寄宿学校ダリア学園、この学園では東和国の黒犬寮生とウエスト公国の白猫寮生達がそれぞれの国の代理戦争という名分で日々、争いを繰り返していた。
そしてこの日も早朝にも関わらず黒犬寮生の集団と白猫寮生の集団が互いに睨み合っていた
「ペルシア! ウエストのクソ貴族が!」
「犬塚! 東和の野蛮人め!」
「今日こそどっちが上か」
「はっきりさせてあげるわ!」
黒犬寮生達の集団大柄な男子生徒、犬塚と白猫寮生の制服を着た小柄な女子生徒ペルシアは互いに挑発し、ついに二人の攻撃がぶつかろうとした時、黒犬の制服を着た男が二人の間に入って、犬塚の足首とペルシアの手首を掴んで投げ飛ばした。
「なっ!? ぐはっ!」
「くっ!」
「……」
「ま、待ちなさい! いきなり現れて2人同時に投げ飛ばすなんてあなた一体何者よ!」
「お前、誰だ……なんのつもりで」
「……」
「おい待てよ!」
「犬塚大丈夫か!? おいお前! なんでこんなことを! 黒犬は仲間じゃないのか!?」
「仲間? 本気で言っているのか? つまらない冗談だな、狛井蓮季 」
「な、なんで私の名前を? お前は一体?」
「貴様! ペルシア様になんてことをする!」
白猫の制服を着た眼鏡の男が怒鳴りながら男の方へ向かって行く。
「貴様のような男はこのスコット」
「黙れ」
「クボッ!」
スコットは名乗る途中で男に頭を蹴られ気絶した。
「いきなり出てきたくせして、ずいぶん態度がでけぇじゃねぇか? あぁ?」
「ま、丸流」
「邪魔だ、どけ」
「なんだそのいけすかねぇ態度はよぉ! ふっ!」
丸流は男に向かって拳を繰り出したが、全て避けられ一撃も当たらない。
(くそ! なんだコイツ! 全然攻撃が当たらねぇ!)
男は丸流の背後に回って後頭部を殴り気絶させる。
「ガッ!」
「大人しく寝てろ」
「な、なんで味方を」
「こんな奴が味方な訳あるか、お前は随分とつまらない人間に成り下がったな」
「私はお前なんて」
「だが、今更お前のことなんてどうでもいいが」
「ま、待ちなさい! 勝負はまだ」
男はペルシアの言葉を無視して歩く。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
ペルシアが攻撃を仕掛けたが、男は当たる寸前で振り向きながら攻撃を避けて手首を掴んで持ち上げる。
「くっ! 離せ!」
ペルシアは宙に浮かびながら抵抗するがその態勢は変わらない。
「昔から変わらないな、その目は」
「え?」
ペルシアは小さな声だが聞き取った言葉に困惑する。
「てめぇの相手はこの俺だ! その手を離せ!」
犬塚が大声を上げて向かって来た所を、男はペルシアを離して犬塚の拳を掴んで腕の関節を極める。
「お前、ジュリエット・ペルシアに惚れてるだろ」
「はぁ!? なんで知って」
犬塚の返事を最後まで聞かず腕を離し、背中を蹴り飛ばす。
「ガッ!」
犬塚を見ることなく男は歩き、ペルシアの隣で止まった。
「ジュリエット・ペルシア、もし本気でこの世界を変えたいと思っているのなら、もっと強くなれ」
「あなたは、一体」
「失礼、自己紹介をしていなかったな、俺の名は影村士狼だ、覚えなくていい」
士狼は周りも聞こえる声量で自己紹介をしてその場を立ち去った。
「え……ま、まさか」
「ん? 蓮季、あいつのこと知ってるのか?」
「ああ知ってるゾ、士狼は私の」
「何ですかこの騒ぎは」
「あ、あいつは白猫の監督生!」
「ま、マズイな」
「校内でこのような行為は感心いたしません」
士狼が去った後に白猫の監督生アン・サイベル達が現れ、その場を抑えた。
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士狼がいる教室では、クラスメイトのほとんどが士狼のことを見て小声で話し合っていた。
「おい、アイツだよ例の奴」
「例の奴って、あの犬塚とペルシア達を軽くあしらったって奴か?」
「マ、マジかよ何者なんだアイツ」
「ねぇ何かめっちゃ怖くない?」
「分かる、ずっと無表情だし」
「ていうかうちのクラスにいたっけ」
(陰湿な連中だな)
その渦中である士狼は我関せずといった態度で座っていると、突然士狼の机に誰かの手が置かれた。
「おい、今までどこにいたんだ、心配してたんだゾ……士狼」
士狼が顔を上げると机に手を置いてこちらを見ている蓮季がいた。
「突然現れたと思ったら犬塚とペルシアと何をしに出て行ったのか分からない丸流も倒して」
「おいっ!」
士狼は声を荒げた男を睨みつける。
「チッ!」
「お前には関係ない」
「なんでそんなことを言うんだ! 昔とはお互い違うんだゾ!? 私はあの時のお礼を」
「お前にお礼される覚えは無い、たとえあったとしても今更だ」
士狼は立ち上がって教室を出る。
(なんであいつは言いふらさなかった? 黒犬の俺が白猫のペルシアに惚れてるって分かっていながら……)
「おい待て!」
「なんだ?」
廊下を歩いていた士狼が振り向くと、眼鏡をかけて刀を持った蓮季が走って追いかけてきた。
「人の話を最後まで聞けー!」
そう言いながら士狼に向かって刀で切り掛かってきた。
「なんのつもりだ」
「避けるな!」 「それは無理だ」
蓮季から離れようと士狼は走る。
「待て! 逃がさないゾ!」
士狼は外に出て逃げるが、どれだけ逃げても追いかけてきそうな蓮季の様子を見て、面倒だと思いながらも立ち止まる。
「しつこい奴だなお前は」
「はぁはぁ、士狼が逃げるからだゾ!」
「なぜそこまでして俺に関わろうとする」
「士狼が忘れても蓮季は覚えているゾ! 私が初等部の頃に、いじめから守ってくれただろ!」
蓮季が刀を振りかざすが士狼は手首を掴んで止める。
「ならなぜ攻撃する」
「士狼の馬鹿ぁ」
「っ!?」
士狼は蓮季が涙を流している様子を見て動揺する。
「なんでそんなことをしたんだ……そのせいで士狼は」
「離せー!」
子どもの声が白猫寮の方から聞こえた瞬間、士狼は走って白猫寮へ向かう。
「ま、待て! どこへ行くんだ! 逃がさないゾ!」
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一方白猫寮ではペルシア達が木剣を使った鍛錬をしていたがペルシアはいつもと違う様子だった。
(なんなのよあいつ! なんなのよあの強さ! しかも私の事を知ってるような言い方をして! あーんもう! 腹立つ! なにがもっと強くなれよ! 出来るならとっくにやってるわよ! 上から目線なのがさらに腹立つ! でも全く敵わなかった……どうすればあんな強さが手に入るのよ)
ペルシアは朝に出会った影村士狼と名乗った男を思い出しながら、無我夢中で鍛練をしていた。
「犬塚も影村って奴も! 私に手加減して!」
「ま、参った」
「ハッ! あ、ありがとうございました!」
鍛錬相手の降参の声を聞き、ペルシアは慌てて返事を返す。
(私の居るこの場はぬるま湯とでも言うの?
「お疲れ様です、ペルシア様! タオルをどうぞ」
「サンキュッ」
「男顔負けの強さですね!」
「いえ、まだまだよ」
「もしかして、朝のことまだ」
「うんん、ないとは言いきれないけど……私の目指す強さっていうのはね世界すら変えちゃうような……そういう強さなの」
「ペルシア様……」
「こんな話バカにされるけど、私は本気で考えてる、だから誰にもなめられるわけにはいかないの」
(それなのにあの男は、あの男達は!)
「なのに犬塚も、あの影村も、私に手を抜いてきて馬鹿にしてるわ」
「ペルシア様?」
「絶対に許さない!」 ペルシアは怒りのあまり、手に持っているタオルを思いっきり引きちぎってしまった。
「僕のタオルが!」
「ああ! ゴメンなさい!」
「離せー!」
(子供の声?)
「おい、その手を離せ」 (この声って! なんでここに!?)
「あぁ?てめぇ今朝の!」
「もう一度言う、その手を離せ」
「てめぇには関係ないだろ! このガキどもは白猫の寮に落書きしてやがったんだ!」
「そうか」
「そうかってお前なぁ!」
士狼は突っかかる白猫の男を無視して子ども達の方へ向く。
「落書きしたのは本当か」
「う、うん」
「おい! 無視すんな!」
「お前は黙ってろ、なんで落書きした?」
「白猫の奴に黒犬は弱いってバカにされたから! だからやり返した! 文句あるか!」
「なんだその口の利き方は! このクソガ、なっ!? うわっ!」
士狼は子どもを殴ろうとした白猫の男の手を掴み、投げ飛ばした。
「やり返す度胸があるのはすごい事だ褒めてやる、よくやった」
「えっ」
「だがやり返すならそのバカにした奴らに直接やり返せ、でなければこんなやり方でしかやり返すことができない卑怯者に成り下がる、やり方を間違えるな」
「う、うん」
返事をした男の子の頭に士狼はポンッと手を置く。
「よしいい子だ、そこに1年のリーダーを務めてる人がいるからみんなで謝りに行ってこい」
「謝る必要なんて」
「確かに悪いのは白猫だ、だがそいつらはそのことを謝らなかった、そいつらは悪いことをしても謝る勇気がない臆病者だ、だが君達が素直にあやまることができれば君達は悪口を言った奴らより強い」
「どうして?」
「本当に強い奴は自分が悪いことをしたら反省し、謝ることができる勇気がある、だが弱い奴は勇気がないから謝ることもできない、今君達が謝れば、謝る勇気がある本当に強い奴になれる、さぁ君たちはどうする?」
「分かった! ちゃんと謝るよ!」
「僕も謝る!」
「私も謝る!」
「そうか、なら行ってこい」
「うん! お姉ちゃん落書きしてごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
子ども達は士狼の言葉を聞くとペルシアの方へ向かい、主犯格の男の子と一緒にいた子ども達も謝った。
「え、えぇもういいわ」
原因は白猫側なので、ペルシアは子ども達が素直に謝られると強く言えなかった。
「良かったな優しいお姉ちゃんで、君たちがちゃんと謝ったから許してもらえたよ、えらいね」
士狼は素直に謝った子供達の頭を優しく撫でる、撫でられた男の子達は気持ち良さそうに、女の子は恥ずかしいそうに頬を赤くして士狼に撫でられていた。
「落書きに使った物余ってる?」
「う、うんこれ」
男の子が持ってきたのは、黒の絵の具を水で薄めたものが入っていたバケツだった。
「それ貰っていいかな?」
「いいよ!」
「ありがと、ここは俺に任せて帰っていいよ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「どういたしまして、転ばないでね? それとこんなこと、もう二度とやったらダメだよ」
「うん! 約束する!」
「うん、約束な、さあもう行きな」
「またねお兄ちゃん!」
子ども達は走って戻って行った。
「てめぇ! 勝手に話し進めてんじゃ」
「あの子達が見えなくなるまで黙って待て」
「何が目的よ?」
「あの子達に見せる必要はない、それだけだ」
しばらくして子ども達が振り返って手を振った様子を見て士狼は手を振り返すと子ども達は嬉しそうに走って帰っていった。
「何勝手に意味わかんねぇことしてんだ! あの落書きの跡どうしてくれんだ!」
「原因はお前ら白猫の方だが、落書きをしたのはこちら側が悪い、素直に落書きを消しただけではお前らも完全に納得はいかないだろう、だから俺が代わりにケジメをつける」
「ケジメだぁ?土下座でもすんのかよ!」
士狼は黒の絵の具を溶かした水が入ったバケツを持ってひっくり返し自分の頭から水をかぶった。
「はぁ!?」
それを見ていたペルシア達は驚きの声をあげた。
「これで文句ないだろ、まさか白猫の気高き生徒がこれ以上何かするつもりか? 今回のことは、お前ら白猫の初等部の子たちが原因だぞ」
全身黒い水でずぶ濡れの姿の士狼に、ペルシア達は何も言い返せなかった。
「それとお前」
「な、なんだよ!」
士狼は投げ飛ばした白猫の男を睨みつける。
「初等部の子に手を出そうとしただろ、気高い白猫が聞いて呆れるな、お前のような奴がいるからこんな事が起きるんだ、消え失せろ!」
「く、くそっ!」
男は逃げるようにその場を去った。
「ケジメをつける為とはいえ、通路汚してしまったな、すまない」
士狼はバケツを置き頭を下げる。
「い、いいわよ別に、ただの絵の具みたいだし」
「そうか……邪魔したな」
士狼は黒い水でずぶ濡れのままその場から立ち去った。
(な、なんだあの野郎! めちゃくちゃカッコイイじゃねぇか!)
偶然その場に居合わせて隠れていた犬塚は、その一部始終を見て士狼への印象が大きく変わった。
「あの男は一体……なぜ黒犬なんかにあんな奴が」
「わ、分からないわよそんなこと! 私だってあんな奴初めて見たわ!」
「まさかここに来た理由は初等部の子供の為に?」
「それしかないでしょうね」
ペルシアとスコット達は士狼がとった行動に驚き、それぞれ感想を口に出した。
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「ケジメをつけたのはいいが、全身絵の具まみれだな……ん?」
「土佐君そろそろペルシアが出てくるぜ、オイラの調べじゃ、あいつは稽古の帰り一人で寮に帰る……狙うならその時」
「ペルシアさえ潰せば白猫は潰れたも同然だ、どんな手を使ってもな」
「ホイ、被りもの」
「あぁ面が割れたらちとまずいからなフフフッ」
「犬塚みたいな手ぬるいやり方じゃ、いつまでたってもラチがあかねぇんだよ」
丸流達の話に不穏な空気を感じた士狼は手洗い場に行くのをやめて、その場に隠れて様子をうかがう。
「ふぅ……これでこの通路の汚れは落ちたわね」
「はい、ペルシア様……ん!? 何故貴様がここにいる! 犬塚!」
「あ、やべっ!」
「あれ? 犬塚が今走っていったぞ」
「アイツの事なんかほっとけ」
丸流達は走って逃げる犬塚を見かけたが気にせず、ペルシアを待ち続けた。
「みんなお疲れ様」
「お疲れ様です!」
「よし、行くぜ古羊!」
「うん、土佐君!」
白猫達の稽古が終わり、ペルシアがみんなと別れて一人で歩いていた所に丸流達が動きだし、その内二人がペルシアを襲撃したが、ペルシアは難なく返り討ちにした。
「ふぅ……」
「二人じゃねぇ三人だ」
二人を倒して油断したペルシアに、丸流が催涙スプレーをかけた。
「っしゃあ捕まえた!」
「このっ……くっ」
「油断したな……よし口塞げ」
「しゃぁ!」
「テメェのじゃねぇよ女の口だよ」
士狼は怒りを抑えながらその光景を見ていた。
「卑怯者!」
「ああ? これは国の代理戦争だぜ」
「へへへ」
「ンッ! ンン!」
「どんな手を使っても、勝たなきゃいけねぇんだよ」
丸流がカッターを持ってペルシアに近付く所を見た士狼は、近くに投げ捨てられた黒いビニール袋の被り物を取ってそのまま被り丸流達に向かって走り出し、丸流の頭に飛び蹴りを喰らわせる。
「ガッ」
「は?」
(えっ?)
士狼の飛び蹴りを喰らった丸流は気絶して倒れ、古羊と土佐そしてペルシアは驚きのあまり、目を見開いた。
「卑怯な真似してんじゃねぇぞ……下衆共が!」
「ヒッ!」
士狼の殺気に怯えている古羊と土佐に、容赦なく顔面に強烈なパンチを繰り出し、2人は気絶した士狼は丸流達3人が気絶したことを確認すると、ペルシアの口に貼っているテープを剥がす。
「ありがとう……でもなぜ黒犬の貴方が私を助けたの」
「勘違いするなジュリエット・ペルシア、俺はお前を助けたわけじゃない、こいつらのやったことが不快だったから始末しただけだ、じゃあな」
「あ、ちょっと!」
ペルシアの呼び止める声に構わず士狼は黒いビニール袋を被ったままその場から立ち去った。