短編集   作:むかいまや

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この物語はフィクションです。
独立した投稿は非公開にしました。


遺書

 遺書

 

 死のうと思う。

 

 私が私の人生を、生涯を、誰かのものでもないと言う証明をするために、私が私の人生を、何らかの意義があったと、何らかの意味があったと、何らかの価値があったと証明するために、死のうと思う。

 

 振り返れば、数年、私の人生は無意味の極みであった。

 やれ留年だの、やれ休学だの、やれ復学だの……無意味である。

 

 それの何の意味がある。

 大学を卒業しただけ意味があるなど、どういう風の吹き回しか。

 夢を見るのも大概にしたまえ。

 意味もあるまいに、そんな夢を見て、現実を見ず、あらぬ夢ばかり見て、叶わぬ夢ばかり見て、そうして手の届かない星を見て憧れて、勝手に燃えたり、折れたりなぞする……愚かと言わずして何が愚かか。

 私の人生に於いて、数少ない交友を辿れば、夢叶えた人間や、夢叶えずとも人として生きることを叶えた人間が居る。それらと比べて、なんと我が身の矮小なることや。

 夢叶えた人間に、私が内心呟いた言葉の何たる痛烈な自身の予言たるや。

「厳しいけど、頑張ってね」

 など、なんと自身の身の丈を知らぬことか。今や彼は新進気鋭の新星となりて、煌々と輝いておる。それに比べ、なんと我が身の矮小たることや。日銭にあくせくし、彼の関わりたる何事かを楽しみに待つ。

 なんと愚かしいことか。

 

 振り返れば、友人達は皆、それぞれに職を持ち、無関係ではあれども名前だけでも知りたる者は何かしらの徳を積んでいるに違いない。それが金であるのか、あるいは善行であるのか等知らぬが、そうに違いない。

 私はゴミのような人間だ。いいや、カネを必要としないだけマシである。

 言うなれば不燃ゴミか、あるいは粗大ゴミか。

 何にせよ、捨てるに困るし、持つにも困る。そんな邪魔っけなものが私だ。

 

 そう言いながらも奇妙な自尊心は捨てず、自身の事を勝手知りたるとばかりに上から目線でああ言い、こう言い、自尊心を保つ……愚かに違いあるまい。愚か愚か愚か。愚の骨頂とは私のことである。

 ヒトとはそうであると誰かが言うかも知れぬ。それも無理はあるまい。私がどれほどゴミであるかを知らぬのだから。

 

 罪の多いとまでは言わぬ。

 恥の多いとまでは言わぬ。

 それでも愚かに違いはない。

 

 人生のめぐり合わせとは奇妙なもので、私は愛する人と出会えた。その人は私を愛してくれた。それは他者に負けず劣らずという成果であると思う。しかし、その程度、他者にとっては造作も無いことである。その点において、私などはせいぜい及第点。となれば、他の点で劣る以上、負ける以外に無い。つまりは、私など、恋人を見つけた程度が精一杯で、他者からしてみれば零点以外の何物でもないのである。

 

 愛する人はこう言った。

「私は人生の前半でそういうの諦めてるから」

 と。

 

 それの何たる崇高なことか。それの何たる賢たることか。

 私は、彼女がそれを悟りたる齢の数倍の時を経てようやく悟ろうと思い、それで悟れず、死のうとさえ思っているのだ。現実と理想は程遠い事を知ることは、勉学に通じることよりも遥かに賢きことと私は思う。

 

 この歳になって、私は仕事を探すこととなった。

 であればこそ、己が身の愚かしさを思う。

 職探し等という愚かしい行為に身を、心を苛み、己が生命を捨てんとばかりに思い詰めることのなんと恥ずかしきことか。

 

 いいや、心の奥底では愚かしいとさえ思って居るまい。

 自己憐憫である。

 自虐を重ねていい気になっているのだ。

 

 コレほどまでに自分を痛めつけるのだから、きっと明日は良いことがある。

 こんなにつらいのだから、いつかきっと救われる。

 きっといつかは幸せになる。

 来月には、せめて今の苦しみから救われる。

 明日は、きっと幸せになれる。

 次の瞬間には、きっと、きっと、きっと、きっと……。

 

 そんな訳があるまい。

 私の人生を私ほど知る人間が居るとは思えぬ。所詮、私などその程度、その程度なのだ。

 ありがちな不幸。ありがちな不遇。ありがちな努力。ありがちな善処。ありがちなめぐり合わせ。ありがちな間違い。ありがちな失敗。ありがちな成功。ありがちな幸運。ありがちな、ありがちな……

 

 所詮その程度だと、受け入れ給え。

 所詮凡百に過ぎぬと受け入れ給え。

 

 何らかの成功を成し、それでこの言をのたまって死ぬのであれば、ブンガクテキな意義もあろう。けれど、違う。

 私は私が愚かでありきたりでありふれていて想像よりもずっと愚かで愚鈍で馬鹿で阿呆で鈍重で、実行せず、言うだけで、くだらなく、取るに足らず、間抜けで、吐いて捨てるほどの価値すら無い、口だけの馬鹿者であることくらい、知っている。

 

 何処へ申請しても、書類だけで落とされる。面接にすら行け無い。

 要するに、だ。

「キミはキミの価値を知り給え」

 と世界から言われているのだ。

「キミなど世界に不要だ」

 と世界から言われているのだ。

「キミなど必要ない」

 と世界から言われているのだ。

「キミなど死んでも構わない」

 と世界から言われているのだ。

「キミなど、居ても居なくても、変わらない」

 と私が私に言っているのだ。

 言い過ぎ?

 それはあるまい。

 私は自分の価値を弁えているつもりだ。

 夢を見、そして、その夢が叶うか叶わないかのところへ申し出ているつもりだ。それでも尚、私は否定される。

 ”つもり” ?

 馬鹿も休み休み言い給え。現に、叶わぬではないか。

 世の中の所為?

 それは傲慢だ。

 そう言った不遇など自身の問題以外の何物でもない。

 誰かの失敗を自己責任とせせら笑ったのは何処の誰だ? 私以外の何者でもない。

 そうであるのならば、全て自身の失敗は自身の不徳以外の何物以外でもないのだ。

 自己責任の何たる気楽なことか。自己責任の何たる重圧たることや。

 

 私が私を許せないのは、心の何処かで私が”そう思う”ことに対して何処か隔世の感すら抱いて居ることだ。

 

 自分の言葉を、思いを、無視することは誰であれ許せぬ。許してはならぬ。

 そうであるのならば、私は私を許すことは決して無い。私が私の感情を否定せずに誰が否定してくれようか。

 

 恋人は言った。

「生きて欲しい」

 と。

 しかしながら、私は生き……

 

 ごめんなさい。辛いです。だから死にます。

 ごめんなさい。意味がわからなくなりました。どうして今日が辛いのに、明日を待つんですか? わからなくなりました。せめて今だけでも幸せなら、明日も待てるかも知れません。けど、辛いんです、しんどいんです。借金がひどい訳でも無いですし、お金だって、きっとどうにかなると思います。でも、辛いんです。明日のことさえわからないのに、今日のことさえあやふやなのに、それでも生きていこうなんて、無理です。真っ暗闇の中、平均台を歩くよりも辛いです。もっと細い、細い、綱渡りのような日々は、本当にほんとうにしんどいです。怖いんです。辛いんです。誰が守ってくれるわけでもないのに、誰が保証してくれるわけでもないのに、きっと良くなると信じて今日を生きるのは、たいへんなんです。わかって下さい。良いことなんて、何も無いんです。二十何年生きてきて、それだけはわかるんです。きっと明日はもっとひどい。せいぜいが少し良くなる程度で、そして明後日には地獄に突き落とされるんです。少なくともそんな心地なんです。だから、許して下さい。僕は楽になりたいんです。

 何かになりたいと思って、何かになれると思って、けれど、何もせず、流されて流されて、怠惰に生きて来ました。だから、ここで精算しなくちゃいけないんです。

 逃げて逃げて逃げて……その為に死ぬまで灰色で生きるくらいなら、まだ色の着いているうちに、死にたいんです。

 ごめんなさい。ごめんなさい。僕は弱い子です。許して下さい。呪わないで下さい。

 パソコンは初期化して、自由に使って下さい。売っても良いです、使っても良いです。ゲームハードやモニター、キーボード、マウス……そういうのも好きにして下さい。外付けハードディスクだけは、初期化して処分して下さい。そうしてもらえれば、他に何もいいません。何だったら、僕が死んだ後でしたら、中身を見て嘲笑ってもいいですし、「ふぅん」と言いながら売却してくれてもいいです。好きにして下さい。でも、僕を責めないで下さい。死んでても死ぬほど辛いです。恥ずかしいです。許して下さい。

 もしも僕を呪うのでしたら、それで気が済むのでしたら、ぞんぶんにそうして下さい。

 僕は、社会的な地獄を背負うくらいだったら、僕が僕自身の為に、僕自身の因果の為に、地獄に苛まれよと誰かが言うのでしたら、僕は甘んじて受け入れます。僕は、自分から地獄に入るのは嫌ですけれど、他の誰かから地獄にいけと言われるのでしたら、進んで行きます。

 針の山だろうと、血の池だろうと、刃の柱だろうと、なんだって行きます。

 僕は弱い子なんです。自分じゃ決められません。

 それなのに自分で生きろって急に言われて、それで他の人から「お前はいらない」なんて言われたら、辛いですし、折れてしまいます。

 だから死ぬんです。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 でも、許して下さい。

 きみだけは許さなくてもいいです。一生恨んで下さい。

 それだけは、僕が得られたこの世の証だと思って、僕は誇らしく刑罰に処されます。

 それさえもポオズだと言うのなら、それでも構いません。僕を恨んで下さい。

 僕は、誰かに何か言われなくちゃ何も出来ない愚図なんです。だから、きみが恨んでくれるなら、それを償う為に、数億年をさえ甘んじて受け入れます。いいえ、進んで受け入れます。

 

 きみの笑顔が好きです。きみの声が好きです。きみの姿が好きです。きみの心が好きです。きみが怒ってくれるのが好きです。きみが案じてくれるのが嬉しいです。きみが励ましてくれるのが好きです。きみが受け入れてくれるのが嬉しいです。きみが一緒に居てくれるのが嬉しいです。きみが僕の為になにかしてくれると、申し訳なくて、嬉しくて、たまりません。

 

 きみだけが僕を救ってくれました。

 けれど、ごめんなさい。きみの事を恨んだりなんか、していません。だから、恨まなくてもいいです。

 きみがしたいようにしてください。

 でも、恨んでくれるのなら、どんな辛い思いだってします。

 僕は僕の責任で、地獄へ行くのです。だから、きみは恨んでくれていいです。いいえ、恨んで下さい。

 愛しています。それでは。

 さようなら。

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