TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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INTERMISSION24 婚活バトルロワイヤル(後編)

 二人の王子が、険しい表情でこちらを見る。

 当然だろう。直球の叛逆だ、気分はルルーシュである。絶対遵守のギアスが使えれば話が違うんだが、残念ながらコードユーザーと出会えてねえ。

 

 

 条件はすべてクリアしました。

 あとはチェックをかけるだけですわ……!

 

 

日本代表 まだブラックリベリオン諦めてなかったのかお前

無敵 自分をルルーシュだと思い込んでるスザク

red moon お前のルルーシュ要素は目論見を粉砕された時死ぬほど情けない声を上げるところだけや

 

 

 こいつら頑なにわたくしがルルーシュであることを認めようとしないな。

 なんだ? 黒の騎士団に親でも殺されたのか?

 っていかんいかん、こんなアンチコメに構っている場合ではないのだ。頭を振って思考をリセットする。

 

「この瞬間に王城を破壊することもできますわよ」

「よく言うな。父上には勝てないだろうに」

「勝ちます。百回やって数回は勝ちますよ。そしてわたくしはその数回を最初に引きます」

 

 表情も声色も意図的に冷たくする。

 数回を最初に引く、完全なハッタリだ。わたくしが百回やって数回勝てると分析するのは、百回やりながら向こうの手札を把握することを前提としている。要するに殺し合いでは勝てる気なんて全然しねえのだ。

 

「……ブラフですね。貴女にしては後先を考えてない。衝動的な行いでしょう」

 

 グレンの言葉に、肩がはねそうになるのをギリギリでこらえる。

 視線は鋭く、とにもかくにもスタンスを崩さない。別に追放されてわたくしにデメリットなんてないんだ。メリットしかない。だがサードライフに行く前にリンディの実家の野望をぶち壊す。それだけだ。

 いや、心残りがないわけではないが……

 

「おい、気にするな。攻撃行為ではない、極めて高度な政治的判断を必要とする会話だ。相手はピースラウンドなんだ、分かるだろう? みんなも離れてくれ」

「そういう感じです、はい解散解散」

 

 わたくしが思い悩んでいる間に、王子たちが扉の外に声をかけていた。

 

「え、ちょっ……えぇ……」

 

 護衛たちの気配が即座に離れていく。

 いやいやいやいやいや。

 あの、ここまでしてまだ罪に問われないとなると、いよいよ本当に前歯全部折るぐらいしかなくなるんだけど……

 

「勘違いするなよ。お前に対しては甘く接する、だのとは考えていない……俺はお前の、その決意に報いたいと思っただけだ」

「私は思いっきり甘やかそうと思ったので許しました」

「グレン、お前本当に黙っててくれ」

 

 愕然としているわたくしに対して、王子二名がなんか言い訳を始めている。

 ま、まあいいか。目論見その1は粉砕されたが、目論見その2が本命なのだ。

 

「では……」

「ああ。俺たちも全てを知っているわけではない。だが知る限りは教えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 自称悪役令嬢と王子の密談が始まった頃。

 パーティー会場は、バラの押し付け合い、あるいは奪い合いの機会を伺いつつも盛り上がっていた。

 

「ああ。入学する前の御前試合で二百戦無敗というのは恐れ入るよ」

「確かウェスト校に進学したミリンクラ嬢に完勝したんだろ?」

「あそこは本校に対抗心を燃やして、入学前から特待生には特別サポートをしてるっていうのにな」

「ジュニアユースの代表チームになった時に、彼女の練習にチームメイトが誰もついていけなかったらしいよ」

 

 こちらのほうが下調べはしているぞ、という威嚇が飛び交う。

 貴族たちが穏やかな表情で火花を散らすその真っ只中に、突然、給仕服の少女が現れる。

 

「フフン」

「うわっびっくりした」

「なんでこの給仕さんが誇らしげなんだ?」

「君、礼儀を知らないのか」

 

 闖入者に貴族たちが渋い顔をする。

 だが給仕は何故か自慢げに語り始める。

 

「マリアンヌさんは入学後も授業では座学実技共にトップクラスです。私はそれをずっと横で見ていますからね。彼女の得意だけでなく実は苦手にしているものも知っています。あなたたちとは格が違うんですよ」

「マウントの優先度が高すぎるだろ」

「君マジで礼儀を知らない?」

 

 給仕であるはずの相手に圧倒され、貴族たちがたじろいだ。

 一人の若い女性が前に進み出て、給仕に反論する。

 

「べ、別にだからなんだっていうのよ。相手を知らなくたって……」

「相手が誰なのかを知らないと、痛い目に遭うんですよ」

 

 気づけば若い女性のバラが、給仕姿の少女の手の中にある。

 どよめく貴族たちの前で、彼女はさっとシートで顔を拭いメイクを剥ぎ取った。

 あらわになった素顔を見て、貴族たちがあっと声を上げる。

 

「じ、次期聖女様────!?」

「勉強になりましたね?」

 

 ユイ・タガハラが、給仕服姿でそこにいた。

 想像だにしなかった相手を目の当たりにして、広間がざわめく。

 いいや。空気が変わっていく。マリアンヌ・ピースラウンドという特上の獲物を狙っていた野心に燃える若手貴族が、それに匹敵する相手を見つけ気炎を立ち上らせている。

 

(……話になりませんね。私程度で目移りするなんて。もしも彼以上の逸材がいればその時は、と思っていましたが。やはり当面は彼に任せて──)

 

 自分が視線を集める現状にユイが鼻白んでいた、その時だ。

 かつん、と音がした。

 

「やれやれ……マリアンヌの婚活と聞いたが。これでは拍子抜けだ」

 

 かつん、かつんと、床を革靴が叩く音。

 知らずのうちに身体が動く。

 彼の通る道を空ける。

 

「もしものことがあればこの手でと思っていたが、逆に肩透かしだ。良かったねユイ、僕らの共同戦線は当面維持になりそうだ」

「……ええ、そうですね」

 

 豊かな麦のように輝く金髪を撫で付け、彼は広間の中央に佇む。

 マリアンヌ・ピースラウンドの婚約者にして、名家ミリオンアーク家の嫡男。

 ロイ・ミリオンアークが、なんか勝手に来ていた。

 

「安心してほしい、ユイ。僕は今日、このパーティーを終わらせに来たんだ」

 

 新雪のように真っ白なスリーピーススーツ。ブラックカラーのシャツにワインレッドのネクタイを締め、一切の隙を見せない完璧な服装。

 金色のカフスが照明に輝くが、そのうち1つはルビーを嵌めた紅色だ。

 

「ロイ君、見ない服装ですね。正装ですか」

「マリアンヌをモチーフにした服だよ。君たちとは気合が違うんだ」

「よくそれで王城に侵入できましたね……」

 

 招待状が届いたところで、心に決めた相手がいるのだから参加などするはずがない。

 だが肝心の相手が参加するとなれば話は別だ。

 

「君もマリアンヌにバラを渡したいんだね」

「ああ……すみません、逆です。私はマリアンヌさんからバラを渡されたいんです」

「なるほど、これは失礼した」

 

 ロイは頷き、すぐそばにいた若手貴族の胸ポケットから瞬時にバラを抜き取る。

 

「だけど、僕らのやるべきことは変わらないね」

「そうですね」

 

 ユイもまた、最初に掠め取ったバラをポケットに入れると、呆然としていた他の貴族のバラを目にも留まらぬスピードで奪い取る。

 

「バラは3本しか残しません」

「僕のものと、君のものと、マリアンヌのもの……だが、最後には二本になる」

「無論です」

 

 メシャリ、とユイの手の中でバラが握り潰される。

 ジュッ、とロイの手の中でバラが焼け焦げる。

 

「委細承知しました。まずは露払いですか」

「楽勝だろう?」

 

 広間の空気が冷えたものになっていく。

 貴族というのは、即ち魔法使いである。特に若手の面々はマリアンヌの影響を受け個人の武力を鍛える傾向にあった。

 そんな一同が、明確に、ユイとロイを囲む形で位置取りをしていく。

 

「前菜にしては多いですね」

「少食だったかな?」

「メインディッシュが待ち遠しいですよ」

「同意見だ」

 

 広間に満ちていた魔力が収束されていく。

 火花を散らすほど凝縮されていく空間に、ユイとロイは不敵な笑みを浮かべた。

 

「楽しみだね。このロイ・ピースラウンドに勝てる人間がいるかどうかを確かめてあげよう!」

「まだロイ君はピースラウンドではないんですけどね」

 

 広間を舞台に、大乱闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハートセチュア家に限らないが、極めて高度な魔法研究を行う場合、多くの家は秘密裏に研究を行う」

「まさにピースラウンド家もそうですね」

「そりゃそうですわよ」

 

 王子二人の言葉に雑に頷く。

 いちいち研究内容とか話してられっかよ。

 わたくしだって学生寮の自室で禁呪の魔法を突き詰めている。これは報告したら死罪である。これを例外としても、別に他の家が法に違反する魔法研究をしていても不思議じゃない。

 

「我々としてもよっぽどのことがない限りは調査など行わない。自由な研究が発展を支えるからな。もちろん内容を申請して審査をパスすれば援助金を出す制度などもあるが、これを利用すれば逆に金が足りていないと宣言するようなもの。効果はあまりなかった」

「……それで?」

「ハートセチュア家は、王国憲兵団による調査の対象となっています」

 

 へえ、つまりはそのよっぽどのことがあったわけか。

 視線で続きを促すと、グレン王子が重苦しい声を絞り出す。

 

「……ハートセチュア家には……魔法研究の過程で、国土の不法占拠、誘拐、大量虐殺の疑いがかけられています」

「え? ……ええええ!?」

 

 思ってたよりしっかりやってんじゃん! ヤバいことを!

 

「東部海岸から船で半日ほどの距離にある小島が、ハートセチュア家が買い上げた後、現地民が全員本国に移住したと申請されています」

「追い出したと? ですが機密実験ならばあり得ない話では……」

「ああそうだな。引越し先がどこも無人でなければ俺たちも疑いはしないさ」

「……!」

「そもそも小島の買い上げに関しても、憲兵団が調査の結果限りなく黒に近いグレーだと報告しています。正規の手順で申請されてはいますが、当人間で合意があったかどうかが怪しいんです」

 

 え? え? え?

 ヤバすぎんじゃん。

 もうリンディわたくしの養子にしていいか? マジで関わってほしくねえ……ああでも長女か……

 わたくしが渋い顔をしていると、王子たちがそれ以上の渋い顔をする。

 

「あんまり言いたくないが、お前も大概だぞ」

「ピースラウンド家は憲兵団の調査対象としてぶっちぎりの一位でしたよ。ただし貴女が禁呪保有者だと判明し、なおかつ国王陛下の管轄下と分かって解除されただけです」

「えっ? 初耳なんですけど」

「……今まで調査に出していた密偵の報告を精査した後、兄上が記憶操作の可能性があると言って解呪しようとした結果、仕掛けられていたセキュリティが発動して任務開始直前までの記憶が吹っ飛びましたからね」

 

 なにそれこわい。

 記憶消去系の魔法は禁呪とは別枠での法に反する魔法、王国の認可がなければ発動しちゃいけないはずなんだけど……お父様はさあ……

 

「とにかく、ハートセチュアに関してはグレーを通り越してクロだと睨んでいる。だが手出しは未だできていない」

猟犬部隊(ハウンドドッグ)翼竜部隊(ワイバーン)を筆頭に多くの武装部隊を私有していますからね。本気で取り組もうとするなら……武力で潰すしかない」

 

 グレン王子の声が低くなる。

 怖がらせようってわけじゃない。言葉にせずとも意図が伝わるのだ。

 王国は、それを現実的なプランに据えているぞと。

 

「……待てて、数年だ。お前が卒業する前には、ハートセチュアにメスを入れなければならない」

「ッ! 待ってください、ハートセチュア家の戦闘用先進魔導器(アサルト・アーティファクト)は、王国の輸出品として経済を支えているはずです。それを切り捨てると?」

「意外ですね。この国は実利より理念を優先しますよ?」

「それは……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。分からないとは言わせないぞ」

 

 ルドガーの言葉に視界が揺らぐ。

 正しくなければ意味がない。わたくしだって分かっているし、極力外道には手を染めないよう気をつけていた。隠すつもりもなく、声高に叫び続けていた。

 

 だから、だっていうのかよ。

 

 

第三の性別 だからお前は悪役令嬢として駄目駄目なんだよな

太郎 にしてもハートセチュア家、このタイミングでもう睨まれてるのか……お嬢の影響、なのか?

鷲アンチ 違うと思う。原作と比べてアーサーが強すぎるんだよ……ハートセチュアに対して危機感を持った上で軍拡をしてる

トンボハンター 原作よりあらゆるキャラが強くなって、賢くなってるからな。はっきり言うと原作レベルの陰謀は全部潰されそうな気配すらある。まあ陰謀の方もグレードアップしてる感じがあるから成立してるんだけど

 

 

 ヒーローが強くなればヴィランも強くなるってか。

 冗談抜きに週刊世界の危機なんだよ。勘弁してくれ。

 

「どうするつもりです。まさか本家に殴り込みをかけたり……」

「待ちます」

「!」

 

 わたくしの言葉に王子二名が驚愕する。

 事態を即座に収拾しようとするのではないか、と思っていたのだろう。

 

「あの子は……わたくしが、強がった時。見逃してくれました。本人が大丈夫と言うなら大丈夫と見なすと、言ってくれました」

「それは……」

「無論、行動を起こさなければならないと判断できたら行動を起こします。ですがそれ以上に、わたくしは彼女の意思を尊重したいと思います」

 

 ベルゼバブと一緒に行動していた、ミュン・ハートセチュア。

 彼女のことを使い魔を送って伝えた──あの、赤茶色の髪の追っ手についても話した──ところ、リンディは、そう、と一言だけ言って通話を終えた。

 入って来るなと言う拒絶。ならドアの前で待ってればいい。向こうの様子がいよいよヤバそうになれば、蹴破ってしまえばいい。

 

「いいのか」

「ええ」

 

 これは直感だが……下手なタイミングでは、助力すら彼女を追い詰めてしまう予感がする。

 だから今はこれでいいと、思う。

 

「わたくしの大切な友達は、そんなに弱くありませんので」

「……ふっ、だろうな」

 

 きっといつか、事を構えるときはくる。

 その時に伸ばされた手を掴んで離さない。わたくしのやるべきことはそれなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「にしても長居してしまいましたね」

「実りある時間でしたでしょう?」

 

 広間に戻りながら、ルドガーは胸元のバラを微妙そうな顔で見ている。

 

「今日も賑やかしで終わってしまったな。グレンや兄上はともかく、せめて俺ぐらいはそろそろ婚約者を決めておきたいところだ」

「あら、意外と結婚願望をお持ちで?」

「業務上の都合だ。外交では奥方がいるかどうかを無視できない」

「なるほど、大変そうですわね……」

 

 そこのメガネはにこにこでわたくしを見てるだけだしな。

 お前も真面目に婚活しろよ……

 

「せっかくの三人兄弟なのですから、第一王子殿下も参加なさればいいですのに」

「……三人、か」

「?」

「ああ、いや。何でもない。兄上は裏方が性に合うそうでな」

「第一王子に求められるものとは真逆の気質ですわね……」

 

 嘆息しながら、広間に出る。

 会場は半壊していた。

 は?

 

「……さすがは強襲の貴公子。名に偽りなしですね」

「分かってはいたが、強いな君は……!」

 

 そこらじゅうで貴族たちが気を失い倒れている、戦場の真ん中。

 給仕服姿のユイさんと、キメキメの服装のロイが相対している。

 大体全部分かった。

 

「……! マリアンヌさん!」

「遅いお帰りだったね。殿下たちと一緒ということは、大事な話をしていたのかな」

 

 二人がこちらをちらりと見て、略式の平伏の姿勢を取る。

 背後でルドガーとグレンが絶句していた。

 いやそりゃそうだろうな。何があったのかを全部分かってしまえる分、タチが悪い。

 

「……なるほど、なるほど。最終決戦の最中でしたか」

「はい。邪魔者は全員潰しておきましたよ!」

 

 それが原作主人公のセリフか?

 地獄絵図を前にさすがのわたくしも立ちすくむ。その刹那をロイは見逃さなかった。

 

槍を象った稲妻が(light wing)喉元深くに突き刺さり(right sting)お前の息の根を止めるだろう(write ending)

「しまった!?」

 

 彼の足元から床を走った雷撃がユイさんに命中し、動きを加護の鎧の上から押さえ込む。

 

「くっ……! 脳に祝福をかけるべきでした……!」

「悪いね、ユイ。だけど譲れない」

 

 脳に祝福ってすげえ怖い言葉が聞こえてきた。宗教かな?

 ユイさんの横を通り過ぎ、ロイが微笑みながら、わたくしにバラを差し出す。

 

「マリアンヌ。受け取ってくれるかな」

「受け取ったところで既に婚約済みですが……今さら必要ですか? こういう形式的なもの」

「…………」

 

 腕を組んで指摘すると、彼は目をしばたたかせた後、天井を仰ぐ。

 

「……そういうの……不意討ちで言うのは……やめてほしい……」

 

 どうしたんだろうこいつ。

 まあいいや。ボディがガラ空きだぜ。

 わたくしはバチリと流星の紫電を散らして、即座に踏み込む。

 

「悪役令嬢空中前パ────ンチッ!!」

「ぐばぁっ!?」

 

 超スピードで突撃し、ロイの腹部に思いっきり膝をめり込ませ、ふっとばした。

 半壊していた壁に激突し、婚約者の姿が瓦礫の中に消える。

 

「フン! 百人組手でイキられても困ります! 対人戦の読み合いこそが本質、空中で膝を当てられないやつから死ぬ! それがスマブラですわ!」

「スマブラってなんですか??」

「被害を拡大させるのやめろ」

 

 王子たちに渋面でたしなめられた。

 うるせえよ。もうこうなったら割り切ってスマブラするしかねえだろ。

 

「……ともかく、手間が省けました。あとは私がマリアンヌさんのバラを奪い取れば終わりですね」

 

 やべっ、本当にキャプテンファルコンみたいなやつがいる。

 完全に修羅の覇気を身にまとっているユイさんにガン見され、さすがのわたくしもたじろぐ。

 

「無刀流──絶・破」

 

 踏み込みが足りすぎ!

 まばたきした瞬間に間合いが死んでるんだけど! お前タイミング計っただろ!

 

「くっ、ジャスガ!」

 

 足元に倒れていた貴族の身体でガードする。

 衝撃の大半は吸収してもらった。人体破壊に特化しているのなら、別の人体を活用すればいい。

 

「げびゃ」

「うわ、汚っ」

 

 耳から血を噴き出した貴族を投げ捨てる。

 二撃目が来る前に、わたくしはバックステップで距離を取った。

 

「考えましたね……ですが、そう続きますか?」

 

 足元にもう貴族が転がってないから、あとは王子たちしか肉の盾が残ってねえ。

 どーすっかなーと視線を巡らせると、そういえばまだ無事にバラを保持している王子二名、その中でもルドガーと視線が合う。

 

「あ」

「? ……おい、待て、本当にやめろ」

 

 第二王子が何かを察知したらしく、両手を突き出してわたくしを拒絶する。

 防御が甘いんだよ。

 

「はいどうぞ」

 

 わたくしはニコニコと笑いながら彼の両腕をすり抜け接近し、手に持っていたバラを、ルドガー殿下の胸ポケットに差す。

 

「似合いますわね」

「お前本当に最悪」

 

 ルドガーは顔面蒼白で呻いた。

 残念ながらこれでチェックだ。

 

「なるほど……」

 

 瓦礫をどかして立ち上がり、全身から紫電を散らす強襲の貴公子が。

 

「そういう事ですか……」

 

 首を鳴らしながら加護の光を撒き散らす次期聖女が。

 

「読めましたよ、完全に……!!」

 

 莫大な魔力にマントをはためかせる第三王子が。

 

「…………」

 

 全員揃って、ルドガーにヤバい視線を向けている。

 

「今どんな気持ちです?」

「……あーそういうことな。完全に理解した」

 

 彼は諦めたように笑い、それから、わたくしに向け、ビッと親指を下に向けた。

 

「地獄に落ちろ」

「そっちで待っていてくださいな」

「ああああああああああああああああ!!」

 

 スマブラが1vs3になった。

 飛び交う魔力光やら拳やらをくぐって、わたくしは残っていたテーブルの上からミネラルウォーターのグラスをくすねる。流石に喉が渇いた。

 

 ちなみに『地獄』って世界の裏側だから、死ぬわけじゃなくて、地獄に落ちて悪魔に殺されろって意味なんだよなこっちだと。

 残念ながらわたくしは地獄に落ちたところでルシファーとスマブラやって終わりだから、あんまり罰になんないだろうなあ。

 

 そんなことを考えながら、わたくしは必死の形相で三人の猛攻を捌く(え? 強くね?)ルドガーを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれがマリアンヌ・ピースラウンドさん、っすか」

 

 二階のバルコニーから会場がめちゃくちゃになっているのを眺め、第一王子は頭を抱えていた。

 彼の隣には、詰襟をきちっと着て制帽をかぶり、メガネをかけた白髪の青年が佇んでいる。

 

「アーくんも興味があるんすか?」

「……俺如きを相手に敬語は……」

「いやいや。()()()()()()()()()じゃないすか。たとえ王位継承権を剥奪されたとしても、お兄ちゃんはお兄ちゃん、弟は弟っすよ。継承権なんかが関係の全てじゃない」

「……兄さんのそういうところは苦手だ」

 

 詰襟姿の青年は首を横に振る。

 

「それと、興味があるわけじゃない。仕事で少し、ね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。兄さんも知ってるはずだ」

「うーん……やめとけって言ったんすけどねえ……一応アーくんにも言っとくけど。敵に回したらだめっすよあの子。勝ち負けをちゃんと詰めるだけ無駄っていうか、どんだけ戦力を揃えても、最後はこっちがズタズタにされる感じがあるんで」

「兄さんにそこまで言わせるのか」

「うん。だから仕事とはいえ、気を付けてくださいって感じすね」

「……承知しておくよ」

 

 眼下の元パーティー会場では王子を巻き込んだ鬼ごっこが続き、それを眺める令嬢がそこです! 殺しなさい! だの物騒なことを言っている。

 メガネのレンズ越しに、青年はじっと、マリアンヌを見つめていた。


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