士狼はペルシアから逃げ切り、頭に被った黒いビニール袋をゴミ箱に捨て、黒犬寮に行く前に全身に付いた絵の具を落とす為に寮から少し離れた水場に行き、ホースを使って全身を水で洗い流した。
「しまった……拭くものがない……まあいいか、どうせしばらく我慢しとけば乾くだろう」
士狼はそのまま近くの芝生に座り、自然に乾くのを待つ。
「はい、タオルだゾ」
「ん? なっ!?」
士狼は急に話しかけられ顔を上げると、目の前にタオルを差し出した蓮季がいたことに驚き、距離を取った。
「カッコよかったゾ、士狼」
「なんのことだ」
「さっきの見てたんだゾ」
「そうか……タオルはありがたくもらっておく、じゃあな」
「待って」
蓮季は士狼の服の裾を親指と人差し指で掴んで引き止めた。
「何だ俺に聞きたいことでもあるのか?」
「なんであんなことをしたんだ? 悪いのは先にやった白猫の方だろ?」
「質問を質問で返すが、なぜ黒犬と白猫は互いにいがみ合っていると思う?」
「それは……」
「分からないよな、そうやって明確な理由もなく、お互い相手が悪いと言う、それが当たり前のことだと何の疑問も持たずにな」
蓮季は士狼の指摘に何も言えない。
「自分に何かしたわけでもない奴らを嫌い、平気で傷つける、どんなに酷いことをしてもそれは正しいことだと、自分たちがやったことを平気で正当化している。おかしいと思わないのか?」
「え……」
「話しすぎたな……話は終わりだ」
「良くないゾ、まだ話は終わってない」
「この際聞いておく、お前の言う話ってなんだ?」
「なんであの時蓮季をイジメから守ったんだ」
「そんなこと聞きたかったのか」
「そんなことじゃない! 士狼はそのせいで傷だらけになった! なんでそんなことで済ませられるんだ!」
「決まってるだろ、それが俺のやりたかったことだからだ」
「え……」
「あの時の俺は内気で友達もいなくて勉強も運動も苦手だった、そのせいかクラスメイトに見下され、怖くて先生にも訴えることもできなくて、ずっと孤独だった」
士狼の言葉に言葉を失う蓮季にかまわず話を続ける。
「だがそんな俺を、お前は俺の勉強見てくれたり、話しかけてくれた、そんな優しいお前をイジメようとした奴らが許せなかった」
「まさか、そんなことで」
「お前にとってはそんなことでも俺はそれだけで救われたんだ」
「じゃあなんで突然姿を消したんだ!」
「そこまでは教えられない」
「なんでだ!」
「聞かれたくないからだ」
蓮季は士狼の哀しそうな顔を見て何も言えなくなった。
「話は終わりだ、じゃあな」
「あ……士狼待って!」
蓮季は呼び止めようとするが士狼はその場を立ち去った。
──────────────────────
控えの服に着替える為に、黒犬寮に戻ろうとした士狼は寮の近くに倒れている丸流達三人組を見つけた。
「おい、しっかりしろ」
「なんで……てめぇが……」
「散々な目に遭ったようだな」
「うるせぇ……お前に言われたかねぇ……」
「ったく仕方ねぇな……」
士狼は丸流の腕を自分の肩に回す。
「なにが目的だ」
「ここで寝てたら他の奴らの邪魔になる、それに見つけた以上そのままにしておくのは気分悪いんでな」
「けっ……礼は言わねぇからな……」
「そんなもの求めてない、何があった」
「犬塚とやりあった」
「喧嘩した理由は?」
「お前に言う義理はねぇな」
「予想はできる……気に食わないとかだろ?」
「ぐっ」
「その犬塚はどうした?」
「すぐ寮に戻って行きやがった」
「そうか……っ!」
「おい、お前の手が……」
士狼は飛んでくる矢を掴んだことにより手の皮膚がはがれて血が出た。
(殺意は感じられなかった……ならこの矢は?)
(こいつ俺に矢が当たる前に……)
「気にするな、俺に当たりそうだったから体が勝手に動いただけだ、とりあえずお前らをベンチに運ぶぞ」
「……すまねぇな」
「勘違いするな、お前を助けようとしたわけじゃない」
「そうかよ……後で土佐と古羊にも言っておく」
「言わなくて結構、邪魔だったからどかした、それだけだ」
「言う言わないは俺の自由だ」
「そうかい、ならお前の好きにすればいい」
士狼は丸流達三人を近くのベンチに運び、座らせる。
「二人が目覚ましたらさっさと寮に連れて帰れよ、じゃあな」
「……またな」
丸流達から離れた士狼は矢を調べる。
(紙が巻き付けてある……矢文か)
士狼は矢に着いていた手紙を読む。
【今すぐ広場の噴水前に1人で来て、影村士狼、貴方に話があるわbyペルシア】
(ジュリエット・ペルシアから俺への手紙か……行く義理は無いが、後が面倒なことになりそうだし……行くか)
士狼は手紙を制服の内ポケットにしまい、手の手当てをして指定された広場の噴水へ向うと、ペルシアが腕を組んで士狼を待っていた。
「まず呼び出しに答えてくれてありがとう」
「前置きはいい、俺を呼び出した要件は何だ」
「そう、なら単刀直入に言うわ」
ペルシアは目を閉じ軽く息を吐き目を開けた。
「貴方、シロー君でしょう」
「……質問の意図が分からないな」
「まず貴方が私の腕を掴んで私を持ち上げた時、その目昔から変わってないなって私のことを知っているかのように言ってたこと」
ペルシアの考察を士狼は口を挟むことなく黙って聞く。
「それと私は幼い頃に、貴方と同じ名前のシロウっていう男の子を知ってるの、その男の子は真っ黒な髪に深い青色の瞳、貴方と同じ特徴なの、偶然にしては共通点が多すぎるわ」
「人違いじゃないのか?」
「とぼけないで、真面目に答えて」
「確証もないことを言われても困る」
「貴方がその気なら力ずくでも聞かせてもらうわ」
ペルシアは置いてあった二本の剣を手に取って一本の剣を士狼の方に投げ、もう一本の剣を抜いて刃を士狼に向ける。
「この学園の生徒は、どいつもこいつも血の気が多いな……今のお前では俺に勝てるとは思えないが」
「……悔しいけど、たしかに今の私では貴方に勝てないわ、でも何度でも挑んで、必ず貴方に勝ってみせるわ」
ペルシアは真剣な眼差しを士狼に向ける。
「どうやら何を言っても無駄なようだな、なら……相手になってやる」
「ッ!」
士狼は剣を手にして剣を抜くと同時に睨みつけて殺気を向ける。
「かかってこい、ジュリエット・ペルシア」
「勝負よ! 影村士狼! ハァァッ!」
ペルシアが士狼に向かって駆けて斬りかかる。
「どこ見てる」
「なっ!? くっ!」
剣は士狼に当たらず横から士狼の斬撃が来るがペルシアはギリギリで剣で受けた。
(危なかった!攻撃が重すぎて手が痺れてる……やっぱり強い!)
「戦闘中に考え事とは、ずいぶん余裕だな!」
「キャッ!」
士狼はペルシアの剣を弾き飛ばし、剣先をペルシアの喉元に向ける。
「お前の負けだ」
「いいえ、まだよ!」
ペルシアが剣を避けて殴りかかるが、士狼は慌てず後ろに下がって、拳を掴んでペルシアを背負い投げる。
「カハッ!」
倒れたペルシアの首の近くに剣を突き刺す。
「くっ」
「諦めろ、何度かかってきてもお前に勝ち目は無い」
「嫌よ、言ったでしょう? 何度でも挑むって、たとえ一生かかってでも私は貴方を狙い続けるわ」
「はぁ……相当な頑固者だなお前は……いいだろう、質問に答えてやる」
「言っておくけど、嘘やごまかしは無しよ、じゃないと答えたことにはさせない、絶対に逃がさないわ」
「……正直に答えるから勘弁してくれ」
士狼はペルシアの勘の鋭さに観念し、正直に話すことを決めた。
「貴方は私が小さい頃に出会った男の子のシロー君よね?」
「そうだ、昔会った女の子……ジュリエット・ペルシアにシロー君って呼ばれていた男の子は俺だ」
「やっぱり! 久しぶりね、シロー君!」
「久しぶり……でいいのか?」
ペルシアは目の前の男が幼馴染のシローだと分かると満面の笑みを浮かべた、それに対して士狼は若干戸惑いながら返事をする。
「シロー君今までどうしてたの? 雰囲気も全然違うし、すっごく強くなってるし」
「まぁ……色々あったんだよ俺にも」
「……そっか今は無理には聞かないけどいつかは話してね、シロー君にそんな辛そうな顔して欲しくないから」
「……ああ」
ペルシアは優しい声に士狼はどこかホッとしたように返事を返す。
「ねぇシロー君、ひとつお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私をシロー君の弟子にして欲しいの」
「なぜ?」
「私はこの世界を変えたい、その為には力が必要なの、だから私の師匠になって、私を鍛えて欲しいの」
「つまり世界を変えられる程の力が欲しいってことか、それどうゆう意味か分かってる? 世界の全てを敵に回すって言ってるようなものだぞ」
「確かに今の私じゃ無理なのは分かってる、私はシロー君に手も足も出ないぐらい弱いわ……でも! 私はこの世界を変えたいって本気でそう思っているの! どんなに苦しくても逃げないわ! だからお願いします! 私を強くして下さい!」
ペルシアは士狼に頭を下げてお願いする。
「……言っておくけど優しくなんてしないぞ」
「じゃ、じゃあ」
「教えはする、ただ強くなれるかは一切保証しない」
「ええ! じゃなくて、はい! これからよろしくお願いします! 師匠!」
「師匠はやめてくれ」
「ふふっわかったわ、よろしくねシロー君」
「ああ、だがこの場を見られると面倒だ、早く寮に帰りなペルシア」
「ちょっと待って」
「何だ?」
「ペルシアじゃなくて、昔みたいにジュリエットって呼んで」
「……誰もいない時でならいいぞ、ジュリエット」
「ッ! うん! またねシロー君!」
ペルシアは小さく手を振って白猫寮に帰っていった。
「制服……もう乾いてるな」
士狼はそうつぶやいて黒犬寮に帰って行った。