※注意
オリキャラ(ジェイミーとダナ(ハンナの親友))
オリジナル設定(カフェテラス)
があります。
ご了承ください。
キーンコーンカーンコーン……
ジャンたちの通う学校に、放課後の到来を告げるチャイムが鳴り響いた。
シュタイン先生は板書の手を止め、生徒たちに向き直って口を開いた。
「あー、ではこの問題の残りも宿題にします。
このモーターを時計回りに回転させるにはどうすればいいのか、図を描いて説明すること。ポイントは、電流と磁石の向きですよ。」
宿題と聞いて、生徒から「えぇー」という不満の声が上がる中、シュタイン先生はウォッホン、と咳ばらいして言葉を続けた。
「電磁石とモーターの回転は間違える人が多いので、しっかり復習しておいてください。
では本日の授業はこれまで。」
生徒たちのため息やブーイングを柳に風と聞き流して、シュタイン先生は飄々と教室を後にした。増えた宿題への恨み節はまだあちこちで囁かれていたが、それも束の間のことで、生徒たちの話題はたちまち放課後をどう過ごすのかへと移っていった。
そんな教室の片隅で、ジャンは憂鬱そうにため息をついたが、それは宿題のせいばかりではない。今朝から機嫌の悪い友達、ハンナと仲直りする方法が分からないため気分が沈んでいるのだ。
思い返せば、今朝迎えに来た時はいつも通りだったのだから、原因があるとすればその時の事件――ヤダモンのキス事件――としか考えられない。
とにかく謝って機嫌を直してもらおう、と画策したジャンだったが、学校で話しかけようとしてもするりと躱されてしまい、謝るどころか口をきくことすらできなかった。授業が終わった今、ハンナと話すなら、一緒に帰る時が最後のチャンスだ。
できれば家でゆっくり話して、きちんと謝りたい、そう思ったジャンは意を決して隣の席のハンナに声をかけようとしたが、席の主は既にそこには居らず、教室を出て行こうとしていた。
ジャンは慌ててハンナを追いかけた。
「ハンナ!ねえ、待ってよハンナ!」
「……なあに、ジャン」
必死に呼び止めるジャンの言葉を無視できず、ハンナはむすっとした顔で振り返った。
朝から和らぐことのない剣呑な雰囲気にジャンはたじろいだが、ぎこちなく笑顔を作って言葉を絞り出した。
「あの、えっと、今日の宿題、僕ん家で一緒にしない?」
言外に一緒に帰ろう、というニュアンスを込めてジャンは誘ったが、それはすげなく断られた。
「私、今日は友達と一緒に宿題とするって約束してるの。
カフェで待ち合わせしてるから、もう行かなきゃ。と
じゃあね、ジャン」
そう言うとハンナは踵を返して歩き去った。
「えっ?ちょ、ちょっと待ってよハンナぁ」
情けない声でそう言いながら、遠のく背中に縋るように手を伸ばしたジャンだったが、ハンナは一瞥をくれることもなく、食堂に続く廊下の先へと姿を消した。
ジャンは深く大きなため息をつくと、教室へと戻った。
結局今日は仲直りできなかったな、どうしよう、と重くなった気持ちを引きずるようにのろのろと自分の机に戻り、帰る支度をするジャンだったが、不意に両側から肩を組まれた。驚いたジャンがきょろきょろと両脇を見ると、右側ではリックが、左側ではピートがジャンの肩に肩に腕を回して、にやにやと笑っていた。
「よーう、ジャン。ハンナに振られちまって可哀そうじゃねえか。」
「可哀そうじゃねえか」
「せっかくだから俺たちと遊ぼうぜ、ジャン」
「遊ぼうぜ、ジャン」
「な、なんだよ。僕は帰って宿題するんだ、ほっといてくれよ」
嫌な予感がしたジャンは、腕を振り払おうと身を捩ったが、そうはさせまいとリックは腕に力を入れ、顔をぐっと近づけて言った。
「おいおいジャンくん、連れないこと言うなよ。
俺は、今朝お前んとこのガキが何したのか、ちょーっとお話ししたいだけなんだぜ」
「だけなんだぜ」
「い、いったい何のことだよ」
「何の事って」
と言ってリックは言葉を切り、わざとらしく周りを見渡した。
教室にはまだおしゃべりをしている女子生徒や、カードゲームを始めた男子生徒など、クラスの半分ほどの人数が残っている。
リックは視線をジャンの顔に戻すと、意地悪く口を歪めて話を続けた。
「ここじゃあ人が多くて話しにくいよなぁ、ジャン。悪いようにはしねえからよ、ちょっとツラ貸しな」
「ツラ貸しな」
「わ、分かったよ」
ジャンは自分の不幸を呪いながら、仕方なく帰り支度を中断した。ただでさえハンナに冷たくされて滅入っていたのに、リックにまで絡まれるなんて、今日は踏んだり蹴ったりだ、とジャンは思った。どうせロクな話じゃないんだろうな、せめてあまり無茶ことじゃありませんように、と祈りながら、ジャンはすごすごとリックたちに連れられて行くのであった。
●
校内に設けられたカフェテリア――生徒からはカフェと呼ばれている――は、放課後も自由に出入りできることもあって、生徒たちに人気の場所である。
図書館とは違って気兼ねなくおしゃべりしながら宿題をできるし、またハンドメイドの焼き菓子が手頃な価格で買えることもあり、学校で放課後を過ごす生徒にとって、ここは憩いの場所だった。
宿題をするためにやって来たハンナ、ジェイミー、ドナの三人組は、各々好みのお菓子を手に取って、カフェの一角に陣取った。お菓子をつまみつつ、他愛ないおしゃべりをしながら宿題をする三人だったが、ハンナはどこか上の空で、友達との会話には生返事のような相槌を打ちながら、考えているのはジャンのことばかりだった。
――やっぱりさっき、ジャンの話を聞いてあげるべきだったかな…――
――でも、悪いのはジャンなんだから!なによ、キスされたくらいであんなにおたおたして、情けないわね!――
ジャンのことで悩むハンナの胸中では、後悔と苛立ちが綯い交ぜになった感情がぐるぐると渦巻いていた。堂々巡りの思考に飲まれて自分の気持ちが迷路の奥に転がっていくようで、答えを見つけられず悶々とするハンナの耳には、いつの間にか友人達の声も入らなくなっていた。
「―――だよ。ね、ハンナはどう思う?ハンナ?」
「えっ!?えーと…、ごめん、何の話だったっけ?」
ハンナはジェイミーに肩をつつかれて、初めて自分に水を向けられたことに気付いた。
慌ててごまかそうとしたが、うまい答えが見つからず、結局正直に聞き返すしかなかった。
「えー、聞いてなかったの?どうしちゃったのよ、ハンナ」
「そうよそうよ、ボーっとしちゃってらしくないわ。さては、ジャンと喧嘩でもした?」
ダナに図星を突かれ、ハンナは一瞬言葉に詰まってしまった。
「ジ、ジャンは関係ないわ!あんなやつ、興味もないんだから」
あわてて取り繕うように返事をしたが、ハンナの声はひどくたどたどしいものだった。
そんな友人の様子を見て、ジェーンとダナは「これは重傷ね」と小さく呟いた。
「何があったのよ、話してみなさいよ」
とジェーンが促すと、
「そうそう、なんでも相談するっていうのが私たちの約束でしょ?」
とダナが畳みかけた。
悩めるハンナを助けたいという友人二人の目は、真剣そのものだ。ハンナは「こうなったらもう話すまで観念してくれないわね」と心の中で呟いて、今朝のことを二人に話すことにした。
冷静に、要点だけを話すつもりでいたハンナだったが、話しているうちに熱くなってしまい、気が付けば言いたいことをぶちまけていた。
「――――でね、――――でね、――――なのよ、ジャンったら!
それでヤダモンにキスされて真っ赤になって、『恥ずかしい』だって!
ヤダモンはジャンのこと『大好き』って言ったのに、ジャンはおたおたするだけで!
ほんっとに意気地がないんだから、もう!」
かっかしながら話すハンナだったが、聞いている二人は痴話喧嘩を聞かされた犬のような、何とも言えない表情になっていた。二人の中ではハンナの感情の正体がなんなのか、ある程度答えが見えていた。
――自分の気持ちって自分じゃ分からないものよね――
ダナがジェイミーに目で問うと、
――そうね、ここは親友として私たちが教えてあげましょうか――
とジェイミーは瞬きで応えた。
そして二人は、思い出し怒りでぷりぷりしているハンナに声をかけた。
「うーん…、私には、ハンナがそのヤダモンって子に嫉妬しているように聞こえるんだけど」
「奇遇ねジェイミー、私も同じ意見よ」
「ちょっと、ジェイミーもダナも何言ってるのよ!
嫉妬って、そんなの私がジャンのことを好きみたいじゃない!」
「「だってその通りじゃない」」
と二人は声をそろえて答えた。
あまりにもきっぱりと言い切る親友たちの勢いに押されて、ハンナは言葉に詰まった。そんなハンナを尻目に、ジェイミーとダナは言葉を重ねた。
「まったく、ジャンが恥ずかしがり屋で怖がり屋なのは今更じゃない。
いつまでも怒ってないで、許してあげたら。」
「そうそう。さっさとジャンの所に行って、仲直りしてきなさいよ」
「で、でも、今日は三人で宿題する約束だし……」
なんだかジャンに会うのが気まずくて、ハンナは行かない理由を見つけようと必死だったが、親友たちはそれを許さなかった。
「あら、私とダナならほとんど終わらせちゃったわよ」
「終わってないのは、ぼんやりぷんぷんしてた誰かさんだけよ」
そう言ってジェイミーとダナは宿題ノートを鞄にしまって立ち上がった。
「じゃ、私たち先に帰るからね」
「ハンナはジャンの所に行ってきなさい」
「あ、ちょっと待ってよ、二人とも!」
慌てて立ち上がって呼び止めるハンナの声を頭の後ろで聞きながら、ジェイミーとダナは悩める親友を残してさっさと行ってしまった。途中、ダナが振り返って、意味ありげなウインクをハンナに寄こした。
ひとり残されたハンナは、とすん、と椅子に腰を落とすと、なんなのよもう、と独り言ちた。
誰に宛てられたでもないその言葉は、吐き出されたとたんにカフェの空気の中に溶けて消え、ぽつんと残されたハンナの周りだけ、いやにしんとしていた。
――いつまでも怒ってないで、許してあげたら――
――ハンナはジャンの所に行ってきなさい――
しばし黙って、先ほどの親友たちの言葉を反芻していたハンナだったが、やがて意を決したように立ち上げると、宿題ノートを乱暴に片づけてカフェを後にした。
「よく考えたらジャンは悪くないじゃない。
私、一人でイライラしちゃってバカみたい。
ちゃんと謝って仲直りしなくちゃ」
ジャンがまだ残っててくれるといいんだけど、と思いながら教室へと戻ったハンナだったが、そこにジャンの姿はなかった。がっかりしたハンナだったが、ジャンの机に鞄が残っているのに気づいた。
よかった、まだ学校にはいるのね、とほっと溜息をつき、教室に残っていたロジャーにジャンの行方を尋ねてみた。
「ねえ、ジャンがどこに行ったか知らない?」
「ああ、ジャンならリックたちと一緒にどっか行ったよ。」
「ええ?ちょっと、どこに行ったのよ!」
「し、知らないよ。ジャンが連れて行かれるのが見えただけで、行き先なんて分かんないよ」
「ああもう!」
じれったげにそう言うが早いか、ハンナは教室から飛び出した。
「いつもいつもリックにいいようにされちゃって、なんでちゃんと断れないのかしら!
もう、ジャンの意気地なし!」
言葉とは裏腹に心配そうな声でそう呟いて、ハンナはジャンの姿を探して走り出した。
ジャンの運命やいかに……
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