『アサギシティ』
ジョウト地方の玄関口となる港町。大きな灯台がシンボル。
アクア号の空き部屋で一夜を過ごした後、アサギシティに到着した。チケットを持っていないため、下船時にひと悶着あったが、ブルーの不機嫌オーラに船のスタッフが萎縮して突破することができた……が、今後はこうならないように、ブルーが何かしようとしてたら先に環境を整えておこうと思った。毎回この胃が痛くなるやりとりをするのは辛い。
(ここが、アサギシティ……)
ジョウト地方。
ここ最近は各地方のトレーナー同士の交流も増えたので、比較的仲の良いジムリーダーからよく土産話を聞いていた。僕もいつか行きたいと思っていたが、多忙なチャンピオンの業務をこなしているうちは、来るチャンスがなかった。
それにしても、僕が蒸発してワタルたちは大騒ぎになってるのかなぁ?いっそのこと、迷惑をかけたということで、タイトルを剥奪してくれないだろうか。数時間の在位だったとはいえ、シンも殿堂入りを果たしているから、そちらへ返上しても問題ない。
僕はああいう前に立って引っ張っていく役割には向いていないと常に思っていた。普通のポケモントレーナーとして、技術を磨いて強敵とバトルするのが一番楽しかったし向いている。
「初めて来る場所って、どうしてこんなにワクワクするんだろう」
見たことのない風景。その土地の香り。
旅というのは、このワクワク感を得るためにするのかなぁ、なんて。
「そうなの?それはわたしにはあんまりわかんないかも」
「そっか」
バッサリ切り捨てられて少し残念だったが、この正直なところはブルーの長所。
空気を読むとか、相手に合わせるとか、そういうのは持ち合わせていない。
唯我独尊というやつだ。なんか、僕よりよっぽどチャンピオンっぽい感じがする。
「とりあえずごはんにしようか?」
「そうだね、わたしもお腹がすいちゃった」
アクア号で美味しいと噂されていた、港近くの食堂に向かうことにした。
アサギ食堂。
ここには、漁師さんや船乗りやダイバーなど、いろんな人たちが集まっている。飲食店兼集会所みたいな性格を持っている場所だ。
『それがまた痛かったんだよ!ダイビングしてすぐに、メノクラゲの触手がからみついてなぁ』『お前、毒入れられてるんじゃないか?』『あぁ?そう言われてみれば確かに、最近腰が……』『それは加齢だろ。ポケモンのせいにすんなや』『てめぇ、言いやがったな!』
思っていたより騒がしい。アサギは明るい性格の人が多いのかな?
「うるさい!」
「いや~、想像以上だね。でも、味が確かだからみんな集まってるんじゃないかな」
実際、メニューはどれもおいしそうで目移りする。
「ご注文は?」
「じゃあ、この日替わりランチと、モーモーミルク」
「わたしも!」
アサギシティの北には牧場があるらしく、搾りたてのモーモーミルクはここの名物となっている。意外と僕はそういう限定ものに弱いので、迷わず注文に加えた。
牛乳に一本500円はなかなかのお値段だが、売れているのを見るとそれだけの価値があるということだろう。
『そういえば、ミカンちゃんの話聞いてるか?』『あぁ、最近見なくなったな』『なんでも、灯台にいる弱ったポケモンの看病をしているらしい』『ジムリーダーになってからまだ日も浅いのに。大変だなぁ』
ミカン。聞き覚えのある名前が耳に入った。
確か、あれはエリカから聞いたんだったか?最近ジムリーダーを引き継いで、取り扱いタイプを岩から鋼へ変更したという。タケシが血の涙を流しそうな話だ。いや、あの人は結構プラス思考だからその上で岩を使うことに誇りをもって頑張りそう。
それにしても、ここのジムリーダーをやっていたのか……今の今まで気づいてなかった。エリカにはよく「カケルさんは興味のないお話は聞き流してばかりですわ」なんて言われたものだ。最近めっきり会う機会もなくなっていたけど、元気でやっているかなぁ?
病気のポケモン。盗み聞きを元に行動するのはあまりよろしくないんだろうけど……
「この後灯台に行かない?」
「え、なんで?」
「いや、他に何かすることあるならいいけど」
「いいよ、暇だし」
「……というか、本当に目的は無いんだね」
「そうだよ!」
基本的に自由気ままな子である。怒らせさえしなければ楽しくいられる。
ブルーの思いつきのおかげで僕はここに来れたようなものだし。
ただ、怒らせると怖い。他の人と全然違うポイントで急に怒り出しそうなのも怖い。そのあたりは気をつけていかないと……
大丈夫かな?
「「ごちそうさまでした」」
すぐに僕の見込みの甘さが露見することになる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『アサギのとうだい』
アサギの港を見渡す灯台。代々、電気タイプのポケモンが海を照らす役割を担っている。
「なんなのこのめんどくさい場所……もう戻ろうよ」
「まぁまぁ、病気のポケモンって気になるじゃないか」
「あっそ。どうでもいい。めんどくさい。疲れた。おぶってよ!」
「もうちょっとだから、ね?」
駄々をこねるブルーを宥めつつ、頂上へと向かう。
あー……こうなるか。
「そこのトレーナー!目が合ったら……」「うざい!今話しかけないで。イライラしてるから」
「は、はい」
トレーナー避けになるからいいけど。なんて思える僕もちょっと変な人かも。
「……ミュウツーの力でぶっ壊しちゃえば!」
「そういうわけにもいかないって。灯台のおかげで助かる人だっているんだし」
「わたしは助からない!」
ちなみに、ポケモンリーグの規約で『図鑑No.150』と『No.151』のポケモンは公式戦で使ってはならないとしてある。この二匹の存在が知れ渡ってしまうと、それを利用とする人間がまた現れるかもしれないからだ。
灯台のそこらじゅうに穴があいていて、下の階に飛び降りることができるようになっている。むしろ、これを利用しないと辿り着けない場所がある。ブルーでなくともめんどくさいと思うのは仕方ない。
「こういうジメジメしたところきらい!」
「ごめんって」
「カケル~のどがかわいたよ」
「はい、おいしいみずでいい?」
「うん」
わがまま放題な僕のマスター。まぁ、これはこれで可愛いからいいや。
今のところ、そこまで本気で怒っているようではないみたいだし。
「ぷはぁ。ジムリーダーがどうとか、ぜんっぜん興味ない!わたしたち、二人で遊んでる方がよっぽど楽しいと思う」
「わかったわかった、明日からはそうしよう」
「……わたしより優先するものがここにあるの?」
「ないです。ブルーのことが一番です」
「むーなんだかテキトーな感じ!わたしのポケモンのくせに!」
「はいはい、僕のトレーナーさん」
「明日は絶対だよ!」
なんだか、手のかかる妹みたい。実はブルーの方が一つ年上らしいけど。
ブルーは僕がリーグチャンピオンだということすら知らなかったらしい。チャンピオンなんて、すごいとも何とも思っていない様子。本当に全く興味がないようだ。
……それでいい。僕もそう思う。僕が偉いなんてことはありえないし、トレーナーの道はバッジを8個集めたら一流なんてものでもないと思う。世の中のトレーナーは結構勘違いしてるけどね。
そんなこんなしているうちに、もう少しで屋上だ。
「ほら、着いたよ」
「……ふ~んだ」
口をすぼめて拗ねる姿は、とても愛らしいものだった。
最上階。
中心部の小部屋は絨毯敷きになっており、一通り生活に必要な家具などがそろっていた。おそらく、夜勤などで誰かが利用することも考えているのだろう。
遠目でもわかるほど調子の悪そうなポケモンと、小柄な少女がいる。あれがミカンだろうか。
「あ……」
「こんにちは、君がミカンちゃん?」
「そう、です」
突然の来訪者にびっくりしたのか、目が泳いでいる。
寝かされているポケモンは電気タイプと見た。確か……
「デンリュウ?」
「あ、はい……この子、ずっとここで灯台を照らしてくれていたんです。でも、急に体調が悪くなってしまって」
「なるほど、そんなこともあるんだな」
ポケモンにも病気があるということは知っている。それで死に至るのも知っている。シオンタウンというところには、そうやって亡くなっていったポケモンも多く葬られている。
「一応聞くけど、ポケモンセンターには?『なんでもなおし』でも治らないってことだよね」
「はい。ジョーイさんに来てもらったこともあるんですけど、そういうのとは全然違うみたいで」
「そっか……」
ミカンちゃんの顔は暗い。この子は引っ込み思案なタイプか。なんというか……こういう子が晴れない表情をしていると、こっちまで気分が沈んでくる。
どうにかしてあげようかな?
「でも、」
「そのデンリュウってポケモンは珍しいの?」
「えっ?」
「わたしはそう思えないけど。だって、船で使ってる人見たし」
ミカンちゃんが何かを言おうとしたとき、ブルーが口を開いた。
僕はブルーの言いたいことをいまいち理解できなかった。
「どういう、意味ですか?」
「えぇっ?代わりを捕まえて、それはほっとけばいいんじゃない?」
これで意図を理解した。ミカンちゃんも察した様子。
……今の話を聞いて、その発想に至るのがブルーだってことなのかな。
「そんな、そんなこと」
「あー、もしかして、デンリュウがこの辺に生息してないとか?」
「……」
「だったら、その辺で違う電気ポケモンでも捕まえておけばいいと思うよ」
ミカンちゃんは、信じられないような目でブルーを見つめる。
悪意があって言っているわけではないだろうし、怒ってないのもわかる。ブルーはいい提案をしてあげてる程度にしか思っていない。
僕は、この時点で二人の持ち合わせている感性は絶対に相容れないんだと悟った。あぁ、ここに来たのは間違いだったかもなぁ。首を突っ込もうとしたのは、チャンピオンの仕事をしていた経験による傲慢だったか?
「あ……アカリちゃんは、そんなどこにでもいるような、存在じゃありません……」
「知らないし。だったら置いとくんじゃなくて、病院にでもなんでも入れればいいよ。こんなところで
「うぅっ、うわぁ……ぐすっ」
ミカンちゃんは顔を伏せて泣き始めた。
言っておくと、僕はそこまで情に厚いタイプではない。ブルーが言っていることも理解できるし、こういう部分もこれはこれで好きだ。
とはいえ、自分より年下と見える女の子がこんな風に泣いていて、心が揺さぶられないほど冷たくもなれない。
「ブルー、ちょっと」
「カケルは黙っててよ。今入ってこないで。わたしすごくむかついてる!」
「……うん」
うーん、ミカンちゃんの涙に胸が痛い。これ以上ここにいるのが嫌になってきた。
今後、思いつきでブルーを他の人に関わらせるような行動をとるのはやめようと誓った。
「ミカンちゃん、その子を治す薬は、どこかで手に入るの?」
「ぐすん……ひっぐ。タンバシティの、くすりやさんに、いいおくすりが……」
「……そう、わかったよ」
「カケル、勝手なことしないで?」
ブルーの目が全く笑っていない。これは完全に怒っている。
こういうときどうすればいいかわからない。自分のコミュニケーション能力の低さを呪う。
それでも僕は、トレーナーにはトレーナーにしかできないコミュニケーションの取り方があるのは知っている。
「ミカンちゃん、君はジムリーダーなんだろう。僕もエリカから聞いているよ。鋼タイプの良さを広めたいそうじゃないか。そんなキミは、ブルーの言ってることを受け入れられる?」
「……許せない、です。認められません」
「それなら、どうすればいいと思う?」
トレーナーが争いごとに決着をつけるなら、その方法は一つ。
ミカンちゃんは立ち上がり、涙を拭い、モンスターボールを構えた。
「ブルーさん。わたし、あなたのことが嫌い。そういう考え方、許せません!」
「そう。あなたもそういうこと言うんだ」
「だから、今からバトルしてください」
「いいよ」
二人は距離を取る。
「キュウコン……やっぱりわたしには、カケルしかいない」
「お願い、ハガネール!」
バトルが始まったが、二人の実力差は歴然。正直、勝敗は見えている。
でも、バトルで最も大事なことは勝ち負けではないと思う。僕がバトルの中でブルーの魅力に取りつかれたように、二人だけの戦いで何かを得られたらそれでいい。
今日も元気に在宅ワーク(ハーメルン)
妄想を書き散らしていくお仕事です。