十四
木曾は、鎮守府の外れ、薄汚れたトタン張りの建物を尋ねた。壁は二階建て分ほどの高さがあり、出入り口は大きく、見るからに居住を目的としたものではない。
その大きな扉の前で、木曾が立ち止った。
「ついに来たぜ、工廠……! おーい! 誰か居ないのか!」
「はーい! あら、木曾さんですか! 明石をお呼びですか?」
快活そうな声が返ってくる。少し遅れて、レールに詰まった砂を轢き潰しながら、鉄の扉が開いていく。奥から現れたのは工作艦・明石。美しい桜色の髪をしている。側頭部の髪は耳の後ろで結んで前に垂らされ、後ろ髪は腰まで伸びている。よくもまあ作業の邪魔にならないなあ、と、木曾は乙女心のかけらもない感想を持った。
「ああ、ひとつ俺から、発注したいものがある」
「え? でも、兵装の開発の指示は提督が……」
「その提督を出し抜くためなんだ。いや、お前も知っているんだろう? 新兵器の計画を」
ニイッ、と、右の口角だけで笑みを浮かべる木曾。
「し、新兵器?」
怪訝そうだった明石の表情が、瞬時にして驚きに塗り替えられた。
「ちょっと待った! その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
明石の上げた声に、奥から別の声が走ってきた。
「何だ、お前もいたのか」
作業着の艦娘は薄浅葱の髪を後ろで結び、金属製の無骨な溶接面を持っている。軽巡夕張だ。一体何をしていたのかは分らないが、顔面からつま先まで、ところどころが煤にまみれ、作業着にも所々穴や油染みができている。小汚いといえば小汚いが、それがかえって彼女の可憐な顔立ちを際立たせているようだ。汚れはスイカの塩のようなものだろうか。
「新兵器といえば私でしょ! あと明石、何尻込みしてるのよ! 新しいものはどんどん試す、それでこそ技術者じゃないのかしら?」
そして、見た目通り彼女も新武装に興味津々である。何か不穏なものを感じていた明石とは大違いで、疑う様子も無く、猛烈に張り切っている。
「そう言われると、私も興味が無いと言えば嘘になりますね……」
「そう来なくちゃな。で、本題だ、俺が聞いたところによると――」
木曾は、己の収集した情報から推定した仕様をつまびらかに語った。
「えっ何ですかそれは……。実現できるかどうか……。いや、それを何とかしてこそ工作艦です! お任せください!」
「なんだかとんでもないわね。でも試したくて仕方ないわ! 全面的に協力するから、絶対に完成させましょ!」
木曾の話す新兵器は、荒唐無稽ではあった。しかし、実現すれば並々ならぬ戦力になるのは間違いない。そう思うと明石も夕張も、困難な挑戦であるとわかっているからこそ奮い立つのであった。己の技術で既成概念を超えてやろうという、まさしく技術者の矜持が彼女らの血を沸かせていた。
「海域の解放までに、なんとしても完成させてくれよ」
二人の目の輝きをを見て、木曾は勝利を確信するのであった。
十五
「司令、司令?」
「う……。ハッ?!」
不知火の声で、提督は目を覚ました。
いつの間にか執務室の隣の宿直室に寝かされていたようだ。
「急に倒れられたんですよ、すこし根を詰めすぎたのでは?」
気付くと妙高が、頭の横、一歩離れたあたりに正座し、心配そうにこちらを覗き込んでいる。ずっと付き添っていたのだろうか。
「いや、そういう訳じゃないんだが……し、不知火」
不知火も妙高の隣に座っているが、やはりというか真顔だ。
「不知火に何か落ち度でも?」
「いや、楽しかったならいいんだ……」
良いわけがないのだが、提督はこの問題はさて置いて、まずは作戦立案をすることにした。もともと昼の会食のために夕方に予定をずらしている。休んでもいいが、一度言い訳するとずっとしそうで、やると決めたことをやらないのは提督にとって何か恐ろしかった。そして提督自身、想定外の出来事に翻弄されていてはこの仕事は務まらないと理解していた。
「今からちょっと仕事を片してしまいたい。妙高、埋め合わせは今度必ずする。今日は済まなかった」
「あまり無理をなさってはいけませんよ。それではまた、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、妙高が宿直室を出た。提督は彼女に感謝すると同時に、自分の不甲斐なさを責めた。
「ああ、ありがとう」
今はそう言うのが精いっぱいだった。
「……司令。たまには息抜きも良いもの、ですよ」
「ああ」
……今日息抜きする筈だったんだがな、と、思いつつも、提督はとにかく海図を広げた。
一人で過ごしても気分が塞ぐ、大勢で過ごすと気を遣うのが息抜きの難しいところですね。