ディルド茶道   作:プリン

4 / 11
ついにそのヴェールを脱ぐ「ディルド」。

そして、その驚きの調達方法とは。


ディルド茶道 四

「遅かったじゃないか……。昼は既に済ませてきたよ、彼女とな」

 

「やはり戦艦の食事は圧巻だな、私もつられて早食いしてしまった」

 

 長門と那智は、指定された時刻より先に集合場所で待っていた。彼女らはどこまでも折り目正しいのである。

 

「待ち合わせの時間はまだじゃないか、大目に見てくれ」

 

 そして提督もまた、覚えている約束は必ず守る男であった。

 

「仕方ない――ん? 不知火が来るが……様子がおかしくないか」

 

 長門は向かってくる不知火に気付いた。と同時に、普段は冷静な彼女がワナワナと震えており、その眉間には深い皺が刻まれ、仏頂面をさらに険悪なものにしているのに気付いた。もちろん提督も気付き、すかさず声をかけた。

 

「おい、どうした不知火」

 

「いえ、何も。不知火は問題ありません」

 

 口ではそう答える不知火だったが、その心中は穏やかでなかった。先だって姉妹と交わしたやりとりのせいである。

 

 『……陽炎と黒潮にディルド茶道の話をしたら唖然としていたし、舞風はディルド茶道の踊りなるものを踊りだしたし、時津風は何を聞いても躱す、そのせいで雪風まで興味津々になって、まるで一緒に騒いでいるみたいに……。知らなかったのは不知火の落ち度といえ、ここまで虚仮にされるとは。この不知火、必ずやディルド茶道とやらを会得してみせる』

 

「そうか」

 

 その心中を覗くことは叶わないものの、訊いては不味いのは察し、特に詮索はしない提督。その判断は、ここでは最適解であった。

 

「そういえば、妙高は来なかったのか」

 

 いつの間にか到着した武蔵が訊く。

 

「残念だが、妙高姉は今日は先約があったらしい」

 

「では、参加するのはこの五人か。次は妙高も居るといいな」

 

 普段はそれ程関わりのない妙高との交歓を楽しみにしていた長門にとって、確かに残念は残念だった。しかし、今はそんなことよりディルド茶道だ。

 

「行きましょう、提督」

 

 不知火は、珍しく気が逸った様子であった。

 

 

 駆逐艦寮の広間。ここに長門、武蔵、那智、不知火、提督が揃っているのは、なかなか物々しい。事情を知らなければ立ち入り調査か何かとでも思うかもしれない。

 

「待たせた」

 

「気にすること無いわ! あら、司令官も来たのね! 相手が司令官でも、雷、張り

切って指導しちゃうわよ!」

 

 そんな面子にも構わず、世話焼きオカンの如き態度を取る雷はまぎれもなく大物である。いや、幼気な純真さの前には、威圧感など役には立たないのかもしれない。

 

хорошо(ハラショー)。司令官が業務以外で来てくれるなんて、珍しいね」

 

「はわわ、さすがに緊張するのです」

 

「し、司令官が相手でも、レディーの作法について妥協するつもりは無いわ! しっかりついてきなさい!」

 

「ハハ、お手柔らかに頼むよ」

 

 彼女らの歓迎で思わず頬を緩めた提督であったが、その胸中は件の言葉に煩わされているのである。

 

 『にわかには信じがたい……。

こんな、こんないい子たちが――ディルドで器をかき回しているなんて』

 

 ディルド茶道。洋と和、(みだら)(みやび)のキメラ。

 

 そして、駆逐艦たちの健やかな魂は、提督の心に吹く煩悶などに靡きはしない。

 

「じゃあ、まずは順番に座るのよ!」

 

 武蔵と暁、長門と雷、那智と響、不知火と電が向かい合って座る。

 

「司令官さんが余ってしまったのです」

 

「いいのよ! 私が二人いっぺんに見てあげるわ!」

 

「ずるいわよ! 司令官は私が指導してあげるんだから!」

 

「じゃあ俺は皆を見ているとするよ。淑女としての振る舞い、存分に見せてもらおう」

 

 やろうとしていることはさておき、第六駆逐隊は楽しそうだし、自分の来訪を心底喜んでいるようだったので、提督が水を差すわけにはいかなかった。

 

「そ、そんなこと言って、喜ぶと思って!」

 

「任せなさい!」

 

 やいのやいのと騒ぐ姉妹。

 

「……さて、やりますか。みんな、一人に一つずつ、茶碗はあるね」

 

 それを、響の落ち着き払った声が制した。

 

「ほう、これはいい器、……なのだろうか」

 

「間宮のとさして変わらんな」

 

 器を持ち上げ、まじまじと検めていた武蔵と那智は、器にも何か仕掛けがあるのではないか、あるいは器の鑑賞もディルド茶道の一部なのではないかと疑っていた。しかし、特に変わったところは見当たらなかった。実際、それは間宮に山ほどある、ぜんざいだの蜜まめだのを入れる椀である。

 

「間宮さんから借りて、ここに置かせてもらっているよ。見ての通り、茶碗には何の変哲もないんだ。ディルド茶道において大事なのは、これだよ」

 

 

 その一言と共に、彼女はどこからともなく「ソレ」を取り出した。

 

 

 

 一言では言い表せないその姿。

 

 黒々と光る表面には、何のためかはわからないが筋が入っており、樹木を思わせる。一方でその先端に凹凸はなく、つやつやと光っている。枝から若芽が出ているかのごとき風貌だが、片手には収まらない大きさで、小枝と呼ぶにはあまりに太い。小枝というよりは、傘が開き切っていないきのこに近いかもしれないが、だとすれば柄に比べて傘が小さすぎる。

 

 とにかく、概して生物的なその風貌は、とても兵器には見えない。

 

「……ふむ」

 

 那智はただそれの姿をありのまま受け入れて。

 

「なるほど」

 

 不知火は別になんでもないとばかりに。

 

「……ほう」

 

 武蔵は一体それが何者なのかを考えつつ。

 

「これが……」

 

 長門は待ち望んだそれの登場に興奮を抑えきれない。

 

 今朝からずっと、彼女らの心に引っ掛かり続けていたそれの名は。

 

 

 

「ディルドなのです」

 

 

 

 『ディルドだ……』

 

 提督は、まさか現れないだろうと思っていた「ソレ」の登場をどのように受け入れればいいかわからず、ただ目に飛び込んできた現実を脳内で言語化した。

 

「これがディルド……変わった形をしているな」

 

 長門はそれを受け取ると、色々に持ち替え、舐め回すように眺めた。

 

「ふうん……何とも形容しがたい」

 

 那智の言葉を聞き提督は安心したが、それはそれで大丈夫なのかと少し心配になった。

 

「なんだ、どんな兵装かと思ったら、ただの樹脂製の棒じゃないか」

 

 手に取ってグニグニと曲げている武蔵はそう言い放ったが、別に興醒めしたわけではなさそうだ。

 

「驚くほどのこともありません」

 

 不知火は他の三人の様子をただ眺めている。

 

 そして、彼女らを見守る提督は、もはや眩暈がする心地であった。

 

 ひとしきりディルドをいじくった武蔵が響にディルドを返すと、那智はあることに気付いた。

 

「待て、我々の席にディルドが無いが……」

 

「心配しないで! ディルドは自力で収穫してこそ、一人前のレディーよ!」

 

「む? ディルドはどこかで採れるっていうのかい?」

 

 武蔵はディルドの収穫に興味津々だ。

 

「行きましょう! ついてきなさい!」

 

 提督は、あくまで平常運転の彼女らに圧され何も言えなかった。しかし内心には、

様々な想念が渦巻く。なぜディルド茶道などというものが流行するに至ったのか。

ディルドはどこからやってきたのか。間宮は器の使い道を知っているのか。

 

 いや、そもそも収穫とは何なのか。

 

 

「このあたりで収穫できるのです」

 

 電は今いた建物の裏手、建物沿いに背の低い植栽がされた地点まで来て歩みを止めた。

 

「駆逐艦寮の裏……。たまに通りますが、変わったものは見かけませんね」

 

「ディルドはこういう茂みに、ひっそりと置かれているんだ」

 

 そう言うと、響はやおらしゃがみ込み、植栽の裏、雑草の伸びたところに手を突っ込み、中を探りはじめる。

 

хорошо(ハラショー)、もう見つかったよ。幸先がいいね」

 

 そう言って手を抜き出すと、その手にはショッキングピンクのディルドが握られていた。

 

「響すごいじゃない! 流石六駆一のディルド探し名人ね!」

 

「暁も負けないんだから!」

 

 雷が響を誉めるのを聞いて、暁もガサゴソと茂みをかき分け始めた。実に微笑ましい光景だ。探すのがこんなものでさえなければ……。

 

「みなさんも、このあたりの茂みで自分のディルドを見つけるのです」

 

「なかなか面白そうだ、ビッグセブンの力を見せてやる」

 

「フッ、負けはしないぞ」

 

「不知火を駆逐艦と侮らないで」

 

「こういう泥臭いのは足柄や羽黒には似合わんと思うのだが」

 

 長門、武蔵、不知火、那智。何事にも妥協を許さない艦娘だけあって、不平ひとつ言わず這いつくばってディルドを探し始めた。その姿勢は評価に値する。そして提督は、その恰好は那智にも似合わないと思った。

 

「おや……! 見つけたぞ! なかなか大きいな!」

 

 そう言って長門が取り出したディルドは、二十センチはあろうという、長い、半透明の水色のディルドであった。響のと違って凹凸は無く、なめらかな姿をしていた。

 

「やるじゃないか。おっ、私も見つけたぜ。長さはそれほどだが太いな。ディルド茶道ではどちらが有利なんだろうか」

 

 武蔵が見つけた肌色のそれは十五センチほどであったが、ラムネ瓶の底ほどの直径はありそうだ。その姿に提督だけが身震いをした。

 

「私のは大きく反っているぞ。無骨だが力強さを感じる。悪くないな」

 

 那智の得物は黄色く、他のディルドのごく緩やかなカーブよりも急な弧を描いていた。雄々しいとも表現できそうだが、彼女自身はどちらが上なのかもわからないので、ましてやその曲りの意味するところなどつゆ知らずであった。

 

「これはなんでしょう」

 

 不知火のそれはほぼ響のと同じであったが、後端に吸盤がついていた。

 

「レアディルドなのです」

 

「大事なのはレアリティや性能ではなく練度ですが。まあ、貰っておきます」

 

 電は、突然の発言を理解しかね、首を傾げた。

 

「ゲストの皆のディルドは揃ったわね! 戻ったらいよいよディルド茶道本番よ! 見てなさい!」

 

「その前に洗い場でディルドの処理をしなきゃ! 収穫したディルドはたっぷりの塩を手に付けて塩もみするのよ!」

 

 彼女らは寮の外にある流し場に集まった。鍛錬中の給水や、花壇への水やりに使うところだ。

 

 そして、六駆の四人はディルドに塩を塗りたくった。

 

「ほう」

 

 ディルドを握りしめ、響の肩越しにその作業を眺める長門。

 

「こうやって、段になっているところをやり残さないように、丁寧にこするんだよ」

 

 そう言いながら、響はじょりじょりとディルドをこすり始めた。胡瓜であればとげがぽろぽろ落ちるのだろう。

 ディルドは一体何のために? そんな疑問を持つこともなく、皆一斉にディルドをこすった。軍隊仕込みだけあって、疑問を差し挟む前に体が動くのだろう。

 

「むう、なかなか骨だな」

 

 那智は、弓なりのディルドがくるくる回るのに難儀していた。

 

「艤装の手入れに感覚は近いな」

 

 武蔵は黙々と極太ディルドをこすった。確かに洗い応えはありそうだが。

 

「吸盤のせいでこすりにくいですね」

 

 そう言いつつも、不知火は吸盤の裏や吸盤との境目も丁寧にこすりあげた。完璧主義者なのだ。

 

 提督はただ、夢なら覚めてくれと願いながら立ち尽くした。自分が何を見ているかはやはり理解できなかったが、作業に専心する後姿だけは美しいと思った。

 

「こすった後はよく洗うのよ! お茶が塩味になっちゃうわ」

 

 雷に従い、皆入念にディルドを洗い流した。

 

「こんな感じでいいだろうか」

 

「十分なのです」

 

「自分で拾って洗ったディルド……なかなか愛着が湧くではないか」

 

 黄色いディルドを眺める那智の顔は、相変わらずの仏頂面だが、その言葉は確かに愛おしげだった。 




次回、ついに実践。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。