──世界は広い。
……それでも、そんな場所でも人はもがき、生きている。
例え小さなものだとしても、未来に向かって行動している勇気は本当に素晴らしく、尊いものなのだから。
大切に接しなければいけない。真摯に向き合わなくてはならない。──彼等を私の目としたいのならば。
そこは海の底。美しいコーティングに覆われた船は、至って安全に魚人島に向かっていた。
天竜人である私が乗っているのもあるけれど、偏に護衛として買ってくれた彼等の存在があるからでしょう。心強く、信頼に満ち足りた頼もしい魚人達。
彼等を獲得するまでの道程はとても長く、苦労の連続だったけれど…それでもその苦労が心地良いと思えるほどに充分な成果となってくれたわ。それが今に繋がってくれるのだから、過去とは本当不思議なものよね。
「──ねぇ、タイガー」
懐かしい思い出に感慨深い気持ちになりながら、隣に立つ私の目となった彼にふわりと微笑んだ。
「
フィッシャー・タイガー率いるタイヨウの海賊団は、私の、そしてオトヒメの為に世界を回って囚われた奴隷達を解放しては家族の元へ送り届けている。種族関係なく救い出してくれる彼等はまさに渡りに船…まるで天の遣いだと奴隷達の話題となっているらしい。
天に住まう者として私の指示を仰いでいるところから、当たらずとも違うとは言えないのが面白いのよねぇ。
何気なく聞いた問いに、フィッシャー・タイガーは呆れた顔をして、けれど太陽の笑顔を浮かべて満足気に頷いた。
「貴女が使えなくして、オトヒメ王妃以外に誰が使うと言うのです。我等タイヨウの海賊団はそう簡単に手懐けられやしませんよ!それに元々俺から提案したことでもある。やめるなんて遅過ぎやしませんか」
「ふふっ、頼もしいわね。貴方のお陰で私は世界を知り、動く事が出来るんだもの。今更も今更。既に嵌った必要な歯車を取ってしまうなんて愚かな真似致しませんわぁ」
私、意地悪に見えるかしら?
心外だと言わんばかりに頬に手を当てれば、タイガーは慣れた様子で、それでも全くと苦笑して肩を竦めた。
「貴女は出会った時から変わらない。ますます磨きが掛かっているようで安心ですが…心で勝てる気はしませんよ」
その一言に、私は少しだけ瞳を細めて彼を見据えた。私の態度に気付いて、タイガーはスっと背筋を伸ばす。
「いつから勝負をされていたのか気になるけれど、謙遜するのはおやめなさい。私の心と貴方の心は違う心よ。確かに目指す先は同じかもしれないけれど、それに伴って着いてきたものは私の心では足りなかった。
──貴方の心に、彼等は動かされたの。自信を持ちなさい。太陽を掲げている以上、太陽を胸に宿している以上、照らし続けるのが貴方の役目なのですから」
いつかのように私を見つめるタイガーの瞳は赤く、熱く、情熱を再び燃え上がらせて、深く頷いたのだった。
それにしても彼はよく頑張ってくれている。元々リーダーの器であるものの、彼を慕う者達はかつての何倍にも膨れ上がった。奴隷の中には故郷を離れて彼の下につく者もいるんだもの。既に彼は、世界に名を刻む存在。
そうね。もし、彼が望むのなら。
「これは与太話として受け止めれば良いのだけれど」
「なんでしょう?」
「──天竜人の席が空いているのだけど、如何かしら?」
驚くことなく沈黙するタイガー。
本当に与太話なのよ。答えは分かりきっているから。
「遠慮しましょう。俺はこの生き方が性に合っている」
「…ふふふ!そうでしょう。
私もその輝きを消したくないわ」
それはもう清々しい笑顔で断る彼が爽快で堪らない。
クスクス笑う私に、タイガーも歯を見せて大口で笑った。
「奥様、タイガー様。間もなく魚人島に到着致します」
「そう。ならば支度しなければね。夫はどちらに?」
「あの方ならば俺の仲間がお相手となっていることでしょう。呼びに行かれますか?」
「ええ。お礼も言わなければなりませんもの」
私がタイガーと積もった話をする事を見越して、夫は夫なりに交流を深めていたらしい。彼は随分と何もしていない事に負い目を感じていたから、この機会にでも自信を持ってくれればいいけれど……ふふ、まぁ心配はしていないのよね。あまり人と会わない時間が多かったけれど、あの人の成長は驚くものよ。昔の彼に会わせてみたいくらい。
広い艦内をタイガーと一緒に召使いに案内され、大きな部屋に辿り着くと中から賑やかしい声が漏れている。思わず笑みを零しながら開かれた扉の先を見やると、夫を囲んで魚人達が楽しそうに笑っていた。
どうやらお互いに有意義に過ごせたみたいね。
彼等は揃って私達に気付き、目を輝かせる。
「おおっお頭!ローザ宮もご一緒ですか!」
「ええ、長らく船長さんを拘束してしまってごめんなさいね。護衛に限らず夫の話し相手までさせてしまって…皆様には感謝しております。後になりますが、食事でもご馳走させて頂きますわぁ」
「いやいやローザ宮、とんでもない!国の恩人に恩を返すのは当然のこと!一民としても、感謝するのはワシらの方じゃ!好んで皆此処に居りますまで!!」
タイガーの幹部であるジンベエのハッキリとした言葉に、周りの彼等も強く同調した。そう仰ってくれるだけで彼等の優しい心が伝わり、心からの微笑みで感謝を述べた。
「お前ら、ホーミング聖に失礼なかっただろうな?」
「ヒデェぜお頭!ちゃんと弁えてるさ!」
「アーロンはともかく、ワシが目を光らせとったんじゃ!それにしても話の分かる御方で、皆楽しませて貰った!」
もう一人の幹部であるアーロンとジンベエの興奮した様子に、タイガーも満足気に話を聞いた。
私はホーミング様の元に近寄り、微笑んでその頬に手を当てた。彼は私の手を掴み、穏やかに微笑む。
「ローザ。タイガー君との話はもう済んだのかい?」
「ええ、素敵な配慮でしたわ。貴方は?」
「此方も有意義に過ごせたよ。魚人島は近いのかな」
「もうすぐですよ。それにしても、船に乗るまではあんなにも心配そうにしていた貴方だったのに、流石ですわね」
魚人達と仲良くなれるのかとそわそわしていた彼が、今ではこんなにも落ち着いている。何を話したのかは後程聞くとして、やはり私の夫だわ、と頬が緩んだ。
「彼等が素晴らしかったに他ならないさ。私がしたことといえば、頷いたぐらいではないかな」
「あら。貴方の謙遜は嫌味にならないから不思議ねぇ」
「どういう意味だい?ローザ……」
そのままの意味よ。
夫婦の会話に何故か視線を感じて振り向けば、タイガー含めてどこか苦笑しているようだった。ニコリと微笑めば、揃ってニカッと笑ってきて、夫と吹き出してしまった。
「っははは!気遣われてしまったようだ!」
「ふふふっ…!あらあら、困らせてしまったわね。日常茶飯事ですからどうぞお気になさらないで」
「ハハハ…いやその、王妃と国王もそのようなやり取りをされていた記憶がありまして…」
「まぁ!円満で喜ばしいじゃない」
例外はあるだろうけど、オトヒメとネプチューン王の夫婦仲が良好なのは知れば誰もが分かるもの。私にとっては充分な褒め言葉であるから、少し頬を赤らめつつも喜べた。夫が私の様子に些か気恥しさを覚えたのか、ゴホン、と分かりやすい咳をして話を逸らす。
「あー、呼びに来てくれたんだろう?私はネプチューン王とは
「そのままの貴方でいて。オトヒメには伝えてありますし、固くなっては折角の場も息苦しいだけですわ。視察と名目しているけれど、実際ただのお茶会ですもの」
近況報告とか、家族の事とか。母として、そして女同士として、久し振りの再会での話題はつかないものよ。
胸が踊る気分で嬉々としている私に、夫はそうか、と優しく微笑んでくれるのだった。
──ああ。それに、そうだわ。
もしかしたら“彼”にも会えるかもしれないし。
魚人島到着の知らせが響く。
さぁ、軽やかな一歩を踏み出しましょう。つまらない闘争など今は置いて、ただのんびりと、友人に会う為に。
如何でしたか?
タイヨウの海賊団は今でも海賊を名乗っています。
ぶっちゃけ天竜人権限で取り消しても良いですけど、多分断ると思うんですよ。彼等は自由と解放を掲げる者達。奴隷を所有する者共を決して赦しはしないでしょう。つまり海賊が似合ってるってことです。
アーロン??居ますね!!
だってタイガー居るのに抜けるわけない…やん??
それに、魚人島でのアレコレはもう助かってますからねぇ〜…。母様めっちゃ活躍させるんですけど、いつか……どっちも番外で書きますねっ!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
次話もお楽しみに。ではでは!