三
「おっ、武蔵じゃないか、一人とは珍しいな。隣いいか?」
食堂で山盛りのカレーを食べる武蔵に、声をかける者がいた。
「木曾か! 嬉しい話だ、今日は大和とは別行動でな。是非一緒してもらおう、ところで木曾よ、ディルド茶道とは何か知っているか」
武蔵もまた、長門と同じ病気が出始めていた。
「ディルド……さどう? 知らんな。さどうとは茶を点てる茶道のことだよな」
「ああ、そうだ。その様子だとディルドが何か、木曾も知らないようだな」
そして、やはり「ディルドが何なのか」という謎は解けないのである。
「見当もつかないな。器なのか?」
「棒状の物と聞いている。さては新兵器かもしれないぜ」
この発言が後にあのようなことを引き起こすとは、武蔵は想像だにしなかった。
「新兵器だと? 提督め、俺に言わないで何をしようとして……。いや、まだ俺に支給してくれないと決まったわけじゃないか。ま、何にせよ気になるな」
武蔵は、木曾が新兵器と決めてかかっていることは察したものの、特に訂正や補足はしなかった。もとより、さしたる考えがあっての発言でもない。
「だろう? 私も気になってな、今から見に行くところだ。折角だし、木曾も一緒に来ないか?」
「アリだな。秘密兵器ディルド……。ゾクゾクする響きだぜ」
そんな会話をしているうちにも、武蔵のカレーはどんどん減っていく。皿から消えるカレーの量に対し、露わになっている武蔵の腹が膨らんでいるようには見えない。
木曾も、消えていくカレーの行方を気にしつつカレーを頬張る。お互いの皿の上は同じ割合で減っているが、体積を考えると恐ろしいことである。もっとも、それに驚愕する程神経が細い木曾でもないので、黙々とカレーを食った。食うのに集中しているから、近付く姉には気付かなかった。
「抜け駆けして食堂に行くなクマ! 気取って一人飯してないで球磨達と食べるクマ! あ、武蔵が一緒なんて珍しいクマ、木曾がお世話になってるクマ」
「こちらこそ。いつもより早く来たらたまたま会ったのさ」
「球磨姉に多摩姉か。別に気取ってるつもりは無かったんだが……」
事実そんなつもりは無かった。単に忘れていただけだった。
「今日は一緒に食べる約束だったにゃ」
「そうだったか? 悪いな」
「まあいいクマ。今からでも球磨達と食べれば許してやるクマ!」
「多摩達が食べ終わるまで待ってるにゃ」
「フッ、賑やかでいいな。だが私はディルド茶道を見に行くから先に失礼する、今度は四人揃って食べようぜ」
姉らと会話して目を離した隙に、武蔵のカレーは全て消えていた。あの量をあっという間に平らげた武蔵に、木曾は真顔で感嘆する。
「よろしくだクマ。武蔵の食べっぷりは見てて楽しいクマ」
「さて、俺もディルド茶道って奴を見に行くとしようか」
流れで自然に退席しようとした木曾だが、多摩に腕を掴まれた。
「逃がさないにゃ」
「仕方ねぇ、まあ約束は約束だ、俺もカレーおかわりするから一緒に食おうぜ」
「なんでそこで偉そうにするクマ!」
秘密兵器ディルドを目にすることが叶わず、内心で怨み言を言った木曾、だったが。
「それにしても木曾はディルド茶道も知らないクマ? 遅れてるクマ」
「俺以外は知ってるってのか……? そもそもディルドって何だ」
特に流行に聡いとは思えない姉からの、遅れてる、という発言を木曾は真に受けた。木曾としては、別に情報交換を怠っていたつもりは無い。
深まり続けるディルドの謎が、木曾の脳に突き刺さっていた。
「いわば夜の魚雷にゃ」
木曾の想像力は、多摩の言葉にますます触発される。
『魚雷?! 夜戦専用なのか? ますます興味が湧いてきたぜ、いや待て……』
木曾は特別純粋すぎるわけでも、抜けているというわけでもない。むしろ戦いにおいても日常においても、末っ子ながら頼れるし、気遣いだってできる性質だった。しかしこの時は、秘密兵器であるという先入観が冷静な判断を邪魔していて、全てを額面通りに受け取ってしまったのだった。
「魚雷で茶道をするってのか?」
そして、当然理解していると思った姉達は、疑問が額面通りとは思わず冗談を返したのだった。
「魚雷を抱えたり魚雷に跨ったりしてるのもいるクマ、いまさら気にするなクマ」
『なるほどな……後で潜水艦連中にも聞いてみるか』
そのように思案しながら、木曾は二杯目のカレーを頬張った。
本から魚雷を出すのを初めて見たときの皆の反応が知りたい。