらず、感じる威圧感はむしろ増している。
(恐らくだが、身体内部にため込んでいた冷気が、断面からダイレクトに漏れだしてるな)
間合いを詰めるコンマ数秒の間に、ユートの思考は極限まで研ぎ澄まされていく。
氷結こそ回避しているが、禁呪十三節の完全詠唱の鎧越しにも寒気を感じていた。
元より武道家でありつつも策略家の気質が強い彼にとって、戦場とは俯瞰するもの。彼我の位置関係を把握し、広い地下空間のマップを脳内に描く。
(『氷結領域』はほとんど移動しない、とマリアンヌは言っていた。ほとんどってことは移動するタイミングがある! 例えば!)
疾走しながらも、右足の踏み込みを起点に火柱を前方へと放った。
反応は素早い。氷像の唇が微かに動き、空間が拉ぐ。
『Ah────』
「分かってんだよ! 超低温空間を矢のように放つ攻撃だろ!?」
この場にマリアンヌがいれば『れいとうビームじゃないですか!? ファフニール戦の時に持ってきてくださいます!?』と絶叫していただろう。
ユートがぱちんと指を鳴らした。詠唱こそなくとも、十三節の完全詠唱を終えた『灼焔』からの派生。意のままに操ることはたやすい。
(直線四マスを迂回ッ!)
主の指示通りに、焔の柱が左右に
ユートはこの空間を、正方形のマス目を敷き詰めたマップとして再認識していた。
狙いは単純。自分の攻撃行動を、数字としてより正確に識別するためだ。
『Ah!?』
迎撃が空振り、左右から炎が迫る。
氷結領域はその場から飛び上がって攻撃から逃れた。だが────
『……!』
今度は歌う暇なんてなかった。
上空に飛び上がったからこそ視認してしまった、ユートの足元から次々と伸びてくる炎の蛇。
逃がすわけがない。赤黒い頭部装甲に隠れて見えないが、彼の両眼は勝利への計算にギラついている。
(ラッキーなことに、俺は散々マリアンヌの戦いを見てこれた。自分がその領域にいるってのは不思議だが……禁呪十三節詠唱なら、直撃すれば上位存在に痛手を与えることは可能だ!)
だからこそ、氷結領域は危機レベルを正確に察知する。張り巡らされた攻撃を看破し、安全なポイントを選択しそちらに退避する。
──ユートの戦術眼は正確だった。氷結領域は着地したと同時、己の失策を知った。
「考えなかったか? ずっと下からの攻撃が続いてて、上位存在だろうと意識の外に置いちまってたか?」
空間が断ち切られた。
氷結領域の半身を貫く炎の矢。それは
「地面が崩落したタイミングで仕込んでおいたんだよ。どう使うか、どこが落としどころになるかなんて考えてなかった。ただ後々に使えたらいい……使えなくてもいいって感じだった」
崩落した上の広間。壁に塗りこめられていた、焔の魔法陣。
その射線が、確かに氷像を捉えていた。
身動きの取れなくなった氷結領域に対して、ユートは拳を握り真正面から突撃する。
「じゃーな! お前のおかげで俺は、また一つ強くなれた。感謝するぜ……!」
『────!』
思い切り振りかぶり、全てのパワーを載せた右ストレートを解放。
「
接触の刹那、右拳を覆っていたマグマが炸裂し威力を相乗的に跳ね上げさせる。
狙い過たずストレートが氷像胸部に接触、インパクトを伝達し。
甲高い音とともに──『
少し時が戻り、ユートが氷結領域を狙った座標への誘導に成功したのとほぼ同じタイミング。
真っすぐ踏み込んで数度の剣戟を経た後。
圧倒的なスピードと威力を誇るロイの一閃が、雷撃皇帝の右腕を切り飛ばしていた。
『劣 勢 承 知』
仕切りなおすように巨大な騎士が数歩下がる。右腕が瞬時に再生する。
なるほどとロイは頷いた。象りつつも不定形。一見すれば雷が形を取ったような騎士だ、四肢程度なら無尽蔵に再生できるらしい。
「こちらも委細承知した。貴方を黄泉へ送るためには、僕も覚悟をしなければならないらしい──!」
剣を正眼に構え、ロイは身体に魔力を走らせた。
「
開始される詠唱。ロイの両手から浮かぶ魔法陣は、平時の何倍もの輝きを孕み、次々に剣へ突き立っていく。
雷撃皇帝は確かに刹那、たじろいだ。
「
眼前の少年から、確かな死の予感を感じ取ったのだ。
防御か攻撃か。迷う時間すら惜しい。
「
選択したのは逆襲の一手。
初めて見せた、明確な防御の構え。雷撃皇帝はその巨躯を沈めるようにして腰を落とした。
ロイが飛びかかってきたのを見切り、先の一手を受けた後の切り返しで確実に殺す。単純な狙い故わかりやすいが、稲妻の如き速度と破壊力があれば絶対の防壁と化す。
「
ロイの腰だめに構えた剣が、瞬時に電流を通した。極限の圧縮。極限の収縮。
解き放たれる刹那のみに威力を発揮する、天を衝く雷光。
静かにロイが走り出した。一歩から音を超え、二歩に稲妻の如き加速。だが雷撃皇帝は確かにそれを予期していた。
『一 刀 両 断』
迸るカウンターの一閃。
疾さと力強さを併せ持ったそれを眼前に、しかしロイの瞳に揺るぎはない。
「────
この交錯で、勝敗を分ける上で何よりも大事だったのは。
雷撃皇帝は、ロイ・ミリオンアークの剣理を知らなかったことだ。
ロイの一太刀を、雷撃皇帝は堅実に、しっかりと受け止めようとした。
──刹那に刀身から展開された雷に身動きを封じられていなければ、確かに受け止め、返す刀でロイの首を断ち切れていたかもしれない。だがそうはならなかった。
「!?」
「同じセリフで失礼する──両断、失礼!」
術技は普段使いのものでありつつ、速度威力共に別物。
飛来する真っ向唐竹割。避けられない守れない。
渾身の一撃は、余波に大地を砕きながら、『
二つの決着──を、わたくしも感覚的に察知していた。
なんか上位存在の気配が明らかに消えた。あいつら早くない? こと速度に関してだけは負けたくなかったんですけど? RTA走者としてね? そういう面を譲るつもりは毛頭なかったんだけど?
〇つっきー お前をRTA走者として見たことがほぼないんだよ
〇トンボハンター 実績のないプライドほど滑稽なものはないな
言いすぎだろ。ライン超えたぞ今の。
スタンドマイクを蹴り上げて、流星に演奏させながら、ちょうど歌の切れ目に入る。
頬を伝う汗を拭う。会場は熱狂に包まれていた。
「……随分と一方的な展開ですが。不満はないのですか?」
きぃんとマイクをハウリングさせながら、わたくしは正面のワームシャドウへ語りかけた。
断続的に呪詛の歌らしきものは、本体や身動きしない観客たちの口から聞こえてきている。それらを流星音圧ですべて潰し続けているだけだ。
目に見えて向こうは疲弊している。物理的な攻撃方法を持っていないとは聞いていたが、これ以上の防札はない感じかな。
『理解することができない』
「?」
『わたしには わたし わたし? わたし?』
「……やっとですか」
消耗を待っていた。
完全な形として顕現したわけじゃない。息切れまで追い込めば、必ずボロを出すと踏んだ。
〇火星 ……! これが狙いだったのか!
〇日本代表 確かに顕現としてはいびつな気もするな……これ誰の担当だっけ?
〇外から来ました あー、一応近いのは俺かな。出典じゃないけど担当を代替できる程度には近しい。だけどリンクはまったく感じない。言われてみれば、目も当てられない劣化具合だなこれ
〇無敵 上位存在相手に消耗戦を強要して競り勝つ女、何?
『わたしとは わたしは なぜ』
「……ッ!」
ずぷ、と。
人間の上体を象っていた蛇女の、腹部。
内側から浮かび上がるようにして、幼い少女の頭部が姿を現した。
〇red moon なんだ、それ!?
〇第三の性別 恐らく、核になってた少女なんだろうけど
〇日本代表 待て待て待て! 人間を核にしての召喚って本気で言ってたのか!? そんな簡略術式あるはずがない!
ふん。アズドゥルパさんから聞いた情報……わたくしも半信半疑ではあったが、今回の五体の顕現に関して、今までわたくしが戦ってきたのとは異なる方法で召喚されたというのは間違いなさそうだ。
──生贄として人間一人をコアに据えての、簡略召喚。
いわば、今までのルシファーやファフニールの方が、ずっと純度が高い。正面衝突で戦わせたら多分勝負にならないだろう。
だがその分、召喚はコスト面や技術面を含めても、幾分か容易になったと推測できる。でなきゃそもそも五体同時召喚なんてできるわけねーんだ。
面倒だな、と思うが、どっちかっていうと最も気になるのは、
『わたし なんて いない』
「そうらぁっ!」
『ギャッ』
なんか蛇女の頭部が喋りだしたので、一足で距離を詰めマイクスタンドで思い切り殴りつけた。
お前にゃもう用はねえんだよ!
「話してみなさい。何か言いたいことがあったから、表に出てきたのでしょう」
少女と視線を重ねて語り掛ける。
彼女は逡巡するような間を置いて。
「
「はい」
「わたしが わたしがうたいたいのは」
「……!」
「こんなのじゃない────」
見えた。こいつのエゴが、見えた。
「ならば歌いなさい! プロデュース方針もセトリも関係ない! アナタが歌いたいものを歌いなさいッ!!」
「…………」
手を差し伸べた。少女の瞳が揺れた。
人間一人取り込んでの顕現。その仕組みの脆弱性がここにあるのなら、これから先の立ち回りがかなり楽になる。
何より。
歌を歌いたいっていう少女を、狂気の呪詛を出力する装置に据えるなんて、悪役令嬢として見過ごせるわけねえだろ!
「さあ、手を────!」
伸ばした右手。少女がハッとした表情になる。
そして。
わたくしの右手は空を切り。
ずるり、と。
少女の顔が、両脇から伸びた手に覆われ、そのまま腹部へと押し込まれていった。
『
クソッ。
あと一歩だ。あと一歩のはずだった。
上位存在から、召喚の際コアとされた人間を引きはがす。
この形式での対抗ができるのなら、話は大きく変わるはずだ。
……まあカラオケ勝負をしてる最中に思いついたんだけど。あぶねえ、初動で拳叩きこまなくてよかった。物理耐性なさそうだもんなこの虫けら。
『わたしなんて いらない』
向こうの舞台にまで踏み込んだ形。
気づけば周囲を信者に包囲され、蛇女とは超至近距離の間合いだった。
やばい、と感じた時には反応が間に合わない。
『つんちち とにみしい』
「……ッ」
脳髄の奥に、針を突き刺されたような痛み。
至近距離で浴びせられたのは呪詛だった。
「ぐ、ぎぃっ」
全身が沸騰したような感覚。痛みとは違う。明瞭に、精神世界への侵犯が行われている。
常人ならば数秒で鼓膜を突き破るか喉を切り裂き、自死に至ってしまうであろう呪いの濁流。
膝をつく。目の焦点が定まらない。
『とらみらもちもち とにみい』
十三節詠唱の鎧をたやすく貫通されている。おそらくは相性の問題。やはりロイやユートをぶつけなくてよかった。
まあ、別にわたくしが何か対策を持っているわけではないのだが。
……だけど。
だけど!
「アイドルとはああああああああああああああああッ!!」
絶叫を上げながら、スタンドマイクを杖代わりにして、わたくしは立ち上がる。
鼻とか目とか耳とかからボタボタ血が流れ落ちる。
コメント欄が凄い勢いで流れていった。その文字を読むこともできない。数秒の油断でこれかよ。
────ただ。
まあ今は、どうでもいい。
頭の奥底まで声が響いている。音の一つ一つが、『狂え』と叫んでいる。
はあ……? 今さら何?
「アイ、ドル、とはああっ! 舞台に狂った存在ッッッ!!」
びくんと肩を震わせて、蛇女が一気に退いた。
彼我の距離が開く。ステージの端まで飛び退いたワームシャドウ。ダメージ数値とは乖離する形で、趨勢は決まった。
『のなすない とにみいみみに からこにのらもい』
「狂え、深淵に飛び込め、ですって!? 馬鹿も休み休みに言いなさいッ!」
頬を伝う血を乱暴に拭って、わたくしは両足でステージに佇む。
もう相手の声なんて聞く必要はない、聞く価値もない。
ただこちらの信念をぶつけるだけでいい。
「ここは既に、ライブという深淵の地下奥底! アナタまだ気づきませんの!?
スタンドマイクを思い切りぶん投げて捨てる。観客を数人巻き込んで引き倒してしまったが、構うことはない。
今わたくしが相手取るべきは──眼前の蛇女、こいつだけなのだから。
「名も知らぬ少女よ、せめてアナタの心に届く歌を以て、手向けの花代わりとしましょう──」
直後、全身に魔力を循環させる。練り上げた破壊力を右手へ伝達する。
全身にまとうフリルが輝きを強め、形状をより鋭いものへ転じさせた。アフターバーナーの要領で推進器と化したそれの助けを受け、わたくしの身体は一気に加速する。
「これがわたくしのファンサービスですわ! 歯を食いしばって受け取りなさいッ!」
『!?』
右足の踏み込みで大地を爆砕する。今まで一度も物理的衝突がなかったこの空間は、たった一歩であっけなく崩落した。
さらなる地下へと落下していくステージの中。
防御行動を取ろうとしてるみたいだがもう遅い! 具体的には無能と追放したやつが実は特殊スキル持ってて国外で一大勢力を築いてることに気づいてごまをすり始めるぐらいにもう遅い!
わたくしは蛇女の真上を取り、最強の
「必殺・アイドル悪役令嬢握手会パァァアア────ンチッ!!」
振り下ろすような一撃が、自由落下の速度をぶち抜いて、そのままわたくしごと蛇女を地面へ叩きつけた。
さてどうやってマリアンヌのもとへ加勢に向かうか、とロイとユートが傷をいやしながら考えていたその時。
隣の空間が馬鹿みたいな轟音と共に落ちてきた。
「!?」
「これは……!」
立ち込める土煙の中。
呻き声をあげる、怪しいローブ姿の人間数十人が倒れ伏す地獄絵図の中央。
蛇と人間をミックスしたような異形を足蹴に、輝く右手の人差し指が天を指すのを、二人は見た。
「握手会はきちんと、ソーシャルディスタンスを守って実施! しかし心の距離はいつもアナタの隣に! 今この世界で最もアツイ存在を、脚光浴びるアイドルをご存じないのですか!? 流星アイドル、マリアンヌ・ピースラウンドに並ぶ者なしッッ!! 全ファンは跪き、泣いて喜びなさいッ!!」
「……握手ってグーでするもんだっけ?」
「望むところだ……!」
「お前思考回路電気でバグってない? いやいつも通りか……」
ドヤ顔でアイドルデビューした想い人。
サイリウムはどこだい!? と叫んでそこらへんの地面をひっくり返し始める友人。
ユートは留学先を間違えたのではないかと不安になった。
流星アイドルマリアンヌスレは定期的にめちゃくちゃ気持ち悪い長文が投下されてロイのレスとかルシファーのレスとか言われてます
ジークフリートさんは後方彼氏面を素でやるけどサマになるので許される
ユートはどっちかっていうと演出とかで協力して無茶振りに発狂してる
ユイとリンディは同じ事務所の仲良しだから定期的に特別ユニットとか組む
100カノ今全話無料です、クリスマスは100カノ読まずには過ごせませんよ!
碑文つかさ様より、アイドル悪役令嬢のイラストをいただきました。
キラッ★
https://twitter.com/Aitrust2517/status/1340492117106434049?s=20
ありがとうございます!素晴らしいアイドルっぷり、これはオリコンチャート独占間違いなしだな