異界食らいし蛇 作:お料理研究家サー・ザウザー・ハンバーグ
「うーん。そもそも今の技術の体系そのものが異なっているのかな?」
とある場所にあるとある研究室。
とある、と場所を限定していないのは、研究者である天田南自身が研究室の所在を知っていないからだ。
「無理無理。こんなの無理―。そもそもの理論が違いすぎて意味が解んないんだもんー」
というかさー、と。
天田南は呟く。
「よくこんなもの集められたよねー」
眼前には。
様々な”欠片”があった。
その欠片に幾つもの配線を繋ぎ山のようなデバイスで解析が行われている、その素材。
それは──異世界が送り込む、機械の兵士の残骸。
「あー。三年前に何千人も死んだ異世界人の大侵攻の時に火事場泥棒してたの? 誰が? 本当にたちが悪いわねどいつもこいつも。──まあ、誰が死んでいようがどうでもいいけど」
ショートカットの髪。野暮ったい眼鏡。咥えた煙草。
いかにも研究者然とした女は、特段の感情も浮かべず”どうでもいい”と言い放った。
「こんな事よりも。──私は愛しの蝶を追いかけに行きたいんだけどなー」
はぁ、と。
天田南は呟く。
「しかし....奴等本当によくやるわねー。手術した奴の五人に一人は死んじゃったじゃない。ありゃりゃ。ステイツの兵士も死んでいるじゃない。こいつの処理どうするんだろ? ああ、こいつ国際法違反の捕虜虐待で前科持ちか。扱いも雑なわけだわ」
彼女は眼前のデバイスを操作し、データの閲覧を行う。
「
そこには。
心臓付近に存在すると言われている、トリオン器官を切除する手術を受けた兵士たちのデータがつらつらと書かれていた。
※
「──うげぇ。何であれ避けられたんすか?」
あまりにも不可解なその挙動に、別役太一は顔をしかめる。
それもそのはず。
空中を飛び回っていたチナツの姿を監視し続け、地面に着地したその一瞬をとらえた必殺のスナイプ。
されどその一発は──シールドで阻まれるでもなく、瞬時の回避動作によって避けられた。
「──別役君。すぐにその場から脱出しなさい」
オペレーターの月見から、そう指示が飛ぶ。
「──グレネードが来ているわ」
直後。
太一の頭上にはメテオラの榴弾が降り注ぐ。
「ひぇ~」
潜伏地点である高層ビル。
爆音と共に、上階から吹き飛ばされていく。
たたらを踏んで、別役はその場より脱出する。具体的に言えば、ビルの上階から地面へと転げ落ちる。
その先。
「あ」
「....」
二つ結びの髪型の、小柄な少女が。
転げ落ちる太一を冷たい目線で見つめていた。
だん、と。
握る刀でもって、太一の首を叩き落した。
※
彼方からの銃声を聞き咎め。
木虎藍はシールドを張りつつその場を離れる。
射線を切れる建造物の影へと動きつつ、即座に建物の中に潜伏する選択を行う。
「──三上先輩。今撃ってきた地点の情報と画像をお願いします」
「了解」
三上はすぐさま、木虎の要望通りの処理を行う。
距離はおよそ六十メートルほど。突撃銃による襲撃。精度はかなり高い。
「──ヨナ君ね」
以前挨拶を交わした年下の少年。
送られてきた画像にちらり映る白髪と褐色の肌。間違いなく彼だ。
「なら。潜伏のし合いは危険ね」
ヨナは潜伏訓練において、桁違いの実力を持つ駒だ。こと隠れ合いで勝てるとは思えない。
──ヨナ君のメイン武装は突撃銃。サブトリガーがどうであれ、ここは間違いない。
となれば。
今の自分のトリガーは二丁拳銃。
距離を詰めなければいけない。
距離を詰めるのに必要な要素。──位置の捕捉と機動力。
ヨナの位置は捕捉できているのか? ──いや。先に捕捉されたのはこちらだ。
どちらにしろ潜伏のし合いになるのは目に見えている。
「──ここから撤退するわ」
木虎はそう呟き。
ヨナとは反対側へと走り出していった。
その光景を。
ヨナはしっかりと視認していた。
「──ユズル。聞こえる?」
「うん。今こっち側に敵が来ているね」
「あの人、見た感じ手強そうだから早く仕留めよう。弾幕で追い込みをかけるから、狙撃地点を指定して」
ユズルはそれを聞くと、オペレーターの国近にマップのマーキングを依頼する。
ヨナは記された地点を見ると、一つ頷く。
「追い込みかけるのー? はいはーい。アタシも協力するよー」
「了解。チナツも指定した地点の周囲に爆撃を撒いて。建物を崩して狙撃の通り道を増やすんだ」
反対側に逃げていく木虎の左右。
爆撃が降り落ちていく。
──報告にあった、爆撃か。
木虎はシールドを張りつつ、爆風を防いでいく。
破壊されていく建物と煙によって視界が制限されていく中。
その煙に紛れて突撃銃の掃射が行われている。
「.....ぐ」
──自身が撤退していくのを見て、即座に部隊で連携を取ってきたのか。
即席で作られた部隊なのに、練度が高い。
爆撃と、銃撃。
二つに対処する為にシールドが使われている状況下。
絵馬ユズルは──指定した地点に木虎が入り込んでくるのを、スコープ越しに見た。
「──あ」
木虎の腹部に、大穴が出来上がる。
シールドごと木虎を貫いたその弾丸は、地面に突き刺さるように衝突し、粉塵を巻き上げていた。
「く....」
トリオンの漏出により、木虎が緊急脱出。
「──これで何点かな?」
ヨナがそう尋ねた瞬間、すぐにチナツの声が響く。
「アタシが二点で、ユズル君が一点。三点なのだ!」
「....まあドベはないかな。三人部隊でこれだけやれれば上等でしょ」
「おお~。順調だね~。今の連携なんてとてもよかったよ~」
「でしょ~」
国近の誉め言葉に、チナツはニコリと笑みを浮かべる。
「あ、そだそだチナツちゃん。さっきチナツちゃん撃った狙撃手の子ね。もう他の部隊に倒されちゃった~」
「ええ~。アタシが殺したかったのになぁ。何処の部隊?」
「Cチームの、弧月を使っている女の子だね~」
「よっし。──ユズル君、ヨナ君。ついてくるのだ~」
チナツはすぐさま別方向へと走り出す。
「どうするの?」
「取り敢えず反応が多いとこ! 狙撃がありそうだったらアタシが教えるから!」
ひどく雑な指示を受けながらも、ヨナとユズルは特に反論することなくついていく。
※
レーダーの反応を追っていくと。
「あ!」
Bチームの茶野を、たった今葬り去った村上鋼の姿があった。
「あの時の!」
眠たげな眼に、弧月とレイガストを構えた姿。
チナツのB級昇格を阻んだ男だ。
「殺す!」
屈辱の記憶が、即座にチナツの脳味噌を沸騰させる。
二丁拳銃を手に、駆け出す。
「やってみろ」
対する村上は、あくまで冷静にその宣言を受け止めていた。
チナツはグラスホッパーを展開し、村弧月を持つ村上の右手側に高速移動を行う。
──村上鋼は、攻撃手用トリガーである弧月と、レイガストの双方を扱っている。
レイガストとは、変形機能を有したトリガーである。
攻撃を可能とする剣モードと、防御に特化した盾モード。
基本的に村上はレイガストの盾モードで敵の攻撃を防ぎつつ、弧月による反撃で相手を仕留めるというスタイルを確立していた。
レイガストの堅牢さは、シールドよりも数段上であるが、しかしあくまで腕の可動範囲内でしか守れないという不便さも存在する。
チナツはその弱点を突かんと──レイガストと反対側から高速移動を行っての銃撃を行使することに決めた。
その動きを視認し、村上は最小限の体軸の動きで盾を銃口に構えつつ──その動作の中で、弧月による横振りの斬撃を完成させる。
その斬撃は、オプショントリガーたる旋空により伸ばされたブレードによって──チナツの身体へと届かせる。
「ギャア!」
銃撃を防がれ、その上で斬撃によって右足の脛を斬り飛ばされたチナツは──憎悪を込めて村上を見ていた。
一連の動きを頭に入れて。
ヨナは、チナツに身体を向けた村上の背後を取り、突撃銃を向ける。
その瞬間には。
村上は背後を振り返り──ヨナに向けてレイガストを放り投げていた。
レイガストはスラスターと呼ばれるオプショントリガーにより──トリオンによる噴出装置による加速効果と共にヨナの眼前に迫る。
ヨナは瞬間的に突撃銃でそれを防ごうとして──理性がそれを取り止めさせる。
ここで武器を手放せば死ぬと、そう本能が伝えていた。
即座に極限まで収束させたシールドを眼前に展開し、レイガストの突撃を防ぐ。
シールドは粉々に砕け散るが──加速が一気に衰え、ヨナが身体を転がして避けるだけの隙がその瞬間に生まれていた。
「──あ」
「──え」
その瞬間であった。
全てが動いた。
村上に向け銃口を引こうとしたヨナの背後から緑川がスコーピオンにより斬りかかり、その首が落とされるのと。
ヨナへの攻撃に背後を晒した村上に銃弾を浴びせようとしていたチナツが黒江に首を落とされるのと。
そして──ヨナの首を落とした緑川がシームレスに村上に斬りかかるのと。
全てが、数秒にも満たない一瞬の間に巻き起こった。
「....」
その様を見届けたユズルは。
息を殺し、全てを見届ける。
村上が緑川の攻撃に対処しつつ後ろへ下がり、背後の黒江と組んで攻撃を仕掛けた瞬間。
誰を撃つべきかが決まった。
──村上に狙いを定め、撃った。
完全に緑川へと意識が向いており、更にレイガストを失っていた村上は、ユズルの狙撃を避けきれず頭部が吹き飛ばされる。
「....!」
「やば....!」
瞬間。
狙撃を警戒し、残る二人は瞬時に射線から逃れる。
これでいい。
後はどの部隊も一人ずつ残る事となる。
狙撃手である自分を探したくとも──もう一人の攻撃手が頭にチラついて索敵もしにくいだろう。
こちらはもう四ポイントを取っている。
後は──徹底して隠れておけばいい。こちらはもう四点を取っているのだから。
※
結果。
Aチームが4点を取り、勝利となった。
「ナイスユズル君~。粘り勝ちだったね~」
絵馬ユズルの並外れた隠蔽能力が活き、最後まで隠れ切ってトップのまま終わった。
「....あの刀使いの人、強かったね」
「悔しいのだ~!」
ヨナは背後からの襲撃に即座に対応した村上鋼の強さに感心し。
チナツはぎゃいぎゃいと地団駄を踏んでいた。
そして。
ヨナの関心は──ユズルへと向かう。
「ユズル」
「.....何?」
「あの.....お姉さんを撃った銃はなに?」
「ん....これはアイビスだよ」
「さっき、シールドを簡単に撃ちぬいていたよね」
「うん。──これはトリオンに応じて威力が上がる仕様だから、かなりの威力がある。よっぽどトリオンが高い人じゃなければ、フルガードでも防ぐのは難しいだろうね」
「....」
ヨナは。
今回の戦いでもやはり再確認した。
トリガー同士の戦いにおいて──銃の絶対性は完全に崩れている、と。
今回の戦いにおいても、ヨナは一点も取れていない。
トリオンを収束させられない突撃銃の弾丸では、シールドを削ったり圧力をかけることは可能でも、敵を倒す絶対的な手段にはなりえない。
──それでは、少し困る。
今の自分は──お金を稼がなければいけない。
福祉施設に入っている兄妹達の為にも。
だからこそ。
絶対的な──シールドを破砕する手段を、ヨナは欲しいと思った。
「決めた」
ヨナは呟いた。
「──僕は、アイビスを装備する」
※
その後。
戦いに関して選評を東より貰った。
優勝したAチームは、かなり手放しに誉められた。ポイントを取ったチナツやユズルだけでなく、ヨナのサポートにまで言及され、即興で作られた部隊の中にあってかなりの練度であったと。そういう事を言われた。
その後。
「──うーん」
ヨナはすぐさまアイビスを用いて射撃訓練を行ったものの。
すぐさま問題点が浮上した。
「スコープが邪魔だ」
アイビスは狙撃手用のトリガーである。
その為、当然スコープがついている。
これが、本当に邪魔であった。
ヨナはアイビスを狙撃に使うつもりは毛頭なく、シールドで防御を仕掛けてくる相手をミドルレンジで撃ちぬくための武器として使用することを想定している。
その為、スコープを覗き込むという動作も邪魔であるし。スコープによって視界と視野が制限される事も邪魔であった。
「──こんにちは、ヨナ君」
さてどうしたものかと悩んでいると。
先程敵として戦っていた木虎が話しかけていた。
「こんにちは」
「合同戦お疲れ様。すぐに訓練するなんて真面目ね。──あら。それはアイビス?」
「うん。新しく使おうと思ったんだけど。ちょっと考えていたのと違う」
そうして。
ヨナは木虎に促され、”スコープが邪魔である”事を告げた。
「成程ね....新しい使い方だわ」
「どうにかスコープをアイアンサイトか何かに取り替えられないかな」
「──悩みは解ったわ。解決できるかもしれないから、ちょっとついてきてくれる」
「取り外せるの?」
「多分ね。──取り敢えず行ってみましょう」
木虎は少し微笑んで、言う。
「ボーダー本部技術室へ」