凄腕の掃除屋ラカンが、謎の美少女(笑)と遭遇してからしばらく。
マリアンヌ・ピースラウンドは王国の若手層からカリスマ的に支持を集める、次代の超新星である。当人の認識はさておき、それは揺るがない事実だ。
御前試合においては二位に大差をつけての歴代最高記録、二百戦無敗。これはあと百年は破られない記録だろうと謳われている。
王国中枢にすら影響力を持つミリオンアーク家の嫡男ロイとは仲睦まじい婚約者。
次期聖女としてほぼ確定してるユイ・タガハラとも親交は深い。
魔法使いと対立することが習慣化していた騎士団にすらパイプが太く、彼女の一声で一個中隊ならばたやすく動くともっぱらの噂だ。
そんな彼女だからこそ、誰もが希望を見る。
同じ学校に通う学生だけでなく、他校の生徒たち、あるいはすでに卒業し現場に勤めている若手の魔法使い・騎士たちにとっては、まさしく世代の象徴なのである。
「……それを単身、ロンデンビアまで送り出す羽目になるとはのう」
王城最上階。
玉座に腰掛け、アーサーは鉛のように重い息を吐いた。
人探しぐらいこっちでやると言ってみたところ、なんと相手はロンデンビア王都にて一大勢力を築いたプライム・ファミリーお抱えの掃除屋であると判明。流石にそれを明かすわけにもいかずそれとなく諦めるよう促したところ、逆に『わたくしが禁呪保有者だってみんなにバラしてこの国をめちゃくちゃにしますわよ!』と恫喝され泣く泣くパスポートに認可サインを記すこととなった。
『国王陛下』
「うむ」
アーサーの肩に止まっていた大きなワシが、そのくちばしの間から人の声を発した。彼が使役する使い魔を用いた、超遠隔通信。
第一王子マルヴェリスが統括する憲兵団の、機密諜報局のメンバーからの連絡である。
遥か遠方であるロンデンビアにてマリアンヌを監視……もとい警護する彼らの声色は固かった。
「様子はどうかのう。まかり間違ってもプライム・ファミリーと事を構えるようなことはしないよう……いやさすがに人探すだけでマフィアに喧嘩を売るわけもないが……ともかく、何かしらのトラブルを起こさぬようにと思って諸君を派遣したわけじゃが、首尾は?」
『それが……その……』
「まさか見失ったとは言うまい。確かに卓越した魔法使いであるのは認める。だが潜入工作等の訓練を受けたことはない学生一人が相手だ」
数秒の沈黙。
「おぬしら、まさか……」
『共同馬車を王都で降りたところまでは捕捉していたのですが、その後あっちこっちへと地図を見ながらまったく無秩序に、しかもキャリーケース引いてるのに高速で移動されまして』
『アクロバティックに迷いすぎて逆に見失ってしまいました……』
こいつら全員クビにしようかな、とアーサーは真剣に悩んだ。
ひじ掛けを指でトントンと叩きながら、どう声をかけたものかと思案していると。
『報告! 報告! 発見しました!』
「お……それは何よりだわい。それで様子は?」
『プ、プライム・ファミリーと戦闘状態に突入しています……!』
「ブフッ」
この報告にはさすがのアーサーも鼻水を噴き出した。
わたくしは服装をめちゃくちゃシンプルにしたのを後悔していた。
オフだし適当でいいだろ……と思っていたが、こんな大事になるのなら、相応しい服装というものがある。ドレスコードも守れずに一流の悪役令嬢は名乗れないのだ。
『というわけでアナタが普段そのバトルジャケットを仕立てている場所を紹介していただけますか? どうせ張り込まれているでしょうし、ついでに三下たちを叩きのめしてちょっと情報収集します』
『嬢ちゃんのつま先から頭のてっぺんまでは暴力で構成されてるのか?』
貧民街に並ぶ家屋はどれが誰のものか、なんていうのは分からなくなっており、行き場のない孤児やホームレスの住処になっていた。
その中の一室にラカンさんを押し込み、その場にいたぼろきれを着た男に清潔な服とパンを与えた。そのうえで、この人を匿ってくれ、と札束を渡すと彼は久方ぶりであろう満面の笑みで頷いてくれた。
いいね。金が選択肢としてガッツリ入るとやりやすいことこの上ない。母国だと誰もかれも金より大事なものがあるって知ってるから通用しねえんだよなこれ。
「ここが
王都大通りから三つほど外れた路地。入口を示すネオンの下品な光が見えた。
ラカンさんは店の名前と場所を教えてくれたが、一緒に紹介状を渡してくれた。
マスターにだけ見せるようにと注意されたが、まあアレだ。知り合いだとバレたら危ないからだろう。
「ごめんください、やってますー?」
明るい声を出してバーの扉を開ける。第一印象は大事だからな。木製の扉はギィと嫌に軋んだ。
中に入った店内を見渡す。
レベル1のチンピラが大勢いた。テーブル席にたむろする彼らは、全員こちらを見てあっけにとられていた。
「こんばんは。お元気そうですわね皆さん」
「おい嬢ちゃん。観光スポットじゃないぜここは」
「まあまあ……いいじゃねえか、美人さんだ。一杯奢るから隣に座ってくれよ」
黄ばんだ歯を向きだしにして、男が手招きしてくる。カクカク腰を振ってるやつがいたのですぐ目を背けた。キッショ。気持ちわりぃ。うわ見るんじゃなかったマジキメェ……うげ……
引きつらないよう気を付けつつにこやかに会釈して、カウンター席へ真っすぐ向かう。マスターの真ん前を陣取り、椅子に腰かけた。
白髪を綺麗に整えた、初老のマスターだった。ベスト姿がサマになっている。彼はこちらを一瞥すると、静かに問うた。
「……未成年か」
「ええ」
「ここは法が届かん。好きに頼め」
わたくしはラカンさんからの紹介状を取り出し、カウンターテーブルに滑らせた。
店内がシンと静まり返る。
「
「なんて??」
〇第三の性別 別枠の期間限定を同時に頼むな
〇火星 季節越境するのやめろ
〇日本代表 百歩譲ってもちゃんと夏のメニューを頼め、いや違うわまずマックを頼むな
仕方ないだろ久々に食いたいんだよ。
ふんぞり返って待っていると、ぽんと肩を叩かれた。
さっき声をかけてきた男たちが席を立ち、わたくしを囲むように立っていた。
「あのラカンの紹介状とは、運が悪かったなお嬢ちゃん。昨日までならなんでもサービスしてもらえたろうが、今は話が違う」
「触らないでくれます?」
肩から手を払った。
男は数秒自分の手を見つめた後、事態を理解して一気に顔を赤くした。
「テメェ……!」
さて。
選択の時だな。
逃げる 裏切る
この場から逃げきれば金、ラカンさんを裏切って情報を流せば経験値かな。
いや逃げたら金もらえるの意味分かんねえけど、まあ実績解除みたいなもんだろう。
二択問題、わたくしが選ぶのなんて最初から決まってる。
→殴り倒す
「ふざけんじゃねえぞ! テメェ朝まで──」
「シャオラァァァッ!」
男が拳を震わせ何か言おうとした。
その前に、椅子を蹴飛ばして立ち上がり、右の拳を思い切り腹部に叩き込んだ。吹っ飛んでテーブルを巻き込み転がる男を見て、仲間たちが絶句した。
〇red moon 二択って言ったじゃん。二択って言ったじゃん!
〇無敵 もしかして数字読めない?
股間を蹴り上げてやろうかと思ったが、それ痛すぎるって分かるからどうにもできないんだよな……
どうも治安最悪なのは分かっていたので、共同馬車から降りた後にツッパリフォームを出力3%で発動していた。魔法使いや騎士相手でもないのに5%まで引き上げると、ミスって殺してしまう可能性がある。それはユイさんやロイに怒られそうだからな。
「お、おまっ」
囲んでいた連中を右腕の一振りで薙ぎ払う。床を転がっていく仲間。ソファーに座り残っていたのは三人。全員一斉に立ち上がり、転がしていた武器を拾い上げようとする。遅ぇよ。
カウンターの椅子をひっつかみ、顔を上げた三人めがけて投げた。
並んだ三つの頭部に直撃、綺麗にひっくり返った。
「ストラーイクッ!」
投球フォームのまま雄たけびを上げる。もちろん、バッターがアウトにならない方のストライクだ。
チンピラ計八名撃破。経験値としてはカスかもしれん。だがシステム的に、秘書ぐらいには上がったんじゃないだろうか。
つーかここに来るまでの間にも、何人かU-NEXTファミリーの連中をしばいてきたからな。女幹部ぐらい狙えそう。
「っと、失礼。備品を壊してしまいしたわね」
「弁償はプライムの方でいいのか?」
「そうですわね」
座っていた椅子を投げてしまったので、わたくしは隣の椅子に座りなおした。
マスターは用意していたグラスを磨き終えて、それからふうと一息ついた。
「ラカンは今まで、一度も紹介状を使ったことがなかった。あれを渡されるってことは相当腕が立つなんて俺でも分かる。にしても、暴れ馬過ぎるだろう」
「美しさと暴力はいつも隣りあわせですわ」
「かもしれんな」
場慣れしてるな。眉一つ動かさねえとは。
いいね。かっこいい。わたくしこういう人好きだよ。アーサーのジジイも、もうちょっと落ち着いてりゃ、サシでご飯食べるぐらいはしてやっていいんだがな。
まあ、それはともかくとして。
「それで、バニラシェイクは?」
「……せめて何なのか教えてくれ。再現のしようがねえ」
報告が次々と途絶えていく。
王都各地に散らせた部下たちは定期的にアジトへ顔を出し、状況報告をする手はずだった。
「観光客の小娘一人に何を手間取っている!?」
マルコの悲鳴を聞きながら、ローガンは直立不動のまま思考を巡らせていた。
(外から来た観光客……そうは思えない。的確に我々の勢力を各個撃破しつつ、捜査網に穴をあけている。ラカンのやつ、国外に味方を作っていたのか? この手口、プロの犯行としか思えない)
ローガンは考え過ぎていた。
「マルコ様。落ち着いてください」
「ローガン!! お前の責任だぞ……! お前の部下が使えないゴミだからだからこのありさまなんだ……!!」
血走った目で怒鳴り散らす彼は、到底次代のボスにふさわしくはない。
部下の連絡が途絶えた場所を精査すれば、かなり正確に捜査網を把握し、最小限の移動に留めていることが分かった。相手が戦の女神に愛された少女であることなどローガンは知る由もない。
獣が飛びかかる前に、四肢をばねのように沈めるのを思い出した。次は間違いなく、喉笛に牙を立てに来るだろう。
部下にハンドサインを示す。外に向かわせていた一団を呼び戻した。
それからマルコを、ボスの妻がなまめかしくなだめているのを見て、息を吐いた。
(こんな三下を担ぎ上げることになるとは、俺も堕ちたものだ)
別にいい。分かっていた。
ただローガンは、雌雄を決する理由が欲しかったのだ。
姿見の前に佇み、自分の服装をじっと見つめる。
黒髪は下ろしたまま、黒いワイシャツにパンツスーツのスタイル。ジャケットの袖に腕は通さず、肩に羽織る形とした。
バーのバックヤードは一種の工房に改造されていた。そこで瞬時に身体のサイズを測られ、あっという間にバトルジャケットが完成した。どういう手際だよと思ったが、作業机の上で無数の
「パーフェクトですわ、マスター」
「気遣い痛み入るよ」
「そこは感謝の極み、と答えるところですわ」
「そういうわけにはいかん。一週間は欲しい仕事を数時間で間に合わせたんだ、満足いく点を探せという方が難しい」
いや一週間っていうのも異次元みたいなスピードだけどな……サルトリア・オリベも廃業するレベルじゃないのこれ。
バトルジャケットを着たまま、いくつか魔法を発動させたり、拳を振るったりしてみる。
身体の動作を一切邪魔しない見事な仕立てだ。骨格レベルで調整されたのだろう。魔力循環にも好影響があるのを感じる。何かしらの加護を織り込んだ生地か。
「お代はこちらで」
カウンターに札束を二つ置いた。
マスターは手早く確認した後、それを樽の中に放り込む。
「えっ……雑……」
「誰も気づかないんだ。こんなところにあるはずがないとな」
「なるほど」
文句のない仕事には、文句のない報酬を払うほかない。時折そこを突き詰めすぎて破滅する職人を見るが、彼はそこのバランス感覚も持ち合わせているようだ。
わたくしは頭を下げて敬意を示した。マスターは鼻を鳴らして、別にいいと言う。
「それで一体どうする。プライム・ファミリーを壊滅でもさせるのか」
「まさか。興味ないですわ、そのなんでしたっけ……dアニメストアファミリー?」
「一文字も合ってないんだが」
「ラカンさんが言うには、彼を陥れた人間がいると」
「……今のラカンが邪魔、となればマルコだろうな。ボスの甥っ子で、有名なボンクラだ」
「有名なボンクラってひどい言われようですわね……」
〇みろっく 言いたかないけどお前も国内有数のボンクラだよ
あったまきた。
上等じゃねえか。それならどっちが最強なのか決めてやるよ。最強の大会でな!
「ではわたくしはこれで」
「一つ言い忘れていた。マルコは確かにボンクラだが……この国では珍しい、魔法使いに適性のある人間だ。隠し玉自体はあるんだろうな」
「へー」
魔法使い。魔法使いねえ。
「ねえマスター」
「何か不具合があったか」
「いいえ、そこには文句のひとかけらもありません。ただ……」
カウンターにはグラスが置かれていた。
なみなみと注がれているのは、わたくしがオーダーした果実ジュース。
グラスを手に取り、一息に飲み干した。うまい。空っぽのグラスを机に戻した。
「魔法使いとは、魔法を使える人間なら全員そうだと思いますか?」
「……ウチは魔法後進国だからな。そうとしか思えない」
「そうですか。でしたらまあ、構いません。これから先に考えていけばいいのです」
ジャケットの内ポケットからサングラスを取り出してかけた。
煙草でもくわえればもっとサマになるかもな。
ラカンさんはabemaTVファミリーにおいて、最大の働きをしてきた掃除人だ。
当然王都内のアジトについてはほとんどを網羅している。
彼がピックアップした場所へ向かう。候補地は計8か所。
その中の一つ、王都最大の銀行からほど近い大聖堂を訪れた。
聖堂内部に入る。この間お邪魔したユイさんの勤める場所とは違う空気を肌で感じた。
「ああ」
得心がいって声が零れた。なるほど。全然不愉快じゃない。
ここに神の加護は届いていないのだ。
「こんにちは」
並ぶ礼拝席に座ることなく声を張り上げた。
祈るように俯いていた先客たちが、ゆっくりこちらを見た。
「一件目でビンゴとはさすがわたくしですわね。そう思うでしょう? アナタたちも」
「運が悪かったの間違いじゃないか」
同時、四方八方から銃撃が浴びせられた。
呪詛を込めた矢。魔力で形成された弾丸。
「邪魔です」
腕の一振りでそれらが砕け散り、霧散した。
わたくしは肩に引っ掛けたジャケットをなびかせ、真っすぐ進んでいく。
神父が怯えた表情で奥へ引っ込んでいく。ハッ、バカバカしい。ユイさんの部下たちと比べて、なんて無様な姿だ。
「そこまでだ」
後を追おうとした時、スキンヘッドの大男が立ちふさがった。
彼はわたくしを見ても大して驚かないまま、じっと見つめてきた後頷く。
「ラカンが見込んだ女というわけだ。たどり着くのはたやすかったか」
「運が良かっただけですわ。何せわたくし、神に愛されているので」
「信仰心の厚いことだな。俺たちとは対極か」
「まあ神々相手でもいつかわたくしが勝ちますが」
「本当に信仰してるか? それ」
〇太郎 お嬢の信仰心とかいう一番信用できないもの出してくるな
〇トンボハンター いつか勝つとか言ってきやがったな……
〇鷲アンチ 勝ち負けの土俵に上がった時点で負ける感じがあるから本当に嫌
どうやら神々はあんまりわたくしを愛していないようだった。
嘆息をこらえつつ、ちらりと視線を斜め前に向けた。
神父が入っていった奥への扉。そこに、そのボンクラ甥っ子とやらがいるのだろう。
「フッ──」
「
刹那の出来事だった。
大男が懐から神速のクイックドロウ。ラカンさんが持っていたのと似たモデルの拳銃型魔導器を引き抜いた。
その銃口がこちらに向けられる、頃には既に一節詠唱の弾丸が銃身に接触。
バチンと音を立てて男の右腕が弾かれた。吹き飛んだ魔導器が床を転がっていく。
「早撃ちでわたくしに勝てるの、大陸中を探しても一人ぐらいしかいませんので、あんまりオススメできませんわね」
「……そのようだな」
スキンヘッドの男──ドウェイン・ジョンソンの方が百倍かっこいいな。そりゃそうか──はわたくしから片時も目を離さないままだ。
「何をしに来た」
「胸に手を当てて考えてみればどうです? 神託があるかもしれませんわ」
大男は取り合わず、拳を構えた。
なんだよノリわりーな。ロイなら気の利いた返しをすぐくれるのに。これだからダメだ。
「まあわたくし親切ですから、教えて差し上げましょう」
周囲には敵しかいない。
神を奉るはずの場所で、敵意を浴びながら。
わたくしは右手で天を指した。
「最強のボンクラを決めに来ましたわ!! 覚悟しなさい、FODプレミアムファミリーッ!!」
数秒の沈黙。
「……ヤバい女が入ってきたな……」
スキンヘッドの男は沈痛な声色でそう言った。
そのつるっぱげの頭ボコボコにへこませてやろうか?