短編集   作:むかいまや

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思いつきを捏ね繰り回した結果、どういう話かよくわからなくなりました。


おかどちがいの交差点

 市街地を縫うように走るローカル線。その路線の鄙びた小さな駅舎。その真隣に小さな公園がある。

 そこには塗装の剥げたブランコやらジャングルジムなんかがあって、利用者の少なさも相まってか裏寂れた雰囲気が立ち込めている。端の欠けていて、かつては真っ青だったことが辛うじて分かる程度に色褪せたベンチが二脚あり、そこの一つに今、私は腰掛けている。

 空は曇り、骨身にしみるような寒風が吹き始めていた。砂利に生える雑草の一塊が、風になびく。うっすらと茶色くなり、枯れ始めているのであろうそれは、手を汚すことさえ厭わなければ用意に引っこ抜けそうに思われた。けれど、私はそれを一瞥したきり、視線を前に向ける。葉が散ってこそ居るものの、大地に根付き、すっくとそびえる大樹があった。

 この公園には、裏寂れた遊具やらベンチやらの他に一本だけ立派な樹が植えられているのだ。それは、ここのひとけのなさとは不釣り合いな位立派な樹木である。この樹の名前など、私にはわからないのだが、きっと時期に合わせて立派な葉を、花を、美しく揺らすのだろう。『だろう』というのは、つまり、私の予想に過ぎない、ということである。平たく言ってしまえば、わたしはここでこんな風に佇んだことは初めてなのである。

 私はこの近隣に住んでこそいるが、住まいは線路を挟んだ向こう側である。ここは田舎であって、車社会でもある。要するに何かの都合(酒を飲む、車を修理に出している等等)でもなければ電車を利用しようと考えることはおろか、駅という建築物の存在すらどこか遠くのものとして理解し、過ごす。況や線路の向こう側にある公園など、来よう筈もない。距離にすれば一キロも無いこの公園は、私の人生からはどうしようもなく距離がある。具体的な数字など出せない観念の話に過ぎないが、きっと一キロ以上はあるに違いあるまい。少なくとも、車でお街に行くよりかは遠い。

 

 とくれば「何故ここに?」という疑問が湧く。理由など大したことではない。なんとなく、だ。部屋に居た所ですることもなく、かと言ってどこぞへ出かける要件もない。午睡にまどろむのも良いが、ここ数日は不意の休み(ということにしておく)の為に、惰眠を貪ることにさえ飽きてきた。だから柄にもなく散歩などしてみて、煙草など吸えるところなど見つからないかと思いながら歩いてきたのだ。煙草など部屋で吸えばよかろうに、とも思うが、散歩にだって目的を求めてしまう愚かしさを嘆くにはちょうど良いのでは無いだろうか。

 

 手持ち無沙汰な感に苛まれながらも、目の前の樹木をみつめる。空は痛いくらい冷たくて重いのに、感嘆の念を覚えさせる位に聳える姿は、空の有り様など自らに無用のことと信じて疑わず、それが間違っていないという証明をしているかのようだった。冬だからかはわからないが葉こそ纏っていない。けれど、そんな彼の姿は寂しさや辛さと言った主張をしているようには、私には決して思えなかった。

 十分程、目の前の大木をまるで宝石か美術品を眺めるようにしげしげと見つめていたけれども、流石に飽きてくる。「どれ、煙草のひとつでも……」と思い、上着のポケットを弄る。そんな折、男と幼児とが公園にやってきた。恐らく、家族だろう。子供の方は薄桃色のもこもこした上着を着て、茶色の長ズボンを履いている。背丈の具合からして三歳前後、というところだろうか? それと手を繋ぐ男の方は、灰色のコートを着て、黒色のジーンズを履いていた。お互いの空気や距離感……などというものを考えるよりも早く、直感的に彼らは親子であることがわかる。

 その親子は、私のことなどお構いなしという具合に、ずんずんと公園を横切り、子供の方は我先にとブランコに腰掛けて身体を揺らし始めた。父親の方は子供の近くとも遠くとも言えぬ微妙な距離感を保ったまま、自由に身体を動かす子供を愛おしそうに、幸せそうに、けれど心配そうにしながら見つめていた。

 上着から取り出した煙草を咥え、右手にライターを持ち、空いた左手を携帯灰皿を取り出そうとズボンの後ポケットに運んでいた私だが、そっとそれらを片付け始める。ただでさえ公園での喫煙など許される行為ではない。人が居ないし携帯灰皿もあるのだから、と甘えたことをしようという思いは飲み込んで然るべきである。子供の前で、公園での喫煙。それは天地神明に誓って許される行為ではない。煙草の箱を再び取り出し、咥えた煙草をすっとしまう。已む無し。寒くなってきたのだし、帰ろうか、そう思って私は立ち上がり、公園から出ていこうとした。そんな時、父親から声をかけられた。

「斉藤か?」

 彼は私の名前を呼んだ。呼ばれた私は振り返ったのだが、彼は申し訳無さそうになんでも無い、人違いだったと続ける。余程、私は訝しげな表情をしていたのだろう。

「そうですけど……何か?」

 昔の知り合いかもしれぬ。ここは我が故郷。考えてみれば何時何処で誰それと出会うという可能性に満ち溢れているのだ。彼は私の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

「あぁ良かった……。俺だよ、俺。中学の頃、同じクラスだった廣瀬だよ。覚えてないか?」

 はて、と思い考える。中学の頃、仲の良い友人たちにはそんなヤツは居なかった。けれど、そう言えば、クラスには広瀬というヤツが居た筈である。

「んー? ……あぁ、お前か……悪い悪い。お前も変わったなぁ……」

「別にいいさ」

 あまり親しくない間柄と言えども、久しぶりの出会いは当然祝福するべきことである。私だって、なんだか嬉しいのである。なんというか、子供の頃の落書きを不意に見つけたときのような、くすぐったいような、楽しいような、そんな気持ちになる。

「何時ぶりだっけ? お前に会うの」

「んーっと……中学卒業以来だろ? だから……十年以上か?」

「そうか! そんなか!」

 広瀬はワハハと愉快げに笑った。果たしてコイツはこんなヤツだったろうか? とは言え、である。時の流れは人を変えるものだ。ふさふさであった頭髪が気付けば荒れ果てた荒野と化すという話だってありふれたものなのだ。劇的な肉体的変化だってあり得る話。況や精神的変化をや。

「広瀬は今何やってるんだ? 結婚はしたのは見りゃあわかるんだが……」

 左手の薬指の指輪を見るまでもない。子供を連れているというだけで大体はそういうことなのだろうし。

 彼は私の問ににんまりと自慢するように笑う。

「あぁ、結婚……えぇっと、五年目だな。コイツは――」

 広瀬はブランコでがたがたやっている子供を親指でさす。

「来月に四歳だ。あっという間だよ、ホント……」

「はぁー……」

 私は妻はおろか、恋人さえ居ないので、羨ましさやら妬ましさやらそんな感情の混じった吐息を漏らすのが限界だった。

「おいで、リョウ」

 広瀬は子供を呼び寄せて言った。

「お兄さんに、自己紹介。ね?」

 リョウと呼ばれた子は、恥ずかしげにモジモジしていたが、父たる彼に背中をとんとんと軽く叩かれ、意を決したように口を開く。

「ひろせ、りょうたろう、さんさい、です……」

 消え入りそうなか細く小さな声で彼は言った。ただでさえ寒風で頬が赤いのに、益々赤くなった彼の頬が目に入る。

「ありがとう、りょうたろうくん」

 私はしゃがみこんで彼の眼をじっと見つめる。まずは彼の勇気を讃えねばなるまい。

「自己紹介出来て、えらいねぇ」

 彼はうんともすんとも言わず、首肯さえしなかった。ともすれば今にも泣いてしまうのではないかと思われるような表情で指をもじもじと弄るばかり。

「おじさんは、パパのお友達。よろしくね、りょうたろう君」

 私の言葉を聞いたか聞かぬかわからぬうちに、彼は父の手を握り、後ろに隠れてしまった。余程人見知りの子なのだろう。人見知り……というよりも、こんなふうな消極的な態度は、私が抱いていた中学の頃の広瀬の印象になんとなく似ている気もする。

「リョウも家や幼稚園じゃヤンチャなんだけどなぁ。知らない人と会うとすぐこんなんだ」

 苦笑しながらも子供の頭を撫でる彼は――奇妙な言い方だが――既に父親だった。

「それで、お前は? 何やってんの?」

 私は話すべきか少し悩んだが、話を始める。細かい部分は端折るが、大雑把に言うなら、東京に出たは良いが、上手く行かず、仕事をやめて地元で休養中である……と言ったところだろう。

「なるほどなぁ……どーりで……。今日平日だろ? 旧い友達はみんなカレンダー通りの休みだから、不思議でさ。……あー、気を悪くしたらスマン」

 私は首を振る。

「かまわんさ。まぁニート生活も悪くないからな、もう少しはのんびりするさ」

 彼は苦笑した。

 私自身、自らの境遇に負い目や引け目を感じていないのだし、退屈に過ぎて平日の昼間に市街地を徘徊出来る程度には精神的に余裕もある。

 

 私達はベンチに腰掛け、四方山話に興じ始めた。誰それが結婚したとか、誰それは大学を出てどこそこで働いているとか……。どうやら私は中学の頃の記憶がだいぶ抜け落ちているようだったし、加えていうならば、もともと交友関係の範囲が違う者同士である。話題に上がる人物の名前は知っている人もいたし、知らぬ人の話もあった。知っている人が話題にあがっても、私の交友関係から離れた人であったため、単に「ほうほう」と頷いて感心したフリをしていた。それは彼もどうやら同じだったらしいが、お互いの間には不思議とトゲトゲした空気はなかった。正しく旧友を温める意図と、そのためのゆったりとした、安心しきったような、気のおけない空気が流れていたし、無論、野次馬根性的な好奇心もはっきりと感じられた。

「それにしてもさ、あの子の性格はお前譲りだな」

 私はそう言って彼の顔を伺う。すると彼は不思議そうな表情を浮かべる。

「そうか? よく嫁に似てるとは言われるけど、そう言われるのは初めてだよ」

 とは言えさほどの興味を引かなかったのだろう。彼は軽く笑って子供の方をじっと見つめる。視線の先のその子は砂場で何やら山を作ってぺちぺちと叩いている。

「服汚さないようになー」

 彼はそう呼びかけるも、子供の方はちらりとこちらを見たきり、砂場での造山工事に集中し始めた。

「子供かぁ、良いなぁ」

 私の言葉に意外だという視線を投げかける広瀬。

「ん? お前も変わったなー……中学の頃は子供嫌いだって言ってたじゃないか」

「俺はずっと前から子供好きだぞ?」

 そうだったっけ? と彼は再び疑問を口にしたが、ふむんと妙な音を発して子供に視線を戻した。

「そうそう、田中のヤツ、嫁さんが妊娠したらしい」

 広瀬は少し思案して、びっくりした表情でこちらを向いた。

「あいつがぁ!? マジかよ……結婚できたのかよ、あいつ……」

 それほど驚くべきことだろうか。田中といえばクラスの中でも指折りの美形だった筈。確か良い大学を出てから銀行だかに務めたとか聞いていた(たまたま高校まで一緒で、昨年の同窓会でそんな話題になったのだ)。そんなヤツが嫁さんをもらうというのは想像が容易な事の筈である。

「なんか変か? 田中つったら――」

 私が彼に対する評価を告げると、それを聞いた広瀬は眉間にシワを寄せる。

「マジかよぉ……田中っつったら――」

 広瀬が言う田中への評価はおよそ私の知る田中とは異なるものだった。恐らく、他者を評価する際にそこまで言うことはあるまいと言わんばかりの罵倒の連続であった。広瀬個人が彼に対して不快感を示すのは勝手なのだが、それほど険悪な中になるような間柄では無かったと記憶しているが……。

「……おいおい、落ち着けって……。幾らなんでもあいつのことをそこまで悪く言う必要は無いだろ」

 私の言葉にはどうやら隠しきれない呆れや失望の感情が込められていたらしい。それを知ってか知らずか、彼は黙り込み、うつむく。

 ちょうど彼がそうするや否や、ひとつの決定的な答えのようなものが脳裏に浮かんだ。

「……あのぉ……確認なんですけどぉ……」

 何故敬語! と思わなくもないが、今まで感じてきた微妙な違和感は確かなので、それに答える私も敬語になる。

「えぇっと、中学ですよねー……? 私は北中ですね……」

「あー……」

 どこか納得したようなうめき声を上げる広瀬。

「あー……えぇっと……やっぱり?」

 私が聞き返すと、少し迷ってから広瀬は口を開く。

「えぇっとー……そのぅ……私は南中です……」

 赤っ恥……と言うには彼も私もお互いをあけすけにしすぎた。公園を包む空気はと言えば、冬の冷たく乾燥したモノに何処かよそよそしさというか、申し訳無さというか、そういう心の距離のようなものがまじり始めている。

「あ、あはは……」

 どちらともなく、乾いた笑いが公園に響いた。

 

 お互い無言で数分ほど経過した。お互いに視線どころか言葉すら交わさず、じっとしていた。それこそ、似た奴も居たもんだと語り合っても良いはずだが、どうにも居たたまれず、かと言って立ち上がるのも白々しい。お互いに動きを取ることが出来ずに居た。

 その間中、広瀬の子供は砂場で山造りに励んでいたようで、今やトンネルを開通させんと麓に手をつけようとしていた。そんな折、電車がやってきた。

「おとーさん、ママ、帰ってきた?」

 広瀬は子供の言葉に腕時計をちらりと見る。

「そうだね、この電車だ。迎えに行こう」

 これを好機と言わんばかりに彼はやおら立ち上がり、私にひとつ会釈して公園を出ていった。私も彼に会釈を返したものの、それはそれとして……私は今日の事を振り返りながら視線を宙に向ける。

 思えば最初からおかしかったのだ。別段親しくもないヤツがあたかもかつての親友に話しかけるような具合で話しかけてくるのも妙だし、会話の中で知らないヤツの名前が多かったことも、知っているヤツの名前が少ない上に、そうであってさえ、近況に食い違いが生まれていたのだから。もっと早い段階から気づくべきであったのだ……。私が悪いわけでも無く、彼が悪いわけでもない。というよりもそもそも、どちらが悪いと決めるようなものでも無く――

 きゃいきゃいと楽しげな声が道路から聞こえてくる。駅の利用者だろう。そんな中に広瀬一家の姿があった。広瀬……さんは既に不思議と見知った親しい仲だが、嫁さんの顔を見ておこう。そう思って視線を向ける。

「……飯田……?」

 広瀬……さんの嫁さんは、私の知っている人物だった。初恋の人……というワケではないが、かつてから明るく朗らかな女性で、多くの男子が憎からず思っていたのは事実である。誰それと付き合っているなどという下品な噂話の類もなかった為、飯田という女性と旦那という組み合わせがどうにも新鮮で、それが為に、自分でさえ鼻につくくらい汚らわしい嫉妬のような思いが芽生えてくる。

 私の呟きが聞こえたのだろうか、それとも聞こえなかったのだろうか、それはわからない。彼女がちらりと公園を見て、私に会釈をした。私にかつての面影を見たのだろうか? それとも単に視線があったからだろうか? それもわからない。そうして広瀬一家は私の視界から消えていった。

 私は何故だか妙に涙が込み上げてきて、無性に悲しくて、悔しくて……彼女が結婚している、という事実がそんなにも私の心に響いたのだろうか? 別段、好意的な感情をいだいていたという訳でもないのに、どうしてだろうか? いや、きっと、知った人が私よりも前に進んでいることが、きっとどうしようもなく、私には辛くて堪らないのだ。

 

 ひとまずは、そう、帰ろう。帰ってから酒を飲んで、寝て……。起きたら仕事でも探そう。そう思った。

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