その知らせはすぐさま魔法学園を駆け抜けた。
『マリアンヌ・ピースラウンド、王立騎士団と決闘!?』
センセーショナルさを追求するために、事実を削ぎ落し、キャッチーさのために整えられた文章。
当然、効果は抜群だった。新聞部は発行部数を更新したし、学園外にすら新聞は売られた。
貴族と騎士の対立。平民にとっては競馬に近い。どちらが勝っても、生活が変わるわけではない。だが仮に、どちらか勝つ方に、何かを賭けていれば、話は変わる。
「馬を数匹、騎士団に売ったよ。いよいよ貴族の時代が終わるかもしれないんだ、投資するならここだってね」
「馬を育て続けてついに本物の馬鹿になっちまったのかい? 勝つのは貴族だよ、今のうちに茶畑を作っておくのが勝ち組ってもんさ」
誰もが、当人たちの認識を置き去りにしていた。
彼らにとっては、マリアンヌ・ピースラウンドが魔法使いの代表であり、ジークフリートが騎士の代表だった。関係者が、あるいは当人がそれを拒否したとしても、そういうことになったのだ。
「まあそういうわけで、ジークフリートさんと決闘することになりましたわ。まる」
「まる、じゃないわよ!?」
耳元で叫んでいるのは金髪ショートかませ、リンディだった。
声がでかい。キンキン響いてる。鼓膜残ってる? 大丈夫?
「……そんなに近くで叫ばずともいいですわよ」
「叫ぶわよ! 叫ぶに決まってんじゃない!」
授業を終えたお昼休み。
わたくしは席まで猛スピードで歩いてきたリンディの言い分に対し、眉をよせてしかめっ面になっていた。
「仕方のないことですわ。指名されたからには、国王陛下の御前に相応しい試合を行うまで……」
「そうじゃないでしょ!」
リンディがわたくしの座っていた席の机を両手で叩いた音は、甲高く教室に響き渡った。
生徒たちが一斉にこちらを見る。合法ロリ先生も不安そうにわたくしを見つめていた。
……おいおいマジかよ。
こいつら、こっちに来たり何か言ったりはしなくても、リンディの肩持ってるってことじゃねえか。
「……今更何を! わたくしとて馬鹿ではありません。己のやるべきことぐらい分かっておりましてよ」
椅子から立ち上がり、昼食にするべく教室を出て食堂へ向かう。
何か言いたげな様子のまま、リンディはわたくしの後ろをついてきていた。
わざと迂回路を通り、人気のない旧校舎に踏み入る。タイミングを見計らっているのだろう、と予想がついた。
廊下の端から端までを見渡す。リンディとわたくしだけ。
振り向けば、彼女はスカートをぎゅっと掴んだまま、俯いて肩を震わせていた。
「……行かなくていい。行かなくていいわよ、あんなのっ……!」
「なぜですか?」
「何故って何よ馬鹿じゃないの!?」
うわっ急にキレんなよびっくりした。
最近の若い子は怖いねと思いながら振り向いて。
ちょっとびっくりした。
「なんで分かんないのよ、この馬鹿、ばか……ッ!」
これ初めて見るヤツだ。
結構、洒落にならない怒り方だ。
今までの付き合いの中で、一番のブチギレ方を見せて、リンディがわたくしの胸ぐらを掴みあげてきた。
「私たち学生を巻き込んでる時点で、もう、異常事態じゃない……! 絶対に、あんたが勝とうが負けようが、どっちになっても都合が良いよう、大人たちは策を練ってんのよ……!」
「ええ、そうでしょうね」
「こんなの、あんたの意志じゃないでしょ……!? あんた、自分が最強だって証明したいんでしょ……!? だったら……だったら……ッ! 誰かの道具になるなんてやめなさいよ……!」
「……ええ」
返す言葉が見つからなかった。
ああこの子、わたくしにずっと怒ってるなとか思ってたけど。
真剣に、
結局──昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえたときにも、わたくしはご飯にありつけては居なかった。
針のむしろってカンジだ。
誰も彼もが、わたくしを、祭り上げられた悲劇のヒロインとして見ていた。
「……不愉快ですわね」
近衛騎士ジークフリートとわたくしの御前試合は、何時しか『魔法使い/騎士の次代を担いし者』同士の激突へと、話をすり替えられていた。
フンと鼻を鳴らし、放課後、校舎敷地内のベンチに腰掛け足を組む。
これだけ風聞を流せただけで、実際問題としては既に半分ほど計略は成功しているだろう。
「ここにいたのか」
面白くねーとイライラしていると、声をかけられた。
見れば夕陽に照らされ、肩で息をする甘いマスクのプリンス……ロイ・ミリオンアークがそこにいた。
「探したんだよ、マリアンヌ」
「何かご用ですか?」
とはいっても内容なんて大体分かってる。
「
「そうですか」
わたくしは少し面食らった。
ロイが自分のことを『俺』と呼ぶのは、記憶にある限りでは幼少期以来だったからだ。
「だけど、君は止まらないだろう。俺では君を止められない」
「あら、きちんと理解していますのね」
「間違いなく、君が勝っても負けても良いように父さんは構えてる。教会は君を排除して聖女の特別性を確実なものにしたい。父さんは君が負けたら、今度は本命を聖女にぶつけるつもりだ」
「……本命?」
「ミリオンアーク家の私設魔法使い部隊だ。貴族院は君を祭り上げたいんじゃない。最終的な目標は、あくまで聖女を失脚させること。君はそのための捨て駒だ」
「ほーん……」
わたくしとジークフリートさんを戦わせることで。
聖女のように扱われている存在が、御前試合に出るという前例を作りたいということか。多分。いや自信ないな。
「ちなみにこれ、わたくしが勝った場合、そのまま聖女と連戦になったりするのでしょうか」
「え? いやさすがに、当日中に連戦はないだろう……大体、聖女も素直に応じるとは思えないし」
「なるほど。時間制ですの? ストック制ですの?」
「現実世界にストックはないんだけどね」
「2落ちまではセーフなので」
「アウトだよ」
ロイの視線が冷たいものになった。
「マリアンヌ、君は……こう、頓着する物がないよね」
「? まあ何せ、最も価値ある存在とはこのわたくしですからね。自分以上に尊いものがない以上、何かに頓着する必要がありませんもの」
「まあそういう返しが来ると思ったけど。君はこう、いつ死んでもいいと思ってるんじゃないか、と感じるときがある」
ちょっと数秒黙った。
図星だった。
そうだ。その通りだ。
わたくしはセンスも努力も、経験も技量も全て、そのためにこそ積み上げてきたのだから。
「だから言わせてもらう。俺は、俺なんぞより君の方が大事だ。だから君を守るために全力を果たそう」
「……は?」
告げて。
ロイはわたくしに近寄り、黒髪を一房手に取って微笑むと、毛先に唇を落とした。
「マリアンヌ、勝て。勝つんだ。君が勝つことを前提に俺は動くよ。後のことは任せて、あの時みたいに思いっきりぶん殴ってやれ」
「無理無理無理無理無理無理キモイキモイキモイキモイキモイキモイ」
「はははっ。そこまで言うと、さすがのジークフリート殿も傷つくんじゃないか?」
オメーーーーーーのことなんだよ!!!!
妙なポジティブシンキングモードになったロイは、よしと何やら気合いを入れて立ち去っていく。
いや今の余裕でセクハラだったんだが。実家にチクってやりてえ……
部屋に戻る。
マジでやることは変わらない。余りにも変わらなさすぎて我ながらどうかと思うぐらいだ。
あらゆる前提を整え。
あらゆる条件をクリアし。
最後の最後に敗北することで、わたくしの存在は確かな物となる。
敗北し、追放されるために産み落とされた
散り際の演出に手を抜くわけにはいかない。
……なんだ。これはこれで、案外気負いすぎているのかもしれねえな。
やれやれと肩をすくめて、配信画面を立ち上げた。ちょっと雑談枠でもして気を紛らわすか。
次の配信は三時間後を予定しています。 | 上位チャット▼ 〇木の根 うるさいですね…… 〇red moon ふしだらな母と笑いなさい 〇恒心教神祖 シャミ子が悪いんだよ…… 〇木の根 言ってないシリーズやめろ 〇鷲アンチ マリアンヌが悪いんだよ…… 〇適切な蟻地獄 誰が言ってるんだよ 〇日本代表 ロイでしょ 〇みろっく 一番ありそうで草 〇太郎 うるさいですわね…… 〇外から来ました ふしだらな令嬢と笑いなさい 〇雷おじさん はい解釈違い 〇無敵 おっED寸前さん、ちーっす 〇木の根 インポ候補じゃんちっすちっす 〇雷おじさん 覚えてろよお前ら |
【陰謀パートで】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【役に立たない女】 5,218,747 柱が待機中 |
うるさいですわね……(ガチ)
なんというか最近は視聴者同士のなれ合いが多発しており、コメント欄イタイイタイなのだった。違うだろ。配信ってもっとこう、ヒリついたものだろ。誰が何時死ぬかも分からねえ荒野であるべきだろ。
仕方ねえ。脳内言語直接出力モードをONに。
おい!!!なれ合ってんじゃねーですわよゴミ共!!
〇鷲アンチ えっ配信始まった!?
〇無敵 びっくりしておち○ちん小さくなった
〇木の根 なんで膨らませてたんですかね……
御前試合に向けて気合い入れていきますので、夜露死苦ゥ!
〇TSに一家言 ヤンキー令嬢は属性盛れば良いってレベル超えてるだろ
〇ミート便器 よろしくぅの言い方がめちゃイケなんだよなあ
〇みろっく 数取団死ぬほど懐かしくて草
やるからには勝ちますので、夜露死苦ゥ!
〇red moon 実際こないだも勝てたしいけるんじゃない?
〇雷おじさん こないだはシステム外詠唱スキル使ってたからね、あれ結局本当になんなの? こっちで確認しても原理不明だったんだけど
〇火星 そりゃ御前試合自体は全然勝ち目あるけど、結局追放狙うならむしろ負けるべきなんじゃないの
ふむ、なるほど。
言われてみればそーだったわ。確かにゴールを設定はしたものの、今回の御前試合はまさしく降って湧いた話。どうやってうまいこと活用すれば良いのかはあんまり分かってないな。
ベッドに腰掛けてむーんと考え込むと、もぞもぞと布団が動いた。
「…………ッ!? 何者です!」
飛び退き、七つ魔法陣を展開して一節詠唱『
いつでもベッドごと爆砕できるぞ、と魔力を差して威嚇していると。
ふわっと布団が持ち上げられ、黒髪のセミロングヘアが月明かりに照らされた。
「…………あの……こ、こんばんは……」
「は、はあ…………?」
ベッドの中に、タガハラさんがスタンバっていた。
〇外から来ました CG回収キター!
〇無敵 こんなCGないぞ
言ってる場合かボケカス太郎がよ!
何のために、というかどうやって部屋に入りやがったんだよこの主人公。
辟易しながらも、とりあえず何から聞くべきか悩んでいると。
「あの、ピースラウンドさんに、お話があって」
「……話?」
「はい。えっと……」
月夜が窓から差し込む夜。
タガハラさんの瞳に月明かりが差し込んでいたのがやけに印象的で。
彼女は、そっと唇を開いた。
「──私は、貴女に、ずっと、嘘をついていました」
太陽が天頂に達した時刻。
学園支給のワインレッドを基調とした制服を着こなし、地面に届かんとする黒髪を優美になびかせて、一人の少女が、御前試合用のコロシアム中央へ歩いていた。
コロシアムは広かった。入学以前の、幼年部の御前試合はもっと狭いグラウンドで行われていたが……これは成人用だ。
一歩歩くごとに、視線が集中するのを感じる。観客席に座る貴族たちや教会関係者が、彼女にじっとりした視線を集めている。
そして彼女の歩む先。
コロシアム中央には、漆黒の鎧を着込み、大剣を地面に突き立てた、血のように紅い長髪の偉丈夫がいた。
彼の名はジークフリート。新設ミレニル中隊の中隊長に抜擢された、近衛騎士の若手エース。
互いの言葉が届くような距離に踏み込んだとき、ジークフリートが小さく呟いた。
「君なら断ると思っていた──いや、断るべきだった」
「皆さん同じことを言いますわね。何故?」
「君は……自分のためだけに、戦っていてほしかった。誰かに利用される君は、見たくなかった」
何か、悔やむようなそぶりすら見せる騎士に対して。
「笑止千万ですわね」
少女は。
マリアンヌ・ピースラウンドは不敵な笑みを浮かべた。
「やることは変わりません。さあ、喧嘩をしましょう」
腹の底に響くような声だった。
それを聞いて、ジークフリートは頭を振った。
「ああ、分かっているさ……聖女が近くに居るようだ。普段よりも祝福が活性化しているのを感じるよ」
「それは重畳」
互いの距離が、規定ラインに落ち着く。
コロシアムのブザーが鳴り響いた。御前試合の準備が終わった証拠だった。
貴賓席に並ぶ人々が居住まいを正す。見知った顔がいくつかあるのが見えた。ロイが、リンディが、不安そうにこちらを見ている。
『本日は皆様、お集まりいただきありがとうございます──』
女の声だった。
『本日行われる御前試合は、まさしく次世代を象徴する若手同士の対決! 『竜殺し』ジークフリートと、『
「すまない、君の二つ名が聞き取れなかった。何と言うんだ」
「聞き取れなかったのならもういいでしょう」
「気になるじゃないか」
「…………めてお、ぜろらいと、ですわ」
「ほう。いいじゃないか。どういうルビ振りになってるんだ?」
「あああああああああああああああああああああああああッ!」
純粋な好奇心からの質問だったが、マリアンヌの精神には
「羨ましい話だ。オレも竜殺しというのは些かシンプル過ぎると思っていたんだ。そういうのを頼みたいところだな」
「正気ですかッ!? いいえ、正気ではありませんわね! こんな二つ名あるだけでデバフかかる呪いのアイテムでしてよ!」
『──それではお二方、準備はできましたか!?』
アナウンスに促され、二人は顔を見合わせると雑談を切り上げた。
「問題ない。マリアンヌ嬢の方はどうだ」
『それでは御前試合を、エドワード卿の合図を持って始めさせていただきます』
名を呼ばれた貴人が、王の座る玉座の近くで立ち上がった。
腰掛けている国王に恭しく一礼をすると、それからコロシアム中央にて向かい合う二人を見下ろした。
「聖女が来ているのは確か、なんですわよね」
「? ああ。オレたち騎士は、彼女の存在を感知することができるからな」
「なるほど。第一段階はクリアですわね。正直来てもらえていなかったらどうしようかと思っておりました」
ロイは言った。マリアンヌは捨て駒だと。
聖女を失脚させるためには、聖女に並ぶ存在が必要だ。マリアンヌがそこまで至れば良し。至らずとも、聖女のような存在とて武力を以て打倒できる存在に過ぎないという先例を作ることができる。
マリアンヌ・ピースラウンドが御前試合に勝とうと負けようと、貴族も教会も、それに合わせて行動するだけだった。
だから。
だからこの瞬間。
一番勝ち負けにこだわっていたのは──マリアンヌ本人だけだった。
「勝ちたいのですわ」
「ああ、オレもだよ」
「違います。アナタではありません」
「……何?」
エドワード卿が合図を出す、その数瞬前。
マリアンヌが天を指さした。いつも通り、彼女を知る者なら何度も見たことのある、天空を突き上げるマリアンヌのポーズ。
「宣言しましょう! この勝負に勝利するのはマリアンヌ・ピースラウンドですわ!」
勝利宣言だった。
会場がどよめく。出鼻をくじかれたエドワード卿が苦笑を浮かべ、行き場のなくなった腕をそっと下ろした。
だが次の瞬間、どよめきは消滅する。
「そして──聖女リインは敗北し、失墜し、翼をもがれ地に墜ちるでしょう!」
静寂。
痛いほどの静寂。
このタイミングで出るはずのない名前だった。正確に言えば出してはならない名前。チェスの駒がプレイヤーの名を叫ぶはずがないのだ。対面のジークフリートも口をあんぐりと開けている。
だがそこからマリアンヌが続きの口上をブチ上げる。
「そもそも現在教会において重用されている聖女リインなど、
そうだ。勝ちたい。誰が相手でも負けたくない。ジークフリートと同じだ。マリアンヌも負けたくない。
そして負けるなら、追放されるための負けでなくてはならない。ズルズルと負けキャラとして居残るのではない、致命的な一敗により全てを失うからこその悪役令嬢!
捨て駒だと? ふざけるな。
騎士相手の御前試合に勝っても負けてもいい? 違う。
悪役令嬢が見ているのはそこじゃない。騎士に負けたところでどうする。負けるなら──悪役令嬢が負ける相手は、同じヒロイン枠の女であって男じゃない!
だから。
マリアンヌ・ピースラウンドが喧嘩を売るべき相手は、ただ一人!
「真なる聖女とは、聖女と呼ばれ得る選ばれし存在とはただ一人ッ! それはほかでもない──このわたくしですわッ!」
TS神様転生悪役令嬢は、対抗として聖女COした。