短編集   作:むかいまや

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昔のアカウントで書いた短編小説。
カクヨムで行われた自主企画『同題異話 飴と傘』参加作品。
上記企画は、同じ題名の元、各々がオリジナルストーリーを創作し、投稿する企画。


飴と傘

 梅雨は嫌いだ。いや、嫌いだったと言った方が正しいのかもしれない。

 

 僕は……多分、異世界に転移したんだと思う。

 転移したのは先月のことだ。ある朝妙な感覚……特に味覚に異様な感覚を覚えた。転移の前日、僕は普通に学校に行って、何事もなく帰宅して(テスト前だったから部活も休みだった)、晩御飯を食べて、風呂に入って、寝て……不思議なことなんか起きなかったし、心霊現象や超常現象が起きそうなことも、何一つしていなかった。

 

 異世界転移に気付くのには暫くかかった。

 というのも、一点を除いて僕の元々居た世界と何も変わっていないからだ……実際には色々と変わっていたが、僕は気付いていなかったというのも付け加えておこう。

 

 転移したその日、僕は味覚の違和感以外は特に普段通りに生活していた。

 朝食の味付けに違和感を覚えたけれど、数日前から鼻が詰まっていたのでそれが原因だと思っていた。

 そして、学校に行った時、異常に気付いた。昼休み、僕は水飲み場で蛇口を捻って、水道水をひと口含んで驚愕した。水が、異様に、甘い。

 思わず吐き出し、咽返りながら、勘違いだろうと思って、もうひと口飲んでみた。しかし、水は依然として甘い。砂糖水のように甘い。僕はついにどうにかなってしまったのかと不安になりながら、保健室に行き、保健室の先生に診察してもらうことにした。

「先生……なんか舌が……っていうか味覚がヘンなんですけど……」

 先生は不思議そうな顔をしながら、僕の舌や、体調を確認してくれた。

「んー……パッと見変なトコ無いんだけどねぇ……」

 首を捻りながら、先生は続けて言った。

「ストレスとか病気とか色々可能性はあるし、明日も変わらないようなら病院に行った方がいいかもねー」

 先生は僕に総合病院の電話番号と住所、受ける可能性のありそうな科を記載したメモを渡してくれた。

 

 結局のところ、先生から貰ったメモは役に立たなかった。というか、異常なのは世界で、僕は正常――異世界転移してしまったことは異常なのだが――だからだ。

 

 その日は保健室の先生が早退しなさいと言ってくれたのでそうさせてもらった。帰り道、少し気持ちの落ち着いた僕は怖い物見たさの好奇心(虫歯を舌で弄ってしまうのと同じ類だと思う)で、自動販売機でミネラルウォーターを購入し、飲んでみた。どれも甘い。しかも微妙にそれぞれ味が違うのだ。

 

 僕は果たして脳に異常が発生してしまったのでは無いかとか、あるいは新種の病気では無いかとか色々不安になって、その足で病院に走ることになったのだった。

 

 最早正気を保っていられるだろうかと思いそうなくらい心臓をバクバクさせながら、診察を待っていると、携帯に着信が来た。母からの電話だった。母に学校から連絡が行ったらしく、僕を心配して連絡してくれたらしい。

 母からの電話に僕の心臓の鼓動は幾分か落ち着き、事情を話していると診察の順番が来た。母が病院に来てくれることだけ確認し、僕は診察をしてもらった。繰り返しになってしまうけれど、異常なんてカケラも見つからなかった。

 虫歯が新しく見つかったり(何故だか異様に珍しがられた)、味覚異常の原因だと思っていた鼻詰まりが実は鼻炎だったとか色々判明はしたのだけれど、検査入院まで行った上で尚、『水が甘い』という『異常』の原因はついぞ、わからなかった。

 

 『原因』は至極単純だった。数日して僕が検査入院から帰ってきて、翌日のことだ。

 朝起きて、僕はどうなるのだろうかと不安に思いながら居間のテレビを無意識に付け、ニュースを見る。異常が無い、ということは正常だということで、両親は学校に行くように僕に言っていた。不安だろうけど、程ほどでいいから頑張りなさい、と言ってくれて嬉しいやら辛いやらだった。僕はニュースをぼんやりと聞き流しながら、雲行きが怪しいから、今日は雨が降るのかなぁなんて考えていた。

「都内の天気予報です。今日は都内全域でアメが降るでしょう」

 僕はスマートフォンを弄りながらテレビの音声を聞き、降水確率を確認しようと思って画面を見た。そこに、目を疑うような文字が並んでいたのだ。

『梅飴入り間近!!』

 梅の飴と書いて、つゆと読むらしい……ご丁寧にルビも振ってあった。

 さては字幕を打ち間違えたな? と考えながらも異常に気がつき始めて、僕は視界がくらくらし始めていた。

「ユウイチー、アメ降るらしいから、傘持って行きなさーい」

 母の間延びした声が届いた。はっとして僕ははーいと答えて学校に行く準備をし始めた。準備をしている内に飴が降り始めたのだろうか、屋根に飴らしきモノの当たるこつりこつりという音が響き始めた。本当に飴だったとして、布やビニールの傘程度では怪我をしてしまうだろう。

「母さん、俺の傘、大丈夫?」

 不安に思い母に聞くと、母は忙しそうにしながら答えてくれた。

「靴箱にかかってる青いヤツでしょ?この前新しいの買ったじゃない」

 確かにそうだ。以前使っていた傘が壊れたので、転移する前に買いなおした覚えがある。しかし、布やビニールの傘では強度に不安が残る。とはいえ遅刻の時間になりそうだったので、急いで学校に行かなくてはならない。

 案外以前のような布の傘でも平気なのかもしれない。最早何もかもが異常すぎて僕は正常な判断を失っていた。

「あー……そうだった、いってきまーす」

 靴箱に掛けられた青い傘を見て僕は絶句した。青い薄手の鉄板が重なり連なり作られた、鋼鉄製の傘がそこにあった。

 

 僕はうろたえながら、恐らく十キロはあるであろう傘を持ち上げ、開いて玄関から一歩、表に出た。目の前にはころころと雹や霰のように転がる、飴玉があった。

 僕は、ジャンプ傘なんだ、コレなんて現実逃避をしながら、学校に向い始めた。

 

 それから暫くの間、僕は必死にこの世界で生活しながら、一方で、この世界について色々と調べた。流石にココまで来たら僕は異世界転生だとか、超常現象だとかそういう異常事態に巻き込まれたのではないかという思考に行き着いていた。

 雨が飴になっている以外は以前と変わらない世界だったのだけれど、飴が降る世界なので少し文化だとかシステム的なところが変わっていた。

 

 この世界には糖分を分解・変化させる微生物がいるらしい。それもご丁寧に液体と気体とに。

 

 分解しきれなかったり、植物や土壌に染み込んだ糖分で、人々が利用する水は甘いということだ(というか、そもそもこの世界の住民に取っては甘いとすら感じていない、それが普通だからだろうか)。

 ちなみに、この微生物が『固体』として降ってきた飴を『液体』にし、その水飴(便宜上こう呼ぶ)を微生物が分解し『気体』にする。純粋な水分は僕らの世界と変わらず太陽光によって蒸発する。これがこの世界の『飴』の循環だ。コレを知ったとき、僕は思わず大笑いをしてしまった。余談だけれど、この時に母を必要以上に心配させてしまった。

 

 そして、この世界の生物は全てこの『砂糖水』を利用し生存している。その為、僕らの世界で言うところの虫歯だとか、糖尿病だとかのような糖分由来の病は存在しないか、僕らの世界での水アレルギーのような『極めて珍しい病気』という扱いを受けている。

 実際、僕も流した汗がしょっぱいということがクラスメイトに判明した際、化け物と引かれた覚えがある。普通、逆だろう。汗が甘い、君らの方が化け物だよと言いたくもなったが……この世界では僕が少数派だ。何を言ったところで無視されるか見世物にされるかだ。

 

 飴(雨)にまつわる話で印象に残っているのは傘のその頑強さだ。コンビニで売っているような、大量生産且つ安物の傘でも、金属による補強や、木材の合板などで作られており、飴が降っても大丈夫というワケらしい。

 また、屋根や雨戸、家の外壁は極めて頑丈だ。台風の時などはそれでも大変らしいが、未経験なので判らない。とはいえ、何せ飴が降るのだ。窓ガラスは普通に良く割れるらしいので、雨戸は欠かせないらしい。ちなみにこちらの世界では雨戸を『飴戸』と書くのだそうだ。上手い事言ったつもりなのだろうか。非常に腹立たしい。

 

 また、霧雨だとか雷雨だとか雪だとか、雨には様々な形態だとか呼び名だとかが付いているけれど、これも違う。

 霧飴は水飴のような微妙に固まり切らない飴が降り注ぎ、服や髪がべちゃべちゃになった。

 雷飴のときは凄かった。拳大の飴が雷と共に降り注ぐ様は素直に命の危険を感じた。幸い、自宅に居たので無事だったけれど、屋根から響くどごんどごんという音は死を覚悟させるに足る、恐ろしいものだった。

 雪は未経験だけれど、写真や動画を見る限り、砂糖そのもののパウダーが降るようだ。ここまで来ると、最早この世界にファンシーな可愛らしさすら感じ始めてくる。ちなみに、時間が経つと分解されて水飴になる。

 

 そんな世界で生活し始めて、今日で一ヶ月が経つ。今は梅雨……もとい梅飴真っ盛り。

 全身が砂糖やら飴でびちょびちょのべちゃべちゃになって、それを流し落とすのさえ、異様な甘さの水で行う。

 ほとほと嫌気が差す。コレが悪夢であってくれればどれほど嬉しいだろうか……

 あぁ……梅雨が恋しい……

 飴に打たれる傘の音を聞きながら、傘をくるりと肩で回す。

 果たしてどうやって生きていったら良いのだろう……

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