作:とある文学部の作家見習い 作:総武高校文学部2年
笑顔と共に『お兄ちゃん。アイス買ってきて(はーと)』というお願いをされ、そんなかわいい妹の頼みを聞いて、夕食後に近くのコンビニへ向かって歩いていた。ちなみに、夕食は3日連続の美味しいカレーだった。
「ったく、小町のやつ……」
たった1人の妹の頼みだ。
明日の小テストのために、『勉強がんばるぞい!』と言い始めた妹のために、この兄にできることはこれくらいしかなかった。国語はともかく数学に関しては何もアドバイスをすることはできない。むしろ自分の方が心配なくらいまである。
夕暮れ時はとっくに過ぎているが、夜中は部屋の中にいれば暑いと感じるくらいだ。暖かくなってきた昼とは違って、外はまだ少し冷える。通り過ぎていく車を横目にして、目的のコンビニまで歩いていた。
スマホ片手にキョロキョロとしている女子に見覚えがあるが、まあ、気のせいだろう。彼女の制服姿しか知らないとはいえ。
「奇遇ね」
上着の裾を掴み、後ろから声をかけられた。
「雪ノ下か」
その声で知人なのだとはっきりした。学校では、その黒髪を背中まで伸ばしているが、今はその髪をまとめていた。その結び方の名前は知らないが、印象はかなり違うものとなっている。
「……じゃ」
俺と彼女の関係は、強いて言うなら、部活仲間である。なんだかんだと放課後に、由比ヶ浜を含めて、同じ時間同じ場所を過ごしているとはいえ、友達未満なのだとお互いに思っているはずだ。
友達とは何かについて語り合った時には2人で熱く語り合ってしてしまった。だって、友達いないもの。
「あなたはここで何をしているのかしら?」
腕組みをして、少し視線を逸らしながら見つめてくる。
「小町の、うちの妹のアイスの買い出しだよ」
「そう。私もアイスを買いにきたの」
てっきり雪ノ下なら自分で作りそうなものだと思ってしまうのは、先日食べたクッキーの美味さを知ってしまったからだろう。まだまだ由比ヶ浜については、要練習だな。これはあくまで予想だがしっかり1年くらい練習すれば、上手くなると思うけど。
目の前にいる雪ノ下が言っていたように、努力あるのみなのだろう。三日坊主だったらそれまでだ。
「アイス?わざわざこの時間に?」
「由比ヶ浜さんが新発売のアイスの話をしていて、気になったの。少しだけ」
少し、ではないのだろう。気になって夜も眠れなさそうだ。負けず嫌いで、意外と子どもっぽいところもあることはこの数日で知った。
由比ヶ浜との関係も満更ではなさそうだし。
「なにか、失礼なことを考えていないかしら」
「べつに」
それで、わざわざ俺を引き留めた理由を話してほしい。その言葉をわざわざ口にすることはなく、視線で訴える。いや、だからって、我ながら少し鋭い目をしているとは思うが、ビクッとしないでほしい。
「少し、道に迷ってしまって」
「ああ、そう……」
迷子か。
意外な弱点を知ってしまった気がする。その手に持ったスマホも上手く扱えていないのかもしれない。由比ヶ浜とアドレス交換をしていたときは、まだガラケーだったし。
「心外ね。あなたに心配される筋合いはないのだけれど」
俺の視線に気づいたというより、あまり余裕がないのか、少しトーンが落ちた声だ。それでも声優やれるくらいの綺麗な声なんですけどね。それはもう、魔法つかいプリキュアに出演した声優さんに負けてはいないくらい。
「まあ、なんだ、目的地は同じだろ」
電灯であちこちが照らされた街中は、俺にとっては見慣れたものだ。しかし、雪ノ下にとっては違う。
「……ええ、一緒に行きましょう」
明るい顔になったことは俺の勘違いではないはずだ。
隣り合って歩くことはなく、雪ノ下は慎重に歩く猫のように俺の後ろを歩いている。曲がり角を曲がるときにはハッとしたように反応を見せる。ピクミンを引き連れたキャプテンのような気持ちでなんだかむず痒い。
横断歩道の前で立ち止まると、ほんの少し遅れて立ち止まる。なんだか高そうな靴がコンクリートを叩く音を発した。俺の少し古びたスニーカーなど、何も音を立てない。
俺はまだ雪ノ下のことをあまり知らないのだろう。1人暮らしをしていると言っていたが、その理由を聞いたことはないし、聞こうとも思う気も起きなかった。
「青よ」
「……ああ」
ほんの少しのある段差を乗り越え、雪ノ下は一歩を踏み出した。続いて、俺も少し急ぎ足で歩く。あと少しでコンビニというところだが、あと1度は曲がらないといけないのだ。
雪ノ下を追い越そうとして。
「……うん?」
月光は、大きな陰で遮られた。
そして憶えのある衝撃だ。
「はぁ……またかよ」
去年の春にちょっとした交通事故に遭った。
その時よりも身体が動かない。
****
これは、夢を見ているのだろうか。
辺り一面が白に包まれた世界だ。
そして、俺が座っている部分も雲のようなものだ。筋斗雲に乗れるほどの善意なんて心に持ってはいないと思う。雪ノ下も座ったまま、そのモコモコしたなにかを触っている。
「これは、なにかしら……」
これを触っていると、心が洗われていく気がする。と言っても、数少ない知り合いからは捻くれていると言われる考え方までは変わらない。
「ここはどこだ?」
目の前の老人を、怪しいとさえ思っていた。それはもう、ドッキリ大成功と言ってくれることを期待していたくらいだ。
「さて。本題なのじゃが……お前さんは死んでしまったんじゃ」
「いや、生きてますけど……」
仙人のコスプレかなんだかわからないが、ゆったりとした服装の老人は困ったようにその長い髭をさすっている。付け髭じゃないし、そこまで髭を伸ばすのは大変なのではないか。
「お主たちが死んでしまったのはワシなんじゃ」
「は?」
二重の意味で理解ができない。ここに俺たちが生きていることと、わざわざ真剣な顔で自白することだ。言わなきゃ、この老人のせいだとは思わないままだ。
「どういう意味かしら?」
ほら、雪ノ下さんとか、超怖い目してっから。まじやばいわー。
三浦さんと川なんとかさんくらいやばいわー。
「寿命のろうそくをうっかり消してしまっての」
ふざけてるのか。
その皺だらけの顔を無性に殴りたくなった。
最近皺に悩み始めた親父すらもぶったことないのに!
「よく、わからないのだけれど。その蠟燭1本で私たちの人生が左右されてしまっているということ?」
冷え冷えとした意見が述べられる。神様かもしれない老人に喧嘩を売ることができるのは、雪ノ下くらいだろう。いや、平塚先生なら、すでに衝撃のファーストブリットかましている。
「ワシが言うのもなんじゃが、落ち着きなされ」
「これが落ち着けるわけっ!」
雪ノ下が感情的になっていることに対して、どこか俺は諦めのような感情を抱いていた。まだこれが夢なのだと思ってしまいたくて、どこか現実逃避していると言うべきかもしれない。
どうせなら戸塚のような優しい天使に会えればよかった、なんて思ってるし。海老名さんが好みそうな美青年2人セットというわけでもない。2人セットじゃないといけないのかよ。
思考の海にはまって、またボッチで笑みを浮かべていたかもしれない。どこかわざとらしくはなってしまったが、咳払いをしておいた。
「……話を続けてくれ」
「うむ。そのお詫びと言ってはなんじゃが。」
老人は一冊の本をどこからか取り出した。まるでそこにあったかのように、机の上に置かれていた。気丈に立っていた雪ノ下の怒りは収まり、地面にへたり込んで混乱を招いた。どちらにしろ、まだ冷静になるのは時間がかかるようだ。
「……で?」
「お前さんらを新しい世界に送ってやろうではないか」
神様転生、その言葉が頭をよぎった。
「テンプレ、なのか……?」
どこか異世界に行き、チートを手に入れ、ハーレムを作る。この前材木座に読まされた文章も、そんな感じだったはずだ。今の状況は、その展開と一致することが多い。
「うむうむ。最近の若者なら食いついてくると思ったわい」
さっきまでの謝罪なんてなかったかのように清々しい表情だ。そもそも、この老人に謝罪されてなかった気がする。
「死なないために力を与えてやるが、希望とかはあるかな?」
転生特典、その言葉が思い浮かぶ。
「それは、なんでもか?」
「なんでもじゃのう。誰かになりたいでも、特別な能力でも、なんでも構わんぞ。好きなように生きて、女の子にちやほやされるがいい」
「ち、ちやほや……?」
それは一瞬心惹かれてしまったが、大きく首を振った。そもそも、そのために生身でモンスターハンターするだなんて考えたくない。嫌でござる。働きたくないでござる。
「あー、どれにしようかな」
机の本をめくりながら、最適な答えを導こうとする。どうやらルールブックのようなものであり、後半のページには過去に与えられたチートの例が載っているらしい。まず重要なのは前半部分だ。
「比企谷君、私にも見せなさい」
目つきを変えた雪ノ下も真横から覗き込み始めた。その距離はほぼゼロだったが、今は気にしている場合ではない。
「はやく、選んでくれんかのう?」
「いや、こっちはこれからの人生を決めるためであって……」
なんとなく口に出た言葉で、少しでも時間を稼ぐ。
「同じ世界に生まれ変わることは、できないのね……」
「そして、与えられる転生特典は1人1つだけ、か」
目配せをしながら、目的のページをお互いに指差しておく。そして、与えられる転生特典については、個人が思い浮かべればいいだけらしい。
どんなに考えを巡らせても、これが賭けであることに変わりはない。
「もう、いいかの~?」
どうやら、待たせすぎたことが功を奏したらしい。すでに俺たちへの興味を失くし、次の転生者を呼ぼうとしているのだろう。
「俺はこの魔術使いで」
「私はこの魔法使いで」
緊張しているのだろうか、雪ノ下が上着の袖を掴んできた。
「はいはい。では、行ってくるがよい!」
****
『おお、勇者様に、巫女様、よくぞ……』だなんて言ってきた男性を無視して、それぞれに能力を行使した。
葉山ならともかく、俺には勇者なんて似合わないだろう。ちなみに葉山も知り合い以外のために命を懸けるとは思えないが、まあ、とにかく俺はせいぜい村人Aだ。そのAという名前すらあるかどうか怪しいと思う。
こうしようと思えば、頭の中に呪文が浮かんだのだから、拍子抜けだった。魔法でも魔術でも、並行世界に干渉できたのだから、ルールブックから選んだものはチートである。
「いや。ほんと、上手くいってよかった」
「私だけでは、そのまま受け入れていたでしょうね。捻くれた考え方も時には役に立つものね」
そして、ため息が重なった。
神を欺いたことでこの先、俺たちがどうなっていくかはわからない。これからの共通した悩みの種となるだろう。よくわからないチートを持つことにはなったが、たぶんもう使うことはない。中二病じゃあるまいし。
「行きましょう」
「ああ」
ガードレールにぶつかっているトラックを視界の外にやって、コンビニまでの道を再び歩いていく。
2人してへっぴり腰で横断歩道を歩いていたことに気づいて、俺は苦笑いを零した。こんな度胸で険しい異世界なんて乗り越えられるはずがない。雪ノ下は犬苦手だし、俺は働きたくないし。
まずやることは、小町のアイスを買うこと。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
特に、人物はまったく関係ありません。