六
提督はひとり、先ごろの様子を述懐しつつ歩いた。どうして鎮守府にディルドが落ちているんだ。早急に対処しなければ鎮守府の風紀が――
「どうした? 浮かない顔してるじゃないか」
そこに声をかけたのは、木曾であった。
「ああ、大丈夫だ」
「……相談ならいつでも来てくれよ」
提督は、木曾の気遣いをありがたく思うと同時に、己の配慮が見透かされているようでなんともバツが悪かった。木曾は知的という印象こそ無かったが、風貌や言動の荒々しさに反し、思いやりに満ち、洞察にも優れていた。
「そうだ、俺から一つ聞いていいか?」
「ん?」
「ディルドってのは、何なんだ?」
しかし、事情があるらしいといえども、今回は提督の隠し事を看過することはできなかった。木曾は己が信用されている自覚があったし、事実その通りであった。事実でないのは「提督が隠し事をしている」という憶測ただ一点であった。
「う、うわああああああああああっ!!??」
「おいおい、いきなり大声出すなよ」
そして提督には、その手の下ネタには縁が無さそうな木曾さえも、「ディルド」などと言い出したことがあまりにもショックであった。
「い、いや、落ち着け。木曾は、ディルドが、何か、知らないんだな」
「知らないが……やっぱりお前、俺に隠してたのか?」
「いいんだ。知らなくていいことだ」
「水臭いな。俺とお前の仲じゃないか」
「木曾だからこそだ」
木曾は腑に落ちない顔で、提督の目をまっすぐ見ている。言葉は無い。
「木曾が信頼に足る戦友で、大切に思っているからこそ、それは教えられない。調べるのもよせ、そのうち分かる時が来る」
「どういうことだ」
自分もいつの間にか知っていたし、木曾もそのうち知るのだろうと思っての言葉だった。大人びた思いやりとも言えよう。しかし木曾は、大人のする誤魔化しで煙に巻かれたと思った。
「だが、お前はまだ知らないようで良かった。お前まで知っていたら、俺は……」
戦い一筋の木曾がそのようなもので汚されていないことへの安堵から出た言葉だった。しかし木曾は、提督にとってディルドについて聞かれることが不都合なのだと判断した。
「待てよ、俺が信じられないのか?」
「信じているからこそだ」
「チッ……!」
自分の信義を疑われていると思い、木曾は心底不服だった。もはや腑に落ちないというより単に恨めし気である。
提督は、いずれわかってくれると信じ、己を責めるその眼差しを受け止めた。それが隠し立てすることへの罰だと思った。
「こればかりは悪く思わないでくれ……」
これ以上ディルド茶道について語ると却って木曾を刺激すると思い、諦めてくれると信じて、提督はその言葉で会話を結んだ。初めて彼女にあいまいな返事をしたかもしれない。
木曾は聡明だが一本気で、回りくどいのは嫌いだった。提督もそれを知っていたから、これまで知りうることはなるべく教えてきた。そればかりに木曾は、提督には教えられることと教えられないことがあるのを知らなかった。
ディルド茶道は、提督にとって機密以上に広めたくないものであった。
提督は、さらに重くなった足取りで執務室へ向かった。それを視線だけで見送る木曾は心底むしゃくしゃしていた。
『ディルドの正体を知ったら消されるっていうのか? 一体何なんだ、ディルドって奴は……。それに気に入らないねぇ、あの態度。俺がボロを出すとでも? あんなに思いつめた顔してたってのに、どうして俺を頼らないんだよ……! こうなったら……!』
「フン、俺に隠し事をしようったって無駄だと教えてやる……!」
己を頼ってくれない提督へのもどかしさが、彼女の執念に火を点けた。
『武蔵は知っていたし、おそらく戦艦には教えてるんだろう。まずは戦艦寮に行ってみるか』
執務室で待っているのはつかの間の安息か、あるいは。