私は何故メシを作るのだろうか。別段美味いものを食いたいとも思わないし、然程の量も食わないというのに……。自分の為でなければ、誰かの為? そこまで無私なのかと問われると、それはまずありえない。将来の夢を尋ねられて、石油王と答えるような人間なのだし……はてさて。
振り返って見れば、ヤツとルームシェアを始めたばかりの頃は、今のように『料理』は私の仕事ではなかった。日替わりだった筈なのだ。お互いに独り暮らしの経験はあった筈で、お互いに最低限の生活技術を有している筈である。
が、気づけば奇妙な不文律が我らが六畳二間(キッチン有、ユニットバス)に出来上がっていた。洗濯はヤツ。料理は私。掃除は気づいた方(尚、ヤツが気づくことが多い)。なんとも不思議な役割分担。なんとも私に有利な決まり事。事実として私は掃除と洗濯が嫌いである(苦手なのではない、ここは強調しておこう)。掃除など年に二度もやれば多い方と人目を憚らず言ってのける、汚濁と腐敗と堕落に限りないナマケモノが私。翻ってヤツはと言えば、趣味のひとつにアイロンがけを挙げ、世界のシワというシワを伸ばしたいと暗に主張し、四角い部屋を四角く掃除する真面目な人間なのだ。そんなヤツの一面を私は知っているので、ルームシェアを持ちかけられた時などは、懇切丁寧に我が悪癖たる怠惰を述べてヤツの心を挫かんばかりだったのだが……それも叶わず、今、ヤツとは六畳二間を共有しているのである。
ヤツとの出会いは小学校に遡る……らしい。『らしい』というのは、要するに私は小学校の頃のアイツとの付き合いの一切合切を覚えていないということに他ならない。で、だ。それから時を経て、いつの間にやら友人になっていた。ヤツからしたら小学校以来の友人で、気心の知れた仲……なのだが、私からしてみたら、そこまでヤツを信頼していなかった。むろん、高校の時分からはそれなりに親しい仲と相成り、それ相応の信頼も寄せていたのだから、結果論でいうならば、まぁ間違いではなかったのだろう。
私は専門学校へと進学し、ヤツは秀才なので大学へ進学。ここで、我々の接点が途切れる……と思いきや、違った。少なくとも私は決して意図した訳ではないことは先に述べておこう。ヤツの大学と、私の専門学校の最寄り駅が一緒だったのだ。そんな訳でズルズルと接点が持ち続けられる。
ヤツが大学三年に進級し、私は専門を卒業。そんな時にヤツと酒を飲んだ。最寄り駅から徒歩十数分。安くて薄汚れて居るが、居心地は悪くない。そんな店だった。私はヤツの口上を、酒でぽやぽやした脳味噌で聞き流すつもりだったのだが、不幸にも深刻に深刻で、かえってシャッキリとしてしまったのを覚えている。
ヤツが言うには、研究が忙しいからバイトどころではない。やらねばならぬから、非正規雇用は続けざるを得ないが、生きていくには苦しい。お前と一緒ならば、不安など無い。だからルームシェア……。私だって、ヤツとの付き合いは短くない。だからヤツの苦労も知っていたし、ヤツに不審なところも無ければ、ヤツが持ちかけてくる理由もところどころわからないでもないのだが……ひとまず私がヤツの心を挫くことに腐心したのは先に述べたとおりである。まぁ、無駄だったということも先に述べたとおりだが。
ある日のことだ。私がメシを作っていると、ヤツはぼんやり近づいてきて、私の仕事振りを暫く見て、そして自分の部屋へと帰っていった。なんだこいつはと思って、食事中尋ねると、手際が良いとの事。そりゃあ私だって、幾らナマケモノと言えど、褒められて悪い気はしない。適当な謝辞を述べ、そのまま食事を再開したワケだが、頭の中では次は何を作ってやろうかと真剣に考えたりなんかもしていた……のかもしれない。確かその日は興味が湧いたから作ったシチューであった筈で、その次の時に作ったのは……角煮か何かだったろうか? 張り切りすぎである。
そのまたある日のことだ。私が洗濯物を干していると、ぶらりとヤツがベランダに出てきて、言ってのける。なんでシワを伸ばして干さないのか、とのこと。私は確か……怠いし面倒だし何も変わらぬと述べたと記憶している。それを聞いたヤツは痛く立腹して、私から干す途中の洗濯物をひったくり、私に変わって洗濯物を干し始めた。その後、日が暮れるまで口を聞いてくれなかったのは未だに理不尽であると、思い出し憤慨をしそうになるところである。翌日だったか翌々日だったか、その時に発した言葉が、自分がやるからやらんでよいという戦力外通告であった。楽になるから良いと思う反面、なんとも情けなく思ったのである。お詫びがてら、戦力外通告を受けたその日は唐揚げだかなんだかを作って謝罪をした。その際に言われたのは、何だったか、メシは作れるのに何故服は干せないのかとかそんな言葉だったか。五月蝿いと反論し、二人して黙々と唐揚げをつついたのは、覚えている。
そのまたそのまたある日のことだ。ヤツがメシの当番で、食卓に作った料理を持ってきた。その後、もしゃもしゃと食いながら、ヤツがひとこと。美味くない。私は別段味は気にしない性格なので、「んなこた無い」と言ったし、そう思ったのも事実なのだが、ヤツはどうにも釈然としない様子であった。もうその時には、役割分担が構築されつつあり、じゃあ暫く私がメシでも作ろうかと思ったのか言ったのか、今となってはわからぬが、分担作業は日に日に強固になっていくのだった。結局、その『暫く』は今まで続いているやもしれぬ。
残ったひとつ、掃除だが、ここに関しては何も言われていない。なんのかんのヤツの仕事量が多いと言えど、毎日のように台所に立ち、メシを作る以上、そこの管理は私の領分であり、私自身の都合の良いように整えている次第である。自然、そこの掃除も私が行う。また、風呂とトイレは適当にシャワーをぶん流して必要なら洗剤とスポンジを用いる程度である故、時折、気が向いたら私が行う。何も言われぬ理由……つまり、私は「やることはやってる」……という状況だからだろうか?
話は少し変わるが、我が父は時折職場に食い物を作って持っていく人間だった。幼いながらに私は不思議そうに父の背中を見つめて居た。ある日、私は父に尋ねた。何故、報酬も無しにメシを持っていくのか、と。
父は言った。
「いや、別に何も考えてねえけど」
私は父を考えなしと罵りそうになったが、うまいうまいと称賛されていたことは父から聞かされていた。その時の笑顔を思い出し、とどまった。この時は罵るのはよろしくないのではと考えを変える程度の思いしかなかったのだが。
そして、話は最初に戻る。何故私は好き好んで毎日毎日飽きもせず、なるべくメニューをかぶらない様にし、栄養バランスを考え、私自身の食事の量よりも多少多く食すヤツのために、脳味噌を振り絞ってメシを作っているのか。
「どう? 美味しい?」
私が尋ねると、ヤツ――ケイという女――は、決まって微笑みながら、満足げに言うのだ。
「うん、いつもありがと」
「そっか」
決まって私はそう返す。そして私が食べ終わってから、ヤツの食器を一緒に持って、台所へ行くのだ。ついでにあの細っこい身体のどこにあのメシが収納されているのか疑問に思いながら。まぁ、私はと言えば、とっとと食器を片付けて、パソコンに向かいたいのである。が、親父の話を思い出し、何故作るのかと悩んだこともあってか、少しだけ普段と違うことをした。
「……掃除と洗濯、いつもありがとね」
「何? 急に」
ヤツはと言えば、くすくす笑い始めた。バツが悪いとはこのことである。