短編集   作:むかいまや

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響きに寄す

 響、君が仕事を辞めると聞いて、居ても立っても居られなくなって、この手紙を書いている。

 君に届くとは思えないけれど、僕の気持ちの整理だ。少し位我儘なことを言うかもしれないし、もしかしたら、赤裸々なことも書くかもしれない。けれど、許しておくれ。折よく買ったこの万年筆を使う機会だしね。どうか大目に見ておくれ。

 

 君との付き合いが始まったのは、今から……ええっと、そうだ。五年位前からだったね。あの時僕はあまりにもお金が無くて。それでも欲求ばかりは溜まっていたから、君を選んだ。君は、まぁ、誤解を恐れずに言うなら、他の子と比べると、格が落ちるからね。僕にだって手が出せた。それまでは、そうだなぁ、君よりも少し格上に手を出していて、君と同じくらいか、それ以下の子にはあまり触らなかった。君にこんなことを言うのも申し訳ないけれど、あの子達のほうが良いって思うこともあるよ。だけれどもね、君が、多分、僕は、一番好きだ。

 

 あの時の衝撃ったらないよ。安いヤツに手を出して、どうせ後悔するんだろうなぁと思っていたのだけれど……存外、悪くなかった。君のぶっきらぼうな性格も、小柄な体型も、すべて、僕にとってはどこかしっくり来るものだったんだ。その出会いの鮮烈さに、払った値段以上のものを感じたよ。だから、今でも、君との付き合いがあるんだ。

 人によっては、君のことを嫌うだろうね。決して、君は上等ではないし、綺麗でもないし、君と一緒に居て格好がつくというものでもない。もしかしたら、君の体力の無さを嫌う人も居るだろうよ。けれど、僕にとっては、その全てが、繰り返しになるけれど、僕にしっくりと来るものだったんだ。

 

 愛していると言っても良い。君が居なくなると本当に困る。僕はどうしたら良いんだい? ずっと前のように、格上の、上等な子たちを求めれば良いのかい? あの子たちは、確かに上手さ。上手い。だけれど、あまりにも上等すぎて、手が出せたものじゃないんだ。それに、あの子達は、君よりもずっと体力があってね、君に慣れた僕にとっては、少し、重いんだよ。飽きてしまうっていうとしっくり来るのかな。どうしたものか、一度始めてから中断するというのは僕にとってはなんだか忌避されることのように思えるしね。はてさて、どうしたものかと思うよ。君の代わりは、多分、あんまり居ないと思うんだ。

 最近……というよりも結構前からかな、君たちはなんだか数が増えたから、君よりも素敵な子に出会えるかもしれないけれど、どうにもしっくりこないんだよ? これは我儘かい? 例えば……そうだな、希望って子、居るだろう? あの子のことは、僕は嫌いじゃないけれど、身長が低い癖にずんぐりむっくりだろう? そこがちょっとね。甘ったるい子だし、上手いけれど……。決して悪い子じゃないのはわかってるよ、それに君より上等な子だ。僕には、到底、手が出せない。

 

 少し前からだ、君とあんまり会わなくなったのは。

 けれど勘違いしないでおくれ、浮気をしていたつもりではないよ。君と出会ったあの時よりもお金が厳しくなってね。だから、緑色のあの子のお世話になることが増えただけだ。多分、僕にとって、君はひとつの基準だ。君とあの子は少し似ているから……だから、ね? 怒らないでおくれ。最近はあの子もどうやらおしゃれを覚えたようで、あの子のことを昔から好きな人にとっては、文句を言うところでもあるらしいけれど、僕はそんなところはどうでもいいと思ってる。あの子の素朴で粗野とも思えるような性格は、結構嫌いじゃないんだよ。こんなことを言うと、君は嫉妬してくれるかな? どうだろう。失礼だったら、ごめんよ。

 

 君と一緒に、辞めるんだろう? 緑色のあの子達も。僕はね、それがなんだか悲しいんだ。あの店の古株達が辞めてしまう。それを悲しまない人が居るだろうか? わかってるよ、仕方のないことだって。時代の変化だって。けれど、ね、悲しいものは悲しいし、困るものは困るんだ。

 

 今度、最後に、君と少しでも長く居られるように、ちょっと僕は無理をしてみようと思う。馬鹿な男と笑っておくれ。それだけ君には感謝しているし、それだけ君のことを好いているんだ。惚れた男の弱みだよ。君にはだいぶ助けられてきた。辛い時に一緒に居てくれたこともあったし、見晴らしのいい場所で君と居た思い出もある。良いものだよ、ああいうのはね。感情をぶつけてしまったこともあったろう。それも一度や二度じゃなく、もっと沢山。けれど、君のおかげで落ち着くこともできた。本当に感謝しているよ。ありがとう。

 最後に君とあった後、僕はどうしようか? 君の後輩が入ってくるらしいから、その子達にお世話になろうか? お店の紹介じゃあ、君とは得意なことが違うように思えるけれど……どうしたものかな。できれば、君から聞きたいくらいだけれど、教えてくれないだろう? 

 今までありがとう。さようなら。

 

 

 

 紫煙の充満する部屋で、男は万年筆の蓋を締めた。そして思いの丈を書き込んだ手帳をじいっと眺め、閉じる。皮肉めいた笑みを浮かべ、机の傍らに置かれた煙草に手を伸ばす。手帳を書いている間に、既に数本を吸ったのだろうが、それでもなぜだろうか、彼は煙草を求めていた。一本取り出し、マッチを擦り、火を着ける。ふぅと紫煙を吐き出してから、ぼそりと呟く。

「……空、か」

 ぐしゃぐしゃとまでは言わないが、形が歪み、折り曲げられた紙のパッケージの中身は空だった。男はオレンジと黒のパッケージをくしゃりと握りしめそうになった。今までそうしてきた癖。けれど、今回は違った。

 開け口から指を入れ、形を整え直す。

「ありがとうな」

 男は引き出しをがらりと開け、空になったパッケージを、そっと中にしまった。

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