TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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いや本当に五千文字ぐらいで収めるつもりだったんです


INTERMISSION17 おねがい流星~チンピラから成り上がり、アナタを軽視した人に復讐を! 今なら無料10連で☆5美人秘書軍団と☆5スーパーカーと☆5流星令嬢(マリアンヌ)がもらえる!~

 

 

 男はロンデンビア王国の入国審査官として実に五年のキャリアがあった。

 不法入国者をしょっ引いた数は両手の指では収まらない。陸路を用いて入国する場合、切り立った山脈を越えでもしない限りはこの入国管理所を通らなければならない。

 

「次の方」

「はい」

「パスポートを拝見します」

「どうぞ」

 

 遠い東の、よく戦争をしている国の近辺で発生した難民たちは、かつて入国管理所の近くでキャンプをしていた。微かな明かりを眺めても心は動かなかった。彼らを受け入れる余裕はロンデンビアにはない。仕事だと割り切っていた。やがて難民たちも去り、彼ら相手に頑なに受け入れ拒否の指示を守った男は表彰されることになり、今も胸に勲章のバッヂをつけていた。

 人を見捨てたことを称賛する勲章。ふざけた代物だと思った。だがそれをあえてつけた。これはそういう仕事なのだと、自分に言い聞かせるためだった。

 

「ふむ……観光ですか」

「こちらに住んでいる友人に誘われまして。大聖堂を見て、美術館に行く予定です」

「素晴らしいプランだ。滞在はどれくらいで?」

「休暇を取ったので一週間ほど……」

「なるほど。ご友人様のお宅はどちらでしょう」

「王都から一時間ほどの街です。確かバルメルアでしたっけ、一部屋空いているそうなのでそこに滞在します」

「いいですね、あそこは安全ですからね。市役所すぐそばのレストランがおいしいんですよ、ぜひ」

「成程、覚えておきますね」

「それと一つ。ここからバルメルアへ向かうなら、馬車で王都を経由することになると思います。ですが王都の共同馬車待合所は旅行客が大勢ですからね。その分その……スリなどに狙われやすいです。気を付けてください」

「ははっ、ありがとうございます」

「では良い旅を」

 

 今日は遠方からの旅客輸送馬車の到着日である。

 旅行客が大勢押しかけて来るのをてきぱきと捌いていく。後輩たちの様子にも目を配らせた。仕事ぶりを見守っているのではない。何か賄賂を受け取っていないか注視しているのだ。去年はそれで三人が懲戒免職となった。この国は半分成立していない。ギリギリ成立しているもう半分も、ロクな形ではないが。

 

「次の方」

「はい」

 

 次は見るからに観光客の少女だった。

 他に連れがいる様子はない。一人旅でロンデンビアに来るとは珍しい。

 

「パスポートを拝見します」

「どうぞ」

 

 手渡されたパスポートをぺらりとめくって、言葉を失った。

 流石にベテランと言えども、目の前の少女がその戦争をよくしている国の貴族として最上級の紋章をパスポートに刻み、さらには国王直々の特別認可のサイン──これは要するに、海外で彼女が行方不明になった場合は、国軍を動かすぞという目印だ──まであったのだ。

 彼女は他の旅行客たちからも視線を浴びていた。身に纏う空気が違うのだ。サングラスで両目を隠しているが、それでもわかる美貌。洗練された佇まい。道楽には思えない。

 

(一体何しにウチなんかに……)

 

 腰ほどまである黒髪が、乾いた日差しを受け鮮やかに照っている。

 黙ってしまった審査官相手に、彼女はそっとサングラスをずらし、真紅の瞳で続きを促した。

 頭を振って、恐る恐る、ベテランの入国審査官は問う。

 

「どちらへ?」

「ひとまず王都へ」

「観光ですか」

「いいえ。戦闘ですわ」

「警備兵!」

「ウソウソウソウソウソ冗談冗談冗談、すみません一回言ってみたかっただけなんです許してください! 本当は人探しですわ人探し! えっ嘘もう警備殺到してきてます!? スーパーボウルの中継みたいになってますわよ!? ちょっ……け、ケガしたくなかったら近づかないでください! あっ止まってくれましたわね……え? 爆発物? ああ違います自爆テロでもなくってえッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ロンデンビア王国。

 大陸の西方、乾燥帯に位置するこの国は、他国と比べて治安が劇的に悪く、そしてその悪い状態で安定していた。

 その理由は明白。王都にて、マフィアによる実効支配が行われているのだ。

 

「どこにいやがんだラカン!」

 

 王都のメインストリートだというのに、怒号が響き渡っていた。

 人々は見なかったふりをして、俯いてその場をすぐさま離れる。男二人が血走った目で、それぞれ武器を腰に下げて周囲を探し回っていた。

 

「おい、見てねえか髭面の男だ! 足を引きずってるやつ!」

「シラ切ってたら痛い目に遭うぞ!?」

 

 時に一般人を恫喝し、男たちは追走劇を繰り広げる。

 血痕を残すほど馬鹿な相手ではない。大通りから路地裏へ場所を移し、スラムじみた場所まで入る。服を着こんで地面に寝ていたホームレスを蹴飛ばし進む。ずんずん進む。

 悪臭漂う貧民街を突っ切って、腹の底から叫んだ。

 

「ボスの懐刀と呼ばれた凄腕が情けねえなあ、ええ!?」

(──プライドで顔を出していて、仕事人が務まるものか。素人め)

 

 二人の追っ手。足音で位置は分かっていた。

 返事のないことを確認して、空振りだと思ったらしく、男たちは肩をがっくり落として来た道を引き返し始めた。

 

「おい、どうする。いったん戻るか?」

「馬鹿言え。なんの成果もなかったら今度こそ片耳吹っ飛ばされちまうぞ」

 

 不用意にも路地へ入ろうとする彼ら。

 曲がり角の向こう側から、突然腕が伸びた。一人の顔をむんずと掴んで引きずり倒す。

 足でその身体を押さえつけながら、髭面の男が身体を出した。

 

「えっ、あ、ラカ……」

 

 もう一人の男が慌てて構えようとしているところにナイフを投げつける。

 狙い過たず喉笛に柄まで突き刺さり、男はひっくり返って動かなくなった。

 

「ラカン! お前……!」

「誰の指示だ」

 

 頬には浅い切り傷。動きに淀みなく、ラカンはしゃがんでもう片方の男に言葉をかけた。

 邪魔にならないようグレーの髪をオールバックに上げている。服装はスーツに寄せたバトルジャケットスタイル。裏社会における戦闘者のトレードマークだ。

 

「ボスだ、我らがボスの指示だ! もうこの国で逃げ場なんてないぞ……!」

「そうか」

 

 ラカンは頷き、懐から特製の魔導器(アーティファクト)を取り出した。

 伝説の掃除屋ラカンの代名詞である、充填された魔力を自在に変化させ各種弾体を形成、射出する暗殺具(キルツール)

 それの銃口を男の右目に突き付け、引き金を引いた。弾体が眼球を貫通して脳に到達する。即死だ。

 地面に飛び散った脳漿を一瞥し、ラカンは素早く魔導器を隠しその場から離れた。

 

(……これで八人目。王都からの脱出は無理か)

 

 彼は右足を引きずりながら、路地裏をゴミにまみれながら進んだ。

 痛みに顔をしかめた。この追走劇の開幕は不意討ちだった、そこで右足をクロスボウの矢が掠めた。どうやら呪いを複数種込めた品物だったらしく、まともに歩くことが難しいほどの激痛が際限なく発生している。

 追われる覚えはない。いや敵対組織相手なら分かる。だが所属するファミリーしか知らないアジトへの奇襲だった。それにボスからの指示と来ている。

 

(ハメられたか)

 

 周囲の安全を確認してから、廃ビルの階段に腰かけた。

 右足の裾をまくると、貼っていた痛み止めのシールを新しいものに貼りかえる。アジトからとっさに引っ張り出してきた、ポーション代わりの魔力動作品。根本的な解呪にならないものの、少しは痛みが和らぐ。

 

(俺がヨソの候補者に流れるくらいなら、といったところだろう)

 

 ラカンは凄腕だ。狙った獲物を逃したことはない。必要最低限の武器で必ず仕事をやり遂げる。ボスからの信頼は絶大だった。

 だからその分、ボスが老年に差し掛かる今、激化する後継者争いの中で、ラカンを誰が味方に引き入れるかというのは注目されていた。

 

(手助けはない。組織が敵になったなら、王都中が敵だらけだ……俺をハメたやつを探すしかない)

 

 瞳に昏い焔を宿して。

 ラカンは魔導器に魔力カートリッジを装填すると素早く動作を確認し、また薄暗い路地を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 伝説の掃除屋ラカンを使って敵対勢力を排除し。

 そして今そのラカンを追っているマフィア組織。

 王都中枢に根を張るその名はプライム・ファミリー。泣く子も黙る、ロンデンビア王国の実質的な支配者である。

 

「ったく、手負いの年寄相手に何をてこずってやがるっ」

 

 ファミリーのアジトの一つ。

 そこで一人の男が苛立ちに任せテーブルを蹴り倒した。

 

「俺がボスの甥っ子だからとナメてるのか?」

「マルコ、そう焦っていては人望を失うばかりよ」

 

 ソファーに腰掛け彼の様子を見ていた女の発言だ。

 名を呼ばれ、彼は倒れたテーブルを眺め、息を吐いた。

 それからどっかとソファーに腰掛ける。きわどいドレス姿の女がしなだれかかる。その腰に腕を回して、マルコは鼻を鳴らした。

 

「もう始めちまったんだ、ここからは時間の勝負だ。単にラカンを排除するだけじゃねえ……俺は候補者への牽制に済ませるつもりはねえよ。ボスの力を根っこからそぎ落とすんだ。候補者同士で争えなんてふんぞり返ってるあのジジイを引きずり落とす。そうすりゃアガリだ」

 

 マルコは床に転がった酒瓶を拾い上げた。部屋の照明が焦げ茶色のガラスを透かしている。栓を抜き、一気に中身を飲み下した。胃の底がカッと熱を持つ。空になった瓶を放り捨てた。

 不安を紛らわすためだと、誰もが分かる行動だ。

 狭いアジトを見渡す。スペースに見合わぬ潤沢な装備があった。車庫ではボスのペットが『PUGYUPUGYU!』と鳴いて野菜の葉をもしゃもしゃ食べている。

 

「あんたが頭目になれば、あの……ネズカー? だったかしら。あれもあんたのものよ」

「要らねえよあんな魔獣モドキ! ていうかマジでなんなんだよあれ……どっから拾って来たんだよ……マジで分かんねえ……時々運転手無視して走るっていうじゃねえか、何のために飼ってんだよマジ」

 

 なんとしてでも、ボスが感づく前にラカンを始末するしかない。

 マルコは組織がラカンを追うように二つの嘘を仕込んだ。ボスに、ラカンが他の組織へ渡ろうとしていると吹き込んだ。信頼は厚いが、それ以上に恐れてもいる。ボスはラカンを連れてくるようマルコに言った。そしてマルコはそこに二つ目の嘘を織り込んだ。ラカンを始末し、死体として連れてこいと。

 

「とにかくヤツの腕は本物だ……王都は庭みたいなもんだろう。逃げに徹されると日が暮れちまう。何か釣り餌が必要だ」

「確かラカンの姪が、今王都で働いてたんじゃない?」

「……さすがの悪党だ。ケツの大きさだけでボスの嫁になったわけじゃねえな」

「どれくらい大きいか、また確認してみない?」

 

 マルコの隣に座るは、プライム・ファミリーのボスの妻。

 野心に溢れた女だった。

 二人は視線を重ねた。マルコは女の後頭部に手を回し、ぐいと引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し経ち。

 ロンデンビア王国王都のカフェでのアルバイトを終えた一人の少女が、帰路を歩いていた。

 ラカンの姪である。

 叔父ラカンを頼って訪れたものの、めったに顔を合わせることはなかった。

 時折前触れなく郵便受けに大金が入っていた。ラカンからのものだとすぐに分かった。不思議に思い調べ、叔父が王都随一の始末屋であることを知った。

 

(おじさん大丈夫かな……)

 

 いわゆるお上りさんである彼女は、王都の大学に通うべくやって来たのだ。

 荒事など縁のない話である。彼が仕事でケガを負わないかだけが不安だった。

 優しい人なのは知っている。遠い昔、幼いころ、時折家にやって来て遊んでくれた優しい叔父。

 積み木を積む自分を真剣に見守ってくれていた。ひとつズレたものを置くと、なんとか強制せず場所を変えさせようと必死にアドバイスしてきた。思い返すと笑みがこぼれる。

 

(……掃除屋、なんて。要するに人殺しじゃない……)

 

 だから思い出の中の彼と、人々から伝え聞く彼が、どうしても合致しないのだ。

 ふと立ち止まる。夕暮れの町はオレンジ一色だ。ボロボロの家屋が立ち並んでいる。公共行事がストップしてどれくらいなのか。王都に夢はなかった。ただ怠惰に学校に通い、アルバイトにいそしむ繰り返し。華やかなキャンパスライフは絵空事だった。

 はあ、とため息をつく。

 

「お嬢さん、憂鬱そうだな」

 

 顔を上げた。

 道をふさぐように二人の男がいた。

 周囲を見た。人影がない。

 

「……えっと?」

「ラカンの姪だろ。ついてこい」

 

 腕をつかみ、男が彼女を連れて行こうとする。

 

「や、やだっ! 誰か!」

「いっで」

 

 振り回したカバンが男の頬を打ち据えた。

 さっと血の気が引いた。

 

「静かにしてろ!」

 

 ぱあんと音が響いて視界が揺れた。頬をぶたれたのだ。じんじんと痛みが脳に届く。

 訳の分からないまま、涙がにじんだ。何が起きているのか、遅れて理解が追いつく。

 

「ちょっと痛いかもしれないが、恨むならラカンを恨むんだな」

「まずお前の素っ裸の写真を、大通りにばらまく。ドブの中這いつくばっていようが奴の耳に入るまでやる。そうすりゃ出てくるだろ……未来のボスはいいブレインをお持ちだ」

 

 ひっ、と悲鳴が漏れそうになる。

 その前に素早く男の片方が、手で彼女の口をふさいだ。

 必死にもがくが男の腕力に勝てない。恐怖が臓腑の底からせりあがってくる。

 

(誰か……!)

 

 誰もいないのは分かっていた。

 すぐそこに馬車があった。あの中に連れ込まれるのだ。そして、その後は……

 

(誰か…………ッ!!)

 

 口をふさぐ男が目配せすると、片割れが魔導器を懐から取り出した。

 ロンデンビア王国に魔法使いは少ない。その分、他国から輸入した魔力カートリッジを用いる装備が発達している。見覚えがあった、防犯講座で見かけた、人体に電気エネルギーを通して失神させる道具に酷似していた。

 

(だれ、か…………助けて……!)

 

 悲鳴すら上げられない。

 彼女の首筋にその魔導器を押し付け、男は引き金を引こうとし。

 

 

 

「あらー手が滑ってしまいましたわー」

「ベぎゃっ」

 

 

 

 ────横から投げつけられたキャリーケースに吹き飛ばされた。

 へし折れた前歯が道路に空々しい音を立てて転がる。

 ガバリと振り向いた。

 

 一人の少女がいた。

 

 腰ほどまである長い黒髪。

 ジーンズに白Tシャツだけという、乾いた街にふさわしい、しかし当人の気品を隠し切れない服装。

 

「まったく、治安が悪いとは聞いていましたが。誰そ彼時には程遠いというのに人さらいですか」

 

 少女はサングラスをさっと外して、頭を振って黒髪をなびかせた。

 それからこちらを見据えるのは、曇天にくすんだ都市の中で、麗しいを通り越して恐ろしいほど鮮やかに輝く真紅の瞳。

 

「なんだッ、テメェ……!?」

「観光客ですわ」

「はあ……!? 状況分かってないみたいだな、俺たちはこの王都で泣く子も黙る──」

「アナタが黙りなさい。星を纏え(rain fall)

 

 少女の顔のすぐそばに、光の粒子がパッと弾けた。瞬時に再結集したそれが砲弾を象る。

 

「な……ッ!? ま、魔法つか……!?」

 

 紅い瞳をつまらなさそうに細め、彼女は指を鳴らす。

 飛び出した弾丸が男の腹部にめり込み、十数メートル吹き飛ばした。

 砂塵を巻き上げながら転がっていく男には目もくれず、少女は事態に追いつけずぽかんとしているラカンの姪に歩み寄った。

 

「助けるか見捨てるか、当然これは助けて隠し10連ガチャをゲットするべきに決まってるでしょう」

「え……え? なんて?」

「しっかしあれですわ。なんというかその、普通に美少女ですわね……参りましたわ、もしかしておねがい社長じゃなくてマフィアシティの方だった……?」

「なんて??」

 

 何言ってるのか一つも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!? 姪の確保に失敗しただあ!?」

 

 ラカンの姪を連れてくるように命令した二人は帰ってこなかった。

 馬車に乗って待機していた組員が、二人がやられるのを見て泡を食って逃げかえってきたのだ。

 

「どのツラ下げて帰って来やがった! 娘一人だぞ!?」

 

 マルコはソファーから立ち上がり激昂した。

 ボスの妻は座ったまま爪を噛んでいた。

 二人の情事が終わるのを見計らって部屋に来たスーツ姿の男が、首を横に振る。

 

「ええ。観光客だっていう女に邪魔された、と言ってますね」

「チッ……偽善者がよ。まとめて殺せ」

「お言葉ながら、一般人を巻き込んでしまえば、いよいよボスが……」

「うるせえぞ」

 

 ギラリとマルコの眼光が男を刺した。

 だが男はどこ吹く風と受け流す。広い肩幅。スキンヘッドの下には穏やかな目がある。彼をラカンに匹敵しうる仕事人だと見抜ける人間はそういない。

 マルコごとき片手一本でひねりつぶせるだろう。だからこその余裕だ。その様子が腹立たしい。

 

「おい、いいかローガン。ラカンの陰で日の目を見ることがなかったお前に、チャンスを与えてやってるのは誰だ。俺はラカンを排除して、この組織を牛耳る一歩とする。お前はラカン亡き後にエースとして君臨する。そう取り決めたはずだ」

「分かってますよ、マルコ様」

「何が分かった? 何を分かったのか言ってみろ」

「次は失敗しません。姪を追いつつ、その観光客も、ラカンも、全員仕留めます」

「ああ、それでいい」

 

 ローガンと呼ばれた男は部屋の入口に立っていた部下に、すぐさま指示を出した。

 

「全員出すぞ。今度は総力を挙げてローラー作戦を敢行する。チリ一つ見逃すな」

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ少女に助けてもらった後。

 ラカンの姪は彼女に連れられて、王都の駐在所に来ていた。

 

「だーかーらー! この人がさらわれかけたっていうのに何で何もしませんの!?」

「嬢ちゃん……この王都のこと、知らないのか」

 

 見るからに観光客、あるいはよそ者である少女の相手に困り、駐在所の番兵はラカンの姪に目をやった。

 

「ここはプライム・ファミリーが王様より強いんだよ。その子をファミリーが追ってるのなら、俺たちは何もできねえ」

「はあ!? 仕事何してますの!?」

 

 直球が心をえぐった。

 仕事。何をしているのだろうか。この仕事に就くときに、何を考えていたのか、もう思い出せない。

 

「せめてこの子をかくまうぐらいできませんか? 酔っぱらいを預かる場所ぐらいありますわよね? そこならうまく掻い潜れると思うのですが」

「無理だって言ってるだろ。ファミリーに楯突けば俺たちは貧民街に逆戻りだ」

「チッ……プライドとかないのですか? 犬以下ですわよアナタたち」

 

 詰め所にいた番兵たちは唇をかんでいた。

 好き放題言われても、何も反論できない。

 

「あー……まあいいです。ではアナタ、いくらもらってますの」

「…………月給よかマシってぐらいさ」

「はあ? 夢見ることもできない額で自由を失うなんて、馬鹿らしいですわね」

 

 番兵の目に剣呑な光が宿った。

 瞬間的な苛立ちだった。だが少女はまったく怯えることなく、肩をすくめて嘆息する。心底馬鹿にされているのだ。心底ムカついた。

 だが──正しいのは、向こうだ。

 

「ああ、そうさ。悪かったな。そういうことで俺たちは、その子を保護できねえよ。ていうか突き出すぐらいしなきゃいけないんだ。百歩譲ってこの場は見なかったことにするかだ」

「そうですか。では一つ提案です」

 

 観光客の少女はカバンから札束を三つ四つと取り出し、無造作に放り投げた。駐在所の床に落ちたそれは、一束ですら番兵たちの給料一年分を超えていた。

 番兵たちの表情筋がギシリと固まった。

 

「国境で両替しておいて良かったですわ。こちらは前金。わたくしが戻ってきたとき、この少女がおいしい紅茶を飲みながら、優しい物語の本を読み終わり、わたくしに笑顔で感想を伝えてくれた時、もう半分を渡します」

 

 顔を見合わせて、番兵たちは黙った。

 重苦しい、ひどく耐えがたい沈黙だった。

 

「お金をもらえば何でもするんでしょう? じゃあわたくしが買ってあげます。いいですわよ、こんなはした金。安く済んで助かりますわ~。ねえ、どうなんです? わたくし、アナタたちが今してるような顔大ッ嫌いなんです。事情があるとか言って、それ本気で言ってるならせめて、わたくしに掴みかかるぐらいしなさい! 言い訳にならないと分かってるのにすがりつくなんてやめなさい! 自分の生きている価値を自分で下げてどうするのです、このお馬鹿たち!」

 

 少女は長旅で疲れていた。

 早くホテルで寝たかった。その矢先にこの騒動である。

 ありていに言えばずっとキレていた。全部にキレていた。街並みすら気に入らなかった。目に生気のある人間がいない。

 その激しい怒りは、番兵たちの、胸の一番底に固く閉ざしていた扉を揺さぶった。

 

「……そうだな。ずっと前からそうするべきだったんだよ、俺たち」

 

 最初の番兵がそう言って奥に引っ込む。

 それから彼は、鍵の束を持って戻ってきた。

 

「一番奥が空いてる……そこならプライムの連中も気づけない……」

「……フン、ありがとうございます。戻るのは明日になるかもしれませんので、支払いはその時で」

「いや……金は……要らん。そこまでさせたら、俺たちは本当に終わりだ」

 

 その言葉を聞いて。

 少女は全身から放出していた怒気を、あっさりと霧散させた。

 

「あら、あらあら。なんですかアナタ」

「……なんだよ。うるせえよ。今考えてんだよ明日からどうやって生活費稼ぐか……」

「そうですか。まあサクッとわたくしが用事を終えられたら、何かお力添えしましょう。他国へ就職するのはいかが? まあそんなことはどうでもよくて」

 

 番兵の顔を下から覗き込み、少女がニッと笑う。

 

「さっきよりいい顔ですわよアナタ」

「…………そう、か」

 

 自分の頬を触った。

 実感はない。だけど確かに、何か、ひどく重い荷物を肩から降ろしたような気がした。

 他の番兵たちも頷き、毛布や紅茶の準備を始めている。

 ラカンの姪は感極まった様子でその光景を見守り、それから慌てて少女に頭を下げた。

 

「あ、あのっ。ありがとうございます! あなたは本当に恩人です……!」

「お気になさらず。で、何で狙われてたんですか?」

「嬢ちゃんそれ知らずにこの子を保護したのか!? とんだお人よしだな……」

 

 番兵は咳ばらいを挟んでから、滔々と語る。

 

「掃除屋のラカンを、プライム・ファミリーが追ってるんだとよ。そっちの嬢ちゃんはラカンの関係者だろうな」

 

 その名前を聞いて、少女二人はそれぞれにリアクションした。

 ラカンの姪は口を手で覆い、絶句し。

 真紅眼の少女は目を丸くし、それから成程と頷いた。

 

「渡りに船ですわね。わたくしもラカンさんを探しに来ましたの」

「え?」

「わたくしの父親と親交があったそうで、手紙が届いたのです。それで……お父様は当面いませんし、返送しようかとも思いましたが……せっかくなら何かお話を伺おうと思って来たのです」

「そ、そんなことのためだけに、ロンデンビアまで来たのか……!」

 

 この子さては重度のファザコンだな、と番兵は思った。

 

「では行ってきますわ。アマゾンプライムファミリーでしたっけ? ストリーミングで勝てる気はしませんが人探しなら話は別。先にラカンさんを見つけ出しましょう」

「おいおい……本気で、ファミリーに楯突くつもりか……!?」

「逆です。そのネットフリックスファミリーがわたくしに楯突いてるのですわ」

「あの、名前何一つ合ってないんですけど」

 

 姪からの指摘を、黒髪の少女は賢いので無視した。

 

「って、それはよくて! あの、ラカンさんは私の叔父なんです!」

 

 その言葉を聞いて、番兵は得心がいったようにうなずいた。

 成程釣り餌だ。

 

「だから、その……」

「……ええ。それははっきりと、アナタが口にして言いなさい」

「……ッ」

 

 少女に促されて。

 脳裏に浮かぶ叔父の姿。血と硝煙に彩られた姿──なんて、知らない。あの優しい人は、自分にとっては優しい人だから。

 

 

「ラカンさんを……助けて……!」

 

 

 悲痛な声。

 力なきものの声。

 それは悪逆に対する反抗だった。

 ならばこそ、誇り高き令嬢がそれに応じないわけにはいかない。

 

 少女は力強く頷き、颯爽と駐在所を後にした。

 

 

 

「……あの子キャリーケース引きずって探すのかな」

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 ラカンはだんだんと毒が回ってくるのを実感していた。

 ほとんど這いつくばるような姿勢で、必死に路地を動く。ポイントを固定させないよう動き回る。

 逃げの一手しか打てない。敵を探さなければならないのに、その体力がない。

 

(クソ……これほど効くとは……)

「あら。何やってますの?」

 

 足音には耳を澄ませていた。

 周囲に人がいないことは把握できていた、はずなのに。

 

「……ッ!?」

 

 振り向いて魔導器を懐から引き抜こうとした。懐に差し込んだ手を、白く細い手で押さえつけられた。びくともしない。すぐさま肩にも手が添えられた。細腕とは思えない恐ろしい怪力。魔法使いの適性がないラカンでも、何らかの魔法が作用していると分かった。

 顔を上げた。黒髪の少女がしゃがみこんで、覆いかぶさるような格好で完全にラカンを取り押さえていた。

 

「君は……刺客か……!?」

 

 見覚えのない顔だった。

 服装が違う。ロンデンビアに暮らす人々は乾燥を避けるため複数の布を重ねた服を着こむ。だが少女は不安になるほどの軽装だ。

 

「さすがに出血が長引いて、頭が回らなくなってきましたか?」

「何……?」

「追いかけて見つけるのは簡単でしたわよ。レッドカーペットを辿るだけでしたもの」

 

 言われて気づいた。自分の移動してきた経路に、血痕が帯のように残っている。

 

「ただまあ、わたくし敵ではありません」

「何……?」

 

 至近距離。

 そこで二人は口をつぐみ、背後の路地に目を向けた。

 人がやってくる。どたどたとした駆け足の音が止まり、それから武器を構えた男三名が姿を現した。

 

「見つけたぜぇ、ラカン……!」

「そっちの女、ケガしたくなきゃどっか行ってな」

「おい、観光客の女ってこいつじゃねえか?」

 

 上玉だな、と凶悪な笑みが浮かぶ。

 少女はラカンからぱっと両手を離して立ち上がると、男三人の前に佇んだ。

 

「へへへ、嬢ちゃんもいけないとこに手を出しちまったな。俺たちは泣く子も黙るプラ」

「あらー手が滑ってしまいましたわー」

「ぶぎゅッ」

 

 踏み込みは神速だった。コンマ数秒で間合いが殺された。

 真正面から打ち込まれた右ストレートが刺客の鼻っ柱を砕いた。

 驚愕する間も与えず、そのまま一人をハイキックでなぎ倒す。吹き飛んだ先で頭部が激突し、壁にひびが走る。

 最後の一人が慌ててクロスボウを構え、放った。複数の呪いを込めた逸品。ラカンが何か叫ぶ前に、少女はその矢を、ペチンとはたき落とした。

 

「は?」

「何ですこれ、玩具?」

 

 首をかしげてから、まあいいか、と少女は人差し指を最後の刺客に突き付けた。

 

()()

 

 詠唱装填されていた一節魔法が起動。

 指先に結集した魔力体が刺客の眉間に命中。刺客はもんどりうって路地裏に倒れた。

 

「安心なさい、全員峰打ちですわ」

 

 絶対に峰のある攻撃ではなかった、とラカンは思った。

 しかしそんなことを指摘している場合ではない。

 

「なんだ……何なんだ、君は……!?」

「だーかーら、ただの観光客ですわ」

 

 日が沈んでいく中。

 最後の力を振り絞るような日差しを浴びて、振り向いた彼女の真紅の眼が輝いていた。


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