間違ってるところあったら感想でめちゃくちゃ馬鹿にしてください、靴舐めながら修正します
月がドカンと浮かぶ喧噪まみれな夜。
王都のある区画にある繁華街は普段通り、飲み潰れた成金やカジノで負けた貴族でごった返している。
いいや──今夜だけは違う。
「裏を固めたか!?」
「ふざけやがって!」
機動性を重視した鎧を着こんだ騎士が走り回る。
第13区画のカジノ『フューチャーヴィジョン』から火の手が上がり、建物も三棟からなるうち一棟が半壊状態。
押しかけた人々は、しかし破壊の跡ではなく別のものを見ている。
「くふふっ」
そう──ビルの屋上に佇み、サーチライトに照らし上げられる
「くふ、ふふ……くは。くはははははははははははははっ!!」
眼下に並ぶ騎士たちや野次馬を見下ろし、わたくしは哄笑を上げる。
「皆々様ようこそいらっしゃいました! 本日はこちらのカジノ、『フューチャーヴィジョン』から華麗にお宝を盗み出してみせましょう!」
そう叫び、顔の上部を覆う
人差し指をぴんと伸ばし、わたくしは夜空を指さした。
「ピースラウンド仮面!」
そして。
わたくしの右隣で、腕を組み、同様に仮面をつけた美女が不敵な笑みを浮かべている。
彼女は片手の親指と人差し指で銃を象って、それを頬のそばに寄せて告げる。
「レーベルバイト仮面1号!」
次に左隣。
わたくしたちを信じられないものを見る目で凝視する仮面の男がいた。
「なんで二人とも名乗りキメキメなんだよ頭おかしいんじゃねえか……!?」
「いいからさっさとやりなさい」
「ぐ……! れっ、レーベルバイト仮面2号……!」
三人が名乗りを上げ、群衆たちが喝采を上げる。
「ピースラウンドにレーベルバイトだって!?」
「あいつら、怖いもの知らずだ!」
ふふん。仮面の機能は問題なく稼働中か。
視線を浴びて気持ち良くなっていると、群衆をかき分けて数人の顔見知りが前に出てくる。
「その名を騙るとは──無謀か、それとも自棄か、あるいは自信の裏打ちか。果たしてどれなのかは取調室で聞かせてもらうぞ」
漆黒の鎧を纏った、竜殺しジークフリートさん。
「現れましたね、仮面の怪盗団……お覚悟を」
鹿撃ち帽にインバネスコートを着た、名探偵っぽい服装のユイさん(目はマジで据わっている。怖い)。
「犯罪者であることを抜きにして君の人生を完全に終わらせる。今日、ここで」
同じく名探偵服のロイ(目に殺意しかない。本当に怖い)。
「できますかァ!? アナタたちに! フッハハハハハハハハ!!」
ヤケクソ気味に叫ぶ。正直ここまで鉢合わせるとは思っていなかったというかなんというか。
「……ジェシーさん、これ大丈夫だと思うか?」
「まあ、なんとかなるでしょう。プラン自体はしっかり組んでるし……」
レーベルバイト仮面1号2号が何か小声で話す中。
天を指さしながら、わたくしはマジで冷や汗が止まらなかった。
ユイさんとロイはなんとか撒けるとは思うんだけど、ジークフリートさん相手はちょっと厳しいんだよなあ。トホホ…………
さて。
わたくし、マリアンヌ・ピースラウンドがこんなふざけた仮面をかぶり、こんなふざけたことをする羽目になったのには、深い深い理由がある。
いやもー……本当に、深い理由があるのだよ。まったく。
配信中です。 | 上位チャット▼ 〇苦行むり これがスタイリッシュ怪盗アクションゲーですか 〇TSに一家言 何なんすかねこれ 〇木の根 毎回サブクエばっか効率プレイやってんな 〇ミート便器 なんで原作主人公たちが探偵役やってるんですかね…… 〇第三の性別 もともとロイは探偵やるから、多少はね? 〇鷲アンチ ユイとロイもうこれコスプレ担当だろ 〇適切な蟻地獄 お嬢の方がコスプレしまくってる定期 〇つっきー オリ主が一番立ち絵パターンあるのおかしいだろ 〇トンボハンター でも嬉しいだろ 〇みろっく このサブクエ、報酬がおいしいとかあるの? 〇外から来ました 全然ない 〇日本代表 別ゲーになるから人気があるっていうだけ 〇無敵 まあ普段から別ゲーやってるし誤差だよ誤差 〇日本代表 それを言ったらおしまいなんだよなあ |
【夏と言えば】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【怪盗団!】 1,352,442 柱が待機中 |
怪盗団が現れた当日、日中。
「──以上の点から、我々ジークフリート中隊は、王都第13区画にあるカジノ『フューチャーヴィジョン』に関して違法な経営が行われている、と疑っている。治安維持の面からこれを見逃すことはできない」
王立魔法学園の迎賓館。
今は隣国の第三王子であるユートを警護するため、ジークフリート中隊のメンバーが貸し切っている屋敷だ。
その客間を作戦室代わりにして、中隊隊員らが額を寄せて唸っている。
「入口は人目が多すぎますね」
「裏口は抑えられてるな」
「六階建てなら横方向からの侵入がベストでしょうか」
隊員らが意見を口にするが、会議を進行している副隊長は首を横に振る。
「我々が実際に踏み込むためには、裏取りが必要だ。無論、裏取り出来次第の突入プランも後で考えるが……今はその前提を整える必要がある」
副隊長は、そこで広間のソファーに腰掛ける一組の男女を見た。
「なるほど。警護は完璧。だからこそ、内部へ入るには第三者の協力が必要なわけですね」
ガンクラブチェック柄のインバネスコートを着込み、鹿撃ち帽をかぶった青年がいた。
ここにパイプも加えれば、遠い遠い平行世界にて最も有名な名探偵のイメージ図とまったく同じ姿になるわけだが、残念なことに彼は未成年である。
「……ミリオンアーク家がこういった探偵事業も行っていたとは驚きました。外注ということになるわけですが、仕事を受注してもらうからには、学生扱いはいたしません。いいですね?」
「ご安心ください! ロイ君──いいえ。ロイ先生の手にかかれば、解決は約束されたも同然ですから!」
黒いセミロングヘアを跳ねさせ、ロイ探偵と同じコスチュームを着たタガハラ助手が頷く。
「お二人にはカジノの客として内部に潜入してもらい、違法経営……すなわち、法外な賭け金を扱う闇賭博の証拠を掴んでもらいます」
「はい。皆さんは外で待機しているわけですよね……ジークフリートさんは?」
タガハラ助手がメモを取りながら質問をする。
副隊長は重い息を漏らし、カジノの見取り図を広げたテーブルを指で叩いた。
「我々が捜査中の『フューチャーヴィジョン』から、警護の依頼が来ていまして」
「えっ……? どういうことですか?」
闇カジノが騎士団に庇護を求めるとはどういうことか。
苦い表情で副隊長が口を開く。
「数日前、カジノに対して、予告状が届いたんです」
一人の騎士が、テーブルの隅に置かれていたメッセージカードを探偵と助手に見せる。
『予告します。アナタのお宝、いただきますわ!
ピースラウンド仮面より、愛をこめて』
署名の隣に記された日付は今日のものだ。つまり、今日が怪盗の現れる日である。
探偵と助手の表情が変わった。
「お二人にとって無視できないものだとは思います。そしてこれは騎士団としても見過ごせない……怪盗による予告です、隊長はその警護のため駆り出されました。我々にとってもまったくの予定外ですが……同時に、またとない好機であるとも考えます」
副隊長が見取り図を指さす。
「今晩は正面入り口を、ジークフリート隊長と選抜した部下三名が固めます。おそらくカジノ側も怪盗に気を取られているでしょう。そして、この怪盗団は必ず来る。
とはいえ、ピースラウンド仮面なるグループの存在は初耳だ。
そんな連中を何故グレン王子が知っているのかは……審問会関連だろうと判断し、それ以上は踏み込まなかった。
「我々の役割は怪盗の捕縛です。そこを足掛かりにしてカジノ側の信用を得て、隙を作りたい。もちろん、騒ぎに乗じて違法経営の証拠を押さえられたら上々です。そこの判断はプロとしてお二人に委ねます」
全体の流れを説明し終え、副隊長は咳ばらいを挟んだ。
「ですが。相手はピースラウンドを名乗っています。ピースラウンドさんと親交のある二人に、それを対処せよと言うのは酷かもしれませんが……」
「大丈夫ですよ。ロイ先生は依頼に私情は持ち込みませんから! ねっ、先生」
「……せない……許せない……僕以外がピースラウンドを名乗るなんて、あってはならない……絶対に潰してやる……」
「これ私情通り越して私怨じゃないですか?」
「? 下されるべき裁きというのはありますし、私も同意見ですよ?」
「あっ、ふーん」
副隊長の瞳から光が抜け落ちた。
明らかな人選ミスに今更気づいたのである。
「裏カジノについて調査してほしいという依頼なので、殺人事件を起こしてほしいわけじゃないんですよね」
「任せてください」
「何を? 殺人事件ですか?」
二人は完全に殺る気だった。
爆弾を抱え込んだことに気づき、副隊長は愕然とする。
「……役目は分かっています。カジノの調査をしつつ、怪盗団をさつが……捕縛する。その過程でカジノにも探りを入れる。高難易度のミッションだ。ですが僕たちはプロフェッショナルでもある。任せてください」
「プロフェッショナルは捕縛と殺害を言い間違えませんよ」
ロイが冷静な声で依頼をまとめたが、本当に大丈夫かどうかはかなり怪しかった。
「ところでお二人は、何でその服装を……?」
「私も知らないんですよね……」
「ミリオンアーク探偵事務所の存在を知ったマリアンヌが勝手にデザインして勝手にオーダーメイドで作ったんだ。本当に何なんだろうね」
「あと、そもそもタガハラ様がなぜ助手を……?」
「色々あったんですよ。夏休み中にマリアンヌさんと一緒にキャンプに行こうってことになって、ロイ君と二人で下見に行ったらわらべ歌になぞらえた殺人事件に巻き込まれてしまってそれを二人で解決したりとか……」
「あっこの間憲兵団に話を引き渡したあれですか!? 当事者だったんです!?」
一応、そういうことがあったらしい。
そして日が沈み、繁華街に明かりが灯る夜を迎え。
「レイズ」
「……ッ」
カジノ『フューチャーヴィジョン』の賭場は今、一人の少女がギャラリーの注目を一身に浴びていた。
どかんとテーブルに置かれるチップの山を見て、対戦相手の表情がこわばる。
ディーラーはその額を素早くカウントしてから、微笑みを浮かべる。
「ではレズということで」
「レイズをレズって言い間違えるの、今すぐディーラー辞めたほうがいいのでは……」
数秒の沈黙を挟んで、最後に残っていたプレイヤーも
少女は深窓の令嬢と呼ぶにふさわしい微笑をたたえ、場に出ていた賭け金を総取りしていく。
「嬢ちゃん、手を見せてもらっても……?」
「え? ああ、いいですわよ」
最後まで粘っていたプレイヤーの前で開示されたのはスペードのフラッシュ。
それを見て打ちのめされ、プレイヤーはうなだれた。
(この女馬鹿か? 賭場での遊び方がまったく分かっちゃいねー……)
既に少女の背後には、数人の黒服が待機している。
明らかにマークされていた。
長い黒髪に真紅眼の少女はまだ学生程度の年齢だろう。だが年齢さえ満たしていれば、学生でもカジノには入れる。最初に両替できるチップの量こそ制限されるが、そこから先は自己責任だ。
(ビギナーズラックじゃねえのは目を見てわかる。こいつは勝負師の目だ)
ギャラリーの中に混じって勝負を見守っていた男は、少女が相当の手練れであることを見抜いていた。
可憐な外見に騙されていては、ギャンブラーは名乗れない。
(
肩を落として席を立つプレイヤーと入れ替わりに、男は席に着いた。
ディーラーと目配せをする。知った顔だ。
なぜなら男は、カジノに雇われた、潰し目的のイカサマプレイヤーだからだ。
(……だからこうして、俺みたいなやつの集金対象になる……)
「それでは、お配りします」
ディーラーが軽やかな手つきでカードを混ぜ、プレイヤーごとに二枚ずつ配っていく。
この卓は一般的なテキサスホールデムポーカーを行う卓だ。
本来ポーカーとは五枚の手札でハンドを組んでいくゲームだが、テキサスホールデムでは手札は二枚。
そして場に合計五枚のフロップカードを並べる。
このフロップカードは全プレイヤー共通の手札であり、自分の二枚のスターティングカードと組み合わせて最高の手を作っていくことになる。
無論、フロップだけで手ができてしまうこともある。だがあくまで共通カードだから、それでは勝負がつかない。
(……そして今回は、俺とこのアマが特段に
男はちらりと少女の手札を見た。
カジノは金を持っている人間、つまりは貴族たちの集まる場所だ。
そして
(このカードは特注の、魔力を用いたイカサマカードだ。魔力に反応して柄が変化し、全部透けて見えちまう……だがお前の手を離れれば裏面は元通りになる)
ディーラーが張り付けた笑みでカードを配っていく。
全員の手札を確認して男はほくそ笑んだ。
(完璧な仕事だな。この女はKが2枚、簡単には降りねえ。一方の俺はAとJ……ほかの連中はゴミ手か……)
自分の2枚の手を確認して、プレイヤーたちは順番に行動を選択する。
様子見のチェックや上乗せのレイズなどが飛び交った後、ディーラーがフロップカードを場に出す。
最初に3枚が開示され、あとは一枚ずつ開示されていく。
「あら……」
場に出たフロップカードを見て、少女が声を漏らした。
フロップカード三枚はAAK。この時点で少女はAとKのフルハウスが確定。これで負けても悔いはないという勝負手だ。
(そうだ! お前は勝負手を持つ……だから降りない……降りられない……! それが破滅へつながる道とも知らずに……!)
男はほくそ笑みながら、レイズを宣言した。
「フォーカードの確率?」
「カジノに向かうんだ、知っておいて損はないはずだよ」
馬車の中で、名探偵服のロイが外を眺めながら助手に語りかける。
カジノへと向かう共同馬車である。
「有名なのはストレートフラッシュやフルハウスだが、ポーカーにおいて二番目に強い手はフォーカードだ。これはフルハウスすら駆逐する威力を持つ」
「そんなにすごいんですね……えーと……0.3%、とかですか?」
「0.168%だ」
「そんなに……!」
同じ目的地だから、話が通じる。
向かいに座っている燕尾服姿の貴族たちも頷いていた。
「ええ。ストレートフラッシュは目指すのも難しいですが……例えばフロップ3枚とスターティングの組み合わせでスリーカードなんてできてしまえば、期待してしまいますな」
「あと一枚場に出たらフォーカードですからね、これはオイシイとなって……まあ、降りられなくなってしまうのですよ」
ハハハ、と笑う貴族たちに、タガハラ助手は愛想笑いを返す。
降りろよ、という感想しかないわけだが……彼女のような初心者こそ降りない。勝負手なら、負けても悔いはないと思ってしまう。
あるいは、これで負けるのなら、相手はどんな手なのか、と確かめたくなってしまうのだ。
「一般的にテキサスホールデムポーカーでは、フォーカードが成立することはほとんどない。共通五枚と自分の手札二枚だから、実質的な手札は七枚。そのうち四枚を同じカードで揃えなくてはならない。同じ場でフォーカード同士が激突するのなんてありえないと言い切っていいわけだ」
「え、でも例えば、フロップに同じカードが三枚、それぞれの手に一枚ずつなら……」
「同じ数字が五枚並ぶね」
「あ、そうですね……」
いかにも初心者らしいミスに、ロイ探偵は苦笑する。
「ただまあ、めったにないけど、ジョーカーを入れて行うのなら成立はする。そしてもしもフォーカード同士でぶつかり、数字のクラスすら同じなら、自分のスターティングカードのうち低い方同士を比べて勝敗を決する」
「そこまでいって負けちゃうと悔しいですね……」
「心配いらないよ、フォーカードなんて出ないんだから」
「むっ。そんなこと言わなくてもいいじゃないですか」
頬を膨らませる助手をなだめ、名探偵は説明を続ける。
「フォーカードが成立するとすれば、それはよっぽどの天運を持っているということだ。ビギナーズラックだけでは到達できない場所だよ。あるいは……」
「あるいは?」
助手の純粋な疑問に。
探偵は周囲の様子を伺った後、声を落とした。
「ディーラーがわざと渡したか、だ」
「……!」
賭場がどよめきに揺れている。
場に出ているカードはAAKと驚異的なハイカード群。
プレイヤーたちがレイズを、あるいはフォールドを宣言していく。賢いものは、熱狂に飲まれる前に降りる。それができない人間は、明らかな致命傷を負う額になってから、やっと自分がチキンレースの端役であることに気づく。
場に載せられたチップの数が釣りあげられていく。
(いいぞ、その調子でどんどん釣り上げろ……! お前の歩く道は、断崖絶壁に続いてるとも知らずに……!)
アクションがひと段落してからディーラーがフロップカードを追加する。
AAKと来て、四枚目はJ。しかもAの一枚とKJはスートが同じだ。
場合によってはロイヤルストレートフラッシュすら見える並びである。
「……フォールド」
「フォールド」
他のプレイヤーたちが顔を青ざめさせて降りていく。
手に負えない場所だと判断したのだ。しかし。
「レイズ」
「レイズ」
少女と男だけが、迷うことなくチップを増やした。
「レイズ」
「レイズ」
順目が回ってくるたび迷わずレイズする姿に、観客が目をむく。チップが山のように積まれていく。
常軌を逸したレイズ合戦──当然だ。
(お前はK3枚A2枚のフルハウスだ。負けっこねえ、普通はな……だが俺はA3枚J2枚のフルハウス。仮にここで勝負となっても、3枚揃えたカードのクラスで俺が勝つ)
そして、こうしてレイズ合戦をしていけば、微かな疑念がよぎるはずだ。
(俺が2枚のAを持っていたら、俺はAのフォーカード。勝てない。じゃあどうするかと……)
「……コール」
少女がレイズ合戦を中断する。
レイズは相手の賭けた額に対して上乗せする形でチップを増やすアクション。
コールは相手と同額で賭けに応じるアクションだ。
「コール」
男もコールに応じる。
通常、自分だけがレイズしている状況ならば、場に出た額を総取りできる。だから男はレイズしてよかった。
最後のフロップを見せたいのだ。
「では」
ディーラーが5枚目のフロップカードを場に出す。
群衆があっと声を上げた。
AAKJと来て──最後の一枚は、A。
フロップだけでAのスリーカードが成立する。
そして少女はA3枚K2枚のフルハウスにグレードが上がる。
(お前は、考える。Aはあと1枚こっきり。これを俺が持っているかどうかの勝負だと。だから……降りない。お前の中ではもうその2分の1だ。だったら、それになら、負けてもいいと思う。勝負の熱が思考を殺してる)
男は自分の手の中にある4枚目のAを触り、不敵に笑みを浮かべる。
(だから、ここでお前は負ける。最高の手で負けるなら……と……)
無論、これはディーラーの巧みな技術によるものだ。
それと男のイカサマカードの透視が組み合わさることで、この卓は少女の処刑場と化している。
だというのに。
(……っ?)
くすり、と少女が笑った。
それに反応できたのは男だけだった。彼だけはそれを見た。
(あ……!?)
少女がちらりと自分の手を見る。瞬間、魔力に反応して裏面が微細に変化し、手札が透けて見える。
男はそこで信じられないものを見た。
(
少女の手が、確かに、AとKになっていた。
どっと冷や汗が噴き出す。
フロップカードはAAAKJ。
男のスターティングカードはAJ、これでAのフォーカードが成立する。
だが少女のスターティングカードは、読み取れる限りはAKだ。これではAのフォーカードが成立してしまう。
(……フォーカード同士の場合は、スターティングカードの低い方で勝敗を決める。俺のJはあいつのKに勝てない……!?)
この情報通りなら。
読み取れる情報が確かなら、少女の大逆転が成立してしまうのだ。
(どっかで仕込んでいたのか? だが、馬鹿が! 開けばそれは5枚目のAだ! サマだってバレて終わりだろうが! この間抜けが────あ? 待て……ちょっと、待て……)
意気揚々とイカサマを指摘しようとして、男は、少女が微笑みながらこちらを見つめているのに気づいた。
「レイズですわ」
「…………」
「どうしました? レイズ、と言いましたが」
「…………」
待て。
ここでイカサマを指摘するのは簡単だ。5枚目を持っているのだ、この女は。
だが、待て。
(どこから取り出した。このアマは半袖だ、仕込みようがねえ。存在しない5枚目をどこから持ってきた? いいや半袖でもやれるやつはやる。だが……どっちが5枚目だと、疑われる?)
「随分と長考されていますね……降りた方がよろしいと思いますわよ?
少女の言葉を聞いて。
男の頭脳が、最悪の結論にたどり着く。
(今の発言……! 間違いない! こいつは最初はKKだったのをどこかでAKにしやがった! オープンした段階で5枚目が明るみに出れば、どこから来たのかと調査しなけりゃいけなくなる。場合によってはトランプ自体を調べなきゃいけなくなるぞ……!)
単なるすり替えならいい。
絵柄を合わせただけのすり替え用カードなら、魔力反応しない以上偽物だと分かるから自信を持って告発できる。
だが絵柄が変わっている。
イカサマをどうこう、どころの話ではない。
今この女は、店の行く先を左右する特大の爆弾と化している。
「さあ」
「っ」
少女が真紅の瞳をこちらに向ける。
銃口の如き両眼は、明確にメッセージを叩きつけてくる。
「…………フォールド」
「賢明な判断です」
少女が微笑む。
場にうず高く積まれたチップがすべて彼女のものになる。
「ふふ」
「……?」
少女が自分の手札を持つ。
Aのフォーカードを見せびらかしたいのか、と男は唇を噛む。
「この世界には……見ずともいいものを見てしまう人がいます。ある時は勝利からの呼び声ですが、またある時は、それは敗北の沼から伸びた手です」
そう言うと、彼女は自分の手を卓に広げる。
そのカードを見て、男の思考が完全に停止した。
Kが2枚。
何も変わっていない。
最初に配られた通り。
少女の手はA3枚K2枚のフルハウス。自分のフォーカードで薙ぎ払える手。
「え」
間抜けな声が出た。
「ふふ……手を、振り払えなかったようですわね」
少女が笑っている。こちらを、嘲笑っている。
「アナタはデメリットを計算した。もしも、もしもと……悪い方向へと考えを回した。それを避けるために賢明な選択をした。判断材料の取捨選択に失敗したのです」
彼女は裏面をこちらに向け、とんとんとカードを指で叩く。
カッと思考が回った。
(こいつ!!
馬鹿馬鹿しい、できるわけがない。
大金をつぎ込んで作られたカードは、極めて高度に構築された魔法を付与されている。
だが。できるのなら。触れた瞬間に仕組みを悟り、それを逆手に取り……勝負に熱くなっているふりをして、最後の最後に特大のブラフを投げ込んできたのだとしたら。
「おい、なんで降りたんだ。お前はAのフォーカードだったろう?」
不思議そうに背後の観客が尋ねてくる。
男は息を吐いて、首を横に振った。
「あれは……あの女には手出ししちゃいけねえ……」
ぶるりと背筋が震える。
ちらりと見れば、彼女はチップを卓に置いたまま、こちらに歩いてきている。
「アンタ……何者だ……?」
「通りすがりの悪役令嬢ですわ」
「……ここを荒らしに来た、だけか……?」
すでに男の中では、そうではないだろうと確信に近い予測があった。
荒稼ぎをするだけなら、最後のイカサマ合戦に付き合う必要はなかった。
あれは確認なのだ。カジノの精度……どれくらいの規模を抱き込んでいるのか。どこまで策謀を巡らせているのか。それを客としてチェックしていたのだ。
「ふふ……アナタ、なかなかキレるようですね。だからこそ、最後の場面で降りてくれると信じていましたわ」
「……ッ。いや、さっきの質問はナシにしてくれ。アンタに深入りしたくない」
「あら。大サービスで教えてあげようと思いましたのに」
少女はゾッとするほど美しい笑みを浮かべ、男の耳元に口を寄せる。
「明日からは別の賭場に行きなさい。第4区画のカジノなら、イカサマをせずともアナタを用心棒に雇ってくれるでしょう」
「……?」
「ここ、明日にはなくなっていますので」
「!!」
バッと男は仰け反った。
あらあら、と少女は泣き真似をする。
「殿方にこんなに強く拒絶されるのは初めてですわ」
「……! ああ、俺も、悪魔に囁かれたのは生まれて初めてだったよ……!」
そこで敗北の余韻が消えて、やっと周囲の状況を認識した。
黒服たちがそこかしこにいる。何かの理由をつけて彼女を拘束したいのだろう。
(そうか……なるほど……黒服たちを集めさせてたのか……! この女は陽動……!)
思考が加速する。
(
瞬間、だった。
カジノの賭場中央から、煙幕が吹き上がった。
「何だ!?」
「客を避難させろ!」
群衆がパニック状態になり、黒服たちが叫ぶ。
男はまさか、と少女に視線を向けた。
彼女は懐から仮面を取り出しながら、彼の唇に人差し指を当てる。
「みんなにはナイショですわよ」
そう言って静かに歩いていき、彼女の姿は煙幕の中に掻き消えていった。
男は決意した。イカサマはやめる。第四区画のカジノに行き、純粋な用心棒として雇ってもらい、この腕できちんと稼いでいこうと。
荷物を手に取り、群衆に混じって出口へと向かう。
「全員避難したか!?」
「一号棟は終わったぞ!」」
客たちが外に出たのを見計らって、無人となった棟が内側から炎を吹き上げた。
遠隔式の爆弾だろう。
夜空を赤く照らす焔を背景に、別のビルの屋上に、三人の人影が浮かび上がる。
その中心に佇む少女──フルハウスでフォーカードに勝利した少女を見ながら。
男は、知らずのうちに笑みをこぼしていた。
「……ハッ。内緒もなにも誰が信じるんだよこんなの……」
女神のように美しい悪魔、だなんて──
まりあんぬ超ひみつ図鑑
チェス:一生やんなってレベルで弱い
トランプを使ったパーティーゲーム:一生やんなってレベルで弱い
ギャンブル:天運持ち。フラッシュを素引きするのは下振れ。二度とカジノ来んな
イカサマ合戦:あまりにもカードゲームでロイに勝てなさ過ぎて一時クソ必死こいてイカサマを習得したがそれを察知しクソ必死こいてイカサマを習得した婚約者にイカサマ返しをされまくってボコボコにされた。そのへんの勝負師なら余裕でぶち殺してお釣りがくる