誰にも彼らの素晴らしい日々は奪えない 作:マカロニ
我輩の朝は早い。
起床後、まだ夢の中にいるルームメイトたちを起こさぬよう足音を消しながら備え付けられた風呂場へ向かう。
脱衣後風呂場へ入り、熱いシャワーを浴びる。
自慢のクチバシと冠は、昨晩念入りに洗ったが再び湯を浴びせる。
我輩の命なのだ。
今も眠りこけているであろうエルフのやつも中々のクチバシと冠をしているが、我輩には勝るまい。
友人のそれを思い浮かべながらクチバシを砥石で研ぐ。
この砥石もそろそろ替え時だな。
次は冠をブラシで磨く。
これを怠ると見た目がよろしくないし、調子も悪くなるのだ。
翼もあわせて磨く。闇を飲み込漆黒がより深くなった気がする。
刮目せよ、これが原始の美というものだ。
「おーいサリアス、いつまで風呂入ってるんだ」
おや、いつのまにそんな時間に。
夢中になりすぎていたようだ。
先ほどまで私以外は夢の中にいたというのに。
「すまない、そろそろ上がるよ」
言葉通り砥石とブラシを収め、さっと湯を浴びて風呂場を出る。
全体的に黒く剛毛状の羽毛も水気を拭き取り服を着て、ルームメイトに顔を出す。
ルームメイトたちはおおかた起き出しており、登校の準備をしている。
「おはよう。あいかわらずでかい図体の割に潔癖なやつだな」
「おはよう。鳥意識が高いと言ってくれ」
何度目かのやりとりをしながら我輩も登校準備を整える。
「さて、今日も穏便な一日を過ごせると良いな」
その日の夜、我輩は暗い校舎内を歩いていた。
情けないことに、買ったばかりの砥石をトイレの洗面台に置き忘れてしまっているのだ。
それを思い出したのが夜風呂に入る前だったため、こうして誰もいない廊下を進みトイレへ向かっているというわけだ。
良かった、砥石が見つかった。
さて、帰るとするか。
そう思い身につけているマフラーを締め直したところで、何やら足音が聞こえてくる。
間隔が狭くどうやら走っているようだが、二人分だ。
軽い足音と重い足音で、軽い方はすぐそばの第二講義室へ入ったようだ。
様子を見てみるか。
……あれは肉食獣か? 重い方の足音の主はあいつで間違いなさそうだ。
「何か探し物か?」
我輩が声を投げかけると振り上げた腕を止め、こちらへ振り向いた。
随分と殺気に満ちた表情で、だらだらと涎を垂らしている。
まるで今まさに肉を喰らおうとしていたところという状態だ。
しかし肉などどこにも……まさか。
「貴様、正気か」
クマはゆっくりとこちらへ近づいてきたかと思えば、突然加速し腕を振り上げた。
「ッ……! その速さッ!」
意外な俊敏さに驚き、紙一重で躱した相手の拳が我輩の黒い羽毛を掠め風圧を感じる。
突然殴りかかってきたこともそうだが、この速さと膂力は異常だ。
我輩とほとんど変わらない背丈から、身長は2mを超えているはずだ。
身長2m以上の肉食獣は、力抑制剤の服用が毎晩義務付けられている。
しかし目の前の獣は明らかに抑制剤による筋肉を萎縮させる効果が現れていない。
続く第二撃は先ほどより鋭く、我輩のマフラーを相手の爪が切り裂いた。
我輩の細く蒼い首が晒される。
まだ相手は腕を振り切った姿勢だ。
我輩は少し踏み出し、腰を入れて回転し力を調節して脚を一閃。
相手の肩を狙った我輩の蹴撃は狙い通り命中し、相手の肩を砕きながらその巨躯を壁へ弾き飛ばす。
暗い廊下に空気が破裂する音と骨の砕ける音、遅れて壁が割れる音が響く。
とっさに腕でガードしたようだが、少し力を込めすぎたようだ。
飛ばされた先の壁に頭をぶつけたのか意識を失っており、今の一撃で勝負が決している。
しかし肉食獣の頑強さだ。命に別状はないだろう。
闘争の血を沈めながら、携帯電話を取り出す。
警察へ電話をかけながら、救急車もあわせて手配しておこうと考えるのだった。
あと5分ほどで到着するとの返事を聞き、通話を終えた携帯電話をしまう。
我輩は壁にもたれ掛かる獣の懐から力抑制剤を見つけ出し、用意した水と共に嚥下させる。
所持しているだろうと探った結果やはり見つかったが、何故こいつは服用していなかったのだろうか。
その理由も含めて問い質すため、我輩はひび割れた第二講義室の扉を開く。
第二講義室の扉を開けた先には、窓を背に怯えている草食獣がいた。
種族はアルパカのようで、滝のような汗をかいている。
「お、お前は……?」
「我輩は高等部2年のサリアスという者だ。
一体何があった? 先ほど肉食獣が殴りかかってきた。
酷く興奮した様子だったが……」
それから我輩は、少し落ち着きを取り戻した彼の話を聞く。
彼はテムという名前だそうで、やはり種族はアルパカだった。
途中で我輩の食性を聞かれたが、我輩は果物を中心とした雑食性だ。
テムは肉食獣にトラウマができてしまったようで、先ほどの肉食獣の話をしている時は体が震えていた。
警察が到着し、我輩たちは情報を提供し今日のところは解放された。
我輩はテムと寮まで歩き、彼の部屋まで送った。
「今日は災難だったな」
「本当にありがとう……お前は俺の命の恩人だよ」
「間に合って良かったよ。さて、もう夜も遅い。おやすみ」
「ああ……おやすみ」
我輩はテムの背中が見えなくなるまで見送り、踵を返した。
おや、砥石がない。