そこで行われているのは、「ディルド茶道」だった。
一
ある良く晴れた朝である。期間限定海域への出撃を一週間後に控えているにも拘わらず、この鎮守府の全ての艦娘には休暇が与えられていた。艦娘たちの不断の努力を信じての提督の配慮である。そこで、ある者は自主鍛錬を、ある者は羽休めをと、思い思いに降って湧いた休暇を満喫していた。
そんな中、板張りの渡り廊下を闊歩している艦娘が一人。すらりと伸びた肢体。しかし、装束の上からも、細身ながらよく鍛えられている事が分かる。歩くたび揺れる髪は背中まで伸び、髪は烏の濡れ羽のごとく黒々とし艶やかだ。そして、その頭に煌めく艤装は鋭く前に伸び、鬼を思わせる威容を誇っている。美しさと勇ましさの完璧な調和――世界七大戦艦が一隻にして、かつての連合艦隊旗艦。長門である。
さしもの彼女も、この日ばかりは普段の作戦会議や教導といった任務から離れ、鎮守府内を視察している。
「さて、たまには執務室や戦艦寮以外も見て回ろうと思い駆逐艦寮に来たのだが、何やら騒がしいな……どうしたのだろう」
駆逐艦寮に近付くに連れ、その声がお互いに何か指図するものだと分かってきた。どうやら駆逐艦たちは、こんな日でも室内で何かしらの鍛錬を積んでいるようだ。
「皆で和室に集まっているのか、見に行かざるを得ないな! 出撃がなかろうと午前中から研鑽に励むその姿勢、労わらねばなるまい」
長門は意気揚々と歩みを進めた。無論、鎮守府内でも彼女の武勇は知れ渡っており、駆逐艦の中には彼女を目標とする者も多かった。当然彼女にも己が武勲への自負と誇りがあり、それらが彼女を歩かせていた。
「待っていろ駆逐艦よ、ビッグセブンが今行くぞ」
しかしながら、誰にともなく言った言葉には、矜持や義務感から来るのとは明らかに違った響きがあった。
*
「何なのだ、これは? どうすればいいのだ!」
駆逐艦たちの集まっているその部屋に辿り着いた長門は、思わず声を上げた。
幼気な少女の姿をとったその駆逐艦たちは、それぞれ得体の知れない棒を持ち、ひたすら器をかき混ぜているではないか。
「ディルド茶道なのです!」
大人しげながらも、どことなく強い意志を感じさせる声。第六駆逐隊の末っ子、電が答える。しかし、長門はその言葉をすぐには理解できなかった。思わず頓狂な質問を口にする。
「何? ディルド茶道はただの茶道ではないのか?」
「どういうこと? ディルド茶道を知らないなんて、一人前のレディーにあるまじき事態よ!」
答えたのは長女・暁。長門は、彼女の、なぜ疑問に思うのか理解できない、といった様子を見て、己の無知を責めた。
「そうなのか……。長らく秘書艦を務めてきた私がそのような常識を知らないとは……前線に立つことばかりに気を取られ、鎮守府の内情を知らずに居たということか、素直に反省しなければ……」
その落胆の声を聞き、すぐさま励ますのは三女・雷。
「そんなに深刻に考えなくていいのよ! 長門さんはいつもこの鎮守府の主力として頑張ってくれているんだし、私たちの遊びを知らないのは仕方ないわよ! 気にすることはないわ!」
雷の激励を受け取ってなお、長門は戦い一辺倒だったと露呈した己の在り方を良しとしない。
「いや、だからこそだ! 普段第一艦隊を預かる私が皆のことを理解していないのは問題がある。私にもっとディルド茶道の事を教えてくれないか」
その申し出を聞き、静かにこちらを見ていた次女・響が口を開いた。
「
その言葉を聞いた長門が、「ありがたい!」と座ろうとしたまさにその時。
『戦艦長門、提督がお呼びです。ヒトヒトマルマルまでに執務室に向かうように。繰り返します……』
鎮守府内放送のチャイムが鳴り、大淀の声が響いた。長門の視線が、決まり悪そうに壁に向かう。長門の目は今、戦場で見せる白刃のごとき眼光ではなく、陽だまりのような柔和な眼差しであった。呼び出しが放送された数瞬、長門は諦めたように見えたが、すぐ響に向き直った。
「済まない、昼には帰って来れる筈だから、後でまた頼んでいいだろうか?」
響は、期待を帯びた彼女の表情と真摯な言葉を受け止め、答えた。
「もちろんさ、信頼と呼ばれたのは伊達ではないよ」