五
再び和室。
「道具もそろったし、お手本を見せるわよ!」
雷の言葉に、長門たちは座布団の上で少し体をずらした。
「そういえば、入退室の作法なんかは無いのか?」
武蔵は茶道について、その外観以外に、「作法が面倒くさい」「抹茶は苦い」程度の知識はあった。
「鎮守府に茶室はないし、そのあたりはあまり気にしていないよ。畳の縁を踏まないことさえ気を付ければ大丈夫だよ」
「背筋を伸ばすのよ! って、言わなくてもみんな伸びてるわね」
雷の言うとおり、長門たちの背は、天井から吊るされているかのごとく直立している。
「軍人なら当然です」
「みなさん、こうして並ぶとすごい迫力なのです」
「じゃあ、始めるわよ! お菓子があるときはお菓子を食べるのだけど、今日は練習だから用意してないわ!」
暁の言葉に誰も表情を変えなかったが、武蔵は内心少し残念だった。
「競技としてのディルド茶道に亭主と客、出す側出される側はないの。無心で一斉にお茶を点てるのよ」
「茶道具には限りがあるから、今回は茶釜なんかのお湯を沸かす道具は真ん中に置いたけど、より格式高いディルド茶会のときは違う置き方をするんだ」
「今回は省略するのですが、お茶碗を温めるのともっとおいしくできるのです」
「テカテカした『棗』にお抹茶が入っているわ! 手元の小さいスプーンみたいな『茶杓』ですくって茶碗に入れるのよ! 右手に茶杓を持って、左手で棗を取って左ひざの前に置くの!」
「ふむ」
那智が冷静に返す。暁、響、電、雷が一気に話したが、誰ひとりうろたえるものは居なかった。提督は何も言わず、とにかくこの事態について考えていたので、特に聞き返しはしなかった。
「右手に茶杓を持ったまま、棗のふたを外して右ひざの前に置くのよ」
暁のその所作は実に無駄がない。日々の成果なのだろうか。
「茶杓一杯半のお抹茶を茶碗に入れるのです。入れたら茶碗の縁で茶杓を打って茶杓に付いた抹茶を落とすのです」
「戻すときはさっきと逆の手順……茶杓を握ったまま棗の蓋を閉めて、棗をもとの位置に戻して、茶杓を棗の上に置くのさ」
「なるほど」
不知火の顔は真剣そのもので、まるで戦いに出ているかのようである。
「茶杓で釜のお湯をすくって茶碗に入れるわ! 一杯で大丈夫よ」
「いよいよか………」
雷がお湯を注ぐのを注視する長門。その昂ぶりが口から漏れる。
「さあ、見てなさい! 右手でディルドを取ってかき混ぜるわ!」
「Урааааа!」
「いくわよ!」
「な、なのです!」
姉妹は先程までの優美な動きからは想像もつかないほど俊敏にディルドを取り、凄まじい勢いで器をかき回し始めた。
「我々も続くぞ!」
「フッ、面白い!」
「行くぞ!」
「やらせてもらいます」
長門、武蔵、那智、不知火も、ディルドを手に取った。
そして、広間には、ディルド茶道の音に満たされた。
その撹拌のスピードは、水面を打つのを追い越し、器から立つのはシャカシャカという連続した律動となっていく。
「あら、ダマができてしまいました」
そう言いつつ、不知火は止まらない。
「ディルドで押し潰すのです」
「成る程。ありがとうございます」
ダマを潰すに合わせ、チャプチャプという水音が立った。
「かき混ぜ方は好きにすればいいよ。この鎮守府は今、多くのディルド茶道流派が競い合うディルド茶道戦国時代なんだ。第六駆逐隊が誇る『暁流』は全体が泡立つまでかき混ぜるよ」
「私が家元よ!」
響の解説に合わせ、暁が胸を張った。
「しかし……この棒で本当に泡が立つのか?」
那智がそう思うのも至極まっとうだ。見ていても空気が含まれている気がしない。ディルドはそのようなフォルムではないのだ。しかし、電は平然と答える。
「そこが腕の見せ所なのです」
そして、やればできると言われればやらずにはいられないのが彼女たちなのだ。
「そうか、ではビッグセブンの力を見せてやる」
すると、水音は更に間隔を短くし、船のスクリューのごとき調べを奏でる。
「すごいじゃない! 流石連合艦隊旗艦を務めただけのことはあるわね!」
「フフ、そうだろう、そうだろう」
猛然とかき混ぜる長門に雷が感嘆している。連合艦隊旗艦とディルドの扱いに何の関係があるのかは、提督にはよくわからなかった。
「やるじゃないか長門」
武蔵も負けじと手を早める。しかし相棒の太さゆえか、水音は不規則で大きかった。
「長門さんも武蔵さんも、レディーなんだからもっと静かにやってよ!」
その二人には暁も苦言を呈した。しかし、他の面々の悪戦苦闘ぶりを尻目に、那智は涼しげにかき回している。
「ふむ。勝手がわかってきたぞ」
「хорошо。無駄のない動きだね」
そして、不知火はダマの存在を許せなかった。
「なかなかダマがなくなりませんね」
「そのくらいなら気にしなくていいのです」
電の労わりも介さず、不知火はダマの駆逐に専心した。
しゃかしゃか、しゃかしゃか。
この場の光景が、その儀式の立てる音が、そこに響く声が。ありとあらゆるものが提督の脳を揺さぶった。これがディルド茶道。我が鎮守府の流行……。
受け入れられない提督。それでも、ディルド茶道の音は頭の中に響き渡っている。
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷっ。ちゃぱちゃぱ。
しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか。
じゃぷじゃぷ。
しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか。
しゃかしゃか、しゃかしゃか、しゃかしゃか。
「……すまん、そろそろ仕事に戻らないと」
「えっ? もっと暁のこと見ていってよ!」
「執務室に戻られるなら、不知火もご一緒します」
「いや、折角だし気が済むまで習っておけよ。俺は大丈夫だ」
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
提督は、皆が自分と空間を共有するのを喜んでくれるのは嬉しかったが、この空間に居るのは耐え難かった。しかし誰を責めるわけにもいかない。自身を責めるべきなのか?
否。責任以前にこの光景は、受容するには――あまりにも現実離れしている。
「普段の皆が楽しく過ごしているのが分かって何よりだ。また何かあったらお邪魔させてくれ」
「
皆が楽しそうなのはきっと良いことなのだ。だから白けさせないよう、提督は持てる限りの気遣いをしてその場を離れた。やたらと足元がふらついている。彼の足場を奪っていたのは、酒からくるような浮遊感ではなく、許容しきれない現実の重みだった。
提督は、この鎮守府はどうなってしまうのか。