「ぐうう……!」
「ヤハト、そう焦るな」
リーンラード家領地を奪還された神殿残党は、追跡をかわしながら態勢の立て直しを迫られていた。
もともと神殿を脱出する際に半数にまで減っていた主力部隊が、残っていた大半を失った。
「このタイミングでサジタリウスフォームを発現させているとはな。やはり『
雨にぬかるむ道を、フードをかぶり進む一団の先頭。
そこでかつて神官の若手トップであり、巫女と共に王国転覆を狙った男──ヤハトに、不沈卿は淡々と状況の分析を告げていた。
「しかし不沈卿!」
「問題は向こうが何周分の記憶を保持しているのか……ジェミニフォーム……レオフォーム……キャンサーフォーム……ここにサジタリウスフォームを加え、
巻き戻された未来において、不沈卿の計画を挫かんと少女が発現させた神秘の権能たち。
いずれも歴戦たる彼をして脅威と言わざるを得ない、一騎当千にして万夫不当の力である。
「だが奴は接近戦となってからは
「勝算はあるということだな?」
「ああ、変わらぬさ。我らの為すべきことは」
ヤハトは不沈卿の言葉に安堵した様子で息をついた。
敗残兵の集まりに見えようとも、彼らは未だ上位存在の簡易召喚術式を保持し、さらに極めて強力な上位存在を
彼らが追跡を簡単に振り切ることができるのも、上空にて透過しているその個体が、絶えず外部からの視線を遮断する
「我らの最終目的にたどり着く材料は与えていない。反撃の要となるミクリルアも封じた。打つ手はあるまいよ──」
「──と、向こうは考えているはずです」
リーンラード家領地への奇襲を終えた数日後。
未だ逃走中の神殿残党に関して対策を練るべく、わたくしたちはジークフリートさん率いるミレニル中隊の幹部陣も加え、わたくしが予定を前倒しにして王都にオープンしたメイド喫茶を貸し切っていた。
軍神との決着を見据える以上、前回やったことはなるべく早く済ませておきたいのだ。
「国王陛下から、今回の件に関しては国境を越えて全面的にバックアップする許可が出ている。しかし機械化兵団の捜索は、今のところは空振りだな」
「そうでしょうね。『
テーブルを指で叩きながらあーだこーだ考えているが、どうにも詰め切れていない。
チッ、敵の思考を完全にトレースするには、まだ要素が足りてねえか。
「ミクリルアは?」
「一度教会の方で預かりましたが、全然起きませんね。今は確か王城で、マルヴェリス殿下主導の下、危険がないか確認中のはずです」
手に入れた切り札は、スペック確認にもうちょい時間がかかりそうだ。
要するにはこっちの切れるカードが限られている。向こうによって恣意的に行動を制限されている。やれることが少ないのではなく、何をすればいいのか分からない、一番イヤな状態なのだ。
「ううーん……」
椅子の上で胡坐をかき、顎に手を当て唸る。
何かあと一つだけピースを拾えたら、推測がかなり進む予感はあるのだ。しかし敵も相当な切れ者のはず、しっぽをつかませてくれない。
「! ふべっ」
「! ぐわっ」
その瞬間、椅子から同時に飛び出したユイさんとロイが、わたくしの目の前で正面衝突し、地面にもんどりうって転がった。
何してんの?
「あー……てんちょ、言いにくいけど、マジでパンツ見える寸前だかんね」
ギャルメイドの指摘に、そういや今日はスカートだったなと思い出す。
「もしかして今、見えるか見えないかのギリギリのラインだったりします?」
「ああ、そうだな」
「一番興奮するやつですわね」
「そんなこと言ってる暇があったら早く座りなおしなさい!」
顔をそらしながらジークフリートさんに叱られ、わたくしは渋々椅子に座りなおす。見えてたら正直嫌だけど、今はそれより優先度の高い事項があるんだよ。
ひっくり返ってる馬鹿二名はおでこを押さえごろごろしてるが、フットレスト希望なのかな? ロイはマジで喜びそうだな……
「ほら二人とも立ち上がって席に戻りなさい。ていうかわたくしのスカートの中を守ろうとする勢いが激しすぎますわ」
「うう……だって、見られるくらいならと……」
「ああ、他の人に見られるくらいなら……」
「普通に指摘してくださいな……」
二人が席に戻ってから、わたくしは改めて思考に没頭する。
「ロイ、お前勢い余ってスカートの中に頭突っ込んでもいいやぐらいの勢いだったけど、狙った?」
「馬鹿を言わないでくれ。そんなことはまったくない」
「胸に手ェ当ててもう一遍言ってみろ」
「そんなことは、ある」
「正直なダチで嬉しいぜ。歯ァ食いしばれ」
「待ってくれユート……! これには深い事情が……!」
ぐぬぬ。どうにもパーツが足りん。
何とかして、なんでもいいから情報を増やすしかない。
「ユイ、あんたもまさか……」
「あんな自称婚約者の人と一緒にしないでください!」
「いやいいわよ。私は気にしないから。正直に言ってみなさい? 怒らないから」
「…………事故で滑ることはありえたかもしれないっていうだけです」
「滑る確率は?」
「大体100です」
「アンタ、ピースラウンド家、出禁」
「待ってくださいリンディさん……! これには深い事情が……!」
いやいやここから拾えるファクトが増える保証はない。
ないんだけども。しかし手元の材料だけで組める推論の上限が低すぎる。
「ウーム……」
単純に予測をわたくし一人で完結させすぎてるのかもしれねえな。
そう考え、わたくしは顔を上げる。
「一つ助力をお願いしたいのですが」
「この状況でそれ言うんですか店長!? ああ、いや、何も聞いていなかったっぽいですね……」
見るとユートがロイをしばき倒し、ユイがリンディに必死に縋り付いていた。
何やってんだよ。うちのメイド軍団ドン引きしてんじゃん。
「ん? なんか暴れてますが、ほら座りなさい。公共の場で暴れるんじゃありません」
〇red moon お前が言う!?!?
〇宇宙の起源 ブーメランがデカすぎて森林伐採に使わせてほしい
公共の場で暴れたことは……あるけど。
はい。あります。だから何?(逆ギレ)
「……で、何だってんだよ」
「わたくしがミクリルアを拾ったことを知ったとして、敵がなんと言ってくるのかを、考えたいのです」
「成程。シミュレーションということだね」
わたくしの提案に、一同しばし黙り込む。
口火を切ったのはリンディだった。
「そりゃまあ……『何故お前がそれを』、みたいな感じじゃないのかしら」
「あーいや、違うな。リンディ、向こうのプランニング自体は完璧だったんだ。ここまで組める奴が、ミクリルアが出てきたところで動揺するとは思えねえ。何せ分かり切った弱点なんだからな」
ユートの指摘に、わたくしも無言で頷く。
腕を組み黙っていたロイが、それを聞きそっと手を上げた。
「なら対策を打っていると仮定して……『だからどうした。そんなもので何ができる?』みたいな感じかな」
「順当なところだな。しかしマリアンヌ嬢、セリフを推測することで、そこまで相手の心理を読み解けるものなのか?」
「まあ……」
ジークフリートさんの不思議そうな視線に、顔を背ける。
そこはわたくしの特権みたいなものだ。
わたくしだけが、
「例えば今のセリフからこう展開できます。なぜ、敵方はミクリルアを脅威とみなさないのか」
「それは、弱体化させることに成功しているからじゃないですか」
ユイさんの発言は正しい。
だが、正しいだけだ。
「弱体化させて封印した。それが目の前に出てきて、『そんなもので』と言い切れる。自分が持ちうるはずだった手札として認識していないのでは?」
「…………え、えーっと、マリアンヌ? どういうことだい?」
不思議そうに尋ねてくる婚約者の言葉に返さず、思考を加速させる。
いいね。やっぱり口に出して、レスポンスが来ると、かなり違う。
「絶対にミクリルアが有効打にならないと確信しているだけではない。そもそも扱いが違い過ぎました。片方は行使し、片方は封印する。ゼルドルガは必須のパーツですが、ミクリルアはそうではない」
「はあ? 二体の龍はセットよ、時上りと時下りが揃ってなきゃ、権能の行使に踏み切れないでしょう。
「────そこですね」
思考がかみ合った。そこだよ。それだ。爆発的に頭がドライブしてきた。
やっぱリンディはいいこと言う。
「その通り。本当は意味がない。揃えてなければ自由に時を行き来できない。ですが行き来が必要なければ。そう、正しく、巻き戻すだけでいいのだとしたら」
席から立ち上がり、部屋をぐるぐる回りながら思考を吐き出す。
あっけに取られている面々に顔を向け、わたくしは結論を告げる。
「例えばそう──本当の本当に、
突拍子のなさすぎる発言に、騎士たちも含め全員絶句している。
だがこれぐらいはやる。世界滅亡攻撃をぽんぽん打ってくるやつがラスボスのゲームなら、これぐらいは全然やる。
なるほど、なるほど。
見えてきたぜ。どうやら七聖使ってのは、とんでもなく傲慢な連中らしいな。
「ククッ……クハ、クハハハハハハハッ」
「え……ちょっと……どうしたのよこいつ」
敵の目的を読み切った瞬間、わたくしは自然と笑っていた。
ドン引きした様子でリンディが周囲に恐々問う。ユートが肩をすくめた。
「強めに叩けば直るんじゃね?」
「それで直れば苦労はしないわよ」
「そうだな、やめとくわ」
わたくしはブラウン管テレビじゃねえよ。
8K……いや500000000Kだ。
「目標が分かれば向こうの打つ手が絞り込めますわ。ゼルドルガの権能を、世界の始点まで巻き戻すほどの出力で発揮するためには必要なパーツがあるはずです」
「それってつまり……」
「儀式場ということだね」
流石は夏休みの間、名探偵と助手をやっていただけある。ユイさんとロイの発言を受けて、だんだんと皆が着地点に気づきつつあった。
「ではこの場合、実行難易度等を無視して、ただ一度きりの儀式を行うために最も適した場所はどこですか?」
「──連中が元々いた、神殿か……!」
ユートの言葉に、ビンゴ! と指さす。
「ならばオレの方から青騎士殿に連絡しておこう。神殿跡地を監視すればいいんだな?」
「ええ。十中八九戻ってくるはずです」
網を張る場所は確定させた。
さあ、ここからは向こうが速度勝負だと思い込んでくれ続けるかどうかだ。
再度ククク……と笑みが漏れそうになったタイミングで、コメント欄が立ち上がる。
〇日本代表 ……ずっと思ってたんだけど。結局お嬢って、どうやって巻き戻しに対して記憶を保持できるようになったんだ?
やっべえ説明してなかった。
いやでもなあ。開闢の因子に対してルシファーが干渉して活性化させた……って、あんまり言わない方がいい気がするんだよな。
まあほら、アレですわ。アレ。
〇火星 アレってなんだよ
〇red moon アレアレ詐欺は絶対に流行らない
わたくしはこの美しさで特異点として耐性を得たのですわ!
セクシーなゾーンでしてよ! 略してセクゾ!
〇第三の性別 略さなきゃ目をつむれた
〇無敵 お前は
さすがにこの罵倒はライン超えてない?
ロンデンビア王国の王都は、プライムファミリーというマフィアによって支配されている。
代替わりを目前としつつある組織において、現ボスの甥であるマルコは、ボスの懐刀であるラカンの失脚を狙い策を巡らせていた。
「やっぱあいつを仕留めるには、裏切りの情報を流すのが得策だな」
「マルコ様。ラカンとの決着は……」
「ああ、ああ。ローガン、分かってるよ。最後にあいつを殺すのはお前だ。その約束は守るさ」
無数にあるアジトのうち、大聖堂の奥に造られた隠し部屋。
そこでマルコはボスの妻の腰に手を回し煙草をふかしている。
机の上にはラカンが裏切ったことをボスに報告するため、でっちあげている途中の証拠や物品が並んでいた。
「ハッ。このしみったれた国でテッペン取ったって、貴族になんかなれやしねーけどな……」
壁にかけた、白銀の大剣を見やる。
過剰な装飾を施した虚栄の刃。幼い憧れの残骸だった。
それを眺めながら、グラスに注がれた琥珀色の酒をぐいと飲み干す。
「……それでも、俺だって。俺だってやれる。一番上になってやる──」
「お邪魔しまーす! 出前館ですわ!」
瞬間の出来事だった。
外を見張っていた構成員たちごと、隠し部屋のドアがゴミみたいに吹き飛ばされた。
「は?」
何が起きたのか分からず、マルコは当然としてローガンすら目を白黒させている。
敵対組織の襲撃? そんな組織はない。暗殺者? 暗殺の初動でやることかこれが。
廊下から、風通しの良くなった入口を、一人分の人影が堂々と入ってくる。
「貴様!」
「えーとご注文はなんでしたっけ? 破滅?」
ローガンが瞬時に
しかしそれらは、人影が腕を一振りさせるだけで霧散した。
「魔法使い……!?」
その一振りで、舞っていた粉塵も切り裂かれた。
マルコは部屋に入ってきたその人物に向かって叫ぶ。
「何だ、何なんだよお前ッ」
「問われたからには答えましょう!」
片膝を常に上げ、そこを土台として粘土に両手を添え。
少女は高らかに叫ぶ。
「わたくしの名前はマリアンヌ・ピースラウンド! 誇り高きピースラウンド家の長女にして、アナタ方TTFCファミリーの内乱を未然に防ぎに来た、天から降り注ぐ慈悲の流星ですわッ!!」
そこにいたのは、ろくろで皿を造っている黒髪赤目の美少女だった!
「なんだこのヤバい女!?」
マルコの絶叫に全員同意した。同意することしかできなかった。
「あ、ラカンさん、机の上にあるのがアナタを失脚させる計画だと思いますわ」
「……いや、いやいや。嬢ちゃん、こいつはどういうことだ」
一同が絶句している間に、マリアンヌの後ろから、のそりとラカンが姿を現す。
「本当だったのも驚きだが。これじゃあ本当に、顔も知らねえ俺のために、一方的に助けに来てくれただけじゃねえか」
「ええ、そう言っているのです。アナタには借りがありますから」
「……? 身に覚えがねえ。人違いだと思うんだが」
「
バチッとマリアンヌにウィンクを飛ばされ、ラカンは困惑する。
そんな二人の間を通り、マルコの前まで、いかにも選ばれし者といった風体の貴公子が歩いてきた。
「初めまして。僕はロイ・ミリオンアーク。あちらは僕の婚約者であるマリアンヌ・ピースラウンド」
「……魔法、使い。本物の貴族……!?」
「本物の、か。なるほどね」
ロイは机の上に置かれた捏造された証拠類を一瞥して、鼻白む。
「詰みだよ。君たちの負けだ」
「……何でお前ら、陶芸しながら入って来てんの?」
「それは、僕が、知りたい」
金髪の貴公子もまた、膝にろくろを載せて、何かしらの壺を造りながらやって来ていた。
「お、お前ら舐めやがって──!」
マルコは憤激して立ち上がり、背後の壁から白銀の両刃剣をつかみ取る。
「よせ! 心まで堕ちるんじゃない」
だがロイの一喝を受けて、動きが止まる。
食い破る勢いで唇を噛み締め、マルコは剣を取りこぼし、その場に蹲った。
「畜生……! 畜生……! 分かってんだよ……! 俺は、俺は……ッ。お前らみたいになれねえって……!」
アジトの床に、マルコの眼から落ちた雫がシミをつくる。
ロイはろくろを机の上に置くと、そっとしゃがみ、彼の肩を叩いた。
「なれないと、諦めてしまったのか」
「……ああ、そうだ。なれねえよ。ゴミみてえな魔力適性でチヤホヤされて、お山の大将をやるのが、俺の限界だ……」
「そうか、それは大変だったね。だが、
声色が突然変わり、ハッとマルコは顔を上げる。
至近距離。ロイの碧眼に、おぞましい情念の炎が宿っている。
「君の道を閉ざしているのは才能や場所じゃない。君だ。君自身が、どうしようもないほど君の可能性を狭めている」
「そ、れは……」
「自分で分かっているはずだ。言い訳なんだそれは。だから……諦めるのが少しでも嫌なら、君はもう一度立ち上がらなくてはならない。マフィアのボスなんて、真正面から自力でつかみ取ってみせろ。話はそれからだ」
「…………っ」
マルコはよろよろと立ち上がり、それからソファーにどかっと腰を下ろした。
俯き、静かに涙を流し始める。だがマリアンヌにも、その涙は、先ほどの涙とは違うと分かった。
「ふーん……成程。アナタを連れてくるのが正解だったんですね」
「そうみたいだね。だって彼は……過去の僕だから」
「えっ、なんか友情トレーニング発動してます? 単純なタイム短縮の意味合いだったのですが」
優しい表情でマルコを見つめるロイの横顔に、マリアンヌは呆れる。
だがふと、その横顔に、黄金の翼を幻視し、さっと顔を背けた。
「ん、どうかしたかい?」
「なんっでもありませんわー」
急に挙動不審になり始めた婚約者に、ロイは首を傾げる。
「ローガン……お前はここまでするのか。驚いたよ」
一方、そんな二人の横では、二人の掃除屋が正面から向き合い、視線を重ねていた。
「ラカン……!」
「俺とどうしても決着を付けたいらしいな」
殺気立った様子のローガンに対し、ラカンはけだるい表情で煙草に火をつけてから語る。
「ボスに頼んでおいた。次代の選抜には、単なる勢力争いじゃなくて……御前試合という形で、手合わせをする過程も組み込む」
「! それは……」
「そこの嬢ちゃんの発案だけどな。要するに、ケリをつける舞台はもう用意されてるんだ」
ローガンの願いは、ラカンと正面から、完全な形で決着をつけること。
ならばここで私闘を始める理由はない。ローガンは武装を床に捨てた。
「完全決着ですわね。よし、作品もできましたわ!」
「あ、ちゃんと作ってたんだね」
マリアンヌがろくろから作品を取り外すと、ぱちんと指を鳴らす。
すると部屋の外から、老年ながらも王国屈指の職人であるサイゴンと、その一番弟子が入ってきた。
「信じられない……! サイゴン先生を連れて、こんな国まで来た挙句、道中からずっと作品を造り続けるなんて……!」
「本当にすみません」
一番弟子に向かってロイが頭を下げる。
だが唇を震わせ、弟子はずっとマリアンヌの手元を注視していた。
「どうなってる……この環境で、どうしてそんな作品を創り上げられる……!?」
「怒りが超過して感情めちゃくちゃになっていませんか? 大丈夫です?」
「くっ……負けるか、負けていられるか……!」
「えぇ……」
一番弟子は両眼に炎をともし、その場で自分もろくろを回し始めた。
怒られ案件だと思っていたロイは、よく分からない発奮をした弟子の光景に頬をひきつらせる。
何が起きているんだろう。何か、因果と因果が重なりすぎて、部屋の中が大変なことになっている気がした。
そっとマリアンヌとサイゴンの方へ視線を滑らせる。
「ほう、面白い作品だね」
「ええそうでしょう。無心になってつくりましたわ」
「うん。礼拝堂の怖いお兄さんたちをまとめて薙ぎ払うのも無心だったのかい?」
「え? そんなことしましたっけ? 何か邪魔だったので追い払ったような記憶ならありますが」
「うんうん。君本当にどうかしてるね。すぐれた作品をつくる人間はいつもそうなんだよ」
「ありがとうございます」
二人の会話は完全に異次元で、ロイは理解を諦めた。
マルコたちの処遇はラカンに預け。
マリアンヌとロイは、サイゴンたちを連れて大聖堂の外に出る。
「終わったようだな」
「あら、ダンさん。外は片付いていましたか」
「片手では少し、物足りないな。両手がふさがっていればもう少し時間がかかったかもしれんが……」
外では気絶した構成員たちの山の傍で、ロイの父親であるダン・ミリオンアークが待っていた。
「無茶をする。父親にそっくりだな。芸術の才能も親譲りか」
「お父様は絵画でしたっけ」
「! 知っていたのか」
「どうせ3日で飽きて終わりですわよ、あの人」
「……それは」
「だからダンさん、アナタが違う道を進んだことは、決してあの人にとって……背負う咎や、絶望だったのではありません」
マリアンヌの言葉を聞いて。
ダンはろくろを回しながら、少し目を伏せた。そうか、と一言だけ絞り出す。
そこに万感の思いがあることに気づかなかった振りをして、マリアンヌは空気を切り替えるように声を上げる。
「じゃあわたくし、ユイさんとジークフリートさんと一緒に火竜のサーカスを見に行くので帰りますわ」
「は?」
ロンデンビアまで長旅だった。
当然ロイたちも一泊すると思っていたしロイは部屋割りを真剣に審議し婚約者なら同室でもいいのでは? 何か騎士と同室だったらしいし婚約者なら同室はもちろん位置座標を重ねる寝方でもいいのでは? と考えていた。
「今から帰るのかい!? ていうことは夜行便……!?」
「ええ、そうなりますわね」
「流石にそれはちょっと慌ただし過ぎるというか、無茶なんじゃ」
「いやもう本当に。無茶なのは分かっていますが、やることは今のうちに済ませたいので。今から弾丸で帰国してメイド喫茶の様子見てサーカス行ってアレしてこれしてオオオオオオン!!」
発言の途中で自分のスケジュールを思い出して、マリアンヌは突然その場にのたうち回る。
「ぐううううううううう!! 何で! 何でこんな目に遭わなきゃいけませんの! そりゃ万全を期すためですが! ですが!」
ドン引きしているロイたちの視線にも気づくことなく。
彼女の悲鳴が渇いた空に吸い込まれる。
とても恐ろしい真実である──
「やることが、多すぎますわよォォーーーー!!」
そう……
軍神とか構ってる場合じゃない……
「陶芸……マフィア壊滅……メイド喫茶……リンディの妹……カジノ爆破……水竜……キャンプ……」
なぜなら!!
もうお分かりだろう!!
夏休み編(2周目)は……RTAなのである!!
「軍神ッ!! 絶対に許せませんわッッ!!」
マリアンヌは純度100%の逆恨みをもって、世界の命運を左右する戦いへの備えを進めていくのだった。
半年かけてやった夏休みが再走したら一話で半分終わったんですけど