ディルド茶道   作:プリン

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ようやく執務室にたどり着いた提督、ディルド茶道に勤しむ面々、動き出した木曾。


ディルド茶道 七~九

 

「ふぅ、ただいま」

 

「お帰りなさい、提督。暇でしたから、書類を片付けておきましたよ」

 

 執務室のドアを開けた先には、那智の姉、妙高が待っていた。

 

 背格好は那智に似ていたが、前髪を切り揃え、後ろ髪を編んで結ぶという手の込んだ髪型や、太く短めの眉、その下のたれ目が目を引く。いかにも控えめそうで、那智の漂わせる厳格さとは真逆な雰囲気を纏っている。

 

「ありがとう。世話にな……って、なんで妙高が」

 

「あの、流石に怒ってもよろしいでしょうか」

 

「ん……?」

 

 思い当たる節がなかったので、提督は数秒ほど、怒られるいわれは何かと思案した。

 

「ああっ! 間宮に! 今日だったか、済まない……」

 

 提督はかねてから約束していた会食を忘れていたことに気付いた。

 

「もう何度目だと思っておいでなんです。前も羽黒との昼食をお忘れになったじゃありませんか。提督も手帳の一つくらいはお持ちでしょう。机のカレンダーだって飾りではないのですよ?」

 

 妙高の言い分はごもっともだったので、提督は平謝りに徹した。

 

「面目ない、なんでもするから許してくれ」

 

「なんでも? じゃあ、まずは態度に示して下さい。ほら、私の目の前で今月の予定を全部書くんです」

 

「ああ……申し訳ない……」

 

 印象に反して、妙高は言うことは言う性分であった。だが、感情的に喚き散らすわけではなく、その口調は終始穏やかであった。なにも私怨をぶつけたいわけではなく、提督を慮ってのことだからだ。

 

「提督は戦略については間違いなく一流ですし、この鎮守府も提督のおかげで保たれているのは間違いありません。私たちも皆提督のことを信頼しているのですから、こういうことで信用を無くしては勿体ないですよ? それに信頼しているからこそ、約束を反故にされたらみんな悲しいんです……」

 

 しかしながら、彼女の丁寧な性格が相俟って、その話は常に長くなる傾向にあった。とはいえ提督も、彼女が自分のためを思ってしているのは重々承知だったので、スケジュールを記入しつつもしっかり話を聞いていた。

 

 しかし。

 

「……まあ、反省なさっているみたいですし、ちゃんと予定が立てられたら、間宮でお茶にしましょう」

 

 ただでさえ神経質になっていた提督の思考回路は、茶という言葉を受信して完全にショートした。

 

「お茶ァ!?」

 

「てっ、提督!?」

 

 彼は唐突に立ち上がろうとし、そのままふらっと倒れた。 

 

 

 

 

 一方、駆逐艦寮では。

 

「みなさん、すごい集中力なのです」

 

 しゃかしゃかしゃかしゃか。

 

 相変わらず、皆一心不乱に器をかき回していた。

 

「なかなか泡立たないのだが」

 

 長門は、悪戦苦闘しつつも、コツをつかむべくひたすら器の中をディルドでかき回した。ディルドについた角度はディルド茶道に役に立つのではないかと考えた彼女は、持ち方を変えたり、ディルドを回して向きを変えたりと、様々な混ぜ方を試していた。

 

「初めはみんな、そんなものさ」

 

 その様子を見て、響は静かに励ました。長門も響も、同僚の中での上下はあまり気にしない性質であった。

 

「若葉なんて、『特訓だ』って二十四時間寝ないでかきまぜ続けたのよ」

 

「恐るべき気迫だ」

 

 暁の語る信じがたい事実に、那智の目つきが険しさを増した。手元は相も変わらず円運動を続けている。

 

「同じ駆逐艦として、負けてはいられませんね」

 

 不知火の器からはようやくダマが無くなったらしい。

 

「一筋縄ではいかないな。流石は淑女の嗜み、か」

 

 武蔵の手元からは、風車に突風が吹いたときのような、シュウウウウという風切り音が響いている。彼女は一人、己の持てる全力でかき混ぜるとどうなるか実験していた。

 

「武蔵さんもっと静かにかき混ぜて! 茶碗から謎の蒸気が噴き出してるわ!」

 

 それを見た雷は大慌てで静止した。長門は負けじとかき回した。

 

「長門さんも張り合わないでよ!」

 

 そんな二人を尻目に、黙々と器を混ぜるのは那智。

 

「ふむ、結構泡立てられるようになってきたな。私のディルドはなかなかの名器だったらしい」

 

「いいや、那智のスジがいいのさ。хорошо」

 

 

 

 

 木曾は、当初の予定通り戦艦寮に来ていた。

 

 多くの艦は寮を留守にしていたが、会話が漏れてくる部屋があった。

 

「やだ日向それって……」

 

「いや、こちらならあるいは……」

 

 木曾はその声に馴染みがあった。鎮守府を支え続ける最古参の一角、伊勢と日向である。彼女らも木曾と同じくらい、否、木曾としては認めたくないが、木曾以上に提督の信頼が厚い艦娘たちである。悔しいが、彼女らには話しているかもしれない。そんな期待を胸に、木曾はその部屋の戸を叩いた。

 

「失礼していいかい?」

 

「あら、木曾じゃない。こんなところに来るなんて珍しいじゃん、入って入って」

 

 そう気さくに答えると、戸口まで歩いてきて木曾を迎えるのは戦艦伊勢。つぶらな瞳と親しげな語り口からは、古参兵であるとすぐにはわからない。戦場では重厚感溢れる艤装を纏い、並々ならぬ存在感を放っているのだが、今そこに立っているのは優しいお姉さんそのものである。

 

「邪魔するぜ。ってなんだこれは」

 

 踏み込みで靴を脱ぎ、居室へ入ろうとした木曾だが、足元に風呂敷が広げられ、何かがずらりと並べられているのを見て踏みとどまった。

 

「艦載機たちだ」

 

 そう答えるのは戦艦日向。姉とは打って変わって、落ち着き払った態度にはいかにもベテランという風格がある。表情も余裕を見せたまま変わらず、まるで底が見えない。

 

「日向ったら、しおいちゃんの晴嵐がほしいから、自分の秘蔵艦載機と交換してもらおうってさ」

 

「ほう、艦載機は提督が管理してるとばかり思っていたが」

 

 艦載機を装備したことはおろか装備を具申したことすらない木曾は、それらの管理についてはまるで知らなかった。

 

「私たちにも、艦載機を選ぶ自由があってもいいのではないだろうか」

 

 主張でも説得でもなく、ただ事実を伝えるかのような、無感情な口ぶり。

 

「考えたことも無かったぜ。まぁ、各々が勝利のために創意工夫するのはアリだろうな」

 

「そうだ、艦載機との絆、そして艦載機の理解。それらは勝利の足掛かりになる筈だ。そういえば、木曾は艦載機に否定的ではなかったか?」

 

「そいつは単なる俺の主義だ。他人が使うのにどうこう言う気はないし、日向たちは艦載機で戦果を上げて有効性を示しているじゃないか。大アリだろう」

 

 日向も木曾も、主張を押し付け合うほど頑迷な性質ではなかったし、お互いにそれぞれの戦果を認め合っていた。それを確認し合えたのは、お互いなんとなく嬉しかった。

 

「フッ」

 

「あ、今笑ったでしょ日向」

 

「……それで、木曾はどうしてここに来たんだ」

 

 笑みについては語らず、本題を切り出す。

 

「訊きたいことがあってな。ディルドって何なんだ?」

 

 数秒の間、日向は硬直した。

 

 そして、伊勢に向き直り、ぼそぼそと尋ねた。

 

「いいのだろうか、伊勢」

 

「日向に任せるわ」

 

 伊勢は心なしか赤面気味になり、日向から視線を外しながら答えた。

 

「おいおい、勿体ぶること無いだろう。それとも本当に『ヤバい』やつなのか?」

 

「ヤバいといったらヤバい……わね」

 

「知ってるなら、俺は聞き出すまでここを離れるわけにはいかないねぇ」

 

 伊勢は『どうすんのよ』と、助け船を求める一心で日向を見やった。

 

 日向は仏頂面のままで、しかし口元を隠しやや俯き、思考する。

 

『なぜここまで彼女はディルドに拘るんだろうか。事情はわからないが、教えなかったらほかの連中にまた聞きに行くのだろうな。そんなことをしたら、彼女は変質者扱いを免れ得ないだろう。かといって、「男性器を模した性具だ」と事実を答えてしまっていいものなのだろうか。参ったな』

 

「どうした?」

 

 考え込む日向を見かね、木曾が追い込む。

 

 木曾の態度を受けて、日向はついに決心した。

 

「ああ、知ってしまったなら教えないわけには行くまい。ディルドは――」

 

 木曾は、ついにディルドの真実が暴かれるという期待と、危険な情報を知ってしまうことへの緊張感に、ごくり、と唾を飲んだ。

 

 そして、日向は、告げる。

 

「特別な瑞雲だ」

 

 木曾の表情が強張った。そのまま、やや目を見開き、木曾の口から驚愕の声が漏れた。

 

「瑞雲……だと……?」

 

 そのまま木曾は床を見、数秒考え、また日向を見た。

 

「なるほどな……。礼を言うぜ。邪魔したな」

 

 木曾は居室から退き、上り框に座って靴を履くと、部屋を後にした。

 

「……伊勢よ、これでよかったのだろうか」

 

 木曾が離れてしばらくしてから、日向が呟くように言った。突然の出来事にもさして心を乱されなかったのか、視線は艦載機に向き、選別を再開している。

 

「今わからなくても、そのうちわかることよ。ま、ナイスプレーじゃないの日向」

 

 伊勢は、鬼気迫る様子の木曾を躱した伊勢を賞賛した。生半可な演技であれば食い下がられていただろう。

 

 

 

 

『夜戦用の魚雷にして、艦載機でもあるのか? あいつ、どんな超兵器を隠してるんだ……』

 

 伊勢らの安堵など露知らず、木曾はディルドに思いを馳せながら次の目的地を目指した




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