シャンデリアに天井を埋め尽くされた広間は、集った人々の野心が渦巻いているようで、気を抜くと息苦しくなる。
「今回は領土で取れた新鮮な果実を持ってきました。お口に合いますでしょうか?」
「ありがとうございます。んっ……あら。いつにも増して瑞々しい仕上がりですわね」
「光栄です。今期は私も畑に通い詰めましたからね。それにしてもピースラウンドさん、あいも変わらずお美しい……!」
「ありがとうございます。アナタの収穫物も劣らない輝きを誇っていますわ。肖りたいですわね」
社交パーティーの場では、褒め言葉をいかに受け流すかが肝要になる。
こちらに果実を渡してきた貴族に笑みを返す。馬鹿が。分からねえと思ったか。
今貰った果実の甘みは、自然のものではなく果実が育つ過程で水分を抜き糖を注射したものだ。跡が残らないように極めて細い針を使ったようだが、わたくしの舌を誤魔化せるはずがない。この場をしのぐためにドーピングじみた行為に手を染めるとは度し難い、家名を覚えておこう。こいつはだめだ。
〇外から来ました 普段サボってるくせに社交界適性激高いのなんなんだ
〇太郎 まあ厳密には社交界じゃないけどなこれ
コメント欄の通り、実のところこれは社交界ではない。
いつも使っている黒のドレスを引っ張り出してはきたが、普段でさえ低いモチベは地の底を貫いてどん底だ。
わたくしはにこやかに話しかけてくる貴族の青年に相槌を打ちながら、ちらりと視線を上げた。
広間奥の中央にでかでかとかけられた横断幕。
『第八回 恋する♡宮廷コン』
バ~ッカじゃねえの?
貴族というのは婚約者がいるものだ。あるいはいないか、そのどっちかである。
わたくしはロイという相手がいるものの、実際問題としてここから相手が切り替わることはあり得る。親同士が合意しているとはいえ、互いの当主(現在のピースラウンド家当主は、まだ名義上はお父様だ)は当人の意見も重んじてくれる人だ。片方が破棄を要求すれば通るだろう。
将来的にはあの男から破棄を通告されることになるわけで、わたくしにとっては捨てる前提の関係性である。
「……とはいえ。わたくしを呼んでどうするのですかまったく」
広間から離れ、外に面したバルコニーに出て息を吐く。
見渡す王都の夜の光は煌々と輝いている。他でもない王城の広間を丸ごと一つ使った婚活パーティーである。
第一王子が数年前から『貴族間の交流を兼ねつつ、家名のみに由らない、当人同士の結婚生活を見据えたマッチングを重視した場を設けたい』という理由で開いているのがこの催しだ。
〇無敵 まあ潜水艦とか巨大ロボとかある世界だしそりゃ婚活パーティーもある
〇宇宙の起源 そうかな……そうかも……
ああ、その通りだ。別に不思議はない。
だがさすがにロイがいる身で……と断ろうとしたものの、国王アーサーから同封された密書にて、一度だけでいいから参加してくれないかと嘆願されては仕方ない。
聞くところによると、わたくしが参加条件の年齢を満たすのを待っていた連中が結構いるらしい。ピースラウンドという国内最上位クラスの家、候補としてだけでもつながりを持ちたいとか、あるいはわたくしの熱心なファンだとか。うるせえよ。全部ミリオンアーク家を通してくれ。あの家を壊滅させられる力があればわたくしも考えるからさ。
ざっと見た感じ顔見知りもいないし、このまま流し続けてゲームセットかな。
と、いうか。これって原作にもあるイベントですの?
〇火星 あるよ
〇第三の性別 本来のレギュなら家事スキルを育てる時間がないからドジしちゃうんだよね
〇red moon まあ無視して家事スキルガン上げしておくことでここで王子を撃墜して寿退学するエンドとかあるけど
ほーん。
スキルだのパラメータだの確認できねえからなあ。わたくしもステータスオープンやりたいんだけど。
鬱屈した息を吐きつつ、グラスの果実ジュースを飲み干す。
替えの飲み物を探して広間に戻れば、会場がどよめいていた。
おっ、本命のご登場だな。
「第二王子殿下、第三王子殿下。お久しゅうございます」
「本日も大変麗しい……」
「こんにちは。私なぞにはどうか気を取られず、良き相手をお探しになってください」
王族に許される高貴なマントを身に纏い、二人の美形が姿を現していた。
水色の髪を柔らかく揺らし頷く知的な男と、紺色の髪を刈り上げた剛毅な男。第三王子グレンと、第二王子ルドガーである。
第一王子は……来てないみたいだな。主催者だし裏方で走り回ってるのかもしれん。
「あら、第二王子殿下、第三王子殿下。こんにちは」
あいさつに集まっている貴族たちの間をすり抜け、わたくしも二人の前に立つ。
とりあえず視線の合った第二王子に微笑むと、彼もまた優しく微笑んだ。
「こんにちは。私なぞにはどうか気を取られず、良き相手をお探しになってください」
「遠慮言葉bot?」
こいつ同じ言葉しか発してねえじゃん。横格かよ。
このわたくし自ら出向いたのにその態度は何なんだよと半眼になれば、彼はハッと真顔になる。
奥の第三王子もわたくしに気づき、会話を音速で切り上げこちらに駆け寄った。
「あ、ああお前かピースラウンド……すまないな」
「貴女も来られると聞いていましたよ、ピースラウンドさん」
あー、やばいな。
空気が変わった。さっきまで多くの挨拶をすげなく流していた王子二人が、肩の力を抜いてわたくしの前に来て、会話を交わしている。周囲は面白くない、いや、それを通り越して驚愕だろう。策謀や権力争いから距離を置いていたはずのピースラウンド家に出し抜かれた形になる。
まあルドガーはともかくグレンはすげえぐいぐいこっちに来てるだけなんだけど。
「どうやら殿下もお疲れの様子。挨拶はここまでにして、何かお飲み物を持たれては?」
流れを切るように声を上げた。
そばを通り過ぎるウェイターのトレーから、さくっとミネラルウォーターのグラスを二つ取り二人に渡す。
貴族たちは不満そうな顔を浮かべながらもその場から離れていく。
「気を遣わせてしまったな。面目ない。お前は確か父上に泣きつかれての参加だろう。そちらも大変だというのにすまん」
「お心遣いありがとうございます。それに、お疲れに見えたのは事実なので」
グラスの水をぐいと飲み干してから、ルドガーは深く嘆息する。
喉が渇いていたんだろう。この辺りを察することもできないままあいさつに詰め寄るあたり、連中の程度が知れる。
まあ婚活パーティーだし、当主ってよりは次期当主やらその辺が来ているんだろうけど。
「ああ。グレンも私……いや、お前ならいいか。俺も、兄上に言いつけられて参加しているに過ぎないからな。少し熱量の差があるんだ。目に入る人間を全て同一人物だと思い込むようにしていたんだが、これはこれで疲れてな……」
「思いつくかどうかはともかく、実行できるのが流石ですわね……」
感心半分呆れ半分の反応が出た。
「それはともかくピースラウンドさん。ここであったのも何かの縁です。婚活パーティーの作法に則ってみませんか」
「お互いの経緯を知ったうえで縁と言い切るの、アナタの弟剛毅過ぎませんか」
「お前に関するときだけだぞ」
会場に入るときにもらったパンフレット片手に、グレン王子がにこやかに距離を詰めてくる。近い近い。下品でない、爽やかな香水の香りがする。いや近いって。
「グレン。何度も言っているが、我々王子たるものが横恋慕というのはだな」
「もちろん嫌なら断ってくださって構いませんよ。ですがその場合はピースラウンドさんの領土が消し飛びます」
「そういうところ! お前本当にそういうところなの!」
ルドガーの絶叫に周囲が何事かと見てくる。
彼を手で制し、苦笑いを浮かべる。別にグレンも本気でこちらが嫌がることはしてこないだろ。
何よりこの人……わたくしがロイに対して、将来的に結婚するつもりがないってこと、本能的に見抜いてそうなんだよな。変に押せ押せで来ているように見えて、その辺はしっかり弁えている。流石だ、メガネは伊達じゃない。メガネだけに。
「構いませんわよ、お戯れですし。それで、何をすれば?」
「なんでも男女が互いのことを知っていく上では、お互いのいいところを見つけ合っていくのが好ましいとか」
「なるほど」
彼はパンフをぱらぱらめくりながら内容を読み上げる。
理にかなった内容だな。現実世界なら年収とか勤め先とかのステータスだろう。
「ではやってみましょうか」
「分かりましたわ。審判はルドガー殿下にお願いします」
「ああ、そういうことなら……ん!? 待て審判ってなんだ!?」
審判の大声を合図として、わたくしたちは正面から誉め言葉をぶつけ合う。
「やはり知的な風貌が大変良いかと思います。時々おかしくはなりますが、それを考えなければ大抵の物事を切り抜けてしまいそうな賢さを感じますわ」
「外見はそちらこそ、でしょう。誰もが見惚れる美貌に疑いようはありません。口を閉じれば国内に一つ大勢力を築いていたのではと思います」
「あらあら、なるほど。お互いに前歯を全部折ったほうが良さそうですわね」
「そうですね。貴女が物静かなら国が傾いていたかもしれません」
「お前たち、趣旨を理解してるか?」
バチバチと火花を散らすわたくしたちを見て、ルドガーが呆れたような声を上げる。
チッ。ルールっていうからにはしょうがねえな。
わたくしとグレンは顔を見合わせ、再度口を開く。
「助けられているとは思いますわよ。真っすぐに褒めて下さりますし。頭が良いのも好印象ですわね」
「…………」
「何か言いなさい」
「あ、し、失礼。こちらこそ。視界の開けるような思いをさせてもらいました。生き様が美しいといいますか」
「…………」
「何か言ってください」
「あ、い、いえ」
「お前たち、先攻を取ったら負けるゲームでもしているのか……?」
顔を赤くして黙り込んだわたくしたちを見て、ルドガーが呆れたような声を上げる。
ちょっとこのゲーム心臓に悪いわ。やめやめ。
わたくしとグレン王子がクロスカウンターの構えを取っていたところ、広間にアナウンスが響く。
『それではただいまより、参加者の皆様にバラをお配りいたします』
「……?」
「ああ、初めてだと面食らうだろうな」
なんか給仕の人がバラを渡してきた。みんなに配ってるっぽい。
きょとんとしていると、ルドガー王子は苦笑しながら説明してくれる。
「兄上のアイデアなんだがな。バラは参加者の証である、超一級品の見事な生け花だ。しかし単なる土産ではない。要するに、これを相手に渡して、受け取ってもらえたらマッチング成立ということなんだ」
「なるほど。道理でグレン王子がわたくしの顔にバラをすごい勢いで押し付けてくるわけですね」
「グレン!!!!」
棘が頬に刺さってすげえ痛い。
ルドガー王子が絶叫してグレン王子を羽交い絞めにする。
「何を止めるのです兄上! このバラのシステムは、要は相手のバラを奪い取る実力主義の面も持っています! 渡していた私はまだ優しいでしょう!」
「そりゃあ、バラさえ手に入れられたら何でもありと考える者もいるにはいるが……!」
王子二人が取っ組み合うからもう視線が集まる集まる。
だが若い女性たちは、暴れっぷりとは別に、こちらの様子をうかがっているようだった。
……ああ、渡す先として王子は大人気ってわけだ。そりゃそうだな。
いや人のこと言ってる場合じゃないわこれ。男性貴族からの視線がめちゃくちゃ来てる。渡すタイミングを計られてる。あるいは、バラを奪う機会を見定めようとしている。
「場所を変えましょうか」
「賛成だ」
わたくしと二人の王子はその場をそそくさと後にして、用意されていた個室に入る。
本来ならマッチング成立後にじっくり話をする場なのだろうが、避難所扱いさせてもらう。
「まあ、縁と言えば縁なのかもしれん。お前はこれから先も騒動の渦中にいそうだ、付き合いを持っておいて損はないか」
「…………」
「おや、どうしましたピースラウンドさん。気分がすぐれませんか?」
ソファーに座り黙ってしまったわたくしに、王子二名が心配そうな声をかける。
優しい人たちだと思う。優しいが、そして、とても偉い。
静かな空間に来たからだろう。どことなく浮ついていた意識がスッと収束する。
意図した形ではない。
だけど、絶好のチャンスだ。
「ハートセチュア家に関してお聞きしたいのですが」
「おいおい。俺なんかよりお前の方が知っていそうだけどな」
「総量だけならそうかもしれませんわね。ですが……薄暗いところとなれば話は別です」
顔を上げる。わたくしの顔を見て、苦笑していたルドガーがまったくの真顔になった。
冗談は許さない。嘘偽りも許さない。
がちゃん、と扉のロックがかかる。
『……!?』
部屋に入った瞬間、ドアノブを介して流星の粒子を付着させておいた。
王子の警護にコソコソついてきてた連中が、慌ててドアをこじ開けようとする。無理だ、扉自体の強度も高めている。
「お答えください。ハートセチュア家は今、何をしていますか」
「ピースラウンド。これは、恫喝か。反逆罪に問われても文句は言えんぞ」
「ええ、分かっています。望むところですわ。教えてください。アナタがたが知っていること、洗いざらい、全部」
ふん。
王子を恫喝するなんて──我ながら悪役令嬢っぽくていいな!
マリアンヌと王子たちが情報を話さなければ出られない部屋に閉じ込められたころ。
参加者たちのための料理を用意していた使用人が、廊下を歩いている給仕姿の少女に声をかける。
「おや。何か仕事中か? 人が足りないところがあるんだ、後で行ってくれないか」
「はい、かしこまりました」
にこやかに微笑む少女に数秒見惚れ、それから慌てて使用人は指示を告げる。
彼が立ち去ったのを確認してから、給仕姿の少女はキッと視線を鋭くした。
「潜入は成功。あとは、マリアンヌさんに近づく男たちを排除し続ければいい」
教会の隠密退魔部直伝特殊潜入メイクによって素顔を誤魔化した少女が、ぐっと拳を握る。
「待っていてください……マリアンヌさんには、誰一人として近寄らせない……!」
──ユイ・タガハラ、参戦!
そしてまた、王城に忍び込んでいた影が一つ。
「ふぃ~、ピースラウンドのご令嬢にはなかなか近づけねえな……」
化粧室で髪型や服装を整えた男が、胸ポケットに差したバラをひと撫でする。
その時、個室の扉がキイときしむ音がした。
「……失礼、紙をいただいても?」
「ん……ああ、構いませんよ」
果たして王城の使用人たちが紙の残量を見落とすだろうか。
その疑問を持たないまま、男はトイレットペーパー片手に個室へ近づく。
途端、扉が全開に開かれ、彼は内側へ引きずり込まれた。
「な……!」
男はやっと思い出す。
今自分が来ているのは単純な婚活パーティーではない。
第一王子が『いやーさすがに想定と違うんすけどねー……』とうつろな目でぼやく、バラを奪い取ればマッチング成立の、ルール無用の婚活バトルロワイヤル。
「この……わたしが……!」
「ご無礼申し訳ありませんウィンストン卿。ですが今日のルールに則る限りは、刹那であろうとも気を抜いた貴方が悪い」
男は首を絞められ、下手人の顔を見ることすらもかなわないままかくんと意識を落とす。
青年は気絶した貴族から参加者の証であるバラを拝借して胸ポケットに差すと、堂々と化粧室から出る。
「おや。ご欠席とお伺いしておりましたが……ああ、いえ。参加者の証をお持ちでしたか、失礼いたしました」
すれ違う使用人が恭しくお辞儀をする。
今日この瞬間だけは、バラさえあれば不審者ではない。不法侵入は正規の入場であると上書きされる。
「ええ、久しぶりですねガークさん」
「途中参加組でしたか。どうぞごゆっくり」
「残念ながら、あまりゆっくりしているわけにもいきません」
悲し気に首を振り、青年は広間の扉に手をかけ、瞳に焔を燃やす。
「彼女の婚約者が誰なのか。それを万人に、絶対的に見せつけなければならないのでね」
──ロイ・ミリオンアーク、参戦!