「いやー、マグロは絶品でしたわね!」
「こいつ何言ってんだ?」
「マグロ、って何だい……?」
「……言われてみれば何のことでしょうか……」
時は少し遡る。
計四体の上位存在を撃滅したものの、五体目がハインツァラトゥス王国王都へ進攻していくのを防げなかったわたくしたち。
「で、王都に大本命を通しちまった。すぐに追いかけたいところだが、スピード差がありすぎる。馬車でかっ飛ばしても無理があるだろうな」
「そこは心配いらない。すぐに戻ろう」
そう言い切って、ロイは腰元の剣を抜いた。
指揮棒のようにそれを宙へかざし、練り上げた魔力を刀身に伝達。魔法陣が浮かび上がる。
「
……ッ!? 聞いたことのない詠唱!
こいつまた新魔法開発したのか!?
「なんだその魔力……!? 反応が途切れ、いや……薄く線を引いてるのか? ちょっと待て原理が分からねえ!」
「この魔法は始点と終点の位置座標を組み込んでるんだ。雷撃を放つレールとして魔力線を引いて、その上を移動する物体を疑似的な雷に変換して移動させる。要するには目的地との間を稲妻の速度で移動する魔法だね」
「ナーフでは?」
わたくしはめちゃくちゃ渋い顔になった。
雷撃属性、ちょっとおかしくないか? やろうと思ったらなんでもできちゃわないか?
「というかそれ、距離によって負担変わります? もし変わらないのなら、長距離移動はもちろんですが、戦闘中の短距離瞬間移動にも使えそうですが……」
「ああ、もちろん使える。だけど位置座標は使い捨てだから、往復はできない。消耗度合いからしても、他に全力の戦闘を行うなら一日三度が限界だ……」
「汎用性は高いが、回数制限付きか。そううまい話でもねえな」
「それでユート、さっきのハグについて、申し開きは?」
「なんか裁判の終盤みたいになってんな……分かった、分かった、悪かった」
「まったく。婚約者の前でよくできるよね」
半眼でこちらを見てくる彼に、わたくしたちはそろって顔を背けた。
だってテンション上がっちゃったし……
「ただ、時間をここで浪費するわけにはいかないね。
剣理の名を告げると同時、不可視だったレールが光を放った。
わたくしたちはそこに並んで、衝撃に備える。
「
「なんかこれあれですわね、一人免許取ったから車に乗せてもらって遠出する夏休み感ありますわね」
「半分ぐらいしか理解できなかったが、断言できるぜ。絶対違う」
視界が真っ白になる中、ユートに冷静に指摘された。
違うかあ……
そうして王都防衛線の敷かれた戦場まで到達して。
メテオバーンキックでド派手に登場を終えた後、無数の視線を浴びてわたくしたちは不敵な笑みを浮かべていた。
「いやー……おえっ、まだ気持ちワリぃわ」
「ふふん、ユートもまだまだですわね。高速移動で酔うなんて魔法使いの風上にもウボェ」
わたくしと王子は二人そろってその場にしゃがみこんだ。
クソ酔った。
事前に何度かテストしていたのだろう、ロイだけはやや青ざめながらもしっかり立てている。
「と、とりあえず物理攻撃が通用するのが分かってよかったよ」
「そうですわね……」
わたくしは頭を振って立ち上がった。
先ほど蹴り飛ばした上位存在『
その内側に煌めく星々の数は到底数え上げられない。あれがもし本当に銀河スケールの存在で、それを圧縮しているんだとしたらゾッとするが……さすがにそこまでではないだろう。存在の質量に、まずこの星が砕け散っているはずだ。
「……! 来るぞ、気をつけろ!」
遅れて立ち上がった直後、ユートが大声で叫んだ。
わたくしとロイに対してではない。防衛線を構築していた、ハインツァラトゥスの戦士たちに向けてだ。
見れば身体を起したアンノウンレイが、足元の岩石をゆっくりと浮上させていた。力場を感じる。明らかに、直接は触れずとも動かしている。念動力の類じゃない。
そしてその岩石が、超高速で打ち出された。
「な────」
一切の減速なく飛翔、陣形を構築していた騎士たちの中心点に巨大な質量砲撃が突き刺さる。
人間が数名舞い上がるのが見えた。直撃は避けられたのか。
ロイとユートが絶句する横で、わたくしは岩石の軌道をよくよく分析した。おかしい。単に投げつけた、にしては直線過ぎた。
「……ッ! そういうことですか」
「何か分かったのかい?」
実に明快な原理だ。
本来大気中では、飛翔体は摩擦などの影響を受けて徐々に減速、落下していく。常に推力を受けていない限りは必ずどこかで止まる。
それは
ならば上位存在が、そのルールを無視して自分の理で活動するのもまた摂理である。
「等速直線運動……!」
一切の摩擦が生じない、と仮定するなら物体は速度を維持して永遠に運動する。
超高速で打ち出された岩石が異常なほど真っすぐ飛んできたのは、摩擦の存在しない宇宙空間における運動を再現したものと考えるべきだろう。
〇TSに一家言 見た目通りに、宇宙の法則を用いてくるってわけか
〇トンボハンター 奇遇だねえお嬢ちゃん、奇しくも同じ構えだ
言ってる場合か!
もしそうだとしたら、ルールの規模が強大過ぎる! 数で押せる相手じゃない!
「感覚を切り替えてください! あれは地面に落ちず、減速しない攻撃! 質量を持っていても、魔法のように真っすぐ飛んできますわ!」
「承知した!」
高台から飛び降り、アンノウンレイの正面を陣取りながら叫んだ。
王国兵が返事をして、ハンドサインで仲間たちに情報を広げていく。
……正直、あの攻撃に拘泥してくれたら楽なんだけどな。カラクリさえ分かれば、軌道を見切って岩石を砕けばいい。連打されたところで痛くもかゆくもない。
ただ、そううまくいくはずもない。
「何か来ます……!」
四つの球体のうち、左
銀河の表面が裂け、そこから、先ほど儀式場で見た礼服姿の人間たちが無数にあふれ出し、こちらへと滑空、あるいは疾走してきた。
「なんなんだネあれは!?」
わたくしのところまで駆けてきた騎士──かつて選抜試合でロイと戦っていたおっさんだ。青騎士、だったか──が驚愕の声を上げる。
「対人戦の用意を! 恐らく全員魔法使い、アナタたちの本領でしょう!? デカブツはわたくしが何とかします!」
「な、ナントカってしかしだねえキミ! 学生相手にそんな負担押し付けられるはずないだろう!?」
「アナタたちは上位存在を相手取るのは初めてでしょう! わたくしは数度の交戦経験と、撃破実績がありますわ!」
冷静な戦力比較、だけではない。
こういった存在の位相が違う相手と戦うなら、その資格を持っているかどうかが最大のファクターだ。
青騎士さんは数秒逡巡し、息を吐きながら頷いた。
「承知したヨ。だが無理はせず、危なくなったらすぐ退きなさいヨ!」
「言われずとも!」
信者たちが迫ってくる。
ツッパリフォームの膂力に任せ、正面から向かってくる連中をちぎっては投げる。
「マリアンヌ! 僕らは……!」
「向こうの手札が確認できません、どちらが本命なのか分からない……! ひとまず騎士の方々と一緒に、この軍勢を押しとどめてください! 特にユート! 王子が最前線で上位存在と戦っていたら皆さん気が気じゃないでしょう!」
「まあ、そうだよな……!」
男子二名は頷いて、後方へと駆けて行った。
実際問題、銀河の中に格納されていた信者の数が馬鹿にならない。どこから集めたのか、騎士たちの数倍の数がある。
「サクッと倒せたら楽なのですがね……!」
どうやらわたくしの優先度はさほど高くないらしく、ほとんど素通りされていく。
ムカつきはするが、正直今は好都合だ。さっきから嫌な予感が止まらない。
アンノウンレイから絶対に意識をそらしてはいけない、という確信がある。
────
────
────
ツッパリフォームと並行して六節詠唱を
普段ならロケットドリルパンチとかにしてるが、今は近づく理由がない。
超高高度に流星を顕現させた。右手を天にかざし、完全な制御下に置く。
「そゥらアァッ!!」
裂帛の気合を込めて、右手を振り下ろす。
構築した流星が綺麗な放物線の軌道を描いて、アンノウンレイの頭部へと吸い込まれた。 これが次世代の、初撃必殺型テトリスだ!
『いいね、よく工夫してる』
突き刺さった流星が、頭部の銀河に吸い込まれた。
目がおかしくなったのかな? 質量的に十倍ぐらいあったんだけど、何?
〇苦行むり は……? こいつ今、普通にしゃべった?
〇宇宙の起源 あ、いや、こいつそういえばお嬢に飛び蹴り食らった時も悲鳴上げてなかったか!?
言われてみれば。
流してしまっていたが、確かに悲鳴を上げていた。
「アナタ、既に言語を獲得して……!?」
背後から剣戟の音が響く。乱戦とは言わずとも、数の差を覆すため騎士たちが奮闘している。
だというのに、わたくしとこの上位存在の間には、恐ろしいほどの静謐が横たわっていた。
『大きくするだけでなく、内蔵する威力も練り上げられていた。ボクがこういう存在じゃなかったら……うん。一緒に召喚されてた四体なら、今の直撃が通れば蒸発してたかもしれないね。でも少し甘かった。次はボクの番だ』
直後。
防衛本能が、脊髄がとっさに指示を出した。
『記録構築:疑似放射:
それは生物を細胞単位で死滅せしめる、極死の破壊光。
奴の中心部に位置する巨大な銀河から、無秩序に解き放たれた破滅の輝き。
「流星ガード、25%! フルハッチオープン!」
絶対にこれ通せねえ通した瞬間に戦略単位で負ける! 誘発握ってないときに先行展開されるみたいなヤバさを感じる!
全身から流星の輝きを放射する。無秩序なガンマレイ一筋一筋を、視認した片っ端から叩き落す。
『これぐらいなら対応できるかな? 別の世界に存在する有害な光線に寄せてみたけど……』
「ふ、ぎぎ……!」
余裕の声色だった。
防ぎきれなかった光線が、背後奥深くまで駆け抜け、大地を切り裂く。
それを──防ぎきれなかったのを──確認して、コンマ数秒思考が真っ白になって、思わず後ろを見た。
悲鳴を上げて、大事な二人の友達に逃げるよう叫ぼうとして、愕然とした。
『ああ、大丈夫だよ。人間には当てないよう、召喚された時に
極光の破壊は確かに地形を破壊した。
だが直撃は一つもない。わざと、人間に当てないよう、緻密に狙いを絞っていたのだ。
「アナ、タ、何のために……!?」
『さあ? ボクを呼んだ人に聞いた方がいい。ボクはただ、縛りの中で、ボクの欲求を満たしたくて動いている。遥かな宇宙の果てからやってきた以上、何かしらの成果は欲しいんだ』
超合体銀河ロボは、なんてことはないように告げた。
成果。成果だと? キャトルミューティレーションでもしにきたのか?
『まあ、それは今はいい。そんなことより。今のキミの光……こちらの攻撃を防いだ。これはもう決まりだ、ボクと似た由来だね? 惑星の外側、宇宙から来た光だ』
「……ええ。わたくしが用いたのは禁呪『
今の防御も、やれるという確信があった。根拠はない。そんなもん絶対ぶっつけでやっちゃだめだ。普段ならやらない、回避してた。
だが、戦闘用の論理的思考を凌駕するほどに、圧倒的な確信が身体を動かしたのだ。
〇第三の性別 やっぱり、もう引っ張られ始めてるのか……!
〇火星 系統が似てると、相互に影響を与えることがある。下手したら持っていかれるぞ、気をつけろ
〇無敵 @外から来ました @宇宙の起源 これお前らの管轄じゃない?
〇外から来ました 違う。いやパッと見で実際俺の要素も混ざってると思ったんだけど……なんか、違う。うまく言えないけど、他のものが混ざりすぎてる
〇宇宙の起源 上に同じだな。純度が低すぎてラインが切れてるまであるぞ、権能を引きずり出されてる感じは全くない
〇日本代表 なるほどな……は? いや、待ってくれ、権能全く引っ張られてないのにこれだけの力を維持されてるのって、おかしいだろ!?
コメント欄から情報を拾いつつ、身構える。
本当に宇宙における現象を再現できるのだとしたら、こんなに厄介な相手はいない。
単なるガンマ線の放射ならまだかわいい方だ。極限まで圧縮したガンマ線バースト、あるいは超新星爆発、ブラックホール……今ここで切られたら詰むカードの候補が多すぎる。そしてそれらを持っていないという確証はない。
さっきロイにナーフを求めたのは撤回する。真にナーフされるべきはこいつだ。
『そう身構えないでよ、仲良くできるはずだ』
「はあ……?」
だがこちらの深刻な思考を、よりにもよって上位存在張本人が切って捨てた。
『誇りを持っているんだろう? 輝きに魅入られた人間だ。分かる、分かるよ。ボクもこの美しい光は大好きだ。宇宙は素晴らしい。宇宙サイコーさ!』
「……え、えーっと?」
つまりどういうことだよ、と視線で促すと。
超銀河合体ロボ『アンノウンレイ』は、見てわかるほど明瞭に
『キミは宇宙を駆け抜ける光だ、ボクの親戚だ! 素晴らしい、
何言ってんだこいつ。
「あったりまえでしょうが! ですがアナタ──話がわかりますわね!」
〇木の根 そんなことある??
〇つっきー う、宇宙キチが増えた……!
『キミみたいな子は好きだよ。ボクはいろんな宇宙を包括してる。外側の宇宙って言うのかな。まだ人類種が到達していないいくつかの銀河を切り取って、まぜこぜにして、最後にスパイスをちょろっと入れたのがボクさ』
「成程。道理でスケールがちぐはぐだと思いました」
本当に銀河いくつかを圧縮してるのなら、こんな被害が少なくて済むわけがない。
「仲良くなれそうで良かった、と言っておきましょう。では……アナタの目的を教えていただいても?」
『うん。今分かった』
言葉だけなら。
表層的なやり取りなら、まあ、和平交渉に持ち込み始めたのかな、って感じがするかもしれない。
でも違う。実際に相対していれば分かる。
こいつ────わたくしが同じ系統だと分かった瞬間から、出力を上げ続けてる。
「今分かった?」
『キミだ。この世界にも、外側の理を持ち込んでいる存在がいた。ボクはキミを理解するために来た』
対抗してわたくしも魔力を循環させる。
次は何が来る。考えろ。いや……思考で絞るのは限界がある。
同じ系統なら、感じ取れ。分析しすぎたら持ってかれる? 馬鹿言うなよ。わたくしがこいつを飲み込んでやる。全部引っ張り出して、その上を行って勝つ!
「奇遇ですわね。わたくしの目的もアナタです。アナタを打ち倒し勝利する!」
両足を肩幅に開いて、キッとねめつける。
「『
真正面から、その在り様を捉えた。
目を凝らして、見た。
『いやあ それは よくないんじゃないかな』
前方。距離はあったはず。
眼前に銀河があった。鼻がこすれるような距離だ。そう見えた。
「おぶっ」
逆流してきた胃液が唇の端から噴き出した。
見ただけだ。ありえねえだろ。胃液に血が混ざっている。今までの戦闘で損傷していた臓器が、一気に出血し始めた。
距離は縮まっていない。ただ正確に存在を把握しようとしただけで、気づかされた。
既にこいつの法則は、外部への押し付けが始まっている。無自覚にわたくしが対抗していた。だから──つま先までもうこいつの世界が迫っていることに、気づけなかった。
「ひ、ぎっ」
両目から血が噴き出した。
頬をボタボタと鮮血が伝っていく。膝をついた。
『急にびっくりしたよ。今まで、気づいてなかったんだ? ていうことは無意識領域の演算能力が本命か……』
〇外から来ました ちょっ、ちょっとお嬢!?
〇宇宙の起源 お前真正面から理解しようとしたの!? やめろって超言ったよね? マジ何してんの!? ダチョウ俱楽部式じゃねーんだよ!
うわ、やばい、視界超揺れてるしついたり切れたりしてる。ついたり切れたり? どういうこと?
完全に、宇宙の真理が一瞬見えた。何かをつかんだのだが、頭の奥の奥で何かが焼き切れる音がした。
『大丈夫? さすがに予想外というか、正面からぶつかってくるのはちょっとボクもびっくりしたというか……いや、本当に大丈夫?』
「うる、さい、ですわね……!」
チノちゃんになりながら必死に息を整える。
大丈夫。致命傷じゃない。もともとボロボロだったところで傷が開いただけだ。
それに、確かにつかんだものがある。
「アナタは……銀河、そのものじゃない……銀河の全てを凝縮した、わけじゃない……! 漠然とした、宇宙の未知を切り貼りしただけの存在ですわ……!」
『……ッ!』
「外側の宇宙、だろうと……そこは、要するには別の宇宙というだけ! 流星は宇宙全体を自由に駆けめぐる光! アナタ如きに支配される道理は、ない!」
立ち上がるたびに全身が軋む。
口の中に鉄の味が広がっていた。ペッと真っ赤な唾を吐き捨てて、口元を拭う。
後ろを見れば、信者たちとハインツァラトゥス国軍が乱戦状態に持ち込まれていた。押し込まれたのだろう、しかし流石に後れを取ってはいない、
だが……彼らではこの上位存在に対抗できない。結局信者たちをいくら無傷で倒せても、この銀河ロボを撃破しない限りは解決しない。
「……やってやろうじゃないですか」
乱戦状態の背後の中には、ロイやユートらしき人影もあった。一瞬しか見えなくても分かった。彼らは彼らのできることをしている。
ならわたくしは、わたくしのやらなきゃいけないことをするまでだ。
「『
片足の感覚が平時と違う。メテオバーンキックに使った方だ。自覚してなかっただけで、骨が折れてる。無理やり流星を循環させて、激痛に耐えながら、引きずるようにして立った。
ああそうだ。
相手がデカいのが分かった。ちゃんとわかった。完全に理解した。
だったら次はぶっ倒すだけだろうがッ!
さあ、宇宙を貫くぐらいに輝けッ!
できるだろ、わたくしと『
『ああ、そうだね。否定できない。ボクは所詮は切り貼りしたつぎはぎに過ぎないのかもしれない。それでも断言できる! 宇宙は素晴らしい! 宇宙は広い! 宇宙は未知だ! だからこそ、ボクにはない未知を、キミが見せてくれ! ボクの長い長い旅は、そのためにある!』
「……長旅ご苦労様です。なら、敬意を表して、アナタの旅はここで終わらせます」
静かに告げると同時、
かつてとは明確に違った。
憎悪をトリガーに流星が黒く染まった時は、ルシファーの波動を確かに感じていた。
だがこれは、それとは違う。
恐らくは『流星』単体が到達しうる、一つ上の次元。
『ついに────ついにここまで至ったか、マリアンヌ』
視界の隅に、漆黒の翼がはためく。
『えっ……』
アンノウンレイが明確に狼狽した。
わたくしの背後に、左右へ翼を広げて、大悪魔ルシファーが姿を現していたのだ。
『憎悪をトリガーとした、おれの因子活性状態ではなく……純然たる流星の輝きをもたらしたか』
ツッパリフォームが自動的に解除された。
別にいい。これは、新たなる十三節完全詠唱のための準備だから。
『さて。セーヴァリスはあえて余白を残してロールアウトしたようだが、設計図自体はおれの頭の中にもある。ならば、やつが机上の空論と切って捨てた
「……アナタの認可をいちいちもらわないといけないのですか、これ」
『そんなことは全然ないぞ。事情を把握しているから説明した方がいいかと思って来た』
「これ
こんな尊大な語り口なのにやってることは実質美術館の案内音声かよ!
『
「あ、はい……かっこいい口上ですけど、アナタ今まったく関与してないんですよね……賑やかしじゃないですか……」
『こういうのが好きだろう?』
「────ハッ。まったくもってその通りですわねッ!」
だいぶんお前も分かってきたじゃねえか。
右腕を持ち上げる。激痛に歯を食いしばりながら、天を指す。
日の落ちていく茜空に、新たなる軌跡を刻む。
────
流星の輝き。
黄金色に光る過剰魔力が、像を結んでいく。
────
アンノウンレイと彼我の距離は十分。
空白地帯に見えるそこは、世界の陣取り合戦が起きていて、不可視の抗力同士が激突して大地を砕いている。足元から広がる魔法陣が、ヤツの世界を食いつぶしていく。
────
言語を獲得して、世界法則を外部に押し付けて。
だからチャット欄で言うところの『神域権能保持者』に到達してるのかと思ったが、そうじゃねえらしい。
こうして簡単に上書きできる。まだ全然幼体だ。ファフニールや
────
詠唱改変完了。
だが単に出力方式を捻じ曲げただけじゃない。これは圧倒的に、まったく新生した力だ。
────
右肩から腕と胸にかけて、保護用の装甲が装着される。
同時、頭部に外部取り付けの補助片目モニター型のデバイスが取り付けられた。右目の目前に展開されたモニター中心、クロスサイトの
最後に左手に、流星の輝きそのものが集い、形を成し、長大な弓が顕現。
『射手座の輝きが今ここに結実する! 向来せよ、『
なんかルシファーのテンションがわたくしより高くなってた。
もしかしてちょっとかっこいいと思ってる? いやかっこいいけど……まあ男の子なところがあるんだろうな、うん。
『長大射程、剛射無比! 放つ光に限界はなく、宇宙を自由に駆け抜ける軌道を前にすれば引力など無意味、無力!』
「長い長い長い! 口上が長い!」
『今の子供はこれぐらい覚えられるらしいぞ』
「ほんとぉ? ソースどこですか」
『ふたば』
としあきかよ!
お前はもうインターネットやめろ!
『なんだ……君は、終末の大悪魔と……!? いいや、違う! その力はなんだ!?』
「あら。お望み通りの未知だというのに、随分と可愛い反応ですわね。ですが気の利いた前振りですわね、いいでしょう。この力を、教えて差し上げましょうッ!」
ハッと鼻で笑い、わたくしはアンノウンレイ相手に、不敵な笑みを浮かべた。
「マリアンヌ・ピースラウンド────サジタリウスフォームッ!!」
さあ、宇宙を貫いてやろうじゃねえか!
ちなみに悪役魔法少女令嬢の方が遥かに強いです